マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~ 作:XXPLUS
第二三話 マミさん、魔法少女と敵対する
見滝原市郊外工業団地。
東西二キロメートル、南北五キロメートルに及ぶこの区画は、立ち入り禁止区域となっていた。
昨年晩秋の暴風雨以降、当該地区で恒常的に大規模な竜巻が発生しているため、政府により制定されたのだ。それにより企業が受けた損害は数百億円単位であり、補償により国家が被った損害はそれに数倍した。
もちろん継続して発生する竜巻などというものはメカニズム上ありえないのだが、事実として存在していることから、アカデミズムの分野では新分類のエヴァーラスティング・スパウトとして学会を賑やかし、ゴシップの分野では某国の気象兵器や某宗教団体の陰謀としてテレビや雑誌を賑やかした。
「HAARPよね、HAARP」
もう三〇年以上前から、オカルト雑誌に名前だけは何度も取り上げられてきた高層大気研究施設の名を挙げて、メガネの少女が巴マミに声をかけた。
オカルトの世界では、その施設が発射する電磁波で地震が起こる、異常気象が起こる、精神攻撃が起こる、一貫性が感じられないが、とにかく様々な事象を引き起こすとされている。
六限目の授業が終わり、ホームルームを待つだけの教室。
生徒たちの喧騒を逃れるように窓際に立って竜巻を眺めていた巴マミは、呆れたような笑みを浮かべると窓際の席に座る少女に視線を向けた。
「またそれ? でも、そんなのがあるなら東京とかにしないかなって思うんだけど……?」
「警告よ、きっと」
竜巻の正体である≪微睡みの魔女≫。その様子を見張るという目的もあって、市街地と工業団地(現在は立ち入り禁止区域)を分ける川のほとりに校舎を構える見滝原第一高校に巴マミが進学したのが二ヶ月ほど前。
頻繁に窓辺で竜巻を見つめるマミに興味を持ったメガネの少女が声をかけたのが、一ヶ月ほど前になる。
巴マミは中学生の頃の習い性で、話しかけてきた少女から距離を取ろうとしたのだが、あいにくと空気を読む能力に欠けるメガネの少女、森林りんごはそんなマミの態度におかまいなくグイグイと接近してきた。
それが幸いしたのか、ふたりは充分に友人と呼べる関係を築きつつあった。
「警告って誰が誰に……。それに、それならこんな新興工業団地じゃなくて霞ヶ関とか新宿とか狙わないかしら?」
「マミ、ただの陰謀論に理詰めで反論しない!」
身も蓋もない言葉でマミの反論を遮る。
気迫負けした風を装ったマミが舌を出して「はーい」と返すと、窓から一陣の風が舞い込み、縦にロールされた黄金色の髪を持ち上げた。気持ち良さげに目を細めるマミは、同性の森林から見ても艶っぽく魅力的に映る。
見惚れていた森林の手元から、吹き込んだ風が数枚のルーズリーフを散らした。
ルーズリーフに書かれている内容は黒魔術に関するもので、マミ含め級友には理解できないものだ。だからといって見られても問題ないと開き直れるはずもなく、森林りんごは慌てた様子で紙片を拾い集める。
善意からマミや近くの席の男子も数枚のルーズリーフを拾い彼女に手渡すと、顔を赤らめて小声で礼を言った。
「く、黒魔術とか真面目にやってる美人電波娘ですので……」
三つ編みにそばかすといった構成要素で美人を自称するのはやや苦しいが、羞恥から火照った頬や潤んだ瞳は年齢相応には可愛らしい。
ただ、可憐と美貌の調和をテーマに古今東西の神々が造形コンテストを開き、堂々優勝に輝いた被造物が彼女です、といっても通用しそうなマミが横にいるので、どうしても見劣りしてしまう。
「いまさら照れなくてもリンリンの趣味はみんな知ってるよ?」
「そのリンリンというのもどうかとー」
