マミさんの歩く道に祝福がありますように ~やがて円環へと導かれる物語~   作:XXPLUS

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第五話 マミさん、三行半を叩きつけられる

 巴マミは、その日も見滝原駅前を中心にパトロールしていた。

 

 ソウルジェムの反応を伺いながら歩き、思考する。学校は今日で終業式だったので、しばらくは時間にも余裕がある。こっそり風見野に様子を見に行くのもいいかもしれない。魔法少女にならずに、魔法で気配を消して近付けば、佐倉さんなら気付かないかも、などと失礼なことに考えが及んだ時。

 駅前の巨大モニターが告げるニュースに、足が止まった。

 

『遺体で見つかったのは、佐倉――――』

 

 振り返り、モニターへ目を凝らす。

 モニターには、見覚えのある杏子の家が半ば焼失した姿で映っていた。白昼の心中劇、とのキャプションが画面端に踊っている。

 

「佐倉……さん?」

 

『――現場の状況から、警察は無理心中を図った可能性が高いとみて捜査を続けています』

 

 

 

 私が間違っていたんだ。

 佐倉さんが拒んでも、無理矢理にでも押しかけなきゃいけなかったんだ。

 私がいたって、事態は変わらなかったかもしれない。

 それでも、一緒に悩んで、一緒に苦しんであげることはできたんだ。

 私は、弱くてずるい子だったんだ。拒絶されるのが怖くて、佐倉さんを信じるみたいな都合のいい理由をつけて、距離をとってたんだ。

 

 自責の念がマミの思考を占める。

 ニュースを見て、即座に変身した彼女は、可能な限りの速度で風見野を目指した。

 比喩ではなく、風そのものの速力で、佐倉杏子の家に到着した。

 かなりの時間燃えたのだろう、一階の過半は焼失している。二階も杏子姉妹の部屋を含め一部が焼け落ちていた。

 既に消火は終わっており、敷地内には幾人かの警察官が検分している姿が見えた。

 

『マミ!』

 

 変身を解き、警察官に事情を聞こうと思ったところに、キュゥべえの声が届いた。

 

『キュゥべえ?』

『杏子が大変だ。すまないが早く来てくれ!』

 

 頷くと、瞳を閉じてキュゥべえの位置を探る。そして居場所を特定すると、マミは再び風となった。

 

 

 

 廃工場の敷地の一角、伸び放題になった雑草の中に埋もれるように、佐倉杏子は倒れていた。

 倒れてからかなりの時間が経っているのだろう、杏子の上に雪がうっすらと層を成している。

 寒さによるものか、失血によるものか、唇は色を失っていた。

 

「佐倉さん!」

 

 マミは杏子の名を呼びながら積もった雪を手で払い、そして露わになった傷に息を飲む。

 ところどころ焼けただれたような肌、あらぬ方向に曲がった脚。

 もう一度少女の名を悲鳴のような声で呼ぶと、自身のダウンベストを脱いで杏子の身体にかぶせる。

 その上から覆い被さるように体を重ね、治癒魔法に全神経を集中する。

 手から手、脚から脚、胸から胸、頬と頬、接している全ての箇所から、オレンジイエローの癒しの魔力が、目で見えるほどに強く溢れた。

 

『大丈夫そうかい? マミ』

「大丈夫、佐倉さんは私が絶対に助けるから」

 

 

 日が暮れるまでの時が過ぎた。上着を脱いだ背中に雪が積もってなお、マミは治癒魔法を全力で使い続けた。

 その甲斐あって、肌の傷も折れた骨も殆ど回復し、唇にも薄い桜の色が戻っていた。

 さらに小一時間、杏子の身体を温めるように微弱な治癒魔法を使い続けていると、杏子の瞳がうっすらと開いた。

 

「マミ……さん……?」

 

 唇が、杏子のものとは思えない弱々しい声を紡ぐ。

 その声に応えるように、マミは杏子を強く抱き締めた。

 

「ごめんね。ひとりで辛かったでしょ。ほんとは、すぐにでも駆けつけてあげなくちゃいけなかったのにね……」

 

