マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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毬屋しおん、魔法少女の契約をする・前編

 毬屋しおんは、脱走の常習犯だった。

 今日も、昼食とお昼の点滴を済ませた後、看護師の目を盗んで病院を抜け出していた。

 

「シャバはいいね~」

 

 白い息とともに何処かで聞きかじった言葉を漏らすと、街路樹の木漏れ日を受けて大きく伸びをする。

 パジャマの上にコートを羽織っただけの格好はそれなりに耳目を集めるが、衣裳の『中身』はそれ以上に特徴的だった。

 くるぶしに届くほどの長く、豊かな髪は枝毛一つなく、光の加減によって濡れ羽色とも翠碧色ともとれる鮮やかな色に輝く。その黒髪が、伸びの動きを受けてふわりと舞いあがった。

 髪の下からときおり覗く首筋は病的なほどに白く、アルビノといっても通用するだろう。ただ、その真っ白い顔に浮かぶどんぐり型の垂れた瞳は、意志の強そうな黒色に輝いていて、彼女がアルビノでないことを示している。

 

「空気がおいし~」

 

 薄い桜色の小さな唇は厚みをほとんど感じさせない。その唇があどけなく開いて、午後の温かな空気を大きく吸い込んだ。

 一三〇センチそこそこしかない背丈と、三〇キロあるかないかという体重は、どちらも彼女の一二という年齢を差し引いても小さく、儚げな日本人形といった印象を周囲に与える。

 

『今日もうまく抜け出したみたいだね、しおん』

 

 街路樹の枝の上から、猫に似た生き物が姿を見せる。

 こちらは白い身体に赤い目と、アルビノを思わせる配色だ。

 猫に似た生き物の名はキュゥべえ。彼はしおんの瞳にのみ映る存在だ。と、いってもしおんの空想の産物というわけではない、彼は魔法少女を護り導く存在としてこの世に遣わされた生き物で、魔法少女とその候補生にしか認識することができないのだ。

 

「お、キュゥべえ、おっはよ~」

『既にこんにちはの時間だよ、しおん』

 

 きゅぷ、と鳴いて枝からしおんの肩に飛び降りる。その衝撃でバランスを失ったしおんは二度、三度とたたらを踏んだ後、大きく尻餅をつく。キュゥべえは倒彼女がれる間際にぴょんと飛び上がり、あたり一面に広がったしおんの黒髪の上に悠々と着地した。

 

『しおん、キミは少し非力すぎないかい』

「謝りもせずにその言い草か~、ちょっとムっとするかも~」

『いや、これは失礼した。痛くなかったかい』

「んなわけないじゃんさ~」

 

 尻餅をついたままのしおんは、起き上がるどころか、逆に上半身を後ろに逸らし路面に背をあずけた。そして伸びをするように身体をくねらせると、悪戯っぽい表情でキュゥべえを見つめる。

 

『それもそうだ。愚問だったね』

 

 毬屋しおんは、先天性の無痛無汗症を患っていた。

 彼女は生まれてからずっと、痛みも、熱も、冷たさも知らずに育ってきた。痛みだけではない、触覚のない彼女は、撫でられる心地良さも抱き締められる温かさも知ることができない。

 

『契約してくれれば、そんな疾患はすぐにでも治せるんだが……』

「ふむ~」

 

 何度となく繰り返した問答。答はいつもノーだ。

 魔法少女になることに抵抗があるわけではなく、理由は別にある。生まれてからずっと痛覚を知らずに生きてきた彼女には、今さら痛覚のある世界など想像できないし、痛覚のある世界に恐怖を感じていた。

 

「そんなに不便じゃないしな~」

 

 彼女の主治医も、両親も、看護師も、それを彼女の強がり、意地と受け取るが、彼女は心の底からそう信じている。

 幼いころは自分にはない痛覚という概念にひどく憧れたこともあったが、無い物ねだりだと理解できるだけの聡明さが彼女にはあったし、そう納得して生きているうちに、憧れより恐怖が勝った。

 もっとも今も痛覚への興味は彼女の心に溢れているが……。

 

『無理強いはしないよ。他の奇跡を願ってくれてもいいしね』

「平々凡々な少女に、なかなか人生と引き換えにする願いなんて思いつかないよ~」

『いいじゃないか。どうせその疾患だと長くは生きられないんだろう? 契約した方がお得だよ』

「なんてデリカシーのない奴なんだ、お前は~」

 

