マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第二五話 マミさん、無双する

 一週間前、マミが魔弾で倒壊させた高欄塔が、大橋を塞ぐようにその身を横たえさせている。

 といっても、障壁としての用は成していない。

 横たわる高欄塔は直径一メートル程度の柱であり、それを越えていくことは常人にすら容易いことだ。ましてや魔法少女にとっては、小石を跨ぐにも等しい。

 だが、横たわる高欄塔の前で、梢ジュンと千尋早苗は千丈の堤を前にしたように足を止めた。

 いや、止めざるを得なかった。

 高欄塔を背に、巴マミが立ちはだかったからだ。

 その姿は、数キロメートル先に屹立する≪微睡みの魔女≫の相似形のように、ふたりの魔法少女には思えた。

 

「二回目だと、優しくっていうわけにはいかないわよ」

 

 見る者を蕩けさせる朗らかな笑顔で、しかし聞く者の心胆を寒からしめる険のある声でマミが告げる。

 そして、表情を消すと片腕を胸の前で薙ぐように滑らせる。その所作を受けて、マミと侵入者のちょうど中間を一本のリボンが地を這うように走った。

 

「その線を越えるなら、覚悟なさい」

 

 僅かな濁りも含まない透き通った声。そこにはマミの強い意志が表れていた。

 梢ジュン、千尋早苗の魔法少女としての実力がもう少し上であれば、気圧され、退散していたかもしれない。しかし、マミと彼女たちの間に広がる実力差は、彼女たちが脅威を正確に理解することすら困難にしていた。

 故に、彼女たちは安易に歩を進める。

 

「早苗、援護まかせたよ」

「うん!」

 

 マミは敢えて動かずジュンの歩みを見つめていたが、彼女のブーツが大橋を分かつリボンを踏むに至り、静かに口を開いた。

 

「残念、分かってもらえないみたいね」

「そっちこそ、退いてくれるとありがたいんだけどね」

「それはできないわ。ゆっくり話し合いたいところだけど……」

 

 実際のところ、ジュンと早苗に強い動機があるわけではなかった。ジュンは早苗の意見に促されているだけだし、早苗はジュンが≪微睡みの魔女≫を倒したいと思っている、倒すべきだ、という思い込みに駆られているに過ぎない。

 もつれた糸をほどくように、時間をかけて話し合えば、彼女たちには無理に≪微睡みの魔女≫を倒そうとする理由などないのだと理解することができただろう。

 

「あんたがその上から目線やめたらね!」

 

 大鎌の魔法少女、ジュンがマミの配したリボンの境界を越えて走る。

 マミは一瞬だけ憂いを見せるが、すぐに表情を消して両手にマスケットを構える。マスケットの照準はジュン――ではなく、左右の虚空。

 ぱぱん、と軽快な炸裂音がマスケットから響き、遅れてマスケットの射線上で爆音が轟く。

 ジュンの突撃に合わせて、迂回軌道で放たれた浮遊機雷。それを魔弾が迎撃し、空中で爆散させたのだ。

 

「支援なら、もうちょっとタイミング遅い方がいいんじゃなかしら」

 

 撃ち終えたマスケットを捨て、次のマスケットを両の腕に準備する。身体を踊るようにして回転させるマミの動きは、ジュンには隙だらけのように見えた。

 しかし、いざ斬撃を打ち込むと、袈裟斬りは足さばきで避けられ、横薙ぎは身体を反らして躱され、足を払う攻撃は後方倒立回転であしらわれる。

 ならばと踏み込んだ一撃は、マミ自身も踏み込み、鞭のようにしなるハイキックでジュンの手首を蹴っていなした。

 その間も、回り込む軌道で迫る機雷群のことごとくを魔弾で撃ち落とす。

 

「そもそも、当たらなければ切断魔法も意味なんてないのよ。もう少し、基礎的な部分を鍛えるべきね」

「うるせぇっ!」

 

