マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第三九話 マミさんの、魔法の国がよみがえる

 いつの間にか、杏子まで眠っていた。

 ベッドで静かな寝息をたてるマミに覆いかぶさるように、杏子が上半身をあずけている。

 蝉の声とエアーコンディショナーの静かな駆動音だけが響く部屋は、夕焼けに照らされて赤の色に染められつつあった。

 

 

 

 先に目を覚ましたのは、マミだった。

 目が覚めてすぐに、くぅ、とお腹が鳴る。マミは赤面しながらも、意識や身体の調子から、病魔がほぼ去っていることを認識した。

 すぐに起きて夕飯の支度や明日の入院の準備をしたいところだったが、彼女の上半身に覆いかぶさっている妹の存在がそれを許さなかった。

 彼女を起こすことも、そっと身体を動かすこともはばかられ、マミはそのままの姿勢でいる。手だけ伸ばして、彼女の頭をゆっくりと、髪を梳くように撫で、彼女が目を覚ますまでそれを繰り返す。

 

「風邪をひくなんて、本当に普通の身体になっているのかしら……」

 

 その言葉に応える存在は、マミの認識ではいなかった。

 

 

 

 

 

 

 夕陽に赤く染まっていた部屋が、薄闇になる頃。

 杏子は少しばかりの涎で口元を濡らした状態で、目を覚ました。

 寝起きのいいマミに対して、その対極にある杏子にとっては、目を覚ますことと意識の覚醒はイコールではつながらない。

 だから、おはようと声をかけられても、まだ夢の中にいるような心持ちだった。

 

「おはよう」

 

 時間をおいての二度目の呼びかけに、ようやく杏子の意識がうつつに戻ってくる。しかし、まどろんだ瞳が光を取り戻し、呆けた意識が現状を把握するには、もう少々の時間が必要だった。

 

 

 

 

 

 現実の世界に戻った杏子は、開口一番謝罪の言葉を口にした。

 

「あー、ごめん……」

「なにが?」

「だって、頭を撫でてるって約束したのに寝ちゃって……」

「ううん、私が眠るまではしててくれたんだもの。充分すぎるわよ」

 

 お返しとばかりに、今はマミが杏子の頭を撫でさすっている。杏子はそれを気持ち良さそうに受け入れ、マミの胸の上で幸せそうな表情を見せていた。

 

「うん……調子はどう?」

「たぶんばっちり。起きて動いてみないと、分からないけどね」

「ほんと? ……良かった」

「うん、おかげさまで、ね。さて、それじゃ夕飯の支度しないとね」

 

 言外にスキンシップの終わりを告げるマミに、杏子はおずおずと彼女の顔を覗き込む。

 

「しばらくこうしてていい?」

「もう、甘えんぼさんね……」

「誰かに似ちゃったかな」

「誰かしら」

 

 spending time。直訳すると時を過ごすとなるのであろうが、その言葉にはそれだけでは納まらない情緒的な意味があった。そしてこの場合は、まさしくそれにあたった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 翌日の抜糸手術は、午前中のうちに行われた。

 昼下がりには麻酔も解け、ベッドに横になった杏子は、遅めの昼食をいただきながら付き添いのマミと談笑に興じていた。

 そこに、看護士を伴って担当医が訪れ、術後の説明を始める。

 

 傷痕を残さないようにと、針数を多くして縫っていたのだが、抉られるような創傷がいけなかったのか。医師は申し訳なさそうに、頬に傷が残ることを告げた。

 それを聞いて、当の本人はあまり気にした風もなかったのだが、マミが泣き出さんばかりに――いや、落涙こそしていないものの、瞳を潤ませている姿は、泣いていると表現すべきかもしれない――担当医に質問を矢継ぎ早に浴びせる。

 といっても、責め立てるような言葉ではなく、時間をかけても痕を消せないのか、なにか痕を小さくするために出来ることはないか、といった内容だ。

 真摯に受け答えする担当医だったが、しばらくすると、杏子が制止した。

 

「マミさん、ありがとう。でも、大丈夫だから。先生も、ありがとうございました」

 

 そして、担当医と看護師が去ると、明るい声と、その声の調子に似合った表情を見せた。

 

「いいよ。傷痕があるなんて、本当に普通の人間に戻ったんだなって実感わくよ」

「……でも、それだったら杏子ちゃんじゃなくって、私に傷がつけば良かったのに」

 