 マミの目尻から零れた涙が、杏子の頬を伝う。

 水滴の温かさが杏子には心地よかった。

 

「……ぜんぶ……全部あたしのせいなんだ、あたしがみんなを……」

 

 告解――彼女の信仰に従えば罪の告白と呼ぶべきか――するかの様に、佐倉杏子は彼女の身に起こった出来事をマミに語った。

 マミは告解を受け入れる聖職者のように、ときに頷き、ときに微笑み、杏子の言葉を聞いた。

 そして杏子は語り終えると、張り詰めていたものが切れるかのように気を失った。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 柔らかなベッドの上で、杏子は意識を取り戻した。

 薄暗い部屋だったが、すぐに目は慣れる。

 目に入るのは、自宅のものではない薄桃色のふんわりした布団、自分のものではないオレンジイエローの寝間着。視線を上げると自宅のものでない壁時計がもうすぐ日付が変わることを示していた。

 ふと、かぐわしい匂いが鼻腔ををくすぐっているのに気付く。

 その匂いで思い出したかのように、お腹が音をあげて空腹を主張した。

 杏子は苦笑した。

 両親やモモを亡くして、そのまま死んでもいいと思っていたのに、それでもお腹は空くのかと思うと苦笑を抑えられなかった。

 その時、扉が開いた。 

 お腹の音を聞きつけたわけではないだろうが、マミが扉の隙間から顔を覗かせる。

 そして杏子が上半身を起こしているのを見ると、「気がついたのね、良かったぁ」と満面の笑みを浮かべた。

 

「ちょっと待っててね」

 

 そう言い残すと、ぱたぱたとスリッパの足音を立てて台所に走る。

 いつ起きてもいいようにと、お鍋に温めておいたポタージュをマグカップに注ぎ、お手製のクルトンを多めに入れる。

 それだけ準備すると踵を返し、杏子のいる部屋へ向かった。

 

 

 空いている片手で扉を引くと、身体を入れて肩で扉を押さえる。そして自由になった手で照明のダイアルを回す。

 部屋の主だけあって、片手にカップスープを持っていても一連の動作は手慣れたものだった。ダイアルの回転に応じて、天井の照明が眩しくない程度の光を降らせる。

 

「はい、とりあえずこれで温まって。ご飯は食べれそう?」

 

 両手でマグカップを受け取ると、顔をカップに近づけるようにしてポタージュを口に含む。

 飲み下すと、身体の中が温かくなるのを感じる。

 ほっと一息つくと、マミに視線を向けて首肯した。

 

「じゃぁ急いで作るからちょっと待っててね。大丈夫、いつ目が覚めてもいいように下ごしらえはしてあるの」

 

 偉いでしょ、誉めて、と胸を張る。

 もちろん本当に誉めて欲しいわけではなく、自分が誉めて欲しくてやったことだからそんなに気にしないで欲しいという彼女なりの気遣いだろう。

 

 

 

 キッチンで料理――バンバンジーとコールスロー――を手際良く作っていると、背後に人の気配を感じた。

 

「あら、待ちきれなかった? もうすぐだから、テーブルで待っててもらっていいかしら?」

 

 マミが振り返ると、無造作に後ろで束ねた金髪が揺れて背中を叩く。

 

「ベッドで食べるっていうのは、ちょっとあれかなって」

「気にしなくていいのに。私はよくベッドで紅茶飲んだりしてるし」

 

 冗談か本気か分からない言葉に、杏子は苦笑いするとリビングへ下がった。マミの言葉が冗談でなく本当のことと知るのは、もうしばらく先の話になる。

 マミは鼻歌まじりにササミの上に調味料で軽く味を付けたトマトを並べ、コールスローにレモンで溶いた柚子胡椒を和える。

 何度か、鼻歌はちょっと不謹慎かもと思って止めるのだが、料理をしていると無意識に鼻歌が出てしまうのだった。

 

「よし、できた」

 

 おぼんに皿を並べ、白湯と野菜ジュースを載せると満足げに微笑み、足をリビングへ向ける。

 