森林りんごの「林りん」の部分を取ってのニックネームだ。イタリア語が入っていないことから命名者はマミでないことが伺える。
森林本人はこのニックネームを受け入れているのだが、思い出したように不平を漏らすことが稀にあった。
「えー、パンダみたいで可愛いよ、リンリンって」
「パンダってより、人形劇三国志を連想するんだけど」
回収したルーズリーフをクリアファイルに片付けながら、森林りんご=リンリンはよく分からない感想を述べる。彼女がよく分からないことを言うのはいつものことなので、マミはいちいち問い質すことはせずに、リンリンの席を離れ再び窓際に寄った。
窓際に寄ると校庭の花の香りがかすかに届いた。マミは息を大きく吸い込んで、花の香りを楽しむ。
マミの様々な感情のこもった瞳には、魔女の虚像としての竜巻は映らない。工業団地の建築物の彼方に、微動だにすることなく佇む≪微睡みの魔女≫の巨躯、その実像が映っている。
ただ、ニュースの映像などで件の竜巻を見たことはある。
一本の柱となって地上から天空へと伸びる、ねじれもなく、回転も穏やかな竜巻をモニターで見たマミは、それが≪微睡みの魔女≫の心根を表しているように思えて温かな気持ちになったものだった。
「マミはその竜巻好きよねぇ。将来天文学者にでもなりたいの?」
「そうじゃないけど……神秘的じゃない?」
休眠状態にある≪微睡みの魔女≫に変化がないか見張ってます、と返すわけにもいかずに適当な理由を挙げたマミは、嘘をついた居心地の悪さを誤魔化すように前髪を指で梳いた。
「神秘的とは乙女チックな。さすがマミね。まぁその竜巻は、世界に三七九四ある謎の中でも結構ランクが上なのは確かよね」
「そんなにあるんだ……把握するだけで大変ね」
「そうよ。日々変化する謎を追いかけて、たゆまぬ努力が必要なのです」
「……日々変化するのに数が決まってるの?」
片や窓から外を眺めながら、片や文房具をスクールバッグに押し込みながら、視線を合わせることもなく会話するその様は、そうあるのが自然と思わせる雰囲気があった。だから、別にリンリンが言葉に詰まったからといって居心地が悪いなどと感じることはなく、いつまででも静寂を楽しんでいられる関係ではあった。
しばしの沈黙の後、マミがフォローというよりは追い打ちの意図を込めて、じゃれるような雰囲気で呟く。
「あ、ごめん。理詰めNGな話題だったのね」
「そうよ、気をつけてよね、マミ」
「はーい」
歌うような声で返すマミの表情が一変した。
市街地と工業団地を繋ぐ大橋――簡単なバリケードで通行止めとなっている――の上に人影を認めたからだ。魔力により視覚を強化し、人影へと目を凝らす。
三人の少女が見えた。
少女たちは会話をしながら、大橋を工業団地方向へ向けて進みつつある。
それぞれが絵本かテレビから抜け出してきたような奇矯な衣裳に身を包んでいて、そのうちふたりは現代の日本では所持が許されない大鎌と弩弓を手にしていた。その出で立ちから、マミは彼女たちを魔法少女と判断する。
「ごめんリンリン、ホームルーム代返しといて」
窓の外を凝視したまま告げる。
突然の、前例のない依頼に、メガネの少女は呆けたような表情を見せた。
彼女が本気か冗談かと訝しんでいるうちに、マミは自分の机のサイドフックにかけられたスクールバッグを持ち上げて、改めてリンリンに近寄って囁いた。
「よろしくねっ」
「え~、絶対ばれるでしょー」
「黒魔術で切り抜けてっ」
「私のはファッション黒魔術だからー!」
ウィンクで反論を封殺すると、マミは足早に教室を出た。そしてメールを一通打つと、認識を希薄化させて廊下を駆ける。
コルセットとスカートが一体化したような極端なハイウェストスカートと、前から見るとアームガードと表現してもいいような極端なショートジャケットで構成された制服。
