圭「美紀ちゃん、今日も一緒にお昼食べよ」
長かった午前の授業が全て終わり、ようやく訪れた昼…。圭は弁当箱を手に持ってスタスタと歩き、友人である美紀のいる席へ寄る。ここ最近、美紀はもちろん他のクラスの友人である真冬や果夏、そして歌衣らと昼食をとるのが日課になっていたのだが…。
美紀「あっ、その…ごめん、今日は私抜きで行ってきてくれる?」
圭「ん?別にいいけど…どうしたの?何か用事?」
美紀「いや…その……えっと………うん、ちょっと用事があって…。かなり待たせちゃうと思うから…」
圭「へぇ…そうなんだ…。じゃあ仕方ないね」
美紀「うん…ごめんね?」
圭が笑顔で『気にしないで』と告げると、美紀は安心したように微笑む。今日の彼女は忙しいようなので、昼食を共にするのは無理そうだ…。圭は仕方なく教室を出て、他クラスの真冬達を誘いに行った。
美紀(圭、本当にごめんね…。今日はダメなんだ)
圭が教室を出た後、美紀は自分のカバンを探って弁当箱を取り出す。小さな黄色い箱と、少し大きな赤い箱……二つの弁当箱を手に持って、美紀もまた教室をあとにした。
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由紀「ふぁぁ…やっとお昼だよぉ…」
教室の中、由紀は弁当箱を取り出して安堵のため息をつく。辛く長い授業を越えた先にあるこの時間は、由紀にとって至福の時だ。
胡桃「どうする?今日も庭で食べるか?」
悠里「天気も良いことだし…そうしましょうか♪」
胡桃「よし、じゃあ早いとこ動こうぜ」
胡桃、悠里はそれぞれ弁当箱を手にして由紀の席へ歩み寄り、由紀…そしてその隣の席にいる彼を昼食に誘う。この四人で共に昼食を食べるのは最早恒例だ。
「じゃ、皆は先に行ってて。僕は購買で食べ物を買わないとならんので…」
胡桃「また購買かよ…。たまには弁当持参したらどうだ?」
「ムチャを言う…。僕には料理技術なんて無いし、代わりに作ってくれるような人もいないんだぞ?」
ため息混じりに言うと、胡桃が小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。彼はその笑みを見て一瞬だけムッとしたが…直後にあることを思い出す。代わりに弁当を"作ってくれそう"な人が、今の自分にはいるという事を……。
女子生徒「ねぇ、ちょっといい?」
「ん?どうした?」
突如、一人の女子生徒が彼に声をかける。由紀や胡桃達と比べるとそこまで交流のない娘だが、それでもわりと親しくしている彼のクラスメイトだ。彼女は彼が返事を返すと、右手をスッと上げて教室の入り口を指差した。
女子生徒「あのね、君を呼んで欲しいって娘が来てるよ?二年の娘みたいだけど…知り合い?」
「…あ」
女子生徒が指差した方…教室の入り口に目を向けると、そこには美紀が立っていた。教室の外に出る生徒の邪魔にならぬよう身を縮めていた美紀は彼と目が合うと微かに微笑み、小さく手を振った…。
女子生徒「お~…可愛い…。もしかして彼女?」
胡桃「ははっ、違う違う。アイツは二年の美紀ってヤツで、あたしらの知り合い。後輩とは思えないくらいしっかりしたヤツだから、間違ってもこんなヤツを彼氏にしたりしないって」
「こんなヤツって……酷い言われようだな」
悠里「でも、一人で来るなんて珍しいわね?どうしたのかしら…」
「…………」
そう言えば、胡桃達にはまだ美紀との関係を言っていなかった…。というより、言うタイミングが無かったのだ。美紀と付き合うことになったのが日曜日で、今は火曜日…。まだたった二日しか経っておらず、伝えるタイミングなどあったものではない。
由紀「ねぇ、行ってあげないの?みーくん待ってるよ?」
「あ、あぁ…行ってくるよ…」
由紀達の視線を浴びながら、そこへとゆっくり歩いていく…。
そうして教室の入り口へとたどり着くと、美紀はモジモジした様子を見せながらもニッコリと笑った。彼女の笑顔はこれまでに何度か見ているが、これまでのとはまた違うタイプの笑顔にも見える。
美紀「こんにちは。あの、もし良ければ…お昼を一緒にどうですか?」
「ああ、ちょうどこれから由紀ちゃん達と一緒に行くとこだったよ。じゃあ、美紀も一緒に来る?」
美紀「いや…あの………私は…先輩と二人きりが良いんですけど……」
小さく呟いた直後に美紀は顔を俯け、耳の先を真っ赤にする。付き合うことになった時、彼女は彼に『いっぱい甘える』と言っていたが…それは本当だったようだ。
