軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回はみんなでコーヒーカップに乗り込みましたが、彼と真冬ちゃんはパートナー(由紀ちゃん&果夏ちゃん)の暴走により、コーヒーカップの乱回転を経験…気分を悪くしてしまいました。

今回はそんな彼と真冬ちゃんがメインの話です。


第五十九話『めまい』

 

 

真冬「ぐ……ぅっ…」

 

「…何か飲み物とかいる?」

 

園内に置かれていた横長のベンチに腰かけていた彼は隣に座る真冬の青い顔を覗き見て、心配そうな視線を向ける。彼の方は少しして落ち着いてきたが、真冬の方は未だに果夏と乗ったコーヒーカップの酔いが消えていないらしい…。

 

 

 

真冬「た、頼める…?ボクはまだ動けない…から…」

 

「ああ、別に構わないけど…一人で平気?吐いたりしない?」

 

真冬「…それは分からない。けど、ボクとしてもこんなに沢山の人が行き交う遊園地で吐いたりしたくない…。もしもここで吐いちゃったら、ボクはこうなった原因であるカナを殺してそのあとに自殺する…」

 

…恐らく冗談だとは思うが、不気味な程に真っ青な顔で言われると冗談に聞こえない…。しかし、ここで吐いてしまった瞬間に今日という日が真冬にとって最悪の日となるのは間違いないだろう。

 

 

 

「あ~…じゃあ飲み物買ってくるけど、どうしても我慢出来なそうだったらトイレに行くんだよ?分かった?」

 

真冬「…分かってる。出来るだけがんばる……」

 

「ほ、本当に頑張れよ…。戻った時に人混みが出来てたら嫌だからね…」

 

真冬の顔色は本当に酷く、あまり長い間一人にしておくのは心配だ。彼は最寄りの売店へ駆け足で向かい、彼女に渡す為の飲み物を探しに行った…。

 

 

 

 

 

真冬「…っぐ………うっ…」

 

その場を去っていく彼を見送った後、真冬はベンチの中央で背中を丸くしながら顔を俯ける…。今はこの姿勢が最も楽であり、こうしていると吐き気もいくらかマシになる。

 

 

 

真冬「カナの…せいだ…」

 

いや、もっと言えば果夏と共にコーヒーカップに乗り込んだ自分のせいだ…。果夏という人間の性格を考えればああなる事は分かりきっていたのだから、この事態は避けようと思えば避けられた出来事のハズ…。真冬はそこまで考えられなかった自身の浅はかさを悔いながらため息をつき、彼の事を待つ。

 

 

 

「よいしょっと…」

 

一人の男が真冬のそばへ寄り、隣へと腰掛ける。

少し早いように思えるが、彼が戻ったのだろうか…。真冬はボンヤリとした目をそちらへ向けて確認するが、隣に座っていたのは彼ではなく、微塵も知らない青年だった。

 

 

 

真冬(なんだ…彼じゃなかったのか……)

 

隣に座るその青年と一瞬だけ目を合わせた後、真冬はさっきと同じ様に顔を俯けて彼を待つ…。それにしても今隣に座ったこの青年…やたらと距離が近い。真冬はこの青年から離れるようにして横へ移動しようとするが、逆サイドの方にももう一人…全く知らない青年がドスンと腰を下ろしていた。

 

 

 

真冬(……嫌な予感)

 

見知らぬ男に左右を陣取られ、真冬の額に汗が浮かぶ…。

いや、この男達だってこんなにも人通りの多い遊園地で変な真似はしないだろう。何も言わずに顔を俯けていれば、すぐにいなくなるハズだ…。

 

…と、そう思っていたのだが……この男達は中々その場を離れてはくれず、むしろ両サイドから挟むようにして真冬の横顔を見つめていた。

 

 

 

「ねぇ、君…一人で来たの?」

 