 しおんは、寝ころんだままキュゥべえを抱き寄せると、握った拳を彼の側頭部にぐりぐりと押し付ける。ちなみに加減を知ることが出来ない彼女のスキンシップは結構強烈だ。もし対象がキュゥべえでなく本物の猫なら、悲鳴をあげて彼女の手に噛みついていただろう。実際、過去何度も野良猫とのスキンシップで彼女は噛みつきや引っ掻きの被害を受けている。

 

「まぁ、いいけどね~。事実だし。それにさ~」

 

 しおんは、口元に手首を運ぶと、がぶりと歯を立てた。血管が透けて見える白無垢の肌に、小さな歯型がくっきりと刻まれる。彼女は色素の薄い舌を覗かせると、唾の音を響かせて歯形を嘗める。

 

「身体の痛みがないのは生まれた時からなんだけどさ、最近は心の痛みっていうのもなくなってきた、ような気がするんだよね」

『それは、まるでボクのようだね』

「白まんじゅうめ、一緒にするな~」

『色はキミも似たようなものじゃないか』

「わたし、ぷにぷにじゃないし~」

 

 キュゥべえの頬を指でつまんで引っ張る。キュゥべえの肌はシリコンゴムのような感触で、まんじゅうというよりは水羊羹のような印象なのだが、彼女にはその触覚情報を得る術はない。

 

『ところでしおん、いつまでここでこうしているつもりだい? 病院の近くで目立つとすぐに連れ戻されてしまうよ』

「あ、そうだね~」

 

 キュゥべえに促されて、ようやく彼女は立ち上がる。

 吐く息の白さは気温が相応に低いことを示しているが、パジャマにコートだけのしおんは寒暖を感じることもない。

 だからといって彼女が寒暖に強いというわけではもちろんなく、特に暑さは天敵に等しい。発汗能力のない彼女は、涼しくても軽度の運動で容易くオーバーヒートしてしまうし、暑ければ座っているだけでそうなってしまう。

 

「それじゃ今日も、≪痛い≫って気持ちの勉強に行こうかな~」

 

 故に、彼女はゆっくりと歩く。流れる景色を、すれ違う人を、耳に届く喧噪を、猥雑な臭いを楽しみながら。彼女にとって病院の外は異国だった。彼女の知らない痛みを知り、彼女が決して流せない汗を流す、彼女とは異なる人種の住まう国。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 夕方、勉強を終えたしおんは病室に戻った。

 十六畳ほどもある個室は、常に最適な室温湿度に制御されていて、発汗や皮膚血管の収縮による体温制御を行えない彼女でも快適に過ごせるようになっている。

 病室には豪邸の客間に似合いそうなサイドボードやテーブルが並び、そこにはアンティークドールや豪奢な食器が並んでいる。

 そんな中に午前中にはなかったものがあった、サイドボードの上に飾られているシンビジウムの花束だ。

 しおんの視線が花束に引かれる。柔らかなアイボリーのシンビジウムを主役に、黄色、オレンジ、ピンクの花が周囲を飾った花束は品良く美しく、しおんの琴線に触れた。

 

「午後にお母さまが届けてくださったんですよ」

 

 看護学校を出たばかりの若い女性がしおんの視線から先回りをする。それを聞いたしおんは、面白くもなさそうに顔をしかめて低い声で応えた。

 

「ママが、じゃないよ。お花屋さんがだよ」

 

 せめて店頭で束ねる花を選ぶことくらいしていれば、母がと言ってもいいだろうが、あの女のしていることは、花屋に口座上のお金を渡して一切合切を任せているに過ぎない。もう何ヶ月母の顔を見ていないだろうか、としおんは内心で嘆息する。もっとも、会いたいというわけでもないのだが……。

 

「しおんちゃんのご両親はお忙しいですしねぇ。しょうがないですよ」

「そうは言っても……わたしだって寂しいよ~」

 

 泣き真似をして、看護師の細い腰に抱きつく。職業柄か母性本能に富んだ看護師は、あやすように彼女のつむじを撫でるが――

 

「ぃたッ!」

 

 加減を知らないしおんに太腿の肉をつねられて悲鳴をあげる。その反応にしおんは破願し、看護師から離れると大きく頷いてみせた。

 

「いい反応~。痛いとそうなるのね~」

「もう、しおんちゃん……!」

 

