マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第三七話 マミさん、重さを量る

 それぞれが違和感をおぼえてはいたが、その内容は人によって異なっていた。

 違和感が異なるがゆえに、取った行動もまた異なる。

 

 夜宵かおりは、体の向きを愛衣の方へ向け、厳しい視線を叩きつけた。

 

「あなたの話とずいぶん違いますが、どういうことですの?」

「んー、そうだよね。こんなに簡単に倒せる相手じゃなかったはずなんだけど……」

「何か目的があって、わたくしたちをここに連れてきたのではないでしょうね?」

 

 弩弓を突きつけんばかりの剣幕をみせるかおりに、愛衣は困惑し、言葉に詰まっていた。

 

「いや、それはいくらなんでも早計なんじゃねーの」

 

 かおりにも愛衣にも視線を向けずに、杏子は言った。そして杏子と同じ方向、虚空に浮かぶ結界の紋様を見つめていたマミが続ける。 

 

「結界が残っているわ。つまり今倒した魔女は、結界の主ではないわね」

「使い魔ということですの?」

「いえ、グリーフシードを落としていますし、魔女なのは間違いないと思います。私が戦った魔女は、別にいるんでしょうか」

「そうね。人見さんから聞いていたよりもひとまわり小さかったし、別の個体かもしれないわ。まぁ、結界に入ってみれば分かることよね」

 

 リボンを伸ばしてグリーフシードを掴み、愛衣に渡す。グリーフシードの所有権が愛衣にあることに、杏子もかおりも異存はない。敢えて言えば、愛衣自身に異存、というよりは遠慮があることになるか。

 

「愛衣んトコの魔女だしな。愛衣が持つのが自然だろ」

「なんかその言い方だと、魔女が私のペットか何かみたいで嫌なんですけど」

「あのような凶暴で可愛くもないペットはごめんですわよね。キュゥべえのように可愛らしいならともかく」

「ですよね。キュゥべえ可愛いですよね」

「可愛い、ねぇ」

「まぁ、見た目はね……」

 

 黄色い声を交わすふたりには聞こえないように呟くと、マミと杏子は結界に向けて歩を進める。そして慣れた手際で結界をこじ開け――

 

「ほら、置いてくぞ」

 

 マミに続いて身体の半ばまで結界に侵入させた杏子の言葉に、かおりはハッとして後を追おうと大きく足を踏み出す。だが愛衣は焦った様子もなく、片目を瞑り、一瞬の後に開いた。その動作で彼女の固有魔法である空間跳躍、≪ウィンク・ウィング≫が発動する。

 彼女の身体はテレポートし、杏子にひっつくほどの距離に出現する。ぎゅっと杏子の手を握り、白い歯を見せて悪戯っぽく愛衣は笑った。

 

「えへへ、私を置いてくなんてできないですよ」

「おう、じゃぁかおりだけ置いてくか」

「ちょっと、お待ちくださいな!」

 

 ふたりを飲み込みかすかな波紋を浮かべる結界に向けて呼ばわり、かおりは駆けた。それを出迎えるように、結界からマミが顔だけを出す。

 

「慌てなくて大丈夫よ、私が殿軍を務めるから。さ、夜宵さんも入って」

 

 この場合は慌てる夜宵かおりよりも、慌てさせる佐倉杏子が悪い。魔女の結界内において無意味に急かすのは、ちょっと緊張感に欠けるのではないだろうか。そう思ったマミは、あとで杏子にお説教しようと心に決めながら、結界から手を伸ばしてかおりを迎えた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 武家屋敷を思わせる古風な結界の中には、複数の魔女がいた。

 大きさに多少の個体差はあれど、全て結界入口で倒した魔女と同じく蛇身の魔女であった。

 広大な結界の中に、魔女はぽつりぽつりといたが、中には数匹が狭いエリアに存在していることもあった。そのエリアを掃討したあと、愛衣は伸ばしていた液体の剣をペットボトルに収納しながら独りごちた。

 

