時系列でいうと『どんな世界でも好きな人』二十七話以降の世界を舞台としたifストーリーになっています。
第一話『二人だけの秘密』
慈「さて、じゃあ今日はここまでにします」
夕方、一日最後の授業が終わる。
その国語の授業を担当していた教師、佐倉慈は授業終了のチャイムが響くのとほぼ同時に教科書を閉じ、生徒達の方を見つめた。
「ふぅ…今日もどうにかやりきったな…」
学校での長かった一日が終わり、彼は帰り支度を進めながら一息つく。今日は特に寄り道することも無く、真っ直ぐ家へ帰ろう…。そんな事を思っていた彼の肩を、誰かがポンポンッと叩いた。
由紀「ねぇ、めぐねえがキミを呼んでるよ?」
「えっ?」
肩を叩いてきた由紀に言われ、彼は教壇へ目線を向ける。
そこにいたのは教科書を片手で抱えたまま、もう一方の手でこちらを手招きをする慈だった。
由紀「何の用だろうね?」
「…さぁ、なんだろ」
さっきの授業は真面目に受けていたし、何か問題を起こしたりもしていない。にもかかわらず、彼女は何故自分の事を呼んでいるのだろう…。不思議に思いながらも、彼は彼女の元へ歩み寄った。
「先生、何か用です?」
一言尋ねると、慈はニッコリと微笑む。彼はその笑顔を見て、悪いことで呼び出された訳では無さそうだと安心した。
慈「あの…また明日の授業で使う資料を用意しておきたいんだけど、手伝ってくれない?」
「ああ、そういう事ですか…。別に良いですよ」
慈「ありがとうっ。ごめんなさいね、これから帰るとこだったのに…」
「いえいえ、お気になさらず」
彼が笑顔で答えると、慈もまたニッコリと微笑む。そうして二人は教室をあとにして、廊下の奥へと進んでいった。他の生徒は家へ帰るか、もしくは部活に向かうかしているのだろう…。二人並んで廊下を進むと、結構な数の生徒とすれ違う。
(また次の授業で使う資料って、何なんだろうな…)
そもそもそれはどこにあって、彼女はどこに向かっているのだろう…。無言のまま歩く慈のあとに続いていくと、時間が経つにつれ他の生徒の影が段々と減っていく。そんな中、慈は一つの部屋の前でピタッと立ち止まり、彼の事を見つめた。
慈「じゃ、一緒に来てくれる?」
「ええ」
扉をガラガラッと開き、慈はその部屋の中へと入る。彼はその部屋に入る前に扉の上を見上げ室名札を確認したが、そこには何も書かれていなかった。ここは空き部屋なのだろうか…。思いながら中へ入ると、やはり中にはほとんど物が無かった。
「ここでいいんですか?」
慈「あっ、うんっ!ここで…いいの…」
一瞬だけ、慈が慌てたように見えた。彼女はあたふたした様子で周りを見回すと、部屋の隅にポツンと置かれていた棚の中を漁りだす。彼女の求める資料というのは、この中にあるのだろうか…。
慈「えっと……どこかな……」
「…………」
慈「う…うぅ……」
「…手伝いましょうか?」
慈「だ、大丈夫っ!だからちょっと待っててね?」
本人がそう言うので、彼は仕方なくその場に立ち尽くす。しかしこう見ていると、慈が漁っている棚の中には物がほとんど無いようだ。にも関わらず、彼女は忙しそうにそこを探っている。まるで、ただ時間を稼ぐかのように……。
慈「そう言えば…前はありがとうね…」
「ん?何の事ですか?」
慈「ほら、私が学校休んだ時、丈槍さん達とお見舞いに来てくれたでしょう?」
「…ああ、そんな事もありましたね」
以前、慈は過労で倒れてしまい、学校を休んだ。彼はその際に由紀達と彼女の家へ出向き、ほんの僅かな時間だけお見舞いに行ったのだ。
慈「あの日、本当はすっごく心細かったの…。誰の声も聞こえず、たった一人で布団にくるまって…。今、この世にいるのは私だけなんじゃないかって…そんな馬鹿な事を考えちゃって…。あはは…弱ってる時ってダメね…。気持ちまで後ろ向きになっちゃう」
