軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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前回は彼とりーさんが付き合うことになったところで終わりましたが、今回の話はそれから数日後……巡ヶ丘学院高校の中からスタートします!ごゆっくりとお楽しみ下さいませ(*^^*)


第二話『ごほうび』

 

 

「はぁ……」

 

というように憂鬱(ゆううつ)そうなため息をつきながら、彼は教科書…そしてノートを交互に見つめていく。目線を横に逸らせばそこにある窓から校舎の外を見ることが出来るのだが、今の彼の心は綺麗に晴れている外の風景とは違い、いくらかどんよりとしてた…。

 

 

(毎日学校で勉強勉強また勉強…。しかし、これだけ勉強してても一向に成績が上がらないのはどういうわけだ…)

 

次の授業までまだ時間はある…。にも関わらず彼が教科書と睨めっこしているのは、ここ最近の成績がさすがに笑えないレベルまで落ちてきたからだ。

 

 

 

悠里「あら。あなたが休み時間に教科書を見るなんて、どういう風の吹き回し?」

 

「別に大した事じゃないですよ。たまにはそういう日もあるってね」

 

悠里「へぇ…そう…」

 

背後から現れた悠里は両肩に手をあて、机の上に開かれていた教科書を覗きこむが、彼はそれをパタッと閉じる。正直に『成績が落ちてきてる』などと言えばまた、彼女との過酷な勉強会が始まってしまう…。それは少し遠慮したい。

 

 

 

悠里「まさかとは思うけど、また成績が落ちてる…なんて事はない?」

 

「あ、あぁ……ないない。大丈夫ですよ~…」

 

悠里の言葉に驚いた彼は次の授業の支度をしてごまかそうとするが、微かに声が震える。それがいけなかったのか、はたまた声とは別に怪しい点があったのか…悠里はニヤリと微笑み、彼の耳元に背後から口を寄せた…。

 

 

 

悠里「じゃあ、次の土曜日とか…空いてる?」

 

唇が触れそうな程近くから囁かれ、彼は恐怖にも似た感情に肩を震わせる。限りなく耳に近いところで聞く彼女の声はとても色っぽく、囁かれたそのワード自体もある意味ではニヤニヤしてしまいそうになる言葉なのだが…どうにも素直に喜べない。

 

 

 

「…空いてたとして、何をするんです?…ああ、デートかな?ならオッケーですよ。じゃあ僕はその日までにどっか良いデートスポットでも調べてお―――」

 

悠里「大丈夫よ。当日行くのは私の家になるだろうから♪」

 

「りーさんの家…ですか。彼氏が彼女の家に行ってやることなんて、一つしかないと思うけど……」

 

悠里「あら、そうかしら?色々あると思うわよ。例えばほら…"べ"から始まる事とか、ね?」

 

顔だけをそっと振り返らせると、そこには満面の笑みを浮かべる悠里が…。どうやら彼女は、彼が自分の成績に悩んでいることに気付いているようだ。しかし、せっかくの休日を勉強会で潰すのは嫌だ。まぁ、こんな事を言っているから、彼は成績が上がらないのかも知れないが……。

 

 

 

「"べ"…から始まる事ねぇ…。"ベッドイン"…とか?」

 

悠里「残念、はずれ。正解は…"勉強会"でした♪」

 

「……でしょうね。知ってたよ…」

 

動じるかと思い、ちょっとした下ネタを挟んだのに……さすがは悠里といったところか…。彼女はニコニコとした笑みを浮かべたまま、ちっとも表情を崩さない。どうやら付き合いだした事で彼という人間をより深く知り、こうした発言が来るであろう事も予期していたようだ。

 

 

 

悠里「で、その日は空いてる?」

 

「……空いてますよ」

 

もう仕方ない、観念しよう…。彼はため息混じりに返事を返し、彼女との勉強会を約束する。ダラダラ出来る休日が消えるのは惜しいが、彼女の教えを受ければある程度の成績アップは期待できるだろう。

 

 

 

悠里「じゃあ約束よ。お茶とかも用意しておくから、楽しみにね♪」

 

「はいはい……」

 

なんてダルそうな返事になってしまったが、悠里は嬉しそうにニコニコと笑っていた。綺麗な顔立ちながらも、どこか可愛らしい笑顔…。それを見た彼は改めて、こんな娘が自分の彼女なんだと思い、優越感に浸った。

