軌跡〜ひとりからみんなへ〜   作:チモシー

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七十六話『そうだったら…』

 

 

悠里「…あれ?…ごめんなさい、胡桃がどこに行ったか知ってるかしら?」

 

時刻は午後三時くらいだろうか…。

今さっきまで未奈と美紀とでどこか別の部屋に行っていた悠里が、彼と由紀、そして弦次の雑談している最中の広間へと割り込む。

 

 

 

由紀「胡桃ちゃんなら…自分の部屋でヒメちゃんの勉強手伝ってあげてるみたいだよ?」

 

未奈「えっ?そこまでしてもらってるなんて…わるいなぁ…」

 

悠里より少し遅れて、美紀とともに部屋に入ってきた未奈が申し訳なさそうな表情をして呟く。なんでも白雪の勉強とは、未奈が白雪用に作った宿題の事らしい。

 

 

 

「『子供の勉強くらいなら軽く教えられるぜ!!』…って笑いながら去っていきました」

 

美紀「胡桃先輩も一応高校を卒業した身ですからね、そのくらいは楽勝でしょう。…で、由紀先輩は行かなかったんですか?シラユキちゃんのこと好きなのに…」

 

 

 

由紀「うっ…!そ、その…いくら子供の勉強でも…教えるのは苦手で…」

 

美紀の問いに対し、由紀は苦い笑みを浮かべた。

 

 

 

「胡桃ちゃんに用ですか?なんかの手伝いなら僕がやりますけど…」

 

そう尋ねた彼に対し、悠里はそっと横に首を振る…。

彼女は少しだけ会話の間を開けると、胡桃を探していた理由を告げた。

 

 

 

悠里「みんなでそばの川に水浴びに行こうと思ったんだけど…勉強の邪魔しちゃ悪いわよね…」

 

「ちなみに、その"みんな"ってのに僕は入ってませんよね?」

 

美紀「当たり前でしょう…。__さんは後でゲンジさんと行ってきて下さい」

 

 

「男と二人はちょっと…」

 

弦次「キツいよな…」

 

そう言って二人は顔を見合わせ、苦い顔をする…。

男二人がそろって水浴び…それは中々に酷い絵だと思ったからだ。

 

 

 

美紀「じゃあ…お二人は後でそれぞれ別々に行きますか?」

 

 

弦次「…そうするか」

 

「…はい」

 

 

悠里「胡桃も今はシラユキちゃんの勉強見てるみたいだし、後でシラユキちゃんと二人で行ってもらえばいいかしら?」

 

未奈「うん。川はすぐそばだから、そこまで危なくもないしね。私もたまに一人で行ったりするくらいだもん」

 

 

弦次「お嬢…あまり一人で出歩くなよ?万が一ってこともあるから…」

 

未奈「ごめん…でも私はともかく、胡桃ちゃんなら後でヒメちゃんと二人で水浴びに行っても平気だよね…。胡桃ちゃん、強いんでしょ?」

 

美紀「ええ。先輩なら、とても頼りになりますよ」

 

未奈「じゃあ胡桃ちゃんには申し訳ないけど、今日は私達だけで行こっか」

 

悠里「そうですね…。じゃあ__君、もし私達のこと胡桃に聞かれたら、このことを伝えておいてくれるかしら?」

 

「了解です。気をつけて」

 

悠里「すぐ戻ると思うけど…よろしくね」

 

 

美紀「ほら、由紀先輩も行きましょう」

 

由紀「うん!じゃあ__くん、ゲンくん、またあとでっ!」

 

 

弦次「いってらっしゃいませ…」

 

「いってらっしゃ~い…」

 

 

笑顔で手を振る由紀達を見送り、広間には男二人だけが残った…。

 

 

 

「…その川ってのは、近いんですか?」

 

弦次「近い…けど覗きには行くなよ?」

 

「行かないよ、失敬な…」

 

そう呟いて、彼は部屋の天井を見上げる…。

 