 一方のマミの声はまだ湿っていた。そして表情も、それに倣っている。

 

「だめだよ、あたしなら百均のコップが割れるようなもんだけど、マミさんだとジノリのカップにヒビが入るようなもんだよ」

 

 ジノリのカップは、マミの父母が記念の品として大切にしていたものだ。杏子と知りあった当初、マミはそれらを決して使用せず、食器棚の奥に飾っていた。いつの頃からか、杏子とお茶を楽しむときのペアカップとして普段使いになっていたのだが、そのカップを指して杏子が主張した。

 

「そんなことない」

「まぁ、なんだ。多分あたしは生傷絶えないと思うから、こんなもん気にならないよ」

「おしとやかにしないと。もう来年は高校生なんだから」

 

 やぶ蛇だったかと杏子が舌を出しておどけた表情を見せると、ようやくマミの表情が柔らかいものになった。

 

「なんだかお腹がすいちゃった。杏子ちゃんも病院のご飯じゃ足りないんじゃない? 何か買ってきましょうか?」

「あれだけまくしたてれば、カロリーも使いそうだしね」

「まぜっかえすのなら、何も買ってきませんよ?」

「あー待ってよ、じゃぁ、冷たいものがいいなぁ」

「わかったわ」

 

 マミはポーチを片手に持ち、丸椅子から立ち上がった。そして、ひらひらと手を振ると、速足で病室を後にする。

 その後ろ姿を見送った杏子は、深く息をつくと、寂しそうな表情で視線を落とした。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 杏子ちゃんはしっかりしてるなぁ。自分はもっとしっかりしなくちゃ。

 そんなことを考えながら、マミは駅前の百貨店まで来ていた。歩きなれた地下フロアを巡りながら何を買っていこうかと思案する。

 

「冷たいものっていうと……」

 

 馴染みの店で考えると、果物のジェラートかメロンパン生地のシュークリーム、あとは寒天系の和菓子あたりが候補に思い浮かぶ。

 自分の好みで選ぶとジェラートだが、杏子の好みを考えるとシュークリーム。ただ件のシュークリームは口を大きく開けてかぶりつく感じになる。抜糸直後の杏子に負担にならないだろうかと考える。考えは堂々を巡り、その間にさして広くはない地下フロアを何往復もした。

 

「お医者様は大丈夫だって仰ってたけど、やっぱり心配よね」

 

 よし、決めた、と呟いてくるりと方向転換したマミは、しかしすぐに足を止める。

 

「カロリー大丈夫かしら。パトロールも戦いもしてないから、身体あんまり動かしてないし……」

 

 小首を傾げ、しばしの沈思。そして判断材料にカロリーを加えることで、さらに歩く方向を変えて和菓子の店に向かう。

 ここまでで病室を出てから一時間弱が経過しており、本来ならば杏子に「遅い」と文句を言われることは避けられなかっただろう。しかしながら、そうはならなかった――マミが病室に戻った時、そこに杏子の姿はなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おかしいわね、できるだけ歩き回らないようにって看護士さんも仰ってたのに……」

 

 丸椅子に腰かけ、ベッドに手をあてがうと、まだほのかに杏子の温もりが残っていた。さっきまでベッドにいたのだろうと考えたマミは、杏子の行き先をおそらくお手洗いだろうと推測し、彼女の帰りを待った。

 そして、十分程度の時間が過ぎ、「溶けちゃうものにしなくて良かった、かも」とマミがひとりごちた時のこと。

 

 いいようのない胸騒ぎを感じた。

 彼女にまだ魔法少女の持つ感知能力が残っていたのか、それとも人間が本来持つ大切な人との共感能力の発露なのか。いずれにせよ彼女は、大切な家族の身に危険が迫っていることを知覚した。

 

 走り出す。

 乱暴に立ちあがった時に何かが触れたのか、買ってきた和菓子が床に落ちる音が後方でした。しかし、マミが振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 やみくもに走った。

 廊下ですれ違う看護士の「走らないように」という注意も無視し、階段を歩く老人を充分に避けることなく接触気味に追い越して。

 一四階もあるのだからしょうがないのだが、息があがる自分の身体が恨めしかった。

 ようやく杏子の姿を見つけたのは、一三階にある別棟への渡り廊下。

 