 マミの嬲るような指摘を受けたジュンが吠えた。

 裂帛の気合いもろともに放たれたのは、示現流を思わせる縦一文字の斬撃。空気を裂く音が耳をつんざくような鋭い一撃ではあったが、そこに巧緻さはなかった。

 そして、マミにとって鋭いだけの攻撃を避けるなど容易いことだ。

 半身を後ろにひねって斬撃を避ける。刃とマミの間の距離は一センチメートルとなく、その僅かな空隙を維持したままに身体を躍らせる様は、傍目には示し合わせての演武にすら見える。

 

「ごめんなさいね。二度も怪我をさせないほど、私も人間ができていないの。今日は少し痛い思いをしてもらうわよ」

 

 ひねった身体をそのまま一回転させるマミは、斬撃を躱されてたたらを踏んだジュンの背後を取る形になった。両手のマスケットをそれそれ敵手の右肩、左肩に照準すると躊躇いなく魔弾を放つ。

 ほぼ零距離の射撃、しかも背後からの抜き撃ちとあって、ジュンには回避行動どころか攻撃を認識することすらできなかった。

 魔弾が彼女の肉を抉り、鮮血がほとばしる。

 ダメージとしては軽傷に属するものだが、飛び散った赤い血に早苗が激発した。

 早苗に対して背中を向けているマミに向かい、機雷を放つ。

 

「このっ! よくもジュンちゃんをっ!」

 

 感情の昂りのままに放たれた浮遊機雷は、彼女の制御を容易く逸脱した。予定よりも迅い飛行速度、考えたよりも外に膨らんだ正弦軌道、それらは本来のターゲットであるマミの向こうにいる、ジュンへの着弾を示していた。

 

「あっ! だめぇっ!」

 

 ジュンに向けて機雷が向かっていることを見てとった早苗は、悲鳴をあげて機雷の軌道を捻じ曲げようと魔力を込める。必死の軌道制御は一定の効果を上げ、機雷はジュンの至近で急激に軌道を真下に変え、コンクリートの道路に突っ込んだ。

 

 マミは背から飛来する機雷の気配を察し、既に横に跳んでいた。

 しかし、ジュンは射撃を受けてバランスを崩していたために対応が遅れた。そのため、身体の横三〇センチメートルほどの距離で炸裂した機雷の威力をまともに受けて、横倒しにされるようにその身を路上に転ばせる。

 

「ジュンちゃん!」

 

 早苗がジュンに駆け寄る。マミも戦闘状態にあることを忘れて駆け寄り、その肩を抱き起した。

 

「大丈夫?」

 

 異口同音に駆け寄ったふたりが口を開き、片方はその後に「私のせいで、ごめんなさい」と付け加えた。

 

「大丈夫、気にしないで、早苗」

 

 痛みはあるはずだが、それを表情には出さずに笑顔で応える。

 マミは「起てる?」と問いながら、触れている掌から彼女の肩に治癒を施して、介護するような動きでジュンの身体を引き起こす。

 

 ――あの時、みたいね。

 

 マミは、かつて佐倉杏子と戦った時のことを思い出していた。袂を分かとうとする杏子を止めるための戦いだったが、どんな理由があっても残ったのは大切なひとを傷付けた悔やみだけだった。

 それは既に生々しい痛みではなく、ほろ苦いセピア色の記憶に変わっている。それだけにマミは懐かしむような気持ちに浸り、ふと自嘲めいた笑みを浮かべた。

 

「今だよっ、ジュンちゃん!」

 

 そんなマミの一瞬の虚をついて、早苗がマミを背中から羽交い絞めにした。マミと比べて一回り以上小さい身体を器用にマミの四肢に絡ませ、動きを制限しようとする。

 動きを止めている間に斬れ、という意味なのだろう。だが、大鎌の斬撃はそこまで器用なものではなく、拘束している早苗にも被害が出るのは明らかだった。

 まだふらつく足取りでマミ、そして早苗と向き合うとジュンはゆっくりと口を開いた。

 

「ダメだ、早苗。そんな無茶なことはできない」

「でも!」

「そもそも、その人を倒すのが目的ってわけじゃないんだ。魔女を倒すのが目的だろ。早苗がどうにかなったら、魔女と戦えないよ」

「そうだけど……でもあの魔女はジュンちゃんが……」

 

 ジュンに拒否された早苗の言葉が尻すぼみに小さくなり、最後は聞き取れない程になる。それとは対照的に、ジュンは気持ちを定めたように落ち着いた表情をしてみせた。

 

