マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第一一話 マミさん、パトロールを満喫する

 カレンダーに丸がついているのは、今週、六月第一週の土曜日。

 その日は醍醐の誕生日であり、巴家で夕飯を食べる約束をしていた。

 まさに今日がその日であり、巴マミは幼いころに憧れたヒロインが歌っていた『ご飯の歌』を口ずさみながら、食事の準備をしていた。

 この一週間、毎日夕飯に同じものを作っていただけに、手順はもとより勘所も心得たもので、淀みなく動く両手から、次々に彩りも味も優れた料理が生み出されていった。

 ただ、調子に乗ったのか、あまりに多くの皿をテーブルに並べてしまい、それを見た醍醐に呆れた声で「いったい何人でパーティするつもりなんだい?」と問われることになる。いや、問われる前からマミも自覚しており、この時点で「作り過ぎちゃった……」と呟く。

 思慮深いように思えるマミだが、それは後天的に得た性質で、もともとは調子に乗りやすく浮かれっぽい部分があった。

 

「ちょっと減らした方がいいかしら……」

 

 もう少し経験を積んだマミならばふたり分に見合うだけのものを厳選しただろうが、ようやく上手に作れるようになったばかりのマミとしては、どれも自信作で下げるには惜しかった。

 

 ――……確か中国では、食べきれないくらい出すのがおもてなしのマナーって聞いたことがあるわ。

 

 中華料理が一品も並んでいないのに、中国のマナーを持ち出すのもどうかと思わないでもなかったが、マミはとりあえずその理屈で納得することにした。

 

 ――残ったらキュゥべえが食べてくれるし。

 

 そう白猫の妖精に思い至ったところで、あっと呟き、部屋のソファーで寝転がる白猫に視線を向けた。

 

「キュゥべえは醍醐くんからは見えないのよね?」

『そうだね。テレパシーも通じないし、基本ボクは魔法少女か、その素質がある者としかコンタクトできない』

「じゃぁ、キュゥべえがお皿の料理食べたらどういう風に見えるのかな?」

『それはどういう意味だい?』

「お料理だけ突然消えていったら、お化けみたいで面白くないかしら」

 

 キュゥべえは返答の必要はないと判断して、ソファーの上で背を向ける形で丸くなり、尻尾を二、三度振って返事に代えた。

 

「もぅ、ひどくない?」

 

 憮然とした口調だが、マミの目は笑っていた。

 

 

 

 

 

「巴さん、いったい何人でパーティするつもりなんだい?」

 

 部屋に通された醍醐は、テーブルの上に溢れんばかりに並ぶ料理を見て、呆れた声をあげた。うっかりテーブルに足をぶつけでもしたら、大災害が起きそうな勢いだ。

 

「あれもこれも作りたいなって思ってたら……ちょっと作り過ぎちゃって」

「ちょっと、なのかな……見たことないけど、満漢全席ってこんなのじゃないの?」

「もちろん、残していいから」

「……いや、食べるよ。せっかく作ってくれたんだから」

 

 悲壮な決意を顔に浮かべ、醍醐は宣言する。

 

「無理しないでね。あ、魔法で消化促進とかできないのかしら」

「僕が倒れたらお願いするよ」

 

 微笑んで席に着こうとする醍醐に、マミは酷な言葉を投げつけた。

 

「ごめんなさい、まだ全部揃ってないから、もうちょっと待ってもらえる?」

「いや……もう充分じゃないかな?」

「ほんとごめんなさい、今作ってるのが一番の自信作なの、だから」

 

 醍醐の受け取るところによると、巴マミは待たせることを悪いと詫びているのであって、料理がさらに追加されることを詫びているようではないようだった。そのズレっぷりに苦笑を漏らすと、まぁ、一晩お腹が痛いくらいは我慢しようかな、と覚悟した。

 

 

 

 

 

「そういえばさ」

 

 アボカドとチーズを生ハムで巻いたものを口に運びながら、醍醐が言った。

 既にテーブルの上の料理は七割方片付いている。醍醐が頑張ったのも大きいが、キュゥべえも負けず劣らず食べていた。

 

『料理が減っているのも認識できないみたいだね』

 

 キュゥべえが告げたとおり、醍醐は目の前の皿がいつのまにか空になっていることに違和感も感じていないようだった。もしかしてキュゥべえが平らげた分まで私が食べたと思われてるの……? とマミは危惧し、ささやかな不在証明としてキッチンへの往復頻度を増やしていた。

