軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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引き続きゲームセンター回!
今回は少しだけ長めです。


第六十四話『たいけつ』

 

 

賑やかな音が飛び交うゲームセンターへと遊びに来て数時間…。

美紀や圭といくらか遊んだ後に由紀、歌衣と合流した彼は彼女らと共に当てもなく歩き回り、そして更に二人の人物と合流する。

 

 

「お二人さん、何してんの?」

 

そう言って声をかけた相手は、恵飛須沢胡桃と若狭悠里だ。

二人は目の前にあったクレーンゲームに熱中していたらしく、声をかけられるまで彼や由紀達が近寄ってきている事に気付いてなかったらしい。

 

 

胡桃「ああ、いや~…このぬいぐるみが全っ然取れなくてさ」

 

呼び掛けに応えて振り向いた胡桃はクレーンゲームを指差し、まいったように苦笑する。ぬいぐるみと聞き、ついさっき美紀や圭と共に手に入れたイヌとネコが頭に浮かんだが、胡桃が指差すクレーンゲームの中にいたのは真っ赤な蝶ネクタイをしたウサギのようなキャラクターのぬいぐるみだった。それらを一見した感じラインナップはどれも同じかと思ったが、よく見ると表情に違いがある…。満面の笑みを浮かべてるもの、不敵な笑みを浮かべてるもの、何かに恐怖しているかのように青ざめた顔をしているもの…。色々な表情があるが、どれも胡桃の好みには思えない…。

 

 

美紀「くるみ先輩…こういうのが好きなんですか?」

 

由紀「へぇ…くるみちゃんって意外と可愛いとこあるよね♪」

 

胡桃「いや、別にあたしはこのぬいぐるみに興味無いんだけどさ……っておい!"意外と"とか言うなっ!!」

 

ワンテンポ遅れてから頭をひっぱたかれ、涙目になった由紀は『む~っ』と唸りながら悠里の背後へと隠れる。胡桃が暴れそうになった時は、悠里の後ろに隠れるのが最も安全だからだ。

 

 

悠里「ふふっ、実を言うとるーちゃんが前からこのぬいぐるみを欲しがっててね…。私はあまりこういうゲームは得意じゃないから、くるみに取ってもらおうと思ってお願いしていたの」

 

圭「なるほど、るーちゃんへのお土産って事ですね?」

 

悠里「ええ、そういうこと」

 

今日は都合が悪くて一緒に来れなかったが、もしもこのぬいぐるみを持ち帰ったらきっと喜んでくれるだろう…。そう考えた悠里は胡桃にクレーンゲームの代行プレイを頼んだようだが、かなり苦戦しているらしい。

 

 

圭「美紀ちゃん、取ってあげたら?」

 

美紀「さっきのは偶然取れただけだってば。下手に私が手を出すより、くるみ先輩がこのまま続けてた方が早く取れると思うよ」

 

実際、もうかなり惜しい所まで来ている。

ぬいぐるみの一つは既に落下口に半身を乗り出しており、いつ落ちてもおかしくない状態だ。クレーンゲームにはあと一回分のクレジットが残っており、胡桃が動かしたクレーンはとどめだと言わんばかりにそのぬいぐるみを上から押していく…。

 

 

「おっ…」

 

胡桃「おっ…!?おっ!?」

 

下降したクレーンのアーム部分が落下口に乗り出していた半身へと突き刺さり、ぬいぐるみはそのままクルッと一回転。綺麗に落下して取り出し口へと身を落とす。しかもこれはただの偶然に過ぎないのだろうが、そのぬいぐるみが回転した際にそばにあったぬいぐるみもグラッと倒れ、そのまま取り出し口へと落ちていった。つまり、胡桃は最後の最後で二体のぬいぐるみを確保したのだ。

 

 

胡桃「よっしゃっ!!なぁ、今の見たかっ!!?」

 

「ああ、見た見た」

 

余程嬉しかったか、胡桃はぬいぐるみを取るよりも先に彼の肩をバシバシと叩く。その顔はとても嬉しそうな笑みを浮かべており、彼も自然と笑顔になる。

 

 

由紀「くるみちゃんすご~いっ!」

 

胡桃「へへっ、そうだろそうだろ~♪」

 

