マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第三〇話 マミさん、流星を操る

 既に複数の結界が存在している以上、いつ犠牲者が取り込まれるともしれず、一刻も早く到着しないといけない。

 そう判断したマミたちは、公共の交通機関ではなく魔法少女としての機動を用いて風見野南まで移動した。

 駅付近に降り立つと、多少のジャンプと移動を行ってソウルジェムの反応を絞り込む。

 

「よっつ……かな、マミさん?」

「いえ、五つね。手分けして倒しましょうか」

 

 短時間の確認で、先ほど夜宵かおりが見つけ出した数を上回る結界を見つけ出すと、マミと杏子は東西に散った。遅れて、かおりが北方向へ向かう。

 

 

『おふたりでしたら大丈夫とは思いますが、危険な相手ですわ。もし遭遇したら』

『ええ、その時はテレパシーで呼びかけるようにしましょう』

『オッケー。……こっち結界に着いた、入るよ』

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 床も壁も、折り紙で飾られた結界をマミは進んだ。

 金銀の紙で折られた鶴や風船が、吊るす糸もないのに空中に揺れている。

 過去に一度だけ、経験したことのある結界だった。以来半年以上、同種の結界に遭遇することはなく、この結界に棲む魔女、使い魔は根絶やしに出来たのかと思っていたのだが、どうやら風見野に根を張っていたらしい。その事実にマミは嘆息した。

 

「根絶するのって、難しいものよね……」

 

 結界に入って、五分ほどが過ぎた頃。

 マミは、向こうから――つまり、結界深部方向から歩いてくる人影を認めた。そしてその姿は、かおりから伝え聞いた白い魔法少女そのものであった。

 白い魔法少女が、結界深部から戻ってくる。その事実から推測されるのは、『エサやり』の帰り。そう思考したマミは肌が粟立つような悪寒をおぼえた。

 マミは杏子とかおりにテレパシーを飛ばすと少女に語りかける。攻撃的な態度をとってしまいそうになる自分を抑えることに、いささかの精神力を要しながら。

 

「こんにちは。これからこの結界の使い魔を倒しに行くのだけれど、よければ一緒にどうかしら?」

「あ?」

 

 マミの声でようやくその存在に気付いたのか、白い魔法少女、毬屋しおんは歩みを止めてマミの足から頭まで、舐めるように視線を動かした。 

 

「誰、あんた~? ここの使い魔はわたしが育ててるんだから、余計なことしないでくれるかな~」

「使い魔は育てるものじゃなくて狩るものよ」

「あんたの縄張りではそうすればいいけどさ~、ここわたしの縄張りだから~」

 

 幼い声と口調で返す。しかし幼い言葉とは裏腹にまとう雰囲気は剣呑。だらんと下げた両腕に、真白い戦斧が現れ出でる。

 

「ふふ、じゃぁ魔法少女のあり方について、少しお話が必要かしら」

 

 マミが一歩下がる。そのタイミングで、しおんが動いた。

 両目を瞑り、時間の流れを自分にだけ引き延ばす。そして、数歩を跳ねて両刃の戦斧を三度横に薙ぐ。三度目の横薙ぎで手応えがあった。そこで三秒の持ち時間は切れ、しおんは両目を開く。

 

 一〇メートルほどの距離にいた少女が、次の瞬間には戦斧でマミの腰と太腿の間を斬りつけている。それがマミの知覚できる現象のすべて。

 夜宵かおりから事前に聞いていたとはいえ、理解しかねる出来事だった。

 しかし、頭の理解が追いつかなくても、身体は為すべきことを為す、それが魔法少女として経験を重ねてきた彼女であった。

 マスケットを複数浮かばせ、それを撃つ。

 撃たれた少女は、巨大な両刃を盾として、小さな身体をその後ろに隠した。

 矢継ぎ早に撃たれる魔弾の圧力は、少女を盾ごと後方へ押し運ぶ。さすがは魔法少女の武器というべきか、それだけの集弾を受けても戦斧の刃は砕けることがなかった。

 