 泣きぼくろのある瞳に涙を滲ませ、看護師はしおんをきっと見つめる。抗議の意味で強い表情と視線にしているつもりなのだが、生まれてこの方一度も喧嘩をしたことのない彼女のそれは、傍目には必死で涙をこらえているようにしか見えない。

 

「ごめんね、痛いっていうの、いまだによく分からなくて~」

「だからって、私で試さないでください……」

「う~ん、時々はね! よろしく~」

 

 涙目で抗議する看護師に軽口で返すと、しおんはクィーンサイズのベッドに倒れ込む。綿あめのようにふかふかのベッドで、しおんが体重をかけて飛び込んでも怪我をする虞はない。それでも看護師は心配なのか、足早に近寄り彼女の関節などの様子を目で確認する。

 

「あまり乱暴にしちゃダメですよ。人間の身体って、思っているより脆いものなんですから」

「はぁ~い。ねぇ、お風呂はいりた~い」

「もう入るの? 夕飯の後の方が良くないかしら」

「今日は外に出て汚れたし~」

「……脱走したことをあけすけに言わないで下さいね」

「まゆみのお風呂気持ちいいし~。遅番の人に変わる前に入りた~い」

 

 ベッドの上で全身を弛緩させているしおんから、靴下、コート、パジャマと剥ぎ取りながら看護師は「仰せのままに」と芝居ぶって応える。汗をかけない彼女の衣服はほとんど汚れも臭いもなく、また身体も入浴前というのに芳しい香りがした。

 

 

 

 

 

 

「頭、おとなしくしてくださいね」

 

 タイルの上、両足を投げ出してぺたんと座り込んだしおん。その背中側から身体を洗ってあげていた看護師は、しおんの頭突きを乳房の下側に受けて抗議の声をあげた。痛みを感じるような乱暴な頭突きではないが、突かれる度に乳房が揺れて肩に負担がかかる。

 

「まゆみのおっぱいが大きいのが悪い~」

「そんな無茶苦茶な……」

「だいたい、ナースで水着つけないのまゆみだけだよ~。自慢だな? 自慢に違いない~」

「なんで私がしおんちゃん相手に自慢しないといけないんですか……」

「え、なになに~。自慢しちゃう相手が他にいるの~?」

「大人をからかうんじゃありません……って、小突いても意味なかったですね」

 

 たしなめる様にしおんの頭をげんこつをコツンとあわせた後、顔を綻ばせる。もともと垂れ気味の瞳が笑うとさらに垂れて、目元のほくろとあいまって、とても優しい表情になる。確かに小突かれてもしおんには感じられないのだが、彼女はいつも大げさな所作と言葉でのフォローで、しおんにも充分に伝わるようにしている。そのおかげでしおんは、彼女といるときは触覚があるかのように話をすることができた。

 

「今日は髪は洗う日ですか?」

「違うんだけど~。洗ってもらってもいい~?」

「はい、もちろんいいですよ」

 

 

 

 

「しおんちゃんは、宝石みたいですね」

 

 棒立ちになったしおんの、タイル床に届きそうな髪先にトリートメントをしみ込ませながら、まゆみがうっとりとした声を漏らした。

 

「なにそれ~?」

「だって髪もこんなにサラサラで綺麗ですし、肌も透き通るようで、シミひとつなくて」

「でも、おっぱいないよ~?」

「それは、もう少しすれば大きくなりますから……」

 

 乳房に拘泥するのは幼児性の表れと看護師には見えた。しおんは幼いころから病院へ隔離され、親の手を離れて何不自由ない生活をしてきたと聞いている。それだけに母親に甘えることもできず、いまだに母性を求めているのだろうな、と弓槻まゆみは推し量ると、自分で良ければ出来るだけ甘えさせてあげよう、と結論した。

 髪先の保護を終えると、まゆみは掌を重ねてでシャンプーを泡立てる。しおんは目にシャンプーが入っても何一つアラームは出せないのだから、ここから先は特に慎重にしないといけない。

 

「少し、首を後ろに倒してくださいね」

「は~い」

 

 言われるままに、おとがいを上向けたしおんに、まゆみは泡立てたシャンプーをそっと押し当て、地肌に馴染ませていく。

 充分になじんだ頃合いで、指の腹でマッサージするように頭皮を揉む。触覚がないはずのしおんが、目を細めて気持ち良さそうにしてみせるのは、きっと触れている個所を通じて、彼女の優しさが伝わってくるからだろう。