ブラウスは純白で、灰色のジャケットとスカートに囲まれた乳房だけが強調されているようにも見える。
少なくとも見滝原や風見野では他に類を見ない制服で、これを着ていると一目で見滝原第一高校の生徒と分かってしまう。
敵対する可能性のある魔法少女とコンタクトするのに、そのような正体の分かる服装でいるのは不利益でしかない。
階段を飛び降りながら、マミは身を包む衣裳を制服から艶やかな魔法少女のそれへと変化させる。
衣裳の変化に伴い、マミの精神も女学生から戦士へと変わり、眼差しが鋭さを増す。
数歩で三階から一階へ降り、さらに数歩で学舎を抜け出でて校門をくぐる。
市街地と工業団地を分かつ河川の上空に、ジニアの花冠を幾つか作り出し、それを足場として対岸へ渡る。
長らく人が訪れることもなく、砂埃の溜まったアスファルトに着地すると、振り返って川を挟んで立つ校舎へ視線を向ける。
三階の教室に目を凝らすと、ちょうど新卒の女性教諭が教壇に立つところだった。メガネの友人は、この距離からでも挙動不審な様子が見て取れる。
「ホームルーム出欠ないんだけど……リンリン、パニくってる」
くすりと笑うと、マミは大橋へと急いだ。
先ほど視認した魔法少女たちは大橋を歩いて渡っていたので、この速力ならば先回りできるはずだ。
◇ ◇ ◇ ◇
四車線の自動車用道路を持ち、さらのその外側に歩行者用の広い通路を持つ大橋に、突風が吹いた。
路面に無数に転がるコンクリート片が音を立てて転がり、降着していた砂塵が巻き上げられる。
歩行者用の通路を天蓋状に覆うアーチ構造、その支柱となる高欄塔に転がった小石が当たり、乾いた音が響く。
三人の魔法少女のうち、先頭を歩いていたひとりは手をかざして砂塵を防ぎ、後ろを歩いていたふたりのうち、長身の少女はつばの広い高帽子を目深にした上で、もうひとりの背の低い少女を自身のローブで庇った。
彼女たちが砂塵を避けて目を逸らした一瞬の間。その間に、巴マミは彼女たちの一〇メートルほど前に姿を現した。
彼女たちが気付くよりも早く、腕を組んで立つマミは落ち着いた声で語りかける。
「どちらに向かう気かしら? この先は立ち入り禁止地区よ」
マミの問いかけに応えるのは、先頭に立つ少女だ。
萌黄色のゆったりとしたエプロンドレスをまとい、頭にはキャビンアテンダントを思わせるベレー帽をちょこんと乗せている。
右手首には蒼銀に輝く弩弓が固定されており、ちょっとした芸術品としても通用しそうな流麗なフォルムを誇っている。
「わたくしたちは、この先にいる魔女を倒すために風見野から参りました」
まだ突風の影響でなびいている黄金色の長髪を品のある仕草で抑え、健康的な肌の色の少女はよく通る声でゆっくりと言った。
「見滝原はわたくしたちの縄張りではありませんが……魔女を放置している状態を看過できませんわ」
後ろに立つふたりの少女は、彼女をリーダーと認めているのか口を挟むことも前へ進むこともせず、ただ待っている。面倒事を押し付けているだけなのかもしれないが……。
「まぁ……魔法少女が立ち入り禁止地区に来る目的なんてそれくらいよね。……でも、やめておきなさい。あなたたちの手に負えるものではないわ」
「魔女を放置することを良しとしろと仰るの? 確かに今はおとなしくしていますわ。でも明日この魔女が犠牲者を求めて動き出さない保証がどこにありますの?」
僅かに少女の声が高くなった。
そんな少女の挙動を、感情を殺せない幼さと否定するのではなく、好感の持てる純粋さとマミは肯定した。
「それなら、あなたたちの攻撃がこの魔女を刺激して動き出させてしまう可能性もあるわ」
「その前……いえ、動き出してからでも仕留めれば良いことですわ」