「おおう~、滝みたいな射撃だね~」

「滝、ね。なかなかいいネーミングセンスだわ」

 

 幸いにして斬られた傷は浅く、射撃しながら施していた治癒魔法で既に完治に近い状態にある。

 マミは敵手の評するところの滝状射撃をそのままに、新たに複数のマスケットを身体の周りに屹立させる。こちらは浮遊状態からの自動射撃でなく、マミが手ずから撃つためのマスケットだ。

 両腕に一挺ずつマスケットを持ち、軽い火薬音を響かせて魔弾を放つ。その照準は、しおんでなく明後日の方向に見えた。

 

「どこ狙ってんの~?」

 

 嘲る声に、マミは薄い笑みを返す。

 手ずから放つ魔弾は、自動射撃と比べて弾速、精度ともに上回る。そして、今回の射撃はそれだけではなく、特殊な挙動を示した。

 ふたつのマスケットから放たれた魔弾が、双子のように並んで飛翔する。

 僅かに先を飛ぶ魔弾が、空中でリボンへと姿を変えた。

 空中の一点で自らの位置を固定したリボンは、Uの字に窪んで唐竹に割られたパイプのような形状を成した。そして、ヘアピンを思わせる急峻なカーブをその身で描く、

 双子のように飛んでいた後続の魔弾が、リボンの窪みにはまり込んだ。そしてリボンの描いたヘアピン軌道に従い、飛翔軌道を変える。

 空中で軌道を変えた魔弾は、しおんの予測しない方向から襲いかかり、四肢に穴を穿った。

 

「あれ~?」

「パロットラ・マギカ・エドゥ・メテオーラ。縦横無尽に舞う私の≪流星≫、見切れるかしら」

 

 身体を取り囲み林のように屹立したマスケットを、次々と両手で取り上げては新たな≪流星≫を産み落としていく。

 ありとあらゆる方角からの魔弾がしおんを襲う。≪滝≫の圧力の中、自由な回避運動を行うことも出来ず、しおんの身体に次々と銃創痕が穿たれていった。

 

「ふふっ……頑張って耐えるわね。でも、≪流星≫は降り注いで終わりじゃないのよ」

 

 ≪流星≫としてしおんを襲った魔弾が、その先で新たなリボンのレールへと変形する。

 時間が経つにつれ、リボンの密度も魔弾の密度も増えていく。

 レールによる魔弾の軌道変更は一度に留まらず、飛んだ先で次のレールにより軌道を修正され、さらにはまた軌道を変え……いつまでもしおんの周囲を飛翔するようになっていく。

 やがて、しおんを中心に無数の魔弾が竜巻のように旋回を始めた。

 

「パロットラ・マギカ・エドゥ・シークローネ。≪竜巻≫に取り込まれたあなたに、逃げ場はないわ」

「すっごいねぇ~。弱い子は巧緻に走らないといけないから大変だね~」

「減らず口が利けるなんてたいしたものだわ。……ねぇ、魔法少女のあり方について、お話ししない?」

 

 今やしおんは高圧電流の流れる檻に囚われた獣だった。

 滝状射撃を止めるとマミはにこりと微笑む。この段階においても、マミは彼女を説得することを優先事項としていた。

 

「使い魔を育てるようなことをしなくても、魔力は足りるでしょう? もし足らないなら、もっと広い範囲をあなたの縄張りにすればいいし……」

 

 既にマミはマスケットを撃つことも行っていない。

 今までに放たれた魔弾が作る≪竜巻≫は、充分に白い少女を捕らえ拘束できているからだ。

 

「ん~、けっこう魔力使うんだよね~、わたし燃費悪いからさ~」

「魔法は訓練することで効果も上がるし燃費も良くなるわ。あなただって、無関係な人を犠牲にすることは気持ちよくはないでしょう? なにも後ろ暗いところがない魔法少女生活って、今よりもいいと思わない?」

「あんたさ~、知ってる人に雰囲気とか似てて、なんか悪いイメージは持てないんだよね~」

「あら、そう? それは嬉しいわ」

「だからさ、ひとおもいに~」

 