「魔女同士って、一緒にいてケンカしないんでしょうか」

 

 回答を求めての言葉ではなかったが、愛衣の傷を癒すために近くに寄っていたマミが応えた。

 

「先日も、魔女が複数群れているのと戦ったわ。魔女から見ると魔女は仲間なのかもね」

「へぇ~。もっと血に飢えたケダモノみたいに、周りにいるもの全部を攻撃するのかと思ってました」

「それで間違ってねぇだろ。あたしら人間には見境なく襲いかかってくるんだから」

 

 ひゅん、と杏子が槍を横に払う。直後、大身槍の穂先についていた魔女の体液が床を叩く音が響いた。

 

「でも、意外です。魔女同士なら仲良くできるんですね」

「そうね、もし世界が魔女だけのものになったら、それはそれで平和なのかもしれないわね」

 

 少し寂しげに微笑むマミを見て、かおりは胸にざわめくものを感じた。その理由までは理解できなかったが、生じた不安を否定するために強く言葉を放つ。

 

「縁起でもありませんしお話にもなりませんわ。魔女に世界を譲り渡すほど、わたくしたち魔法少女は甘くも弱くもありませんもの」

「お、珍しくかおりがいいことを言ったな」

「珍しくではなく、いつものことながら、と言って欲しいですわね」

「そうだな、かおりはいつものことながら――」

 

 杏子が手首の動きだけで槍を上へとしならせる。

 柱が複雑に組み合わされた造りの天井。そこから蛇型の使い魔が一匹、夜宵かおりの首筋を狙って落下してきた、その迎撃のために。

 

「隙だらけだよな」

 

 だが、槍が蛇を貫くよりも先に、魔弾が使い魔の体躯を砕いた。

 

「ふふ、もう少し注意した方がいいわね。使い魔は魔力も微弱で感知しにくいけど、侮っていいわけじゃないもの」

「うう……面目次第もありませんわ」

「私も気付いていませんでした、おふたりとも、すごいですね」

 

 その言葉が嘘だということは、マミと杏子には分かっていた。愛衣の親指は既にペットボトルのキャップを弾いており、明らかに迎撃を行おうとしていたのだから。

 ただ、善意からの嘘を喝破するつもりはふたりにはなく、適当な相づちをもって応えた。

 ひとり嘘に気付かないかおりだけが、愛衣に同類意識を持っていた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 最深部にいた蛇身の魔女は、愛衣の事前情報よりもさらに巨大であり、さらに強力であった。

 しかし、マミと杏子に敵する水準にはなかった。凡百の魔法少女が使い魔を相手にするように、早く、容易く、危なげなく、マミたちは魔女を打ち破った。

 結界が崩壊を開始する。

 それは戦いの収束を意味し、魔法少女たちは思い思いに緊張の糸をほどきながら、結界の崩れていく様を眺める。

 さなか、夜宵かおりが口をひらいた。

 

「その、人見さん、疑うようなことを言ってすみませんでしたわ」

「えっ、私、疑われてたんですかっ?」

「えっ、お気付きでなかったんですの?」

 

 相変わらずの愛衣の人の好さ、そしてかおりの察しの悪さに、マミが口の端を控えめに歪める。ちょうどそのタイミングで、ガラスの割れるような音が鳴り響き、魔法少女たちは現実世界へと排出された。

 

 

 

 

 

 

「さすがに、こんなたくさん私だけ頂くわけにはいかないですよぅ」

「いやー、ほんと大漁だな」

 

 夏草の茂る傍らに並べられたグリーフシードは、ざっと数えても二〇を超えている。魔法少女一年分、という名目で景品になってもおかしくない量だ。

 

「私たちは消耗した魔力の補給程度で充分よ。残りは人見さんのものにするべきだわ」

「うん、そんなもんでいいんじゃないか。愛衣もこれで夏休みサボれるな」

「えー、パトロールはしっかり続けますよぅ、それが私たちの使命じゃないですか」

 

