美紀の誤解を解いた後、彼と胡桃も車内に戻った。
彼女らは薬を飲んだ悠里と、そして連日薬を探して疲労していた自分達を休ませる為に、その日は移動せず同じ場所にとどまって一夜を明かした。
そして翌日の車内。彼女達四人が見つめるのは…倒れたままピクリとも動かない彼の姿だった…。
美紀「こんな事になるなんて…」
悠里「もし…起き上がった時にまた正気を失ってたら…」
胡桃「そうなってたら……殺すしかないな…」
由紀「そんな……」
何故こんな悲劇が起きたのか…時は十分程
由紀「起きて~!朝ですよ~!」ブンブン!
耳元で大声をあげ、由紀は容赦無く彼の肩を揺さぶる。そこまでされて起きないはずもなく、彼は目を覚ますやいなや迷惑そうな顔を見せた。。
「うおっ!…起きました!起きたからそれ止めてっ!脳まで揺さぶられる!」
由紀「えへへ、ごめんね。__くんはこんくらいやらないと起きないって言うから…」
彼は「誰が言った?」と尋ねようと思ったが、笑顔で謝る由紀の後ろで胡桃がニヤニヤしてるのを見てすぐに気付く。
「犯人はあんたか…」
胡桃「ああ、だってお前…普通に叩いたりしたくらいじゃ全然起きないんだもん。」
「…由紀ちゃん、次からは別の方法で起こして」
由紀「良いけど…どうやって起こせば良いの?」
少なくとも、今のような起こされ方はもう経験したくない。出来るならもっと静かで…それでいて目の覚めるやつ…。彼は十数秒考え、一つの答えを出した。
「キスで起こして下さい。これなら一発で起きる自信があります!」
由紀「えっ!?私が?」
少し興奮気味な様子で放たれた彼の言葉に由紀は戸惑い、その頬を赤らめる。その表情がまた可愛らしく見えてしまい、彼は更なる発言を重ねる。
「そうです。勿論…口にお願いしますよ」
由紀の後ろで冷やかな軽蔑の表情を送る胡桃を物ともせずに彼は言い続けた。
由紀「えっと……がんばってみるけど…無理そうだったら他の人に代わってもらうかも、それでも良い?」
少し考えてから由紀が答える。彼自身もこの発言には引かれると思っていたので、由紀の見せた反応は予想外だった。
「いやいや…ダメだろ、こんなムチャなお願いはハッキリと断らないと!まったく、由紀は人に嫌と言えない性格だからなぁ…お父さんは心配だよ!!」
彼が突然父親キャラになる、これには由紀は勿論…胡桃も苦笑いだ。
由紀「ご、ごめん…パパ」
彼に合わせ、とりあえず娘を演じる由紀。彼女の娘っぷりときたら咄嗟の演技とは思えないほど様になっており、彼はその衝撃に頭を伏せた。
「っっ!!?」
由紀「パっ、パパ!どうしたの!?」
彼の背に手を当てながら、由紀は心配する演技をする。彼は伏せた顔を静かに上げてから彼女の顔を見つめ、弱々しい声で囁いた。
「…大丈夫、なんでもないよ。ただ由紀にパパと呼ばれて少し興奮しただけさ。」
胡桃「変態オヤジじゃねえか」
冷たい目をしたまま彼を見つめ、胡桃が言う。その発言を聞いた彼はその目線を一瞬だけ由紀から胡桃へと移し、小さな声で呟いた。
「…可愛い気の無い不良娘め」ボソッ
胡桃「ぐっ!コイツ…」
呟いた彼は相変わらず由紀にのみデレデレとしており、その様子がやけに腹ただしい。胡桃は怒りに任せて彼を殴ろうかと思ったが、それよりも良い方法を思いつき、それを実行する事にした。
胡桃「……」トコトコ
「??」
胡桃「由紀、ちょっと代わって。」
由紀「うん…?わかった」
胡桃は彼の横に立つ由紀と位置を代わってもらうと、じっと椅子に座ったままの彼を見つめる。
「???」