 

「お待たせ、夜遅いからカロリー控えめなのにしてみたの」

 

 食事は二皿、お酒で蒸したササミにトマトとキュウリを和えて白胡麻で味を調えたものと、ツナ、キャベツ、人参をマヨネーズと柚子胡椒で和えたもの――それが二人分で四皿、テーブルに並べられる。

 

「マミさんも食べるの?」

 

 こんな時間に、という意味で杏子が問う。

 既に日付が変わって二十分が経過しようとしている。食事を摂るにはいささか、いやかなり遅い時間だ。

 

「お、お夜食かな……?」

 

 問われたマミは苦笑いを浮かべて首を傾げる。

 実際のところ、マミも夕飯がまだだったのだが――

 そんなマミを見て、杏子は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「なによー」

「なんでも」

 

 じゃれあう様に言葉を交わすと、少し気が楽になることを杏子は自覚した。

 家族を失っても、こんなに本当の姉みたいに優しくしてくれる人がいる。そのことを嬉しく思う。

 だが同時に、もう他人の為に戦おうとは思えない自分には、この人の傍にいる資格はないとも思っていた。

 そんな風に沈思していると、箸が止まっていたのか、マミが心配そうに語りかける。

 

「苦手なものだった……?」

 

 その指摘で我に返り、慌ててかぶりを振る。

 乱暴に箸を動かして、ササミを口に運ぶと「おいしい」と応えた。

 

「良かった。足りなかったら他にも何か作るから、遠慮なく言ってね」

 

 口いっぱいに頬張りながら、了解の意を頷いて示す。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 目の前で合掌すると、瞳を閉じて小さくお辞儀する。

 取り立てて意識しての所作ではなく、無意識に行ってしまう食後のルーチン。

 

「はい、おそまつさまでした」

 

 佐倉家の両親のしっかりした躾が垣間見えるその光景を、マミは微笑ましく思いつつ、定型句を返した。

 食器の音をほとんど鳴らさずにおぼんに載せ、よいしょと立ち上がると、思い出したかのように杏子に問う。

 

「あ、お風呂はいる元気はありそう? 一応体はタオルで拭いたけど、はいれるなら温まった方がいいと思う」

「んー……」

 

 果断の彼女には珍しく、言葉を濁す。

 タオルで拭いてくれたとはいえまだ汚れているだろうし、マミの提案に応じたい気持ちはあるのだが、刺激された満腹中枢は容赦なく隣の睡眠中枢を刺激していて、湯船で寝かねないくらいに眠い。

 

「眠いなら、明日の朝に入る?」

 

 杏子は、首を縦に振って応えた。 

 

 

 

 

 だが、いざベッドに入ると、睡眠中枢は仕事を放棄し、杏子は瞬きもせずに見慣れない天井を見つめていた。

 照明はオフ直前の明度で、かろうじて枕を並べて眠るマミの輪郭が分かる程度。壁時計は針に夜光塗料が塗ってあるのか、闇の中に長針と短針を浮かび上がらせている。時刻は、午前2時を回っていた。

 今までのこと、これからのこと、そういったことが頭の中を嵐のように行き交い、杏子は厳しい視線を天井にぶつける。

 ふと、杏子の手を掴む柔らかいものがあった。

 

「眠れない……? 目を閉じて、静かに横になってるだけでも、楽になるわよ」

 

 マミも眠れなかったのか、瞳を閉じたまま杏子に語りかける。

 

「うん」

 

 短く静かに応えると、杏子は言われるがままに瞼を下ろした。

 しかし、目を閉じると瞼の裏に、思い出したくもない光景が甦ってくる。そんな光景から逃れるように、マミの手を強く握り返す。

 マミも手を優しく握り返すと、小声で少し調子の外れた歌を、さえずるように口にした。

 

「それは……?」

「昔、母さんがよく歌ってくれた子守唄。って、佐倉さんは子守唄って年齢じゃないわよね」

「最後まで歌ってもらっていい?」

「ええ、もちろん」

 

 

 

 