 魔弾の嵐の中で、しおんが瞑目した。

 刹那、彼女だけに三秒の時間が与えられる。

 彼女の魔法は、たった一粒のプランク時間(物理現象における最小の時間単位、10の-44乗秒ほど)を引き延ばして、自分のみが三秒の行動を行う魔法である。

 故に、他の対象は行動を止められているのではなく、正常にプランク時間を過ごしている。その中をしおんだけが三秒という圧倒的な時間を過ごすにすぎない。

 そのため、しおんが触れようが触れるまいが、他の対象の時間経過は影響を受けない――つまり、しおんに触れられたからといって『時間停止』が解けるわけではない。

 

 

 マミの認識としては次の瞬間、左肩から胸までを袈裟斬りにされていた。

 一瞬の間をおいて迸る鮮血は、心臓まで傷が至っていることを示している。

 

「お、ピッタシ命中~」

 

 快哉をあげるしおんは勝利を確信していた。

 しかし、眼前のマミは倒れることをせず、両足で身体を支えている。瞳には強い意志の光を宿しており、総身を覆う魔力はいささかも衰えていない。

 

「心臓まで斬ったと思うんだけど~?」

「そうね……」

 

 治癒を開始する。

 なかなかに深い傷だ。マミの見立てでは、二分前後は治癒に要するだろう。それまでは身体能力は極端に低下する、とマミは判断する。

 

「でもさ、せっかく命拾ったなら、そのまま死んだふりすればいいのに~」

「あら、名案ね。今からそうさせてもらっていいかしら?」

「ど~ぞど~ぞ~」

 

 しおんの時間操作魔法にはみっつの制約があった。

 ひとつは、発動の間はずっと両目を閉じておく必要があること。

 ひとつは、一度の発動で引き延ばせる時間は最大三秒であること。

 そしてもうひとつは、一度発動すると、次回の発動まで最低でも六〇秒の間隔が必要であること。

 彼女は、無為な会話を行うことで、インターバルの六〇秒を稼ごうとしていた。

 

「まぁ、あんたの好きにすればい~んだけどさ。で、さっきの技は私には通じなかったわけだけど、他に奥の手はあるのかな~?」

「見たいの?」

 

 時間を稼いでいるのはマミも同じだった。こちらは治癒魔法を使う時間と、先にテレパシーで呼んだ杏子とかおりが来るまでの時間だ。

 

「さっきの技よりすごいならね~。あれだけの技をマスターするのは大変だったでしょ~。そういう努力の結晶を粉微塵に打ち砕くのって、最高に気持ちいいじゃん~?」

「悪趣味ね……」

「うわ、心外だわ~。そんなこと言われたの初めて~」

 

 しおんの体内時計では既に六〇秒が経過していた。彼女は自分の体内時計の精度には自信があったが、念のため、幾ばくかのマージンを取る。

 そして、数秒程度のマージンを確保した後、吐き捨てた。

 

「イラっとしたから……もう死んじゃえ~」

 

 再び瞑目する。

 その動作がなんらかのトリガーと推測したマミは、とっさに身体を動かした。その僅かの動きが、しおんの斧を首ではなく左腕で受けさせた。

 

「チッ……外したか~」

 

 瞳を開いたしおんが悔しげに漏らす。

 

「とっておき、見たいんじゃなかったの?」

 

 左腕の傷は浅い。とはいえ、そのまま動かすことが出来るほどではない。胸の傷を優先して治癒する都合上、この戦いでの左腕の使用は諦めざるを得ないだろう。

 だが、問題ない。マミが行おうとしている『とっておき』には、両手は必要ないのだから。

 マスケットを構えた右腕を、ゆっくりと天へ向ける。しおんの視線を誘導するかのような芝居がかった動きだ。だが、しおんにとっても時間の浪費は望むところであり、マミの誘いに喜んで乗っていく。

 

「また曲射~? それはもう飽きたんだけど~?」

「いいえ」

 

