マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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マミさん、もう何も恐くなくなる
第一話 マミさん、窮地の魔法少女を救助する


 ――私の戦い方は、間違っているのだろうか。

 

 今まで何度も考えた疑問をぼんやりと思いながら、少女は掌に座したソウルジェムの反応を伺う。

 魔女の結界を示す反応はある。が、まだ遠い。

 

「はやく見つけて、倒さなくちゃ」

 

 晩秋の郊外。

 まだ日は高い時間ではあるものの、空気は澄んで、そして冷たい。

 少女の出で立ちは、見滝原中学の制服――柔らかなクリーム色のブレザーとミニのプリーツスカート――の上から防寒用の灰色のPコート、手には小さな通学鞄。

 その年頃にしては自己主張の激しい乳房が目立つが、豪奢にロールした黄金の髪と落ち着いた優しげな瞳もあり、全体としては上品な印象を与える。

 今日が土曜日であることから、学校は午前で終わり、その帰りだ。

 少女の名前は巴マミ。

 見滝原中学校の二年生であり、魔女を狩る魔法少女。

 彼女の掌の上で明滅している卵形のソウルジェムが、魔法少女の変身の為のキーであると同時に、魔女を探すソナーにもなっている。

 魔法少女とは、たった一度の奇跡を対価に、一生を魔女との戦いに捧げる運命を背負った存在。

 魔女との戦いでは膨大な魔力を消費し、魔力の消費はソウルジェムを濁らせる。

 濁りを取り除く唯一無二の手段が、グリーフシードによる浄化だ。

 グリーフシードとは、魔女が残す残滓。魔法少女が魔女を討伐した時、稀に入手することができる。

 つまり、魔法少女となった者は、失った魔力を補充するためにも魔女を狩りグリーフシードを奪う必要がある。

 

 魔女すなわちグリーフシードとの関わり方で、巴マミは自分の行いが間違っていないのか、と考えていた。

 魔女は、複数の使い魔を従えている。

 この使い魔が、魔女の支配領域から抜け出してはぐれの使い魔となり、はぐれの使い魔が幾人かの犠牲者を得ることで、新たな魔女となる。

 犠牲者を出さないため、こういったはぐれの使い魔を率先して狩る。それが巴マミの関わり方だ。

 だが、過去に言葉をかわした魔法少女は、例外なくこの行いを否定した。

 

 曰く、使い魔を倒してもグリーフシードは手に入らないから無駄だ。

 曰く、あなたに使い魔を倒されると、魔女が生まれなくて困る。

 曰く、あなたの行いは人を助けるという点では立派だけど、他の魔法少女を兵糧責めにしてるようなもの。

 曰く、――――

 

 その理屈は分かるし、自分のせいでグリーフシードに困る魔法少女がいるなら、それは申し訳ないと少女も思う。

 

「でも」

 

 魔女や使い魔の犠牲者は、ひとりでも減らしたい。

 それが、自分が生きている意味だと思う。

 いつもの結論に彼女は至る。

 だが、それを肯定してくれる存在は、未だいなかった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 ソウルジェムの中で明滅する光が、明らかな指向性を示した。

 それは、魔女ないし使い魔が、ジェムの光が指す方向にいることを示している。

 反応からすると、かなり近い。

 

「となると、この工場の中ね……」

 

 背丈より頭二つ高いコンクリートの壁の前で、マミは足を止めた。

 壁の向こうには幾つかの建物が見える。建物に飾られたマークは、この敷地が世界的なシェアを誇る自動車会社の工場であることを示している。

 左右を見やるが、壁沿いの歩道を何人かが歩いているだけで、工場への入り口らしきものは見当たらない。

 壁に沿って回れば遠からず入口はあるのだろうが、できればまっすぐにジェムの反応がある方向へ向かいたいと彼女は思った。

 

「失礼します」

 

 呟くと、マミは少しだけ体を沈めた。

 同時に、魔法により自らの存在を希薄化させる。

 これで、マミの存在は普通の人には認識されない。石ころや枯葉が特に意識されないのと同じように。

 短い気合の声を発し、マミの身体が大きくジャンプする。

 余裕をもって眼前の壁を飛び越えると、跳躍の頂点で二度、三度と軽やかに身体を回転させる。

 着地したところは、柔らかな土の上。だが、衝撃を完全に殺しているのか、土には足跡すらつかない。

 周りには、記念植樹を示す板が添えられた大きな樹木が幾つかそびえて、木陰を広く作りだしている。

 その木陰に設置された青色のベンチには、グレーの社服を着た若者がふたり腰を下ろし、いきなり壁を飛び越えて現れた巴マミを気にするでもなく、飲み物を片手に話し込んでいる。

