マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~ 作:XXPLUS
マミと杏子の勝負は、圧勝という形で杏子に軍配が上がった。
お互い初心者ではあるものの、クラスマッチでは種目に関わらずエース格を務める杏子に対して、運動はソツなくこなす程度のマミでは荷が勝ち過ぎていたのだ。
テニスの勝負。
鋭い打球を繰り出す杏子に対して、マミはロブで返すのがやっと。ロブといっても戦術的な意味のあるものではなく、かろうじて前に返しただけといった感じの山なりの緩い球だ。
「これは巴さんが弱いのではなく、佐倉さんが強いというべきですわね」
午前の柔らかい日差しを手のひらで遮りながら、審判台から降りたかおりは足元に転がってきたボールを拾い上げた。
彼女の所属するテニス部のユニフォーム――ミニのスカートからアンダースコートがちらちらと覗くが、三年も同じユニフォームで過ごしていると、さすがに恥ずかしいとは思わなくなっていた。
「よしっ、次はかおりとやるか!」
「あら、わたくし、こう見えても県大会では確実にベストフォーに入る腕ですのよ?」
「ふふん、かおりが県内ベストフォーなら、あたしは魔法少女でナンバーワンだな」
「わけの分からないことを……初心者相手にスコンク負けを味わわせる趣味はないのですけども。あっ、そうですわ。そちら、巴さんと佐倉さんのダブルスでよろしいですわよ」
「ちょっと待てよっ!」
コート脇に転がったボールを拾い集めていたマミが、杏子の怒号に驚いて目を瞬かせた。そして経緯を見守るようにネット際で言葉を交わすふたりを見つめる。
標高の高いこの地方の午前中、涼しいとはいえ、テニスの試合を終えたばかりで発汗も激しく、薄手のシャツは雨に濡れたように肌に張り付いていた。
「マミさんとダブルスなんて、あたしがシングルでやるより弱くなるだろ!」
「そんなことはないと思いますわよ。……でも、もしそうお思いでしたら、わたくしが巴さんと組みましょうか?」
体を開くようにしてマミの方を向き、かおりが猫招きよろしく手を上下させた。招かれたマミは、困ったような笑みを浮かべてネット際へ歩を進める。
「もう、私抜きで勝手に決めないで。私は審判してるから、ふたりで試合したら?」
「そう仰らずに。先ほどの雪辱戦をいたしましょう、巴さん」
ウィンクするかおりに、マミは内心で雪辱なんてどうでもいいのになぁ、と嘆息した。
◇ ◇ ◇ ◇
「ラリーはわたくしに任せてください。巴さんはサーブ、リターンしたらネット際に出て頂けますか。チャンスボールが来たらスマッシュなりボレーなりを」
「あんまり期待しないでね?」
「先ほどのプレイは、経験がないにしては充分なものでしたわよ。ただ佐倉さんがちょっとした中級者並みのプレイでしたので、分が悪かったですわね」
トスは行わず杏子からサーブ。マミがバックサイド、かおりがフォアサイドに入る。
一応杏子側は内側のサイドライン、マミ側は外側のサイドラインまでと決めたが、審判もいない以上厳密な判定は難しい。判断に悩むときは杏子有利な判定でいいだろうとマミもかおりも思っている。
「サーブはまずかおりの方に、その後は交互に入れればいいんだよね?」
コートの端から端へも良く通る声が響いた。応えるかおりは、口元に両手を添えて発声する。
「そうですわね。でも、多少は違っても構いませんわよ。そんなに厳密にルールを適用するつもりはありませんし」
「そうしてもらえると助かるね。あたし細かいルール知らないし」
右手で数度ボールをバウンドさせた後、ラケットを構える。そしてボールを緩やかにトスすると――
「ただ、手加減は無用に願うぜッ!」
身体全体をしならせた豪快なフォームから、鋭いサーブを放つ。初心者ならリターンすることも困難だろう、そう考えれば、まがりなりにもラリーに持ち込んでいたマミのプレイは、かおりの評価通り充分なものと言える。
「もとより、そのつもりですわ」
