記念すべき最初のヒロインは胡桃ちゃんとなっており、時系列的には『どんな世界でも好きな人・第六話』で彼が胡桃ちゃんとデートを終え、そこから更にいくらかの日数が経過した後のifストーリーとなっています。
彼と胡桃ちゃんの物語…是非お楽しみ下さいませ!
第一話『気づいたキモチ』
ある休みの日…彼は以前胡桃と待ち合わせをしたのと同じ公園、同じベンチに座っていた。今の時刻は午前9時…。彼は今日もある人物と待ち合わせしていたのだが、前回同様…約束の時刻よりも早く来てしまった。その人物と待ち合わせしていた時刻は午前10時…一時間も早い。
(…ま、ボーっとしてれば一時間くらいあっという間だろう)
良く晴れた空を見上げ、深く息を吸う…。すると彼の横から誰かの足音が聞こえ、こちらへだんだん近寄って来る…。彼が空に向けていた目線をその方向へと向けると、目の合ったその人物はどこか照れたようにして微笑んだ。
胡桃「お、お待たせ…」
彼と待ち合わせしていたのはまたしても恵飛須沢胡桃だった。
彼女はベンチに一人で座る彼と目を合わせたかと思えば、キョロキョロと落ち着きなく目線を逸らす。
「こっちも今来たばかりだし、全然待ってないよ」
胡桃「…そっか。にしても、ずいぶん早いな?」
「そっちもね」
彼がこんなに早くここに来た理由は二つ…。一つは万が一にも胡桃を待たせない為…。もう一つは…彼女との外出が楽しみだったから。彼がこんな時間にここにいたのはそれらの理由があるからなのだが…胡桃が早く来たのは何故だろう。前回の時のように、またこの付近での用事でもあったのだろうか…。彼はそんな風に思ったが、胡桃の言葉は彼の予想を裏切ることになる。
胡桃「その…楽しみだったから…。だから、少しだけ早く来ちゃった…」
ベンチに座る彼の隣へと腰かけ、胡桃が微笑む…。
まさか胡桃の方から『楽しみだった』などと言うとは思いもよらず、彼は少しばかり照れてしまう。
「ははっ……そっか……」
胡桃「うん…。前のデートも楽しかったし………」
「………」
胡桃「………」
あの胡桃に前回のがデートだったと言われるとなんだか恥ずかしくなり、彼の口数が減る…。だが胡桃自身も今の発言は恥ずかしかったようで、顔を下に俯けていた。
(おかしい…今日の胡桃ちゃんは何かがおかしい…!)
彼がそんな事を思うのも当然だろう…。今日の彼女はいつもよりもどこかしおらしく、彼を横目でチラチラと見つめてくる…。その頬は微かに赤く染まっており、思わず彼の胸の鼓動が高まっていく。
「とりあえず…歩こうか?」
胡桃「あっ、うんっ!そうだな!」
いつまでも公園にいても仕方ない…。二人はベンチから立ち上がり、前回同様に街へと向かった。彼は歩きながら隣にいる胡桃の様子を窺うが、やはり今日の彼女はどこか雰囲気が違う……。
今回一緒に出掛けようと言ったのも彼女自身…。
数日前、学校で授業を終えた後に胡桃が彼を
何故今日、彼を誘ったのか…。
それにはある理由があった。事の始まりは学校で彼を誘うよりもさらに一日前…。同じくあの学校…『巡ヶ丘学院高校』にて、胡桃がある人物にある相談をした事から始まった。
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一日の授業が終わり、夕焼けに照らされる校舎の中…。
恵飛須沢胡桃…彼女はある人物を廊下の隅へと呼び出していた。
近頃自分が悩んでいる、あることの相談にのってもらう為だ…。
胡桃「忙しいのにごめんね…」
慈「いいえ、大丈夫ですよ。それより、どうしました?」
彼女に呼び出された女性教師、佐倉慈がいつもとはどこか様子の違う胡桃の顔を見つめる…。普段の彼女は元気な娘だが、今の彼女は何かに悩んでいるようで表情に力がない…。
胡桃「あの…ね…。この前転校してきたアイツいるじゃん…?あたしね、この前…アイツと一緒に遊びに行ったんだ…」