そしてその場に膝をつき彼を見上げる姿勢になると、そっと彼の左手を自らの両手で握り…目を潤ませ、上目遣いで言った。
胡桃「パパ…ごめんね、胡桃…これからはちゃんと良い子にするから……キライにならないで?」
「!?~~ッ!!!!!」
そもそも、胡桃の甘えるような上目づかい自体がかなり珍しい。それに加えてこの台詞だ。今の彼がそれに耐えれる訳もなく、彼は奇声をあげながらテーブルに倒れこみ、ピクピクと震えていた。
由紀「おお~っ!胡桃ちゃんスゴい!!今のスゴく可愛かったよ!!」
目をキラキラさせながら由紀は興奮する。
胡桃「そう?へへへ…自分の事を『あたし』じゃなく『胡桃』って言うのがポイントだな!…少しだけハズかったけど、コイツに一泡吹かせたし、まぁ良しとすっか!!」
満足気な胡桃の後ろで、そっとドアが開く。
悠里「………」
美紀「先輩達…何してるんですか?」
胡桃「へ?」
振り返る胡桃、そこには悠里と美紀が呆れた表情をしながら立っていた。
早朝、調子が良くなった悠里が久々に外に出たいと言ったので、美紀が付き添って少しだけ散歩に出ていたが、ちょうど今帰ったようだ。
胡桃「あ…いや、その…これは違くて!」
悠里「由紀ちゃん、説明できる?」
由紀の側に歩み寄り、ニッコリ笑顔で優しく尋ねる悠里。さすがの由紀も、これは気まずそうに答えた。
由紀「えっと…その~、少しだけ
美紀「父娘ごっこって…なんかいかがわしい響きですね。」
そう呟き、美紀は苦笑いする。一方で悠里はテーブルの上に顔を伏せる彼の方へと寄り、心配そうな表情を向けた。
悠里「…__君、大丈夫?」
「可愛い娘に囲まれて…パパは幸せだよ」
その言葉は悠里に向けられたものではない…。よく見ると彼はとても虚ろな目をしており、半分気を失っているようだった。
悠里「胡桃…」
胡桃「その~…ちょっとばかり調子に乗っちゃって…可愛い娘の演技を…」
悠里と目を合わせず、恥ずかしそうに胡桃は答えた。それに対し、悠里は呆れたようにため息をつく。
悠里「はぁ……まったく、バカな事して」
美紀「驚きましたよ、散歩から戻ったら胡桃先輩が__さんの手を握ってパパとか言ってるんですもん」
胡桃「…そこ見られてたのかよ」
悠里「えぇ、見てたわ、胡桃…意外と演技力あるのね、とても可愛かったわよ」
美紀「可愛かったですね、特に自分の事を胡桃って言う辺りが最高です…女の私もときめきました」
悠里と美紀は口ではそう言っていたが、その顔は胡桃を見ながらニヤニヤと小バカにするような笑みを浮かべている。彼女達の冷やかすような言動を聞いていたら自分の行動がやけに恥ずかしく思えてしまい、胡桃は顔を真っ赤に染めた。
胡桃「うぅ~、もうヤダ…死にたい…」
二人に冷やかされた胡桃はその場でしゃがみ、顔を両手で覆って隠す。すると胡桃の『死にたい』に反応して正気(?)を取り戻したのか、相変わらずの父親キャラで彼が胡桃に言った。
「…ハッ!胡桃…死にたいとか言っちゃダメだ!悩みがあるならパパに相談しろ!」
胡桃「うるせえ!元はといえば急に父親キャラになったお前のせいだろ!!」
そう涙目で怒鳴る胡桃。
「胡桃、暴力はいかんぞ」
胡桃「コイツ…!ホントにっ…!!」
美紀「まぁまぁ、落ち着いて下さい…」
美紀が手をぷるぷると震わせる胡桃を落ち着かせ…直後に一言
美紀「…お姉ちゃん」
そう言いながら、美紀はニヤニヤと笑った。
由紀「お!みーくんが私と胡桃ちゃんの妹に!!娘が増えたよパパ!」
「ムスメ…フエル…パパ…シアワセ…」