 夜宵かおりは黙っていた。どう喋れば印象が良いだろうかと考え、そしてそのまま考えがまとまらずに発言の機会を失っていたのだ。

 結局、この場でかおりが行ったのは、こくこくと首を縦に揺らすことと、連絡先のアドレスを伝えることだけだった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 宿舎に戻ったかおりには、さらに難題が待ち受けていた。三人分の夕飯をつくるという難題が。いや、クリアする方法が全くないのだから、難題の前に無理をつけた方が適切だろうか。

 素直にギブアップするか、逃げるか、選択肢はおおむね二つであろうが、彼女は後者を選択した。

 リビングのソファでくつろぐマミと杏子に、おずおずといった様子で彼女は切りだす。

 

「申し訳ありません、わたくし、ちょっと眩暈と頭痛が……」

 

 いちいち言葉にあわせて瞳と額を手で撫でさする。それはある意味で「元気です、仮病です」と言っているようなものであったが……。

 

「あら、そういえば魔女を倒した辺りからずいぶん口数も減っていたものね。気が付かなくてごめんなさい」

「魔法で治してやろっか?」

「い、いえ。このようなことで魔力を使うのも勿体ないですし、少し横になれば充分ですわ」

「旅行ではしゃいでたところに魔女退治までして、ちょっと疲れちゃったのかもね。部屋で休んだ方がいいわ。杏子ちゃん、私が料理当番でいいかしら?」

「オーケーだよ、けっこうお腹すいたから、できれば早めがいいかな」

「分かったわ。小一時間もあればできると思うから、少し待っててね。夜宵さん、部屋まで連れていってあげましょうか」

 

 かおりの返事を待たずに、マミは立ちあがる。そして夜宵かおりの肩に腕を回して彼女の身体を支えた。マミの柔らかい躰を肌で感じて、はからずもかおりの頬が本当に熱があるかのように紅潮する。

 

「お大事にな、かおりー」

 

 座ったまま、片脚を揺らしてスリッパをぱたぱたと鳴らす杏子は軽い調子で言った。その軽さが今はありがたいと、かおりにしては珍しく杏子に感謝していた。

 

 

 

 

 

 

「夜宵さん、もしかしてお料理苦手?」

 

 部屋へ向かう廊下で、マミが小声で問うた。肩を借りたままのかおりは、顔を逸らして二度ほど小さく頷く。

 

「意外だけど……でも、お買い物の様子がちょっとヘンだとは思ってたわ」

「すみません……」

 

 合わせる顔がないとばかりに顔をさらに逸らす。料理ができないことだけでも恥ずかしいのに、さらには見栄をはって嘘をついていたことまで露見しまった。自尊心の高い彼女としては、そのまま消え去ってしまいたい気分だ。

 

「ううん、あんな風に期待されたら言いだしにくいもの。杏子ちゃんには黙っておくし、気にしないでね」

「はい……」

「もう、こんなことでクヨクヨしないで。人には得意不得意があるんだから」

「はい……」

「小一時間もあればお料理できると思うから、それくらいに体調良くなったって出てきてもらえるかしら?」

「はい……本当にすみません、ご迷惑をおかけして」

「ううん。私、お料理好きだからぜんぜん平気よ」

 

 彼女を元気付けようと破顔するマミだったが、夜宵かおりの精神状態は日中からの空回りもあり最悪に近かった。重油の沼の底に沈んだような彼女を引き上げるには、マミの笑顔だけではトルクが不足していた。

 しかし、トルク不足は、部屋の前まで着いたときのひとことで、容易にリカバーされた。

 

「もし良ければ、今度お料理教えましょうか?」

「えっ、本当でしょうか」

 

 仮病の演技を抜きにしても――そもそも、マミに看破されてからは演技ではなく本気で落ち込んでいた――半死人状態であったかおりだが、突然に声を弾ませた。

 現金なもので、「わたくし、料理が出来なくて良かったですわ」とまで歌うように告げる。その様子に悪戯心を刺激されたのか、マミは最後に、

 