「佐倉さん」

 

 最後まで歌い終えると、顔を杏子の方に向けて囁いた。

 

「私も両親を亡くした時、一週間は泣いてばかりだったわ。だから佐倉さんも、我慢せずに、ね」

 

 その言葉からしばらくして、杏子の目尻からすっと一筋の涙が零れた。

 一度涙が溢れると歯止めが効かず、押し殺そうとしても嗚咽の声が漏れてしまう。

 

「マミさん……」

「ん……」

 

 杏子は、マミに覆い被さるように身体を動かすと、柔らかな胸に顔を埋めた。

 堰を切ったように泣きじゃくる杏子の頭を、マミの手が幼子をあやす様に優しく撫でさする。

 乳房の柔らかさと響いてくる鼓動の音を心地良いと感じながら、杏子は滂沱の如く涙を流した。

 マミは彼女が泣き疲れて寝息をたてるまで、彼女を慈しむ様に髪の流れに沿って撫で続けていた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 この部屋にいてもいい、というマミの申し出を固辞して、杏子が風見野に帰ってから、三日。

 薄暗いクリプト――教会の地下室――に籠り、自分の考えを確認した。

 それは心の傷を抉る様な行いだったが、彼女は目を逸らすことなく思考を重ねた。

 

 風見野に戻った時から、概ね考えは定まっていた。

 自分の身勝手な「幸せ」の押し付けが、結果的に家族を不幸にしたこと。

 魔女に魅入られるまでもなく、人は狂気に走り自らを滅ぼすこと。

 魔法少女として他人を助けるなんて「幸せ」の押し付けに他ならないし、助けたところで自滅するというのなら、他人なんて助ける意味があるのだろうか。

 他人のために戦えば、また他人を傷つけることになるんじゃないだろうか。

 他人のために戦いたくない。いや、他人のために戦うのが怖い。

 その考えに待ったをかけていたのが、巴マミの存在だ。

 誰よりも優しく、思いやりに溢れた正義の魔法少女――それは巴マミが無理をして築いた虚像に過ぎないのだが――、師であり姉と慕う彼女は、他人を救うために力を使う気はない、という自分の考えを受け容れないだろう。

 

 巴マミと袂を分かつのは嫌だった。

 肉親を失った自分にとって、最後の家族に等しい存在。

 彼女と一緒にいるために、自分を偽って他人のために戦うのも、悪くはないかもしれない、何度もそう考えた。

 だが、まどろむ度に夢に現れる父が、そんな杏子の考えを罵った。曰く、お前の力は魔女の力だ、そんな力が他人の為になろうはずもない、と。

 それに、今の自分は幻惑の魔法を失い、基本的な戦闘能力までも低下している。

 そんなことで自分を疎む巴マミとは思えないが――無様な戦いを晒すのはひどく嫌だった。杏子自身は自覚していないが、マミ以上の才能と評してくれたことを裏切るようで、後ろめたかったのかもしれない。

 いや、無様を晒すだけならまだいい、最悪の場合、自分の力不足でマミが命を落とすことすらある。パートナーとして戦うのはそういうことだ。

 三日の時間を費やしても、巴マミと袂を分かつ決心も、自分の心を偽り続ける決心もつかなかった。

 

 ――マミさんに会ってみよう。ゆっくり相談してみよう。

 

 定まらない考えのまま、杏子は見滝原に向かった。

 

 

 

 

 佐倉杏子にとって間が悪いことに、巴マミと合流するやいなや使い魔の反応が現れ、戦いへと雪崩れ込んだ。

 久方ぶりのマミとの共闘、しかし杏子の動きは精彩を欠いていた。

 避ける動作も、大身槍を撃ち込む動作も、本来の彼女のものと比べてワンテンポ以上遅れていた。

 その遅れは明確な結果となって、彼女の体躯に幾つかの傷痕を残した。

 そして彼女の槍は、使い魔への有効な打撃を与えるに至らなかった。

 それでも本来ならロッソ・ファンタズマで回避も命中もリカバリーできるのだが、今の彼女はもう幻惑魔法を使うことは出来ない。

 マスケットの銃撃で使い魔を倒し、結界から解放されて駅前の立体通路に戻ると、マミは責める口調にならないよう気を遣いながら問うた。

 

