軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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彼と胡桃ちゃんペアで送るお化け屋敷回です!
ゆっくりとお楽しみ下さいませ~( ´ ▽ ` )ノ


第五十六話『きょうふ』

 

 

 

 

「随分と早足だね」

 

胡桃「そ、そうか?別に普通だろ……」

 

彼と共にお化け屋敷の入り口へと立った胡桃はそこに入場するや(いな)やスタスタと歩き出し、結構な勢いで中へと突き進んでいく。しかし、それはまだ入場口付近だから出来た事だ…。海外にでもありそうな洋館を模したその屋敷は係員のいる入口付近こそ明るく照らされていたものの、奥へ進めば進むだけ薄暗くなり、胡桃の足取りも重くなっていく。

 

 

胡桃「う…うぅ………」

 

エントランスホールのような場所を抜けていくと細い廊下へと出たが、やはり薄暗くて視界が悪い…。廊下の壁にはロウソク(を模しただけの電球)の灯るウォールランプがいくつか付けられていたものの、それらは周囲をボンヤリ赤く灯すだけでほとんど役に立っていない…。

 

 

(さて、どうしようか……)

 

ここまで前を進んでいた胡桃がピタリと足を止めたのを見て、彼は考える…。よく見ると小さく震えているその背中をバシッと押して前を歩かせ、強がりながらも怯えていくその反応を楽しむべきか…。はたまた、彼女の前を率先して歩き、男らしいところの一つでも見せておくべきか…。

 

 

 

胡桃「っ……ほ、ほらっ!とっとと進むぞっ!!」

 

「ん?ああ…」

 

どちらにしようか考えている内に胡桃の方から動き出してしまった…。しかし前を歩くその速度は最初とは比べ物にならないくらいに遅く、明らかに周囲を警戒しながら怯えている。

 

 

胡桃「こ、ここ…絶対何かあるよな…」

 

「さぁ、どうだろう」

 

ゆっくり、のっそり廊下を歩いていくと、左側に大きな姿見が置かれている事に気が付く。所々割れていて小汚ないそれは最早姿見としての役割を果たしていないが、だからこそ何かあると思ったのだろう…。胡桃はそれから目を離さす事なく、ビクビクとした様子でその前を通っていった…。

 

 

 

胡桃「……っ…」

 

それの前を通った瞬間、胡桃は然り気無く彼の事を盾にしていく。

しかしその姿見の前を通り過ぎても特に何か起こる訳でもなく、胡桃は安心したようにため息をついた…。

 

 

胡桃「ふぅ…。なんだ、何も起こらなかったな…」

 

「何か起きて欲しかった?」

 

胡桃「そ、そりゃまぁ…お化け屋敷に来てるわけだし?テンポ良く色んな事が起きてくんないと、客としては拍子抜けというかなんと言うか…」

 

細めた目を左右へキョロキョロ泳がし、胡桃は見るからに強がりだと分かる素振りを見せる。するとその次の瞬間、胡桃の口から放たれた『拍子抜け』という言葉に応えるかのようにして怪奇現象が起きた。

 

 

 

バンバンバンッ!!!

 

 

 

胡桃「ひゃぁぁっ!!!?」

 

廊下の左側に置かれていた姿見の向かい…右側にあった扉が凄まじい音を響かせる。その扉は中に得体の知れない化け物でも閉じ込めているかのように何度も音を響かせ、ドアノブもガチャガチャと鳴っていたが、見たところ開く様子は無い…。ただ音で驚かせただけのようだ。

 

 

 

胡桃「う…ぅぅっ!」

 

「お~~」

 

しかし胡桃を怖がらせるにはそれで十分だったらしく、彼女はこれまで聞いたことの無い悲鳴をあげながら彼の腕へと抱き付く。彼にこんな姿を見せてみっともないとか、腕に抱き付くなんて恥ずかしいとか…そんな事を思う余裕は今の胡桃には無い。あるのは純粋な恐怖心だけだった。

 

 

(これは…中々に良いものだな…!)