得意気に微笑みながらその場に屈み、取り出し口から二体のぬいぐるみを取り出すと、胡桃はそれを悠里へと手渡す。妹への土産が出来た悠里はニコニコと笑って胡桃に感謝の言葉を述べたが、ここで一つ困った事が……

 

 

悠里「るーちゃん喜んでくれると思うけど、二体もいるかしら?」

 

胡桃「ん~、大丈夫だろ。こういうのって多ければ多いだけ嬉しいもんじゃないのか?」

 

確かに胡桃の言うことも一理あるのだが、悠里は手にした二体を交互に眺めて苦笑する…。せめて表情が違えば良かったかも知れないが、手に入れたのは二体とも満面の笑みを浮かべている物であり、どちらも全く同じ表情だ。

 

 

悠里「う~ん…まぁ、これはこれで良いのかもね」

 

せっかくなら違う表情のが欲しかった気もするが、贅沢は言えない。

家に帰ったらこの二体をまとめて妹に渡そう……と、考えた時の事だった。ふと見上げた視線の先、隣にあるクレーンゲームで同じぬいぐるみを狙っている一人の少女が視界に映る。

 

 

悠里(あの子、さっきからずっといるわね…)

 

恐らく、妹である"るー"と同じくらいか、それよりも少し上くらいの年齢だろう。綺麗に伸びた銀髪を揺らすその少女の目は半分開きで眠たげなものにも見えるが、目の前の獲物を確実に捕らえてやるという闘志を感じた。

 

 

悠里「ねぇ、そのぬいぐるみが欲しいの?」

 

一人でクレーンゲームをプレイし続けるその子が妹と同じくらいの年齢に見えたからか、居ても立ってもいられずに悠里は声をかける。少女はいきなり声をかけられた事に多少戸惑っていたが、悠里の優しい微笑みを見てすぐに警戒を解き応える。

 

 

「あ…はい…。僕、うさぎさんが好きだから……」

 

悠里「ふふっ、そうなんだ。じゃあ…はい、お姉さんのを一つあげる」

 

「えっ?で、でもっ……」

 

少女はその言葉に戸惑いを見せるが、悠里はニコニコと微笑みながら二体の内の一体を手渡す。るーに二体あげるのも良いが、ここでこの子に一体分けてあげるのも良いと思えた。それに…この子は結構前からクレーンゲームをやっていた気がする。もうそれなりのお金を使ってしまっているだろうから、ここらで終わりにしてあげた方が良いだろう。

 

 

悠里「くるみ、一つあげても構わないわよね?」

 

胡桃「んっ?ああ、そのぬいぐるみはもうりーさんのだし、好きにしたら良いんじゃないか?」

 

悠里「という事だから…遠慮なく受け取ってね?」

 

もう一度ニコッと微笑み、少女の頭を撫でる。

少女は本当にこのぬいぐるみを受け取って良いのかとギリギリまで悩んでいたようだったが、最後は悠里に向けて可愛らしい笑顔を向けると、ペコリとお辞儀をしてその場を立ち去っていった…。受け取ったウサギのぬいぐるみを、大切そうに胸へと抱えて。

 

 

由紀「ねぇ、今の子、自分の事を"僕"って言ってなかった!?」

 

胡桃「そういう子なんだろ。ほら、真冬だって自分を"ボク"って言うだろ?それと同じだ。女の子でも、私とかじゃなくボクを使う子がいるんだよ」

 

歌衣「真冬さんを見て前から思ってましたが、女の子が"ボク"っていうのは何だかドキドキしちゃいますね~♪私もそういう女の子になれば良かったなぁ」

 

ボクっ娘に憧れを抱く歌衣だが、彼女はもうすっかり"私"という一人称に慣れてしまっていたので今更方向転換は難しいだろう…。なんて話をしている内、一行はある事に気付く。

 

 

「ところで真冬は?」

 

悠里「そう言えば…確かに見かけないわね?」

 

胡桃「まだ一人で果夏のヤツの面倒をみてんだろ…。アイツの相手を一人でするのって結構大変そうだし、そろそろ手伝ってやるか?」

 

久しぶりに遊びに来たからか何か知らないが、今日の果夏は何時にも増してテンションが高かった…。真冬がいくら果夏の扱いに慣れてるといっても、あのテンションに付き合わされ続けるのは一苦労だろう。そろそろ合流して真冬に手を貸してやろうと考えた一行はゲームセンター内を歩き、彼女達の居場所を探っていく…。そして、様々なリズムゲームが並ぶ一際賑やかなエリアに差し掛かった時だった……

