"ねぇ知ってる?ウチのクラスのあの娘、B組の男子と付き合ってるんだって~"……みたいな話を何度か聞いた事がある…。高校生活を送っているとそういった色恋沙汰の話も多く耳に入ってきたが、真冬はそういう事にまるで興味が無かった。誰かと付き合ったりデートしたりする事なんて自分には無縁だと思っていたし、何より気になる男子がいなかったから……。しかし、そんな真冬の心にも変化が訪れる。
友人である果夏と話している内にふと気付いた事なのだが、自分はどうも先輩である"彼"の事が好きらしい…。少し恥ずかしいが、彼となら手を繋いだり、そのままデートしたりするのも良さそうだと思ってしまう程だ。
しかし、真冬は自らが抱いている恋心に気付いたところで特に何の行動も起こさずにいた…。もちろん、可能なら彼と付き合ってみたいとは思っているのだが、こんな自分が男の人に告白するなんて恥ずかしいし、それに何より……自分と彼の間には大きな"壁"がある。その壁は恐ろしい程に高くて強固であり、打ち崩すのは難しい…。だからこそ真冬は何の行動も起こさずに数週間の時を過ごし、そして今日もまたため息をついた。
真冬「はぁぁ……」
自分自身の恋心に気付いたあの日も今と同じく、この廊下から校門の方を眺めていた…。真冬は何とも言えぬ表情のままその廊下の窓から校門の方を眺め、家へ帰っていく他の生徒達を見下ろしていく。
真冬(彼は…まだ教室にいるのかな……)
帰っていく生徒達を全て確認した訳ではないので見逃しただけかも知れないが、校門から出ていく生徒達の中に彼の姿は無かった。もしかしたらまだ校内にいるのだろうか…。ふとそんな事を思った後、真冬はもう一度ため息をつく。自らの恋心に気付いたあの日からずっと、何をしていても彼の事ばかり考えてしまう…。
真冬(もう、やだなぁ……)
彼に告白すればこのモヤモヤも晴れるかも知れない。
…が、それは出来ない。告白なんて恥ずかしいし、それに何より…
果夏「まっふゆちゃ~ん♪お待たせだよ~!」
帰り支度を終えて教室から飛び出てきたこの親友…果夏が自分に向けてくれている愛が凄まじいから…。果夏は真冬の事をとても気に入っており、"もしも真冬ちゃんが誰かと付き合う事になったら自分はパニックになる。相手の男を殺しちゃうかも"というような事を言い放つ事もあった。
あれは彼女流のジョークだったのだと思いたいが、万が一にも本気だった場合は大変な事になる。だからこそ、真冬は彼に告白が出来ずにいた…。もしも自分が彼に告白して運良く付き合う事になったとしても、その彼は果夏に殺されてしまうかも知れない…。
果夏「んん?どうしたの?顔色悪いよ?」
真冬「……何でもない」
あれは果夏のジョークだ。本気で気にする事なんて無い。
何度も自分にそう言い聞かせたが、やはり不安が残る…。
真冬はこの日もまた彼に対して何の行動も起こさぬまま家へと帰り夜を迎えたのだが、寝る前に少しだけ考え事をしてみる事にした。まず最初に考えたのは"自分は本当に彼の事が好きなのか"という事について…。これについてはすぐに答えが出た。恐らく間違いない……彼の事が好きだ。
真冬(出来るのなら、彼ともっとお話したい…もっと一緒にいたい…。凄く恥ずかしいけど、これが恋をするって事なんだよね…)
パジャマ姿でベッドに横たわり、枕を抱えて頬を赤くする。
考えれば考えるだけ自分は彼の事が好きなんだと実感してしまい恥ずかしくなるが、真冬はその気持ちを素直に認めてニコリと笑った。
真冬(じゃあ…次は……)
次に考えたのは自分の友達…果夏について。
彼女が何故、自分のような愛想の無い人間の事を好きだと言ってくれるのかについてだ…。
果夏と出会ったのは中学に入った頃であり、それからはずっと一緒にいる。最初の頃は今以上に冷たくして突き放していたのだが、果夏はいくら冷たくされようと全くへこたれなかった。いつもニコニコと微笑んだままそばへと寄り、決して離れない…。なので気付いた時には真冬の方から折れて彼女の事を友達として認め、いつも一緒にいたのだが………
真冬(カナは…なんでボクの事なんか……)
思えば思うだけ不思議になる…。
真冬は今でも彼女に向けて『
あの子はどうして自分なんかのそばにいてくれるのだろう……。
一度気になると止まらなくなり、真冬は携帯を手に取る。