 巴マミは、彼女を認識できていない若者に会釈をすると、さらに歩を進める。

 幾つかの建物が碁盤状に並ぶ敷地は、土曜日のためか人影は少ない。

 進みながら観察すると、ほぼ無人のオフィスらしき建物と、多くの人の気配がする工場とが混在しているようだ。

 ソウルジェムの光が徐々に強くなる。そして、示す方向に上向きの角度がついてくる。

 

「……あの建物ね」

 

 左前方にある白塗りの五階建ての建物。三階以下は工場らしく人の気配がする。四階より上はオフィスなのだろう、人の気配は感じられない。

 ジェムが示す角度から推定し、この建物の四階か五階に魔女がいるはずだとマミは判断した。

 もう目と鼻の先。

 だが、歩み寄ったその建物の入口は、セキュリティカードをスキャンさせないと開かないドアになっていた。

 彼女は魔法で存在感を希薄にさせているだけで、実体はそこにある。幽霊のようにドアをすり抜けたりすることはできない。

 

「困ったわね」

 

 誰かが通るのを待って便乗する手もあるが、おそらく建物内部でも要所要所、特に三階と四階の間でセキュリティ認証は必要になるだろう。その度に人が通るのを待つのは現実的ではなさそうだ。

 

「直接上から、お邪魔しましょうか」

 

 見上げると、四階にも五階にも、大人の背丈ほどもある引き違いのガラス窓が壁一面に並んでいる。

 そのうちの適当な窓に狙いを絞ると、巴マミは助走もなしに大きく跳ねた。

 ふわり、と重力を感じさせない動きで、彼女の身体が四階の高さまで舞い上がる。

 そして、事もなげにガラス窓の下枠に静かに降り立つ。

 幅一〇センチ程度の下枠に、まるで地面に立っているかのように平然と立ち、髪をなびかせる風にも体幹を揺るがせにはしない。人間離れした跳躍力にバランス感覚だ。

 ガラス窓を通して建物の中を見やる。そこは、やはり無人のオフィスだった。

 消灯されており、どの机も片付いている。建物に入り込んだ魔女に魅入られて人がいなくなったわけではなく、もともと人がいなかったのだろうと見てとれる。おそらくは土曜日は休みなのだろう。

 

 マミは窓の下枠に立ったまま、胸元の赤いリボンをほどく。

 ほどかれた赤いリボンは、つまんでいるマミの指先を支点に風にたなびく。それをしばらく眺めると、ふっとその指を離す。

 指から放たれたリボンは、風にさらわれ弧を描いて舞い上がる。

 が、弧の頂点に達すると、意思を持っているかのように風を無視した動きを示す。空中を泳ぐかのように蛇行し、ガラス窓の隙間から建物の中に侵入した。

 そして侵入したリボンはさらに空中を泳ぐと窓のロックレバーに引っかかり――

 

「ちょっと泥棒みたい、よね」

 

 小さな金属音を響かせ、ロックはリボンによって外された。

 

「お邪魔しまぁす」

 

 オフィスに入ると、窓を静かに閉めて施錠する。

 そして、暗いオフィスの中で、改めて掌中のソウルジェムの反応をマミは確かめる。上下の角度はない。つまり、この階層で正解なのだろうとマミは判断する。

 小さく頷いたマミは、ジェムの導きに従って歩を進める。

 電源の切られたオフィスの自動ドアを手で押し開け、底冷えのするコンクリート剥き出しの通路に靴音を響かせる。

 そして、数分の後。

 

「あった」

 

 通路の片隅に、魔女の結界が明滅していた。

 なにもない虚空に、タペストリーよろしく縦に輝く魔方陣があった。

 大きさはマンホールをふたまわり大きくした程度。魔方陣の内側には魔女固有の模様が浮かんでいる。

 その模様が、水に滲むインクのように、不規則に形を変えていた。

 