「でも、北欧料理はできませんからね」

 

 と人の悪い笑みを浮かべて言うと、彼女の背をぽんと叩いて部屋に押し込んだ。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「露天風呂がありますので、皆で入りませんか!」

 

 湿り気を全く感じさせない声色。それは杏子でさえ、急に元気になりすぎじゃないか、と訝しむほどだった。

 

「ご飯食べて元気が出てきたみたいね、良かったわ」

 

 事情を知るマミからすると、もう少し自然な演技をした方が……と思わないでもなかったが、ふさぎ込むよりはよほど良いと微笑んだ。

 

「はい、もう元気ですわ。ですので、露天風呂に!」

「元気ならさ、デザートでも作ってくれよ」

「えええ、……えっと、そう! 今日はカロリーオーバーですから、ダメですわ!」

「そんなの気にしてなかったじゃん」

「ダメと言ったらダメですわ。帰ったらあらためてご馳走してさしあげますから、今日は我慢なさいな」

 

 ――早めにお料理レクチャーしてあげた方がいいかしらね……。

 

 懲りずに安請け合いをする彼女を見て、半ば呆れる気持ちでマミは独りごちる。幸い、杏子はかおりの口約束に喜んでおり、マミの呟きが聞きとがめられることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、杏子ちゃん、お湯で流してから入るのよ?」

 

 制止の言葉より早く、温泉に駆け寄った杏子。ざぶんと飛沫を飛ばして彼女の身体がお湯に飲み込まれる。

 あーあ、と顔を手で覆うマミの姿を、ちらちらと横目で見やりつつ、上機嫌な声でかおりが言った。

 

「まぁまぁ、貸し切りですし問題ありませんわ。それより巴さん、わたくしたちも入りましょう」

「そうね、そうしましょうか」

 

 温泉に近付き、掛け湯を頂くために膝を崩すと、巻いていたバスタオルを外す。その姿を見て、かおりが口を開いた。

 

「あの、どうして水着を?」

「え、プール入るかもって夜宵さんが言ってたから、持ってきたんだけど?」

「持ってくるのはともかく、いま着ているのはどうしてでしょうか?」

「え、修学旅行とかでも着たけど?」

「……そうなのですね……」

 

 悲嘆に暮れた様子のかおり。それを見て、何か悪いことをした気になったマミだったが、何がどう悪いのかは理解できなかった。そしてかおりにとっては幸いなことに、理解する時間は与えられず、杏子の悪戯にふたりの思考は中断された。

 

「ほら、掛け湯とかいいからさっさと入ろーぜ」

 

 あたしが掛けてやるよ、とばかりに杏子がお湯を両手でスプラッシュさせ、ふたりの躰を濡らしていったからだ。

 

 

 

 

 

 

「かおりって、地肌はけっこう白いんだな」

「そんなにまじまじと見ないでくださいな」

 

 見られるのを避けるように首筋まで白濁した温泉に浸かり、非難がましい口調で言う。ただ、自分を棚に上げているということは彼女も自覚しており、言葉には力がなかった。

 

「いいじゃん、減るもんじゃなし」

「それはそうですけど……でも、やっぱり減りますわ」

 

 口まで沈め、喋るごとにぶくぶくと泡を作る。

 

「飲んじゃだめよ、こういうところのお湯ってけっこう酸性がきつかったりするから」

「はいっ。あ、でも、ちょっと飲んでもいいかもしれませんわ……」

「腹こわすぞー、かおり育ち良さそうだし、そういうの弱そうじゃん」

「別に育ちは……わたくしの家は普通の中流家庭ですわよ」

「そうなのか?」

「はい」

「んー、でも、夜宵さんの通っている学校って、有名なお嬢様学校よね?」

「それはそうですわね、うちには不釣合いなのですが……。ええと、母も同じ学校の卒業生でして、母の実家はそれなりに裕福なのです。それで母方の祖父が資金援助するからわたくしを同じ学校に入れろと」