 

「人に集まるところが、魔女がでやすくて危ないんだよね?」

「ええ、そうよ。だから繁華街のパトロールが多めでしょ」

 

 用もないのにキッチンに来ていたマミが、手持ち無沙汰に冷蔵庫を開けて中身を見つつ応える。

 

「だったらさ、遊園地とか危なくないかな」

「えっ……そ、そうかもね」

「今度パトロール行ってみない?」

「そ、そうね。そのうちパトロールに行ってみましょうか」

 

 意味もなくクリームやバターの容器を並べ替え、ミルクの瓶を揺らして中身を見る。フレンチトースト用に卵黄入りのシュガーミルクに浸しているバゲットの入ったタッパを揺すって波立たせては、浸り具合を見る。

 あくまで『見る』であり、確認をしているわけではない。

 

 ――遊園地かぁ……なんだか普通の中学生みたい。ずっとこんな風に平和に暮らせればいいのにな。

 

 緩んだ表情でシュガーミルクを眺めるマミは、そんな夢のようなことを考えていた。

 

 

 

 

 

『ねぇ、キュゥべえ』

 

 大きめのタッパを揺する手を止め、リビングで醍醐と並んで食事をしているキュゥべえにテレパシーを飛ばす。

 

『なんだい、マミ』

『もしも、私が戦うのをやめたらどうなるの?』

『戦うのが嫌になったのかい?』

『嫌というのとは違うけど……怖いとは思うわ』

『魔法少女は生きているだけで魔力を使い穢れていく。だから定期的にグリーフシードで浄化する必要があるんだ』

『そう……よね』

『ただ、今みたいに毎日頑張る必要はないと思うよ。魔法をハデに使わなければ、グリーフシードも月に一個もあれば浄化は間に合うだろうしね。あまり根をつめすぎて、精神的に参ってしまう方が困る。キミはもう少し、気楽に構えた方がいいかもね』

『そっか。ところで、今日のご飯はおいしい?』

『……前も言ったと思うがボクは味は分からない。だけど妙に固い部分や柔らかい部分がなくなって、食べやすくはなったね』

 

 そんなキュゥべえの評価、いや評価放棄を以前はありがたく感じていたものだが、今日は物足りなく感じてしまう。

 醍醐のように惜しみなく賞賛してくれる人がいると、そう思うのも当然のことなのだろう。

 席に戻ったマミに、醍醐は過剰ともいえる賞賛の言葉を浴びせた。日常的な語彙を逸脱した言葉まで飛び出すあたり、前もって用意していた言葉なのだろうなとマミは思い、それが微笑ましく感じられた。

 

「美味しそうに食べてくれてありがとう」

 

 美味しく、と言えるだけの自信はマミにはまだなかった。一週間作り続けただけに、不味くはないと彼女も自負しているが……。

 確かめるように一品を箸で摘まむと口へ運ぶ。

 うん、美味しい――但し、マミの味覚では、だ。醍醐の味覚ではどうか、自信は持てない。

 

「お口に合わないようなら、無理しないでね」

「いや、美味しいよ。それに万が一僕の口に合わなければ、口の方を合わせるよ」

 

 どこかで聞いてきたような台詞だな、とマミはまた可笑しく思う。

 だがその可笑しさは不快でも滑稽でもなく、自分のために言葉を準備してきてくれたであろう事実に好意を感じた。

 マミはそんな感情は面には出さず、紅茶を口元に運び唇を湿らせるだけで戻すと、澄ました態度で問う。

 

「醍醐くん、明日はお暇?」

 

 冷製ポタージュを口腔で味わっていた醍醐は、喉を鳴らして飲み下すと頷いてみせた。

 

「じゃぁ、遊園地いってみる?」

 

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 三段積みの重箱にぎゅうぎゅう詰めと言って差し支えない程の料理を盛り込みながら、マミは額の汗を拭った。

 父母マミの三人で食べる時でさえここまで詰め込んでいなかったのだが、今のマミではあれもこれも食べて欲しいという気持ちが勝ちすぎて、どうしても量を作り過ぎてしまう。

 

「残ったら私とキュゥべえの夕飯にすればいいしね」

 

 キュゥべえに感情があればうんざりした表情を見せて文句の一つもこぼしたかもしれない。しかし幸いにして彼には感情がなく、特に抗議されることもなくマミの発言はスルーされた。