「……分かった。じゃあ、ちょっと待ってて」
美紀「あっ……は、はいっ…!」
彼は教室の中へと戻り、今日は由紀達と一緒に行けない事を告げる。それを聞いた由紀達は揃って不思議そうな顔をしていたが、深く追及しないまま、彼と美紀の事を見送った。
女子生徒「くるみちゃん、さっきあの後輩ちゃんと彼は付き合ってないって言ってたよね?ほんとなの?あの二人、なんか怪しいけど……」
胡桃「う、う~ん……そうだな…なんか、少し怪しかったな…」
悠里「これは…もしかしたらもしかするかもね…」
由紀「…青春だねぇ」
結局、今日は三人で昼食をとることになり、由紀達は校庭へと向かう。しかし、彼が寄ってきた瞬間に美紀が見せたあの笑顔……やたらと嬉しそうなあの表情が気になってしまい、三人は上の空のまま昼食を進める事になった…。
~~~~~~~~~
美紀「…この辺で良いですか?」
「ああ、良いよ」
二人が昼食をとる場所に選んだのは校舎裏。あまり…というか全く
「あっ!ちょっと待ってて、購買行ってくるの忘れた」
場所を移したのは良いが、肝心の昼食を買い忘れていた…。彼が慌てて立ち上がると、その手が美紀に掴まれる。彼女は芝の上に腰を下ろしたまま彼の目を見つめ、自身の膝上に置かれていた弁当箱をポンと叩いた。
美紀「大丈夫です。一応…先輩の分も作ってきましたよ?お口に合うかどうか分かりませんが…それなりに頑張りました」
「おおっ、わざわざ作ってきてくれたの?」
彼が再び芝の上へ腰を下ろすと、美紀は二つあった弁当箱の内、微かに大きな赤の弁当箱を手渡して顔を俯ける。
美紀「私は……先輩の彼女、ですから…」
それは紛れもない事実だが、口に出すのは恥ずかしかったのだろう。美紀の頬がみるみる真っ赤に染まっていく…。彼は弁当箱を受け取ってから彼女の頭をそっと撫でると、ニッコリと笑った。
「じゃあ、彼氏として美味しくいただくよ。ありがとね」
美紀「…はい。ま、不味かったら…残して良いですからね?」
弁当箱を開く彼に不安げな顔を向ける美紀だが、そんなのは余計な心配だろう…。開いた弁当箱の中に入っていた物は唐揚げ、玉子焼き等のオーソドックスな物だったがどれも綺麗な見た目をしており、決して不味そうには見えない。
「見た感じ美味しそうだけど…美紀、料理は得意?」
美紀「苦手じゃないですが、得意でもないって感じですかね…」
「へぇ…」
弁当と一緒に渡された割り箸を手に取り、箱の中に詰められていたおかずをパクリと食べていく…。それらは見た目通り悪くない味…いや、むしろ美味しいくらいだった。
「…んん、美味しい。料理上手じゃん」
美紀「お、お世辞はいいですよ?だから本当の事を――――」
「本当に美味しいよ。ほら、あ~ん」
疑う美紀を信じさせる為に箸で玉子焼きをつまみ、彼女の口元まで運ぶ。急にそんな事をされた美紀は目を丸くしていたが、辺りに人影が無い事を再確認してゆっくり口を開けた。
美紀「あ、あ~ん……」
「ほっ」
開かれた口に箸を運び、玉子焼きを食べさせる。
美紀「んぐっ…ん…」
「ほら、美味しいでしょ?」
美紀「まぁ…はい…わりと…」
美紀の返事は少し中途半端だが、彼は満足したように微笑む。
彼女が少しでも自分の料理の腕に自信を持てたのなら、それで良いと思った。
美紀「美味しいといえば、美味しかったですけど…でも…」
「でも?」
美紀「先輩に…好きな人に食べさせてもらったら……何でも美味しいに決まってるじゃないですか……」
彼の胸が一気に高鳴り、次のおかずに伸ばそうとしていた箸の動きが止まる…。彼女とは恋人関係なのでイチイチ反応していたらキリがないと分かっているが、やはりこの女の子に…直樹美紀に真っ向から『好き』と言われると動揺を隠せない…。
「美紀…」
美紀「…ふふっ、先輩、顔真っ赤ですよ?可愛いですっ♡」
「かわっ…!?」
イタズラに微笑む美紀を見て、また一層に胸が高鳴る。
付き合う前は彼女に対して『クール』『しっかり者』というような印象を持っていたが、付き合ってから二日でその印象が変わり始めた。彼女には『甘えたがり』な面…そしてどこか『小悪魔的』な面もあるようだ。
美紀「お弁当、早く食べちゃいましょうか。あっ、飲み物とかもあるので欲しい時は言ってください?」
「わ、分かった…」
美紀は自分用に持ってきた黄色い弁当箱を開き、昼食をとり始める。膝の横には水筒も置いてあり、必要ならその中身を彼に分けてくれるらしい。
