未奈「お待たせしました~」
由紀達が入浴を終えた後、真冬…そして彼も互いに入浴を終え、浴衣に着替えて部屋へと戻る。室内にある窓の外はもうすっかり暗くなり始めているが、昼間に遊んだ海もうっすらとそこから眺めることが出来た。そんな時、この宿のお手伝いをしている少女、未奈と白雪が部屋の戸を開く。
未奈「お食事をお持ちしました。遅くなっちゃってすいません」
悠里「いえ、平気ですよ。これ、テーブルに運んでいいですか?」
未奈「あっ、大丈夫ですっ!私達でやるので…!」
未奈が持ってきた料理の乗っているプレート運びを手伝おうとする悠里だが、未奈から見れば彼女達は客…。わざわざ手を
未奈「うぅ……わわわっ…!?」グラグラッ!
歌衣「ひっ!?」
胡桃「あぶなっ!?」
バランスを崩しかけた未奈の元へサッと駆け寄り、胡桃は彼女が両手に持っていたプレートを支える。もし今、胡桃がこうしなかったら、彼女はこの料理を部屋中にばらまいてしまっただろう…。
未奈「ご、ごめんなさいぃ~…」
胡桃「も、もういいよ。あたしが運ぶからさ」
少し悪い気もするが、このまま見守っていて料理が台無しになるのは避けたい。胡桃は仕方なく彼女からプレートを奪い、危なげない足取りでそれを部屋の真ん中にあるテーブルの上へと運んだ。
胡桃「まだあるよな?」
未奈「は、はい…。もうちょっとあります…」
由紀、胡桃、悠里、美紀、圭、真冬、果夏、歌衣、そして彼…。総勢九名分の料理はさすがに多く、今胡桃がテーブルに乗せたのと同じくプレートに乗せられた料理がまだ、廊下の方にいくつか置かれていた。
白雪「…よいしょ」
美紀(白雪ちゃんの方がしっかり運べてる…)
未奈はあれだけグラグラと揺れながら歩いていたのに、彼女よりも一回り幼い白雪の歩みはとても安定している。見ていて感心する程だ。
「さて、僕も手伝うか…」
未奈に運ばせるのは少し不安…。かといって、白雪と胡桃にだけ任せておくのも悪い。彼は自分も廊下へ出て、そこに置かれていた料理を運ぼうと手を伸ばすが…
??「ああ、大丈夫ですよ。こっちでやるんで」
そこにいた一人の少年に言われ、彼は伸ばしかけていた手をそっと引っ込める。見たところ、その少年も彼や由紀達と同い年くらいだろうか…。未奈や白雪同様に着物を着たその少年は残っていた料理を手早く運び、それから未奈を見つめて深いため息をついた。
??「お嬢にはまだ…料理を運ぶことすら…」
未奈「そっ、そんな事ない!ここまではしっかり運べたもん!失礼なこと言わないでよ!!」
バシッ!!
??「いてっ!」
未奈は顔を真っ赤にしながら手を振りかざし、その少年の頭を叩く。それらを見つめていた悠里達はなんとも言えぬ表情で苦笑いし、白雪はその少年の袖をクイクイッと引く。
白雪「ゲンジ…自己紹介」
弦次「ああ、そうだな。えっと、俺は丈槍
少年は丁寧に頭を下げ、客である一同に自己紹介をする。それを見た白雪が真似するようにして頭を下げると未奈も頭を下げだしたのだが、その様子があたふたとしていて面白い。
由紀「わたしの名字も丈槍だよ。偶然だねぇ♪」
弦次「そうですね」
弦次が自分と同じ名字だと知り、由紀はニコニコと微笑む。弦次がそんな彼女に対して笑顔のまま礼儀正しい素振りを見せると、横に立つ未奈もニヤニヤと微笑み出す。
未奈「ゲンくん、凄く礼儀正しいね。ちゃんと接客出来てえらいえらい♪」
弦次「おじょっ…!じゃなかった…。未奈っ!頭を撫でるなっ!!」
『ふふっ』と微笑みながら頭を撫でてくる未奈の手を払いのけ、弦次は彼女との距離を開く。ここだけ見ると二人はとても親しい間柄のように見えるが、実際はどうなのだろう。
圭「ええっと、お二人はお友達?それとも――」
果夏「カップルですかっ!?」
弦次「あはは…」
未奈「どうでしょうねぇ♪」
白雪「でしょうね~」
鼻息を荒くして尋ねる果夏の問いに対し、弦次と未奈は曖昧な返事を返す。この様子だと、少なくとも友達以上の関係なのは間違いなさそうだ。
真冬「…これ、おいしい」
美紀「ま、真冬…もう食べ始めてたの?」
真冬「うん。お腹すいてたから…」
みんなが話している最中にも関わらず、真冬はマイペースに食事を始める。未奈達が持ってきてくれた料理は煮物、てんぷら等の和食だが、一足先に食べ始めていた真冬が言うにはそのどれもが美味しいらしい。
未奈「じゃ、長居しても悪いので私達はこれで…。食事の方、どうぞごゆっくりとお楽しみ下さいね」
白雪「食器はあとで取りにくるので、そのままで…」
悠里「はい。じゃあ、いただきますね♪」
