軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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今回は歌衣ちゃんの家で、ヒロイン達がメイドとしての立ち振舞いを練習・訓練していく様子をお送りします!


第六十九話『れんしゅう』

 

 

 

自分達のクラスであるC組が文化祭で開くメイド喫茶…これをどのクラスの出し物よりも素晴らしい物にするべく、彼は歌衣の家にてメイド姿の胡桃・由紀・悠里らにメイドとしての立ち振舞いを指導していた。

 

彼女達がこう言えば客が喜ぶ…。こう動けば客が喜ぶ…。

そういった事を考えながら様々な指導をしていった訳だが、やはり由紀や悠里と比べると胡桃には少なからず恥じらいのようなものが見える。

 

 

「う~ん、もっと笑顔で出来るかな?」

 

胡桃「ん、んん……分かりました、ご主人…さま……」

 

彼の前で…いや、皆の前でこんなフリフリした服を着て、メイド口調で対応しなくてはいけない。胡桃にとってそれは抵抗のある事であり、どうしても落ち着かなくなってしまう…。しっかりやらねばと思っていても口が上手く回らなくなり、目線が泳ぐ…。

 

 

胡桃「うぅ…やっぱり無理かも……」

 

由紀「そんな事ないよっ!くるみちゃんなら大丈夫っ!」

 

悠里「ええ、一緒に頑張りましょ。ね?」

 

すっかり諦め状態に入った胡桃を慰め、元気付けるのは由紀と悠里だった。彼女らも出来ることなら、胡桃と一緒にメイドを楽しみたいと思っているのだろう。しかし胡桃は俯いたまま首を横に振り、弱々しくため息をつくだけだった。

 

 

胡桃「けど、このままじゃ皆の足を引っ張るだけになりそうなんだよなぁ…。もう十分に人手は足りてるように思えるし、あたし一人くらい抜けたって良いんじゃないか?下手な足手まといなら、いない方がマシだろ?」

 

かなり自信が無いのか、いつになく弱気な台詞ばかりを吐く…。

なにもメイドをやるのが嫌だという訳ではなく、自分が皆の足を引っ張る可能性を気にしているようだが……。

 

 

歌衣「大丈夫です!今のくるみ先輩なら完璧ですよっ!!」

 

と、横から現れた歌衣が満面の笑みで告げる。

彼女はお世辞で言っているのではなく本心でそう告げながら、苦笑する胡桃の事を手元のカメラで撮影し続けていた。

 

 

胡桃「いやいや、とても完璧とは言えないって…。コイツの前に……客の前に出るとまともに対応出来なくなるんだぞ?そんなのメイド失格だろ…」

 

歌衣「いえいえ!そういうところが良いんですっ!!普段は凛としていてカッコいいくるみ先輩が、こんなにも可愛い服を着てモジモジしてる様子を見れるなんて……もう最高じゃないですかっ!!!」

 

パシャリ!パシャリ!!

続けて撮影しながらピョンピョンと飛び跳ね、歌衣は顔を赤らめる。

どちらかと言うと物静かな性格である歌衣がこんなにも興奮しているのを見たのはこれが初めてかも知れない…。胡桃はもちろんのこと、由紀や悠里、そして美紀達二年生組もその様子を眺めてただ苦笑する。

 

 

胡桃「ん、んん~……本当に大丈夫だと思うか?」

 

歌衣の意見だけでは少し不安だと感じたのだろう…。

胡桃はクルリと振り向いてから彼へと尋ねる。

勿論、彼の返事は決まっていた。

 

 

「ああ、僕も歌衣ちゃんと同意見だ。全力のスマイルを浮かべる胡桃ちゃんは見てみたいけど…さっきみたいなぎこちない笑みも悪くない。何て言うか…こういうのに慣れてない感じが伝わってきて、ドキドキする」

 

胡桃「そういうもんなのか?なんか…変態っぽいな…」

 

確かに少しばかり変態っぽい言い回しになってしまったが、ぎこちない笑みを浮かべる胡桃を見ているとドキドキするのは事実なのだ。きっと、この笑顔にやられる人間は多いハズ…。本人は自信無さげだが、いざ当日になればきっと、胡桃は戦力になってくれるだろう。