微笑む余裕すらみせて、かおりがリターンする。リターンエースを狙うことも難しくはないが、彼女の目的はそこにはなかった。
「巴さん、前へッ」
スピンを加えた打球を、杏子にとって打ちやすいコースで返す。チャンスボール。そう思った杏子は、サイドを狙って強打を返した。
しかし、ボールに加えられていたスピンが、杏子の返球のコースを狂わせる。結果として、ボールはスライスし、ネット際に詰めたマミの前に吸い込まれるように飛び込んでいった。
「えいっ」
両手で握ったラケットを合わせるとボールは鋭角を描いて走り、ネットを越えると杏子側のクレイコートを叩いた。そしてそのままサイドラインを越え、転々とフェンスへと向かう。
「お見事ですわ」
「そんな、たまたまだわ」
「たまたまかどうかは、これからのプレイで判断させて頂きますわ」
「次は私がリターンね。頑張るわ」
ボレーを決めてベースラインへ歩いてきたマミは、小さくガッツポーズをしてみせた。
◇ ◇ ◇ ◇
一方的なゲーム展開に気が引けるのか、マミは遠慮気味にポーチを決めた。それが決勝点となり、三人の変則的な試合は幕を閉じる。
「マミさんも結構やるじゃん」
何とか拾おうと横っ飛びに飛び、そしてコートを舐めた杏子は、立ち上がると悔しさを微塵も感じさせない表情で笑った。
「二対一だもの。それに、ずっと前にいて打てる時に打つだけよ、たいしたことはしていないわ」
「いやぁ、けっこう鋭いボレーだったよ」
ジャージについた土をはらい、ネット際へと歩を進める杏子が言うと、同様にネット際へと歩いてきたかおりが続ける。
「そうですわね。巴さんは前衛向きなのかもしれませんわね」
「うんうん、ボレーかっこいいよな。かおりはいつもあんな地味なテニスなのか?」
「地味とは失礼な仰り様ですこと。わたくしはサーブアンドボレーが好きで、普段はそうなのですが、県大会などの部としての勝敗がかかっているときは先程のようにベースライナーとして戦いますわね」
「へぇ、じゃぁ次はサーブアンドボレーっていうのでやろうよ」
「あら? 佐倉さんは先程、巴さんと組んだら弱くなると仰りましたよね。そうであるならば、巴さんと組んだわたくしに負けた以上、やるまでもないのではありませんか? わたくしとシングルで戦いたいのでしたら、取り消して頂きませんと」
「なんでマミさんじゃなくて、お前が根に持ってんだよ」
「何故と問われても……尊敬する方を誹謗されたら、不快に感じるのが当たり前ではないでしょうか」
「夜宵さん、杏子ちゃんのはただの冗談だからいいのよ。でも、時間的に今からもう一試合は厳しいかも」
マミの声につられて、杏子とかおりが視線を手首の腕時計に落とす。そして両者ともに落胆した表情を見せた。
「片付けて、シャワーを浴びてとなると、タイムリミットですわね」
昼食を予約している高原牧場へ向かうシャトルバス。その発車時刻を間近に控えて、これ以上のプレイは困難と判断したかおりは、ネットを支えるポールに近づき、固定治具を慣れた手つきで解除していく。
「んー、バス諦めてさ、変身して直行するとか」
「そんなの風情がなくていやだわ」
逆側のポールに向かったマミが、ネットの固定が外れたことを確認すると、ハンドルを回してネットを巻き上げる。両手を後頭部に回した杏子は、「ちぇ」とつまらなさそうに呟きながらもそれ以上の抗弁はせず、おっとり刀で片付けの手伝いを始めた。
「テニスなら帰ってからでもできるじゃない」
「そこまでしたいワケじゃないけどさ」
「じゃぁ、気持ちを切り替えて、牧場を楽しみましょう」
「そうだねぇ」
ホルスタインなら毎日身近に過ごしてるから改めて見なくても、という軽口を呟いた杏子は、その報いとしてデコピンを受け、額を赤くした。
◇ ◇ ◇ ◇
バスに小一時間揺られて辿り着いたのは、海抜で一〇〇〇メートルを超える高地に位置する牧場施設。
純粋な牧場というよりは、乳牛との触れ合いやレストランでの食事を楽しむことに力点が置かれたアミューズメントパークである。