 時間をかけて洗髪を終えると、一般的にシャンプーに推奨される温度――体温程度よりも遥かに低いぬるま湯ですすぎを行う。

 

「ぼーっとしたり、気分が悪くなってきたら、教えてくださいね」

「大丈夫だよ~。まゆみも痛いことあったらいってね~」

「痛っ!」

 

 おとなしくシャワーを浴びているように見えたしおんだが、後ろ手にまゆみの腿肉を捻りあげる。短い悲鳴をあげたまゆみをからかうように、しおんは首をさらに後ろに傾けてまゆみを見上げる。

 

「あ、痛かった~?」

「……痛いことあったら言ってねっていいながら、わざと痛くするのはどうかと思いますよ」

「わ、反撃はダメだよ~。わたし患者なんだから~」

 

 髪を梳いていた手をしおんの肩口にあてがい、指で肌をつまみあげるような仕草をみせるまゆみに、しおんがわざとらしい悲鳴をあげる。それを見ると、まゆみは表情を崩して、しおんの肩から腕を撫でさする。

 

「こんなこと言うのは不謹慎ですけど、ちょっと憧れちゃいますね、痛くないのって」

「便利だよ~。ただ、ひとりで生活できないのは不便かな~」

「そうですね、お部屋もお風呂もしっかり温度管理しないといけませんし、そこは大変ですよね」

「お手数をおかけしております~」

「いえいえ」

 

 間延びした口調で大人びた物言いをするしおんに苦笑で応えると、蛇口をぎゅっと閉め、手慣れた動きでしおんの長い黒髪をタオルで包んでいく。そして、その上から撫でるような優しい力で、少しだけタオルを押し当てる。

 

「まゆみは、痛いの嫌なの~?」

「そりゃぁ、痛いの好きな人はいないと思いますよ」

「じゃ~、入れ替わっちゃう?」

「ふふ、そうですね。そんなことができれば、それもいいかもですね」

「もしそうなったら、わたしがお風呂いれてあげるよ~」

「はい、ぜひ」

 

 たわいない仮定の言葉を熱心に語るしおんの様子に、一二という年齢相応の幼さを感じたまゆみは微笑みを浮かべると――髪のためにはあまり良くないことであるが――タオルを両手でごしごしとした。

 されるがままになっているしおんの表情は、親猫に毛繕いされる仔猫のそれに近かった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 毬屋しおんの症状は、軽度の知的障害を伴うことが多いのだが、彼女に関してはそれは当てはまらなかった。

 もし通学していれば年齢的には中学一年生にあたる彼女だが、パソコンを使用しての学習により既に中学三年分のカリキュラムを終え、数学と物理については高校で習う範囲まで理解の翼を広げている。

 今日も昼食後の時間を、ノートパソコンでの学習にあてていた。退屈だ、飽いた、そういった心の苦痛も感じないかのように、粛々と問題を解き、答を確認していく。

 

『最近は外に出ないんだね』

「お、おひさ~。まゆみがね、あんまり脱走するなって言うからさ~」

 

 窓も入り口も閉め切っているよういうのに、キュゥべえはいつの間にかしおんの足元に姿を見せていた。そして口を動かさずに、思考だけをしおんに送り込む。

 

『キミが人の言うことを素直に聞くとは珍しいね』

「まゆみは特別だからね~。っていうか、ひとを天邪鬼みたいに言うな~」

『それは失礼した。しかし、そういった学問の勉強もいいが、痛みの勉強はいいのかい』

 

 二次不等式を解いていた彼女の手が止まる。

 とん、とんと同じキーを指が叩き、意味を為さない文字列がモニターに綴られる。しばらくそれを繰り返した後、はっと我に返るとバックスペースを連打した。

 

「そうなんだけどさ~。最近は学ぶものがなくて~」

『それは、充分に学び切ったということかい?』

「違う~」

 

 ノートパソコンの小さいキーと比べてもなお細いしおんの指先が、今度は正確にキーを叩く。モニター上に器用に括弧に括られた式が幾つも並び、それをもとにしおんの頭脳が正解を導く。その回答を入力し、エンターキーが押下されると、モニターに花丸が表示された。

 

『ふむ。教材のレベルアップが必要なのかもね』 

「レベルアップか~」

 