「杏子ちゃん!」

 

 医療関係者に見とがめられれば確実に「静かにするように」と注意される声量だったが、杏子はその声にも反応を示さず歩みを続ける。

 幸いにして杏子の歩みは遅く、息を切らしたマミでも容易に追いつくことができた。

 追いついたマミは、彼女の名を呼ばわりつつ、引き留めようと肩を掴む。

 そして、絶句する。

 彼女の首筋に、魔女の接吻を見たからだ。

 肩を掴まれ、緩慢な動作で振り返った杏子は、マミの姿を見ても何の反応も示さず、ただ左の頬を手で隠すように撫でていた。

 その顔は、今にも泣き崩れそうなものに、マミには見えた。

 

「あぁ、そっか……」

 

 決して振り払うような動作を杏子がしたわけではなかったが、マミの手が力なく離れる。彼女の身体を掴む権利がないと、マミが思い込んだからだ。

 

「当たり前よね。女の子なんだもん、気にするよね」

 

 自分に気を遣って、なんでもないように振る舞っていた杏子の思い遣りと、それに全く気付かなかった自分の能天気さに、マミは己を嫌悪した。ともすれば、マミまでもがその虚をつかれ、魔女の接吻を刻まれかねないほどに。

 

「なにが杏子ちゃんはしっかりしてるよ。勝手にそう思って、杏子ちゃんの痛みに気付いてあげられなかっただけじゃない。それとも、ほんとは気付いていたけど、そう思うことで自分だけ楽になりたかったのかしらね」

 

 そんな自嘲をしているうちに、杏子はマミの手の届かない距離まで歩いていた。渡り廊下の中ほどに現れた魔女の結界にその身を呑まれていく。

 

「待って!」

 

 駆けるも、足がもつれて転ぶ。転んだまま手を伸ばすが、全く届かない。

 

「あぁ……」

 

 結界に呑まれ消えた杏子の背中を求めて、立ち上がるとよろめく足取りで駆ける。しかし結界はその入り口を閉ざし、マミの侵入を拒んだ。魔法少女の頃のように手を当ててみても、結界はなんの変化も示さない。

 拳を固め、こつこつと叩いてみる。やはり変化は見られなかった。無力感に苛まれたマミの頬を熱いものが滑り、床をぽつぽつと濡らす。

 

「私に魔法少女の力があれば……」

 

 そこに、声が響いた。

 

『巴マミ、キミは望むなら再び魔法少女の力をその手にできる』

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「キュゥべえ……?」

『しばらくぶりだね、マミ。キミが望むのなら、魔法少女の能力を再び与えることができる。もちろん、魔法少女の責務も宿命も同時に再び背負うことになる』

 

 渡り廊下の大きな窓が開いていた。そこに、キュゥべえの姿があった。彼は床へ飛び降りると、落ち着いた様子でマミの元へ歩み寄る。

 杏子を助けるために切実に欲しいと願った魔法少女の力、しかしマミはキュゥべえの問いかけに即答できなかった。

 

 来る日も来る日も魔女との戦いに時間を奪われ、実力が及ばないか、運が足らなければ命を落とす。

 そして実力と運に恵まれてもいつかは魔女となって果てる。

 それが逃れえぬ魔法少女の運命。マミは実力、テリトリーともに恵まれていたので思い至らないが、さらには魔力供給に窮する苦しみも加えられる。

 彼女の明敏な頭脳は瞬時にそれらのイメージを思い描き、結果として彼女の肩は小さく震える。

 

 ――……怖い。

 

 それが偽りのないマミの心境だった。

 キュゥべえに返す言葉を定めることが出来ず、視線を落とすと唇を噛んだ。

 力量に恵まれた彼女とて、一度は舞台装置の魔女を相手に命を落とし、二度三度と生命の危機を迎えている。再び魔法少女となれば、近い将来に死は訪れるのだろう。それは絶望的な未来と彼女には思えた。

 では、と考える。では、今魔法少女としての力と運命を拒否したら、未来はどうなるのか。考えるまでもなく、佐倉杏子は今日ここで命を落とし、巴マミは唯一の家族を失う。そして、杏子を見捨てた後悔を抱いて生きていくのだろう。やはりそれも、絶望的な未来と彼女には思えた。

