軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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二十四話『優しい嘘』

バタン…。

 

 

扉を開き、三人は動物病院の中に入る。

 

 

 

 

 

入ってすぐに目に入ったのは受付所と、訪れた客が座って待つように置かれた多数の椅子だった。

 

 

 

 

 

美紀「…静かですね。」

 

美紀が言う。

 

 

 

胡桃「そうだな。で…どの部屋だ?」

 

胡桃が彼に尋ねる。

 

 

 

 

「僕はこの受付所と診察室にしか行ったことがないから、正直わからないけど…広い建物でもないし、適当に探せばすぐに見つかるよ。」

 

 

彼はそう言って奥に進む。

 

 

 

すると幾つかの扉のある廊下に出た。

 

 

 

 

胡桃「この部屋のどれかだろ?…本当にすぐに終わりそうだな。」

 

 

美紀「ええ、ちゃんと扉の上に何の部屋か記された札も付いてますから、これを見れば……」

 

 

 

 

ウゥ~…。

 

 

 

 

美紀がそう言った瞬間に、一つの部屋から奴らの呻き声が聞こえる。

 

 

 

 

美紀「!!」

 

 

「今のは…。」

 

 

 

胡桃「ここから聞こえたな。」

 

そう言って胡桃がその部屋の扉の前に立つ。

 

 

 

胡桃「トイレみたいだな…。」

 

上の札を見て確認してから扉に手を掛ける胡桃。

 

 

 

「胡桃ちゃん!」

 

 

胡桃「大丈夫だよ。さっきの声は犬じゃなかったろ?奴らがたまたまここに迷いこんだんだよ。奴らが一、二体いるくらいじゃあたしは大丈夫だからここは任せてお前達は目的の部屋を探しといてくれ。」

 

 

 

胡桃はそう言って一人そのトイレの中に入って行く、その直後に中から胡桃がシャベルを降り下ろす音が聞こえた。

 

 

 

 

「胡桃ちゃんなら大丈夫だったか…。」

 

彼はその場は胡桃に任せて、美紀と共にペットの入院している部屋を探した。

 

 

 

 

美紀「あ…。__さん!ありました!ここじゃないですか?」

 

美紀がそう言って一つの部屋を指差す。その部屋には『入院室』と書かれた札が付いていた。

 

 

 

「ええ、ここみたいですね。」

 

 

 

胡桃「お~。あったか?」

 

胡桃がそう言って血に濡れたシャベルを持ってトイレから出てくる。

 

 

 

「あったよ。胡桃ちゃんは大丈夫だった?」

 

 

 

胡桃「ああ、いつもの奴が一体いただけだった。」

 

 

 

美紀「入りますか?」

 

美紀が彼に尋ねる。

 

 

 

「…まず僕が先に一人で入っても良いですか?」

 

 

 

胡桃「良いけどさ…何で?」

 

 

 

「安全確認の為っていうのと…。あともし感染したマルが襲い掛かってきても僕が止めれるようにです。」

 

彼が言った。

 

 

 

 

美紀「……分かりました。」

 

 

胡桃「分かったよ。」

 

 

 

 

 

 

「………じゃあ、ちょっと見てきます。」

 

 

彼はそう言って部屋のドアノブに手を掛ける。

 

 

 

 

美紀「__さん!私達、そばにいますから…!!」

 

 

胡桃「ああ!もし中に奴らがいたりしたら呼べよ?すぐに行く!」

 

扉を開けようとする彼に二人が声を掛ける。

 

 

 

 

「…はい。」

 

 

 

胡桃「それから…キツい事があった時も呼べよ。力になるからさ…。」

 

 

「……ありがとう。」

 

 

ガチャ……。

 

 

彼はそう言って静かに扉を開けた。

 

 

 

 

そして部屋に入り、静かに扉を閉める。

 

 

 

 

美紀「……大丈夫でしょうか?」

 

 

 

胡桃「…アイツなら大丈夫だと思うけどな。」

 

 

 

 

二人が扉の前で彼を待って2分程経過した時、胡桃が扉の外から彼に声を掛ける。

 

 

 

胡桃「__。どうだ?いたか?」

 

 

美紀「………。」

 

 

返事がない。

 

 

 

 

 

胡桃「!……おい__!入るからな!!」

 

不安に思った胡桃が扉を開けて美紀と共に部屋の中に入る。

 

 

バタン!