あろうことか、左側にいた男がとうとう話し掛けてきた…。

右側にいる男もじわじわと近寄って来ながら真冬の横顔を見つめ、ニヤニヤと笑う。二人の青年は一見すると爽やかなタイプに見えるが、いくら上辺(うわべ)を飾ったところで真冬はそれに誤魔化されない…。この男達は嫌なタイプの人間だ。

 

 

 

「家族と来たの?それとも友達?あっ…彼氏と一緒?」

 

真冬「キミたちには……関係…ない」

 

今度は右側の男が尋ねてきたが真冬はその顔を見る事すらなく、下を向いたままの状態で言葉を返す。本当はその目を見てもっとハッキリ言ってやるつもりだったのだが、気分が悪くて顔を上げられない…。

 

 

「あはは。そう言わないで、ほんの少しだけ話を聞いてくんないかな?俺達も今日、友達に約束をすっぽかされちゃってさ……男二人で遊園地回っても仕方無いから帰ろうとしてたとこなんだけど、もしよかったら一緒にデートしない?」

 

真冬「し…ない……」

 

「一人で遊園地回っててもつまんないよ?それよりもほら、俺達と美味しい物でも食べに行こうよ。好きなもの奢ってあげるからさ」

 

真冬「………イヤ…行かない…」

 

男達は交互に話し掛けてくるが、真冬は下を向いたままの状態を崩さない…。只でさえ気分が悪かったのにこの男達と会話していたら益々気持ち悪くなってしまい、まともな声すら出せなくなってきた…。

 

 

「ところでさ、キミって何歳?見た感じ高校生くらいだよね?可愛らしい顔してるから男子にモテモテでしょ?どこの高校に通ってんの?」

 

男は下を向いたまま動かない真冬へ向けてペラペラと喋り、幾つもの質問を同時にぶつけていく。こんな一度に質問されては答えきれない…。いや、一つずつ質問されたところでどのみち、真冬は答える気など無いのだが…。

 

 

「ほら、もっとお話ししようよ」

 

真冬「…………っ」

 

真冬が無言のままでいると右側にいた男が彼女の肩へ馴れ馴れしく腕を回し、そっと身を寄せてくる。もう限界だ…。真冬はこれまで保ってきた冷静な表情を崩して眉をしかめると、静かに顔を上げてその男を睨む。『友達と一緒に来てるからもうほっといてくれ』とハッキリ言ってやる。真冬はそう決意したのだが……

 

 

 

真冬「…っ…!きも…ちわるい……っ」

 

顔を上げた途端、また大きな吐き気の波に襲われてしまった…。

目の前がグラグラと揺れるような目眩を感じ、真冬は顔を青くする。

一方、男の方もやっと目が合うなり『気持ち悪い』と言われた事を良く思っていないらしく、苦い表情を浮かべていた。真冬が言った『気持ち悪い』という言葉は、吐き気に対しての台詞だったのだが…。

 

 

「いきなり気持ち悪いってのは少しショックだなぁ…」

 

真冬「あっ…ち、違う…。確かにお兄さん達も気持ち悪いけど、今言った気持ち悪いって言葉はそれとはまた別で……」

 

フォローしてやろうかとも思ったが、つい本音が漏れてしまった。

男達はどちらも真冬を見つめながら冷めた目をしており、不機嫌そうな表情を見せる。

 

これではまるで自分が悪いことをしたみたいだ…。

被害者はこっちだというのに…。

真冬はこの上無い居心地の悪さを感じ、ベンチから立ちあがる。視界がグラグラとするような目眩も、吐き気も、そしてこの男達も…全てが気持ち悪い。

 

 

「おっ、どこ行くの?」

 

真冬「っ…ぐ……」

 

こんな連中からは一刻も早く離れたいのに、男達は真冬に続いて立ち上がる…。どうやら真冬が顔を青くしているのを見て『この子は弱気なタイプの女だ。しつこく迫ればどうにかなる』とでも思っているらしい。真冬が顔を青くしているのはただ、吐き気が酷いからなのに…。

 

 

 

真冬(もう、大声でも出してやりたい…)

 