今の時刻は夜の11時を越えた辺りだが、果夏はまだ起きているだろうか…。いくら果夏でもこんな遅くに電話されたら迷惑だろうか…。色々考えている内、手にしていた電話が鳴り出した。
真冬「あっ…」
鳴り響く着信音に驚いてから画面を見つめ、真冬は更に驚く。
果夏から連絡だった…。
このタイミングで彼女から連絡が来るとは驚きだが、都合が良いといえば都合が良い。真冬は通話ボタンを押すと携帯を耳へと当て、静かに口を開く…。
真冬「………カナ?」
果夏『うん、そうだよ~♪』
電話の向こうから元気な声が聴こえ、真冬はニコリと微笑む。
彼女の声は電話越しでも元気いっぱいだ。
真冬「えっと…どうしたの?こんな時間に……」
果夏『そのね、何か今日はやたらと眠れなくて…』
真冬「なるほど……だから暇潰しにかけてきたの?」
少し意地悪な口調で言うと果夏は『えへへ』と笑い、そのあと元気な声で『うんっ!』と答えた。何時もの真冬ならここで『今日はもう眠いから』と言って電話を切るのだろうが今は眠気など無いし、ちょうど果夏に聞きたい事だってある。真冬は少しだけ沈黙した後に口を開き、ずっと気になっていた事を本人に……果夏に尋ねた。
真冬「カナはさ…普段、どうしてボクと一緒にいてくれるの?」
果夏『うふふ~、そりゃもちろん、真冬ちゃんの事が好きだからだよ~』
その答えが返ってきた瞬間、真冬は深いため息を放つ…。
そうだった……相手はあの果夏だ。もっとハッキリ、分かりやすく聞かないとこういう答えが返ってくる。真冬は気を取り直して前を向き、今度はまた違う言い方をしていく。
真冬「そうじゃなくてね……その、カナはボクの何がそんなにお気に入りなの?ボクは他の人達とは違って無愛想で、一緒にいてもつまらないのに…。カナは友達が多いんだから、わざわざボクみたいなヤツと一緒にいなくても……」
果夏『…………迷惑?』
果夏の声から明るさが消え、真冬はハッとしたように目を開く。
そんなつもりでは無かったのだが、勘違いさせてしまっただろうか…。
真冬「迷惑じゃないよ…。ただ、気になっただけ。なんでこんな人間のそばにいてくれるのかなぁって……」
そう告げると電話の向こうから安堵のため息が聴こえ、果夏の声がまた元気なものへと戻る。果夏はおどけたように『ビックリしたぁ~』と言い放つとそのままヘラヘラと笑い続け、そして………静かに答えた。
果夏『私が真冬ちゃんのそばにいるのは………真冬ちゃんが、私を変えてくれたからだよ』
真冬「………えっ?」
何の事か分からず、真冬は一人首を傾げる…。
果夏は出会った時から何一つ変わっていない…以前からずっと騒がしくて、うるさくて、元気いっぱいで……太陽みたいで…自分とは真逆の子だ。
そんな自分が果夏を変えたと言われても、何の事か分からない…。
真冬「ボクは何もしてない…。カナを変えてなんか…」
果夏『真冬ちゃん自身がそう思ってても、私はハッキリそう思ってるの。真冬ちゃんと会えて変われたって……真冬ちゃんと会えたから、今の私があるんだって…』
放たれていく言葉の一つ一つはやけに落ち着いていて、普段の果夏とは少し違う雰囲気だった…。きっとそれだけ真剣に…真面目になっているのだろう。
真冬「ボクが…カナを……」
むしろ逆な気がする…。
どちらかと言えば、果夏が自分を変えてくれた…という方が正しい。
果夏がいなきゃ自分はいつまでも一人のままで友達など出来ず、つまらない学校生活を送っていただろう…。美紀や由紀達と友達になる事だって無く、彼に恋をする事だって無かったかも知れないのだが……果夏は更に言い続けた。
果夏『真冬ちゃんと出会えたから…真冬ちゃんがいてくれたから…私は今日も明日も元気いっぱいでいられるの。だから私は…真冬ちゃんのそばにいる。だから私は……真冬ちゃんの事が大好きっ』
真冬「……………」
果夏の口から"好き"という単語を聞いたのは何回目か分からない。しかし、この時のそれはいつものとは雰囲気が違っており、簡単に聞き流したりしちゃいけないと思った…。
しかし何と言われても、どう言われても、"自分が果夏の事を変えた"という言葉の意味が分からない…。その後、真冬はより詳しい事を果夏に尋ねてみたが、彼女は誤魔化すように笑うだけで答えてはくれなかった。
果夏『ふふっ、まぁつまり、私はほんっとーに真冬ちゃんの事が好きで好きで仕方がないってこと!だから真冬ちゃんが欲しい物なら何でもあげちゃうし、真冬ちゃんがして欲しい事ならなんだってしてあげるし……それに………』