 

普段はツンツンとしていて素っ気ない胡桃がか弱い女の子のように怯え、まるで彼氏に抱き付くかのように腕へとくっついている…。腕に抱き付き、肩へ顔を埋めながら小刻みに震える胡桃を前にした彼は目を真ん丸にし、満足そうに微笑んだ。

 

 

「よしっ…!このまま先に進もう」

 

胡桃「う、うん……」

 

彼が前へ歩き出すと、胡桃もその腕に抱き付いたままのっそりと…半歩遅れて歩き出す。抱き付かれたままの状態だと少し歩きづらかったが、ほんの少し…ほんの少しだけ胡桃の胸の感触が伝わってきていた為、多少の歩きづらさなんてどうでも良く思える。

 

 

(欲を言えば、もう少しだけくっ付いて欲しい…)

 

そうすれば微かに触れているその胸の感触もより確かなものになるだろうが、贅沢はいけない。あの胡桃がこうして抱き付いてくれているだけでもかなり贅沢な事なのだから…。彼はすぐ隣で震える彼女を見てニヤリと微笑み、廊下の奥にあった一つの扉を開いた。

 

『ギィィッ』と不気味な音を鳴らしながらその扉を開いていくと、今度はダイニングルームと思われる場所へと出る。さっきの廊下と比べるとかなり広々とした空間だったが、よく見ると横長のテーブルや椅子が乱雑に…障害物のように置かれていた。それらを避けながら進む事の出来る道がこのアトラクションを楽しむ本来の進行方向という事なのだろう。

 

 

 

「…行ける?」

 

胡桃「あ、ああ…全然大丈夫……」

 

その身は未だしっかりと彼の腕に寄せられているが、口で強がるくらいの余裕は出てきたようだ。彼は腕に抱き付く胡桃を見てもう一度微笑み、目の前に置かれていたテーブルの横を沿うようにして進んでいく。

 

 

 

胡桃「おいっ、そ、そっちに行くのか?」

 

「えっ?そりゃまぁ、こっちがルートっぽいし」

 

クイッと袖を引かれた彼はその場に立ち止まってから辺りを見回すが、やはりこの方向こそが正規のルートだと思える。しかし、胡桃は納得がいっていないようだ。

 

 

胡桃「このテーブルの上を通っていった方が早いんじゃないか…」

 

乱雑に置かれていたそのテーブルを見つめ、胡桃が呟く。二人のいる位置からは既に次の部屋へ出る為の扉が部屋の奥に見えているのだが、彼の言う正規ルートを通るとかなり遠回りとなる。…が、このテーブルやその向こうにある障害物達をピョンと飛び越えていけば、ものの十数秒とかからないであろう距離だ…。

 

 

「いやいや、それって反則でしょ…」

 

胡桃「反則…?誰かが言ったのか?ここの上を通るなって…障害物を飛び越えるなって!ほらっ、別に言われて無いだろっ!?なら、あたしはこっちの道をっ…!」

 

ついさっき、何も起こらない姿見を見て『拍子抜けだ』と言っていた彼女はどこへ行ったのか…。今の胡桃はかなり焦っているらしく、自ら"拍子抜けコース"を歩もうとしている。しかし彼女が歩もうと(正確には飛び越えようと)しているルートはどう見ても非正規のものであり、係員に見られたら怒られるかも知れないルートだ。

 

 

「ほら、ワガママ言わない。大人しくこっちから進もう」

 

胡桃「うっ……で、でもっ…」

 

「…何?怖いの?」

 

正規ルートを拒むように抵抗する胡桃を見つめた彼は小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、煽るように尋ねる。胡桃の事だ…こうすればまたある程度は強がってくれるだろう。

 

 

胡桃「こっ、怖いとかじゃなく…!喉が渇いたから早く外へ出て、飲み物でも飲みたくてっ…!!」

 

「ああ、はいはい。最後まで頑張れたら買ってやるよ」

 

胡桃「頑張れたらだとっ…!?このっ…バカにしやがって!」

 