 マミが微笑み、マスケットが乾いた炸裂音を響かせると、銀色の魔弾が天へ向かい射出される。

 しおんの目もそれを追うが――

 

「私のとっておきは、技じゃなくて、大切な仲間よ」

 

 告げると同時、しおんの腹部を大身槍が貫いた。

 一瞬遅れて、槍を持つ杏子の姿が浮かび上がる。≪亡霊の外套≫を纏い、不可視状態となった杏子が、マミのテレパシーを受けて駆け付けたのだ。

 

「てめぇは殺す……! さっさと死ね!」

 

 杏子の感情の昂ぶりに応え、大身槍の穂が口を開く様にふたつに分かたれる。

 杏子の命令を受けずして≪アパシュナウト・トリデンティ≫への変形を開始しようとしていた。大身の穂が動き、しおんの傷を上と下へ押し広げていく。

 

「マミさん、大丈夫?!」

 

 杏子の問いにマミは笑みで応える。それを見た杏子の表情が一瞬緩むが、すぐに再び激情を露わにする。

 今や槍穂は開き切り、剥き出しとなった柄の先端、口金から魔力のニードルを噴き出そうとしている。その魔力を与えるべく、槍を持つ手に力を込めた。

 

 しおんは自分の能力が差し向かいの勝負で無敵であることと同時に、複数を相手にした時は決して無敵ではないことを理解していた。故に、変化した状況に対してすみやかに能力を逃げに使用する。

 瞳を閉じて時間を引き延ばすと、大身槍から力尽くで身体を引き抜き、結界出口に向かって全速力で逃げた。

 マミと杏子にとっては、槍に射抜かれていたしおんが、次の瞬間にはかき消えたように映る。とはいえ、ふたりとも魔力を感知する能力には長けており、しおんの挙動――ふたりよりも結界入口に近い場所を逃げるように駆けている――はすぐに察した。

 

「杏子ちゃん、追いかけて!」

「いや、それはやめとくよ。マミさん」

 

 ≪アパシュナウト・トリデンティ≫状態の大身槍を通常のかたちに戻しながら、杏子が応えた。

 

「あいつが逃げに徹したんなら追いかけてもいいけど、万が一あたしを撒いて、こんな状態のマミさんを襲ったらどうすんの。今はここでマミさんをカバーするのが正解と思うよ」

「わかったわ。……ありがとう、杏子ちゃん」

「あたしも頼りになるでしょ?」

「もう……いつも頼りにしてますよ」

 

 犬歯を覗かせて、杏子が笑った。

 

 

 

 

 

「それにしても……」

 

 マミの傷口に治癒魔法を行使しながら、杏子が言った。

 

「マミさんにここまで手傷を与えるなんて、なにかあったの?」

「油断しちゃった……って言えたらいいんだけど、私はベストに近い動きをしていたと思うわ」

「マミさんより強いってこと?」

「杏子ちゃんも見たでしょう? 時間か空間をスキップしているような動き。まるで過程を無視して結果だけがそこにあるような……」

 

 それは、杏子も自身で体験していた。

 大身槍で貫いていた相手が、一瞬で槍を外し離れた場所にいた。もしこの動きを攻撃に用いられたら、防御など出来ようはずもない、と杏子にも理解できる。

 

「目を閉じることがトリガーみたい。あと、連続では使えないみたいね。だから、ふたりがかりなら、片方に使わせて一気に畳み掛ければ。その時は、私が囮になるわ」

 

 それはしおんの能力に対する適切な対処である。

 そしてそれだけに、しおん自身も充分に理解し、警戒していることでもある。おそらく、マミと杏子ふたりの姿が同時に視界に入った瞬間に、彼女は逃走に能力を使用するだろう。

 杏子には≪亡霊の外套≫を纏った状態でいてもらい、自分がひとりでしおんを引き付けるしかない――それが、マミの結論であり、覚悟だった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 治癒を終えたふたりは、深部へ向かい使い魔を倒した。そして、結界から排出されたところで夜宵かおりと合流する。

 

