マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第三五話 マミさん、旅行にでかける

 見滝原から信州方面に向かう新幹線は旧来よりあるものの、数年前に北陸まで延長されたことで運転本数、運行形態が増え、利便性を増していた。

 その新幹線に一時間弱揺られてから在来線に乗り換え、二時間ほど経つと目的の駅に到着する。

 全国的に有名な神社や湖沼を擁する高原避暑地の玄関口にあたる駅としては三番ホームまでしかないこじんまりとした造りだが、一日の乗降者数は風見野の主要駅にも匹敵する。ただ、平日の正午前とあって乗降客も少なく、少女たちは余裕を持って閑散としたホームに降りた。

 それを待っていたかのように一陣の風が舞い、マミのロールした髪とミルク色の肩紐付きワンピースの裾を翻させる。さらにはリボンで飾られたストローハットを空高く舞い上げさせた。

 

「きゃっ」

 

 短く叫んで裾を押さえるマミとかおりを横目に、さらわれるものはポニーテールしかない杏子は突風を意に介する様子もない。先程まで電車の座席で船を漕いでいたためか、まだ眠気が色濃く残る表情のまま、瞳だけを動かしてストローハットを目で追う。

 ホームに走る電線の高さまで帽子が飛ばされたあたりで、マニッシュなパンツスタイルに身を包んだ杏子がジャンプ一番、ストローハットのつばを掴んだ。そして猫科の動物のように音もなく着地すると、片手で埃を払ってからマミに差し出す。

 

「あ、ありがとう」

 

 礼を言いつつ視線を周りに走らせる。杏子が行ってみせたジャンプは人間の身体能力の範疇にはあるものの、極めて上限に近いものだ。プロのバスケットボールプレイヤーに匹敵するような跳躍を、余人に見とがめられていないかとマミは気が気でない。

 幸い、家族連れの子供がひとり目を丸くしているくらいで、他には目撃した人はいないようだった。

 ほっと胸を撫で下ろすマミとは対照的に、夜宵かおりは表情を険しくした。マミの帽子を先に取られたことを悔しがっているのだ。

 

「あれくらい、わたくしでも届きましたわ」

「いや、そりゃ届くだろ。変な奴だな」

 

 魔法少女の身体能力からすれば、先ほどの行動など少し手を伸ばしたようなものだ。それをことさらに「私もできる」と主張するかおりの感覚が、杏子には理解できない。

 

「それにしても、肌寒いくらいね」

 

 帽子をかぶりなおしたマミが、芝居がかった仕草で耳朶を手で覆った。もちろん耳を守る必要があるような寒さではなく、少し雲行きの怪しくなりそうな空気を変えるためのものだ。

 

「そうですわね。上に一枚羽織っておけば良かったですわ」

 

 ネクタイ付きのブラウスにハイウェストのタイトスカートを穿いた出で立ちのかおりも、マミに倣って耳に手を当てる。

 

「そっかな。涼しくていいじゃん」

「ふふ、そうね。避暑地なんだから涼しくないとね」

 

 燕が一羽、ホーム軒下の巣に滑るように入っていく様が見えた。見滝原ではもう燕の子育てはほぼ完了し、河川敷などで集団でねぐらをとっている姿が見られる。それを思えば少しノンビリしすぎているのではないだろうかと、マミは少し心配をした。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 駅前の小洒落たイタリアンカフェで昼食をとり、マーケットで夕飯用の食材を買い込む。

 かおりの予約した保養施設は別荘のようなもので、管理人はいるものの滞在中の身の周りは自分たちでケアする必要がある。提携している旅館に食事を頼むことはできるが、彼女たちはそうしなかった。

 

「でもさ、マミさんの料理はおいしいんだけど、いつも食べてるから旅行って気分がイマイチしないんだよね。かおり、なんか作ってよ」

「わっ、わたくしですか?」

 

 手押しカートに好き勝手に食材を入れる杏子は、当然ながらどのような料理を作るかのヴィジョンはなく、食べたいものを手当たり次第に選んでいるだけだ。その様子から、マミと杏子の間で献立についての青写真があるのだろうと判断し、まさか自分に振られるとは思ってもいなかったかおりが素っ頓狂な声をあげた。

 

「あら、私のお料理では不足なのね、ショックだわ……。でも、そういうことなら夜宵さんにお願いしちゃおうかしら」

「わっ、わたくしですか?」

「二回も言わなくていいじゃん。マミさんはプロ級だけどさ、かおりも料理うまそうだよな」

「それほどでもありませんわ。嗜みとして少しできる程度です」

 

