そんな彼女の視点から始まる話です。
ゆっくりとご覧下さいませm(__)m
胡桃「心配すんなって!平気だから…、なっ?」
美紀「……分かりました。先輩なら多分大丈夫だとは思いますが、何かあったら大声で呼んで下さい」
美紀の言葉に笑顔で頷き、胡桃はトイレの中へと向かう。
彼は少し心配そうな表情をしていたが、この場では黙って見送ってくれた。向かったのがトイレという事で、気を回してくれたのだろうか…。
…パタン……パタン……
入る前に、個室便所の扉を開けて"かれら"が潜んでいないか確認する。
入り口手前の二ヶ所には何もいなかったが、まだ後三つの個室が残っている為油断は出来ない…。
胡桃「………」
…パタン…
三つ目の個室…ここも異常はない。これで残るは二つ…、僅かな物音や気配もしないから平気だと思うが、"かれら"が物音一つさせずに潜んでいる事も稀にある。胡桃は右手にシャベルを握りしめ、左手を次の個室の扉へと伸ばした。
胡桃(やっぱり…確認くらいは手伝ってもらえば良かった…)
トイレの隅には小さな窓が付いていて、そこから外の明かりが入ってきていた。その為視界は比較的安定していたが、『一人きり』そして『病院』というシチュエーションが彼女の恐怖心を煽っていた。
………パタン
四つ目の個室…異常なし。胡桃はそれを確認してからすぐにその隣…最後の個室の前へと立ち、今までと同じように扉へと手を伸ばすと、誰にも聞こえないほど静かに息を吐き、その扉のドアノブを握る手に力を込めた。
…パタン!
胡桃「………」
最後の個室…ここも異常はなかった。胡桃はこうしてこのトイレ内が安全であると確信し、その最後の個室の中へと入って静かにその扉を閉める。
胡桃「……はぁ」
何かが潜んでいるかも知れないという恐怖心を乗り越えた事で彼女は一安心し、その狭い個室内で胸を撫で下ろした。誰もいないとは思うが念の為にそこの鍵を閉め、彼女は周りを見回す。
目の前にある便器は薄汚れていたが気にする程では無いし、横を見ればトイレットペーパーもそれなりに余っている。十分快適に用を足せる環境だったが、彼女がここに来た理由は用を足す為ではなく、彼や美紀から離れて体を休ませる為だった…。
胡桃(くそっ……なんか…おかしいな…)
鍵を閉めた事で簡単には開かないその扉へと背中を寄りかけ、そっと目を閉じる。彼や美紀との探索中、胡桃は不意に眠気とは別の…意識が
胡桃(薬は効いてる…よな?だからあたしは、今もこうしてあいつらと…一緒に…)
体の異常を感じたのは今日に始まった事ではなかった。水無月の屋敷に入ろうとして"かれら"の群れと戦った時も…自分だけは"かれら"に無視されていたし、痛みを含めた、様々な体の感覚が鈍くなってきているようにも感じている。でも今日は何時にも増して体の様子がおかしいような…そんな気がしていた。
胡桃「………」
閉じていた目を開く。あまり長く閉じていると、このまま自分を失いそうで怖くなったから。
胡桃(…もし、あの薬が完璧に効いてなかったら…?そしたら…あたし……近い内に…)
一人になった途端、ネガティブな考え方ばかりしてしまう…。いや、現実的と言うべきなのだろうか。自分の身に起きている異常を前にして、このまま無事でいられると思う方がおかしいと胡桃は考えていた。
胡桃(この事、全部正直にあいつに言ったら…助けてくれるかな…)
彼には未だ隠している、噛まれたという事実。それを打ち明ければ…この状況はどうにかなるのだろうか?
胡桃(…バカ。あいつに言ったって何も変わらないだろ…。あいつはただの一般人、どうにかしてくれる訳なんかない。これをどうにかしてくれる程の力なんて、あいつには……)
脳内でそこまで考えたところで、胡桃は自分の思想に苛立つ。胡桃は今、一瞬とはいえ彼の事を無力だと思い、自分の事を救ってはくれないと考えてしまった。そしてそれを理由に、これからも傷の事を隠そうとすら考えたのだ。
胡桃「…ッ!!」
額に手を当て、自分の前髪を掴む。胡桃はその手に力を入れ、掴んだ髪の束を引く。まるで前髪全てを手で引き抜こうとしているかのようにして、彼女は自分を責めた。
胡桃(本当の事を話してもいないくせに…!!あいつに何を期待してるんだよ…!!全部隠して…嫌な事から逃げてるのはあたしなのにっ!!)
胡桃(あいつは十分にあたしを救ってくれている…。なのに、あたしはまだあいつを頼ろうとしてて…そのくせ、それじゃ良い結果は期待出来ないと決めつけた!!)