『ホルスタイン・フリーシアン種は日本における畜牛の代表的な存在です。国内の乳牛の九割以上がホルスタイン・フリーシアン種と言われています。一頭当たりの年間産乳量が他種の二倍近いことに加え、温厚な性質と寒さに強い体質から、非常に牧畜に向いており、当牧場でも……』
「マミさん、寒さに強かった?」
記念館のエントランス、乳牛五種のパネルの前でガイドのアナウンスを聞く。その様子もそれぞれに異なっていた。
マミは声に集中するように瞳を閉じ、時折頷きながら、かおりはスマートホンを片手に、メモ帳アプリに要点を書き込みながら。そして杏子は、マミを横目で見ながら。
薄目を開けたマミは、にやにやとした笑みを浮かべる杏子を軽く小突くと再び瞑目する。
『エアーシャー種は原産地がスコットランドということもあり、非常に厳しい自然環境でも育つ強い乳牛種です。乳脂肪率はホルスタイン・フリーシアン種と並んで乳牛の中では低めですが、蛋白質の含有率が高く、チーズ、バターなどの用途に向いています。当牧場では……』
「立ちながら眠るなんて、杏子ちゃん器用ね……」
「あはは、だって説明長いしさ、退屈で」
アナウンスを終え、乳牛との触れ合いコーナーへ移動する際に、動こうとしない杏子の肩を揺すると彼女は膝を崩した。寝惚けた瞳で見上げる姿に苦笑すると、マミは杏子の手を取って立たせる。
「ほら、楽しみにしていた牛さんとの触れ合いコーナーよ」
「知的好奇心を持っていれば退屈など感じることもないでしょうに、嘆かわしいことですわ」
「かおりはいちいちトゲがあるな。マミさんみたいに温厚な性質と寒さに強い体質を持ってくださーい」
「杏子ちゃんも、それいい加減にしないと怒るわよ?」
「ホルスタインが怒った?!」
「もう、しつっこいんだから……」
頬を膨らませて不満を表すマミ。その傍らで難しい顔をしていたかおりは、マミの言葉に口元を押さえ、肩を震わせた。そしてひとしきり笑った後に呼吸を落ち着けると、潤んだ瞳で告げた。
「巴さん、モウ、だなんて……」
「もう、夜宵さんまで」
「また……」
「ヘンなとこがツボに入る奴だな」
「ほらほら、移動しますよ移動。杏子ちゃんも夜宵さんも、置いていきますよ」
羊飼いが家畜を追い立てるように、マミは杏子とかおりを急かした。この様子からも察せられるように、彼女たちの普段の関係性は、正しくマミを羊飼い、杏子とかおりを羊としたものだ。しかし、威厳が足りない羊飼いにままあるように、悪戯な羊に翻弄されることも多かった。
◇ ◇ ◇ ◇
背に乗りたい、という杏子の希望は当然ながら叶えられず、触れ合いコーナーは幕を閉じた。
その後は併設されたカフェレストランで、牧場採れたての食材を使った昼食を、たっぷり一時間ほどかけて摂った。
最後に五種類の乳牛のミルクからできたソフトクリームを食べ比べ、一食当たりの摂取カロリーを大いにオーバーしたという軽い悔恨をおぼえて席を立つ。そして向かうのは、帰りのシャトルバスではなく、牧場の外れに立つモミの巨木。
昨日、別れ際の会話で、マミの可能な限り早く魔女退治に赴きたいという意向と、既に予約を入れている観光オプションと、愛衣の都合の兼ね合いを考え、導き出された合流箇所がそこであり、合流時間が今だった。
時間より五分ほど早く訪れたマミたちを、人見愛衣は敬礼でもしそうな直立不動の姿勢で迎えた。そして深々と頭を下げると、少しイントネーションの外れた言葉を発した。
「この度はご足労いただきまして誠にありがとうございます」
たっぷり一〇秒は下げた頭をそのままにする愛衣。マミが声をかけなければ、そのままいつまでも礼を続けていたかもしれない。
「えぇと、そうかしこまらずに、普通にしてね」
マミに促されて顔をあげると、頬を指で撫でさすり、はにかむような表情を見せた。
「すみません、じゃぁ普通にしますね。んと、私の住んでいる村が、ここから近い山にあります。あ、近いと言っても、都会の人の感覚だとかなり遠いかもしれないです、歩いて小一時間なので。それで、その山の隣の山に魔女がいます。いますというか、閉じ込められています」
