Postwar_Bride!   作:雨守学

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END

…………「おはよう提督」

 

…………「おう、おはよう大井」

 

…………「朝食、手伝うわ」

 

…………「じゃあ、玉子焼いてくれ」

 

…………「目玉焼き?」

 

…………「任せる」

 

…………「じゃあ目玉焼きね。提督は目玉焼きに何かける派?」

 

…………「醤油だな。お前は?」

 

…………「ケチャップかしら」

 

…………「ケチャップなんて買うか?」

 

…………「嫌いなの?」

 

…………「嫌いじゃないが、使うことがないからな。オムライスとか作らない限り……」

 

…………「オムライス……久々に食べたいわ」

 

…………「じゃあ、今夜はオムライスにするか。玉子まだ残ってるか?」

 

…………「玉子はあるけれど、牛乳がないわ」

 

…………「牛乳?」

 

…………「牛乳を入れるとふわとろになるのよ」

 

…………「ほう、知らなかったな」

 

…………「そう言えば、洗剤もそろそろ切れそうだったわね。ついでに買ってきて」

 

…………「分かった」

 

…………「あ、あと……」

 

…………

 

 

 

「…………」

 

まだ空は薄暗かった。

 

「夢……か……」

 

昨日の事が、今見た夢だったかのように感じる。

おばあちゃんに本当の事を言った事。

提督とお別れをした事。

 

「はぁ……」

 

後悔はない。

無い筈なのに、釈然としないと言うか、モヤモヤとした気持ちは取れなかった。

 

「……お腹すいたな」

 

そう言えば、昨日は対話会以外で何も食べてないし、すぐ寝ちゃったし……。

 

「何か食べるものないかしら……」

 

台所に行こうと立ち上がると、遠くでまな板を叩く音がした。

 

 

 

台所に行くと、おばあちゃんが朝食の準備をしていた。

 

「おはよう。もう起きたのね」

 

「…………」

 

「手伝ってちょうだい」

 

「……うん」

 

しばらく無言のまま、朝食の準備を手伝った。

 

「上手になったわね」

 

「普通よ……」

 

「朝食は自分で作っていたの?」

 

「……一緒に作ってた」

 

「そう」

 

窓の外は、段々と明るくなっていった。

 

「……この時間はね」

 

おばあちゃんは、鍋をかき混ぜながら私の話を聞いた。

 

「休日のこの時間は……いつもジョギングをしているの……」

 

「健康の為?」

 

「それもあるし、元艦娘の大和さんって人とお話しする為でもあるかな……」

 

「それで?」

 

「ジョギングが終わって家に帰ると……提督が朝食の準備をしていて……私がシャワーを浴びた後には、もう出来てて……」

 

「あの人、料理も出来るのね」

 

「うん……。それも、とても上手で……私の好物ばかり作ってくれて……」

 

途中から、自分は何を話しているんだろうと思った。

『この時間はジョギングをしてる』

話題が無かったから、そう言うだけのつもりだったのに。

 

「そんなにいい人だから、貴女の嘘に付き合ってくれたのかしらね」

 

「…………」

 

「ただ優しいだけには見えなかったけど」

 

そう言うと、おばあちゃんは私の方をじっと見た。

 

「貴女を変えてくれる人だと、私は思ったわ。最初に会ったあの日から」

 

「え?」

 

「貴女たちが嘘をついているのは最初から分かっていました。だから、重箱の隅をつつくような事を言ったんです」

 

「…………」

 

「でも……彼の目を見て分かりました。この人は貴女を大きく変えてくれる人になるであろうと」

 

おばあちゃんの笑顔はそこにあったのか……。

 

「貴女も自分がどう変わっていったか、分かるはずです」

 

提督と一緒にいれば、私は変われる。

そう思ったし、少しずつ変わっていく自分を実感できた。

でも、私の本質は変わってなくて……。

 

「恋をして、誰かの為に何かをしたいと思える。誰かの幸せを願い、叶えるために努力する。それが例え、自分が不幸になる事であろうとも……」

 

「…………」

 

「そうやって生きている人は世の中に沢山いる。誰しもそうだとは言わないけれど、貴女だってそう思ったのではないかしら?」

 

何も言ってないのに、おばあちゃんは何でも知っているようだった。

 

「きっと、彼も同じ」

 

「――!」

 

「いや、彼が一番そう思っていたに違いないわ。普通、一緒に住んでくれと言われて、住めるものかしら? しかも、恋人「役」として。貴女の何が、彼をそこまで動かすのかしら?」

 

言われてみればそうだ。

前に理由を聞いた時も、ただ「仲良くしたい」と言われたけれど、本当にそれだけで……。

 

「貴女はその理由に気が付いていないのではなくて?」

 

「……そうかもしれない」

 

「それを知ってからでも遅くはないでしょう」

 

「おばあちゃん?」

 

「昨日の事は聞かなかったことにします。それでもと言うのなら……彼の理由を聞いてから、もう一度私に言いに来なさい」

 

使用人が起きて来て、台所に入って来た。

 

「大奥様が朝食を作られるなんて、珍しいですね。今から作ろうと起きてきたのですが……」

 

「あら、たまにはいいじゃない」

 

そう言うと、おばあちゃんは私に目線を送った。

ああ、そうか……。

こうやって話す為に、わざわざ……。

 

