マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第四一話 マミさんの、天使墜落

 マミが魔法少女のちからを取り戻して、一週間が過ぎた。

 

 それはつまり、杏子との日常と深夜の魔法少女活動の二重生活が一週間を過ぎたということであり、彼女の疲れもそれなりに溜まってきていた。

 そのせいか、昼下がりのリビングで米国のホームドラマを見ていると、不意にあくびが出た。

 彼女があくびをすることは稀であり、それゆえに横にいた杏子が「大丈夫?」と問う。

 

「ねっむーい。お昼寝しようかな」

「ちゃんと寝てる? しっかり寝ないとだめだよ」

 

 心配そうな杏子の声に、マミはくすくすと笑うと、テレビでなく彼女の方を向いた。

 

「いつもと逆ね」

「そう? マミさん弱ると甘えんぼじゃん」

 

 一方の杏子はテレビに視線を向けたまま、しかし意識はマミに集中させていた。

 

「いま弱ってませんー。杏子ちゃんは、しっかり眠れてる?」

 

 パリ、とお煎餅を一枚噛み砕きながら、頷く。

 

「なんかさ、最近ぐっすり眠れるんだよね」

 

 当然の返事だった。毎日、マミが催眠魔法を使い、杏子の眠りを深く確かなものにしているのだから。

 だがマミは、そんなことはおくびにも出さず自然に話を続ける。彼女との日常を守るためになら、嘘をつくことも厭わないし、いくらでも役者を演じてみせようと思いながら。

 

「いいことじゃない。いい夢は見れてる?」

「んー、なんか魔法少女だった時のことを夢に見ることが多いかなぁ」

「あら、それは悪夢ね」

「そうでもないよ、そんなに悪くない。少なくともやってる間は楽しいことも多かったよ」

「そっか。嫌な想い出になってないなら、なによりだわ」

「ねぇ、マミさん」

「ん?」

「ずっと、このままだといいね」

「大丈夫、ずっとこのままよ」

 

 このままであれと願うのでなく、このままだと断定するマミに、杏子は僅かな違和感をおぼえた。しかしそれは、魚の小骨が喉に残るようなもので、ご飯を飲み下せば一緒に流れてしまう程度のものだ。この場合は、ご飯の役目はお菓子が担う。

 

「お昼寝する前に、おやつの準備してあげましょうか。なにがいいかしら?」

「この間の、なんていったっけ? パイにミニシューとクリームのっかってたの」

「サントノーレかしら? ちょっと時間かかるけど、待てるならいいわよ」

 

 先週末に、夜宵かおりに対杏子用の切り札として教えたお菓子であり、あまり杏子に食べ慣れさせるのもどうか、と思うのだが――

 

 ――まぁ、週末の魔法訓練もないし、夜宵さんがお菓子を杏子ちゃんに振る舞う機会はそうそうないわよね……。

 

 そう結論し、お菓子を作るために席を立つマミ。その背中に、杏子が気遣う言葉をかけた。

 

「でも、眠いんでしょ? 大変じゃない?」

「あら、優しいのね。大丈夫。お料理すれば目が覚めるから」

「無理しないでね」

「はーい」

 

 杏子に頼られ、気遣われると、自然と笑みがあふれた。今までがそうでなかったというわけではないのだが、両者ともにそれを赤裸々に出すだけの、ゆったりした時間がなかったのかもしれない。

 ずっと、このままに。それはマミにとって願いではなく、誓いであった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 今日もあの子にしっかり教えてあげてね、とかおりの母に言われ、マミは恐縮した。

 

「いえ、夜宵さんのお母様の方が私なんかよりずっと……、なので私が教えるなんて面映ゆいのですが、同世代同士の方が気安くできて最初のうちはいいのかもしれません。味付けの難しい部分は、あとでお母様から教えてあげてください」

「そんな謙遜しなくても、巴さんの味付けに加えるようなものはありませんよ。ただ……」

 

 言葉を切り、顔をマミに近づける。内緒話の体を装ってはいるが、声量は絞っておらず、娘に聞かせるつもりがあることは明白だ。

 

「あの子、想像以上に不器用だから、がっかりしないでね」

「もう、ママ! 余計なことは言わないで、リビングで休んでて!」

 