 女子力においては杏子にさえ劣る事実から全力で目を逸らし、豊かな胸の前で両手を組むと少女は得意げに答えた。

 

「マミさんはフランスとかイタリアのイメージあるけど、かおりはロシア料理あたりか?」

 

 私は和食と普通の洋食がほとんどだけど……、と内心でマミが異を唱える。が、せっかく杏子とかおりが友好的な会話をしているのだからとスルーを選んだ。

 

「そうですわね、ロシア料理や北欧料理を少々……」

 

 彼女の母が居合わせていたら、夜食によく食べてる電子レンジで温めるだけのピロシキのことかしら、と首を傾げていただろうが、幸いにしてマミも杏子も疑うことを知らなかった。

 

「それは楽しみね。夜宵さん、一品ずつ分担しましょうか」

「い、いえ、わたくし、今日は巴さんの作られる食事を頂きたいですわ」

「んー、それじゃ今日は私が作って、明日は夜宵さんが作る?」

 

 面倒事を先延ばしにするのは夜宵かおりの流儀ではなかったが、今回に限っては飛びついた。欣喜雀躍といった様子で両手をぱんと叩き、そうしましょうそうしましょうと繰り返す。

 

「じゃぁ、明日の分の食材は夜宵さんが選んで入れてね。杏子ちゃんの入れたのだと、とんでもないメニューにしかならないから」

「はい、頑張りますわ!」

 

 返事は良かった。

 しかし、夜宵かおりにもメニューを想定する能力はなく、杏子と大差のない無軌道な食材選びとなっていたのだった。マミはふたりが手押しカートに入れる食材を眺めつつ、二晩で食べきれるのかしらと首を傾げた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 ミドルティーンの彼女たちに疲れという概念はないのかもしれない。荷物を宿に置くと、ひと休みすらすることなく観光に繰り出した。

 英国式の庭園、ロープウェイ、標高一五〇〇メートルを誇る大湿原。

 杏子は訪れる場所ごとに大袈裟に喜び、その様子に事前に観光メニューを組んだかおりも満足そうな笑みを浮かべた。そういった和やかな雰囲気のままに観光は終わる。

 本来ならば彼女たちの若さをもってしても疲労をおぼえるほどの強行軍だったが、そこは魔法少女、無尽蔵の体力で夕飯後には縁日の夜店めぐりにまで足を運んだ。

 

 

 

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 杏子が叫び、古ぼけた空気銃のトリガーを引く。だが、放たれたコルク弾は狙いを大きく外れ、標的の背後に垂れる夜店の天幕に、ぱすんと音を立てて吸い込まれた。

 的を大きく外した一射だったが、屋台の店主は「惜しかったねぇ」と愛想を言うと同時に杏子の元気っぷりを誉める。店主の言葉に揶揄する響きは全くなかったが、マミは頬を上気させると杏子の浴衣の袖を引っ張った。

 

「杏子ちゃん、そんなに大声ださなくても……恥ずかしいわよ」

「えー。いっつもマミさんがしてることじゃん」

「してないもん……少なくとも、人前では」

 

 ふたりのやり取りを横目に、夜宵かおりが空気銃からコルク弾を放った。銃床を肩に乗せた、いかにも素人然とした構えであったが、銃弾は狙い通りに飛翔し、白猫のマスコット人形の額を直撃した。

 

「あーっ、あたしの狙ってたのが」

「ふふん、これが本職の腕前ですわ。あ、景品には興味ありませんので、よければ差し上げますわよ」

「マジか! サンキューな、かおり!」

「い、いえ……」

 

 純粋な善意のみを動機としていなかったかおりは、彼女の屈託ない喜びように気後れするものを感じて言葉を濁す。

 もっとも、杏子にはそういった機微は分からなかった。店主、かおり、杏子のリレーを経て陶器製の白猫を受け取ると、杏子はマミとかおりに見せびらかすようにして快哉をあげる。

 そのタイミングで、大地が揺れた。

 立ち歩いていると気付かない程度の微細な揺れが数秒続いた後、夜店に多数飾られた電球が振り子のように踊るほどの揺れが来た。

 身体能力強化を意図的にオフにしている彼女たちは、両足に力を入れてもたたらを踏むように二歩、三歩と動き、それぞれを支えとするように身体を掴んだ。

 

「大丈夫?」

 

 年下のふたりに問いかけながら、周囲に視線を巡らせる。

 そして屋台の倒壊や怪我人の発生がないことを確認し、ふぅと息を吐き出した。吐息に合わせ、ロールした髪が前に傾ぐ。

 