慈「あら、仲良しね♪彼はあまりクラスの子と馴染めていなかったようで心配してたんだけど、恵飛須沢さんが面倒見てくれてるなら心配いらないかしら?」
以前は彼がクラスで独りになっているのでは心配していた慈だが、胡桃の言葉を聞いて安心したように微笑む…。だが、正直に言うならもう彼を心配する必要など無いことはとっくに分かっていた。ここ最近の彼は由紀や悠里、そして他の生徒と話しているのも見掛ける。もちろん、胡桃と仲が良いのも知っていた。
胡桃「それで…なんだけどさ…。もう………どうしよう……」
胡桃が顔を俯けながら髪を掻き回し、弱気な声を出す。
慈は彼女の肩にそっと手をあて、安心させるように声をかけた。
慈「落ちついて。彼が…どうしたの?」
胡桃「あのっ…あたしさ、実を言うとこの前からめぐねえに相談したい事があったんだ…。その……部活の…先輩の事で……」
慈「先輩…?ああ、OBの…」
少し潤んだ瞳を慈に向け、胡桃が告げる。
彼女の言う部活の先輩とは…彼女自身も所属する陸上部のOBの少年の事…。以前からその少年の事が気になっていた胡桃だったが…あの『彼』と出会ってからはその心境に変化があった。
胡桃「先輩を見てると変な気持ちになったのに…アイツと出掛けてからはアイツを見てると…アイツの事を思うと、あの先輩を見てる時よりもずっと強く変な気持ちになるっていうか……。なんか胸が痛くなって…頭がジリジリするんだ…。ねぇ……どうしたらいいのかな…?」
胡桃が潤んだ瞳を慈に向ける…。
彼女にそこまで聞いた事で導きだされた慈の答えは一つだった…。
慈「へぇ……つまり、恵飛須沢さんは彼の事が好きなのね?」
答えはそれしかないと思い、慈が両手をパンッと合わせながらニヤリと笑う。それを見た胡桃は顔を真っ赤にして目を見開き、慈の事を真っ直ぐに見つめた。
胡桃「ちがっ…!!……………くない、のかな…。ほんと…最近ずっとアイツの事ばかり考えちゃってるし……」
慈の発言を一瞬だけ否定しかけた胡桃だが、それは自分の気持ちをごまかしているだけだと気付く…。彼と二人で出掛けたあの日から毎日、ずっと彼の事を考えているのだ…。これはきっと、特別な感情なのだろう。
胡桃「でっ、でも!じゃああの先輩の時はなんでドキドキしたんだろ…?」
慈「先輩くんの方は…憧れとかだったのかもね。それも分かるよ。走ってる先輩とか、ちょっとドキドキしちゃうよね」
胡桃「うん、ほんとにカッコよく見えた…。憧れか……んん、そうかもしれない…」
照れたように笑って答えると、胡桃はゆっくり歩き出して窓に寄り…そこから空を見上げ、彼への思いを慈に告げる。
胡桃「あの先輩は雰囲気とかもあんなにカッコいいのに…アイツは全然なんだよなぁ…。なんか変なヤツだし…」
彼の悪口を言っていく胡桃だが、その顔は嬉しそうな笑顔を浮かべていた…。慈はそんな彼女の隣に歩み寄ると、共に窓の外の景色を眺める。
慈「でも、見た目だけなら彼もカッコいいと思うよ?」
胡桃「うん、見た目だけなら…ね。本人に言ったら調子にのるから内緒だけど…あたし、アイツの目とか結構好きなんだ…」
慈「ほら、好きって言った」
胡桃が放った言葉を聞き逃さず、慈はニヤニヤと笑う。それを指摘された胡桃は恥ずかしさに
胡桃「…うん。好きなんだと思う…。もちろん見た目だけじゃなくて、アイツのバカなとことか…意外と優しいところとか………もう、全部が……」
慈「ふふっ…本当に好きなのね?」
胡桃「…認めるのはちょっとはずかしいけど………うん、好き」
胡桃は窓から離れると頭を抱え、真っ赤に染まった顔を隠す…。だが彼女は直後にその手を少し動かし、手と手の隙間から慈の方を見つめた。
胡桃「でもさ……言えないよ……」
慈「んっ?何が?」
胡桃「アイツと一緒にいると思うんだ…。たぶん、アイツはあたしの事を女の子として見てくれてない……。それに、あたしもアイツの前じゃ強がってばかりだから……急に告白なんて出来ないよ…」