 紅潮させた頬をふくらませて、かおりは母の背を押してキッチンから追い出そうとする。

 その様子は両親を失ったマミには眩しいものであったが、不思議と胸は痛くならなかった。既に彼女はひとりきりではない。親子の情愛はただ羨むものでなく、微笑ましく見守るものになりつつあった。

 多少の芝居がかったやり取りを経て、かおりの母はキッチンから退散した。マミは柔らかい表情のままに、本日の予定を告げる。

 

「ふふっ、先週はいきなりお菓子作りだったから、今日は基本に戻ってお食事を作りましょう。包丁やお鍋に慣れるつもりで気楽にね」

「はいっ、よろしくお願いいたしますわ!」

 

 

 

 

 

「煮込みハンバーグ、プチトマトの蜂蜜漬け、揚げ出しお餅、お味噌汁……こんなにたくさん作るのでしょうか?」

「えっ、シンプルなくらいじゃないかしら……? とりあえず、練習を兼ねてキャベツを千切りにしておいてもらえる?」

 

 マミからすれば手抜きの部類に入る献立を「こんなに」と称されて、マミは面食らった。かおりの母の名誉のために述べておくと、彼女の母にとってもこの献立はシンプルなものであるし、かおりも母がこの献立を出してきたら時間がなかったのだろうと思うところだ。

 ただ、自分自身が作るとなると、とてつもなく複雑でややこしい献立に思えてしまう。ハンバーグというだけでも未知の領域なのに、それをさらに煮込むとはどれほどの手間暇がかかろうものか、想像だにできない。

 

「まずキャベツですのねっ。承りましたわ、真ん中で真っ二つにすればよろしいのですわよね?」

「よろしくないわよ? 千切りにしてね」

「わたくしの知っているキャベツ検定と異なりますわ……」

 

 

 

 

「玉ねぎの微塵切りも完了いたしましたわ! 次は何を切ればよろしいでしょう?」

「切るの気に入ったのね。でも、次はそれを軽く炒めてもらえるかしら。飴色になる程度で。練習だからフライパンで炒めてもらいますけど、実際はレンジでもオーケーよ」

「承知いたしましたわ」

 

 

 

 

「冷やしたトマトの皮剥き、完了ですわ」

「早いわね。じゃぁ、さっき作った蜂蜜と檸檬の汁に漬け込んで、冷蔵庫に入れてね」

「ええと、分量はどれくらいがよろしいのでしょうか」

「プチトマトからどんどん水分でるから、濃い目でいいわよ。味見してみて?」

 

 マミに促され、かおりは人差し指をポールに潜らせて口元へ運ぶ。そして、ぺろりと舐めると泣きそうな渋面を作った。そのリアクションで味を推定したマミは、ひとつ頷いた。

 

「それくらいでいいわ。それを冷やせば明日には完成。今日はうちで漬け込んだのを持ってきたので、これを頂きましょう」

「料理番組みたいですわ、さすが巴さん!」

 

 まだ酸っぱさを引きずった表情のままのかおりが賞賛する。さすマミ。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「ふうん、そういう事情だったの」

 

 その日の深夜、穢れを吸い込んだグリーフシードを回収に来たキュゥべえはマミの部屋にいた。一方のマミはパトロールを終え、先程戻ったばかり。睡魔の訪れを感じてはいたが、ちょうどいいとばかりにキュゥべえを質問攻めにしていた。

 

「よくそんな願いを素直に叶えたわね。あなたたちにはデメリットしかないんじゃない?」

『ボクたちにはキミたちの願いを選別する権限はないからね。可能な願いなら、全て叶えるよ』

「へぇ。じゃぁ、あなたたち全てがいなくなることを祈っても受け入れるの?」

『そのようなことを願う少女がいて、その少女が願いを叶えるに足るだけの素質を持っていればね』

「素直に話してくれたことには感謝するわ。少し安心できるもの」

『杏子のことかい?』

 

 首肯するマミはいまだ魔法少女の艶やかな姿。無意識ではあるものの、「敵」の前での武装解除に本能的に抵抗をおぼえているのかもしれない。

 

「今の状態が、間違いなく普通の女の子ってことが分かっただけでも、本当に嬉しいわ。その魔法少女に感謝しないとね」

『本人に伝えておくよ』

「別に伝える必要はないけれど」

 

