マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第四二話 マミさんの、トーキョーの戦塵

「むかしむかし……といってもほんのひと月ほど前なんだけど。人々の命を守る使命に邁進する立派な魔法少女がいたそうよ」

「巴さんのような、でしょうか」

 

 静かに揺れる電車の中、四人掛けのシートに隣り合う形で座るマミとかおり。

 窓の外はのどかな田園風景。ほどよく雲が出ており、雲の隙間から柔らかい日差しが降り注いでいる。

 僅か数十キロメートル南下した先では、この世の終わりのような暴風雨が猛威を振るっているとは思えない程に、平和な景色。

 だが、マミは自覚している。自分たちが魔女を倒さなければ、遠からずこの土地も暴風雨に見舞われることを。

 

「あら、そう見える? ねぇ、夜宵さん、私は杏子ちゃんのために、夜宵さんはクラブの仲間のために、魔法少女としての力を欲したわよね。それがもし顔も名前も知らない他人のためでも、同じように思えた?」

「それは……その状況になってみないと」

 

 かおりは言葉を濁す。

 その態度が既に答えとなっていたし、それはマミにも読み取れた――が、追及することはしない。その代わりに、自らのことを語る。

 

「そうね。でも私はその状況になっても、きっとそうは思わない。そもそもね、もし顔も名前も知らない他人のために自分の運命を捧げるような覚悟があれば、キュゥべえの誘いに一も二もなく応じているはずよ。私は数ヶ月キュゥべえを袖にして、自分の命を事故から救うことと引き換えにようやく契約したわ」

「それを言えば、わたくしも半年くらい断って、そして母の命を救うという願いがあって……ですわ」

「結局、そういう利己的な理由で魔法少女になってしまって、なった以上は立派に振る舞いたいと思っていた、その程度の覚悟なのよ。私の場合は、自分だけが助かった後ろめたさもあったし」

「でも、それでも、巴さんは充分に立派だと思いますわ」

「ありがとう。夜宵さんも私から見ると、理想のような魔法少女だわ」

 

 決して世辞ではなく、ふたりとも相互に尊敬の念を抱いている。そしてやはり、尊敬は理解から隔たった感情なのだろう、ふたりとも互いを実態より強いものと取り違え、思い込んでいる。

 もっとも、その思い違いは今の段階ではなんら不利益をもたらすものではない。むしろ戦いに際し、そういった思い込みは助けにすらなる。

 

「キュゥべえに聞いたのだけれど、その立派な魔法少女も、キュゥべえの誘いを数ヶ月以上断っていて、最後は肉親のために契約したそうよ」

 

 言外に、その少女を揶揄しているように話すマミだが、その実一番嘲っているのは自分自身をなのだろう。

 

「ただ、魔法少女になってからは、自分の時間を削って、必死にみんなのために活動していたそうよ。それでね、彼女には妹がいて、その妹もキュゥべえを見ることが出来たの」

「えっと……巴さんと佐倉さんのことを、寓話としているのでは、ないのですよね?」

「違います。それで、その妹は、魔法少女としての姉の活動を知って、とても誇りに思っていたの。自分も魔法少女になりたいといったけど、姉が決して許さなかったそうよ。……魔女のこと、知っていたのかもね。その子は、何かを見たのかキュゥべえに吹き込まれたのか知らないけど、姉以外の身勝手な魔法少女――魔法の力を私利私欲や犯罪に使う人を、憎み軽蔑していたそうよ」

「それはわたくしも軽蔑しますわ」

「うん、その気持ちはわかる。ただ、人を傷付けたり苦しめたりするのは論外だけど、多少の私利私欲なら許してもいいんじゃないかって思う。だって、それ以上に魔女を倒してみんなを助けているんだし……。仮に、私利私欲で魔法を使った人全部から、魔法を取り上げていったら、どうなるか分かるよね?」

「清廉潔白な魔法少女ですか……正直わたくしは自信ありません。知る限り巴さんくらいでしょうか……まぁ、多数派ではないですわね」

「私も取り上げられちゃうわよ。……そうなると、魔女や使い魔はやりたい放題になるわよね。それが今の東京」

 

 えっ、といった表情のかおりを見て、マミは言葉を続けた。

 