「それはその通りかもね。だけど、あなたたちでは無理。私たちでも手も足もでないくらいなのよ」
「あなたの立場からはそれで筋は通っているのかもしれませんが、わたくしたちから見ればその理屈は不完全ですわ」
「でしょうね」
マミが勝てなかったからといって、彼女たちが勝てないとはならない。マミと彼女たちの力関係が定まらなければ。
実際は彼女たちがマミより強かったとしても、究極の魔女である≪微睡みの魔女≫を倒すことは不可能だろうが。ともかく、今この場で闖入者たちを納得させるために、マミは力量を示す必要があった。
「確かめたければ、かかってきていいわよ」
組んだ腕を崩さず、あごを動かして挑発するように口の端を吊り上げる。ただ戦って勝つだけではなく、圧倒的な差を示さなければとマミは考えていた。そして、その自負を許されるだけの能力を彼女は持っていた。
「……わかりましたわ。怪我なさっても知りませんわよ」
リーダー格の少女がストレートロングの金髪を片手で大きく払う。
その仕草で扇の形に広がった絹糸のような髪の背後、ふたりの魔法少女が砂利を踏みしめる音を立てて一歩下がった。だが、一対一を期そうとするその動きに、マミが待ったをかけた。
「まとめておいでなさい。そうじゃないと納得できないでしょう」
「ふざけないでくださいっ! 三人相手にあなたひとりでなにを……!」
「三人まとめて倒してあげるって言ってるの。飲み込みの悪い子ね」
マミの傲然とした物言いに、エプロンドレスの少女がギリ、と音を立てて歯噛みした。大きな垂れた瞳、小ぶりな桜色の唇をたたえた端正な顔が屈辱に歪み、怒りのために頬が上気した。
しかし彼女が激発する前に、ふたりの魔法少女が動いた。
「んじゃ、お言葉に甘えっかね」
後ろに立つ長身の少女が、大鎌を横に構える。童話に出てくる悪い魔女を思わせる漆黒のローブがその動作で揺れ、高帽子が沈み込むように目深になった。
「う、うんっ」
背の低い少女は、ドッジボールほどの機雷を生み出して両手に掴んだ。両手には野球のグローブをふたまわり大きくしたサイズのグローブがはまっており、両足の巨大なブーツとあわせて、カートゥーンのキャラクターを思わせる雰囲気をかもしだしていた。
「かおり、向こうがああ言ってんだし、三人でやろうよ」
かおりと呼ばれた少女は、瞬間的に感情を制御することで表情を穏やかなものに戻してから、半身をひねって後方の仲間に視線を向けた。
そして見る者の心を温かくする笑みを浮かべて、鳥が囀るような声で告げる。
「分かりましたわ、あのお方に少しお灸を据えてさしあげましょう……千尋さんっ!」
「はいっ!」
千尋と呼ばれた少女が身体の周りにふたつ、みっつと浮遊機雷を作り出す。ひとつひとつがドッジボールサイズのそれらは、持ち主が投げるまでもなく、魔力誘導によってマミに向かってゆるやかに飛翔する。
機雷の着弾にタイミングを合わせて、かおりが弩弓から矢継ぎ早にボルトを放つ。それらは全てがマミに集弾される。
マミは動かない――ようにかおりには見えた。それは、予想外の事態に対処を思いつかず硬直する猫といった印象を与えた。そして、着弾の寸前、その印象を否定するようにマミが笑った。
しかしその笑顔は、一瞬の後に機雷の着弾による爆煙にかき消される。
さらに続けて着弾した後続の機雷の炸裂音が連なる。そして、爆発で生み出された黒煙に吸い込まれるようにクロスボウから射出されたボルトが消えていく。
彼女たちには、マミが成す術なく被弾し、爆炎に沈んだように見えた。
もちろん、事実は異なる。
数多の機雷とボルト、それらが着弾する刹那、マミは≪絶対領域≫と呼ばれるリボンの防御壁を展開していた。絶対の名を冠する不壊の盾に阻まれ、機雷はむなしく爆散し、ボルトは地に墜ちた。