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

そして時は過ぎ、放課後…。彼が帰路につくべく下駄箱で靴を履き替えていると、辺りにいる生徒達に紛れて悠里がこちらへと歩み寄る。長く綺麗な髪を揺らす彼女は道を塞いでいた生徒らの間をくぐるようにして進んでいるが、その際、擦れ違った男子生徒にその大きな胸が触れたりしないだろうかと…彼氏ながら心配になる。

 

 

「部活は?」

 

悠里「今日はお休み。だから一緒に帰りましょう♪」

 

「あ~、はい。そうですね…」

 

彼女はさも当たり前のように言ったが、辺りには他の生徒達がいるのだ。別に秘密にしていなくてはいけない事でもないのだが…この会話を聞かれると付き合っていることがバレてしまうのではと、そんな事を考えてしまう。

 

 

 

(…ま、誰も聞いてなかったみたいだけど)

 

一安心してから靴を履き替えた後、下駄箱を出て校舎をあとにする。悠里はその間、ニコニコと微笑んだまま彼の数歩後ろを歩いていた。校門の外に出たが、当然、辺りにはまだまだ生徒達の影がある。

 

 

 

圭「あっ、先輩たちも今帰りですか?」

 

悠里「あら、圭さん。それに美紀さんも。ええ、私達も今帰るところよ」

 

バッタリ出会した二人の後輩と言葉を交わし、二人はその場に立ち止まる。このまま何気ない世間話をするだけで済めば良かったのだが、圭の目は彼と悠里、二人を交互に見つめ続けていた…。

 

 

 

圭「今日は二人だけなんですね?」

 

美紀「そりゃ、先輩達だっていつもゆき先輩やくるみ先輩と一緒にいるわけじゃないでしょ…」

 

圭「それはそうなんだけどね。なんか、先輩達の距離感が微妙に近い気が…」

 

 

「ん?」

 

悠里「そう…かしら?」

 

意識していた訳ではないが、やはりカップルという関係上、自然と距離を詰めてしまっていたらしい。確かに互いの距離を改めて見てみると、あと少しで肩が触れあう程に近い。

 

 

 

圭「もしかして、付き合うことにでもしたんですか!?」

 

なんて事を言っているが、そのイタズラな笑みを見るに圭自身も冗談で言っているのだろう。それが分かっていながら、美紀はため息をつくが……。

 

 

美紀「ちょっと圭、変なこと言って二人を困らせちゃ――」

 

目の前にいる二人の何とも言えぬ表情を見て、美紀は言葉を詰まらせる。この二人がそんな仲になる事などないと思っていたのだが、彼は顔をそっと背けているし、悠里も頬を赤くしながら苦笑いしているのだ…。

 

 

 

美紀「え、えっ……と…」

 

圭「あ、あれっ…?まさか…ほんとに?」

 

 

悠里「あは…は……。じゃあ…二人とも、またね」

 

「では、そういう事で……」

 

悠里は照れたように微笑みながら小さく手を振り、彼を連れて二人の前から足早に去っていく。残された二人…美紀と圭は目を丸くしながら互いの顔を見つめ、(しば)し無言のままでいた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

悠里「…なにも、隠すことなかったわね」

 

「まぁ、そうですね」

 

二人の前から去った後、悠里は隣を歩く彼へ語りかける。いつも通っている通学路だが、こうして二人だけで歩いた事はあまりなかったかもしれない。辺りにはまだ、他の生徒達の影がある。

 

 

 

悠里「やっぱり、付き合っている事を打ち明けるのは恥ずかしいわね…。ゆきちゃんとくるみの時だって、どれだけ恥ずかしかったか…」 

 

当時の事を思い出すだけで、悠里の顔は赤くなる。同じクラス…かつ親交の深い二人には話しておこうと悠里が言った為、彼は一緒にそれを打ち明けたのだが、あの時の二人の顔はまだハッキリ覚えている。由紀も胡桃も、思わず笑ってしまいそうになるくらい目をまん丸にしていた。しかし二人とも、すぐに笑顔で祝福してくれた為、それだけでも打ち明けた甲斐はあったのだが…。

 

 

 

「まぁ、美紀達にはまた次の機会に伝えれば良いでしょう」

 

悠里「…ええ、そうね」

 

後輩達に伝えるのは、もう少し先になりそうだ。彼は悠里と共に歩きながら辺りを見回し、自分らと同じ様に帰路についている生徒達を見つめる。一人で歩く者、友達同士で歩く者…そして、カップルで歩く者。自分と悠里も今となってはカップルなのだと思うと、ついつい頬がゆるむ。

