少しでもドキドキしてもらえたらと思います♪
「っ……暑っつ……」
とある休日の午後…。彼は歩道を歩きながら一人呟く。せっかくの休日、ダラダラ過ごそうかとも思ったのだが、たまには少し運動を兼ねて出歩いてみよう…。そう思い外に出たのが間違いだった。今日の日差しは何時にも増して強く、額を流れる汗が止まらない。
(まだ外に出て一時間と経ってないけど、もういいだろ…帰ろう)
額の汗を服の袖で拭い、息を整えてから空を見上げる。見上げた空には雲一つないが、そのせいで太陽の陽が眩しく、目を開けていられない。彼はすぐに顔をうつむけ、来た道を引き返そうとしたのだが…道の先に一台の軽トラックのような物、それに群がる数人の人影があり、彼も自然とそこに向かってしまう。
(こんなところで、なにしてるんだ…?)
不思議に思う彼だったが、そばによって人が群れていた理由を知る。人々が群れていたその車はアイスクリームの移動販売車であり、カウンターのように開かれた車の側面からは若い女性の店員が顔を覗かせていた。
(ああ、アイスね…。今日は暑いし売れるだろうな…)
今日のような暑い日に食べるアイスクリームは普段よりいくらか美味しく感じるだろう。そんな事を思いながらじっと立ちつくしていると、気付いた時には客の列が減っていた。あまり混んでいるようなら待つのも面倒だと思ったが、ほんの数人待ちとなった今なら…。
(…並んどくか)
このまま帰ろうと思ったが、せっかくの機会なのだから食べていこう。彼はあと二~三人になった客の列に並び、財布の準備をした。
(小銭あったかな……。ん、大丈夫そうだ)
ポケットから取り出した財布の中にはかなりの数の小銭が入っていた。これだけあれば、アイスクリームが一つどころか二つや三つ買う事も可能だ。そんな事を思いながら財布のチェックをしていると、前方から何か良い香りがした…。と言っても、アイスクリームの香りではなさそうだ。
(なんだ…?この匂いはどこから…)
財布のチェックをしながら、そっと顔を上げて香りの元を探る。下げていた目線を上げて分かったのだが、その香りはどうやら彼の前に並んでいる女性からきていたものらしい。後ろ姿なので女性の顔までは分からないが、ポニーテールのように後ろで結ばれたその茶色い髪が揺れる度、良い香りがした。
(…良いシャンプー使ってるんだろうな。…っと、ヤバいヤバい。他人の髪の匂いばかり嗅いでたら危ない奴だと思われる)
上げていた目線を下げ、己に芽生えた邪念を払う。しかしその目線を下げたら下げたでその女性のミニスカートからのぞく太ももに目がいってしまい、彼はそっとため息をついた。
(あぁ…ダメだな。暑さに頭がやられてる…)
目の前の女性は確かに良い香りはするし、後ろ姿だけでもどこか色気がある。とは言っても、結局は顔も知らぬ他人なのだ。そんな人間に対して
???「ええっと…バニラ一つお願いします」
どこかおっとりとした、優しさのある声…。彼にとっては聞き覚えのあるその声で彼女が注文をすると店員はニコリと微笑み、カウンター奥にある機械でそれを作り出す。
(この声…もしかして…)
後ろから声をかけようかとも思ったが、もし人違いだったら恥をかく。彼はその場で声をかけるのをやめ、彼女が注文したアイスを受け取り、振り向くのを待った…。
店員「はい、お待たせしました~」
???「ありがとうございます」
彼女はアイスクリームの代金をカウンターに置くと、引き換えに店員からそれを受け取る。そうして振り向いた彼女はやはり彼の知っているあの女性であり、彼…そしてこちらを振り向いた彼女も、互いに驚いたような表情を見せた。
悠里「あ、あら…?」
「やっぱり、りーさんだった…」
受け取ったバニラアイスを手にしたまま、悠里は彼の顔を見て固まる。しかし、彼の後ろにまた新たな客達が並んでいる事に気付いた彼女は一旦その場を去り、そばの木陰にあるベンチへと腰かけた。
店員「次の方、ご注文はお決まりですか?」
「んっ?あぁ…そうだった」
悠里に目がいって忘れかけていたが、次は自分が注文をする番だった。彼はチョコレートの味のアイスを注文してそれが出来るのを待ち、完成したそれを受け取るとすぐ悠里の元へと向かった。
「…どうも」
悠里「ふふっ、偶然ね」
ベンチに腰かけていた悠里はその場に寄ってきた彼を見てニコッと微笑み、自分の隣のスペースを空いている手でトントンと叩く。彼は軽く頭を下げてからそこへと座り、コーンの上に乗っているアイスを味わった。
悠里「今日は一人?」
「ええ、ちょっと散歩に…。りーさんは?」
悠里「私も同じよ。ちょっとした運動になればと思って外に出たのだけど、こんなに暑いと思わなくて…」
買ったばかりのアイスを右手に持ったまま、悠里は左手の甲で額の汗を拭う。彼女も外の暑さにある程度対応できるよう、上はノースリーブのシャツ、下はミニスカートと涼しい格好を選んできたようだが、それでもこの暑さには参っているらしい。
悠里「……ふぅ」
「………」
そういえば今日の彼女は長い髪を後ろで纏めてポニーテールにしている。その見慣れない髪型もそうだが、彼女は暑さからシャツのボタンの上二つを開けており、微かに汗ばんでいる鎖骨が妙に色っぽく…つい色々な所に目線がいってしまう。すると悠里はその目線に気付いたのか、首を傾げながら彼の事を見つめた。