「申し訳ありません、連絡を受けた時がちょうど結界に入ってかなり経っていたので、進むか退くか悩んでしまいまして……。結局進んだのですが、最深部まで意外と距離があり、遅くなってしまいましたわ」

 

 脱いだ帽子を両手で握りしめて頭を下げると、適度に熟した乳房がエプロンドレスの下で揺れ動いた。

 

「ううん、充分早く駆けつけてくれたと思うわ。気にしないで」

 

 既に身体の傷はもとよりブラウスの千切れも完璧に治したマミが応えると、「ま、あたしが早すぎただけだしな」と杏子も付け足す。

 

「それに、夜宵さんの話を聞いていたのに甘く見てしまっていたわ。ひとりで動くのはやめて、三人で一緒にいましょう」

 

 首肯するかおりは自分が最初からそう提案すべきだったと悔いていた。ただ、そうするのは白い魔法少女をことさらに恐れているようで、彼女の自尊心が待ったをかけたのだった。

 

 ――助けを求めている時点でカッコつけてもしょうがないですのに……ほんとバカでしたわ。

 

 唇を噛んでいるかおりを、まだ遅れたことに囚われているのかと誤解したマミが、彼女の手から帽子を奪い、彼女の黄金の髪の上に被せて表情を緩めた。

 

「さて、次の結界に行きましょうか。その間に、あの子の能力について考えましょう」

 

 

 

 

 

 駅周辺で感知できた残りの結界へ向かいながら、そして結界の中を進みながら、マミは戦いから得られた推論を述べた。

 ひとつは、彼女の能力は時間か空間のいずれかをスキップしていること。但しインパクトの瞬間も知覚出来なかったことから、時間の可能性が高い。

 ひとつは、彼女の能力は使用時に両目を瞑る必要があると思われること。

 ひとつは、彼女の能力は連続しては使用できず、一分強程度のインターバルが必要と思われること。

 

「つまり、能力を使わせた後がチャンスね。多少のダメージがあっても、そこで押し込みたいわね」

「そういうことでしたらお任せください。どんな怪我であっても、たちどころに癒してみせますわ」

「頼もしいわ。杏子ちゃんは、姿を消しておいてドカーンかしらね」

「ん……マミさんやかおりを囮にしてるみたいで気が引けるけど……」

「そうはいっても、私や夜宵さんは姿消せないし……それに治癒も得意だから、適材適所と割り切って」

 

 納得できない様子の杏子だったが、彼女とて理屈ではマミの言うことが正しいと分かっている。≪亡霊の外套≫を修得したせいで、かえってマミに負担を強いている気がして内心では納得できないものがあるが……。

 

「そんな深刻な顔しないで。場合によっては私を幻影で隠してもらって、杏子ちゃんに囮をしてもらうこともあるんだから」

 

 マミの言葉は杏子へのフォローの意味合いがほとんどだったが、偶然にも数日後に訪れる状況を言い表していた。

 

 

 

 

 

 

 同時刻、駅から西へ数キロメートルの距離にある自然公園。

 公園に立つ広葉樹が傾いだ。それは、そのまま平衡を失い、重く低い音とおびただしい砂埃をあげて横倒しに折れる。

 

「畜生、畜生、畜生!」

 

 今や切り株となった広葉樹の傍で戦斧を構えるしおんが、呪詛を紡ぐかのような表情で吐き捨てる。

 既にみっつの切り株を生んだしおんだが、怒りはおさまらず、次の樹木へ向かい斧を振るう。

 

「あの赤いのと黄色いの、絶対に殺してやる!」

 

 赤と黄色と呼んだ魔法少女――杏子とマミふたりのウェストを足しても半分にも及ばない径の広葉樹に、純白の斧が深く突き刺さる。彼女の視界では、その幹は杏子の、そしてマミの身体へと変換されて映っていた。

 激しく動くと充分に治癒しきれていない腹部の傷が開くが、痛覚のない彼女はそれに気付くこともなく、憑かれたように戦斧を振るい続けた。

 とはいえ、いまマミたちを探して襲いかかることはしない。

 複数を相手にすることは、彼女にとって能力的に禁忌であるからだ。いまは樹木に投影したマミと杏子の蜂腰を断ち、溜飲を下げることしかできなかった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 翌日の日曜日は明け方から小雨がぱらついていた。