「孫に行かせたいくらい良い学校なのね」

「はい、わたくしもそう思います。ただ、他の生徒の皆さんは裕福な家庭の方が多く、少しギャップを感じてしまいますわね」

「かおりも充分お嬢様っぽいけどな」

「それは、ちょっと作っている部分もありますので」

「そういえば、お母様には普通に話していたものね」

「んだよ、あたしらの前でまで作らなくてもいいじゃん」

「そう仰られても、いまさらそう突然に態度を変えるのも……」

「いいじゃん」

「そうね。夜宵さんの楽な方でいいとは思うけど、普通にしてくれた方がちょっと嬉しいかな」

「えっと、じゃぁ、巴さん、率直に申し上げますけど……」

「なにかしら」

「少し胸を触らせていただけませんか?」

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「ほら、やっぱり作った方がいいじゃないですかー」

「作るってそういう意味じゃなくて! 口調のことよ口調の!」

「って、冗談はさておいてですわ」

「いや、冗談じゃねーだろ……」

「触るのではなく、重さを量らせて頂きたいのですが、いかがでしょうか?」

「それはドア・イン・ザ・フェイスのようなものかしら……」

「そのような姑息な目論見は神に誓って一切ございませんわ」

「そもそも、その……胸の重さなんて量れるの?」

「もちろん正確に、というわけではありませんわ。そうですわね、この桶にお湯をすりきり一杯まで入れた時の重さをAとします。その後、巴さんに胸を桶に浸けて頂ければ、当然胸の体積分のお湯がこぼれますわよね。しかる後に桶の重さBを量り、AとBの差分をとれば体積が分かります。古代ギリシア人曰くユリーカ! ですわね」

「どうでもいいことに凄い情熱傾けてんな、お前」

「さて、乳房を構成するものは主に乳腺、脂肪、靭帯です。乳腺の比重は約1.04グラム、脂肪の比重は約0.92グラム、靭帯は正確にはわからないのですが、乳腺と同程度か少し重い程度でしょう」

「う、うん……」

「また、乳房の中での割合は、脂肪が九割、他が一割なので、先ほどの比重を加味して考えますと、体積に0.932を乗じればおよその重さになるかと思いますわ」

「お、おう……」

「さぁ、巴さん、こちらの桶にその乳房を浸してくださいまし」

「…………」

「なんか可哀想だしやってあげたら、マミさん」

「もう、ひとごとだと思って適当に言わないで……」

「ええ、可哀想ですし犬に噛まれたとお思いになって!」

 

 

 

 

 この後、しばらくの間、ティロ・フィナーレは二二三六グラム砲と杏子とかおりから悪ふざけ気味に呼ばれることになる。

 そう呼ばれる度に、マミはきっぱり断るべきだったと強く後悔するのだった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 帰りの新幹線。

 駅前で見つけたご当地プリクラを三人で撮ることに成功した夜宵かおりは、手帳に挟み込んだプリントシートを飽きることなく眺めていた。

 

「そんなの風見野でも撮れるだろ」

 

 とは杏子の弁だが、夜宵かおりは無言で否定する。

 今までの関係は、友誼と呼べるものであったかもしれないが、あくまで魔法少女としてのものであり、今回、初めて普通の少女として接することができたと、彼女は思っていた。

 手帳に挟まれた小さなプリクラシートは、その証のようで、とても大切なものに思える。

 

「まぁ、いいんだけどさ。それより、あたしだけ新魔法見せたんじゃ不公平じゃん? 帰ったらマミさんとかおりの新魔法も見せてよ」

「自分から見せておいて不公平はないんじゃないかしら。でも、見たいというなら練習中の魔法でもお披露目しましょうか」

 

 杏子とかおりを並んで座らせ、自身はひとつ後ろの席に座っていたマミが、腰を浮かせて前の席を覗き込むようにする。

 