 

 

果夏「んがぁぁぁっっ!!なんでさ~っ!!も~~っ!!!」

 

エリアの一角、そこでは数人のギャラリーが何かを見てザワついており、その人壁の向こうからは果夏の咆哮が聞こえた…。そこそこ騒がしいゲームセンターでもハッキリと聞こえたその声は苛立ちに満ちているのが分かり、一行は額に汗を浮かべながらそこへと寄る…。

 

 

「あ~…すいません、何かあったんですか?」

 

このギャラリーの量…今はまだ分からないが、もしかすると何らかの事情により激しく苛立った果夏がゲーム機を壊して暴れているのかも知れない…。彼はそばにいた一人の女性店員へ恐る恐る声をかけた。するとその店員はゆるいカーブのかかった金髪を揺らし、ニコニコとした表情で答える。

 

 

「あはは、何かリズムゲームが得意な女の子が来てましてね。最初はその娘が一人でゲームしてて、その腕前に感動した子供達が集まって騒いでただけなんですけど、そこへあのポニーテールの女の子がやって来て……」

 

店員は彼等を引き連れてギャラリーの横へと回り、一人の少女を指差す…。そこにいたのは茶色のポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、両手にバチのような物をもって太鼓型のリズムゲームに熱中する果夏だった。店員は彼女を指差したまま、今度は苦笑いして言葉を放つ。

 

 

「あの娘が来て、最初にゲームをやっていた娘に言ったんです。『私の方がもっと上手く出来る!だから今すぐ勝負しろ~!!』…って。たぶん、小さな子供達の人気者になっていた彼女が羨ましかったんでしょうね」

 

果夏の叩く太鼓の横にはもう一つ同じ物があり、それを叩いているのは肩まで伸びた黒髪を揺らす一人の小柄な少女だった。少女は黒を基調としたゴスロリ系のドレス衣装をフリフリと揺らし、鮮やかな手付きで太鼓を叩いている。恐らく果夏と同い年か、それよりも下の年齢だろう。

 

 

圭「見ず知らずの娘にいきなり勝負を挑むなんて…果夏のヤツ何考えてんだか…」

 

美紀「まぁ、普段から何考えてるのか全く読めないのが果夏だからね…今更驚きはしないけど、それよりもあの娘の衣装が気になる…」

 

胡桃「ああ、確かに気になるな…。ってかアイツ、あんなフリフリしたの着てたら動きにくいだろうに、さっきから全然ミスしてねぇ…。ありゃ相当やり込んでるな」

 

その少女はドレスを揺らし微かに笑みを浮かべながらも手慣れた様子でバチを振るっているが、対する果夏は歯を食いしばりながら鬼のような形相でバチを振るっている…。かなり連続で負けているのか、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようだ。

 

 

真冬「…もういい加減諦めたら良いのに」

 

ドカドカドンドン!と乱暴にバチを振るう果夏を眺めていると、真冬が一行のもとへと歩み寄って呆れたように呟く。この数十分、彼女は果夏があの少女を相手に惨敗するのを見続けていたらしい。

 

 

「止めてやったらどうだ?あれ、絶対に勝ち目無いって」

 

真冬「うん、もう何度も止めようとした…。けど、カナは何気に負けず嫌いだから……ボクが何を言っても聞かないの」

 

悠里「薄々分かってはいたけど、果夏さんの面倒を見るのって大変なのね…」

 

真冬「…うん、ほんとに大変」

 

『はぁ……』と深いため息をつく真冬のそば、そこにはもう一人の見慣れぬ少女が立っていた。彼女が見つめているのは果夏と戦っているあの少女のようなので、恐らく友人か何かなのだろう。果夏よりも一回り濃い茶髪を後ろでおだんご結びにしているその娘は口の横に両手を添えると、おっとりした口調で二人を応援しはじめた。

 

 

恋ヶ窪(こいがくぼ)さんも……え~っと………」

 

真冬「……カナ」

 

「ああ、そうでした~。恋ヶ窪さんもカナさんも、がんばって下さいね~。一生懸命応援させてもらいます~」

 

