マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~ 作:XXPLUS
「しっかりしろ、さやか!」
杏子の放った突きが、バンテージを掴んでいる魔女の指を砕いた。続いて、四肢を絡め取っている魔力の枷を乱暴に薙ぎ払う。
拘束から解放されたことでさやかの身体が落下しようとする。それを片手で抱きとめると、幸せそうな寝顔を見せるさやかの頬を平手で数度叩いた。
斜め下方にいるマミにまで届くほどの平手の音が鳴り、頬を張られたさやかが瞼を持ち上げる。
「ほら、呆けてんじゃねーぞ」
「サンキューだよ、杏子!」
さやかはウィンクを返し、バンテージでソウルジェムの保護を行ってから杏子の腕を抜け出した。魔女は瞳に穿たれた孔を塞ぐことはせず、そこから魔力を溢れ出させ、さやかと杏子へ向かわせる。
『ホラ、気持チ良カッタデショウ? ズットコウシテイヨウヨ。辛イコトヤ悲シイコトヲ我慢シテ頑張ル必要ナンテナインダヨ。ワタシガ皆ノタメニ幸セナ世界ヲ作ッテアゲルカラ、ソコデ皆デ楽シク過ゴソウ。ダッテコノ世界ハ、悲シミヤ苦シミバカリノ、間違ッタ世界ナンダカラ。ワタシガ皆ヲ救済シテアゲルノ』
諭すように、誘うように語りかけながら、流体となった魔力を操りふたりを捕らえようとする。
『誰モ泣カナイ、誰モ悲シマナイ、ソンナ世界ヲ作ルカラ、サヤカチャンモオイデヨ』
「このバカまどかっ!」
追いすがる魔力の流体を斬撃で散らしながら、魔女の耳に相当する箇所に至ったさやかが、耳元で怒鳴るように声を荒げた。言って伝わると彼女自身思っていないが、自らの親友の身勝手な物言いに、言い返さずにはいられなかった。
「あんた、そんなのが本当に救いだと思ってるの? 自覚ないだろうけどさ、魔女になっちゃって、悪い方にに引っ張られてるんだよ!」
『コワガラナイデ……』
やはり耳を貸す素振りもなく、魔女は自らの理論を続けつつ魔法少女を捕らえようと魔力を操る。
「怖いも怖くないもあるかっ! つーか、あんたの優しさがそんな風に歪められることが一番怖いわよっ!」
『歪ンデイルノハ、コノ世界ノ方ダヨ。ワタシガ正シク救済シテアゲルノ』
「まどかっ! 聞き分けなよ!」
『悲シミモ苦シミモナクナレバ、本当ニ幸セダヨ。楽園ニイコウヨ』
「さっきちょろっと味わったから、知ってるってば! えぇほんと心地好い体験でしたよ!」
足を止めて叫んでいたさやかに、左右上下から魔力の流体が少女の体を拘束しようと迫る。
虚をつかれた形になったさやかは、とっさに右側の魔力塊をサーベルで斬り裂いて、包囲を脱するべくその方向に身体を投げ出す。だが、初動が遅かった。逃げきれない、と判断したさやかは、ソウルジェムを守るために、膝を曲げて両腕で抱え赤子のように丸く防御態勢をとった。
「バカまどかーっ!」
だが、覚悟していた魔力塊による拘束は訪れなかった。見やると、コーン状に渦巻いている黄色いリボンが、そこかしこで魔力塊を円筒構造の内側に抑え込んでいた。
「斬ったり突いたりが効かないのなら、私の絶対領域に閉じ込めちゃいましょうか」
いつの間に近寄ったのか、ふたりのほど近くに立つマミ。
その声に従い、渦巻くリボンの形状がコーンからアーモンドのように変化し、開口部が閉じる。回転するリボンとリボンの間は相応の間隔があるが、マミの絶対領域は侵入も脱出も許さない。それは流体状の魔力に対しても同様であり、魔法少女を執拗に追いかけていた魔力塊はリボンの檻に閉じ込められた。
「マミさん、なんでこんな近くに」
「だって杏子ちゃん無茶苦茶に動くんだもの。近寄らないと不安だわ」
「そ、そう言われても追い立てられてるんだから、しょうがないじゃん……」
詰るような拗ねるようなマミの口調に、反論する杏子はバツの悪い表情を隠せない。
『まみサン、杏子チャン、少シ待ッテテネ。先ニサヤカチャンヲ≪救済≫シテアゲルカラ』
「そんなもん、頼んでないっつーの!」
反駁する言葉とともに、青の魔法少女がサーベルを魔女の耳あたりに突き立てる。手応えあり、と感じたさやかは突き刺した剣を螺子よろしく回転させて傷口を広げようとする――のだが、その傷口から新たに溢れ出した魔力塊に追われ、這う這うの体で空を駆け回る。