 午後の早い時間から電車で移動したマミ、杏子、かおりは、昨日よりも索敵範囲を広げて、風見野南のパトロールを行う。

 

「予想通り、ちょっと離れたところはろくに魔女退治もしていないみたいね」

 

 駅前のように複数の反応が知覚範囲に密集するような事態こそないものの、定期的にパトロールを行っている見滝原に比べると、結界の密度は異常と言えるレベルだった。

 

「かおり、魔力は大丈夫かい? 厳しいようなら、今日倒す分のは全部持ってっていいよ。あたしとマミさんはストックあるから」

「ありがとうございます。ですが、わたくしも多少の蓄えはありますので大丈夫ですわ」

 

 今一つ打ち解けた感じのなかったふたりが歩み寄る姿勢を見せていることに、マミは満足気に頷く。かおりが杏子を直視せず明後日の方向を向いているのは些細な問題――というより、≪亡霊の外套≫をまとった杏子を見つけ出すことが出来ていないだけだ。

 

「今日は白いの、出てきませんわね」

「昨日、杏子ちゃんがかなりの手傷を負わせたし、動けないのか警戒してるのか……」

「あと一秒あれば、確実にとどめ入ったんだけどなぁ」

「ん……出来ればそういう物騒な結末じゃなくて、考え方を改めさせたいのだけれど」

 

 それが不可能に近いことはマミも承知しているが、杏子とかおりが相手を倒すことしか考えていない以上、自分だけは平和的な解決を諦めてはいけない、と思う。

 

「マミさんの考えはわかるけど、マミさんに酷いことをした分はきっちり返させてもらうよ」

「それは昨日の一撃で充分じゃないかしら……」

 

 杏子本人があと一秒で致命の一撃になったと評価するほどの痛撃だ、一命を取り留めているマミの借りを返す――という意味では充分に過ぎると思える。しかし杏子は言下に否定した。

 

「マミさんを傷付けたら、最低でも三倍返しだよ」

「魔法少女の生命を奪うのは、最後の最後にしたいわ」

 

 姿の見えぬ杏子であるが、語気から表情も容易に想像できる。交戦的な笑みを浮かべ、白い歯を覗かせているのだろう。

 

 

 

 

 

 パトロールを行うマミとかおりを、物陰から見つめる少女がいた。

 白い魔法少女――毬屋しおんだ。

 昨日の借りを返したいと思っているのは杏子のみではない、彼女も同じ想いを抱えていた。しかし、マミとかおりが並んで移動している様を見ると(実際は杏子も一緒だが)、彼女のとれる行動は隠れ、観察することしかない。

 

「二匹まとめては分が悪いよ~。ばらけたタイミングで一匹ずつやるしかないね~」

 

 最も借りを返さなければいけない赤い魔法少女がいないことがひっかかったが、元来些事に拘泥しない性格のしおんはそれ以上考えることはせず、並んでいるマミとかおりのうち、マミにフォーカスする。

 

「あの黄色いの、赤いのからマミって呼ばれてたよね~。そうすっと、見滝原のマミかな~。黒いのは風見野北って言ってたし~、平日の昼間なら、黒いのしかいないかな~? ……てゆか、あの黒いのなんで生きてんの?」

 

 黒というのは、かおりの肌の色に起因する呼び名だろう。彼女が聞けば、せめて衣裳からとって萌黄色と呼びなさいな、と抗議するところだろうが、マミと横並びになると、なまじ髪の色が近いだけに肌の色がポジとネガのように映える。

 明日にするか、と結論すると、しおんは踵を返した。

 

「昨日、遅くなって怒られたからね~。今日ははやく戻らないと~」

 

 生を受けてからずっと小さな病室で過ごしてきた彼女にとって、そこが唯一の世界であり、その外の出来事は非現実の領域に属するものであった。

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