「けっこう揺れましたわよね。このあたりはフォッサマグナが通ってますし……。それに関東大震災からこっち、一世紀も大きな地震もなくてエネルギー溜め込んでそうです。怖いですわね」

「そういえば、最近このあたり地震が多いってニュースで言ってたわよ」

「そんなこと言うと余計怖いじゃん、やめてよ、ふたりとも」

「あら、地震が怖いだなんて、意外と可愛いところがあるのですわね」

 

 その言葉に憮然とした顔を見せた杏子だったが、マミが同意してクスクスと控えめに笑うと、つられて笑顔を見せた。

 周りを見やると、地震直後こそ驚き慌てた声があったものの、今や泣き声や怒号といったものはなく、笑い話すものやスマートホンでの地震情報を肴にしているものばかりだ。先程の射的の店主は、配置が崩れた景品を雛壇に整列させる作業を始めながら、客寄せの口上をあげている。

 

「よし、かおり、次はあのタヌキの置物な!」

「えええ、またですの? まぁ、構いませんけれど……」

 

 頼られるのが嬉しいのか、まんざらでもない表情をかおりが見せ、その表情を見てマミがまた控えめに笑った。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 縁日からの帰途、何の気なしにソウルジェムを弄んだマミは、オレンジイエローの煌びやかな水晶の中に炎が揺らめくような輝き――結界の反応を捉えた。

 この地にも魔法少女がいることをキュゥべえから聞いていたマミには、積極的に魔女を狩ろうという意志はなかった。しかし、気付いてしまった以上放置するという選択肢もまたなかった。

 

「ふたりは先に帰って。休んでてもいいわよ」

 

 せっかく旅行を楽しんでいる年下の少女たちをおもんばかっての言葉だったが、仮にこの地の魔法少女と邂逅した場合、自分ひとりの方が穏便に収めることができるだろうという、明言しにくい理由も含まれている。

 

「行くよ。決まってんじゃん」

「ええ、魔女ごとき巴さんおひとりで何の心配もありませんが、ここの魔法少女とトラブルになる可能性もありますもの」

「いや、かおりは帰ってもいいぞ。足手まといだし、トラブル起こしそうな性格だし」

「佐倉さんこそでしょうに!」

 

 ふたりともですわ、と夜宵かおりの口調をまねて心の中だけで呟くと、漏れそうになる溜め息をねじ伏せていつもの笑顔を作った。

 それに、とも思う。それに、このふたりだけを先に帰らせたら、一体どんな空気になってしまうのだろうか、と。――案外なごやかな空気になるのかも、と先ほどの射的でのやりとりを思い出し、マミは今度は自然に微笑んだ。

 

「分かったわ。じゃぁ、ふたりともついてきてきてもらえる?」

 

 「おう」と「はい」、それぞれ異なる言葉で先を争うように返事をしたふたりは、ソウルジェムを取り出すとやはり先を争うように結界へと向かった。

 

 

 

 

 

 ソウルジェムの導きに従い、幾つかの居酒屋が並ぶ通りに辿り着いた。

 そして、その通りの薄暗がりに浮かんだ結界に侵入した三人は、最深部で魔女と戦うひとりの魔法少女を目撃した。

 

 既に戦いは終盤らしく、魔女は建設重機を思わせる巨体のあちらこちらに傷を創り、濁った色の体液を噴き出していた。

 一方の魔法少女は、戯画的な花を連想させる膨らんだスカートにも、つぼみの形を模したショルダーガードにも、傷はおろか汚れすらなく、ここまでワンサイドゲームであったことが覗える。

 その証左として、愛らしさと純朴さをたたえた少女の顔には、ほころんだ花のような微笑がはりついていた。

 

『やぁ、マミ、キミたちも来たのかい』

 

 マミたちに気付いたキュゥべえが、緊張感のない口調で語りかける。

 そのテレパシーに戦闘中の魔法少女の意識が一瞬逸れた隙を、魔女は見逃さなかった。

 巨躯をダンプカーよろしく突進させると、魔法少女を撥ね飛ばす。

 薄桃色の衣裳が魔女の体液で汚れ、深緑のソードが右手からこぼれ落ち、そして身体は宙を舞った。

 かなりの距離をオーバーランして制動した魔女は、振り返ると物干し竿ほどもあるニードルを、ちょうど放物線軌道の頂点で宙に浮く少女へ向けて次々と放った。

 

「ああっ! 愛衣ちゃん大ピンチ!」

 