 気分屋な彼女は、その言葉でふと思い立ち、学習プログラムを立ち下げた。そして、しばらくご無沙汰していた経験値稼ぎをしようかとゲームプログラムを走らせてコントローラをノートパソコンに接続した。

 

「明後日の金曜はまゆみ、お休みだから~、その日に行こっか~」

『わかった。それじゃ、明後日に』

「あい~」

 

 モニターに映し出されたメニューから、データのロードを選択する。モニターが暗転し、魔騎士の≪しおん≫、聖騎士の≪まゆみ≫、踊り子の≪No_Name≫、祈祷師の≪ああああ≫のパーティメンバー四人がデフォルメの効いたドット絵で現れる。

 

「よ~し、冬山越えできるまでレベルあげるぞ~」

 

 以前投げ出した長征イベントの名を叫び、気合を入れると、しおんはコントローラを両手で握りしめた。前は七連戦だか八連戦の四戦目でギブだったので、レベル少し上げればクリアできるだろう、と見通しを立てる。

 

 

 

 

 

 

「聖騎士なんですか。かっこいいですね」

 

 夜勤の時間になってしおんの病室を訪れた弓槻まゆみは、翼飾りのついた兜をかぶり、片手剣と凧盾で華麗に戦う自分の名前を冠した騎士を覗き込んだモニターの中に見て、満足気に頷いた。

 

「うちのエースだよ~」

 

 ステータスアップアイテムも、一品ものの装備も全部≪まゆみ≫に回しているのだから当然なのだが、そんな事情を知らない(そもそもゲームに疎いので聞いても分からない)まゆみは、その言葉にも我がことのように手を叩いて喜ぶ。

 

「それは嬉しいですけど、そろそろ電源プチってしましょうね」

「え~」

「もう。ここは消灯免除されてますけど、本当ならとっくに消灯時間なんですから……」

「え~」

「夜更かしすると折角の綺麗な肌が荒れちゃいますよ」

 

 不承不承ながらも頷いたしおんは、「でも、セーブするところまでは進めていいよね?」と見苦しくも粘ってみせたが、

 

「ダメです」

 

 と笑顔で却下されると、諦めてノートパソコンをシャットダウンさせた。

 

 

 

 

 

「ずっとゲームしてて、お風呂まだなんだよね~」

 

 折りたたんだノートパソコンをサイドボードの引き出しに押し込むと、しおんは思い出したように言った。夕飯もまだだったが、食欲がないこともあってそちらは言及しない。

 その言葉を聞いたまゆみは、眉をひそめてみせると彼女にしては低めの声で「……あまり生活態度が乱れるようなら、厳しくしちゃいますよ」と告げた。しおんが夕飯、お風呂ともに済ませていないことは引継ぎで聞いていたし、注意しようと思っていたことなので、しおんが話を振ってくれたことは渡りに船と言える。

 

「反省します~。ね、だからお風呂~」

「今からですか? まぁ、身体つねったり、胸を触ったりしないならいいですよ」

「それじゃ意味ないよ~」

「しおんちゃんは何しにお風呂入るんですか……」

 

 問答しつつも、お互いに着地点は見えている。しおんが脱がせやすいようにベッドに腰掛けて両手両足を伸ばすと、まゆみは甲斐甲斐しく彼女の部屋着を脱がせては几帳面に折りたたむ。その間にもリモコンで、バスタブにぬるま湯をためるよう指示を飛ばす。

 

「髪はどうします?」

「今日は遅いし、いいや~」

「はい。じゃぁ、まとめちゃいますね」

 

 ナース服のポケットから取り出したヘアクリップで、器用にしおんの長髪をつむじを中心に巻き上げていく。

 そうこうしているうちに、しおんは舟をこぎ始め、やがてベッドに背中から倒れ込んで寝息をたて始めた。

 

「あらあら、気分屋さんなんだから」

 

 寝顔だけ見てると、本当に天使みたい、とまゆみは微笑む。もっとも、動き喋くると天使というよりは小悪魔に近くなるのだが。

 しおんの部屋なら、裸で床に寝ても体調を崩すようなことはないはずだが、まゆみはパジャマをしおんに着せてあげると、薄手の布団を彼女にかけた。触覚がないというのは、こういう時は目覚めさせてしまう心配が少なくて便利だ。まゆみは布団を軽めにぽん、ぽんと叩くと寝顔に語りかけた。

 

「いい夢を見てね。おやすみなさい」

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