「お、じゃぁ愛衣の家にも寄っていこうよ」
「構わないですけど、何もない村ですよ。それに居心地も良くないですし……」
親指と人差し指でこねるように耳朶を弄ぶ。その仕草は濁すような語尾と相まって、誤魔化すような印象を見る者に与えた。
「突然お邪魔するなんて失礼よ。それに、魔女退治が最優先です」
杏子を窘めるマミの口調は、同時に愛衣を安堵させた。指を耳たぶに押し当てたまま首肯してマミに賛意を示すと、彼女は目的地についての説明を始める。
「魔女の山へは私たちの足だと、急げば一〇分もあれば着くと思います。姥捨って、嫌な名前で私たちは呼んでいます。たぶん、ずっと長い間、年老いた人を魔女への生け贄として置き去りにしていたんじゃないかな」
「生け贄……というと、魔女の存在を土地の人は知っていたの?」
「えぇ、魔女の存在は≪山神さま≫として、私たちの村では知られていました。つい最近まで、数年に一度、子供を生贄に捧げるっていう風習もあったんです」
「そんな風習があるのでしたら、いくら結界に閉じ込められているとはいえ捨て置けませんわね」
昨日の放置しても問題ないという失言を悔いているかおりは、大きく頷く。名誉挽回、との思いを込めたのだが――
「あ、大丈夫です。もうそんな風習はなくなりましたから」
いつのまにか指を耳朶から眉間に移し、片目を指で隠すようにした愛衣がかおりの失地回復を阻止した。いや、そもそも失地、失言と思い込んでいるのは当の夜宵かおりだけなのだが……。
「それが愛衣の奇跡なのか?」
「はい、よく分かりましたね……鋭いです」
「だってさ、そういう風習って簡単にはなくならないだろ。特に年寄り連中が多いと」
「あはは……。その通りですね」
「そう、素晴らしい祈りね。たとえ魔女を倒したとしても、風習はなくならないもの。人見さんの祈りは多くの人を救ったのだと思うわ」
マミは全く意識していなかったが、言外に先程の風習と討伐を関連付けて考えた夜宵かおりを否定した。そしてそれを感じ取った夜宵かおりは、さらにシュンとなる。
その一方で、誉められた愛衣は頬をぽうっと紅く染め、その上気を静めるように手のひら全体で押し包んだ。
「そんな風に言われたら、しょうしくらしいですよぅ」
マミたちには馴染みのない言葉ではあったが、愛衣の態度と昨日の経験でおおよその意味合いは推測できた。問い返すような無粋はせずに、マミは話を進める。
「魔女についての情報は何かあるのかしら」
「はい、私が魔法少女になって間もない頃、一度結界に入って戦ったことがありますから。勝てなくて逃げ出したんですけど、その時の話で良ければ」
「助かるわ。移動しながら聞かせてもらえるかしら」
「はい。皆さん、もう移動しちゃって平気ですか? ここの牧場でやり残しはないですね?」
杏子がもうひとつだけジャージーのソフトクリームを食べたいと主張したが、主にカロリー的な理由でマミとかおりには黙殺された。唯一愛衣だけが「あ、美味しいですよね、ここの」と同意したが、それ以上その話題を広げる者はいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
魔法少女になる前の自分なら、へたり込んで泣きべそをかいていたかもしれない。
マミがそう思うほどに過酷な道程だった。そもそも「道」という表現は相応しくないとさえ思える。腰近くまで下草が密に繁り、土肌はまばらにしか見えない。今日は雨も降っておらず、さらに時間はお昼過ぎというのに、濃い霧が煙るほどに気温は低く、湿度は高い。
「着きましたよ。この山のてっぺんがそうです」
しかし、魔法少女の姿である彼女たちにとっては舗装された遊歩道に等しく、息切れひとつさせることなく踏破した。
「いやぁ、この山って言われてもさ、どこからどこまでがひとつの山なのか、さっぱりだよ」
「あはは……ですよね。まぁでも、ここからが禁足地になっているんです。結界はもっと上ですので、まだ警戒はしないで大丈夫ですけど」