 

 大粒の涙がこぼれた。

 それは、魔法少女の運命を再び背負うことへの恐怖によるものではなかった。

 その恐怖に怖じけて、たったひとりの家族を救うことにさえ躊躇いをおぼえる自分への嘲りの涙だった。

 

「だめだなぁ、私。ずいぶん強くなったつもりだったけど、ちょっと普通の女の子に戻って過ごしたら、この通り。……私の覚悟なんて、状況に追い立てられて、しょうがなく出来たものでしかなかったのね」

 

 笑顔があった。諦観に至ったのか、彼女の表情も声も、穏やかなものだった。

 

「ごめんね杏子ちゃん。あなたの前では、こんな情けない姿は見せないから」

『……返事はどうだい、マミ』

 

 急かすつもりはないのか、のんびりした口調でキュゥべえが尋ねる。

 

「私は、魔法少女の力と運命を受け入れるわ、キュゥべえ。さぁ、私に力をちょうだい!」

『そうか。ボクとしては魔法少女に戻ることは決してキミのためにはならないと思うが……。』

「はやく!」

『……わかった』

 

 キュゥべえが契約の遂行を告げると、開け放たれた窓から、一陣の突風が吹いた。

 突風はマミを中心にしてつむじ風となる。彼女の足元に次々と咲く花びらをつむじ風が舞い上がらせ、彼女の身体を覆い隠していく。

 花びらのカーテンの中で、マミはその身を魔法少女へと変える。

 太陽と蜂蜜の色をした柔らかいスカート、華奢な腰をさらに締め上げるダークブラウンのコルセット、豊かな乳房を包み込むオフホワイトのブラウス、そして黄金色の髪にふわりと被せられたベレー帽。

 

 つむじ風が爆ぜ、花びらが霧散する。

 マミは風で揺れる髪を押さえることもせず、魔女の結界に掌を押し当てた。

 一刻も早く杏子を助ける、それだけが彼女の心を占める事象であり、他は全て些事。

 乱暴に、魔女の結界の入り口を破った。

 そしてキュゥべえを顧みることなく、結界へと身を躍らせた。

 その姿を見送るキュゥべえは、テレパシーではなく、肉声で呟いた。

 

「ボクはどうして、彼女が魔法少女に戻らない方が幸せだ、なんて思ったんだ……?」

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 杏子に追いついたマミは、彼女に催眠魔法を施し、横にさせた上でリボンの絶対領域で包んだ。

 

「すぐ倒してきます。待っててね」

 

 その言葉の通り、使い魔を撃退する時さえ足を止めずに結界の深部へ急いだマミは、すぐに結界の主と相対した。

 ハコの魔女。

 対象の心をスキャンして心的外傷を抉るような虚像を見せる、精神攻撃を得意とする魔女だ。

 魔女は、得意の技をマミに対して仕掛ける。彼女の目の前に自らのモニターを広げ、虚実含んだ様々な映像を見せつける。

 それを受けて、マミは感情の読み取れない表情のまま、呟いた。

 

「そう……あなた、そういう魔女だったわよね。確かに、魔法少女の使命を忘れて安穏に生きようとしていた今の私には、効果的かもね」

 

 黒色の手袋に包まれた手を伸ばし、映像が切り替わるたびに明滅するモニターに触れ、撫でる。

 

「まるで無数の毒針を生やした蔦で、人のこころを絡めとるような……悪意に満ちた嫌な攻撃ね。私の弱いこころなんて、すぐに壊されてしまいそうだわ」

 

 堪えきれないような笑いがマミから漏れる。それは徐々に大きくなり、やがて哄笑へと変わる。傍目には、気が触れてしまったのかと映るが、そうではない。

 

「でも無駄だわ。私の心は今、怒りで燃え滾っている。あなたがどんなに猛毒の蔦を伸ばそうが、私に触れれば一瞬で燃え尽きるわ」

 

 魔女の精神攻撃はマミには届いていなかった。より強い感情――魔女への憎悪、そして自分への嫌悪――で塗り固められた巴マミの精神には、精神的外傷をえぐる攻撃も痛撃を与えることはかなわない。

 

「相手が悪かったわね……とは言わないわ」

 