あえて怒らせるかのような言い方をすると胡桃は彼の思惑通り顔を赤くして怒り出し、今度はしっかり正規ルートを進み出す。しかし、怒っていてもまだ恐怖心が残っているのだろう…。その左手の人差し指と親指は彼の服の袖を掴んでいた…。

 

 

 

胡桃(来るなら来いっ!今のあたしはどんな脅しにも決して……)

 

胡桃が覚悟を決めた、その時だった……。

二人が進むルートの先にあった暖炉から『ガタッ!!』という音が響き、その中から何かが這いずり出て来る…。薄暗い空間の中で目を凝らして見ると、それはボロボロの洋服を着た髪の長い女性だった…。

 

 

『ア…アァッ……!』

 

女性が呻き声をあげながらペタペタと這いずり、二人の前へと寄る。その見た目もそうだが、動き方が常人のそれとは違ってかなり怖い…。胡桃の反応ばかり気にしていた彼ですら、思わず肩を震わせた。

 

 

「おぉっ!これはビックリし――」

 

胡桃「きゃぁぁっ!!!」

 

彼がリアクションしようとしたその瞬間、胡桃が先程のものよりももうワンランク上の大きな叫び声をあげる…。目の前の暖炉から出てきた女の人にもそれなりに驚いた彼だったが…正直、胡桃のこの叫び声を真横で聞かされる方が心臓に悪い。

 

 

胡桃「っぐぅ…!!うぅ~~ッ!!!」

 

大きな叫び声をあげた胡桃は再び彼の腕へ抱き付き、目の前の女性が視界に入らないように肩へ顔を埋めだす…。彼女がこうしている間も目の前の女性は少しずつ…少しずつ這い寄って来ているのだが、視界を封じた胡桃はそれに気付いていない。

 

 

 

「むぅ…胡桃ちゃんも『きゃ~!』とか言うんだな…」

 

本人に聞こえるくらいの声で呟くが、胡桃は顔を埋めたままガクガクと震えるだけで返事を返さない。恐らく、彼の声が耳へ入らないくらいに恐怖しているのだろう…。

 

 

『アァ…ウァァ…ッ…』

 

脅かし役であろうその女性はゆっくりと這い寄り、とうとう二人の前までたどり着いてしまう…。多分、本来はここまで近寄るられよりも先に逃げるのが正解なのだろう。目の前まで来てしまった女性は地面に伏せたまま、何をするわけでもなく呻き声をあげていた…。

 

 

 

「…すいません、この子の足首を掴んでもらって良いですか?」

 

『ァ……アァッ……』

 

彼が小さな声で頼むと女性は少しの間を空けた後にゆっくり右腕を上げ、胡桃の右足首を掴む…。その瞬間、胡桃は体をビクッ!と大きく震わせて反応したが、さっきのような叫び声はあげずに無言のまま怯えていた…。

 

 

 

胡桃「ひぐっ!?ぐ…うぅ…っ!!」

 

胡桃は彼の腕をより強く抱き締め、精一杯恐怖から逃れようとする。あまりにも強く、ピッタリと身を寄せ過ぎたせいで彼の腕は両胸の間へと埋まってその感触を味あわせてしまっているが、やはり今の胡桃はそんな事など気付いていない…。

 

 

(うわ…凄い柔らかっ……!あぁ…これはヤバいなぁ…)

 

同年代の女子と比べても大きめであろうその胸に腕を挟まれ、彼の顔が赤らむ。彼はその柔らかな感触を味わうべくわざと腕を左右に揺すってみたりしたが、胡桃は目の前の女性やら辺りの雰囲気に怯えるだけ…。胸に擦りつけられるその腕には動じる事なく震えていた。

 

 

『ア…グァァ…ッ』

 

「…すいません。あと少し…あと少しだけこの感触を…」

 

"次の客が来る、そろそろ先へ進め"と言わんばかりに呻き声をあげる女性を空いている方の手で制し、胡桃に抱かれている方の腕に全神経を集中させる…。きっと後にも先にも、彼女の胸の感触をこれだけハッキリと味わえる事は無いだろう…。彼はその腕を動かして胡桃の胸の感触を満喫しながらゆっくり、のっそり進んでいった……。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~