まいったように自分の頭を撫で、慈は苦い笑みを浮かべる。彼女はその後引き続き棚の中を探りつつ、横に立つ彼の顔をチラッと見つめた。
慈「だからね…あの日、あの時…みんなが来てくれたのは本当に嬉しかった…。丈槍さんや恵飛須沢さん、若狭さんの声を聞いていると、それだけでこっちまで元気になったような気がして…」
「………」
慈「でね、何より嬉しかったのがあのあと…。みんながお買い物に出掛けた時、あなただけ残ってくれたでしょう?あなたは私が眠るまで…ううん、眠ったあとも手を握っていてくれた…。あれが何より安心出来たの…。あぁ、私は今、一人じゃないんだなぁって……」
棚を探る慈の手がピタッと止まり、彼女は彼の事をじっと見つめる…。彼を見るその瞳は微かに潤んでいて、頬も赤い…。慈のそんな表情を見た瞬間、彼の胸は少しずつ高鳴っていった。
慈「あなたには助けられてばかりな気がする…。ありがとね…」
「…いや、大したことは…」
夕方の空き部屋に二人きり…。辺りに人の気配は無い…。
このままじゃ危ない気がして、彼は慈から目を逸らす。前々から慈の事を教師としてはもちろん、一人の女性としても魅力的な人だと思っていた。そんな彼女とこんな所にいると、どうにも気持ちがざわつく。
慈「そう言えば、彼女は出来た?」
さっきまでのどこか艶やかな表情を一変させ、今度は子供っぽい笑顔で慈が尋ねてくる。残念ながら、今の彼に彼女と呼べるような娘はいない…。彼は鼻で小さなため息をつくと、首を横に振った。
「…全然です」
慈「へぇ、そうなんだ?あなたってモテてるイメージあったから、少し意外かも…。ほら、いつも丈槍さんとかと仲良くしてるじゃない?」
「まぁ、そうですね」
慈「てっきり、あの中の誰かと付き合ってるものかと思ってた…」
「そんな事は……」
正直に言うと、確かに彼女らを女性として魅力的だと思いかけた事は何度かあった。しかし、今の彼が誰よりも気になっているのは慈の事であり…二人でこんな会話をする時間が何とも気まずい。
慈「あなたってどんな娘が好きなの?丈槍さんみたいな娘か…恵飛須沢さんみたいな娘か…若狭さんみたいな娘か…。そう言えば、最近は後輩さん達とも仲良しよね?直樹さんとか、狭山さんとか…その辺が好みだったり…?」
「あはは…どうでしょう」
ごまかすように笑い、答えをはぐらかす。すると慈はイタズラに微笑み、彼と向かい合って首を傾げた。
慈「因みに…年上の女の人とか好き?」
「あ~…その……」
『ふふっ』と笑いながらそんな事を聞く慈だが、その頬は恥ずかしそうに赤く染まっている…。彼女が何のつもりでこんな事を聞いているのかは分からないが、仕返しとして少し困らせてやろうと思い、彼女に向かい合った。
「そうですね、年上の人も良いと思います。先生みたいな人ならね」
半分冗談…半分本気…。そんな言葉を放ち、慈を困らせてみたくなった。彼女はきっと、顔を真っ赤にして照れるか、もしくは呆れたような表情を向けてくるだろう。そう思っていたのだが……
慈「っ……ぅ…」
彼女は自分の口を右手で覆いながら、目を真ん丸にしていた…。顔を真っ赤に染めながら、ただじっと彼を見つめるその大きな瞳は潤んでいて、照れている…というよりはただ驚いているようだった。
慈「本当に…私みたいな人が良いと思うの…?冗談なら、早くそう言って…。じゃないと私……私っ……」
「…先生?」
慈「本気に…しちゃう……」
慈は真っ赤な顔を俯け、彼の手を静かに握る…。慈の手はやたらと熱く、彼女の気持ちがそのまま熱になっているかのようだった。彼はそんな彼女の手を自分から握り返すと指を絡めていき、深く深呼吸する…。
(もうダメだ…。この人のこんな顔を見てしまったら引き下がれない)