「ばっか、さやか、お前学習しろよ!」
「じゃぁ、どうすればいいってのよー!」
「それにしても、なかなかに手詰まりね……向こうが本気で攻撃してこないからなんとかなっているけど」
幾つかの魔力塊を新たに絶対領域に捕らえながら、マミが自由になる右腕で頬を掻いて溜め息をつく。魔力塊は小規模なのでリボンの檻に隔離できるが、腕での攻撃は回避し続けるしかなく、考えをまとめる余裕もない。
『攻撃ナンテスルワケナイヨ、皆ハ楽園ニ連レテイッテアゲルンダカラ』
「こっちは必死に攻撃してるのに、心が広いというかなんというか」
『攻撃ナノ? 撫デラレタ程ニモ感ジナイカラ気ニシナイデイイヨ、エヘヘ』
さやかの言葉に魔女が笑った。
それは無垢な笑いだったのかもしれない、しかし、魔法少女たちには、魔女の多くがなす哄笑の類に聞こえた。
「あーそうですか、サーベルが効かないってんなら、もういいっ!」
無性に腹が立った。そんな理由で、さやかはサーベルを投げ棄て、白の手袋を大きく広げて――魔女の頬を張った。
頬を張ったといっても、瞳だけで魔法少女の身長ほどもある魔女に対してなので、壁を平手打ちにするようなもの、張ったさやかの方が痛みをおぼえる類いのものだった。だが委細構わず、さやかは平手打ちを繰り返した。
『ナ、何スルノ、サヤカチャン』
「うるさい! 目ぇ覚ませっ! バカまどかっ!」
『ヒドイヨ、馬鹿ジャないシ』
「口答えするな! あんたなんかバカの中のバカっ! バカ目まどかで充分よっ!」
『ナニよソレ、バカバカいうホウがバカなんじゃないノ』
「お」
「あら」
短い言葉で違和感を表明する杏子とマミだったが、当の美樹さやかは自らが吐く罵詈雑言に煽り立てられるように感情的になり、平手と暴言を繰り返していた。
『さやかチャン、ソンナ昂った気持ちも、ワタシガ吸い取ってアゲるから、落ち着イテ』
「だから、それだよ! それがバカだって言ってんの!」
『いいコトだもん、ばかジャないよ』
疲労をおぼえたのか、打つことに飽いたのか、さやかは平手を魔女の頬に押し付けたまま、肩で息をする。
眺めるマミには、その所作は頬を撫でているようにも見えた。
いつの間にか、魔女の腕による乱雑な攻撃も止んでいた。
マミと杏子はひとつの花冠の上に寄り添い、さやかの行動を注視する――いつでも、援護攻撃が出来るように。
「ねぇ、まどか。悲しみや苦しみを取り除くって言ったけど、それっていいことなのかな。あたしさ、悲しいこと一杯あったけど、その分、まどかがあたしのこと想ってくれて、優しくしてくれて、本当にかけがえのない親友なんだって思えたよ。悲しみも不幸もなくしちゃったら、そういうこともなくなるんじゃないかな」
『いいコトだヨ……。だって、悲シイトみんな辛いデショウ』
「あたしバカで、子供の頃からあんたには何度も迷惑もかけちゃったけど、おかげであんたとは心の底から信頼できるくらい仲良くなれたよね。あたしは、そういうのがなくなる方が辛いと思うよ」
手の動きを止めたことで心まで落ち着いたように、さやかは静かな口調で語りかける、
そして、その身を魔女の頬に預けるように押し付けた。
冷たい、とさやかは感じたが、それは嫌な感触ではなかった。
「まどか、憶えてないだろうけど、幼稚園の頃さ。あんたお母さんが手握ってくれないと眠れなくて、幼稚園の先生困らせてたよね。先生が手を握ってもダメでさ。あたしが手を握ると、なんでか寝てくれて。あたしさ、なんかまどかの特別なんだなって嬉しかったの憶えてる」
『憶えてる……。今も落ち着クヨ』
「バカのくせに記憶力いいなー」
『ばかジャないし』
「ねぇ、まどか、いくらあんたがいいコトだって思ったとしても、罪は罪だよ」
『つみ?』
「そうだよ。悲しみや苦しみを取り除くっていっても、その人は死んじゃうわけだし。まどかにそんなことさせたくないよ」
『あレ……そっか、そウだよね、なんでワタシ、そんなことワスれテいたんだろ』
「まどかはすごいね。魔女になっても、そうやって優しさを持ってる。あたしなんて……」
『さやかちゃン、わたしを止めようとしてくれテたんだね』
「止めようっていうと言葉が綺麗すぎるよね。殺そうとしてたんだよ」