 しかし、少女は危機感のない声で叫んだ。

 そんな言葉すら吐く余裕があるのも当然だ、魔法少女にとって空中にいるということはなんら機動の妨げにならない。空間に任意の足場を形成し、それを蹴っていくらでも回避できるのだから。

 だが、彼女のとった行動は『それ』ではなかった。

 

「――だと思った? 天使の羽根はないけどねっ!」

 

 少し垂れ気味なアーモンド形の両の瞳、その片方を瞬かせると、彼女の身体がかき消えた。

 そして同時に、遥か空間を隔てた魔女の懐に彼女が現れる。

 彼女の固有魔法、ウィンクをトリガーとして発動する空間跳躍。

 自らの武器が獲物を射抜くことを確信してニードルの軌跡を目で追っていた魔女は、自らの腹の下に突然現れ出でた彼女の存在に気付かない――いや、気付いた、彼女の声で。

 

「とどめっ! PETソード!」

 

 八片の花びらが連なった形状の彼女のスカート。

 その花びらと花びらの間に、芯のように備えられた八本のペットボトル。

 そこから、黒のキャップ、黒のラベル、黒の飲料、全てが黒で統一されたものを引き抜くと、キャップを親指でぐるりと回転させ、飛ばす。その直後、開けられた飲み口から液体が迸る。液体は一メートルばかり伸びると、そこで鋳型で固められでもしたかのように微動だにしなくなり、剣の姿を形作った。

 剣のそこかしこで、断続的に小爆発が生じる。炭酸飲料を源として形成したソード固有の、無限炸裂能力だ。

 

「行ってッ! コーク・ゼロ!」

 

 気付いた魔女が反応するより早く、愛衣が右手の炭酸剣で胴を薙いだ。

 魔女の巨躯に対してソードは短い。薙いだ傷は、人間で言えばせいぜい皮と脂肪を裂いた程度だろう。だが、傷口に付着した液体が小爆発を繰り返し、身体を毀していく。

 

「戦いに使用したジュースは、このあとキュゥべえが美味しく頂きました!」

 

 快哉をあげると、ソードを少し後ろに引き、左の掌を支えるように刀身部分にあてがう。

 そして、左の掌の上を滑らせるようにして、ソードの刺突を魔女の腹部に叩き込んだ。刀身を深々と魔女の身体に押し込んだところで手を離し、駄目押しとばかりにペットボトルの尻をローファーの厚底で蹴り込む。

 

 腹部に永続的な爆発物を捻じ込まれた魔女は、苦悶の声をあげて丸太のような両手を乱暴に振るい、口からニードルを吐き出すが――

 

「どっきんハートになんとかショットっ!」

 

 ぱちぱちと瞳を瞬かせる度に、少女の身体が違う場所へと誘われる。

 魔女の無軌道な攻撃も、それ以上に無軌道な彼女の移動を捉えることは出来なかった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「マミさんみたいな子だな」

「えっ?」

 

 ずいぶんと騒がしい子だなぁ、と無意識に「私と違って」と評していたマミは、杏子の感想に素っ頓狂な声をあげ、訝しむように杏子の顔をみつめる。

 

「まぁ、悪い人ではなさそうですわね。頭は悪そうですけど」

「その評価って、私っぽいの?」

 

 くるり、と首を大きく動かし、今度は左側に位置するかおりをみつめた。覗き込むように凝視されたかおりが両手をひらひらと左右に泳がせると、エプロンドレスのゆったりした袖も揺れる。

 

「め、滅相もないですわ。巴さんは別格です」

「そうそう、もっとスゴイよなぁ」

「誤解を招く言い方はやめてくださいっ! 良い意味で申し上げましたっ!」

 

 意地の悪い笑いをこぼす杏子に、声を荒げて反論するかおり。当のマミは、軽い自失状態でふたりの言い合いも耳に入っていなかったが、第三者――愛衣という魔法少女――の声が届くと我を取り戻した。

 

「キュゥべえー、さっき誰か来たって言ってなかった?」

 

 刀を鞘に納めるような仕草でペットボトルをスカートに添えつけると、魔女の崩壊していく様から目を逸らして振り向いた。物陰にいる三人の方向を正確に見ていることから、マミたちに気付いたうえでの言葉だろう。

 マミは物陰から歩み出ると、敵意のないことを示す柔らかい表情をみせて口を開いた。

 

「突然押しかけてごめんなさいね。私は巴マ――」

 