「結界が歪んでる……誰かいるのかしら……?」

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 魔女の結界。

 それは、魔女が身を潜め、獲物を取り込むための巣。本来は魔女に魅入られ招き入れられた犠牲者しか入ることはできない。

 だが、魔法少女は結界をこじ開けて侵入することができる。

 こじ開ける方法は簡単だ。

 魔法少女の魔力と、魔女の魔力は、位相が反転した関係にある。

 そのため、魔女の結界に魔法少女の魔力を干渉させると、一時的に結界を中和し、侵入することが可能となる。

 巴マミは魔力を右の手に集める。

 黄色の儚げな燐光が、手の周囲にふたつみっつと浮かび上がる。

 小さく弱々しい印象を与える手を、結界にそっとかざす。すると、燐光は結界中央の模様に触れ、スパークの様なまぶしい光を生じさせた。

 そして、結界に描かれた魔女固有の模様が左右に大きく引き裂かれる。引き裂かれた模様は、魔方陣の外枠まで広がり固定される。こうして結界はこじ開けられた。

 

 巴マミは、魔力の衝突によって発生した結界の綻びから、内部に入り込む。

 ここからは、魔女の巣。現世から隔離された異世界であり、敵地である。

 先程まで居たオフィスビルの面影は全くない。壁も、床も、天井も、精神に異常をきたした者が、無軌道にコラージュアートを繰り返したような悪趣味な模様に彩られている。

 変わったのは景観だけではない。天井の高さも先程までと異なり、ゆうに一〇メートルはある。

 通路も幅は狭くなり、さらには左右に曲がり上下にうねっている。

 

「さて……そろそろ変身しておきましょうか」

 

 歌うように呟いた言葉を合図に、掌のソウルジェムは激しく光を放つ。その光が臨界へと達したとき、おびただしい数の赤と黄のリボンが巴マミに向かって溢れた。

 ジェムから溢れ出したリボンは、巴マミの身体を包み込み、その在りようをリボンから衣裳へと変えてゆく。

 上半身にからみついたリボンは、オフホワイトのブラウス。

 腰にからみついたリボンは、ダークイエローのスカート。

 胴にからみついたリボンは、焦げ茶色のコルセット。

 脚にからみついたリボンは、ダークブラウンのニーソックス。

 腕にからみついたリボンは、オフホワイトのアームカバー。

 手にからみついたリボンは、漆黒の指ぬきグローブ。

 足にからみついたリボンは、黒と黄のロングブーツ。

 頭にからみついたリボンは、純白の髪飾りと黒の帽子。

 首にからみついたライトイエローのリボンは、そのままネクタイのように締まり胸元を飾る。

 最後に、側頭部にからみついたリボンがソウルジェムを引き寄せた後に、自らを花を模した髪飾りへと形を変えた。

 

 魔法少女への変身を終えると、巴マミは足音を殺して通路を駆けた。

 マミは思考する。

 魔女の結界が歪んでいたことから、恐らく、魔法少女の先客がいる。

 その先客が、大過なく魔女を倒すなら問題はない。

 むしろ余計なトラブルを避けるため、その場合はこちらを気取られないようにしたいくらいだ。

 だが、もし劣勢な場合は、一刻も早く救援しないといけない。

 救援の結果が感謝であることは稀だが、構わない。

 自分が駆けつけることで人の命が繋がるなら。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 ここまでに、五匹の使い魔を魔弾で撃ち抜き、三匹の使い魔を銃床で打ち倒した。

 巴マミは、倒した使い魔の姿に見覚えがあった。

 細長い凧に、角と手が生えたような異形。

 数ヶ月前に倒した、巨大な斧を持つ牛頭の魔女。その使い魔だ。

 魔法少女にとって、同じ魔女と戦うことはそう珍しいことではない。

 魔女は無数の使い魔を支配下に置き、結界内で飼う。

 ある程度育った使い魔は、結界を出て、はぐれの使い魔となる。

 はぐれの使い魔は幾人かの犠牲者を喰うことで、親と同じ魔女へと成長する。

 魔女を倒せば、結界内の使い魔は全て消え失せるが、既にはぐれとなっている使い魔は魔女を倒しても消えたりはしない。

 そのため、倒したはずの魔女と三度、四度と戦うこともある。

 巴マミは早足で駆けながら、この結界の魔女に関する記憶を手繰り、牛の魔女、とお手製のノートに書き記した内容を思い出す。

 『魔女の本体は斧』『斧を持つ牛頭の巨人は倒しても再構成される』『使い魔は布状であり、拘束しようとしてくるので注意』

 

「あとは…」

 

 さらに記憶の奥を探ろうとした時に、視界が開けた。

 