 一夜明けての日曜日、マミは昼食代わりにお弁当に詰める料理をつまみながら、キッチンでてきぱきと動いていた。

 あまり出先で食べたらみっともないという女性的な見栄から、昼食を多めに食べる。

 その見栄の結果、醍醐がまた苦労するのだが、そこまではマミの想像は思い至らない。

 

「休憩用に美味しい飲み物もあった方がいいわよね」

 

 食事用のお茶の入った水筒に花柄のカバーをかぶせながら、ぽつりと呟く。

 

「冷たいのはだめだから、暖かいのか生温いので美味しいのというと……」

 

 冷たいのは行楽には良くないと母が言っていた記憶がマミにはあった。

 理由は知らなくとも、母の遺した言葉は金科玉条としてマミの中に存在しており、不可侵の教えとなっている。

 

「あ……」

 

 そういえば、家族で行楽にでかけた時に飲んだバナナミルクセーキが美味しかったなと記憶から掘り起こすと、キッチンの収納ラックに仕舞われた母の料理ノートからそのページを探す。

 ルーズリーフ五冊に及ぶ量だが、整頓が行き届いているので探すのはさして困難ではない。

 マミが魔女のこと、戦術のこと、魔法のことを詳しくノートに書き残すのは、母の影響なのだろうと思わせるだけの、しっかりしたレシピノートだった。

 

「ふむふむ、メープルシロップを適量にバニラエッセンスを数滴ね」

 

 最近では『適量』や『充分な時間』などの記載にも、不平を抱くこともなくなった。その代わりに、アレンジを利かせすぎて味見の際に涙目になることもしばしばだが……。

 

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 

 

 

 ジェットコースターで短い悲鳴をあげ、ミラーハウスで驚いて飛び退いたために頭を打ち、観覧車で「これなら怖くないね」と安堵の息をつく。

 マミが行ったのなら愛らしいと表現できるのだろうが、醍醐が行うと情けないと表現すべきだろう。ただ、あばたもえくぼというものか、マミにとっては微笑ましいと感じられていた。

 

「次、あれ乗らない?」

 

 できるだけ刺激の少ない乗り物、という観点でマミが選んだのはコーヒーカップだった。

 コーヒーカップもそれなりに身体への負担はあるのだが、ジェットコースターをものともしないマミには「楽な乗り物」と映っている。

 

「うん、乗ろう乗ろう」

 

 応える醍醐はコーヒーカップの怖さを把握していたが、マミが乗りたいのだろうと勘違いをしていた。そのため、乗らないという選択肢は彼の頭の中には現れなかった。

 

 ――これ、何が楽しいんだろう?

 

 回転するコーヒーカップの中で醍醐は思うが、横に座るマミが楽しそうにハンドルを回しているのを見ると、その疑問を口にすることは躊躇われる。

 

 ――まぁ、楽しそうな巴さんの顔が見れるだけで、充分乗る価値はあるのかな。

 

 ステージ中央の巨大なティーポットを軸にした個々のカップの周回運動。

 それにマミと醍醐の握るハンドルから生み出されるカップの回転運動が加わって、三半規管へなかなかのダメージを与えてくる。

 乗っている間はともかく、降りたらまっすぐ歩けるだろうか? と醍醐は危ぶむ。

 まぁ、そうなったらベンチでしばらく休ませてもらおう、と考える醍醐だが、何故か想像の中で膝枕をしてもらっている図を描いて赤面した。

 

「大丈夫?」

 

 その様子に、カップ酔いでもしたのかと心配したマミがハンドルを操作する手を止める。

 

「ぜ、ぜんぜん平気だよ、ほら!」

 

 虚勢を張った醍醐は、カップ中央の位置するハンドルを力任せに回転させた。

 ぎゅるるる、とばかりにハンドルが回り、一息遅れてコーヒーカップが高速で回転を始める。

 

「きゃ」

 

 急激な遠心力の増加に、マミがバランスを崩して、上半身を醍醐に預けるようにぶつかってくる。

 

「大丈夫、巴さん? ごめん、回しすぎたよ」

「だ、だいじょうぶ。こっちこそごめんね」

 

 図らずもマミを腕に抱く形になった醍醐は、先ほどまで不快だと思っていた回転運動に感謝する。

 

 ――あぁ、なるほど、これはいい乗り物だ。

 

 見下ろすとすぐ下にはマミの胸の谷間、そこに視線が釘付けにならないようにするのにかなりの精神力を必要とした。

 邪念を振り払うようにかぶりを振ると、醍醐はコーヒーカップという乗り物の真髄を見切った――ような気がした。

 