由紀からの報告を受け、彼は何故か原始人口調でそれに答える。
胡桃「美紀まで…!もうこのくだりは良いっての!やめやめ!!」
悠里「美紀さんまで、どうしたの?」
美紀「いや、なんか少し楽しそうだなって思って…悪のりしちゃいました」
胡桃「ぜってーあたしをバカにしてるだけだろ…」
悠里「ふふっ、そうね…じゃあ私も…」
直後、悠里は彼を見つめて言った。
悠里「お父さん…私、熱治ったわよ」
「おぉそうですか!そりゃ良かったです!」
彼は父親キャラを捨て、普通に返事を返す。それは悠里の望んでいたリアクションではなかった為、彼女は少し不満げな表情を見せた。
悠里「あら?」
「え?」
悠里「え?じゃなくて…なんで私の時だけ普通なの?」
「あ、すいません。りーさんが治ったのが嬉しくて素に戻っちゃいました…もう一度頼めます?」
彼は今一度、悠里に娘キャラを催促する。
悠里「改めてやるのは恥ずかしいんだけど…」
「大丈夫大丈夫!りーさんはやれる人ですよ!!」
悠里「じゃあ、もう一度だけ…コホン!」
悠里は咳をして、娘キャラを演じる準備をする。
悠里「お父さん!今日はとても良い天気ね!!」
「そうなんですか?僕はまだ外に出てないから分かりませんが…」
悠里「…バカにしてるの?」
彼の二度目のノーマルリアクションに少し苛立つ悠里。
「すいません違うんです!僕、お父さん呼びよりもパパ呼びの方が好きなんです!!」
必死に釈明する彼、それを見た美紀と胡桃が『変態』と呟いたが、彼はそれに気付いてはいなかった。
悠里「__君をパパって呼ぶのはさすがに……美紀さん出来る?」
美紀「は!?」
急に自分にふられて驚く美紀。
美紀「いやいや…出来ませんよ!」
首を横に振りながら拒否する美紀、だが胡桃はそれを許さなかった。
胡桃「あんだけあたしをバカにしといて、自分だけ逃げられる訳がないだろ…観念しろ!ホラ…目の前の変態男をパパと呼ぶんだ!!」
背後から美紀を羽交い締めにし、彼の目の前へと連れていく胡桃。
さりげなく自分が変態男呼ばわりされていた事には気付かず、彼は美紀にパパと呼ばれるのを待っていた。
美紀「ううっ…」
困り果てる美紀をみかねた由紀は彼女に近づき、そっと何かを耳打ちした。
美紀「…ええっ!そんな事言わなきゃダメなんですか?」
由紀に何かを言われて顔を真っ赤にする美紀。
由紀「それを言えば__くんきっと一発で満足するよ!」
美紀「無理です無理です!!」
由紀「大丈夫だよ!頑張って!」
由紀はそう言って美紀を励ます、直後に「私も、みーくんがこのセリフ言うの見たいし…」と由紀が呟くのを彼は聞いていた。
(一体…どんなセリフなのだろう?)
彼は期待に胸を躍らせる。
そんな中、美紀は胡桃に羽交い締めにされたまま大きく深呼吸をしてから、遂に覚悟を決め…涙目で彼に言った。
美紀「パパ……一人だと怖くて眠れないから………一緒に寝て?」
そう言った後、美紀の顔はゆでダコのように赤くなった。
由紀「おぉ~」パチパチ
由紀は静かに拍手を送る。
胡桃「うっ…!ヤバい…これは可愛い!!」
悠里「普段どちらかと言えばクールな美紀さんが言うと破壊力が凄いわね!」
胡桃は思わず美紀を縛る手を離して感動…悠里は頬を赤くして感動する。
美紀「二人まで何バカな事言ってるんですか!?」
羽交い締めが解けた美紀は、振り返って胡桃と悠里に言った。
「………」
そんな中…彼は無言で立ち上がると、じっと美紀を見つめる。
美紀「……なんですか?」
美紀はそっと彼に声をかける。
ガッ!!