 そこは、大きなすり鉢状の、ローマ時代のコロッセオを想起させる構造をしていた。

 たった今駆けてきた通路は、何十段とある観客席の中ほどに出ていた。

 マミは通路から飛び出すことはせず、陰に隠れるようにする。そして物陰から僅かに顔を覗かせると、瞳だけを動かして周囲を見渡す。

 観客席はかなり急な角度をもって、下へと向かっている。

 その先、すり鉢の底は、学校のプールが丸ごと入りそうな大きさの平坦な石畳、ここがコロッセオとすればまさに戦う舞台に相当するのだろう。

 見やると、そこには機敏に動き回る魔法少女と、斧を振り上げ間合いを詰める牛頭の魔女がいた。

 魔女は記憶にある通りの姿。対して魔法少女はマミにとって初めて見る姿だった。

 大身槍を構えた小柄な少女。

 槍を繰り出すたびに、栗色のポニーテールが獅子舞よろしく踊っている。

 落ち着いた赤色の装束は上半身はタイトだが、腰から下はドレスのようにボリュームがあり、動きに合わせて傘のように広がる。

 魔女はやはり、記憶にある牛の魔女そのものだ。

 牛の角を宿した単眼の頭部、逆三角形の巨躯、そして両手に携えた醜く捻くれた両刃の大斧。

 先端の斧頭には身体と同じ単眼があり、ぎろりと魔法少女を睨んでいる。

 その斧が、巨体に似合わぬ速度で振り下ろされる。

 魔法少女は槍で受け止める。だが、衝撃を殺し切れず後ろに跳ね飛ばされた。

 

 

 跳ね飛ばされた魔法少女は、槍の穂先を石畳に突き刺して体勢を整える。

 

「ほんっと馬鹿力なヤツだな!」

 

 吐き捨てると、魔力を集中させて彼女固有の魔法を発動させる。

 幻惑の魔法。

 その効果により彼女の横に、もうひとりの彼女が現れ出でた。

 

「さぁ、どっちが本物かなっ!」

 

 ふたりの槍の魔法少女が、左右に分かれて牛の魔女との距離を詰める。

 牛の魔女は、右、左と見比べるが、もともと思考する能力もないのか、僅かの逡巡もなく左の魔法少女に走り寄り、斧を振り下ろす。

 

「きゃ」

 

 陰から眺めていた巴マミは、全く回避も防御をしない魔法少女の所作から、狙われた方が幻であることを理解はしていた。しかしそれでも斧で

 

両断される姿を見て短い悲鳴を漏らした。

 

「残念! そっちはハズレだよッ!」

 

 その間に牛の魔女の背後に走り寄った魔法少女は、魔女の頭部に向かって大身槍を一閃、単眼ごと頭を貫く。

 ぐちゃ、といった眼球の潰れる音。

 魔女は耳に障る甲高い断末魔をあげた。

 それが蝉の声のようにしばらく続き、不意に止む。

 そしてようやく、牛の魔女は前のめりに倒れ込んだ。重量を感じさせる音が響き、石畳にあった塵がぶわっと舞い上がる。

 

「よし、今度こそ倒したよッ!」

 

 大身槍を片手でくるくると回してから両の肩に担ぐ。そして満面の笑みをたたえると、動かなくなった牛の魔女の頭に片足を乗せて魔法少女は勝ち鬨をあげた。

 魔法少女は、油断のあまり見落としていた。

 魔女の眷属である凧状の使い魔が、依然として活動を停止していないことを。

 それどころか、彼女の足元に複数の使い魔が忍び寄っていたことを。

 

「あっ!」

 

 気付いた時には遅かった。

 使い魔は、その細長い身体を魔法少女の片足に巻き付け、空中に吊り上げる。

 少女は罵声をあげつつ両手を暴れさせるが、五体、六体と使い魔がまとわりつき、ついには全身を拘束される。

 さらに少女の瞳は、絶望的な光景を捉えた。

 頭部を貫かれ倒れていた牛の魔女が、ゆっくりと立ち上がり、斧を拾い上げる。

 潰されていた単眼が、時間が巻き戻されたかのように再生していく。

 やがて単眼は完全に再生する。

 魔女はその単眼で魔法少女を睨むと、魔女は斧を振り上げ――

 

 

 事ここに及んで、巴マミは参戦を決意した。

 ただ、過去に何度か揉めた経験から、後から来て獲物を奪うような真似はしたくはないとも考えていた。彼女――拘束されている魔法少女――の窮地を救えれば、巴マミの目的は達せられるのだから、魔女を仕留める必要はない。