 

 

 

「醍醐くんは、なにか乗りたいものとか、入りたいものはないの?」

 

 ベンチで長めの休憩をとった後、マミが園内地図を広げて聞くと醍醐は長考に入った。

 そう問われても、遊園地に馴染みなどない醍醐としては、地図に並んだ名前を見てもどれが良いとは言いにくい。

 とはいえマミは恐らく自分の希望するアトラクションばかりに乗っていることに遠慮して、自分に水を向けてきたのだろう。

 そう思うと「どれでもいい」はいかにも愛想がない返事だ。

 

 ――ここは巴さんが内心乗りたがってるのを選んで、私と同じ趣味なんだ~と内申点を稼ぐところだね、内心だけに。

 

 仮にテレパシーで思考が漏れていたら自殺したくなるようなことを考えながら、地図に目を走らせる。

 そして、マミが好みそうな可愛らしい名前のアトラクションを見つけると、そこを指でさした。

 

「これなんてどうかな」

「あ、ちょっと気になってたの、それ」

 

 チューチューキャットとの名を冠したアトラクションは、地図の端の方、池や木々の絵が描かれた一隅にあった。

 名前からして、動物関連の何かだろうと類推され、飼育委員を務めていたマミの興味を引くに違いない、と醍醐は思った。マミの反応も思った通り悪くなく、醍醐は自分を自分で誉めてやりたい気持ちになった。

 

 

 

「ねぇ、醍醐くん」

 

 デフォルメされた猫を模した二人乗りのビークル、その左側座席で金属音をたてながらシートベルトとハーネスを装着するマミが心配そうな顔で右側に座る醍醐に語りかける。

 

「これ、ジェットコースターより安全装置? 保安器具? がすごくない?」

 

 六点式シートベルトの上から、上半身をすっぽり覆うU字状のハーネスを肩口から降ろして金具で固定する。

 ハーネスだけで、しかも金具固定でなく押し込み式だったジェットコースターに比べると、ずいぶんと念が入っている。

 

「そ、そうだね、これだけすごいと、きっと安全なんだろうね……」 

 

 既に嫌な予感しかしなかったが、自分で選んだ以上いまさら引くのも男らしくない……とヘンに覚悟を決めた醍醐は、ひきつった笑みを浮かべると親指を立ててみせる。

 しかしその予感に反して、猫型ビークルは自転車を思わせるのんびりとしたスピードを保った。

 群れ泳ぐ魚の姿まで見える澄み切った池の上を、若葉が生い茂り気持ちの良い涼しさを感じさせる木々の間を、あくまで緩やかに走り、ふたりに景観を楽しませてくれた。

 

 枝にとまる小鳥の名前を言い当てたり、立ちならぶ樹木の名前を教えあったりしているうちに、五分ほどが経過した。

 ちょうど醍醐が、当たりのアトラクションだったと胸を撫で下ろした頃、3D映像と思われるカートゥーン調のネズミが、ビークルの前に現れた。

 そのネズミはビークルを挑発するように尻尾を振ると、一目散に駆けて逃げ、あっというまに小さくなる。

 ビークルは汽笛のような音をあげると、ネズミを追ってゆっくりと加速を始める。あぁ、やっぱりと醍醐は思った。やっぱりこうなるんだ、と。

 

 

 あるときは地面を這うように走り、あるときは立ち木にぶつかりそうなくらい近くを巻き、あるときは直角に曲がって逃げるネズミを追い急カーブを描く。

 ビークルの動きは、ジェットコースターよりも強い衝撃を醍醐に与えたが、醍醐は悲鳴を意志の力で抑え込むことに成功していた。

 

「すっごいね」

 

 ジェットコースターではケロッとしていたマミも、緊張した声を漏らす。その声に応える余裕などあるはずもない醍醐は、ビークルの前を疾走するネズミの映像を凝視して意識をそこだけに集中し、恐怖を感じないよう――特に悲鳴を漏らさないように努めていた。

 と、ネズミが口にくわえていたチーズを落とし、それを追って真下へ走る。

 猫型ビークルはネズミの軌跡を軸として、小さい半径で螺旋を描きながら落ちるかのように駆けていく。

 

「きゃ」

 