 マミの挨拶は、結界が崩壊を始めたことで中断を余儀なくされた。タイミングの悪さに額に手をあてて天を仰ぎ、ひび割れていく空を見つめながら、今日はなんかダメな日だわ、とマミは独りごちた。

 

 

 

 

 

 

 

「私のバトル見てたの? しょうしいなぁ……」

 

 飲み屋通りを離れて駅前のペデストリアンデッキに移動し、自己紹介を経てマミから事情の説明を受けた愛衣は、大きめのウィンドブレーカーの袖口にすっぽり覆われた両手で口元を隠した。

 

『この土地の言葉で、恥ずかしい、くらいの意味だよ。もし言葉の問題で意思の疎通に支障をきたすようなら、テレパシーにすれば大丈夫だ』

 

 意味を取りかねているマミたちの様子に、キュゥべえが助け舟を入れる。

 

『ああん、ごめんなさい。テレパシーの方がいいでしょうか?』

「いえ、大丈夫よ。普通に話して。もし分からなかったら、その都度教えてもらえるかしら」

「はいっ」

 

 横一列に綺麗に揃えられた前髪と、襟足で整えられた後ろ髪が首肯の動作で空気をはらむように浮いた。ボブカットというよりはおかっぱ頭と呼ぶ方が相応しい野暮ったさの感じられる髪型は、純朴さがうかがえる少女の顔に似合っている。

 

「それで、皆さんはいつまでここに?」

 

 人見愛衣と名乗った少女の癖なのか、会話しながらも指で顎を撫でたり頬を掻いたり髪を弄んだり、落ち着きなく右手を動かしている。その仕草はリスのようで、マミは微笑ましいものを眺めるようにしていた。

 

「今日と明日泊まって、明後日に帰る予定よ」

「それじゃ、厚かましいんですけど、明日の夕方に魔女退治を手伝って頂けませんか。私ひとりだと倒せない魔女がいて……」

「今からではなく?」

「うん、遅くなるとお母さんが心配するから」

「でも、魔女がいるなら一刻も早く倒すべきではないかしら? ほんの少し先送りにしたために被害が出ると、辛いわよ」

「あ、その点は大丈夫です。外に出て人に悪さすることはできないから……たぶん」

「たぶん?」

「えっと、魔女の結界を囲むように別の結界があって、魔女はそこから出てこれないんです。その結界自体は、もうずっと昔からあるものなので、破られることはないんじゃないかと思うんです」

 

 マミの言葉に非難の響きを感じたのか、愛衣は指先で耳たぶを摘まみながら、少し早口で応えた。

 

『ボクから補足すると、その結界は造られてから三〇〇年以上が経過している。愛衣が言うように、今日明日に破られるという類いのものではないだろうね。ともすると、永劫にそこに閉じ込めておいて倒す必要もないんじゃないかと思うくらいだ』

「確かにキュゥべえの言うとおりかもしれませんわね。害がないのなら放置しても問題はない気がしますわ」

 

 かおりがキュゥべえの言葉に同調する。マミや杏子と異なり、魔法少女システムの全貌を知らないかおりは、キュゥべえに対して悪感情を抱いておらず、それどころか彼の論理性を好意的に受け取っている。

 そんなかおりを、マミと愛衣が言下に否定した。

 

「ダメよ、魔女は倒さなきゃ。その結界が永遠に機能する保証もないのだし」

「あいつは倒さなきゃいけないんですっ!」

 

 そして愛衣は、言葉が強すぎたかと目でかおりに詫びた。

 

「まぁ、かおりは放置派ってことで、あたしらだけでやってもいいんじゃない。かおりは夕飯作って待ってりゃいいよ」

「意地の悪い言い方はやめてくださいな。魔女を倒すという行為自体には、左袒するにやぶさかではありませんわ」

「サタン? ……あの、それはそちらの土地の言葉ですか?」

『いや、風見野の言葉ではないね。喜んで協力する、を回りくどく言っているだけだ。やっぱりキミたちはテレパシーを使った方がいいんじゃないのかい』

 

 キュゥべえの説明に、へぇーっと素直に感心したのは愛衣だけだった。マミは苦笑を浮かべ、杏子は直接的に苦言を呈する。

 

「あのさかおり、難しい言葉使って喜ぶのは中二までにしとけよ。あたしらはもう中三だぜ?」

「あ、私は中二です。皆さんは先輩なんですね」

「精神年齢的には後輩かもだけどな」

「それは佐倉さんのことですわよね?」

 

 ふたりともですわ、とマミは再び心の中だけで呟き、やっぱりひとりで来た方が良かったかもしれないと軽く悔いていた。

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