ドキドキ成分控え目なお話となっていますが、楽しんでもらえたらと思います!
まだ午後になってばかりだというのに、外はすっかり薄暗い…。
それもこれも全て、空にかかっている黒い雨雲のせいだろう。
空を覆い尽くしているその雲からは激しい雨が降り注ぎ、この巡ヶ丘という町を濡らしていく。この空もほんの数十分前までは綺麗に晴れていたし、今朝やっていた天気予報でも雨の降る確率は低いと言っていたのだが…。
「…案外、当てにならないもんだな」
ザーザーと激しい音を立てながら降り注ぐその雨を窓から見つめ、彼はポツリと呟く。学校も休みである今日、午後からどこかへ遊びに行こうかとも考えていたのだが…この雨のせいで予定が狂ってしまった。
「ま、出掛けた先で降られるよりはマシか…」
窓から何気なく外を見ていると、両手やカバンを頭の上へと掲げて大急ぎで駆けていく人の姿をチラホラと確認出来る。あれらの人々は全て、今日は雨が降る事は無いと信じたまま傘も持たずに外出してきた人達なのだろう。
もし午前中から出掛けていたら自分もああなっていたか、もしくは外出先で仕方なく傘を買って無駄な出費をしてしまう事になっていたかも知れない。それらの可能性を考えると、家にいる内に雨が降ってくれたのは不幸中の幸いだと思えた。
(仕方ない…今日は一日、家でのんびりしてよう)
カーペットの上で眠っていた太郎丸の頭を一撫でし、彼はベッドの上に倒れる。このまま昼寝でもしようか……そう考えた時、玄関のチャイムが『ピンポーン』と鳴り、彼は倒してばかりのその体を面倒そうに起こしていく。
「はぁ……はいはい、どちら様ですか~」
どこの誰か知らないが、どうせ来るなら横になる前に来て欲しいものだ…。彼は心の中でそんな風に文句を言いつつ玄関へと向かい、鍵を開けてからその扉を開いた。
ガチャッ…
ゆっくり外側へと開いていったその扉の向こう…そこに立っていた人物を見て、彼は目を丸くした。すぐ目の前に立っていたその人物…その正体は彼の恋人である直樹美紀だったのだが、彼女は力なく顔を俯けたまま髪の先から雨水をポタポタと垂らし、特に何を言うわけでもなく上目でこちらを見つめていた…。
彼女はこの大雨の中で傘すら差さずに歩いて来たらしく、全身びしょ濡れだった…。羽織っている紺色のジャケットの下、そこに着ている白いシャツは彼女の身にピッチリと張り付いており、履いているミニスカートも太ももに張り付いてその形を露にしている…。
「なっ………言いたい事は色々あるけど、とりあえずは中に入ってからで…。タオル貸すから、風邪引く前に体を拭くと良い」
有無を言わさず彼女の腕を掴み、家の中へと連れていく。
彼は部屋へ戻るとすぐにタオルを手に取り、それを美紀の頭へ乗せた。
しかし美紀は頭に乗せられたそのタオルに手を伸ばしたりはせず、そのままカーペットの上にペタリと座り込む。
美紀「……………」
「……ボーっとしてないで、早く拭きなさいって」
いつまでも動かない彼女に代わり、彼はその頭を…髪の毛をタオルで拭いていく。美紀の髪はかなり濡れていたが、髪の毛自体が短いおかげで大した時間をかける事なくすぐに粗方拭き終える事が出来た。胡桃や悠里のようなロングヘアーの子が相手なら、こんなに簡単では無かっただろう。
「よし終わり。ほら、後は自分でやれるでしょ?」
さすがに体まで拭くのは躊躇ってしまうのでタオルを手渡そうとしたが、美紀はここでも動かない…。彼は困ったようにため息をつくと、そのタオルを彼女の頭にそっと乗せた。すると美紀はそのタオルを手に掴み、顔を俯けたままの状態でポツリと呟く…。
美紀「急にお邪魔しちゃってすいません……迷惑…ですよね」
「いや、そんな事は無いけど…」
彼女が急にやって来た事自体は迷惑でも何でもない。しかし雨に全身を濡らしていた事と、何でそんなにも浮かない表情をしているのかという事についてはかなり気になっていたので、ハッキリと尋ねてみる事にした。
「やたら暗い顔してるけど、何かあった?」
美紀「その…大した事じゃないんですけど……」
美紀はようやく顔を上げ、ここにやって来た理由を語っていく…。
美紀「実は今日、圭と一緒に遊びに出掛けてたんです…。でもその途中、ちょっとした事でケンカしちゃって………もうこれ以上一緒にいるのも嫌だったから、別れてきちゃいました…」
自棄になったかのように弱々しい笑い声をあげ、美紀は雨に濡れていた腕や足などを拭く。美紀と圭は普段からとても仲の良いイメージがあったので、こうして本気のケンカをしたりするというのは少し意外だった。
彼女の話によると、圭と別れた後で自分がいる場所が彼の家の近くだったと気付いたらしく、そのままトボトボと歩いて来たらしい…。