その言葉を肯定するように、さやかの右手にサーベルが静かに生み出される。
手にしたサーベルは持ち主の性格を表すように、鞘という装具を持たない。
そしてブレードを走る鎬は青い水の色に染まり、寄せては引く波のかたちをした刃紋も微かな青を示し、持ち主の属性を示す。
さやかが柄を握る手に力を込めると、鈴が鳴るような音が刀身から響いた。
『そっか、しょうウガないよね……』
得心したように応える魔女に微笑むと、さやかは上半身を捻って斜め下方を見た。
テーブルほどもあるマリーゴールドの花冠に立ち、こちらを見るふたりの魔法少女と視線が交錯する。
見上げる少女たちの瞳には焦慮と憂慮の色が、見下ろす少女の瞳には平静と自負の色が見てとれた。
「マミさん、杏子、聞こえてた?」
「ええ……」
その瞳の色が示す通りの語勢で、魔法少女たちが言葉を交わす。
「じゃ、そういうわけなんで……あたしでダメだったら、ふたりでお願いします」
「……分かったわ、安心して任せて。気の済むようにやりなさい」
応えるマミは警戒を解いていなかった。魔女がソウルジェムに干渉し魂を吸い上げようとする力は依然健在だからだ。
たとえ魔女本人が死を受け入れ害意をなくしたとしても、その悪意に満ちた生態は変わらないのではないか。
いや、そもそも最初から魔女の意思などに意味はなく、魂を吸い上げる装置としての存在なのではないか――
そのマミの予測は、半ば当たる。
魔女の額に当たる部分に移動した美樹さやかは、抱きつく様に身体を押し付けると、ソウルジェムを保護していたバンテージをサーベルで裁った。
純白のバンテージが、数条の帯となってふわりと風に舞う。
それと同時に、剥き出しになったさやかのソウルジェムに魔女の魔力干渉が行われた。
『だめだよ、そんな近くで無防備にしちゃ、さやかちゃんの魂が吸い上げられちゃうよ』
「いいよ。但し、悲しみを消すとかそういうのはなしね」
『さやかちゃん、どうしたの? わたしを倒してくれるんじゃなかったの』
悲鳴のように魔女――まどかが叫ぶ。さやかへの魔力干渉を止めたいのに止める術がない、その事実に半狂乱のような声をあげるが、対する美樹さやかは落ち着いていた。
「それはやめ。さ、まどか、あたしをまどかの世界に連れてって。そこでふたりで眠ろう。ふたりでなら、魔女にだって克てるさ」
『さやかちゃん……』
「但し、ふたりっきりだかんね。他の人は連れてっちゃだめだぞ?」
『……出来るか分からないけど、約束するよ。他の人は連れていかない』
「ははっ、頼りない子だな、まどかは。ま、あんたらしいか……。どこにいったって、あんたとなら天国みたいなもんだよ」
ひとしきり笑うと、さやかは臍に埋まったソウルジェムを片手で取り出す。
「ほら」
魂を取り込みやすいようにと、ソウルジェムを身体から浮かび上がらせ、胸の前で抱えてみせる。その宝玉は、朝露に濡れた果実を思わせる、瑞々しい輝きをたたえていた。
掌中で一片の曇りなく輝くソウルジェムを見つめると、さやかは幸せそうに呟いた。
「こんな綺麗な色になったの、あたし初めて見たわ。まどかのおかげだよ」
『うん、綺麗だね……』
◇ ◇ ◇ ◇
雲の上に、さやかはいた。
ふかふかのベッドを思わせる感触の白雲の上で、四肢を伸ばして俯せていた。
手足がじーんと痺れて立てそうにない。首も痺れて、顔を横にすることすらできない。
『いらっしゃい、さやかちゃん』
俯せた状態で瞳だけ動かすと、赤いパンプスが見えた。足首に小さな赤いリボンをあしらえた可愛らしいパンプスから、白いソックスが伸びている。
「まどか? 身体が痺れて動けないんだけど……」
『んー、わたしの結界だと、悲しみや苦しみを引きずっている人は、全身が痺れて動けないみたいなの』
ふふっとまどかが笑うと、さやかの視界にピンクとホワイトのフリルスカートと、そこから伸びる白を基調にしたビスチェが入った。まどかが膝を下ろし、脚を崩したからだ。
次に、まどかが上半身をさやかの方に傾ける。さやかはつむじの辺りに何かが触れるのを感じた。柔らかな感触から、彼女の手か頬だろうと思う。
『だから――さやかちゃんの悲しみと苦しみ、わたしが失くしてあげる』
「なな、なによいきなりっ! まどか、あんたまだっ!」