 巴マミは、生成した巨大マスケットの照準を、魔女が持つ斧――マミの記憶にある急所――ではなく魔女の胴体にあわせた。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 凛とした叫びとともに放たれた魔弾は、狙い過たず牛の魔女の胴体を捉え、吹き飛ばした。

 魔女の身体が四散する。手にしていた斧もその勢いで大きく飛ばされ、乾いた音を立てて石畳の上を転がった。

 さらに複数のマスケットから魔弾を放つと、それを追うように自身も捕らわれている魔法少女へ向けて跳躍する。

 

 

 石畳の舞台に巴マミが着地したのと、魔弾に射抜かれた使い魔が息絶えるのはほぼ同時だった。

 使い魔の束縛から解放され、落下する魔法少女を巴マミが両腕で受け止める。

 

「危なかったわね、大丈夫?」

 

 目立つ傷に治癒魔法を施しながら、ゆっくりと魔法少女を石畳に降ろす。

 

「ありがとう、あんた、魔法少女……?」

 

 槍の魔法少女の問いに、巴マミは微笑んで首肯する。

 

「でも、挨拶はあと。今は魔女を倒しましょう」

 

 そして、手短に牛の魔女について伝える。

 本体は斧であること。それゆえに、身体の方はいくら倒しても復活すること。

 その説明の通り、四散していた魔女の身体は再生を始めており、既に巨躯を成しつつあった。

 

「動きは私が抑えるわ。あなたはその間に斧を破壊してくれる?」

「わかった」

 

 ふたりの魔法少女は、それぞれの武器――マスケットと大身槍――を手に、完全に復活した牛の魔女に対峙する。

 耳障りな哄笑を上げる魔女に向けて、先に駆けたのは巴マミ。

 遅れまいと槍の魔法少女も続く。

 

 先程の彼女の戦い振りと負っていた傷から、巴マミは槍の魔法少女の戦闘力を高くは見積もっていなかった。

 であるならば、彼女に接近戦を任せて後方からの射撃に徹するという、双方の武器から導かれる戦闘スタイルは彼女の負担になる可能性が高い。

 自分が牛の魔女の攻撃を引き付けた方が良いとマミは判断した、故に先に駆けた。

 

 心臓が一度、二度脈打つまでの時間で、巴マミは斧の攻撃圏に入る。

 刹那。

 巴マミは斧の予測軌道を避けるように半身に捻りつつ、魔女の巨躯に向けて跳んだ。

 真っ向から振り下ろされた斧は、巴マミの髪を数本を断ち、引き起こした旋風で彼女の衣装を揺らし、そして石畳を穿つ。

 切断された髪が石畳に落ちるよりも早く、巴マミは魔女の肩に飛び乗った。

 そして、マスケットを魔女の側頭部に押し当てる。

 乾いた発射音が響いた。

 痛みの色が混ざった哄笑をあげ、魔女の身体が揺らぐ。

 巴マミは、魔女の肩を足場にして上に跳ぶ。軽く跳んだように見えるが、魔女の斧が届かない程の高さに達していた。

 頂点で一回転し、足を下に向けた姿勢で落ちる。

 落ちながら、スカートの裾を両手で持ち上げ、六つのマスケットを空中に生成、滞空させる。

 マミが音もなく魔女の背中側に着地したタイミングで、魔女は振り返りながら斧を力任せに横に払った。

 が、その閃撃は空を切った。淑女の挨拶を思わせる優雅な動作でスカートを掴みつつ上半身を沈めた巴マミの頭の上を。魔女を狙い、下向きから水平へと向きを変えたマスケットの間隙を。

 何一つ刃に捉えることなく、斧はただ太刀風をのみ引き起こして虚しく旋回した。

 

「ティーロ!」

 

 六つのマスケットから、魔女の両手、両足、頭、胴に向けて魔弾が放たれた。

 大振りにたたらを踏むようにしていた魔女。そんな魔女に回避を行う余裕などなく、全ての魔弾が狙った通りに着弾する。

 着弾した魔弾は、魔女の体躯を貫くことを選ばず、表皮にめり込んだ状態でその在りようを本来の姿であるリボンへ変えた。

 めり込んだ魔弾を種とすれば、湧出するリボンはしなやかに伸びる茎。

 噴水のように湧き上がるリボンは、魔女の身体を幾重にも縛り上げ、拘束した。

 

「今よ!」

「応っ!」

 