「調子、もどらない? 色んなことがあったし、しょうがないこととは思うけど……でも、戦いにはあなたの命がかかってるの。どんなときでも集中して戦わないと危ないわ」

 

 返事をしようとしない杏子に近づき、彼女の傷口に手を添える。

 

「さっきは相手が使い魔だったし、この程度の怪我ですんだけど……あなたのロッソ・ファンタズマがあれば、こんな怪我だってしなくてすんだはずよ」

 

 マミの掌に浮かぶオレンジ色の光が、杏子の怪我をゆっくりと癒し、傷口を塞いでいく。

 癒されていく身体を他人事のようにぼんやりと眺めながら、杏子は思っていた。

 やはり、今の自分では巴マミのパートナーとして力不足だ。たとえ自分を誤魔化して共闘を続けてたとしても、こんな風に足を引っ張って迷惑をかけていては――いずれ嫌われたり疎んじられるよりは、いっそ別れた方がいい、と。

 

「ロッソ・ファンタズマね……。はッ、あんなもんなくったって、魔女くらい倒せんだよ」

 

 決して本意とは言えない言葉だが、口を開いた杏子は止まらなかった。 

 

「そうだ、丁度いいや。マミさ……あんたにさ、言っておきたかったことがあるんだ。今後はさ、使い魔は放っておいて魔女だけを倒そうよ。使い魔は魔女に育ってから、美味しく倒せばいいさ。育つ前の使い魔との戦いなんて、無駄に魔力を消耗するだけだろ?」

「佐倉、さん……?」

 

 マミは困惑した。

 自分は魔法少女となった結果、人の幸せを守るようになった、いわば後付けの善意だとマミは思っている。それに対して、杏子は人の幸せを守るために魔法少女となった。後付けでも何でもない本当の善意であり、自分よりも遥かに素晴らしい存在だ、と。

 肉親の不幸で取り乱しているのだろうか? だとしたら自分に出来ることは、何だろうか――考えても答えは得られなかったが、マミは口を開いた。

 

「佐倉さん、使い魔だって人を襲うのよ。放っておいたら犠牲になる人がいるわ。私たちが、みんなを守らなくちゃ……」

「知るかよ! みんなみんなって、誰も彼も全部守るなんてできるワケないだろ? 知ってるかい? 魔女に取り憑かれるまでもなくさ、人間ってやつは勝手に自分から死んじまうんだよ! そんな奴らのために力を使うなんてあたしはイヤだね。使い魔に好きに喰わせて、グリーフシードの元にしちまえばいいんだよ!」

「ダメよ。自分が見逃したせいで犠牲者が出るなんて、どんなに辛いことか。あなたをそんな気持ちにさせたくない」

「なんだよそれ! あんたにそんな経験があんのかよ?」

 

 そうだ、と認めるには、マミの中の虚栄心が邪魔をした。杏子の前では、理想の魔法少女でいたかったからだ。口ごもるマミの態度を否定ととった杏子が、言葉を連ねる。

 

「ないんだよね? あんたのさ、そうやって理屈だけでなんでも分かった気になって、理想を押し付けてくるの、いい加減窮屈なんだよね」

「……佐倉さん、ご家族のこと……私にも気持ちは分かる。だけどそんな風に……」

「また理屈だけで分かったつもりかい! 事故で家族を失ったあんたと、自分のせいで家族が死んだあたしじゃ全然違うだろ! あんた前に言ってたよね、願いは自分のためにするべきだって。あぁ、その通りだよ。徹頭徹尾自分のために願うべきだった。そうすりゃどんな結果になろうが、傷つくのはあたしひとりですんだんんだ! 能天気にあたしの都合を周りに押し付けて、みんなを傷付けた! ざまぁないよ、全部あたしの願いのせいなんだからな! あんただって、ホラ見たことかって思ってんだろ?」

 