が、あまり騒ぎを大きくしてしまうと後で由紀達にいらぬ心配をかけてしまうかも知れない。ここは出来るだけ静かにこの男達をあしらいたいが…。

 

そんな事を思いつつ吐き気を堪える真冬は視線の先に一人の人物を捉え、そこにトコトコと駆け寄っていく。男達は未だしつこくついてきていたが、この作戦が上手くいけばすぐに諦めるハズだ。

 

 

真冬「…どこ行ってたの?」

 

視線の先に捉えた人物の元と寄った真冬は静かな声でそう尋ねつつ、その人物…"彼"の腕にガシッと抱き付く。彼は近くの売店で買ってきた二つの飲み物を両手に持っており、それらを溢さないように気を張りながら真冬の事を見た。

 

 

「どこ行ってたのって…飲み物買ってくるって言ったでしょ?」

 

真冬「ボク、そんなの聞いてない…。急に一人にされて凄く寂しかったんだよ?飲み物なら、ボクも一緒に買いに行きたかった…。せっかく遊園地デートに来たんだから一秒でも長く、大好きなキミと一緒にいたいし……」

 

彼の腕に抱き付いてそう言いながらチラッと後ろを見て、ついてきていた男達の様子を窺う…。二人とも真冬が彼に抱き付いているのと、今のやり取りを聞いてそそくさと立ち去っていた。真冬の作戦通り、もう彼氏がいると思わせる事に成功したようだ。

 

 

 

 

真冬「ふぅ…やっと消えてくれた」

 

安堵のため息をつき、そのまま彼の事を見つめる…。

彼からすると飲み物を買いに行って戻ったら真冬が急に甘えてきただけに思えるため、かなり混乱しているようだ。

 

 

「真冬…僕のことをそんな風に思っていたのか…」

 

真冬「うん…?あぁ、飲み物ありがとう……」

 

混乱する彼を尻目に真冬はその腕に抱き付くのをやめ、飲み物だけを奪い取る。真冬はそれをゴクゴクと飲んでからホッと一息ついていくが、彼はまだ混乱している…。

 

 

 

「まさか真冬が……う~ん…どうする……こんなにも突然告白されるとは思っていなかった…」

 

真冬「……あの、さっきのはただの演技だよ?ボク、さっきまで変な男達に言い寄られてたから、キミがボクの彼氏だって思わせれば諦めてくれると思って」

 

「…はっ?男?そんなのどこにいるの?」

 

真冬「もう諦めて行っちゃった…作戦成功」

 

小さく掲げた右手でVサインを作り、真冬はニコリと笑う。真実を知った彼は少し残念そうな顔をしたが、納得したような顔もしていた。

 

 

「だよなぁ……おかしいと思ったんだよ。真冬が僕の事をそんな風に…好きだなんて思ってる感じはこれまで無かったし…」

 

自分用に買ってきた飲み物を一口飲み、彼は元いたベンチの方へ向かっていく。真冬は少し遅れてからそんな彼の事をパッと追い越し、そっと静かに振り向いた。

 

 

真冬「でも、キミの事は男の子の中で一番気に入っている…。だから、好きっていうのは結構本当だったりするかも知れないよ。……先輩っ」

 

何時になく可愛らしい笑顔でニコッと微笑み、真冬はスタスタと先を行く…。しかしまたすぐ気分が悪くなってしまったらしく、数歩進んだところで背中を丸めて立ち止まりながら俯いていた。

 

彼はそんな真冬に追い付くと、片方の手を握って静かにベンチまで誘導していく…。そんな中で覗き見た真冬の顔は青ではなく、何故か真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 




ほんの少しですが、真冬ちゃんがデレてくれましたね…。
もしも果夏ちゃんがこの光景を目の当たりにしたら、嫉妬で荒れ狂いそうな気がしてなりません…(汗)

因みに最後、真冬ちゃんが立ち止まってから俯いたのは気分が悪くなったからではなく、少し恥ずかしい事を言ってしまった…と後悔に悶えていたからだったりします。

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