 

 

 

 

 

 

胡桃「無事か!?」

 

 

中に入るとその部屋には入院中の動物を入れておく為であろうケージが幾つも並んでいて、彼はその一つの前でたたずんでいた。

 

 

 

「………。」

 

 

 

胡桃「おい大丈夫かよ……」

 

 

胡桃は彼にそう言いながら近付く、すると彼の見ていたケージが視界に入り胡桃も言葉を失う。

 

 

 

胡桃「…!」

 

 

 

美紀「…どうしたんですか?」

 

美紀もそのケージを確認する。

 

 

 

美紀「…っ!!」

 

 

そのケージの中にいたのは前足が一本無く、寝転んだまま彼を見て唸る感染した犬だった。

 

 

 

 

美紀「__さん……もしかしてこの子が…。」

 

美紀が言うと彼が口を開いた。

 

 

 

「…散歩中に事故にあって左前足を失ってしまいました。右の後ろ足も酷く骨折していて動かなかった……。」

 

静かな口調で彼が言う。

 

 

 

「…やっぱ感染していてもそのままなんですね。この子はずっと動く事も出来ずにここに一人でいたんだ…。」

 

 

 

 

その犬は確かにずっとそこにいたらしく、何も食べていないからか酷く痩せていた。

 

 

「元は少し太めの子だったんです…。なのに…こんなに痩せてる…。感染していると空腹で死ぬ事も出来ないんですね…。」

 

 

彼がその犬を見て目を伏せる。

 

 

 

胡桃「__……。」

 

 

 

 

 

「長い間寂しい思いをさせたけど………今終わらせるから…。」

 

そう言って彼はケージを開けた。

 

 

 

『グググゥ…!』

 

動かない足の代わりに頭を動かして威嚇する犬。

彼はその犬を見てそっとナイフを構えた。

 

 

 

 

 

「悪かったな……本当に長い間待たせた。……もっと早く来てあげるべきだったのに…。」

 

 

 

彼は噛まれないように後ろに回り込み、その犬の体を撫でながら……

 

「ダメな飼い主でごめんな……。」

 

静かにそう呟き、そっと犬の後頭部にナイフを突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡桃「……。」

 

 

 

美紀「………。」

 

 

 

完全に動かなくなった犬をしゃがんで撫でる彼を、二人はただ見守っていた。

 

 

 

 

 

「………本当は一人で来たかった。」

 

彼が撫でるのを止め、立ち上がってから言った。

 

 

 

 

「もし感染したコイツがいたら僕は確実にショックを受けて落ち込んでしまうと思ったから…。そんな弱い僕を皆に見せたくなかったから……。」

 

 

「…けれどやっぱ二人がいてくれて良かった。ただ傍にいてくれるだけで強くいられました。」

 

 

そう言って彼は笑顔を見せる。だが二人にはその笑顔が無理をしているようにしか見えなかった。

 

 

 

 

胡桃「いいよ別に…無理してまで強くいなくてさ。」

 

 

美紀「はい…少し頼りないかも知れませんが、辛い時や悲しい時は…仲間の私達が傍にいます。だから……無理はしないで下さい。」

 

 

胡桃と美紀が彼に言う。

 

 

 

「……無理…ですか。」

 

そう言って彼はもう一度犬を見てから、そっと視線を彼女達に戻す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

無理をしなくていい。傍にいる。そう彼女達に言われただけで彼は安心して……そして安心したら、ほんの少しだけだが涙が出てきた。胡桃と美紀はそんな彼の側にそっと立ち、静かにその背へと手を当てる。

 

よく見れば、彼女達の方が沢山の涙を流していた。

彼はその光景に驚き、微かに流れていた自身の涙を拭ってから声をあげる。

 

 

「……僕はともかく、なんで二人まで泣くんですか?」

 

胡桃「…なんとなく止まらなくなったんだよ」

 

美紀「ええ、もらい泣きってやつです。」

 

 

 

「ははっ…訳がわからない。」

 

 

胡桃「へへ…」

 

美紀「ふふっ」

 

 

彼は泣きながら微笑む二人を見て、自分は本当にいい人達と出会えたんだと実感した…。

 

 

 

 

美紀「この子……どこか綺麗な場所に埋めてあげましょう。」

 

美紀が持っていたタオルに犬を包んで言った。

 

 

 

胡桃「…そうだな。置きっぱなしはかわいそうだ。」

 

 

 

「二人共……本当にありがとう。」

 

 

彼は二人に礼を言って、美紀から犬をくるんだタオルを受け取る。

 

 

 

 

 

美紀「__さん。」

 

タオルを渡した後に美紀が彼を呼ぶ。

 

 

 

「はい?」

 

 

 

 

美紀「さっき__さんがこの子を撫でた時、この子、一瞬だけ尻尾を振ってました」

 

 

 

「…本当ですか?」

 

 

 

 

美紀「ええ、きっとこんなになっても心のどこかで__さんを待っていたんだと思います。…この子も、最期に会えて喜んでいると思いますよ。」

 

美紀が彼に笑顔で言う。

 

 

 

「…そうですか。……なら、ここに来て良かった。」

 

彼はそう言って車に戻っていった。

 

 

 

 

胡桃「よく見てるな美紀は、あたしは尻尾振ったの気付かなかったよ。」

 

胡桃が美紀に言う。

 

 

 

 

 

 

美紀「でしょうね。…嘘ですから。」

 

しれっと言う美紀。

 

 

 

 

胡桃「嘘かよ!」

 

 

 

美紀「ええ、そうだったら素敵だなって思って…これは必要な嘘です。」

 

そう言って美紀はいたずらな笑みを浮かべる。

 

 

 