 巴マミの声に応え、魔法少女が槍を大きく振るう。

 裂帛の気合いを込めた魔法少女の大身槍の一撃は、斧頭に位置する単眼――マミの語った魔女の急所――を貫いた。

 ずしりとした手応えを杏子は感じた。それを肯定するように、魔女が絶叫する。

 その叫びが弱くなるにつれ、魔女の巨体は崩れ、使い魔は地に墜ちてゆく。

 最後に、魔女の本体である斧が、雪が溶けるかのように消え去った。

 

「や……やったぁ!」

「お見事ね」

 

 兎を思わせる動きで跳ねまわり快哉を上げる少女の足元が、徐々に石畳からコンクリートへと変化していく。主を失った結界が、その役割を終えたのだ。

 

 

 巴マミが変身を解き、大身槍の魔法少女もそれに倣った。

 

「あらためて初めまして。私は巴マミ。見滝原の魔法少女よ」

「あたしは佐倉杏子。隣の風見野で魔法少女やってるんだ」

 

 一礼すると、佐倉杏子は林檎のように染まった頬を指でかきながら続けた。

 

「さっきは本当に助かったよ、ありがと。あんたが来てくれなきゃどうなってたか……」

「どういたしまして」

 

 マミは微笑むと床に落ちたグリーフシードを拾い、佐倉杏子に差し出す。

 その行為に困惑した佐倉杏子は、視線を落とすとここにいる理由を語った。

 先ほどの牛の魔女が、自身が初めて戦った魔女であること。

 その際、取り逃がしてしまい、とても悔しかったこと。

 偶然、痕跡を見つけて、見滝原まで追いかけてきたこと。

 

「他人の縄張りまで乗り込むのは行儀が悪いと思ったんだけどさ……自分が逃がした魔女で犠牲者が出るのは、どうしても嫌だったんだ」

 

 だから、他人の縄張りのグリーフシードを貰う権利はないし、貰うわけにはいかない、と伝えた。

 テリトリーを越えてでも魔女を追いかける熱心さ、グリーフシードの権利を二の次に考える態度。それは、巴マミに共感をおぼえさせるに充分なものだった。

 

 ――この魔法少女は、純粋に皆を魔女と使い魔から守ろうとしている。

 

 首を横に振る。巴マミの縦にロールした髪が、かぶりを振るのに合わせて左右に揺れた。

 

「あなたが見つけて、あなたがとどめを刺したんだもの。あなたが受け取るべきものよ」

 

 それに、と続ける。

 

「大事なのは魔女の犠牲者を減らすことなんだもの。魔法少女どうしで縄張り争いなんて本当ならすべきことではないと思うの。だから、気にしないで」

「そういってもらえると、少し気が楽になるよ、でも……」

 

 固辞しようとする杏子に一歩詰め寄ると、マミは指輪型になっていたソウルジェムを卵形に戻す。

 

「じゃぁ……ふたりで倒した成果だし、はんぶんこにしましょう。佐倉さんもソウルジェムを出して?」

「いいの?」

 

 微笑みで応えるマミにつられて杏子も破顔すると、ソウルジェムを取り出す。

 本来は真紅の色をした彼女のソウルジェムだが、今は濁った血の色をしていた。

 魔法少女の魔力の源であるソウルジェムは、魔力を使うごとに少しずつ穢れて、その色を濁らせていく。

 やがて穢れが溜まり漆黒に染まると、魔法少女は二度と魔法を使えなくなる。

 そうなる前に、魔女を狩りグリーフシードを奪う必要がある。

 グリーフシードには、ソウルジェムの穢れを吸い取り、浄化する能力があるからだ。

 ふたりの濁ったソウルジェム、それぞれが掌中に収めたジェムがこつんと当たらんばかりに近くに寄せられる。

 その横に、先の魔女が落としたグリーフシードを置く。

 すると、ふたりのソウルジェムの表面に浮かぶくすんだ汚れが、つむじ風に巻かれる枯葉の様にグリーフシードに吸い取られていった。

 

「ありがとう」

 

 一片の汚れなく浄化された自らのソウルジェムを指輪に戻すと、杏子は右の掌をショートパンツで何度か拭ってから差し出す。

 握手に応じながら、マミはおずおずと切り出した。

 

「佐倉さん、今日はまだお時間大丈夫かしら……?」

「大丈夫だけど、何か……?」

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 折角だし親睦を深めたい、そして戦い方や魔女の情報交換もしたい、というマミの申し出を杏子は快諾した。

 道中は、最初こそふたりとも口数が少なかったが、他人との距離感が近い杏子のおかげもあり、マミのマンションが見える頃には笑い声が聞こえるようになっていた。

 