 治癒を終えた後も腕に添えられていたマミの両手を煩わしげに払うと、顔を伏せているマミを見下ろす。

 

「……佐倉さん、そんな……こと」

「もう決めたんだ。もう二度と他人のために魔法は使わない。この力は自分のためだけに使う。そうすれば、あたしだけの責任で済むからね」

 

 コンクリートに片膝をついて下を向いたままのマミの表情は杏子からは覗えない。しかし、肩が小刻みに震えているのは決して怒りのためではないだろう。

 

「……分かっただろ? あたしはもう他人のためになんて戦えない。あんたとは違うんだ。あんたとは、ここまでだよ」

 

 喧嘩別れみたいな形になってしまったことに後悔はあるが、これで良かった、とも杏子は思う。

 

 ――きっと、話せば話すほど、マミさんはあたしの事情を慮り、譲歩に譲歩を重ねるだろう。そうなるときっとあたしも甘えてしまう。そうしたらあたしだけじゃなく、マミさんまでダメになってしまう。

 

 じゃぁね、と呟き去ろうとする杏子の腕を、マミが片膝をついたままの姿勢で手を伸ばして掴んだ。

 ただ掴むだけでなく、意思のこもった強い力だった。

 

「ダメよ。あなたは、あなただけはそんな生き方を選んじゃダメ。あなたの優しさも、素直さも、私はぜんぶ知ってる。今は辛くても、あなたは立ち直れるひとよ。あなたが家族に誤解されて苦しんでいた時、私は駆けつけてあげられなかった――今度こそ、あなたをひとりにさせやしないわ」

「だったら……!」

 

 杏子は、ソウルジェムを握ると再び魔法少女の衣裳をまとった。変身の際に発生した衝撃で、マミは短い悲鳴をあげて後ろに倒れる。

 

「力尽くってヤツで、いかせてもらうよ……!」

 

 大身槍を倒れているマミの鼻先に突き付けると、傲然と言い放った。そして変身を促すように、一旦槍を引く。

 

「……わかったわ。それであなたの気が済むのなら、私も力尽くで、あなたを止めてみせるわ!」

 

 巴マミも魔法少女へと姿を変えると、目尻を拭き毅然とした表情を見せた。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 二度、三度と跳躍し、開けた場所に舞い降りると、マミから動いた。

 地面からリボンを立ち上らせ、まだ宙にいる杏子に拘束を仕掛ける。杏子は大身槍を横に一閃させると、リボンをことごとく両断した。

 千切られたリボンがしばし風に舞い、やがて霧散する。

 

「いつまでも、あんたの拘束魔法が通用すると思わないことだね!」

 

 吠えると、宙に生み出した魔方陣を蹴ってマミに向けて突進する。やはり本来の動きには劣るが、意志の力だろうか、先の使い魔との戦いよりは数段鋭い動きになっていた。

 

「……お見事と言ってあげたいところだけれど。攻撃する時は闇雲に正面から向かうなって、あれだけ教えたのにまだ分かってないのね」

 

 金属音が響いた。マミのマスケットが銃身で杏子の槍を受け止めた音だ。

 マミの細腕のどこにこれほどの膂力があるのか、彼女はマスケットを片腕で振るい杏子の身体ごと弾き返してみせた。

 そして八挺のマスケットを自身の左右に生み出すと、指揮者のように手を横に振って一斉に魔弾を放つ。

 手で構えて照準した射撃と比べて、空中に固定したマスケットからの射撃は照準精度が低く、魔法少女相手には牽制程度にしかならない。だが、それで十分だった。牽制射撃を回避するため横に跳んだ杏子を、手にしたマスケットが正確に射抜く。

 

「痛ッ!」

 

 右の上腕部を過たず捉えた魔弾は杏子の肉を裂いた。撃たれた少女は大丈夫、骨には至っていない、そう呟いて自分を鼓舞すると魔法で痛みを消して地に降りる。

 

 

 