「話は終わったかしら?」

 

 途切れた会話を引き継いだのはマミだった。マミは新体操の選手を思わせる滑らかな動きで早苗の羽交い絞めから逃れ、背負い投げるように彼女を真上に放り投げた。そして、リボンで彼女の両手両足を拘束する。

 マミの頭上一メートル、十字架に磔にされたような姿勢でリボンに捕らえられた早苗は両手を動かそうと力を込めるが、幾重にも縛られた四肢は微動だにしない。

 

「今の話を聞く限り、話が通じない人ってわけでもなさそうよね。選ばせてあげる。このまま帰るか、大怪我をして帰るか」

「わかった。もう諦めて引き揚げる。だから早苗を解放してくれ、頼む」

 

 マミはすぐには応じず、ジュンの顔を睨むように見つめる。

 嘘やごまかしを射抜くような鋭い視線だが、ジュンはその視線を受け止めて身じろぎひとつせずにいた。彼女の中では魔女と早苗のどちらが優先かはとうに決まっており、先程のやり取りでも再確認したばかりだったのだから。

 

「いいわ。今、解放します」

 

 マミは相対する魔法少女ふたりのうち、ジュンが意思決定権を持っていると判断していた。

 それは正しい洞察であったが、例外が存在した。早苗は『ジュンのため』という思い込みに従うときのみ、普段の彼女からは想像もできないほど意固地になり、また攻撃的にもなるのだった。

 リボンによる拘束が緩められる。その瞬間早苗は、可能な限り多数の機雷を生み出し、その全てをマミに向けて放った。

 

 

 

 

 予想外の行動ではあった。だが、予想外の行動に速やかに対処できないようでは、巴マミはこれまでの二年以上の戦いで生命を落としていただろう。

 巴マミの前面に、複数の黄色のリボンが縦に横にと走り直交する。その数、縦に六本、横に九本。

 一五〇センチメートル×四〇センチメートルの空間に等間隔で展開されたリボン。

 密度としては疎であるものの、間隙を魔力で覆うことで完璧な防御壁となり、雲霞の如く産み落とされた早苗の浮遊機雷の爆発の威力を遮断した。

 ただし、前面のみ。全周囲を防御する《絶対領域》の展開には至らず、マミの身体の前面に防御壁を築いたに過ぎない。そして、浮遊機雷の幾つかは、ヘアピンを思わせる急激な旋回軌道を描き、リボンの壁を避けるようにしてマミに達した。

 

「――――ッ!」

 

 短い悲鳴がマミの口から、長い悲鳴が早苗の口から漏れた。

 マミは左上腕部に直撃を、右大腿部に至近爆発の熱と衝撃を受けた。肩口からブラウスが千切れとび、露わになった柔肌が焼け爛れ、肉の焦げる嫌な臭いがマミの鼻腔をくすぐった。脚の方にも相応のダメージを受けている。

 片膝をつくマミは痛覚を遮断し、痛撃を受けた左上腕部の状況を確認する。

 

 ――動かないわね……筋肉の治癒をしてからじゃないと左腕は使えない。三〇秒ってところかしら……。脚も軽く治癒しないと走ったりは厳しいわね……。

 

 一方、直撃こそないものの、自らの至近でマミの防御壁による爆発の余波を受けた早苗は、上半身の衣裳全てと左のブーツを失い、露出した肌には無数の疵を創っていた。地に落ちると背中を大地に預け、痙攣するように四肢を震わせる。

 

「ジュンちゃん、今だよ……」

「バカっ! 退くよッ!」

 

 早苗に走り寄ると彼女の身体を抱きかかえ、ジュンはマミを一顧だにせずに遁走を開始した。

 

「あっ、待ちなさい! 治癒を!」

 

 ジュンの背中にマミが呼びかけるが、彼女にはその声を情報として認識する余裕はなかった。追いかけようとするマミは、右脚に受けた傷のために平衡を失い、再び片膝をつく。

 

「とりあえず自分のことからね……」

 

 佐倉杏子が到着していなくて良かった、とマミは自らの肩と脚に治癒を施しながら思う。もし先程の場面に彼女がいたら、今頃隣町の魔法少女はどうなっていたことか――。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 治癒を終え、マミはすっくと立ち上がった。