「そう、佐倉さんは魔法少女になってまだ間もないのね。それなのに、あんなに戦えるなんてすごいわ」

 

 カードをかざしてロックを解除すると、マミは玄関のドアを引く。

 褒められた杏子は、照れ笑いを浮かべて頭を掻き、まだまだだと謙遜する。

 

『うん、杏子はまだまだ学ぶべきことが多いね』

 

 と、ふたりの脳裏に、声変わり前の少年を思わせる声が響いた。

 

『おかえり、マミ、杏子』

 

 声の主は、玄関を入ってすぐの下駄箱の上に鎮座していた。

 アルビノの猫からひげを取り除き、ぴんと立った耳から一対の触腕を伸ばした小動物。それが声の主の姿だ。まるでおとぎ話から抜け出した妖精のような外見をしている。

 

「キュゥべえ、来ていたのね」

 

 マミは靴を脱ぎながら、慣れた仕草で小動物の頭を撫でた。

 キュゥべえ、と呼ばれたこの小動物は、魔法少女の契約を司る、魔法少女の導き手。

 

「なんだよキュゥべえ、誉めてくれてもいいじゃん」

 

 まだまだと評された杏子は、今日は魔女を倒したんだからと付け足し、アヒルのくちばしのように口を変形させて不満を表した。

 

『そうだね、おめでとう。 ついに宿願を果たしたね』

「あ、キュゥべえ、これよろしくね」

 

 マミは制服のポケットから先ほどのグリーフシードを取り出すと、ペットに玩具を投げて渡すように放った。

 キュゥべえはそれを受け止めると、背中の穴から嚥下する。咀嚼するような仕草を経て、げっぷのような音を漏らした。穢れを吸い取り、魔法少女にとっては用無しとなったグリーフシードの処理。それもキュゥべえが受け持つ役割のひとつ。

 

 

 私の部屋とは大違いだなぁ、というのがマミの部屋に通された佐倉杏子が抱いた第一印象だった。

 部屋のグレード――広さや家具の豪華さ――という意味でも、綺麗さ――整頓や掃除の度合い――という意味でも。

 もっとも、後者については杏子は全自動で部屋を散らかしていく妹というハンデを抱えているので、やむを得ない面もある。

 リビングでソファに腰を下ろした杏子は、手に一冊、膝に二冊のルーズリーフ・ノートを抱えていた。

 お菓子を焼く間に目を通しておいて、と渡された三冊のルーズリーフは、表紙にそれぞれ 「魔女の記録」「戦術研究」「魔法研究」と題されていた。

 杏子は、「研究」という頭が痛くなりそうなタイトルを避け、魔女の記録に目を通す。

 そこには、簡単な魔女のスケッチと、繰り出してくる攻撃の注意や避け方、こちらから攻撃する際の狙い目、結界や使い魔の特徴、などが整った文字で記されていた。

 

「あ、さっきの……」

 

 ページを繰ると、先ほど戦った牛の魔女の記載があった。スケッチはあまり似ていないが、本体が斧であることや、身体は倒しても復活すること、使い魔が拘束してくること、などが第三者にも伝わるように細やかに記述されている。

 

「そうなの。昔倒したことがあって。だから本体が斧って知ってたのよ」

 

 キッチンで鼻歌混じりに料理をしながら、マミが顔だけ居間に向ける。

 

「同じ魔女と戦うこともあるんだね」

『そうだね。結界から出て行った使い魔は、親に相当する魔女を倒しても消えないからね。その使い魔が育てば、同じ魔女になるんだ』

 

 タンスの上で丸くなっているキュゥべえが、尻尾だけ動かして杏子に答える。 

 

「だから、魔法少女同士で魔女のデータを共有できるといいんだけど……」

『だからってウィキペディアに書くのはどうかと思うよ、マミ』

「なんかすぐ消されちゃうのよね。最近は書くことも出来なくなったし、魔女の仕業かしら……」

 

 肩を落とすマミの背中に、杏子は「違うと思う」と呟いた。

 

 

 

 三カット目のピーチパイを平らげると、杏子は超美味しいと感想を繰り返した。

 

「ありがとう、お口に合って良かったわ」

 

 マミは顔を綻ばせると、膝立ちの姿勢で紅茶のおかわりを杏子のカップに注ぐ。差し込む夕日が、ティーポットから零れる紅茶を赤く染めていた。

 

「助けてもらった上にケーキまでご馳走になっちゃって、なんだか図々しいよね」

「ううん。招待したのは私なんだから気にしないで」

 