 

 

 

 

悠里「なんでニヤニヤしてるの?」

 

「いや…別に」

 

悠里「?」

 

悠里が不思議そうな表情で顔を覗き込むと、彼は楽しげに微笑んで歩を進める。悠里は少し遅れてからその後に続くと、背後から肩を突っついた。

 

 

 

悠里「ねぇ、こっちから行かない?」

 

「え?そっちだと遠回りでは?」

 

悠里「遠回りだと…だめなの?」

 

悠里が指差したのは、彼がいつも通っている歩道から逸れた裏路地。こちらの方からでも帰れるには帰れるのだが、結構な遠回りになってしまうので普段は使わなかった。しかし、悠里の甘えるような目を見たらダメだとは言えず…

 

 

「いや、別に大丈夫。じゃあ行きますか…」

 

悠里「ふふっ、ありがとう♪」

 

満足そうに微笑み、悠里は彼と共に進む。こちらの方の道はあまり人通りがなく、さっきまでと比べ周りを歩く生徒達の数が目に見えて減っていた。十数メートル前方辺りにチラホラと見えるだけだ。

 

 

 

 

悠里「さて…じゃあ、手でも繋ぎましょうか?」

 

両手で持っていたカバンを右手に移し、悠里は空いた左手をこちらへと伸ばす…。恐らく、これがやりたかったから人通りのないこの道を進みたがったのだろう。今なら誰に見られる訳でもないし、付き合っているのだから遠慮もいらない。彼はそっと右手を伸ばし、彼女の細い手を握った。

 

 

 

悠里「あなたの手、温かくて好きよ」

 

「それは光栄ですな」

 

ふざけたように笑いつつ、彼女の手をしっかりと握り直していく。ただ手のひらを重ねるのではなく、指の一本一本が絡まるように…。そうして恋人繋ぎをしてから悠里の顔を覗き込むと、彼女は頬をゆるめてニッコリと優しく微笑んだ。

 

 

 

悠里「…ふふっ」

 

「さてさて、行きますかね」

 

彼女の手をギュッと握ったまま歩いていくと、近所の住人であろう女性と擦れ違う。気のせいかも知れないが、その女性は擦れ違い様にこちらを見ていたような気がして…二人は少しだけ恥ずかしくなった。もっとも、同じ学校の生徒に見られるよりはずっとマシだが。

 

 

 

「手、嫌だったら離しますけど…」

 

悠里「ううん…恥ずかしいけど、嫌じゃない。だから私が離していいって言うまで、勝手に離しちゃだめよ?」

 

「了解です…」

 

手を繋ぐのも離すのも、全ては悠里の気分次第らしい。もしも今、同じ学校の生徒が前からこちらへと向かって来たら彼女はどうするのだろう?恥ずかしさに堪えきれずそっと手を離すのか、それとも彼に『離していい』と言うのか…はたまた、手を握ったまま離そうとせずに彼の慌てる様を楽しむのか…。

 

 

 

(りーさんなら、離さないでこっちの反応を楽しみそうな気もするな…)

 

 

この悠里という少女は彼と同い年ながらも一つ上の落ち着きというか、余裕めいた大人の雰囲気を持っている。彼は彼女のこんな面も好きだからこそ付き合うことにしたのだが…もう少しだけ、こちらが主導権を握りたいような、そんな気もしてしまう。

 

 

 

 

 

(…ちょっと驚かせてみるか)

 

ピタッと立ち止まり、手を繋いだまま悠里の事を見つめる。突然立ち止まった事により、不思議そうに首を傾げる悠里の顔…。彼は少しの間それを見つめた後、左手を彼女の後頭部へ添えた…。

 

 

悠里「え…っ?」

 

突然どうしたのかと驚いているのか、悠里は目を丸くしている。今、近くに人影はない。彼女の目を間近に見た彼は勝ち誇ったかのように微笑んだ後、そっと顔を寄せ…

 

 

 

チュッ…

 

悠里「っん…!?」

 

悠里の唇を、そのまま奪う…。

ぷるりとした柔らかな唇に触れながら間近に悠里を見つめると、顔を真っ赤にしているのが分かる。繋いだままの手にもギュッと力が入っており、彼女の驚きや緊張が伝わった。

 

 

 

悠里「ん…んっ…」

 

(やば…可愛いな…)

 

悠里に対しては『綺麗だ』という思いが強かったのだが、今こうして突然にキスされ、戸惑っている彼女を見ると『可愛い』という気持ちを抱いてしまう。普段から大人っぽい彼女を相手にリードしていると感じた彼は、言い様のない満足感を得ていく。

 

 

 

悠里「んぁ…っ……だ、だめっ…」

 

そっと目を閉じ、彼のキスを受け入れかけていた悠里だが、彼女はその顔を横へと逸らして無理矢理にそれを終える。はぁはぁと息を乱す彼女は落ち着きなく辺りを見回した後、ムッとした表情を浮かべて彼の頬を軽く叩いた。

 

 

ペチッ!