だが、魔法少女たちからはその推移は見えていなかった、それ故に痛打を与えたと思ったのだが――黒煙の中から、マミの涼しい声が届いた。
「躊躇なく攻撃してきたのはお見事ね。でも、追撃がないのはどういうことかしら? 相手を倒したことをしっかり確認するまでは、手を緩めてはダメよ」
砂を含んだ突風が黒煙を取り除いた時、そこには既に≪絶対領域≫を解除したマミが、腕を組んだままに立っていた。
「かおりと早苗の攻撃を……魔法でも使ったのかよ!」
「あら」
揶揄するような響きのマミの言葉は、魔法少女たちの神経を逆撫でた。挑発することで本気を引き出し、それを凌駕することで諦めさせようとの意図だが、マミ自身にも多少楽しんでいる部分があるのは否めない。
「魔法少女だもの、魔法は使うに決まってるじゃない」
「そういう意味じゃないっての!」
大鎌を構え、長身の魔法少女が駆けた。同時に弩弓を構えた魔法少女――かおりも駆ける。
「モード、スプレッドニードル」
走りながらエプロンドレスの魔法少女が呟くと、弩弓に装填されているボルトの形状が変化した。
一本の太いボルトは、バーベキューに用いる鉄串のように細いニードル六本へと分割される。それらニードルは尾を揃えたまま、尖った先端部を扇状に広げる。散弾式の射撃武装だ。
ふたりの魔法少女は、四車線の道幅を活かして左右に大きく散る。
そして弧を描く軌道でマミの左右から挟みこむように間合いを詰めた。慣れた動きだ。即興ではなく、彼女たちの定番の連携なのだろう。傍目には軽やかな動きだが、巻き上げられる砂塵の激しさがその鋭さを物語る。
先に到達したのは大鎌の魔法少女だった。大振りな横薙ぎを、マミの首を狩る軌跡で唸らせる。
僅かに遅れて白兵戦の距離にまで接近した弩弓の少女が、右腕を伸ばし弩弓をマミのわき腹に突きつけるようにして六本のニードルを射出した。
「惜しいわね」
だが、いずれの攻撃にもマミには届かなかった。
地上から屹立した一本のリボンが、柱となり大鎌を受け止める。そしてマミのわき腹を守るように生まれ出でた黄色い大輪の花が、盾となり六本のニードルを弾き返した。
「そうでもないよ。こっちも魔法を使えるんでね」
口の端を歪めて大鎌の少女がなにごとかを唱える。すると、鋼鉄の強度を誇るマミのリボンが大鎌によってするりと裂かれた。
リボンの防御に信をおいていたマミは、意外な成り行きに内心では動揺した。しかし表情には出さず、身体を後ろに反らせて大鎌を回避する。
前髪が数本持っていかれ、マミの視界をはらりと舞う。
――お手入れ、頑張ってるのに、もう……。
「もういっちょ!」
返す刃が態勢の崩れたマミを狙って迫る。
マミは表情を変えず優雅な――彼女たちから見ると小馬鹿にした――笑みをたたえたまま、頭上に赤い花を一輪作り出した。
花冠は現れるや即座に花弁を散らし、散った花弁はひらりと舞って落下する。
マミの鼻先へと零れ落ちた花弁のひとつが空中でぴたりと静止。ピンポイントのシールドとなって迫りくる大鎌を受け止めた。
「……切断魔法。でも、どうしていったんリボンに触れて止められてから切断したのかしら? 最初から切断能力を与えておけば、速度を落とすことなく私を攻撃できたはず。つまり、触れてからでないと切断できない。さらにいえば……」
大鎌の少女が再び短い言葉を唱えた。赤い花弁はその呪文に抗せず両断される。
が、続いて舞い落ちてきた別の花弁が、やはり空中に制止して再び大鎌を受け止めた。
「触れたものひとつ、それだけが対象なのね。じゃぁ二重三重の防御を作れば、なんてことないわよね」
大鎌の軌跡に立ちはだかるように、さらにみっつの花弁が空中に並び静止した。
大鎌の少女は舌打ちをすると、さらなる切断魔法の行使を諦め、鎌を引く。
マミは悠然と態勢を整え、ふっくらとした下の唇を湿らせるように舌で舐める。