美紀「ほんと、嫌になっちゃいます…」
その言葉が具体的には何を指しているのかは分からないが、美紀はそのまま膝を抱えて丸くなってしまい酷く落ち込んだ様子だ…。どう言葉をかけるべきだろう…。彼は少しだけ頭を悩ませたが、とりあえず彼女の隣へと寄る事にした。
「そんなに落ち込むくらいならとっとと仲直りすれば?」
美紀「それは…難しいですね…。もうどうでも良いんですよ、圭なんて…。向こうだって、私の事を大嫌いになったでしょうから…」
「けど、仲直りしないと学校で顔を合わせる時に気まずいでしょ」
美紀「…確かにそうかも知れないですけど、今さら『ごめん』なんて言えないです…。だからもう良いんです。私には先輩がいますから、それで良いんです……それだけで良いんですよ…」
美紀はコテッと身を傾け、隣にいた彼の肩へ甘えるように顔を埋める。
彼女のような子にこうして甘えられる事はとても光栄で嬉しい事だが、その弱々しい笑顔を見てしまうとどうにも素直に喜べない…。
美紀「先輩…大好きです……」
美紀は肩に埋めていた顔をそっと上げ、瞳を閉じた状態でこちらに顔を寄せる…。この雰囲気から察するに彼女はキスを待っているようだが、彼はそれに応える事なく顔を背けた。
美紀「……しないんですか?」
「あぁ、少し気が乗らなくて」
美紀「そうですか…。先輩でも、そういう時があるんですね」
彼女は可笑しそうに微笑み、傾けていた身を起こす。
彼だって本音を言えばその柔らかそうな唇にキスしたくて仕方なかったのだが、圭とケンカしたばかりで落ち込んでいる彼女と……というのは少し違う気がした。
どうせキスをするのならこんな弱々しい笑みを浮かべる彼女とではなく、いつものように愛らしい笑みを浮かべる彼女としたい。その為にも、早く圭と仲直りして欲しいところだが……
(そう簡単にはいかないか……)
美紀の話やその雰囲気から察するに、二人は結構な勢いでケンカしてしまったらしい…。どちらか一方が素直に謝ればあっさりと仲直り出来るのかも知れないが、その"素直に謝まる"というのが難しそうだ…。
これまでゴロゴロと眠っていた太郎丸もこの空気に気まずくなったのか、美紀の事を慰めるかのようにその身をスリスリと寄せている……が、美紀はニコリと微笑むだけで大したリアクションは見せない…。太郎丸もこれには驚いたらしく、慌てたように彼を見る。
(そんな目で見るな…。こっちだって困ってるんだ)
どうしたら良いのかと目で訴えてくる愛犬に心の声で返事を返し、彼はもう一度ため息をつく…。太郎丸ですらその心の傷を癒せないのなら、もう打つ手が無いように思える。
…と、彼が本気で焦り始めた時、玄関のチャイムが鳴った。
「ちょっと待ってて、見てくるよ」
美紀「はい…」
美紀の事は太郎丸に任せ、彼は玄関へと向かう。
先ほど美紀を家の中へ上げた際に鍵を掛けなおすのを忘れていたらしく、鍵は開けっ放しだった。次からはこういう事が無いように気を付けようと反省しつつ、彼はその扉を開いていく…。
「はいはい、どちら様で―――」
圭「美紀ちゃん来てませんかっ!?」
扉の向こうにいた少女、祠堂圭は彼が扉を開けるなりすぐに身を乗り出し、大きな声で尋ねる。奥にいた美紀もその声を聞いて驚いたが、わざと聞こえないフリをして太郎丸の背中を撫でた。
彼は奥の部屋から美紀が出て来ない事を確認すると気まずそうに笑い、圭の方へ視線を移す。ここまで全力で駆けて来たのか…圭は激しく息を乱しながら肩を上下に揺らしており、全身が雨に濡れている…。このまま彼女の事を部屋へとあげて美紀と会わせても良いのだが、それだとまたケンカになってしまうかも知れない。ここは一旦様子を見るべく、彼はあえて何も知らないかのような対応を見せた。
「ええっと…美紀がどうかした?」
圭はすぐに口を開き、ここまでの事情を説明する。
今日は美紀と一緒に出掛けていた事…。
その途中、つまらない事でケンカして別れてしまった事…。
それらは先程美紀の口から聞いたものと同じではあったが、圭の方は今にも泣き出しそうな震え声でそれを語っていた…。
圭「あの後すぐに雨が降ってきて、私、心配になって美紀ちゃんに連絡したんです。けど、美紀ちゃんは出てくれなくて…。家に連絡しても『まだ帰ってきてない』って言われちゃって……もしかしたら、先輩の家かなって思ったんですけど…来てないですか…?」
「まぁ……その……」
どちらとも取れる返事を返し、圭の様子を窺う。彼女は深く落ち込んだように顔を俯け、さっき以上に震えている声を小さく放っていった。