「少し話が飛んだわね。ええと、その≪正しい≫魔法少女が亡くなったの。妹の目にはそれが、自分勝手な魔法少女たちの分まで必死に頑張って、どうしようもなく擦り切れて命を落とした。そんな風に見えたそうよ。自分勝手な魔法少女たちに殺されたようなものだって。それでね、妹はキュゥべえに願ったの」

 

 言葉を切り、神に祈るように両手を胸の前で重ね合わせる。その仕草は、夜宵かおりには、件の魔法少女を敬っているようにも、嘲っているようにも映った。

 

「全ての魔法少女を普通の少女に戻してください。そして、他人のために本当に魔法の力を望んだ人にだけ、魔法少女に戻してください」

 

 声色を変えて少し幼い調子で言うと、マミは舌をちろっと出して微笑む。

 

「もちろん、その魔法少女は善意で祈ったのよ。だけど、他人のために魔法少女に再びなりたいって思う人がそんなにいるわけないわよね。結果として彼女の善意が、みんなを不幸にしてしまったわ。彼女も頑張ったけど、魔法少女ひとりで守れる範囲なんてたかが知れてるものね」

 

 マミの理解は必ずしも正鵠を得たものではなかったが、訂正する価値も見いだせず、キュゥべえは夜宵かおりの尻に敷かれたまま、無言でいた。

 

「その現実を受け入れられなくて、にっちもさっちもいかなくなって、ああなっちゃったみたいね」

「可哀想ですわね……」

「本当にね。だからこそ、急いで倒してあげないとね」

 

 そこで初めて訂正する必要を認め、キュゥべえが口を挟んだ。

 

『いやマミ、キミは戦わない方がいいだろうね』

「どうしたの? キュゥべえが私に戦えって言ってきたんじゃない?」

『先ほど、現地の魔法少女が戦いを挑み、それで分かったことなんだが……。花音の願いはキミがさっき言った通りだ。その願いをもとにした魔女の能力は、相対する魔法少女の固有魔法の消去。つまり、かおりなら治癒魔法を消される。厳しいだろうが、戦えなくはない。だがマミ、キミはリボンを消される』

 

 ようやくかおりの下を抜け出したキュゥべえは、ふたりの向かいの座席に移動し、しっぽを丸めた。

 

『かおりの好きなコンピュータゲームで例えると、普通の魔法少女なら特殊能力をひとつ封印されるようなものだ。だがマミにとっては、武器も鎧も根こそぎ剥ぎ取られるようなものだね。戦いにならないよ』

「いや、その、ゲームと言われましても……なんの話でしょうか」

『ん? キミが夜遅くまで遊んでいるものじゃないか。魔法で眠気を取ってまで』

「きゅ、キュゥべえ……?」

「あら、いいじゃないゲーム。私はあまりしないけど、父が遊ぶのをよく後ろで眺めてたわ。杏子ちゃんもゲーム好きよ」

「巴さん、別にわたくしはそんなに好きなわけでは……」

『でも、毎日しているくらいだから、好きなんじゃないのかい?』

「キュゥべえ、わたくしが変身して銃口を突きつけないうちに、お黙りなさい」

『かおり、クロスボウの場合は銃口とは言わないよ』

「いいでしょう、買いましたわ」

 

 指にはめたソウルジェムを目の前にかざし、魔力を集中させて魔法少女へ変わろうとするかおり――を、マミが片手で制する。

 

「夜宵さん……さすがに魔力のムダよ」

「……そうですわね。申し訳ありません」

「眠気をとったり、病気を治したり……そういうのって、誰に迷惑かけるわけでなし、それどころかパトロールの効率にもつながるし、悪いことじゃないと思うわよ。その……私も、してるし……」

 

 最後の方は、顔を赤らめ消え入りそうな声で告げる。その様子にしばし見惚れていたかおりだったが、咳払いを一つして、キュゥべえに返した。

 

「そもそもゲームの眠気を、と表現するのが恣意的ですわ。順番を逆にして、夜八時から零時までゲーム、それから朝四時まで勉強をすれば勉強の眠気扱いになりますの?」

『なるよ』

「うん、なりそうね」

「じゃぁ、明日からそうしますわ……」

「そうね。明日、いっぱい楽しむために今日を頑張りましょう」

 

 

 

 

 