 

何はともあれ、胡桃はこんな感じで大丈夫そうだ。

由紀と悠里の方も問題無さそうだし、歌衣もかなり頼りになりそうな気がする。…とくれば、あとは私服姿のままで練習をしている他の二年生組なのだが……

 

 

圭「美紀ちゃん、笑顔が固いよ?ほら、もっとニーッと笑って♪」

 

美紀「にーー…っ……………どう?出来てる?」

 

圭「ん~、まだ固いかな…。まぁ、元が可愛いから大丈夫だと思うけど」

 

美紀の方も胡桃と同様、自分がメイドをやるという事に対しての恥じらいがあるらしく、どうにも笑顔が固いままだ…。が、圭が言うように美紀は元々の顔立ちが良いので、ぎこちない笑顔でも愛らしさがある。こちらも胡桃と同様、不慣れな感じが受けるハズだ。

 

一方で圭はこういうのが得意らしく、練習の時も満面の笑みを見せていた。胡桃や美紀のように不慣れな感じがする娘も受けるだろうが、圭のように小慣れた感じのする娘もまた別の層に受けるだろう。という事で…美紀と圭の方も大丈夫だと思うのだが…問題はこの二人だ。

 

 

 

果夏「ほらほら、笑って~~♪」

 

真冬「にーーー…………」

 

果夏「う~ん…真冬ちゃん、さっきから口で『に~っ』て言ってるだけで全然笑ってないよ?もう少しくらい笑ってくれないと~」

 

真冬「カナの方こそ、もっと頑張った方が良い…。さっきは練習だから良かったけど、当日になって注文された物を全部間違われたら大変…」

 

美紀や胡桃はぎこちないなりに笑っていたが、真冬はそもそも笑っていない…。ただ、冷たい目で客を見つめるだけ。不慣れな感じがして可愛いとか、そういう次元ではない…。

 

果夏の方は笑顔や対応こそ問題無いが、客からの注文を覚えるだけの記憶力が無い…。さっきなんて、たった二つのメニューをものの数十秒後には忘れていた。

 

 

 

「むぅ…分かってはいたけど、この二人は扱いが難しいな」

 

悠里「けど、果夏さんの方はどうにかなるんじゃない?ほら、当日はメモ帳とか渡しておいて、それで注文をとっていけば良いと思うわ。流石の果夏さんも、注文を紙に書くくらいは出来るわよね?」

 

果夏「ええ!もっちろんです!!」

 

悠里は手のひらに何かを書くようなジェスチャーをして、ニコリと微笑む。確かに彼女の言う通りだ…。今は練習中だから純粋な記憶力のみで注文をとっていたが、当日になればそれぞれのメイドに伝票代わりのメモ帳を渡す予定だ。頼まれた注文を直ぐ様それに記していけば、いくら果夏といえど間違えようが無いだろう。

 

 

真冬「どうかな……カナはとんでもない娘だから、きっとどこかでミスをする。例えば…伝票に書いた文字が下手すぎて読めなくなるとか」

 

果夏「もうっ!私のことをバカにし過ぎだよ~」

 

果夏はヘラヘラと笑いながら、真冬の肩に抱きつく。

本人はこう言っているが、真冬の発言を聞いた途端、彼と悠里の中に微かな不安が生まれた…。

 

 

悠里「大丈夫…よね?いくらなんでも、伝票さえ取っておけば間違えようが無いと思うのだけど……」

 

「……まぁ、今は成功を祈るしかないかと。そんな事より、真冬の方が問題だ。ほら、美紀や胡桃ちゃんみたいなぎこちないので良いからさ、少しでも笑えないか?」

 

真冬「え~……知らない人に笑顔見せるのとか嫌だなぁ……」

 

元々人付き合いが苦手なタイプである真冬にとって、メイド姿での接客……いや、そもそも接客自体が難題だった。彼女は『もう帰りたい』と言いたげな表情をしながらため息をつき、彼や悠里達に背を向けてしまう…。

 

 

圭「こ~ら、ワガママ言わないのっ!美紀ちゃんだって頑張ってるんだから、真冬も頑張らないと!!」

 

真冬「そんな事言われても……嫌なものは嫌なんだもん……」

 