 肩を竦める。つくづくながらこの生き物は言葉通りにしか受け取らないな、と苦笑を漏らしながら、

 

「皮肉にしか聞こえないでしょうし」

『そうかい? まぁ、そこはこちらで判断するよ』

「それはそうと。今の話だと、魔法少女の数はかなり減ったんでしょう? 他の地域は大丈夫なの?」

『そうだね、見滝原に隣接した市でいうと、唯一風見野にひとりいるだけで、虹望崎(にじぼうざき)にしても奏唄野(かなでの)にしても魔法少女不在だね』

 

 想像よりも悪い状況にマミは嘆息する。そして、変身したままであることを幸いに、そのままベランダへ向かった。

 

『どうかしたのかい』

「全部は無理にしても、できるだけパトロールしてくるわ」

 

 そして、ベランダから身を躍らせ、はるか彼方へ向けて疾駆する。

 彼女がパトロールを終えて再び部屋に戻るとき、既に空は白み始めていた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 治癒魔法の応用で、眠気を消去する。

 それで意識は覚醒するし疲労も残らないのだが、本能的なものか、寝床が恋しくはなる。特に今日は一睡もしていないのだから。

 

「お昼寝しようかなぁ」

 

 昼食後に毎日見ているホームドラマを眺めながら、マミが独りごちる。

 

「また? マミさん、最近だらけてない?」

「そんなことないよー」

「その受け答えが既にだらけてるような」

「え、そうかしら……」

 

 実際はだらけているどころか、前年比にして二倍以上働いているのだが、事情を知らない杏子には分かろうはずもない。

 昨夜に至っては、見滝原のみならず、風見野を除く隣接市を全てパトロールし、ある程度の清浄状態に保った。その上で杏子とは普通の日常を送っているのだから、離れ業と表現しても決して大げさではないだろう。

 

「じゃぁ、お昼寝はやめておこうかな。何かお菓子作る?」

 

 自身がだらけていると思われることに強い抵抗があるわけではないが、杏子の手本たらんとするマミには、自身を悪い見本とすることは受け入れられない。頬を軽く両手で張ると立ちあがろうとする。

 

「んー、今日は疲れてそうだしいいよ。あたしが簡単なもの作る」

「あら、本当?」

 

 それを制した杏子が、先んじて立ち上がり宣言した。とはいえ、佐倉杏子の料理スキルは夜宵かおりよりはマシといった程度であり、作れるものなどたかが知れている。そしてそれはマミも重々承知している。

 

「見た目と味には期待しないでよ」

「ふふ、じゃぁ別のものに期待しちゃおうかしら」

「量かな?」

「さぁ」

 

 それぞれが、それぞれに笑う。

 

「じゃ、出来るまでお昼寝してなよ」

 

 それ以上に言葉を重ねる野暮はせず、杏子は一言だけ残して、キッチンに消えていった。

 後姿を見送ったマミは、しばらく幸せそうに微笑んでいた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 そしてさらに数日が過ぎ、夏休みも終盤になろうとしていた。

 魔法での眠気除去に身体が順応したのか、マミはほとんど睡眠をとることなく、しかし健康に毎日を過ごしていた。治癒魔法の効果か、幸いにして肌は荒れていない。

 

「あれ、いつものドラマじゃないのね」

 

 食器の片づけを終え、リビングに入ってきたマミが、テレビを見て言う。

 

「うん。緊急番組に変更だって」

「事件でもあったの?」

「いや、災害。東京で大きい竜巻が発生したんだって」

 

 その時点で、ふたりともに魔女の可能性に思い至ってはいた、

 が、それを口にすることは躊躇われた。ふたりの日常に、もう魔女はかかわることはあってはならない。口の端に乗せることで、途絶えたはずのかかわりが再びよみがえるような恐れが、そこにはあった。

 

「怖いわね」

「怖いね」

 

 それだけ呟き、マミは腰を下ろす。応える杏子の言葉も短い。

 テレビの音だけが響く。

 

 約一時間前に突如発生した竜巻は、歩くようなスピードで移動しつつ、途上にある都市に深刻な打撃を与えている、という。風速も雨量も観測史上有数のものであり、昨年の秋に見滝原を襲ったスーパーセルに比肩するものだと、テレビは語っていた。