 今日の折り返し運転終着駅となるターミナル駅まであと一〇分との情報が車内の電光掲示板に流れた。

 窓の外はいまだ晴天。しかし魔女との戦いの開始まではもう一時間を切っている。マミは対面の席でのんびりと尻尾を揺らしているキュゥべえに問う。

 

「キュゥべえ、他に情報はないの? 私たちが勝たないと、あなたも困るでしょう?」

『戦う気なのかい?』

「逃げると思うの?」

『それもそうだね、キミはそういう魔法少女だった』

「巴さん、キュゥべえの話を鵜呑みにしてよろしいのですか? 何を考えているか分かったものでは……」

「あら、キュゥべえの情報自体は信用できるわよ。嘘はつかないもの、ね」

 

 と小首を傾げるようにして同意を求めるマミに、キュゥべえは鷹揚に応える。

 

『ボクはキミたちと良好な関係を築きたいと思っているからね。ウソはつかないさ』

「夜宵さんの納得いかない気持ちも分かるけど、敵のことを知っておくことは重要よ」

「はい、敵を知り己を知れば、という言葉もありますものね」

 

 もちろん心からの納得というわけではないのだろうが、マミの言葉に態度の軟化を見せるかおり。だがキュゥべえの返答は、その甲斐のないものだった。

 

『残念だが、これ以上の情報はない。挑んだ魔法少女は、頼りにしてた得意魔法を消されてあっさり死んだしね』

「使えないですわね」

 

 毒づくかおりの横で、マミは瞑目し両手を合わせていた。それを視認し、慌ててかおりも黙祷を行う。無論、キュゥべえはその行いを無意味なものと考えるが、人間の習性としてそういうものだとも理解しており、横槍を入れることはしなかった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 おそらくは、催眠魔法の後に施した治癒魔法の影響。

 佐倉杏子は眠りから覚めた。

 マミは翌日の朝まで継続するはずの、およそ十数時間の眠りを与えたつもりであったが、その一割にも満たない時間での目覚めだった。

 移動した記憶のないベッドで目覚めたことに違和感をおぼえた彼女。その後、マミの名を呼ばわりつつ家の中を歩き回ったのだが、マミの姿を見出すことができず、嫌な胸騒ぎをおぼえた。

 

「マミさん? ……買い物でも行ってるのかなぁ。それかお昼寝?」

 

 胸騒ぎを打ち消して自分を納得させるかのように、ことさらにのんびりした口調で呟く。そして、先ほどは入り口から覗いただけのマミの部屋へふらりと入り込む。

 

「マミさん、寝てる?」

 

 普段はあまり入ることのないマミの部屋。

 カーテンが閉まっていて薄暗い。照明をつけようとするが、手探りではスイッチがうまく見つけられない。

 そもそもこの部屋使うようになって、まだ半年も経ってないのだから、と杏子は思う。

 

 マミの両親の寝室であったことから、現状を維持したいとの希望で半ば封印されてきた部屋だったが、数ヶ月前にマミは突然この部屋の使用を決めた。その心変わりの理由は杏子には分からなかったが、悪いものではないだろうと当時のマミの表情からは類推できた。

 

「あ、あった」

 

 壁に這わせた指先がスイッチを探りあて、照明が灯る。ベッドに人のふくらみがないことを視認し、多少の落胆をおぼえて照明を消そうとした。その時に、彼女は机の上の手紙を見出した。

 近寄る。そして手紙の宛て名に佐倉杏子とあることを確認する。

 ふたりの物理的にも精神的にも近しい間柄で、わざわざ手紙をしたためることなど過去にはなく、それを見た瞬間に杏子の胸騒ぎはさらに激しくなった。

 紙ずれの音を響かせて封筒から便箋を取り出し、読む。

 