 彼女たちが視界から消えて一分強が経過してたが、マミには追いつけるという自信があった。基礎的な能力の差に加えて、ジュンは早苗を抱きかかえているため、移動速度の減少が見込まれるからだ。そして、マミには追いつきたいと願う理由があった。

 

「治癒が得意な子がいないかもしれないし、行ってあげなきゃ」

 

 自分の言葉に頷き、マミは疾走するべく姿勢を整えた。その時だ。マミの眼前に複数のニードルが着弾し、路面にあった石礫を勢いよく跳ね上げる。

 跳ね上げられた石礫が頬を叩いたが、マミは意に介する風もなく視線を斜め上方に向けて口を開いた。

 

「……あなたは理解を示してくれたと思っていたのだけれど」

 

 ニードルの飛来方向から射撃方向を、着弾したニードル間の距離から射撃距離を読み取ったマミの視線は、違わず大橋のアーチの上に立つ射手、夜宵かおりを捉えていた。

 

「そうですわね。あなたが正しいと感じておりますわ……ですが、あのふたりはわたくしの友人ですの」

 

 アーチに立つ魔法少女は、弓道の残心を思わせる所作で射撃姿勢を整えたまま射抜くような視線を着弾地点――マミの足元に叩き付ける。

 

「そう。やるのね」

「ええ。やりますわ」

 

 

 

 

 

 双方飛び道具、そして以前に戦った経験からは、弾速、射程ともにマミが上。

 であれば、マミとしては距離はあるほど有利、その判断から後ろへ跳んだ。逆にかおりは距離が開いては不利となる。おそらくはかおりは直線的に接近をはかり、アーチからこちらへ跳躍するはず、とマミは考えた。

 だが、経過は異なった。

 かおりはマミと同様に距離を取る方向へと跳び、結果としてマミが望む以上の距離を隔ててふたりは対峙した。

 

「モード、ホーリーレイ」

 

 事態はマミではなく、かおりの望む通りに推移していた。

 かおりの呟きに呼応して、右手に装着されたクロスボウが形状を変化させる。

 前部が手を覆う篭手のように肥大化し、側部も手首全体を包み込むように伸張する。蒼銀だった全体の色が、ホワイトを基調にブルーの縞飾りを施したものへと染めかえられる。

 

「変形した……?」

 

 マミが右手に構えたマスケットから魔弾を放つ。

 牽制の意図で放たれた魔弾は、かおりの顔をかすめるように照準されている。その魔弾の発射を見てから、かおりが右手の『銃』を唸らせた。

 光の矢、そう形容するしかないような純然たる魔力の矢がかおりの右手に宿った銃――ホーリーレイ――から放たれる。こちらも意図的に直撃ラインを外しており、マミの首筋をかすめるような軌跡だ。

 先に、マミの首に一筋の傷がついた。遅れて、かおりの頬に赤い傷のラインが生まれる。

 後に射出された光の矢が、マミの魔弾に先んじて到達したのだ。

 

 ――迅い!

 

 首筋の傷に片手をあてて癒しながら、マミは内心で賞賛した。弾速を、ではない。前回の遭遇で能力の底を隠していた周到さをだ。

 今の一撃がソウルジェムを狙っていたら――その仮定は無意味だ。マミもかおりも、相手の弾道を見切り、防御も回避も必要なしと判断したに過ぎない。もし必要とあれば、双方相手の弾丸を避けていただろう。

 かおりの右手に、可視化されるほどに濃い魔力が集まる。おそらくは装弾行動だろう、とマミは判断する。

 

 ――リロード? 単発……なのかしらね。

 

 マミの推測を肯定するかのように、その後もかおりは射撃と装弾を交互に繰り返す。

 射撃をしては五秒程度装弾し、射撃をしては五秒程度装弾する。

 一定の周期で放たれる光の矢はいかに弾速に優れていようとも避けるに容易い。いや、それ以上に攻撃を当てようという意志がないようにマミには感じ取れた。

 

 ――なるほど、ね。

 