 

「いてっ」

 

 

悠里「もう!急にこんなことして、誰かに見られちゃったらどうするの?」

 

「…恥ずかしいんですかい?」

 

悠里「当たり前でしょっ!!」

 

微かに瞳を潤ませ、悠里はまたしても辺りを見回している。近くに誰もいないことは確認済みなのに…。

 

 

 

「いや、りーさんの顔見てたらついつい…」

 

悠里「あなたは本当にっ…どうしようもないんだから!」

 

普通に怒る悠里ならともかく、顔を真っ赤にしながら怒る悠里というのは中々見られない。というか、こうして怒っている今ですらまだ手を繋いだままだから可愛らしい…。

 

 

 

悠里「罰として、次の勉強会は厳しくいくわ…」

 

「まっ、マジですかっ!?」

 

悠里「ええ。あなたが悪いのよ?外でいきなり、あんな事するから…」

 

彼女とキスした数秒間…これはかなり幸せな時間だったが、その対価として数時間に及ぶ苦痛が確定した。彼はゆっくり歩き出しながらも肩を落とし、ため息をつく。結局のところ、やはり悠里には敵わないのだ。

 

 

 

悠里「でも…そう落ち込まないで。がんばって勉強したら、私からあなたにご褒美あげるから…ね?」

 

「なっ!?」

 

『ご褒美』と聞き、彼の目に生気が戻る。なんて分かりやすい男なのだろう…彼を見た悠里はそんな事を思い、イタズラな笑い声を漏らす。

 

 

 

 

悠里「ふふっ。もし勉強をがんばって、次のテストで80点以上出せたら…」

 

「だ、出せたら…?」

 

ゴクリと唾を飲み、悠里の言葉を待つ…。彼女は繋いでいる彼の右手を楽しげに振りつつ、ニッコリと微笑み…

 

 

 

悠里「キスより凄いこと…してあげようかな…」

 

と、彼の顔を見て呟く。冗談なのか、それとも本気なのか…彼女の表情はどちらともとれるようなものだが、そんなのは関係ない。彼は驚いたようにして目を見開き、そしてグッと拳を握る。

 

 

 

「それなら…勉強にも全力を出さないとな…!」

 

そんなご褒美があるのなら是非とも味わってみたい。悠里の笑みを見た彼は、これからは勉強も頑張ろうと固く決意した。そうして家へと戻った彼はさっそく自習に取り組み、その後日に行われた悠里との勉強会も必至に頑張った。こんなにも勉強を頑張ったのは、産まれて初めてかも知れない…。

 

 

 

そうして迎えたテストの日、彼は自分が持っている全ての力をそこへぶつけた。80点を越えさえすれば、悠里からご褒美がある…。後日、戻ってきた答案用紙を確認する彼の手は…緊張に震えている。

 

 

 

 

ペラッと捲り、確認する答案の点数…。

そこに記されていた点数は……『75点』だった…。

 

 

「うぁ…ぁ……!あ…ぁっ……!!」

 

たった5点…されど5点…。彼は言葉にならない声をあげながらその点数を見つめ続け、自分の実力の無さを呪った。そんな彼を遠くの席から見つめる悠里はというと、今日もまたニッコリと楽しげに微笑んでいる。彼では80点など無理だと思っていたからこそ、彼女はあんな約束をしたのか…。どちらにせよ、その答えを知るのは悠里だけである…。

 

 

 

 

 




やはり、りーさんが相手だと少し過激な感じの描写を入れたくなってしまう(汗)
くるみアフターの方は三話目でようやく初キス…。ゆきアフターは二話までやった今現在でもキスは無し…。なのに、ゆうりアフターは今のところ毎話キスしてるという…(苦笑)

現時点でアフターストーリーを公開している三名のヒロインの中で、りーさんの話を考えるのが一番難しいです(^_^;)
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