『おはよう杏子ちゃん。気分はどうかしら。傷口は痛まない? 普通の人に治癒魔法使うのずいぶん久しぶりで、加減がうまくできていればいいのだけれど……。

 そうそう、実は、謝らなければならないことがあります。しばらく前から魔法少女に戻っていました。黙っていてごめんなさい。

 それで、杏子ちゃんも気付いてるだろうと思うけど、今東京を襲っている異常気象、魔女の仕業だそうです。

 キュゥべえに確認したところ、ワルプルギスの夜よりは弱い魔女とのことなので、ちょっと倒しに行ってきます。

 もしなかなか戻らなかったら、通帳とかはタンスの下から二段目、印鑑とかは化粧台の下から二番目にに入ってるから、適当に使ってください。

 杏子ちゃんが普通の女の子として生きてくれることが私の願いです。

 万が一、魔法少女に戻りそうになっても、一度はキュゥべえから確認があるはずなので、絶対に断って下さい。

    あなたの家族 マミ』

「なんだよ、これ……」

 

 そして、頬に手を運び、傷痕が消えていることを知った。もとよりマミはこのようなことを冗談で言う人間ではないが、傷痕が消えている事実が、なによりも文面が真実であることを杏子に伝えていた。

 

「マミさん……」

 

 手紙を読み直す。不安が募る。そもそも楽に勝てる相手なら、このような手紙を残す道理がない。

 

「まるで……」

 

 言葉が詰まる。口に出すことで現実になるような気がして。しかし言葉を飲み込んだ分、内心の不安は大きくなる。

 助けたい、と杏子は願った。魔法少女の力をもって、マミを助けたい、と。

 そして――

 

『やぁ、佐倉杏子。久しぶりだね。キミの純粋な願いを受け取ったよ。キミが望むのなら、魔法少女の能力を再び与えることができる。もちろん、魔法少女の責務も宿命も同時に再び背負うことになる』

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 電車を降りてから、約三〇分で接敵に至った。

 暴風雨は魔女に近づくほど強く、さらに呼吸をするような緩急をもって襲いかかる。この世の理外にある魔法少女にはさしたる影響はないが、街路樹や街頭はやすやすとへし折られていく。

 

「巴さん、よろしければこの短刀をお使いください」

 

 腰に佩いた刀を抜き、献上するような所作でマミに渡す。キュゥべえの情報通りにリボンが無力化されるとすればマスケットは使えない。それを補うにはあまりにも非力であるが、何もないよりは、と。

 

「ありがとう。私ね、最初からマスケットを作れたわけじゃないの、最初はこういう剣で戦っていたわ」

 

 だから、この短刀でも充分に戦える。そう保証するように微笑み、そして手にした短刀で空を斬ってみせる。

 その、短刀が薙いだ空間の遥か先、高層ビルの狭間を、真球状の肉塊が浮遊していた。

 

 直径にして二〇メートルほどもあるそれは、まさに肉塊であった。

 目もなく、口もなく、手もなく、足もなく。赤子の様な滑らかな肉をただ丸めただけの存在。

 

「もっとも、今のところはリボンも使えるみたいね。キュゥべえの情報だから信用できるとは思うけど、いつも使えないってわけではないみたいね」

 

 肩口に浮かせたマスケットの健在な姿を横目に、マミが呟く。

 

「願わくば、倒すまでずっと使えるままでいて欲しいものですわね」

「そうね。ただ、立ち回りは最悪を考えましょう」

「はいっ」

「どういったタイミング、状況で魔法が消されるかを早めに把握したいわね。夜宵さんも、弱めの治癒魔法をできるだけ常時維持するようにしてもらえる?」

「承りましたわ。魔法を消される瞬間が分かれば、逆にいえばティロ・フィナーレを撃つチャンスもありますものね」

「そういうことね……来たわよっ!」

 

 風がうねる、意志を持って。

 風そのものがカマイタチとなり、そして風が運ぶコンクリート塊や木々が弾丸となって、魔法少女を襲った。

 マミの体術はそういったものを余裕をもってかわしていく。かおりは避けきれずに時おり直撃を受けつつも、防御力と治癒魔法の力でダメージを抑える。

 飛来した街路樹を足場に、八艘飛びを披露しつつ距離を詰めたマミが吼えた。

 

「使えるうちに一気に行くわよ! ティロ・フィナーレ!」

 

 数秒で重砲が生み出され、逆風を裂いて砲弾が飛翔する。それは狙い過たず魔女に着弾し、巨大な魔女の体躯を削り取った。といっても、体積的には僅かだ。人間に例えれば、せいぜいが指を数本撥ねた程度だろう。

 

「やっぱりお堅いわね」

「でも、効いてますわ。繰り返せば!」

 