 やはり、マミには杏子の動きは手に取るように、先の先まで見えた。

 目配せ、筋肉の張り、身体の重心の移動。どれもが雄弁に杏子が次に取る動きを教えてくれる。

 せめてロッソ・ファンタズマで注意を逸らせれば――いや、それでも無理だっただろう。ロッソ・ファンタズマは、手数が少なく一撃が重い相手には必勝の魔法だ。だが、被弾すれば消えるその性質から、手数の多いマミのような戦い方を天敵とする。

 

「こんなつもりで教えなかったわけじゃないんだけどな」

 

 訓練で指摘しなかったことを卑怯なことのように感じ、申し訳ない気持ちでマミは呟く。

 

 

 

 

 マミの射撃は狙って撃っている、というよりは、杏子の動く先に銃弾を置いておくような動きになっていた。

 ここまで読み尽くしているからこそ、致命の一撃を避け、戦闘能力だけを削ぐような攻撃が可能なのであるが――

 

 ――早く参ったって言って。すぐ癒してあげるから。

 

 魔弾を放つマミも、射抜く度に我が身を切られるような痛みを感じていた。

 急所を外しているといっても、腕や脚を多くの魔弾で撃たれた杏子は、消し切れぬ痛みに全身が沼に沈み込むような感覚を覚えている。

 間合いを詰めるべき脚も、槍を振るうべき腕も、水の中で動かしているかのように重い。

 

 ――畜生!

 

 ここまで手加減されて、それでもあたしは勝てないのか。と、杏子は自らの不甲斐なさに歯軋りした。

 頼むよ神様、今日だけでいい。今一瞬だけ、マミさんを越えさせてくれ。マミさんに迷惑をかけたくないんだ――との思考。だがその思考が、激痛で一瞬にして消し飛んだ。

 魔弾が右の小指を、根元から弾き飛ばしたからだ。

 

「もう降参なさい? これ以上あなたを傷つけたくないわ。……お願い、いつもの優しい佐倉さんに戻って」

 

 圧倒的に優勢な立場にいるはずのマミの声は、しかし威圧ではなく哀願の色が濃く出ていた。

 

「あいにくだけど、《優しくて思いやりのある杏子》はもういないんだとさ!」

 

 敢えて父の言葉を反芻することで決意を新たにする。

 

「……それにさ、手加減のつもりかしんないけど、殺す気のないなまくら弾であたしに勝てると思ってんのかよ!」

 

 鼓舞するために叫ぶと、地を蹴り間合いを詰める――が、負傷の影響か、体勢を崩す。

 倒れこみそうになるところを、脚でさらに地を蹴り、槍をも杖のように使い姿勢を制御する。

 その不規則な動きが、マミの動きを掣肘した。

 

 ――だめ。下手に撃てば、佐倉さんを。

 

 その逡巡が、杏子の槍をマミに届かせた。

 穂先がマミの胸元のリボンとホックを引き千切り、露わになった首筋に横一線に血が滲む。

 残心よろしく槍を振りぬいた姿勢。杏子はその姿勢のまま荒い息を整え、そして告げた。

 

「次はリボンだけじゃなく、その首をもらうよ。……終わりでいいね?」

 

 虚勢だということは、マミには理解できた。

 今の一撃は、マミの躊躇いに乗じたものに過ぎない。いや、それすらもマミが先読みに全てを任せていたところに、杏子の体幹が崩れたことによって偶々に転がり込んだものにすぎない。

 油断、というものとは少し違うが、完全に読めているという驕りがマミにあったことは否めない。

 その驕りを消し、マミが先読み半分、実動からの反応半分に動けば、二度と有効打は入らないだろう。

 

「悪いけど、終わるわけにはいかないわ。あなたを、妹をひとりにするなんて、私にはできないもの」

 

 妹と、そう呼んでくれることは嬉しかった。だからこそ、迷惑をかけたくない。そんな思いが、杏子の口を開かせる。

 

「妹? はッ! なに寝惚けたこと言ってんだ。それはあんたに取り入るためにいっただけだよ。あんたと私は、師匠と弟子だろ? もうあんたから学ぶものはない。弟子が去るには充分な理由だろ?」

 