 空中に四つ浮かんだマスケットが魔弾を放つ。魔女の両翼とモニターを砕き機動力を奪った魔弾は、そのままリボンへと還り魔女の身体を拘束した。

 魔女が抵抗を試み、身動きひとつ出来なくなっていることを自覚する頃、マミの肩口から、下腕から、グローブから、まるで衣裳がほつれるかのように、細くしなやかな糸状のリボンが無数に伸びた。

 波打つように蠢くリボンのワイヤーは、十重二十重に魔女の体躯を絡め取り、そして魔女の身体を切り刻むべく締め上げる。

 

「そういえば、前もあなたをこの技で倒したわね。名前つけたの。聞いてくれる?」

 

 問う。そして答えを待つ時間も与えずに、告げる。

 

「アディオ・アバラッツォ。……さよならよ」

 

 言葉とともに、ワイヤーが魔女の身体に深く沈み込む。それらは、互いに干渉することなく、ただ魔女の肉体を小片へと切り刻む目的に沿って機能した。

 身体を幾千の小片へと微塵に斬られ、ハコの魔女は絶命する。その直前、細切れになったモニターに血塗れの父と母の姿が映った。それをマミが認識するのと同時、魔女はその存在を無に帰した。

 

 ――パパ、ママ、ごめんなさい。きっと天国で会うことは叶わないけれど……。

 

 

 

 

 

 

 グリーフシードを回収したマミは、身体に染みついた流れ作業でソウルジェムの浄化を行おうとする。

 その最中にふとソウルジェムを見やると、先の戦いの時と変わらない輝きを宿していた。前の戦いから約二週間。本来ならば魔法を使わなくても多少の穢れが発生している時期だが――

 

「本当に、ソウルジェムに、魔力に頼らない身体になっていたのね。安心したわ」

 

 それは、杏子が魔法少女に戻ることなく、人生を全うすることができることを保証している。少なくともマミにはそう思えた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「あ、やっと起きた?」

 

 病室のベッドで目を覚ました杏子は、木の花の咲くような笑顔を見せるマミの温かな声を聞いた。

 何か手足がだるい、そう杏子は感じたが、表情には出さずに同じように笑った。

 

「ごめん、寝ちゃってた?」

「えぇ、せっかく美味しいもの買ってきたのに」

 

 唇を尖らせるマミの仕草に、僅かに芝居がかったものを感じた杏子。だが、特に理由に心当たりがないこともあり、気のせいだろうと判断して食欲を優先する。

 

「じゃ、早速食べようよ」

「でも、もう夕飯の時間が近いわよ」

「いいじゃん」

「いいのかしら」

「ちゃんとご飯も食べるって」

「まぁ、杏子ちゃんなら大丈夫だとは思うけど……」

 

 既に受け答えしながら、マミはベッド横のテーブルに涼しげな和菓子を並べていた。そして、マミの直近の言葉をゴーサインと受け取った杏子は、手を伸ばして鹿の子を摘まむ。

 

「飲み物はペットボトルのお茶で我慢してね」

 

 並べられるや、流し込むような勢いで杏子がお茶を飲む。少しはたしなめるべきかしら、とマミは思ったが、どうしても頬が緩んでしまい、ただ彼女が食べる様を見つめる。

 

「明日、退院したらお化粧教えてあげる。傷痕、お化粧でけっこう目立たなくできるから、あまり気に病まないでね」

 

 もし、どうしても杏子が気に病むようなら、治癒魔法で傷痕を消すことも考えてはいた。

 

 ――でも、できれば魔法は避けたいわよね。杏子ちゃん、私が魔法少女になってるって気付いちゃうだろうし……。

 

 家族に対して秘密を持つことに抵抗がないわけではなかったが、それ以上に杏子を巻き込みたくない気持ちが強い。

 全てを話して、魔法少女にならないように説得する手段もあるが、杏子の性格を考えるとそれは難しいだろう。

 

「あたしにできるかなぁ」

 

 満更でもなさそうな杏子の反応に、マミは声を弾ませる。

 

「大丈夫。きちんとできるようになるまで、つきっきりで手伝ってあげるから」

「うん、お願い」

 

 そうだ、とマミは思った。

 今までは、名も知らない誰かを護る為にこの身を捧げてきた。

 だけどこれからは、大切な家族を護ることも加わるんだ、きっとやりがいもあるし、頑張れるはずだ、と。

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