胡桃(全部正直に言えば助けてくれるかとか…助けてもらえないとか…嫌われるかもとか…結局、自分の事しか考えてないじゃんか……。あいつは、あたしの事を気にかけていてくれてるのに…それこそ、自分の事以上にあたし達の事を思っていてくれてるのにっ!!)
彼は日頃から胡桃達の事を気遣い、行動してくれる。
危ないかも知れない場所への探索は毎回先頭をきってくれるし、車内で暮らしている時はいつも椅子で眠っていてくれた。
胡桃(寝坊が多いってあいつに怒ったりしたこともあったけど…あいつは毎日ベッドじゃなくて、椅子で寝てんだもんな…。そりゃ…疲れが取れなくて寝坊くらいするわな…)
いつも胡桃が起こす度、彼は眠たそうな表情をしていた事を思い出す。彼はその度に自分を起こしてくれた事に対しての礼を言っていたが、本当はもっと寝ていたい日もあっただろう。
胡桃(りーさんが具合を崩した時もそうだ…。あの時も、みんなに黙ってあたしが自分勝手な真似したせいで…あいつを危ない目に遭わせた…)
悠里が体調を崩して寝込んだ時…薬を持つ生存者達の元へと一人で真夜中に忍び込んだ…。だが、胡桃の潜入はその生存者達にあっさりと気付かれ、そのまま襲われた。彼が助けに来てくれたから良かったものの、もし彼が来なかったら、胡桃はそのままあの男達の玩具になっていただろう…。
胡桃(あいつがあたしを助け出してくれたあの時…、怒られる事を覚悟してた。バカな事するなって怒られて…ビンタくらいされると…そう思ってた。でも…あいつがあの帰り道で言った言葉は…)
『怖い思いさせたね…もっと早く来れば良かった…』
あの時、あの帰り道で彼がそう言っていた事を思い出す。
怒られる事を覚悟していた胡桃にとってあの言葉は辛かったが、同時に何より温かくもあった。あの時、あの言葉を聞いた直後に泣き出してしまったのは思い出すだけでも恥ずかしいが、これは胡桃にとってはとても大切な記憶。きっと、この先も忘れる事はないだろう…。
胡桃(あたしみたいなバカな女助けて…人を殺しちゃって…怪我もした…。怒って当然なのに、どうして怒らなかったんだろう…)
ふと頭を悩ませる胡桃だったが、その答えはすぐに出た。
胡桃(…優しいから、だよな。ほんと…バカみたいに、優しい)
彼の事を見直して、改めてそれに気づく。
彼は胡桃達に対してはいつも優しく、そして頼りになる存在だった。
胡桃(……そうだよ。あいつ、本当に優しいじゃん…。なのに、傷の事を話したら嫌われるかもとか…何を考えてたんだろ…。あいつは、絶対にそんなヤツじゃないってのにな…)
すこし前までは、彼を信じていると思いつつも不安だった。
もしかしたら、傷の事を話した瞬間に自分は嫌われるのでは…という不安が拭えなかった。しかし、胡桃の彼に対する信頼は日に日に増していく。以前はダメでも、今ならば彼を心から信じられる。
胡桃「……よしっ」
扉に寄りかけていた体を起こし、両手で軽く頬を叩く。
一時は不調だった体の様子も休憩を挟んだ事で楽になったし、何よりも…ずっと悩んでいた一つの問題が解決しそうだ。彼女は振り向いてそっと扉を開き、彼と美紀の後を追う事にした。
胡桃(この探索が済んだら…あいつに傷の事を言おう。これを言ったらたぶん心配させちゃうけど、あいつに黙ったまま悪化していって…そのまま死ぬのは嫌だ。隠し事なんか、もうしていたくない。だって…あたしはあいつを信じてるから。そして、あいつもあたしを信じてくれているから…)
胡桃(あいつにこの事を言って、あたしの体がどうにかなる訳じゃないと思う。それでも、ずっとモヤモヤしていたこの心はかなり楽になるはずだ…)
トイレから出る前に、手洗い場の鏡を覗く。
そこに映る自分の顔は少し暗く見えたが、それは彼に隠し事をしているから…。全てを彼に打ち明けられたら、この顔は明るくなるだろう。
胡桃(万が一、もうこの体は手遅れで…近い内にあたしは人間じゃなくなるとしても…あいつには全部言っておきたい)
胡桃(傷の事はもちろん…あたしがいなくなった後の由紀の事、りーさんの事、美紀の事、悪いけど全部任せてもいいかな?って、あいつに伝えておきたい…。それに……)