恐慌と表現していいようなトーンでまくし立てるさやかに、まどかは鈴を転がすような笑いで応える。笑いにあわせて、視界の中のまどかの身体も揺れた。
『違うよ。わたし、みんなの心を見ることが出来るの。覗き見だからこれっきりにするけど、さやかちゃんのためだから、きっと神様も許してくれると思う』
そして、まどかは返事を待たずに、さやかにふたりの人物の心を見せた。
『これが上条くんの心』
さやかを想い、心配している少年の心と、
『こっちが仁美ちゃんの心』
さやかを想い、心配している少女の心を。
ふたりの心が、温かさとなってさやかの心に伝播する。その温かさに、春の日差しに雪が溶かされるように、彼女の心にあったわだかまりが消えていく。
「はは……、バカだな恭介も仁美も。あたしのことなんて心配して……こんなに…………」
それ以上言葉を紡ぐことは、彼女にはできなかった。ただ咽び泣く声を漏らし、いつの間にか動くようになった手で目尻を押さえる。拭っても拭っても涙は溢れてきたが、やがて心の染みが全て溶けだし流れきったのか、最後に熱いひとしずくを零れさせて止んだ。
それでも泣き濡らした顔を見せたくないのか、俯せたままでさやかは呟いた。
「まどか、ありがとう。これで本当に、思い残すことはないや」
『やっぱりこのふたりの心でそうなっちゃったね、さやかちゃん、単純』
「はは……、そうだね、単純だ」
『単純なくらいが、ちょうどいいよ』
頭の上から聞こえていた声が、いつのまにか同じ高さの横方向から届いた。さやかは瞳だけを動かし、右を見る。そこには、仰向けに寝転んだまどかが、顔をこちらに向けて微笑んでいた。
「なにその格好。あんた自分でスケッチに描いたのまんまじゃん」
馬鹿にしたように笑うさやかに、『可愛いもん』と口を尖らせて抗議すると、まどかは片手をゆっくりとさやかの方に伸ばした。応えて、さやかも手を伸ばし、指と指を絡めた。
『天国なんて作らなくても、さやかちゃんがいるここが、天国なんだよね』
「まどか、ずっとひとりにしてごめん」
『ううん、さやかちゃんも大変だったんだから。それに最後にさやかちゃんとおしゃべりできて嬉しい』
「最後じゃないよ、私もずっと一緒にいるから」
『そっか。良いことじゃないのかもしれないけど、良かった……』
どちらからともなく、瞼をおろした。次いで、青色の髪の少女を俯せたまま、桃色の髪の少女は仰向けたまま、四肢を弛緩させる。
ほどけそうになる手をぎゅっと繋ぎなおすと、それを最後に、ふたりは動かなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇
地上に降り、杏子と並んで魔女を見上げていたマミが、ぽつりと呟く。
「魔力の干渉がなくなったわ」
それでも魔力の防御は緩めないし、リボンのガードも継続させたままだ。自分だけの魂ならともかく、横に立つ赤髪の少女の魂も預かっている以上、万が一にも油断をすることはできない。
――でも、終わったのでしょうね。
根拠も何もない、多分に願望を含んだ感想であったが、マミはそう思った。
隣に佇む少女はさらに楽観したのか、大身槍を消し去ると両の腕を頭の後ろで重ねた。その仕草に一房に束ねられた赤髪が馬の尾のように揺れる。
「さやかの奴、うまくやったみたいだね」
「そう……なのかしら」
マミも杏子に倣い、右手に携えていたマスケットをリボンへ還す。そして右手を側頭部へあてがい、花を象ったアクセサリを指で弄ぶ。ソウルジェムを欠いたアクセサリは、所在無げにしているように彼女には感じられた。
それから数分の後、ようやくマミはソウルジェムの防御を解いた。
魔女は、魔力干渉を含む一切の行動を停止し、物言わぬ巨像としてふたりの眼前にあった。
「美樹さんの言葉通り、眠ったのね」
それが永続的なものなのか、マミには分からない。時間で覚めるものかもしれないし、外部からの刺激で覚めるのかもしれない。しかし、今それを思い悩んでも仕方がないとマミは結論した。もしその日が来たら、どうせ死力を尽くす以外に出来ることはないのだから。
「眠った、か……。ドーミション、ってやつなのかな」