廊下の壁に背を預けていた胡桃はズルズルと腰を下ろし、そのまま座り込んでしまう…。慈は彼女のそばに歩み寄ると膝をついて目線を合わせ、彼女の頭をそっと撫でた。
慈「大丈夫だよ…。私も何度か二人の事を見てたけど、あなたたち…一緒にいる時はいつも楽しそうに笑ってるもの。絶対…絶対大丈夫…。彼もきっと、恵飛須沢さんの事が大好きだから」
胡桃「…そう…かな……」
慈「うんっ、先生はそうだと思ってるよ」
胡桃「……でも、それでも……本人に言うのは怖いよ……」
廊下に座り込んだ胡桃は膝をかかえ、そこに頭を埋める。
それでも慈は彼女の頭を撫で続け、優しく声をかけ続けた。
慈「無理しなくても良い…。でも、後悔だけはしないようにね…」
胡桃「…後悔?」
慈「そう、後悔…。例えばだけど、もし彼が他の娘と付き合っちゃったりしたら、恵飛須沢さん平気?」
少しだけ意地悪な質問だと分かってはいたが、彼女の為だと思って慈は尋ねる。胡桃は少し頭を悩ませたのち、静かに口を開いた…。
胡桃「…たぶん、もうアイツの顔見れないと思う…。忘れよう…忘れようって気持ちだけが先走って、無意識の内に…アイツとの距離をあけちゃうかも…」
慈「かもね…。どう?そんなの嫌じゃない?」
胡桃「…嫌だ。もしフラれても…友達として出来るだけアイツのそばにいたい……。気持ちを伝えないでいる内に誰かに負けるなんて…絶対に嫌だ…」
胡桃はゆっくりと立ち上がり、気合いを入れる為に両手で自らの頬をペシッと叩く。慈は彼女の背中に手をあてると、その顔を覗きながらニコッと笑った。
慈「恵飛須沢さんなら絶対大丈夫!!先生も応援してるからね♪」
胡桃「…うん……うんっ!ありがとう、めぐねえ!!めぐねえに相談して、ほんとに良かった!おかげで…自分の気持ちを整理できた」
慈「いいえ、どういたしまして♪」
胡桃「んじゃ、また明日っ♡」
満面の笑みを浮かべながら、胡桃は慈の元を離れていった。
その笑みは先程までの彼女と比べると大分明るいものになっていたので、思わず慈も笑顔になる。慈は教師としての自分に今一つ自信を持てていなかったのだが、それでも…彼女の笑顔を見て、自分ももう少しだけ頑張ってみようと思った。
慈「がんばれ、恵飛須沢さん…。そしてわたしっ!」
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「…で、どっか行きたいところでも?」
胡桃「あっ……ごめん、特に決めてない……」
「ああ、そっか…。じゃあ街についてから適当に考えるか…」
あてもなく道を進む彼の隣を歩く胡桃だが、その顔は地面の方へと俯けていた。こうして二人だけでいると、彼の顔を真っ直ぐに見つめられない…。
胡桃(コイツといると頭が熱くて……胸が苦しい…。せっかく一緒なんだから楽しい話でもしたいのに、何も喋れない…。やっぱり、コイツに抱いている気持ちはあの先輩に抱いている気持ちとはまた別のものなんだ…)
慈に相談して以降、胡桃は例の先輩とも部活で何度か顔を合わせていた。相談後、改めて先輩を前にして気づいた…。やはり、あの先輩に抱いている気持ちは彼とは別物。例の先輩とは少し緊張してしまいながらも会話が出来るが、今の胡桃は隣にいる彼とまともに会話が出来ない…。何か話そうにも、開きかけた口が勝手に閉じてしまうのだ。
胡桃(でも……せっかく、めぐねえに背中を押してもらったんだ)
街へと向かう道中、胡桃は隣を歩く彼の横顔をそっと覗く。
相談にのってくれた慈の好意を無駄にしない為……彼女は自分に言い聞かせるように何度も何度も心で呟いた。
胡桃(失敗してもいい…。それでもいいから絶対に……あたしの気持ちをこいつに打ち明ける)
胡桃(あたしの気持ち…しっかり伝えよう)
というわけで、胡桃ちゃんは彼に自分の気持ちを伝えるべく頑張ります!
『軌跡~ひとりからみんなへ~』本編の方では未だ彼に自分の気持ちを伝えていない彼女ですが、この世界ではどうにか伝える事が出来るのか?その辺りにご注目下さい!