 マミが先に声をあげたことで、醍醐は内心で大きく安堵の息をつく。これで自分が悲鳴を上げても、男として申し訳は立つとの後ろ向きな考えではあるが……。

 勢い余って――もちろんアトラクション的には予定通りではあるのだが――ビークルが池の水面を叩き、大きく水飛沫をあげる。飛び跳ねた水飛沫の大部分はビークルの天板で防がれるが、一部が隙間からマミと醍醐にまで至った。

 

「大丈夫、巴さん?」

「あは、だいじょうぶ。うふ、あはは!」

 

 恐慌のあまり、おかしくなったのだろうかと醍醐が訝しむほど、マミが堰を切ったように笑い出した。

 花柄のシフォンワンピースと、緩く巻いたレースのショールに水飛沫がかかったが、マミは気にした様子もなく、「楽しいね!」と声を弾ませた。

 恐怖を感じると逃避行動として躁状態になる場合もあると聞いたことがあったが、それだろうか? 醍醐はそう考えると、マミの恐怖を和らげるために、左腕を少し動かして手を握った。

 果たして、マミは醍醐の手を強く握り返し、それで落ち着いたのか、ビークルが池を越えて森に入る頃には、笑いは収まった。

 

「あ!」

 

 笑いで身体を揺らしすぎたせいか、それとも元々の結びが弱かったのか、マミのショールが風にさらわれて後方に飛んだ。醍醐は手を伸ばそうとするが、そもそもハーネスで肩まで固定されていてはロクに腕を動かせず、ショールを掴むことはかなわなかった。

 

「これ終わったら探そう」

「そうね、一緒に探しましょう」

 

 そういった後、マミは片手で首を絞める真似をして「どこかに引っかかって、首がぎゅーってならなくて良かったわ」とおどけてみせた。

 

 

 

 

「あー、面白かったー」

 

 満足そうな笑みを浮かべるマミを見ていると、醍醐は温かい気持ちになる。だが、さりとて自分が選んだアトラクションでショールを紛失させてしまったのは心苦しい。そういった事情からなんとも微妙な表情を浮かべて、醍醐は木立の中を歩く。

 

「この辺だったよね、飛んだの」

 

 既に傾き始めている太陽が、木々の隙間から柔らかな木洩れ日を届かせる。

 醍醐は手でひさしを作ると目を凝らしてマミのショールを探す。競争しているわけではないのだが、マミより早く見つけたい、という思いがあった。

 その思いが天に届いたのか、さして時間をかけずに醍醐はショールを発見した。

 立ち並ぶ樹木のひとつ、その天辺に近い枝に引っ掛かり、鯉のぼりよろしく布を泳がせているショール。それを認めた醍醐は、「あった。任せて」と短く伝えると、返事も待たずに木に登り始めた、

 

「あ……」

 

 登らなくても、リボンで取れるんだけどな……と思ったマミだったが、既に登り始めた醍醐を止めるのも申し訳なく思い、「お願いね」と伝える。

 ショールの引っ掛かっている枝は校舎の四階程度の高さがあるが、万が一醍醐が落ちてもリボンで受け止めれば怪我なく済ませられるはず、とマミは考え、いつでもリボンを出せるように心の準備をした。

 そうして緊張状態で待機するマミの頭に、突然テレパシーが届いた。

 テレパシーの主はキュゥべえ。

 

『マミ、君のマンション付近で結界が発生した、魔女かもしれない』

 

 マミの視線は一時も逸れることなく醍醐を追っている。いま、ようやく七割程度を登ったところだろうか。

 

『ん……後で……いえ、明日でいいかしら?』

『それは、構わないが……いいのかい?』

 

 グリーフシードをみすみす逃していいのか、という意味のキュゥべえの問いだったが、マミは倒さずに放置していいのか、という意味に受け取った。そのため、胸の奥に小さな針が刺さったような痛みを感じながら、マミは謝罪を口にする。

 

『せっかく教えてくれたのに、ごめんね、キュゥべえ』 

『いや。そもそも毎日パトロールや魔女狩りをする方が普通ではないからね。熱心な魔法少女でも一日おきくらいだよ』

 

 そしてテレパシーは完全に途絶えた。

 それはキュゥべえにとっては他意のない自然な行いだったのだが、マミは自分が責められているような居心地の悪さをおぼえた。

 そんな気持ちを吹き飛ばすかのように。

 

「取れたよ!」

 

 明るい醍醐の声が樹上から響いた。その声でマミは笑顔を取り戻すと、手を振って喜びを表した。

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