…少々暇だ。できれば自室にいる胡桃と会話でもしたいところだが、それでは白雪との勉強の邪魔になる。そう考えた彼は目の前に座る弦次相手に何かしらの会話を振ろうと思ったのだが、話題が見あたらない…。

 

 

 

 

「……」

 

弦次「……」

 

 

 

 

「…にしても、広い家ですよね。ここ」

 

やっと見つけた話題、それはこの家についての事だった。

この屋敷は外から見てのとおりの広さをほこっていて、部屋数も多い…。

庭の広さも中々の物ときている。

 

 

 

弦次「ん~…そうだな…」

 

「…ですよねぇ……」

 

弦次「………」

 

「………」

 

その会話…5秒と持たずに終了…。

家の広さを話題に出したが、全く会話を広げる事はできなかった。

しかし…だからと言って、このまま二人とも無言というのは少々気まずい。彼はどうにかして弦次の食い付きそうな話題を模索したが、それを見つける事が出来ずにいた…。

 

 

 

 

(どうしたものかね…、何か話した方が空気が軽くなりそうなんだけど…なにを話したらいいやら…)

 

「…………」

 

 

 

 

そんなふうに頭を悩ますこと…気づけば30分経過。

結局弦次とは無言のままで同じ空間を共有した彼の前へと、一人…いや、二人の救世主が現れる。

 

彼らのいる広間への扉をそっと開き、顔を出したのは…見慣れたツインテールを揺らす胡桃と、彼女のシャツの裾をギュッと掴みながら背後をくっつく白雪だった。

 

 

 

胡桃「…あれ、二人だけ?」

 

胡桃は白雪を引き連れて広間へと入るなり、彼と弦次の顔を交互に見てから呟いた。一方、彼は胡桃がこの空間の沈黙を破ってくれた事が嬉しくて、彼女の顔をキラキラとした表情で見つめた。

 

 

 

「くるみ…ちゃぁん…!!」

 

胡桃「うぅっ!?なんだよ…気持ちわりぃ顔して…。ゲンジさん、りーさんたちは?」

 

胡桃は見慣れない表情をしている彼に言い様のない恐怖のようなものを感じた為、彼を避けるようにして弦次の前に立ち、悠里達の居場所を尋ねる。…もちろん、胡桃にスルーされた彼はそれなりのダメージを心に負った。

 

 

 

 

弦次「あぁ、そばの川にみんなで水浴びに行きましたよ。胡桃さんのことも誘いたかったみたいですけど、シラユキの勉強を手伝っている最中だと知って遠慮したみたいで…」

 

胡桃「マジかっ!?…ん~、あたしも行きたかったなぁ…。昨日あれだけ雨に打たれたのに、身体洗ってねぇし…」

 

白雪「ご、ごめん…わたしの勉強を手伝ってもらってたから…そのせいで胡桃が置いてきぼりに…」

 

 

置いていかれた事にショックを受けた様子の胡桃を見た白雪は彼女に申し訳なさそうな顔を見せ、そっとうつ向く…。

 

胡桃はすぐにそんな白雪の頭を優しく撫でると、ニッコリと微笑んでから彼女にある事を提案した。

 

 

 

胡桃「気にすんな…。なんならさ、今からその川に二人で行こうぜ?りーさんたちもまだいるかもだし…」

 

悠里達がここを出たのは約30分前…。既にいつ帰って来てもおかしくない時間が経過していたが、弦次は敢えてそれを口には出さなかった。

 

 

 

白雪「そっか…うん!じゃあ一緒にいこっ♪」

 

胡桃「よし、決まりだな!」

 

 

胡桃「…そういうわけだから、二人に留守番任せていいか?」

 

白雪の頭を撫でながら、胡桃は彼と弦次に尋ねた。

もちろん二人はそれを快く了承し、それから弦次は胡桃へ軽く頭を下げる…彼女には、ずっと白雪の面倒を見てもらっているから。

 

 

 

弦次「勉強手伝ってくれた上に水浴びまで…、手間をかけます」

 

胡桃「いいって、どっちもあたしから進んでやってるんだからさ」

 