いつものと同じように騒がしくなる果夏だったが、その声が次第に落ち着いていく…。果夏は電話の向こうで何やら呻き声をあげ始めたかと思うとそれをピタリと止め、深呼吸をしてから言った。
果夏『先輩の事が好きなら……応援してあげる…』
真冬「っっ!!?」
静かに放たれたその言葉を聴き、真冬の顔がじわじわと赤くなる…。
彼の事は確かに好きだが、それは誰にも気取られないように
真冬「何でっ……ボ、ボクっ…あの人の事が好きなんて一回も……!」
果夏『言わなくたって分かるよ…。前に言ったでしょ?"私は真冬ちゃんの事なら何でも知ってる"って…。真冬ちゃん、最近ずっと元気無かったし…たまにあの先輩の事をジーッと眺めてたから…』
果夏はそう言うが、真冬は納得がいかずに足をジタバタと揺らす。
元気が無かったと言われても学校では普段通りに過ごしていたつもりだったし、彼の事だってそんなに分かりやすく眺めてはいなかったハズだ。
真冬「ボク…ボクっ…!学校では普段通りにしてたのにっ……!」
果夏『そうなの?私から見ると、ここ最近の真冬ちゃんは違和感が凄かったんだけど……』
真冬がどれだけ上手く
真冬「カ、カナっ!これはまだ…ボクの片思いだから……彼の事は殺さないでくれると助かるんだけど………」
果夏『………どうしようかな…』
電話の向こうからくるその声を聴き、これまで真っ赤だった真冬の顔が一気に青くなる…。このままだと自分は初恋の相手を失い、更に親友が人殺しになってしまう…。真冬が一人で焦っていると、電話の向こうから笑い声が響いた。
果夏『ふふっ、冗談だよ。あの先輩なら真冬ちゃんの事を任せても良いかなって思えるから、しっかりと応援してあげる。さっきも言ったでしょ?』
真冬「あっ………うん…」
果夏『確かにそんじょそこらの男子に真冬ちゃんをあげるのはイヤだけど、あの先輩ならまぁ……いくらか我慢出来るから』
果夏自身も彼の事はよく知っているし、悪くない人だという事も分かる。だからこそ、彼が相手なら真冬を任せられると思ったのだが……
果夏(やっぱ、少し悔しい……)
彼と真冬が付き合う事になり、デートする様を想像してみる…。
するとそれだけの事で頬が膨らんでしまい、分かりやすく『ぐぬぬ…』と言ってしまいそうになるが、果夏はその気持ちをグッと堪えた。
果夏『そ、そういうわけだから…がんばってね!手伝える事があれば何だってするからっ!』
真冬「……うん、本当にありがとう」
真冬は笑顔を浮かべながら応え、果夏はその言葉を聴いてニヤニヤと笑う。どんな状況であれ、真冬に感謝されるというのは果夏にとってとても喜ばしい事だった。
果夏『じゃ、また明日ね』
真冬「うん…また明日」
真冬は携帯を耳から離し、通話を止めようとする…。
しかしその直前、彼女は離しかけた携帯を再び耳元へ戻した。
真冬「………カナ」
果夏『うんっ?な~に?』
呼び掛けてみると果夏はまだそこにおり、真冬は『ふふっ』と笑う。これまでに幾度となく果夏と電話して気付いた事なのだが、彼女は決して自分から通話を止めない。こちらが切るのをずっと待っているのだ…。
真冬「……大好きだよ、おやすみなさい」
こちらの言葉を待つ果夏へと向け、ポツリと呟く…。
今日、話してみてよく分かった。自分は彼の事が好きだが、それに負けないくらい…果夏の事も大好きなんだ。
果夏『ふぁあぁっ!!?ぴゃ…ぴゃ~ぁああっッ!!!!』
電話の向こうからよく分からない奇声が聴こえ始めたので、真冬は慌てて通話を切る。思い返してみれば、自分の方から果夏の事を"好きだ"と言ったのはこれが初めてか…。
果夏は今頃、ベッドの上でニコニコしながら身を悶えさせているのかも知れない。真冬はそんな彼女の様を想像してニッコリ微笑むと部屋の明かりを消し、眠りについた…。
というわけで、果夏ちゃんは真冬ちゃんの恋を応援してくれる事となりました!
果夏ちゃんも彼の事をよく知っているので、彼になら真冬ちゃんを任せても良いと思ったのでしょうね。しかし、もしも彼が真冬ちゃんの事を泣かせたり、付き合う事になった後に浮気でもしようものなら大変なことになりそうです…(汗)
本当は今回の話で真冬ちゃんが彼に告白するまでを書くつもりだったのですが、果夏ちゃんとの