恋ヶ窪…というのが果夏の対戦相手の名前なのだろうか。少女はどこかのんびりとした声で言うが、なんと無情な事か……その応援は辺りのゲーム機から鳴る音に掻き消されていく。それでも必死に応援するその少女を手伝ってあげたいと思ったのか、歌衣が隣へと立って同じように声を発した。

 

 

歌衣「お二人とも、頑張ってください~」

 

「はい、がんばってください~」

 

歌衣もそうだが、この少女も少しお嬢様らしい雰囲気がある…。

どこか似た雰囲気を持つ二人が必死に応援する光景は中々微笑ましく、由紀達はそれを見守りながらニコニコと微笑む。

 

…その後、果夏ともう一人の少女がバチを下ろし、ゲームが終了した。

結果はまたしても果夏の惨敗に終わっており、少女は涙ぐむ果夏の肩をポンポンと叩いて誇らしげな笑みを浮かべる。

 

 

「あなたも結構がんばってましたが、まだまだ修行が足りませんね!今回もボクの勝ちですっ!さて、どうしますか?もう一回やりますか?」

 

果夏「うぅっ……ううぅっ…!!まふゆちゃ~~んっ!!」

 

真冬「わっ…!?なになに…?」

 

果夏は瞳から大粒の涙を流し、まるでケンカに負けた子供のように真冬へとすがる。そんなに悔しい思いをするなら最初から挑まなきゃよかったのに……なんて思う真冬だったが、それでも渋々その頭を撫でて果夏をあやしていく。

 

 

果夏「あ、あいつがイジメたっ…!わたしっ…何も悪いことしてないのにっ…!それなのにぃっっ…!!」

 

真冬「はいはい…別にイジメられてはいないよね?カナはあの娘に真っ向から勝負を挑んで、清々しいくらいに惨敗しただけだよ。ちょっと得意なゲームだからって、調子に乗ったのがいけなかったね…」

 

果夏「うっ…ううっっ…!!リベンジっ…リベンジしてっ…!私の(かたき)をとってぇ…!!」

 

とんでもない事を言い出す果夏を見て、その場にいた全員が呆れた表情…もしくは苦い笑みを浮かべる。それは真冬も例外ではなく、彼女はまた呆れたようにため息をついていたが、果夏をその場に置いて離れるとまだ太鼓の前にいるあの少女の横へと立った。

 

 

真冬「ごめん…あと一回だけ付き合ってもらってもいい?」

 

そうすれば果夏の気が晴れるから…と真冬は申し訳なさそうに言う。

少女はそれを快く了承したが、今度の対戦相手である真冬が両手に持ったバチを不思議そうに眺めているのを見て尋ねる。

 

 

「あの、あなたはこのゲームやった事あるんですか?」

 

真冬「……ない。初めてやる」

 

「えっ!?そ、それは流石に……。ボク、手加減とかした方が良いですかね?」

 

相手がこのゲームをプレイした事のない初心者だと分かったから、少女は善意でそう尋ねる。しかし次の瞬間、真冬は手にしたバチをクルクルと回しながら真っ直ぐにゲームのモニターを見つめ……

 

 

真冬「必要ない…。キミとカナがやっているのを見て、もう大体の事は理解した…」

 

そう呟いてから太鼓を一叩きし、ゲームが開始されていく…。

軽快な曲が流れだし画面に太鼓を叩くタイミングが次々と表示されていく中、真冬は静かに動き出した…。

 

 

 

 




惨敗した果夏ちゃんの仇を取るべく、真冬ちゃんが動き出します…!
一応、真冬ちゃんもゲームが好きな娘なのですが、今回登場した太鼓型リズムゲームは初体験のようです。こちらは現実にもある某太鼓型ゲームをイメージしてますが、私はやった事がありません!(笑)


因みに今回の話には真冬ちゃんの他、りーさんがぬいぐるみをあげた女の子や果夏ちゃんと対戦していた女の子という二名のボクっ娘が登場したわけですが、こちらはゲームセンター回限定のゲストキャラなので新キャラという訳ではないのです。やはり、ボクっ娘は良いですな…(*´-`)

ゲームセンター回は次回で終わりとなりますが、その次からはまた誰かのアフターの続き……もしくは本筋の方でドキドキ出来る話を書いていきたいと思っています!ではでは~。

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