胡桃「まぁ…気持ちは分からんでもないけど…」

 

胡桃は『あはは…』と苦笑しながら、指先で頬を掻く。

当日に訪れてくる客の中には知人や他のクラスの人間は勿論、自分が知らない人も少なからずいるだろう…。真冬にとって、そんな人達に笑顔を見せるというのは恥ずかしくて仕方がない事なんだ…。

 

 

悠里「大変かも知れないけど、きっと楽しい時間になるはずよ。だからほら、一緒に頑張ってみない?」

 

真冬「………………」

 

由紀「大丈夫っ、何かあれば私がバッチリとカバーしてあげるからっ!」

 

歌衣から借りたメイド服に身を包み、由紀は自信たっぷりな表情で胸を張る。その様子を側で見ていた悠里は小さく微笑み、改めて真冬の顔色を窺っていく。

 

 

真冬「ボクが何かミスをしたとして…由紀にカバー出来るの…?」

 

由紀「もちろんっ!!私、先輩だもんっ♪」

 

またしても胸を張り、『えっへん!』と笑う由紀…。

彼女の言動や見た目はとても"先輩"とは呼べないくらい幼いものに見えるが、何故だろう…。彼女にこう言われると不思議と安心するような……頼りに出来るような何かがあった。

 

 

真冬「……じゃ、頑張ってみる…。

出来るだけ、由紀達には迷惑かけないようにする……」

 

由紀「ふふっ。大丈夫、迷惑かけても良いんだよ。可愛い可愛い後輩の面倒を見るのは先輩の役目だからね~!」

 

由紀はそう言って真冬に抱き付き、頭をガシガシと撫で回す。

その様はまるで、嫌がる猫や犬等の動物を無理矢理に掴まえて愛でる子供ようにも見えた…。

 

ガシガシ…ガシガシ…!

可愛い後輩の髪の毛を撫で回しながらご満悦の表情を浮かべる由紀と、それを真顔で受け続ける真冬…。一行がその様子を何とも言えぬ表情で見守って何秒か経った時、真冬は目線を下へと向け、そっと静かに口を開いた…。

 

 

真冬「……ゆ…き……せんぱ…………」

 

由紀「んっっ!!!?んんんっ!!?」

 

放たれた言葉はあまりにも小さかったが、真冬の事を抱き締めていた由紀の耳はそれを聞き取っていた。いつか真冬に言わせたい…言ってもらいたいと思っていた、"目標"にも似た言葉。それをもう一度、ハッキリこの耳で聞きたくて、由紀は大きく目を見開きながら真冬の両肩を掴む。

 

 

由紀「いっ、今のもっかい!!もう一回っっ!!!」

 

真冬「………ふふっ、だめ…」

 

由紀「うぐっ!!?お願いっ!お願いぃっ!!」

 

由紀の願いも虚しく、真冬は肩にかけられていた両手を振りほどいて離れてしまう…。その時、真冬が少しだけ楽しそうに笑っていた理由と、由紀が何度も言っていた『もう一回!』という言葉の意味…それら知るべく、果夏が動く。

 

 

果夏「由紀先輩、今、真冬ちゃんになんて言ってもらったんです!?」

 

由紀「あっ、えっ…えっとね…!!!」

 

真冬「ほらほら、早く練習しよう…?」

 

由紀が全てを明かそうとした瞬間、真冬がその間に割って入って話を遮る。こういう風に中断されると何だか気になってしまい、果夏はおろか彼や胡桃、圭も由紀に話を聞こうとしたが、その度に真冬が話を遮ってきて…結局分からず(じま)いのままメイドとしての立ち振舞い練習が進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 




色々と問題やら改善点やらが残っていますが、皆、少なくとも基本くらいは覚えられたようですね。

由紀ちゃんは元気いっぱいなメイドさんに…。りーさんは母性溢れるしっかり者のメイドさんに…。胡桃ちゃんは初々しさたっぷりのメイドさんに仕上がっております!!こんな娘達がいるメイド喫茶なら、毎日通ってしまうかも…。


次回はいよいよ、文化祭がスタートします!!
メイドとなったヒロイン達の活躍、楽しみにして下さいませ!

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