 自分のカップにも紅茶を注ぎながら、魔法少女の子と一緒にお茶できてとても嬉しい、と続ける。

 

「あたしの方こそ、今日はマミさんと会えて良かったよ」

 

 四カット目を杏子の皿に載せるマミ。杏子は軽く頭を下げると、ティーカップを口元に運び、唇を湿らせる。

 

「その、マミさんはなんていうか、すごくカッコいいよね。戦いは強いし、頼りになるし、研究熱心だし、心構えもしっかりしてるし」

 

 パイを切る杏子のフォークが勢い余って食器にあたり、甲高い音を発する。その音で杏子の言葉が一瞬途切れた。

 杏子は芝居がかった咳払いをすると、パイを口に放り込み、喉を鳴らして飲み込む。

 

「お願いっていうか……図々しいついでっていうのもなんだけど」

 

 頬を紅潮させ、彼女にしては珍しく言い淀む。が、それも一瞬。彼女は意を決したように目を瞑ると一息にまくしたてた。

 

「あたしをマミさんの弟子にしてもらえないかな?」

 

 何かしら、と小首を傾げて聞いていたマミは、予想外の言葉に目を白黒させてしばし言葉を失った。

 

「ダメかな……?」

 

 テーブルに身を乗り出し、すがるような視線で覗き込む杏子。

 

「……で、弟子……?」

 

 声が裏返った。マミは慌てて紅茶を口に含み、息を整える。

 

「マミさんはどこをとってもあたしの理想なんだ。だからさ、まだ半人前のあたしを鍛えてくれないかな?」

 

 弟子ってなんだっけ……。弟で子だから弟? でも私達は女の子だから弟にはなれないよね。いやいやそうじゃなくて師匠と弟子の弟子よね。英語だとマスターと弟子。弟子は英語でなんていうんだっけ。いやいや英語は今はどうでもいいよね。ええと、要するに……と、かなり支離滅裂な思考がマミの頭を占め、表情も呆けたものになった。

 

「ダメかな?」

 

 さらに顔を近づけ、繰り返す杏子。

 マミにしては珍しく、ティーカップを置く際にかちゃりと音を鳴らした。

 

「ええと、弟子っていうのはちょっと大袈裟かなって思うんだけれど……」

 

 小さく咳払いし、続ける。

 

「ずっと前から、私も魔法少女の友達がいてくれたらなって、魔法少女として付き合っていけるひとがいたらなって、思っていたの」

「それって」

「ええ、私の方こそ、これからも一緒に戦ってもらえると嬉しいわ。もちろん、魔法少女の先輩として、教えられることはいくらでも」

「ありがとう、マミさん!」

 

 喜びのあまり立ち上がろうとした杏子が、膝をテーブルにあててティーカップを躍らせた。

 

「だ、大丈夫? 佐倉さん」

「う、うん、大丈夫、ごめん」

 

 その二人を見て、キュゥべえは考えていた。

 

 ――巴マミがいれば佐倉杏子が無駄死にする可能性は減りそうだ。ただ巴マミのメンタルが補強されるのは歓迎できかねる事態だね。理想を言えば、佐倉杏子が無駄死にしない程度に育ってから、マミと袂を分かってもらいたいところかな。

 

「じゃぁ、早速だけど、今日の反省会を始めましょう」

 

 戸棚から新しいルーズリーフを持ち出し、表紙にマジックで『反省会日誌 巴マミ』と書くと、ルーズリーフとマジックを杏子に渡す。

 よろしくお願いします! と答えながら、マミの名の横に大きな字で佐倉杏子、と書き記した。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 夜のニュースを横目に髪をとかす巴マミは、頬の筋肉が緩むのを抑えられなかった。

 魔法少女の友達が、しかも人々を守ることを優先して考えるような友達が出来たことが、嬉しくてたまらないのだった。

 

『上機嫌だね、マミ』

「そうね」

 

 視線をくれず、しかし弾むような声でキュゥべえに応える。

 

「魔法少女になって、今日が一番幸せな日かも」

『それは良かった。でも、油断だけは禁物だよ』

「うん、わかってる」

 

 緩み切った顔からは本当に理解しているのかようとして知れないが、キュゥべえは警句を唱えただけで満足したのかベッドのわきで丸くなった。

 なお、マミの表情筋は週明けまで緩みっぱなしで、学校の友人からは「すっごく嬉しそうだけど、彼氏でも出来た?」とからかわれる羽目になるのだった。

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