未奈達が部屋から出ていった後、悠里達はそれぞれがテーブル前の座布団へと腰を下ろす。そうして全員が食事を始めた訳だが、確かに真冬が言っていたとおり、ここの料理は中々のものだった。昼間、あの海の家でとった食事が酷かったので、余計に美味しく感じるのかも知れない…。
彼女らが食事を終えた頃、ちょうど良いタイミングで未奈達が現れ、空いた食器をさげていった。食事を済ませた一同は少しの間、暇潰しに談笑した後、布団を敷いて就寝の準備を始めていく…。
悠里「ゆきちゃん、そっち引っ張ってくれる?」
由紀「は~い」
美紀「圭、こっちにも枕かして」
圭「はいはい、分かったよー」
それぞれが協力し合った甲斐もあり、布団は思ったよりも早く準備出来た。びっしりと横並びに敷かれた布団…。誰がどこに眠るのかと一同は悩んでいたようだが、最終的に手前から~悠里、由紀、胡桃、歌衣、圭、美紀、果夏、真冬~という順に決まったようだ。一方、彼も彼女らと同じ部屋の中で寝るには寝るのだが……
胡桃「じゃあ、お前は明日の朝までそっちな。ま、何か用があったら言えよ」
「あ~……はい。わかったよ」
悠里「ごめんなさいね。さすがに仕切りも無く…って訳にはいかないから」
彼の寝床は彼女らと同じ部屋…。しかし、部屋の中央にあった
「むぅ……」
襖の向こうは八人…こっちは一人…。人数が少ない分、空間を広々と使えるという点においてはこちらの方が優れているのだが、話し相手がいないのが何とも物悲しい…。
(まぁ、もう眠いし…別にいいか)
今日は朝から移動したり、昼は海で遊んだり…結構な体力を使った。おかげで彼はもう眠たいらしく、明かりを消してから一人静かに布団へ潜る。目を閉じると襖の向こう…そこから女性陣の楽しげな話し声が聞こえてきたので、彼はそれを子守唄代わりにして眠りについた…。
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彼が眠りについたのと同時刻…。巡ヶ丘市内にあるマンションのとある一室では、一人の女性が一匹の犬を前にして深く頭を悩ませていた…。
慈「ご飯はちゃんと食べたし、お風呂も入ったし…あとは寝るだけなんだけど、あなた…どこで寝たい?」
風呂からあがったばかりのその女性…佐倉慈は自分の髪を乾かすよりも先に目の前の犬、その濡れた体をタオルで拭いていき、互いに真っ直ぐ見つめ合う。しかしその犬…太郎丸は彼女に身を拭かれながら首を傾げるだけで、ちゃんとした答えなど返さない。
慈「う~ん、聞いても分かるわけないわよね…。にしても、あなたのご主人さまは今頃何してるのかしらね~。もう夕食は済ませただろうから、みんなとお話したりして楽しんでるのか、それとも…もう寝たのかな?」
太郎丸「クゥン?」
慈「宿のお料理…美味しかったのかなぁ…。羨ましいなぁ…。よし!私もまたお休みとって、どこかへ旅に行ってみようかな!」
太郎丸「……」
慈「でも、相手がいないから一人旅になっちゃう…。はぁ…寂しいねぇ…。誰かいい人がいればいいんだけど………あなた、一緒に来る?」
太郎丸「??」
ニッコリとした満面の笑みを向ける慈だったが、太郎丸は首を傾げるだけだった…。一人で犬に話しかけ、その犬を旅行に誘い、そして首を傾げられる…。直後に慈が感じたのは何とも言えぬ、底知れない寂しさだった…。
慈「はぁ…なにをやってるんだろう…私。はい、拭き終ったよ」
慈は太郎丸をタオルから解放した後、今度は自分の髪をドライヤーで乾かしていく。大きな音と共にドライヤーから放たれる熱風を濡れた髪へあてていくと、いつの間にかベッドの上に乗っていた太郎丸がそこから不思議そうにこちらを覗いていた。どうやらドライヤーの音が気になるらしい。
慈「あなた…結局そこで寝るの?そこだと私と一緒になっちゃうから、少し狭いわよ?それでもいい?」
太郎丸「わんっ!!」
慈「…ふふっ、わかった。じゃ、今日は一緒に寝よっか♪」
ある程度髪を乾かし終え、慈はドライヤーの電源を切る。そうしてそのまま部屋の明かりを消すと一足先にベッドで待っていた太郎丸の横へと寝そべり、一つの掛け布団に二人で……いや、一人と一匹でくるまった。
慈「わんちゃんと寝るのなんて初めて…。かわいいなぁ…」
掛け布団を体にかけても、そのまま横に寝そべって頭を撫でても、太郎丸は変に動いたりせず大人しくしている。先日、彼にこの子を一日だけ預かってほしいと言われた時は慈も驚いたものだが…こうして癒されるのなら、犬と一緒にいるのも悪くないと感じ始めていた…。
ということで、彼は仕切られた空間で一人眠り…その一方、太郎丸はめぐねえと一緒に眠ることになりました。この事実を彼が知ったら、間違いなく嫉妬してしまいますね(苦笑)