 マミが笑う。かおりには、それはマミが勝利を確信した驕りの笑顔と映った。

 次のかおりの射撃のタイミングで、マミが動いた。

 放たれた光の矢を魔弾で撃ち落とすと、新たなマスケットを掌中に生み出しながら、一直線にかおりに向かって駆ける。光の矢の装弾中に距離を詰める意図――と映るだろう、マミが防御のための魔法を練っていることに気付かなければ。

 

「かかりましたわねっ!」

 

 マミの意図を取り違えたかおりが、二の矢、三の矢を装弾行為なしに放つ。照準は右肩と左肩。

 掛け値なしに光速に近しい矢が飛来する。

 だが、神速を誇る光の矢も、マミを護る様に出現した≪イージスの鏡≫によって跳ね返された。

 

「かかってないわよ。本当に単発なら、あんな露骨にリロード見せるわけないものね」

 

 かおりの右肩と左肩に向けて、跳ね返された光の矢が走る。反射的に利き腕をかばうように身体を捻るが、跳ね返されても弾速はいささかも劣化していない。

 かろうじて右は躱すものの、左肩を狙った矢までは避けきれず、萌黄色のドレスに覆われた左腕の付け根に、光の矢が深々と突き刺さった。

 

「それに、もし単発なら私の接近に、距離を取るなり武器を変えるなりするものでしょう?」

 

 マミが講釈を続けながら距離を詰める。

 左肩の傷を一顧だにせずに銃を構えようとするかおりだが、マミの攻撃が先んじた。

 逆手にマスケットを構えなおし、銃床で殴打する――そのまま魔弾を放つことに比べれば速力、威力ともに劣る、いわゆる手加減の一撃だ。

 かおりは構えようとした右手の銃でマスケットの殴打を受ける。その挙動もマミの予測通りである。

 

「レガーレ!」

 

 マスケットを成していたリボンがほどけ、獲物を襲う猛禽の如き勢いでかおりに襲いかかる。

 腕から始まり、胸、胴、下半身と――またたく間に黄色のリボンは、彼女の全身を拘束した。

 腰に右腕を密接させた姿勢で幾重にも巻き絞るリボンは、彼女の元々細い腰を蜂のように締め上げ、さながらコルセットのようにも見えた。

 

「これで、もう戦えないわよね」

 

 害意がないことを示すために、弛緩した雰囲気を漂わせたマミが諭すような口調で言う。だが、言われた方にも意地というものがあった。

 

「それはどうでしょうね」

 

 言うが早いか、肩を射抜かれ不自由なはずの左腕で腰の短刀を引き抜く。そして、乱暴な動作で腹部の衣裳、さらにはその下の柔肌ごとにリボンを切断した。

 リボンの拘束から解かれた彼女の右腕が流れるように動き、マミのわき腹に銃口を突きつける。

 マミも呆けていたわけではない。こちらも新たに生み出したマスケットの銃口を彼女の太腿に密着させる。

 双方が銃を相手に突きつけ、手詰まりとなる――いわゆるメキシカン・スタンドオフの状態となった。

 

「あら、思い切った悪あがきね。ところで、まだ弾はあるのかしら」

 

 彼女、夜宵かおりの認識では、先ほどの攻撃は、罠に嵌まった巴マミを仕留めるまさに必勝の好機だったはずである。それならば、出し惜しみはせずに全弾を射出するはず、というのがマミの推測であった。

 そして、その推測は当を得ていた。彼女のホーリーレイには既に装弾はなく、突きつけているのは銃口ではなくただの意地だった。

 

「さぁ……お試しになりますか?」

「そうね。お互い急所から外れてるし、それも悪くないけど……」

 

 マミは瞼を下ろした。銃を突きつけあっている状態で行うにはあまりに無防備な所作であり、かおりの考え次第では致命的な一撃を受けかねない行いであったが――マミは相対する少女が、緊張を弛緩させた吐息を漏らす音を聞いて、マスケットを下ろした。

 

「時間稼ぎは、もう充分でしょう?」

 