「わたくしは特に新しい魔法は考えておりませんわ」

「なんだよ、かおりは秘密主義かよ。まぁいいや、じゃぁマミさん今週末見せてよ」

「今週末までに、夏休みの宿題半分片付けたらね」

 

 不満げな顔を見せる杏子に、かおりはそっと耳打ちした。

 

「わたくしも巴さんの魔法見たいですし、宿題手伝ってもよろしいですわよ」

 

 杏子にも多少はプライドというものがあるのか、一瞬思案するような表情を見せた。しかしすぐに、神妙な表情で頷いた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 そして、夜宵かおりの積極的な協力もあって杏子の宿題は完遂され、次の週末にはマミの新魔法の発表会が催された。

 毎週行っている練習や手合せを消化した後、河川敷の開けた場所に集まり、マミが口を開く。

 

「マスケットにしろティロ・フィナーレにしろ、弾丸はリボンを丸めて作っているのね。だから途中でほどけてメテオーラのレールになったり、レガーレの起点になったりできるのだけど……。でも、やっぱり弾丸を火薬で撃ち出すっていう機構である以上、弾速にも限界があるわ」

「そうでしょうか? 巴さんの魔弾の速度に問題があるとは思えませんわ」

「あら、夜宵さんがそう言っちゃう? 夜宵さんの光の矢に弾速で負けたことも、理由のひとつなんだけど……」

「そんな。連射速度も違う上に、巴さんは複数の魔弾を一度に操るではありませんか、マシンガンとライフルを比べるようなものですわ」

「まぁいいじゃん。今より強くなるのに理由はなくてもいいだろ」

「そうね。……いま練習しているのは、弾丸じゃなくて魔力を継続的に撃ち出すもの、レーザーとかビームみたいな感じね」

 

 拾い上げた枯れ枝で、地面にイラストを描きながらマミが解説を続ける。

 

「だからマスケットの機構は使えないわ。YAGレーザーの構造を参考にして、新しいタイプのティロ・フィナーレを作っているの」

 

 自身の構造への理解を再確認する意味も含めて、マミは滔々とレーザー機構の説明を行うが、一分ともたずに杏子が根を上げる。

 

「とにかく、やってみてよ」

 

 遮られて苦笑するものの、気分を害した様子はマミにはなかった。もちろん彼女は感情を安易に表に出す人間ではないが、この場合はそうではない。家族の遠慮ない言葉に腹を立てる者がいないように、マミが杏子の言葉に立腹することはなかった。

 

「わかったわ。作るのに五分くらい要るから、その間ふたりで練習でもしててもらえる?」

「五分……戦闘時と考えると、なかなかに長いですわね」

「だから練習中。まだ実戦では使えないわね」

「必要とあらば、あたしが時間稼ぎすりゃいいじゃん。必要ないと思うけど」

「うん、必要に迫られてるわけじゃないのだけれど。カードは多い方がいいものね」

「んじゃ、マミさんが準備してる間に軽く揉んでやるか。来いよ、かおり」

 

 槍を肩に担いだ杏子は、犬歯を見せて笑う。応えて、かおりも笑みを見せる。

 笑うという行為には様々な意味があるが、この場合は前者が快意をあらわす不随意のスマイルであり、後者は挑発をあらわす随意のラフであった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 五本目の勝負をふたりが始めようとするタイミングで、マミが新しいティロ・フィナーレの完成を告げた。

 片や四連敗で受けた傷を自前の治癒魔法でケアしながら、片や汚れてさえいない魔法少女の装束を風に揺らしながら、ふたりの魔法少女がマミに近寄る。

 マミの傍らには、普段のティロ・フィナーレを一回り小さくした砲が、華奢な三脚に支えられて屹立していた。

 昼前の陽光を受けた白銀色の砲は鏡のように光り、その身に魔法少女三人の姿を映している――その中のひとり、巴マミがすっと手を伸ばし鏡面に触れた。

 