「それとそちらのショットガン。接射ほどダメージがある……と思ったのでしょうけど、あまりに近いと防ぐのも容易いわよ」
「チューターを頼んだおぼえはありませんわよ……!」
「あら、だってただ追い返すのは忍びないもの。少しはお土産を持たせないとね」
「防戦一方で追い返せると思って?」
「ん……後ろ、見てみて」
だが、ふたりの魔法少女はマミから視線を外さない。戦闘力の底が全く見えないマミから視線を外すことは、彼女たちの本能が拒絶した。
その態度を怯懦でなく慎重と受け取ったマミは賞賛の声をあげる。
「うかつに振り向かないのは偉いけど、そういう駆け引きじゃなくて本当に後ろ見て欲しいんだけどな」
そして、マミの言葉に被るようにして彼女たちの後方から悲鳴があがった。機雷を操る背の低い魔法少女のものだ。
悲鳴に反応して大鎌を操る長身の少女が、そして少し遅れて弩弓を操る少女が半身を開き後ろを見る。
少女たちの視線の先では、背の低い少女がリボンに拘束され、その身体を空中に持ち上げられていた。両腕を胴と一体化するほどに強くリボンで締め上げられ、両脚を一本の棒に見えるほどに激しく縛られた少女は、骨が軋むような苦痛に再び悲鳴をあげた。
「早苗!」
「千尋さん!」
ふたりの魔法少女がそれぞれの呼び方で拘束された少女の名を呼んだ。そして大鎌の少女が駆けよろうと完全に身体を翻し、燕尾服のように先の割れたローブの後姿をマミに晒した時――
「ふふ、ダメよ、戦ってる時に目を逸らしちゃ」
彼女たちの注意が後方に向いたタイミングで、新たなリボンが生み出された。
彼女たちの足元に発生したリボンは、瞬く間に彼女たちの両脚を捕らえ、空中へ逆さ吊りに持ち上げる。持ち上げられながらの不安定な体勢ながら、かおりが弩弓をマミに向けようとする――その動きに先んじて、リボンが両腕をも拘束した。
先の千尋早苗と同じく、両腕を胴に巻き付け、両脚を太腿の肉が歪むほどに縛り上げる。
「騙したのかよ!」
「卑怯ですわ!」
ミノムシさながらに宙吊りになった状態で、抗議の声をあげるふたりの魔法少女。
マミは得意げな表情でその声を柳に風と受け流し、ようやく腕組みを解くと先ほど攻撃を受けた前髪を慰めるように指で弄んだ。
「戦いの場の嘘は武略っていうのよ? 怪我はさせないから勘弁して欲しいわ」
悪戯っぽく告げると、一挺だけマスケットを生成し、それを横に向けた。
照準は大橋の側部に一定間隔で立ち並び、アーチを支える高欄塔だ。高さ一〇メートルを超える高欄塔は塗装がところどころ剥げ、露出した地金は錆びついている。
「あなたたちに銃口を向けたくないのよ」
マミの白く細い指がトリガーを引くと、軽い炸裂音をたてて魔弾が放たれる。
ほぼ同時、高欄塔の基部が地面に落とされた西瓜のように弾け跳び、根元は橋の外へと崩れ落ち、天辺はアーチを支えることをやめて橋の内側へと傾いだ。
ゆっくりと傾き始めた高欄塔は、スローモーションを思わせる動きでマミのすぐ後ろにその身を横たえる。
衝撃に大橋が揺れ、おびただしい砂埃が舞い上がった。
「諦めてもえらえないかしら。あなたたちを攻撃したくはないわ。それに、例えあなたたちが私より強かったとしても、あの魔女には手も足も出ないと思うの」
マミは埃と振動が収まるのを待って口を開いた。
「それほどの魔女だと仰るのですか?」
「ええ。悔しいけれど、大人と子供だったわ。もしあの魔女が目覚めたら、世界は終わりかもね」
拘束されたままのかおりは、瞑目すると思考を巡らせた。それほどに危険な魔女を、目覚めないことにかけて放置することを是として良いものか、と。
だが、目の前の手練れの魔法少女の言葉を信じるならば、自分たちでは倒せない――少なくとも、今の戦力では。