悠里「…どうかした?」
「えっ?いや…珍しい髪型してるなぁと思って…」
そう思っていたのも事実なので、彼はアイスを舐めながら答える。すると悠里は後ろで纏めた自分の毛先に触れながら、少し照れたように微笑んだ。
悠里「今日は暑いから…髪型もちょっと工夫してみたの。少しでも涼しくなればなぁと思って。……変じゃないかしら?」
「んん、凄く似合ってます」
悠里「そう、よかった♪」
彼に髪型を褒められた悠里は嬉しそうに微笑み、自分のアイスを一舐めする。直後、彼女は思い付いたように彼の持っているアイスを見つめ、瞳をキラキラと輝かせた。
悠里「そういえば、あなたのはチョコレート?美味しい?」
「ええ、まぁ。ふふっ、食べますか?」
半ば…と言うよりは完全に…冗談のつもりで彼はそれを悠里の方へと差し出す。悠里はそれに戸惑ったような顔を見せたもののそれは一瞬の事で、彼女は結局それを空いている方の手で受け取った。
悠里「…ありがと。はい、ちょっと交換ね♪」
「へ…っ?」
悠里は彼のアイスを受け取ると、引き換えに自分のアイスを差し出す。元から冗談のつもりだった彼がその行動に戸惑っていると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
悠里「私のはバニラだけど…嫌いだった?」
「いや…平気ですけど…」
なら良かったと言わんばかりの笑顔を見せ、悠里はそのアイスを彼に差し出す。彼が戸惑いながらもそれを受け取ると、悠里はにっこりと微笑んでから彼にもらったチョコレートのアイスを舐め始めた。ついさっきまで自分の舐めていたそのアイスが彼女の柔らかそうな舌に舐められるのを見て、彼は目を丸くする。
悠里「……うん、こっちも美味しいわね♪」
嬉しそうな顔をしながら、悠里はそれを舐め続ける。彼がそれを見たまま固まっていると、悠里はそれに気付いて声をかけた。
悠里「あっ…私が口をつけたのだと嫌だった?」
「いえっ、そんな事は……じゃあ、本当にもらいますよ?」
悠里「ええ、どうぞっ♪」
「…………」
彼女の目線を感じながら、彼はそれを一舐めする…。冷たいアイスを食べているハズなのに体が暑く感じるのは…ついさっきまで彼女がそれを舐めていたという事実に混乱しているからだろうか。
(甘い…。いや、バニラアイスは甘いもんなんだけど…それとは別に甘い気が……。あぁ、ダメだ…深く考えると頭がくらくらする…)
隣の悠里は特に気にした様子を見せずにそれを舐めているので、彼も同じようにそれを舐める…。そうして渡された時よりも半分ほどの大きさになった時、悠里は持っていたアイスを彼へと返した。
悠里「このままだと全部食べちゃいそうだから、交換終わりっ」
「…はい」
彼も自分の持っていたアイスを彼女に返し、互いに元々注文した自分のアイスを手にする。しかしこれもこれで今さっきまで悠里が舐めていた物なので少しばかり舌をつけるのを躊躇ってしまうが、やはり悠里は気にしていないようにそれを舐めていた。
(まぁ…りーさんが良いなら構わないけど…)
間接キス…よりももう一段上のステージな気がする。なにせこのアイスには、悠里の口だけでなく舌が触れていたのだから。悶々とした気持ちになり邪念が浮かぶ中、彼は出来るだけ無心でそれを食べ、遂にはコーンまで完食した。
悠里「ごちそうさまっ…」
悠里もそれと同時に食べ終えたらしく、小さな声でそう言ったのが聞こえる。彼がそっとそちらへ顔を向けると、彼女は少し照れたようなその顔をうつむけていた。
「…りーさんは、僕のやつに口をつけるの嫌じゃなかったですか?」
悠里「えっ…?あっ…うん……大丈夫っ」
にっこりと笑って答えていたが、少しだけ頬が赤い…。やはり彼女も何も思わなかった訳ではなく、少なからず意識していたのだろう。彼女は彼の目線から逃げるようにして立ち上がり、そっと背中を向けた。
悠里「えっと…じゃあ、また学校でね」
「はい、また…」
彼はベンチに腰かけたまま別れを告げ、彼女を見送ろうとする。しかし彼女は何かを考えているのか少しの間そこに立ち止まり、そして彼の方へと振り向いた。
悠里「……っ」
「どうかしました?」
振り向いた彼女にそう尋ねると、悠里は彼の方へ一歩迫る。彼女はそうしてから前屈みになり、彼の耳元に顔を寄せ…静かに囁いた。
悠里「アイス…相手があなただから交換出来たの…。この意味、少しでも分かってくれたら嬉しいわ…」
「…………」
悠里「…また、家にも遊びに来てね?るーちゃんも待ってるから♪」
顔を離してにっこりと微笑み、彼女はその場を去っていく…。ベンチに一人残った彼は彼女の言葉の意味を考えたが、すぐに答えは出なかった。きっと自分をからかっているだけだ…。そうも思えるが、もしかしたら彼女は……。
「……いや、どうだろうな」
ふふっと笑いながら立ち上がり、彼もゆっくりと歩き出す。今日は本当に暑い日なので、出来るだけ木陰を歩いて行く事にした。
もう『ゆうりアフター』の方に繋げる気満々なので、意味ありげな終わり方をした今回のお話。りーさんの言った言葉の意味に彼が気づくのは、アフターの方での事になると思います!
また後日公開予定なので、そちらも楽しみにしていて下さいませm(__)m