「これがティロ・フィナーレ・ヴェルシオーネ・イリミタータよ」

「練習中なのにしっかり名前はあるんだね」

「え、当然じゃない?」

「ま、まぁ当然ですわよね……」

「お前さ、なんでも追従すりゃいいってもんじゃねーぞ?」

「……それより巴さん、さっそく撃ってみてくださいな」

 

 促されたマミが頷き、砲身に添えた手から魔力を供給する。砲身に刻まれた幾何学的な線溝から、最初は淡く、そして徐々に強い光が漏れ、魔法少女たちの顔を照らしていく。

 

「試射は……空にしましょうか。飛行機も鳥さんもいないし迷惑にはならないわよね」

「よし、じゃぁ的代わりのファンタズマ出すよ」

 

 手品師が指を弾くような気軽さで、杏子は七つの魔女の幻影を遥か頭上に生み出す。但し、それらは遠目にも偽者であるのがはっきりと見て取れる、粗悪なダンボール人形のようなものであった。

 

「ひどい的ですわね」

「慣れてないモンはうまくは出せないんだよ、いいじゃん、分かるんだから」

「ええ、充分だわ」

 

 直上に浮かぶ銀の魔女、を模したオブジェクトを視線で捕らえると、マミは愛犬にするように優しく砲身を撫でた。

 

「お願いね、ヴェルシオーネ・イリミタータ」

 

 静かに語り掛ける。応えるように砲身が低く唸り、線溝から漏れる光を強くする。それが極まった瞬間に、一筋の光が天に向けて放たれた。

 発せられた魔力の膨大さとは裏腹に、無音に近いそれは、一瞬で雲を穿ち、その途中にある魔女のオブジェクトを蒸散させた。

 

「さぁ、行くわよ」

 

 ステップを踏むようなマミの指揮にあわせて砲身が動く。一筋の光条はそれにつれて踊るように動き、雲海に裂け目を走らせつつふたつめの魔女を破壊した。

 さらに砲身は身を傾がせ身を捻り、縦横無尽に光条を走らせて次々と魔女のオブジェクトを撃破していく。

 

「よーし、ティロ・フィナーレ!」

 

 最後のオブジェクトに向けて、号令とともに残った魔力の全てが放たれる。

 それは先ほどまでのか細い光条とは異なり、光の奔流となって遥か彼方の雲に大きな空洞を生じさせた。

 

 

 

「すっげぇじゃん」

「はい、お見事ですわ」

「実戦には使えないけどね」

 

 実用できないものを褒められて、マミは苦笑した。とはいえ、形にはなってきており、あと二ヶ月もすれば、それなりのスピードで繰り出せるようにできる自信はある。その自信に裏打ちされた謙遜であった。

 

「いや、さっきも言ったけど時間ならあたしが稼ぐし。でもさ、魔力はどうなの? 見た感じ消費すごそうだけど」

「魔力を増幅して撃ちだしてるから、そんなには使わないの。今ので普通のティロ・フィナーレ一回分ってところかしら」

「へぇ、いいじゃん」

「いいですわね。レーザーを参考にしているということは、前装式のマスケットとは違い連射可能なのでしょうか?」

「あ、それは試したことなかったわね。次の機会に試してみましょうか」

 

 既に砲身は幾百ものリボンへと解かれ、風に煽られるままに少女たちの頬や髪を撫でていた。その感触をしばらく楽しむと、マミはぽん、と手を打って全てのリボンを消し去る。

 

「さて、それじゃ引きあげましょうか」

「おう。かおり、今日はなんか作ってくれよ」

「あー……すみません、今日はちょっと調子が……」

 

 魔法少女の運命は自業自得だと言う向きもある。

 一理ある。奇跡という甘い砂糖菓子に群がった少女に、過酷な運命が課せられるのは、そうであるかもしれない。しかし、年端もいかない少女に、契約がもたらす代償を正確に理解し、自己の責任において決断しろというのは、過酷すぎるのではないだろうか。

 ともあれ、今現在夜宵かおりが立たされている苦境は、正しく自業自得であった。

 

 

 

第五部 マミさん、温泉旅行に行く   完

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