倒せるという成算なく魔女を刺激するのは、確かに慎むべきなのだろう。
そう結論した金髪の魔法少女は、観念したように呟いた。
「分かりました。諦めますわ……いましめを解いてくださいますか」
「理解してくれて感謝するわ」
ほっとした雰囲気をまとわせてマミが応える。
怪我のひとつもさせずに彼女たちの理解を得たことで、マミは心の底から安堵していた。
そこに、初めて油断が生じた。
拘束を解かれたかおりが、落下する途中で魔方陣を生みだし、それを蹴って下方へ跳んだ。
鋭角的な軌跡で地に向かうかおりは、一息の間にマミの眼前に着地する。
そして彼女は、マミの豊かな乳房に弩弓を突きつけた。
急激な着地で舞った砂埃の中で不敵に笑う。
「諦めると言いましたが……これは武略、ですわよね」
「あら……意趣返しされちゃったかしら」
のんびりとした口調のマミは、視線を横に向けて目配せした。――大丈夫だから、とその目は虚空に向けて語っていた。
そのマミの仕草に多少の違和感はおぼえたものの、かおりは最初から決めていた通りに弩弓を下ろして破願する。
「冗談ですわ。約束は守ります」
あなたと違って――という言葉が隠されている気がしたのはマミの被害妄想ではないだろう。
「梢さん、千尋さん、帰りましょう」
拘束解除からの落下で尻餅をつき、埃まみれになった千尋早苗と、甲斐甲斐しくその埃をはたいて落としている梢ジュン。
その両名に呼びかけ、かおりは踵を返した。腰を叩くほどに伸びた黄金色の髪が花開くように舞う。その様は髪のひとつひとつが、空気より軽いようにさえ思わせた。
「失礼しますわ、巴マミ――」
少女の去り際の言葉に、私、名乗ったっけ、とマミは小首を傾げた。
◇ ◇ ◇ ◇
「最後、ひやっとしたよ」
マミから数メートル離れた空間から声がした。声の出所には人影も何もなかったが、マミは驚いた様子もなく、そちら――先ほど目配せした場所に視線を向ける。
「ありがとう、杏子ちゃん」
「いつでもフォローに入れるようにしてたけど……無用だったね」
「そんなことないわ。おかげで強気でいられたもの」
声の出所一帯の空間が歪み、その中から大身槍を携えた赤髪の魔法少女、佐倉杏子が姿を見せる。
自身の周囲に風景の幻影を作り出し、自身の移動に合わせてその幻影も移動させる。さながら不可視のクロークをまとうようにして行動する幻惑魔法のひとつの極みだ。
「ファンタズマ・マンテーロ、すごい冴えね。あの子たち全く気付いてなかったわよ」
自らが命名した≪亡霊の外套≫の効果を褒め称えながら、頭部の羽根飾りを外して、掃くように身体についた砂埃を落としてゆく。
「マミさんが目立ってたからね……とりあえず移動しない? 埃がすごいよ」
「そうね、早く帰ってシャワー浴びましょう。パトロールはそのあと」
水に濡れた猫のように首をふるわせて砂埃を落とす杏子は、白い歯を覗かせて、にぃっと笑った。人懐っこい犬を思わせる温かい笑みだ。その動物的な印象に違わず、彼女が日々の生活に求めるものは大きく分けてみっつ、食事、睡眠、遊びだ。
「じゃぁ夕飯も先にしようよ、髪乾いてからパトロールの方がいいし」
「分かったわ、じゃぁシャワーと夕飯と宿題、予習復習の後、深夜パトロールね」
マミが勉強に言及したことで、杏子は表情を曇らせて恨みがましい視線をマミに向けた。それは、学生の多くが母親に『ちょうどやろうと思っていたのに、言われたからやる気がなくなった』と嘘を告げる時の表情に似ていた。
「あら、不満ならお風呂掃除とトイレ掃除もつけちゃう?」
だが、こういった勝負で杏子が勝ったことは今までに一度たりともなかった。純粋な戦闘力に関してはマミを凌駕するに至った彼女だが、日常生活ではひとつ年上の姉に手も足も出ないままだった。