圭「こんな酷い雨が降ってるのにまだ外にいたら、絶対風邪引いちゃう…。美紀ちゃん、今日は傘持ってなかったから…きっと全身びしょ濡れです…。あんなつまらない事でケンカしなきゃよかった……私がすぐに謝ればよかった……。先輩…どうしよう…どうしようっ…!」
圭はとうとう泣き出してしまい、両手で顔を覆う。
彼女は美紀の事をかなり心配しているようであり、ケンカしてしまった事を後悔しているようだ…。彼女をこれ以上泣かせるのも可哀想だったので彼は美紀を呼ぼうと振り返ったが、美紀は呼ばれるよりも先にやって来ていた。
美紀「傘、圭だって持ってないじゃない…」
圭「っ!美紀ちゃんっ…!!」
圭は瞳から溢れていた涙をゴシゴシと拭い、彼の背後に立っていた美紀の姿を確認する。美紀は少し気まずそうに目線を逸らしていたが、すぐに圭の手を掴んで彼の方を見た。
美紀「先輩、もう一枚だけタオル貸してもらっても良いですか?」
「ああ、もちろん」
彼が答えると美紀はニコッと微笑んでから圭を部屋の奥へと連れ込み、彼から手渡されたタオルで彼女の髪の毛を丁寧に、ゆっくりと拭いていった。圭は驚いたように目を真ん丸にしつつ、黙ってそれを受け入れている…。
美紀「まったくもう、人の事の前に自分の事を心配しなよ。こんなびしょびしょになっちゃって……」
圭「あ…はは……ごめん…」
美紀はため息をつきながらも微笑みを浮かべ、圭の髪の毛や肩、腕等を拭いていく。そうして数分経過し、圭の身を出来るだけ拭き終える事が出来た頃、美紀は申し訳なさそうに顔を俯けた。
美紀「圭、ごめんね…。せっかく遊びに誘ってくれたのにつまらない事でケンカして、気分悪くしちゃったよね…」
圭「ううん…私の方こそごめん…。美紀ちゃんの気持ちも考えずに色々言っちゃって……ほんと、バカだったなぁって反省してるよ…」
圭はニコリと微笑むが、その瞳はまた涙に潤んでいた。
美紀は彼女の瞳を見た途端に自身の瞳も涙に潤ませて泣きそうな顔をしたが、どうにかギリギリのところで堪えていた。
美紀「…ふふっ、じゃあその…もし良ければだけど……これから圭の家に遊びに行ってもいいかな?」
圭「もちろんっ!全然オッケーだよ」
圭が笑顔で返事を返すと、美紀は瞳に溜まっていた涙を拭って嬉しそうに微笑む。彼はその様子を部屋の隅からじっと眺め、二人が仲直りした事にホッと一安心した。やはり、この二人にはいつまでも仲の良いままでいてもらいたい。
圭「じゃあ先輩、美紀ちゃんはお借りしていきますね~」
「ああ、分かったよ」
彼はゆっくりと歩き出し、二人を玄関まで送っていく…。
外は未だに激しい雨が降っており、圭は一歩外へ出た途端に苦笑いした。これから自分の家へ向かうのは良いが、傘を持っていなかったからだ。
圭「せ、先輩…美紀ちゃん借りるついでに傘も借りてって良いですか?」
「…どうぞご自由に」
美紀と圭、それぞれに適当な傘を持たせた彼は二人に向け手を振り、見送っていく。圭は開いた傘を上に向けながら外へと歩き、数歩行ったところでこちらへと振り向いて手を振り返したが、美紀は未だに彼のそばにいた。
「どうした?」
彼が一言尋ねると、美紀は手渡されていた傘を横に傾けて開く。
彼女は開いた傘を上手く遮蔽物にして数メートル先にいる圭からこちらが見えないようにすると彼の事をじっと見つめ、そのまま爪先立ちをして唇にキスをした…。
美紀「んっ…」
互いの唇が重なって数秒間経過した頃、美紀は小さな声を漏らしながら唇を離し、ニコリと微笑む。圭と仲直り出来た事で心のモヤモヤが晴れたらしく、その微笑みもさっきまでのものとはまるで違う可愛らしい笑顔になっていた。
美紀「今日はいきなりお邪魔してすいませんでした。今度また、一緒にデートしましょうね」
「ああ、そうだね。楽しみにしてるよ」
美紀「ふふっ、じゃあまた…」
傾けていた傘を上に向け、美紀は圭の元へと駆け寄る…。
彼は仲良く並んで歩く二人の姿と未だ唇に残っている柔らかな感触にニヤニヤとしつつ、玄関の扉をしっかりと閉めて部屋へと戻った。
そう言えば、美紀と圭は何が原因でケンカしたのだろう…。
気になった彼は後日、それを本人達に尋ねたのだが、二人ともその原因についてはすっかりと忘れていた…。案外、どうでも良い事でケンカしていたのかも知れない。
みーくんも最初の頃は『どうでも良い』とか言っていましたが、本当は圭ちゃんと仲直りしたくて仕方なかったんだと思います。ですが、そのタイミングを見失ってしまって困っていたんでしょうね…。しかし圭ちゃんが自分の事を心配してくれていたと知り、ようやく素直になれたと…。
やはり、みーくんと圭ちゃんには仲良しなままでいてもらいたいですね(*´-`)
トップクラスにお気に入りのコンビですので(*‘ω‘ *)