 五分ほどが経った。テレビは同じような情報と映像を繰り返し、時折字幕で最新の被害状況を提示していく。

 

「紅茶淹れて」

「うん」

 

 無言を嫌った杏子だが、饒舌にはなれず短く言う。それはマミも同じだった。

 紅茶を淹れるべく立ち上がったマミに声が届く。それは、歓迎されざる声だった。

 

『やぁ、マミ』

『あら、キュゥべえ』

 

 テレパシーで応え、しかし身体はそんな素振りは見せず、キッチンへと向かう。杏子に違和感をおぼえさせないよう、紅茶を淹れ、お菓子を用意し、リビングへ運ぶ動作をいつも通りにこなす。その間、マミとキュゥべえはテレパシーで会話を続けていた。

 

『大型の魔女が誕生した』

『やっぱり、そうなのね』

『被害が広がる前に、倒すべきだ』

『そうね。魔女ならそうしないとね。それが魔法少女の使命だものね』

 

 僅かに、テーブルにティーセットを置く手が震えた。手の震えはカチャっという小さな音を生み出し、杏子はその音に耳をぴくりと動かした。

 

「どうかした? マミさん」

「ううん、ちょっと手が滑っちゃっただけ」

 

 内心を全く反映していない笑顔を見せ、杏子を安心させる。そして、すっと手を伸ばすと、杏子の頬に触れた。

 

「傷痕、ほとんど目立たないわね」

「うん、お化粧のおかげで。ちょっと面倒臭いけどね」

「毎日のことだものね。でも、手は抜けないわよ」

 

 発声を伴う会話と同時にテレパシーによる意思の疎通も行うことは、パラレルオペレーションの訓練を増やしたマミにとってはさしたる負担ではない。だが、直接的な負担とは別に、目の前の会話を蔑ろにしているのではないかという後ろめたさがあった。

 後ろめたさを噛み殺して、マミは続ける。

 

『ねぇキュゥべえ、その魔女は強いの?』

『魔女の力は、もととなった魔法少女の力に依存している部分が大きい。紫野花音の能力が鹿目まどか未満なのは確かだが、ワルプルギスの夜との比較は難しいね。ワルプルギスの夜のもととなった魔法少女を、ボクは知らないからね。しかし、引き起こされている自然現象から類推するに、近いレベルと考えていいんじゃないかな』

『しの、かのん?』

『紫野花音。キミたちを普通の少女に戻すという願いで魔法少女となったものだね。さっき絶望して魔女化した』

『お早い絶望だことで……』

 

「わ」

 

 杏子が素っ頓狂な声をあげた。テレビモニターに、東京を代表する高層建築が崩れ落ちるシーンが映ったからだ。当該地区からの避難は完了しており、人的被害はないとのテロップを見て胸を撫で下ろすが、上昇した心拍数はなかなか落ち着くことはない。

 

「……酷いわね」

 

 ぎゅ、とマミの拳が固められる。その拳を、上から杏子のてのひらが包み込んだ。拳をほどかせるようにゆっくりと撫でさすりながら、彼女は不安そうな表情を隠そうともせず、マミを見つめる。

 

「大丈夫だよね?」

「ええ、大丈夫よ。一晩ぐっすり眠って、起きれば全部終わってるわ、きっと」

「うん。そうだ、お昼寝する?」

 

 マミは、空いた手をリモコンに伸ばしテレビを消す。途端、杏子には静寂が訪れる。しかしマミには静寂は許されず、キュゥべえの声が響いた。

 

『マミ、そろそろ行かないか』

『わかってるわ。それが私の……魔法少女の使命、ですもの。……ううん、本当は、ただの天災であって欲しかったわ』

『強要はしないよ』

『されているつもりもないわ』

 

 棘のある口調のテレパシーでキュゥべえに告げると、杏子を眠りに誘う魔法を使う。

 効果はすぐにあらわれ、彼女はマミの拳に手を重ねたまま、テーブルに突っ伏すように眠りに落ちた。

 手を重ねたまま、マミは残る手で彼女の身体を抱えてベッドへ運ぶ。それは普通の少女の膂力ではなく、あらためてマミに現実を思い知らせて嘆息を誘う。

 そして、彼女をベッドへ寝かせると、頬に手を当てて魔法の力で傷痕をなくしていく。

 