相手は教師で、自分は生徒…だからこの気持ちは抑えるつもりだったが、目の前にいる慈があまりにも魅力的で気持ちが抑えきれない。
「…本気にしていい。僕は…佐倉先生の事が好きですよ」
教師だとか、そんなのは関係ない。それを理由に彼女を諦めてしまったら、この先ずっと心残りになると思った。彼が手を強く握ったまま告げると、慈は静かに顔を上げていく…。その瞳には、今にも溢れそうなくらいの涙が溜まっていた。
慈「嬉しい…。けど…でもっ、私なんかが相手で良いの…?あなたなら、私なんかよりよっぽど良い娘と一緒になれると思う…。それなのに、わざわざ私みたいな人を……先生なんかを…っ…。きっと…後悔させちゃうよ……」
「いや、絶対にしないです。むしろ、ここで先生を諦めた方がよっぽど後悔してしまうと思う…。だから、後悔しないように言います。僕は佐倉先生が…めぐねえが大好きだから、付き合って欲しいです…」
ギュッ…と手を握り、彼女の返事を待つ。必死に頭を悩ませていたのだろう…。慈はその後、数分間は無言を貫き、しばらくしてようやく応えた。
慈「先生と生徒が…なんて、周りにバレたら大変だよ…」
「ええ、だからバレないように上手くやりましょう。二人だけの秘密って事で」
慈「私…キミが思っているほど魅力的な女の人じゃないよ……」
「僕の方こそ、めぐねえが思っている程良い男じゃないかと…」
慈「………あはは」
力無い笑い声をあげ、慈は彼の手を握り返す…。
思えば、自分は彼に甘えっぱなしだ…。前も幾度となく甘えてきたのに、今もまた、彼の優しさに甘えようとしている。彼の事を想うなら、自分がどれだけ辛くとも彼を拒絶するべきなのに…。彼の一番そばにいれる未来を想像したら、慈も気持ちが抑えきれなかった。
慈「じゃあ…これからよろしくお願いします…。私も、あなたの事が大好きです…。これから先もずっと、そばにいたいです…」
頬に伝った涙を拭い、笑顔を浮かべながら彼の胸に顔を埋める。すると、彼は慈の頭を優しく撫でていってくれた。
慈(あぁ、本当に…安心するなぁ……)
彼の胸に頭を埋めるのが、撫でられるのが、全てが心地よくて仕方がない…。このまま彼と共に倒れ込み、そのまま眠ってしまいたくなる程だ。
「……めぐねえ、ちょっと…」
慈「うん…?」
彼は辺りを見回して人気がない事を確認すると、慈の事を呼ぶ。直後、呼ばれた慈がそっと顔を上げると、彼は何も言わずに彼女のあご先に手を添えた。
慈「あ…っ……」
添えられた手にクイッと顔を上げられ、慈は彼が何をしようとしているのか理解する。理解した上で、慈はそっと目を閉じた…。次の瞬間、唇に伝わってきた熱はかつてない程心地よいもので……慈はかつてない程幸せな気持ちになった…。
教師と生徒の禁断の恋…。ドキドキする響きですよね(*´-`)
今回の話のラストで付き合う事になった二人ですが、その関係を周囲に明かすことはまず無いと思います。やはり、教師と生徒の関係にありながらの恋ですからね…。
因みにめぐねえは『明日の授業で使う資料を用意しておきたい』という理由で彼を連れていきましたが、そんなのは嘘です。必要な資料など元々無く、ただ彼と二人きりになり、自分の気持ちを確かめたかっただけでした…。
二人きりになって自分の気持ちを確かめた結果、本当に彼の事を愛しているのだと気付いたわけですね…。そしてこの世界の彼もめぐねえの事が気になっていた為、二人は付き合う事になったと…(*´-`)
他のヒロイン達と違って年上…それも教師が相手となると話を考えるのも難しかったのですが、楽しんでもらえたでしょうか?こんな感じで良いのなら、また次回も頑張って書いていこうと思います(*^-^*)
ではでは(*´∇`)ノ