 

由紀「お疲れ様っ!その…結構怖かったねぇ…」

 

薄暗い空間を抜けて出口から外へと出ると彼&胡桃ペアよりも先に中へと入っていったメンバーがベンチに腰掛けて待っており、その内の一人である由紀が彼の方へ歩み寄る。由紀もまたこのお化け屋敷には結構な恐怖心を覚えたらしく、ほんの少しだけ顔が青ざめていた。

 

 

胡桃「あ、あぁ…結構ヤバかったな…」

 

由紀と同じくらい……いや、由紀以上に青ざめた顔で胡桃が呟く。

これだけ気分悪そうな顔をしているのに、外へ出れると分かった瞬間に彼の腕を離す辺りはしっかりしていた。彼の腕に抱き付く様をみんなに見られてしまう事を無意識の内に回避したのだろう。

 

 

由紀「あれっ、君は平気そうな顔だね?怖くなかったの?」

 

「まぁ…凄くドキドキしてはいたかな…」

 

由紀「うんうん…。すっごく怖くてドキドキしたよねっ!」

 

彼の言うドキドキは怯える胡桃が可愛いとか、胸が凄く柔らかいとか…そういう意味のドキドキであり由紀の感じたドキドキとは違うのだが、彼は何も言わずにスタスタと歩を進め、悠里達の方へと寄る。

 

 

 

「るーちゃん、平気だった?」

 

るー「うん。ちょっと怖かったけど…りーねーがギュッてしてくれてたから平気」

 

このお化け屋敷はかなり刺激的な驚かしもかなりあったのだが、頼りになる姉がそばにいてくれたおかげでるーは平気だったらしい。

 

 

「りーさんはこういうの平気なんです?」

 

悠里「う~ん……少しは怖いわよ?けど、大きな音がしたり、お化けが出てきたりする度に震えるるーちゃんを見ていたらついニヤニヤしちゃって…怖さなんて飛んでっちゃったわ。この子、本当に可愛いのよ♪」

 

「あ~…分かる気がする」

 

怯える少女を見てニヤニヤとしてしまうその気持ちは痛いほど良く分かる。何故なら彼もついさっきまで、腕に抱き付いたまま震える胡桃を横目に見てニヤニヤと微笑んでいたのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 




本編の方では"かれら"を相手に勇ましく戦う胡桃ちゃんですが、そんな彼女だからこそ…こういう所(お化け屋敷)で弱気になられるとドキッとしますよね(*´-`)



因みに他のメンバーがこのお化け屋敷をどれだけ怖がったかと言うと…。


若狭姉妹【るーちゃんの方は結構怖がっていたものの、りーさんがすぐそばにいるのでどうにか乗り切れた。りーさんの方は隣で怯えるるーちゃんを見て、終始ニコニコニヤニヤしておりました】

由紀&果夏ペア【二人揃って終始絶叫していたが、どちらかと言うと果夏ちゃんの叫び声の方が大きめ。お化け屋敷の人からすると、このペアが最も驚かし甲斐がある】

美紀&真冬ペア【みーくんの方はほんの少しだけリアクションを見せる場面があったものの、基本的には冷静なまま。真冬ちゃんはいかなるドッキリにもほぼ無反応。二人ともお化け役の人の驚かしより、先行していた由紀&果夏ペアの叫び声が気になって仕方なかったそう】

圭&歌衣ペア【由紀&果夏ペアには劣るものの、圭ちゃんはそこそこ良い反応を見せていました。…が、歌衣ちゃんの方は何気にお化け屋敷初体験だった為、叫んだり驚いたりすべきポイントでも常に感動しておりました】



これらのペアの話も書こうか悩みましたが、かなり長くなってしまいそうなので割愛させてもらいました(^_^;)次回はまた別のアトラクションか何かの話をやっていこうかと思いますが、今回が胡桃ちゃん回だったので…次はまた別のヒロインに焦点を当てたいですね!(*‘ω‘ *)

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