 追いついたかおりが叫ぶ。

 指を数本撥ねた程度といっても、数度繰り返せば手は吹き飛ばせる。十も繰り返せば腕を飛ばせるだろうし、三〇、五〇と撃ち込めば致命傷にも至ろう。但し、それは対象が反撃も回避もしないカカシであれば――だが。

 

「そうね、相手がそうさせてくれればだけど……」

 

 つぶやき落とされたマミの言葉を、聞いていたかのように。聞いていて、反応を示したかのように。

 肉塊の表面に、幾つもの線状の膨らみが生じた。長さ一メートル程度の膨らみが、表面を埋め尽くすがごとく縦横に、無尽に。

 その膨らみのひとつひとつが、長手方向垂直にこじ開けられるように、じわりじわりと裂けていく。破瓜を思わせる赤い体液が裂け目から滲み、そして溢れ、肉球の表面を糸を引くように滑り落ちる。

 

「何をしようとしてるのかしらっ、ティロ・フィナーレ!」

「させませんわ! ホーリーレイ!」

 

 マミの魔弾が先ほどと同様、魔女の肉を穿ち、線状の膨らみを丸ごとひとつ抉り落とす。溢れていた赤い体液が飛散し、地上にあった建造物――陸橋やビルに付着すると、それを溶かし歪めていった。

 

 ――腐食性の体液、ね。

 

 かおりの光矢はそれほどの威力は見せず、魔女の表皮に針のように立った。しかし、次の瞬間に光矢は振るい落とされる。刺さっていた肉が、ぱっくりと裂け開いたからだ。

 数多の膨らみが開き、その奥にあったものが光る。

 目だった。

 血走り、瞳孔が開いた目。狂人のそれを思わせる目が、肉の裂けた奥にあった。

 ぎろり、と顕現した三〇〇を超える瞳が、魔法少女を睨みつける。と――

 

「消えたわね……!」

 

 マミの肩口に浮遊していたマスケットが消失していた。同時に、夜宵かおりの治癒魔法も効力を失う。

 

「こちらもですわ!」

 

 状況から、生じた魔女の瞳の全て、あるいは幾つかはダミーで幾つかの本命の瞳が、魔法を消去しているのだろうとマミは結論する。いずれが正しいかは、戦いの中で確認するしかない。

 マミは左手に持っていた短刀を右に持ち替え、臆することなくさらに距離を詰める。魔女の攻撃は依然として烈風によるものが全てであり、それはマミに有効打を与えるには至らない。これが攻撃の全てであるならば、リボンを封印されたとしても勝算は充分にある。

 

 ――全てであるならば、だけどね。

 

 一切の器官を持たない魔女の体躯に生まれた瞳が、固有魔法の消去を行うだけの器官と考えるほどマミは楽観的ではない。仮にそうであったとしても、その場合は攻撃を行うための器官が他に発生する可能性を考慮する必要がある。

 しかし、最悪を考慮しつつも、実態の見えない最悪に竦むことはしない。

 飛来するコンクリート塊や折れた街頭を蹴って、あるいは魔法で作った足場を利用して空を駆けるマミは、間をおかず魔女に接敵する。短刀をもって肉を、瞳を切り裂ける距離へ。

 

 刹那。

 直近の目の瞳孔が開き、赤い体液が勢い良く噴射された。水鉄砲よろしく放たれた液体はマミを襲うが、しかし所詮は水鉄砲程度のスピード、マミにとっては児戯に等しい攻撃であった。

 彼女は僅かに身体をひねって水撃を避けると、ひねった勢いのまま短刀を瞳孔に突き刺す。

 じゅく、と傷口から溢れる体液が短剣を侵そうとするが、魔力で守られた武器は侵食を受けることはなかった。マミはとどめとばかりに、左の掌から魔力を放ち、傷口を焼き切る。

 

「地道にやっていきましょうか」

 

 此方の火力が僅かであっても、彼方の火力が通用しないならば、いずれは勝てる。それがマミの言葉の論拠であり、同時にそのような神経を遣う作業をこなしきるだけの精神力が彼女にはあった。

 しかし、もうひとりにはそれは成立しなかった。

 

「くっ!」

 