美紀「こうして先輩と二人きりでお昼を過ごせるなんて、嬉しいです…」
「そう?まぁ、僕も美紀みたいな可愛い後輩と……彼女と一緒にいられて嬉しいし、幸せだよ」
少し照れくさいが、思っていたままの事を伝える。すると美紀は弁当をつまみながら楽しげに微笑み、隣に座る彼の事を見つめた。
美紀「そう言えば…この前みんなで海に行った時、私に言った事覚えてますか?ほら、夜の浜辺を二人きりで散歩した時の……」
「えっと…」
皆で海に行った事…そしてその夜に美紀と二人で浜辺を散歩した事自体は覚えている。だが、その際言った台詞というのはどうにも思い出せない。
美紀「先輩、恋愛に関する話をしながら私に言ったじゃないですか…『変な男には捕まらないように』って」
「ああ、それか…。確かに言ったね。で、それを聞いた美紀は『それって先輩みたいな男の人って事ですか?』なんて失礼な事を言ったんだよな…」
美紀「ふふっ。はいっ、言いましたね」
その時の事を思い出しながら楽しげに笑い合い、彼は弁当を食べ進める。するとその直後、美紀は彼の肩にポンッと顔を埋め『変な男には捕まらないように』という言葉を思い返しながら小さな声で囁いた…。
美紀「結局…捕まっちゃいました…」
「いや、だから僕は変な男じゃないって……」
美紀「先輩は変な人ですよ…。変な人ですけど…とても優しくて、かっこいい…。私の…大切な彼氏です…」
肩に埋めた顔をすりすりと動かし、美紀は微笑む。
彼の肩に寄り添うその様はまるで甘えん坊の猫か何かのようだ。
「美紀、本当に変わったね」
美紀「ええ、言ったはずですよ。『先輩と付き合うことになったらいっぱい甘えます』って。やっぱり…嫌でしたか?」
「いや全然。美紀みたいな可愛い娘に甘えられるのなら光栄だよ」
美紀「…よかった。私、先輩に甘えている時が一番安心出来るんです。こうして先輩の肩に顔を寄せながら、先輩の匂いを嗅いでいると…すっごく落ち着きます…」
彼の肩に顔を埋め、美紀はゆっくりと息を吸う…。そうする事で感じられる彼の香りが気に入っているらしく、美紀は嬉しそうに微笑んでいた。
「甘えるのも良いけど、早くしないと昼の時間が終わるよ?」
美紀「あっ、そうですね…」
ハッとした表情を浮かべ、美紀は彼の肩から離れる。
二人はその後、楽しげに談笑を交わしながら昼食を食べ進め、弁当箱の中身を空にした。
「ごちそうさま。本当に美味しかったよ」
美紀「先輩さえ良ければ、また作ってきます。日によっては作れない日もあると思いますし、それに…圭たちとお昼に行っちゃう時もあると思いますが…」
「ああ。弁当を作ってくるのも、昼を一緒に過ごすのも、出来る時だけで良いよ。友達は大切にしないとだからね」
彼と恋人関係になったからといって、圭達の事を雑に扱うのも嫌だ。今日は彼の分の弁当を作ってきたので昼を共にしたが、それと引き換えに圭との昼食を断ってしまった事を美紀は心のどこかで気にし続けていたのだ。
美紀「すいません…。先輩とのお昼は凄く幸せでしたが、圭達と過ごすお昼も好きなんです…」
「んん、良いことだと思うよ。僕の事はあまり気にしないで良いから、圭ちゃん達を優先してやって。こっちも美紀が来なかったら来なかったで、いつも通り由紀ちゃん達と昼食をとるから」
美紀「本当にすいません…」
空になった二つの弁当箱を手に持ち、美紀は頭を下げる。
彼女が謝る必要など何一つないのだから、あまり気にしないで欲しいが…。
美紀「でも…あまりゆき先輩達にベタベタしちゃダメですよ?」
「ベタベタ?そんなのしないって」
美紀「ならいいですけど、もしも先輩がゆき先輩達に…というより、他の女の子にベタベタしてるところを見掛けたら、お仕置きですからね?」
ニコッとした良い笑顔を浮かべる美紀だが、言っている事は少し怖い…。
いや、笑顔で言っているのだから冗談半分なのかも知れないが、何となく油断はならないような気もする…。
「因みに、お仕置きってのは具体的には何を?」
美紀「うーん……何でしょう?また考えておきますね」
「いや、考えなくていいよ……」
苦い表情を浮かべつつ、彼は美紀と共に校舎の中へと戻る。
最後はこんな感じになってしまったが…可愛い後輩であり、彼女でもある美紀と二人きりで過ごす初めての昼は思っていたよりも楽しく、そして幸せな時間だった。
付き合い出した途端みーくんのキャラが変わってきていますが、これはこれで可愛いと思ってもらえたら嬉しいです(*^-^)