美紀「うわっ!」
突如彼が美紀の手を掴み、そのままベッドの方へと歩みを進めた。
美紀「な、なっ!何してるんですか!?」
驚いた美紀は彼に問いかけたが…
「一緒に寝てあげる…一緒に寝てあげる…一緒に寝てあげる…一緒に寝てあげる…」
彼は何かに取り憑かれたようにそう呟いていた。
美紀「ひっ!!胡桃先輩助けて!!__さん正気を失ってます!」
彼の様子に恐怖を感じた美紀は、慌てて胡桃に助けを求める。
由紀「胡桃ちゃん!」 悠里「胡桃!」
さすがに慌てる由紀と悠里。
胡桃「いくらなんでもこれはマズイよな。」
これ以上は美紀が危ないと思った胡桃は美紀の手を掴み、彼の手から剥がそうとする。
胡桃「ぐぅっ!」グググ…
必死に美紀を剥がそうとする胡桃だが、彼の手の力が強力で剥がせない。
美紀「イタタっ!先輩!手が痛いです!!」
美紀が手を胡桃に引っ張られた事で痛そうにする。
胡桃「あ、わりぃ!…手がダメなら…!!」
胡桃は美紀から手を離すと、彼の前に回り込んだ。
「イッショニネテアゲル…イッショニネテアゲル…イッショニネテアゲル…イッショニネテアゲル…イッショニネテアゲル」
胡桃「っ!?怖ぇよっ!!」
同じ言葉を呟く彼に胡桃は一言ツッコむと、右手を振り上げてその拳を彼の顔に叩き込んだ。
ドッ!!
その拳を受けた彼は美紀の手を離し、その場に倒れた。
美紀「あ、ありがとうございました。」
美紀が胡桃に礼を言う。
胡桃「気にすんな。」
由紀「__くん…元に戻ったかな?」
倒れた彼を心配そうに見つめながら由紀は言った。
胡桃「…どうだろうな」
遡った時間はここで追い付き…現在に至る。
美紀「こんな事になるなんて…」
悠里「もし…起き上がった時にまた正気を失ってたら…」
悠里はそう言って胡桃の顔を見る。
胡桃「そうなってたら……殺すしかないな…」
胡桃はギッと奥歯を噛み締めてから言った。
由紀「そんな……」
泣きそうな顔をする由紀。しかしその直後、目の前で倒れていた彼が勢いよく起き上がった。
「いや、殺すなよっ!?」バッ!
胡桃「良かった…正気に戻ったみたいだな」
彼が勢い良く起き上がるのを見て、一安心する一同。
「本気か?本気で殺す気でいたのか!?」
立ち上がって胡桃に尋ねる。
胡桃「心苦しいけど仕方ない…あのままのお前を放っておいたら美紀の身…更にはあたし達全員の身が危なかった」
真剣な顔で答える胡桃。
「許して下さい、あれは仕方ないんだ……あまりに美紀さんが可愛すぎて……僕の中の
胡桃「美紀を無理矢理ベッドに連れてく姿は確実に父親じゃなくて変質者のそれだったけどな」
「そうか…すいません美紀さん。」
彼が美紀に頭を下げる。
美紀「もう暴走しないで下さいよ?私…わりと本気で怖かったんですから。」
まだ少し警戒しているのか、胡桃の後ろに隠れながら美紀は言った。
悠里「さ!遊ぶのはこれくらいにして、朝食の準備をしましょうか!」
悠里に言われてから、今朝はまだ朝食すらとっていなかった事に気づく一同。
由紀「そっか、まだだったね。」
胡桃「朝っぱらから何てムダな時間を過ごしたんだろ…。」
「ムダ?僕は楽しかったけどな…」
美紀「もう二度とこんな遊びはしませんからね!」
各々が言葉を口に出しながら朝食の準備をする。
今回の事で、彼の中での胡桃と美紀の評価が上がったらしい。
胡桃は自ら考えたセリフで彼をときめかした演技力の高さを…
美紀はギャップによる無限の可能性を…
それぞれ高く評価されたそうな……
これからどんな話を書こう?とりあえず何か書かなきゃ!
そう考えていた作者が気が付いた時に書いていた、かなりカオスな回…
やっと、りーさんが復活したのに…その一発目がこんな回になるなんて……
全国のお父さん…こんな娘達はいかがですか?(何を言ってるんだろう)