 乾いた音が響く。

 マスケットがマミの手を離れ、地に落ちた音だ。

 地に落ちたマスケットは、戦意の喪失を表すかのように元の姿――黄と赤のリボン――へと戻る。螺旋状に絡み合っていた黄と赤のリボンは力なく解け、風に煽られて霧散していく。

 マミは、自分の背筋を支えていた気持ちが折れたことを自覚した。

 

「ごめんなさい、私、あなたのこと、本当の妹のように思ってて……」

 

 顔を歪め、肺腑を絞るような声で伝える。

 

「引きとめてごめんなさい……勘違いしちゃってて、ほんとごめんね」

 

 涙を堪えるので精一杯で声色や表情まで御する余裕がないマミ。彼女は震える声で告げると、幽鬼のように力ない所作で杏子に歩み寄り、治癒魔法を使う。

 

「傷、回復だけさせて。佐倉さん、治癒魔法は苦手でしょ」

「あ、あぁ……ありがとう」

 

 マミは杏子の全身に刻まれた傷の一つ一つに、治癒の魔力を注ぎ込み、癒していく。しかしその効果は、本来のマミの治癒魔法よりも幾分劣っているように感じられた。

 

 ――少しでも長くいたいという私の我儘が、治癒魔法の効き目に表れているのかしら……。

 

 魔法の効力は心の在りように強い影響を受ける。マミがそんな風に解釈するのも無理はなかったが、正鵠を得てはいなかった。

 

「ごめんね、酷いことして……」

 

 魔法の力で、ゆっくりと再生する小指を見つめ、心が潰れるような後悔を覚える。

 

 ――どうして佐倉さんを傷つけてまで戦っていたのかしら……。仮に佐倉さんの戦闘力を奪って勝利したとして、それで佐倉さんが納得するとでも思っていたの? 話し合いが決裂したなら、年長者の私が折れれば良かっただけなのに……。

 

 さすがにそれは内罰的すぎる考えだった。そもそも佐倉杏子が仕掛けた戦いで、巴マミは応戦したに過ぎないのだから。

 治癒を受ける杏子は無言を貫いていたが、ある程度回復すると、マミから離れた。

 

「もう大丈夫、あとは自分でする。ありがと。……じゃぁ、世話になったね」

「私は、佐倉さんのこと、今でも妹のように思ってるから。何かあったら、すぐに飛んでいきます。気軽に呼んでね」

 

 その言葉には返事をせず、佐倉杏子は風見野へ向けて歩き出した。

 

 

 

 振り返ることなく歩き去る杏子の姿が見えなくなると、マミは微笑みを見せた。悲しくないわけではないが、諦めの心境になると客観的に受け止められ――いや、心が自分のことと認識することを拒絶しているだけかもしれない。

 

「……ダメだなぁ、私ったら、どうしてこうなのかな」

 

 笑顔のまま、涙が一筋、頬を伝い落ちる。

 

「また……ひとりぼっちになっちゃったな」

 

 いつの間にか現れたキュゥべえがマミの身体を肩まで駆け上がると、慰めるかのようにマミの頬に頬を擦りつける。

 

「ありがとう、キュゥべえ」

『今回は残念だったね。だが、いずれまた道が交わることもあるだろう。これに挫けずに頑張って欲しい』

「うん……」

 

 佐倉さんのことは私事。魔法少女としての使命は公事。引きずらないというわけにはいかないだろうけど、気持ちを切り替えて戦わなくちゃ。またいつか共に戦えるその日に胸を張って会えるように、強くて、優雅で、正義感があって、どこに出しても恥ずかしくないような魔法少女でいられるように頑張ろう。

 マミはそう考えて自らの心を奮い立たせた。

 

「キュゥべえ、あなたの立場で問題ない範囲でいいから、佐倉さんのこと、時々教えてくれないかしら」

『特定の魔法少女の利益や不利益になることはできないルールなんだが……いいよ、他ならぬマミの頼みだしね』

 

 応える声にマミは感謝した。そのものが持つ思惑を知る術は、彼女にはなかったから。

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