マミから手渡された真紅のソウルジェムを胸元に収めながら、誰に言うともなく呟いた。正教会において聖女が眠りに落ちたことを示す教義であり、大祭に数えられる名を。
「それは……?」
「異端の教えかな。あたしにとっては……」
くくっと笑う。それは、いまだに教条的な信仰に沿おうしている自分に対する嘲笑でもあった。
「でもさ、目の前で見せられたら信じたくもなっちゃうよね」
残念ながら、杏子の自己完結した説明ではマミが理解することは適わなかったが、信仰に関するものであることは想像できた。杏子の心の強さは、信仰という寄る辺があることに起因するのだろうか、と考えたマミは杏子の想いとは幾分ずれた言葉を漏らす。
「何かを信じるって素敵よね」
「そうかもね。マミさんも宗派はともかく信仰してみたら?」
「確かに……いざって時に聖書からの引用とか、かっこいいものね」
どういう「いざ」だよ、と内心で突っ込みながら、杏子は再び「そうかもね」と応えた。言葉は同じでも、響きがずいぶんと投げやりになっていたが……。
「人を襲うこともなく眠る優しい魔女、か。私もいつか魔女になる時は、ああなりたいわ」
「マミさん、縁起でもないこと言わないでよ」
「ふふ、ごめんなさい」
だが、そう返しながらも杏子も内心で首肯していた。マミが魔女になる時は自分が倒してでも止めると約したが、青髪の少女と桃髪の少女のように、倒すのでなく止めれたらどんなに良いだろうかと思いながら。
◇ ◇ ◇ ◇
ワルプルギスに端を発する暴風雨は霧散したが、救済の魔女(マミと杏子は微睡みの魔女と呼ぶことにした)の存在による竜巻は、依然として見滝原の工業団地に留まっていた。
ただ、眠りに落ちているためか、竜巻は本来救済の魔女が持つ力から想定される規模には遠く及ばないものだった。
数週間が経っても勢力を弱めない竜巻に、学会は新種の竜巻としての名称を与え、政府は見滝原工業団地に立入禁止区域としての扱いを与えた。
鹿目まどかと美樹さやかは暴風雨による行方不明者として処理され、その訃報を受けた志筑仁美は教室で、上条恭介は自室で慟哭した。前者の現場に居合わせた佐倉杏子は多少の居心地の悪さをおぼえながらも、さりとて慰める術も持ち合わせておらず瞑目するしかなかった。
ふたりの告別式への参列を終え、マンションに戻ったマミと杏子は久方ぶりにキュゥべえの出迎えを受けた。
そろそろキミたちの怒りも収まったんじゃないかと思って、と伝えるキュゥべえ。ふたりは異口同音に「収まりかけていたけど、キュゥべえの顔を見たらぶり返した」と応えると、マミは手で、杏子は脱いだ靴の底で、キュゥべえの頭を叩いた。
『酷いな。ボクがいないとグリーフシードの処理が出来なくて困るんじゃないのかい』
「そうね。それにキュゥべえの存在は私たちにとって必要悪だものね」
『悪とはまた酷いな。せめてワクチンとでも呼んでよ』
怪訝な顔をする杏子に、マミは説明する。
「魔女という、放っておくと人類を滅ぼす癌細胞は、既に世界中、私たち人類の全身に転移しているわ。この癌の進行を遅らせることができるのは、私たち魔法少女だけよ。どんなにひどい副作用があっても、私たち人類はキュゥべえと魔法少女システムを受け入れるしかないわ」
納得できない、という表情の杏子に、マミは微笑んで言葉を連ねる。
「杏子ちゃんの反応がほんとうよ。私はなんだかんだでキュゥべえに恩もあるし、少し贔屓目に見てしまっているのかもね」
『いやいや、マミが正論だよ。これからも仲良くやっていこう、マミ、杏子』
「まぁ……マミさんがいいなら……」
辞書において不承不承という項目に挿絵を設けるなら、今の杏子がまさにそれだろう。マミの言う理屈も分からなくはなかったが、感情が全面的に拒絶していた。
「ひとつ、条件があるのだけれど」
『なんだい、マミ』
「時々、殴らせてね」
『理不尽な要求だ、ワケが分からないよ』
「だって、あなたの顔見てると時々イラッとしそうなんだもん。ストレスは美容の大敵よ」
『……優しくしてね?』
時々、という言葉を撤回しようかしらと思いながら、マミは眉のあたりを指で押さえて、早速のイラッとした気持ちを落ち着かせようとする。眉間に皺ができそうで嫌だなぁ、と内心で思いながら。
第三章 マミさん、ワルプルギスの夜を迎える 完