 烈風に運ばれた乗用車を避けきれず直撃を受ける。

 常人ならば即死してもおかしくない衝撃だが、魔法少女にとってはそうではない。それでもダメージは大きく、そして彼女は治癒魔法の力を失っていた。

 マミは追い風に乗る形で一気にかおりのもとへ駆け寄り、膝をつく彼女に治癒を施す。

 

「申し訳ありません……」

 

 小さく首を振って返しつつ、マミは思考を巡らせる。

 かおりを下がらせて独りで戦うか、それともある程度の被弾を前提に、ふたりで戦うか。

 安定しそうなのは前者だが、かおりが納得するかどうか、そして後者の場合、どの程度までかおりがフォローなしで戦えるか。

 マミが結論を下すより先に、夜宵かおりが口を開いた。

 

「おそらく、あの瞳が魔法を消去しているのですわよね?」

「そうね。全てがそうなのか、ダミーが混ざっているのかは分からないけれど」

「あの瞳は、人間のものを模しているように見えます。構造も人間と同じでしたら、単眼での視界は左右で一八〇度、上下で一三〇度程度のはずですわ。ある程度潰して、魔女の体表に張り付けば充分に死角に入り込めるのではないでしょうか?」

 

 かおりの発言を受けて、マミの脳内で空間シミュレートが行われる。魔女の体躯と、瞳の密度、それと魔法少女ふたりの身長、それらを考慮し、概算ではあるが実現の可能性を認める。

 局所的にでも固有魔法を使用できる領域が得られるならば、ふたりで戦っても問題はない――かなりに夜宵かおりを下に見た判断だが、マミの性格的に最悪を想定するため、そうならざるをえない。

 あとは、魔女が体躯を旋回せさて潰れた視野を補う可能性もあるが、これまでの魔女の行動から機敏な動作は想像しにくい。ゆっくりとした旋回程度なら、充分に対処可能だろう。

 

「いけそうね。もう一度突っ込みましょう。私のあと、ついてこれる?」

「ついていきます」

 

 顔を見合わせ、頷く。と、建築物の破片が突風に乗ってふたりを襲った。

 マミは背面飛びの要領で斜め前へ、かおりは直線的に右へと、跳んで避ける。

 次の飛来物が来る。マミはふわりと躱し、かおりは大きく回避。この時点でマミとかおりの位置には結構な隔たりが生じる。かおりがマミに対し、一〇メートル程度後方になる形だ。

 

「大丈夫?」

「はいっ」

「避けるときは小さく動くと、次がやりやすいわよ」

 

 マミは言葉だけでなく、動きで教えを示す。夜宵かおりの体術では、マミの動きをそのままトレースすることは困難だが、自分なりに解釈して動きをブラッシュアップさせていく。

 

「なんとなく、分かった気がしますわ」

「うん、でも油断はダメよ」

「はいっ」

 

 マミにとっては魔女に近寄るも離れるも容易なことだが、かおりにとっては膝上まである激流の中を歩くような神経を遣う作業だ。それでもマミを倣うことで動きも最適化され、被弾も減っていた。

 程なくして、ふたりは魔女に肉薄する。

 

「何度も治癒、すみませんでした」

「オッケー大丈夫、その分これから働いてもらうわよ」

 

 元気のいい返事をかおりが返す。しかし返事の勢い通りにはいかず、幾度となく瞳から放たれる腐食液の至近弾を浴び、マミの手を煩わせる。それでも萎縮したり、心が折れたりしないのは間違いなく彼女の長所といえる。

 

 

 

 

 七度目の腐食液を受け、エプロンドレスの鮮やかな萌黄色もくすんだ色に変化していた。

 それと引き換えに、ふたりの周囲数メートルの瞳は全て潰されている。足場を魔女の体表すぐ近くに生じさせ、そこに立つことで離れた位置の瞳の視野には入らない、はずだが――。

 

 果たして、マミの肩口にマスケットが浮かび、撃つ。魔弾が魔女の柔肉を小さく穿つ。ダメージはほぼないのであろうが、問題はそこではない。

 

「いけるわね」

 

 マミの言葉にかおりが微笑む。自身の推論が正鵠を失さずにいたことに満足した表情だ。

 

「少し試させてくださいな。モード、フローズンシューター……」

 