弦次「…もしお嬢達が先にここへ戻ってきてしまっても、そのまま二人で行ってきて問題ないと思います。あの川は近くですし奴らも少なく、比較的安全な場所ですから」

 

 

胡桃「ん、わかった。まぁ多少の数ならあたし一人でどうにかなるから、安心してシラユキを任せてよ」

 

弦次「ありがとうございます…。もし良ければ、自分が見張りとして同行しますが…」

 

胡桃「はぁっ!?い、いやいやっ!そこまでしてもらわなくても平気だからっ!!」

 

 

弦次のそれを聞いた胡桃は少しだけ顔を赤くしてから右手を胸の前でパタパタと左右に振って、弦次の提案を断ることにした。

 

 

 

弦次「一応言っておきますが、覗いたりはしませんよ?」

 

胡桃「い、いや…大丈夫…。その気持ちだけで十分…」

 

まだ本当に僅かな間しか交流していないが、それでも弦次は安全な方の部類だと、既に胡桃は確信していた。きっと、この人は本当に覗いたりしない…。そう理解していても、自分が水浴びをしている間近くにいてもらうのはさすがに抵抗があった。

 

 

 

「そうだね、ゲンジくんがいい人なのは分かっているけど…さすがに胡桃ちゃんの裸がすぐそばにあるような場所には行かせられないよ」

 

胡桃「…それ、誰目線で言ってんの?」

 

 

真面目な顔をしながらまるで胡桃の彼氏であるような物言いをする彼に、思わず胡桃はツッコミを入れる。しかし、彼自身も誰目線の発言かと聞かれると何て答えたらいいか分からないようで、一人頭を悩ませていた。

 

 

 

「ん~…いやね、胡桃ちゃんが水浴びしてるそばに他の男を立たせるのは、なんかちょっと胸がモヤモヤと…」

 

胡桃「他の男って……お前はあたしの彼氏かなんかかよ?」

 

 

 

 

 

 

 

「…そうだったらいいね」

 

胡桃「…えっ?」

 

そう呟いて微笑む彼の顔はいつものような冗談めいた表情ではなく、どこか真面目さを含めたものだった…。胡桃はそんな表情を見た瞬間に一瞬だけ頭の中が真っ白になり、胸の鼓動がドキドキと大きくなる。

胡桃は思わず、隣に立つ白雪に手を掴まれるまで何一つ言葉を出せなかった。

 

 

 

白雪「くるみ、行こう?」

 

胡桃「…んっ?あ、あぁ…そうだな…」

 

 

「じゃ、気を付けてね~」

 

胡桃「う…うん。行ってくる…」

 

 

そう返事を返してから胡桃は白雪とともに広間を後にして、必要な物を持っていく為に一度自室へと戻る…。その途中、ちょうど今戻ってばかりの悠里達と廊下で出くわしたが、軽い会話と…今から白雪を連れて川に行く事だけを告げてすぐに別れた。

 

 

 

胡桃は部屋でタオルや石鹸など、水浴びに使う物をカバンに詰めてからそれを背負い、外へと出た胡桃は白雪とその川へ向かう…。右手には念のためシャベルを持ち、左手では…白雪の小さな手をギュッと手を握る…。

 

 

 

 

胡桃な結局、彼のあの発言に対してはツッコミすら返す事ができなかった…。

 

 

 

 




今回胡桃ちゃんが放った「お前はあたしの彼氏かなんかなのか?」という発言…。
いつもの彼なら間違いなく冗談混じりな笑みを浮かべながら返事を返したのでしょうが、前回のりーさんの発言の影響もあり…「だったらいいね」という返事の際、無意識の内に真面目な顔をしてしまったようです(苦笑)


胡桃ちゃんも彼ならば冗談を言うと思っていたのでツッコむ準備をしていたのでしょうが、思わぬ不意打ちをくらってしまいました…。

返事を返した時、彼は特に深く考えていなかったのですが、胡桃ちゃんの方はどうなのでしょうかね?



ちなみに彼と弦次くんは胡桃ちゃんと白雪ちゃんの帰宅後、別々のタイミングで水浴びに出掛けたそうです…。
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