『いいのかい? 魔法少女であることは隠したいのではなかったのかい』

「そうね。でも、相手がワルプルギス級となると、帰ってこれる保証はないわ。できるだけのことを、しておいてあげたいの」

 

 杏子の頬が綺麗に快復するのを見届けるとひとつ頷く。名残惜しそうに彼女の頬を撫でさすり、しかしやがて意を決したように立ちあがった。

 

「あと、手紙書いたら行くわ。見られたくないから、キュゥべえは帰ってもらえる?」

『わかった』

 

 

 自室に戻ると、万年筆を手に取り、杏子への手紙を書く。魔法少女になっていたこと、それを黙っていたことの謝罪と、もしマミが帰れなかった時のために、今後の生活に必要なことを、できるだけ事務的に、感情を込めずに。

 書き終える。熱くなった目頭を指で拭うと、手紙を自室の机の上に置いた。

 催眠魔法による杏子の眠りは、明日の朝まで続く予定だ。首尾よく魔女を倒して戻ることができれば、彼女の目に触れる前に回収すれば良い。

 

「さて、倒しにいきましょうかね」

 

 努めて明るい声で、彼女は言った。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 目抜き通りの銀行で、デパートの入り口で、駅の改札で。

 ことあるごとに、監視カメラの前に立ち、目立つように振る舞うマミ。

 それは自身の存在証明のためでなく、杏子の不在証明のためであった。

 万一の際に杏子に嫌疑が及ばないように、充分に彼女の不在証明を成してから、都心へ向かう特急電車に乗り込む。このような状況で都心方面に向かう者はほとんどおらず、電車内は閑散としていた。マミは四人掛けのシートの窓際に座り、いつの間にか合流していたキュゥべえがその隣に陣取る。

 

 静かな車内に、アナウンスが流れた。

 曰く、本日は都心まで運行せず、東京近郊北部のターミナル駅で折り返すのだ、と。

 

「ちょっと走らないといけないわね」

 

 魔女の現在地は、山手線沿線の南西部。魔法少女が駆ければ、ターミナル駅からは三〇分程度だ。

 戦いに備えて、意識を集中させておこう。そう考えたマミは、背筋を伸ばした姿勢で瞑目し、呼吸を整える。

 

 規則的な揺れが数分続き、車内アナウンスとともに停まり、また数分揺れ、車内アナウンスとともに停まる。そういった外部の刺激を完全に排除し、修行僧よろしく瞑想を行っていたマミに、声がかかった。

 

「お隣、よろしいでしょうか?」

 

 そして声の主は、返事を待たずにマミの隣に腰を下ろす。座席に横になっていたキュゥべえを下敷きにして。

 

「あら、キュゥべえいらしたの? 見えませんでしたわ」

「夜宵さん」

「同じ電車でラッキーでしたわ。お供させて頂きますわよ」

 

 ホーム最後尾で待機して、電車に乗っている人物を強化した視力で観察した上で、マミの存在を確認してから同じ電車に乗り込む。そして出会うことを、ラッキーという言葉で表現できるのかは意見の分かれるところであろうが、彼女は迷いもなくそう言った。あるいは「マミさんを見つけられてラッキー」という意味かもしれない。

 ともあれ、偶然を装ったかおりに、マミは少しトーンの低い声で返した。

 

「あなたには、もしもの時に見滝原を任せたかったのだけれど」

「わたくし、待つのは性にあいませんの。それに、もしものことなど有り得ませんわ」

「魔女を甘く見ているのなら、見滝原云々を抜きにしても、あなたを戦わせるわけにはいかないわよ」

「滅相もございません。ですが、ワルプルギスの夜と同程度の魔女でしたら、既に一度退けている巴さんが後れをとることもありませんでしょう」

 

 そういえばキュゥべえはそういう風に説明していたのだった、とマミは思い出す。魔女化の事実を知られた今となっては、ワルプルギスの夜を倒しそして魔女となった少女の話をし、マミ自身が倒したわけではないと真実を告げても問題はないのだが――

 

「まぁ、その気でいた方がいいわよね」

 

 真実を告げることと、それと同時に翻意させることも諦め、マミは窓の外を流れるのどかな景色に視線を泳がせた。

 

「東京に着くまでの暇潰しに、お話をしましょうか。私たちの魔法少女の力がどうしてなくなったか」

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