病院の探索が終わった後で彼に告げるべき言葉を、一足先に脳内で決めておく。覚悟を決めたとは言っても、やはり凄く怖い。噛まれた事があるという事を告げるだけでも彼は驚いてしまうだろう…。心配させてしまうだろう…。
胡桃「…っ」
彼に心配をかけてしまうと思うと、それだけで決意が揺らぎそうになる。ただでさえ大変な毎日なのに、この上自分の事を心配させていいのだろうか?もう少しだけ内緒にしていても構わないのではないか?そんな考えがいくつも頭に浮かんできた。
胡桃(…いや、もう隠さない。たとえあいつを悩ませてしまっても、このまま黙って隠し事していくよりはマシだ。全部打ち明けて、正面から向き合おう。あいつはあたしの仲間で…大切な友達だから)
決意を強固な物へとし、トイレから出ようと歩き出す。
打ち明けるのはどのタイミングにしようか…。この病院から出て、車に戻ったらすぐにでも言おうか…、それとも屋敷に戻ってからにしようか。出来れば二人きりで話したい…屋敷に戻ってからにしよう。その為にも、まず彼と美紀に合流しなくては…。
胡桃「…?」ピタッ
トイレから廊下へと出る扉へと手をかけた瞬間、突如誰かの話し声が耳へと入る。男の人の声だが、彼とは違う…。彼よりも野太く、一回り大人といった感じの声だ…。胡桃は扉をそっと開き、僅かに開いた隙間から廊下を覗きこむ。廊下の中央…いや、上の階へ続く階段の方へと移動しながら、その男性は誰かと話していた。
「…あぁ、いたよ。ついさっき三階に入った。エレベーターは止まってるし、他の階段は障害物で塞いである。帰りもここを通るだろうね」
胡桃(誰だろう?…あれは…、無線機か?)
後ろ姿しか見えないその男は右手に何やら大きめの携帯のような物を持っていて、それに向けて話している。恐らく無線機だろう。
「連れていた女の子だけど、その内の一人はトイレに――」
胡桃「!?」
その瞬間、こちらに振り向いたその男と目が合う。
咄嗟に扉を閉めて中に逃げ込もうとした胡桃だったが、その男は彼女に優しく声をかけてきた。
「おっと…!!?大丈夫だよ!怖がんないで!!」
持っていた無線機を身に付けていたウエストポーチへとしまいながら、ゆっくりと胡桃へと近寄る。そのまま扉を閉めてトイレに逃げ込む事も出来たが、もしこの男が危険人物だった場合、トイレに逃げ込んでも意味はない。むしろ追い詰められるだけだ。胡桃は扉を開き、廊下へと出た。
3m程先に立つ、茶色のレザージャケットを着たその男。年は二十代半ばだろうか。どちらかと言えばキツそうな顔つきをしているが、それを隠すかのようにヘラヘラとしている。その様子が余計に胡桃の警戒心を強めた。
胡桃「……誰?」
「えっと…俺はこの病院で働いてたんだけど、まだ安否を確認出来ていない同僚がいてさ、たまに様子を見に来てるんだ。ほら、もし奴等のようになっているなら…終わらせてやりたいしね?」
手を突っ込んでいるポーチがガサガサと音を鳴らす。
無線機が大きくてしまいにくいのだろうか…。胡桃は念のために距離を空け、シャベルを握り直す。
「君は…何をしにここへ?」
胡桃「…友達と、物資を探しに…」
「そうか…その友達は何人かな?」
やけにこちらの事を探ってくるような気がする。やはり怪しい。
胡桃はシャベルを胸の前まで上げ、その男を睨んだ。
「……」
胡桃「…あたしはもう友達のとこに行くから、あんたも気を付けろよ」
問いには答えず、ゆっくりと歩いてその男の隣を通り過ぎる。
体は前に向けつつも目線はその男から外さず、警戒しながら三階へ上がろうと階段へ足を伸ばした。
「まったく…少しくらい相手してくれてもよくないかな…。恵飛須沢胡桃ちゃん」
胡桃「ッ!??」
目線は男に向けていた。警戒もしていた。
だが初対面のハズの人物が自分の名を知っていた事…、胡桃はそれに動揺し、そのせいで反応が遅れた…。
これだけ警戒していたならば避けられたハズなのに、ほんの一瞬の動揺…男はそこを突き、ポーチに隠していた金槌を彼女へと振り下ろす。胡桃は慌てて後ろに飛び退き、それを避けようとしたが……
ドッ!!
鈍い打撃音が響き、その廊下にポタポタと…真っ赤な血が滴り落ちた…。
…という訳で、かなりマズイ状況になってきました(汗)
この男は何者なのか…胡桃ちゃんは無事なのか…その辺は次回明らかになると思うので、期待頂ければと思います(>_<)