美紀「……でも、あの子は最期に__さんに会えて本当に嬉しかったハズですよ。私はそう信じたいです。」

 

 

 

胡桃「ああ…そうだな。」

 

 

美紀と胡桃も会話を終えて車に戻る。

 

 

 

 

 

バタン。

 

 

 

由紀「お帰りみんな!!」

 

笑顔で全員を迎える由紀だが、彼が手に何かをくるんだタオルを持っているのを見て表情を変える。

 

 

 

「由紀ちゃん、りーさん、ただいまです。」

 

彼はそう言ってそれを抱えたまま席に座る。

 

 

 

悠里「それって…。」

 

悠里が言いかけたところで胡桃が悠里と由紀へ彼に代わり事情を説明をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由紀「……そっか。」

 

 

 

悠里「じゃあどこか埋めるのに良い場所を考えないとね。」

 

 

事情を聞いた二人が言う。

 

 

 

 

美紀「少しだけ遠いですが、山間部の方に行ってみませんか?私、前に行って綺麗だと思った場所があるんです。」

 

美紀がそう言って地図を開く。

 

 

 

美紀「…地図でいうとここら辺です。一~二時間程で到着すると思いますよ。」

 

 

 

悠里「…そうね。山間部の方にはまだ行ったことがないし、ついでに探索するのも良いわね。」

 

 

 

悠里がそう言って運転席に座り、車を動かし始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間と二十分程で車は山間部の木々に囲まれた田舎町に入り、更に二十分程で美紀の言っていた場所に到着した。

 

 

 

 

バタン。

 

 

車を停めてその地に降りる一行(いっこう)

 

 

 

美紀「…どうですかね?」

 

美紀がその場所の景観の感想を求める。

 

 

 

その場所は周囲を木々に囲まれた広場で、中央部には一本の大きな木があった。

 

 

 

「良い場所です。…埋めるならあの木の下辺りとかがよさそうですかね。」

 

彼がその一本の木を指差して言った。

 

 

 

由紀「うん!私もあそこが良いと思うよ。」

 

 

 

悠里「じゃあ胡桃の出番かしら?」

 

 

 

胡桃「そうだな、んじゃ!そこはあたしに任せろ!!」

 

そう言って胡桃はその木の根元の辺りをシャベルで掘り始めた。

 

 

 

 

彼はその様子を近くで犬を抱えながらしゃがんで見ていた。

 

 

 

 

「…………。」

 

 

 

胡桃「……なに?」

 

視線を感じた胡桃が彼に言う。

 

 

 

「いや……穴を掘るためにシャベルを使うなんて斬新だなって。」

 

彼がニヤッと笑いながら言った。

 

 

 

胡桃「……バカにしてるな!じゃあお前のいうシャベル本来の使い方を見せてやろうか!?」

 

そう言って胡桃はシャベルを彼の前で振り上げる。

 

 

 

「うおっ!すいませんって!!ジョークジョーク!」

 

 

 

胡桃「…ったく。…ほら!掘れたぞ。」

 

胡桃はそう言ってその穴から離れて彼の横に立つ。

 

 

 

 

「……さて。」

 

彼はそう呟いて立ち上がり、穴に近付き、そしてその穴の中にそっとタオルごと犬を置く。

 

 

 

由紀「あ!ちょっといいかな?」

 

由紀がそう言ってそこに近付く。

 

 

 

悠里「どうしたの由紀ちゃん?」

 

悠里が声を掛ける。

 

 

 

由紀「この子が天国で遊べるように、一緒にこのボールも埋めてもいいかな?」

 

そう言って由紀は一つのゴムボールを彼に見せる。

 

 

 

由紀「もしかして、ボールとかじゃ遊ばない子だった?」

 

 

 

「いいえ、ボールで遊ぶのが大好きな子だったので、喜ぶと思います。」

 

彼が笑顔で言うと由紀は嬉しそうにボールを犬の横に添えた。

 

 

 

(…本当はあまりボールで遊ぶ子じゃなかったけど、ここは嘘をついても良いだろう。由紀ちゃんの優しさが嬉しいから……。きっとコイツにも、その優しさがこのボールを通して伝わるハズだ。)

 

 

 

彼の許可を取り、胡桃が犬とボールに土をかけて完全に埋める。

埋め終えた後、皆はその場所の前で手を合わせてその犬の冥福を祈った。

 

 

 

 

「……そろそろ行きますか。」

 

合わせていた手を離して、彼が言う。

 

 

 

悠里「…そうね、もう大丈夫?」

 

悠里が彼に尋ねる。

 

 

 

「はい。皆が一緒に弔ってくれたおかげで、なんか気持ちが軽くなりました。」

 

 

 

悠里「…そう。じゃあ皆戻りましょうか。」

 

 

胡桃「ああ。」

 

 

美紀「はい。」

 

 

由紀「うん。」

 

 

一行はその場を離れて、車に戻り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

(…お前を守れなかった分、この人達を守ると誓うから…見守っていてくれ。)

 

 

彼は戻る途中で一度だけ振り返り、そう心で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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