 右腕が冷気をまとい、手甲型のホーリーレイを堅氷でもって前後に伸張させ、ライフルの形を成す。極低温の冷気はそれのみならず、夜宵かおりの右腕そのものを凍りづかせ、表面に亀裂を走らせていく。

 フローズンシューターは射撃することで使用者の右腕部に重篤なダメージを生じさせる。マミの治癒魔法に頼らねばならない間は負担を考えて控えていたが、自己治癒ができるのならば遠慮はいらない。この巨大な魔女のどの程度の効果があるのか、試せるうちに試しておこうとの考えだ。

 

「シュートっ!」

 

 ホーリーレイに比して重く、遅い弾が放たれ、そして着弾する。

 着弾した冷凍弾は、瞬間的に対象の表面を氷で覆いつくす。

 覆うために生じる氷の量は、魔力によって多少の変動はあるものの概ね一定。人間程度の大きさのものなら分厚い堅氷で覆い尽くして押し潰すことさえ可能だが、巨象のようなものなら薄い氷を張り巡らせ、数秒の拘束を与えることがせいぜいだ。

 そして、この巨大な魔女に対しては――

 

「一秒も持たず、ですわね」

 

 正確にはコンマ二秒未満。氷の皮膜は一瞬で魔女の巨躯を覆うと、覆った時以上の速さで微塵に砕かれた。そして、それに比肩する速さで右腕の傷を治癒する――治癒魔法に関してはマミをも上回る彼女ならではである。

 もちろん、夜宵かおりの行動の間、マミも呆けているわけではない。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 ほぼ零距離の射撃。魔女の肉を抉るとともに体液も飛散させるが、近い距離であってもマミはしなやかに回避する。だが、かおりはそうはいかず、帽子にドレスに、さらには髪に飛沫を受けて、じゅっという音とともに刺激臭を漂わせる。

 

「ごめんね」

「いえ! 倒すためには攻撃しませんと! ガンガンやっちゃってくださいな」

 

 右手装備をスプレッドニードルに換装し、マミが穿ったクレータ状の肉穴に追撃を加える。ニードルが体液を滲ませたクレータに突き刺さる、と、そこに一メートル程の線状の膨らみが走る。

 

「――ッ!」

 

 マスケットが肉の膨らみに沿うように五つ、銃口を突きつけて生み出され、即座に魔弾を放つ。その早業は、マスケットが生じるのが早いか、魔弾が命中するのが早いか、という本来的に成立しない疑問さえ生じさせるものであった。

 開きかけた肉の裂け目にくさびを撃ちこむように魔弾が叩き込まれ、その奥にある眼球を射抜き貫く。その結果、眼球は魔法消去の効果を発揮することなく光を失った。

 

「危ないわね。潰したとこから、また目がでてきそうだわ」

「申し訳ありません。わたくしの見込みが甘かったようですわ」

「ううん、それは私もいっしょ。それより、頑張りましょう!」

 

 マミに応えかおりが気炎を上げる。その時だ。

 マミたちの眼前、魔女の体躯に大きな線が生まれる。

 巨大な肉塊をちょうど上下に二等分するように線状の膨らみは走り、半周程度の長さまで育った。そして、膨らみは上と下に裂け始める。

 

「させませんわ!」

 

 叫んだかおりがニードルを構え、それに先んじてマミが大砲を抱く。肉の膨らみが赤い体液を糸引くようにして上下に分かたれる瞬間、ふたりの火砲が放たれた。

 それは肉を抉り、穿つ攻撃であったが、目的である眼球の破壊は成らなかった。

 

 何故なら、その裂け目の奥にあるものは、瞳ではなかったから。

 裂け目は垂直に近い角度まで一気に開いた。その奥にあったものは眼球ではなく、鮫を思わせる環状の列牙。

 そして、これまで鈍重な動きしか見せなかった魔女が、一息に動いた。

 ふたりに覆い被さるようにその巨躯を傾け、開かれた顎で彼女たちを捉える。

 

「なっ!」

 

 夜宵かおりの叫びごと飲み込むように、上から、下から、数多の牙が襲いかかり――彼女たちの身体を、その口腔に飲み込んだ。

 牙と牙が擦れあう嫌な音が響く。

 咀嚼するようにひとしきり口腔を歪ませた後、魔女は満足したように、全ての瞳を細め、やがて閉じた。

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