暢気と言える彼女の口調が厳しくなったのは、山の八合目を越えたあたりだった。
「分かりますよね? ここからが魔女を封じ込めている結界の内部です」
促されるまでもなく、ソウルジェムが魔女の結界に反応を示したことで、彼女たちは緩めていた緊張の糸を引き締めている。
「反応から察するに、魔女の結界まで二〇〇メートルといったところね。じゃぁ、人見さんから聞いた話をまとめるわね、移動しながら聞いて」
一同が頷くのを横目で確認し、マミが続ける。
「魔女の外見は、上半身が女性で下半身が蛇。大きさは頭の高さで五メートル程度。上半身下半身ともに鱗があって、生半可な攻撃は弾く。主な攻撃は尻尾による殴打、それとナイフのような爪による引っ掻き。背後にテレポートした人見さんに対して、振り返らずに尻尾で攻撃したことから、視覚以外の感知能力があると思われる」
「ファンタズマは音も魔力も匂いもあるから、通用するとは思うけどね」
「そうね、そう思うわ。……続けるわね、戦闘時に人見さんがひどい眩暈と脱力感をおぼえたことから、無色無臭のガスなどの神経や精神に作用する攻撃を行っている可能性があり。それと……」
マミが言葉を切った。前方に浮かぶ魔女の結界から、いまマミが説明していた魔女が身を現そうとしていたからだ。
虚空に浮かぶ結界の紋様。その紋様を突き破るように、鱗に覆われた青白い二本の腕が伸びた。
腕は紋様の外周部を掴み、それを横に押し広げるように力を込める。
力をかけられた結界が横に歪み、そして魔女は膂力をもって自らの身体を持ち上げ、上半身を紋様から現した。
粘性を持った液体のように、紋様が魔女の体躯にまとわりついて引き延ばされる。そして蛇身である下半身が結界を抜けると同時に、まとわりついていた紋様が剥がれ、再び円形の紋様へと戻った。
「わたくしたちを生け贄と思って、さらいに来たのでしょうか?」
右手の弩弓を照準しながら呟くかおりには応えず、マミは自らに倍する巨躯を持つ魔女を見上げた。
彼我の距離は二〇メートル程度。魔法少女と魔女にとっては一挙手一投足の間合いだ。
それを理解している杏子も愛衣も、それぞれに大身槍とペットボトルの剣を構え、左右に展開を始める。
「接敵せずに倒せればベストよね。まずは私と夜宵さんが撃つから、ふたりは接近は待ってもらえる?」
「了解です。いざとなったらこの剣、一〇メートルくらいにはなりますので、それで斬ります」
「分かったわ。杏子ちゃんも、戦うときは念のため槍を伸ばしましょうか」
「おう」
短く応えた杏子は、大身槍の柄に複数の切れ目を生じさせ、鞭状に垂らしてみせた。柄の切れ目は鎖でつながれており、その鎖が伸縮することでちょっとした射撃武器に匹敵する間合いを有する。
マミは満足気に頷くと、四挺のマスケットを肩の上に浮かせ、一挺を両手で構えた。手ずから操るマスケットの照準に連動して、浮遊するマスケットたちも銃口を追随させる。
「行くわよッ!」
叫び、引き鉄にかけた指を引き絞る。引き鉄を引かれたマスケットはもとより、肩口に浮かぶ四挺のマスケットも同時に射撃した。さらには夜宵かおりも遠隔操作されたように、クロスボウボルトを同じタイミングで撃ち放つ。
魔弾とボルトを目で追う杏子と愛衣は、間合いと緊張を保ったまま警戒姿勢を維持する。攻撃にも防御にも、そして射手の護衛にも回れるように位置取りつつ――
杏子が動いた。
着弾した魔弾とボルトが、魔女の鱗を抉って体液を飛散させた。そして、魔女が苦悶の声をあげて身体を蠢かせた。そこで好機と判断し、踏み込みつつ鞭状の槍を横に払った。
それは、槍を薙ぐというよりは、居合いの達人が剣を抜き放ったかのような所作だった。大身槍が横に一閃し、軌跡上にあるものが上下に分かたれていく。槍の攻撃を受け止めようとした魔女の爪を皮切りに、下腕、上腕、そして胴体の全てを。
ひときわ大きく苦悶の叫びを残すと、蛇身の魔女は強酸性の薬液に溶かされるかのようにして身体を崩壊させていった。
鈍く光るグリーフシードを残して。