 囁く巴マミには自信がなかった。勝つ自信が、ではない。彼女に大怪我をさせずに退ける自信が、だ。

 さらに間の悪いことに、杏子がもうすぐに到着する。到着する事自体は良いのだが、彼女がマミの上腕部の怪我――治癒済みなので、正確には衣裳の破られた痕を、だが――を見たら、激昂してかおりに攻撃を仕掛けかねない。そうなると、やはりかおりは大怪我をするだろう。

 

「そうですわね。邪魔をしてすみませんでした」

 

 そういった事情は知る由もないが、かおりにもマミの気持ちは伝わったようで、銃を下ろすと恭しく一礼する。

 

「わたくしがあのふたりを説得してみます、もうこの魔女は諦めるようにと。しばらく時間を頂けませんか」

「ええ、願ってもないことだわ」

 

 会話しながら、傷を治癒し、破れた衣裳を整える。マミの左肩の焼けただれた痕も、かおりの腹部の裂傷も、またたく間にもとの綺麗な肌へとよみがえり、そして再生する衣裳の下へと隠されていく。

 

「ところで、その銃は三発までなのかしら」

「あら、それは秘密ですわ。巴さんも実力をお隠しになっているのですもの」

「そうね、こちらも少しは手の内を見せないとね」

 

 苦笑したマミが右手を横に薙ぐと、その動作に応えるようにマスケットが雲霞の如く生み出される。

 横幅は大橋の四車線を、縦幅は路面からアーチまでの一〇メートルを埋め尽くして、空中に五〇〇を越えるマスケットが浮かび整列した。≪無限の魔弾≫と称されるマミの制圧射撃の業だ。

 その威容を前に、かおりは口腔が乾くことを自覚した。

 

「これでも手も足も出なかった。それくらい強いの。たとえば、私が一〇〇人いたら勝てるかと言えばそれもだめ、そういう足し算でどうこうなる次元じゃないの。なんとか説得をお願いしたいものだわ」

 

 知ってか知らずか、マミは≪微睡みの魔女≫の能力を過剰に伝えていた。万が一にも戦いたくないという想いがその底にあるのだろう。

 マミの言葉を額面通りに受け止めた夜宵かおりは、視界の先に屹立して見える≪微睡みの魔女≫を数秒見つめたのち、深く頷く。

 

「分かりましたわ。そのような魔女が目覚めてはそれこそ一大事ですものね。なんとしてもふたりを説得してみせますわ」

 

 ≪無限の魔弾≫のデモンストレーションが効いたのか、先ほどよりも決然とした表情を見せてかおりが宣言する。そして、マミがその言葉に微笑むの確認すると、踵を返して風見野へ向かった。

 去りゆく夜宵かおりの後ろ姿を眺めているマミの横に、不意に人影が現れる。

 

「ちょっと甘くない?」

 

 不満げな口調で漏らすのは、槍を携えた赤い衣裳の魔法少女、佐倉杏子。

 彼女は、自身の周囲に幻覚の風景を生み出して一種の透明人間となる魔法、ファンタズマ・マンテーロを使用してこの場へ駆けつけていた。必要と判断すれば、透明状態からの不意打ちを容赦なく行っていたはずだ。

 

「ありがとう、見守っていてくれて」

 

 その≪亡霊の外套≫の名付け親が礼を述べると、彼女は口調を一転して軽いものにした。

 

「まぁ、マミさんにフォローが必要とは思えないけど、念のためにね」

 

 犬歯を覗かせて呵呵と笑う杏子を優しい眼差しで見つめていたマミだが、ふと風見野の魔法少女を追おうとしていた理由を思い出して、ぽんと手を打った。

 

「あっ、そうだ。あの子……ちっちゃい方の子、けっこう酷い怪我だったから……もし治癒魔法が得意な人がいないと大変よ。ふたりで行きましょう」

 

 拘束を解くためとはいえ自ら腹部に深い傷を穿ち、直後に一切の影響なく振る舞う、そのような夜宵かおりが治癒魔法を得意としないわけはないのだが、マミはそのことを失念していた。その場面は佐倉杏子も見ていたのだが、彼女もその可能性には思い至らない。

 

「ほんと甘いね、マミさんは」

「そう言っててもついてきてくれる杏子ちゃんは、同じくらい甘いと思うわ」

「マミさんの甘さがうつったからね」

 

 再び犬歯を見せて、杏子が笑った。

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