「さ、もうすぐ出来るわ。お皿を用意してちょうだい」

 

提督の話を聞いてからでも……か……。

 

 

 

朝食の後、阿武隈から電話があった。

 

『朝早くにすみません……。ちょっと……お話したいことがありまして……』

 

 

 

喫茶店に入ると、既に阿武隈が待っていた。

 

「いきなり呼び出してすみません……」

 

「いいのよ」

 

何の件かは分かっていた。

阿武隈もそのつもりで話し始めた。

 

「提督に告白しました」

 

「……えぇ、知ってるわ」

 

「じゃあ、結果も知ってますよね。私が振られた事」

 

「…………」

 

「いいんです。そんな顔しないでください」

 

阿武隈はメロンソーダに口を付け、一呼吸置いた。

 

「振られた理由も知ってます?」

 

「私との生活の事があると聞いてるわ。でも、その件についてはもう――」

 

「いや……大井さんの事が好きだから、ですよ」

 

「え?」

 

「提督……言ってないんですね。大井さんが好きだから、私とは付き合えないと言われました」

 

ちょっと待って……。

という事は……私の気持ちを知る前から提督は私の事を……?

私はてっきり、私の気持ちを知って、それに応えてくれただけだと思ってたのに……。

 

「提督はこう言ってました……」

 

…………「すまない阿武隈……」

 

…………「いえ……でも、どうして大井さんを? あんなに邪険にされてたのに……」

 

…………「……俺は、誰かに嫌われるのが怖い人間なんだ」

 

…………「…………」

 

…………「大井はまさに俺を嫌ってる奴だった。だから、なんとかして好かれようと機嫌を取ったりしてみたが、とうとう嫌われたまま戦争は終わってしまった」

 

…………「提督、大井さんに何を言われてもヘラヘラしてましたよね」

 

…………「そうするしかなかった。怒ったらますます嫌われそうだしな……」

 

…………「ただのお人よしじゃなかったんですね……」

 

…………「……戦争が終わって、大井と離れてからは、気が楽だった。もう好かれはしないけれど、嫌われもしなくなったってな。でも、お前たちが連絡してきて……」

 

…………「その割には気兼ねなく楽しめてたように見えましたけど」

 

…………「別に怯えてる訳じゃないからな。でも、正直もうどうでも良かったんだ。あいつはどこまで行っても俺を嫌いな奴だ。好かれなくてもいい。せめて、これ以上は嫌われないようにしようってさ」

 

…………そう言った時の提督は、どこか寂しそうでした。

 

…………「けど……同棲の件であいつが俺を頼ってきてくれた時……めちゃくちゃ喜んでいる自分がいた。嫌われたくないとか、好かれたいとか、そういう気持ちもあったが、それ以上に、あいつに頼られることに対して、俺は全力で応えたくなったんだ」

 

…………「どうしてですか……? どうしてそこまで……」

 

…………「その時は分からなかった。けど、あいつのおばあちゃんを説得する時、あいつの好きになったところを言えと言われて、自然と言葉が出て来て、それに嘘は無かった。その時思ったんだ。もしかしたら、嫌われたくない一心であいつを見ていたんじゃなくて、あいつに振り向いて欲しくて、あいつを見ていたんじゃないかって……」

 

…………「……恋してたという事ですか?」

 

…………「かもしれないな……」

 

…………「ますます分かりません……。嫌われてるって分かってるのに……優しくされたりとか、そう言うこともないのに……どうして……」

 

…………「それを確かめたかったから、一緒に住んでみたいと思ったんだ」

 

…………「!」

 

…………「一緒に住んで、あいつの色んな表情を見た。心の変化を見た。日数を重ねる内に、大井は俺を見るようになった。避けることをしなくなった」

 

…………「…………」

 

…………「夢中になっていた。それが全てだった。それが答えだった。深い理由は無い。俺は大井の事を好きになっていた。だから……」

 

…………「よく分かりました……」

 

…………「すまない……」

 

…………「いえ……。でも……そうですか……。じゃあ、そんな提督に、いい知らせがありますよ」

 

…………「いい知らせ……?」

 

…………

 

「そこで、大井さんも提督が好きだと言ったんです」

 

「…………」

 

「その事……提督は言ってなかったんですね」

 

言ってはいたけれど、昨日の事があっただけに、何も言えなかった。

 

「大井さんと提督は両想いです。提督がどうして大井さんに気持ちを伝えないのかは分かりませんけど……大井さん、告白するのなら今ですよ」

 

そう言うと、阿武隈は笑った。

 

「阿武隈……」

 

「こうなったら、もう提督の幸せを願うほかありません。大好きな人と結ばれる。それ以上の幸せは無いと思います」

 

幸せ。

提督の幸せ。

 

「提督の幸せが……私と結ばれることだと言うの……?」

 

「え? だって、好きな人と一緒になれるんですよ? それ以上の幸せってありますか?」

 

「そうかもしれないけれど……でも……不幸になる事だってあるかもしれないし……」

 

「そうですね」

 

阿武隈は窓の外を眺めた。

 

「でも、幸せがあるから不幸もあるんですよ。大好きな人と一緒に居られる幸せ。時々訪れる不幸。幸せばかりなんて、そんなの誰もありませんよ」

 

「…………」

 

「それに、私たちの提督がそれを受け止められないほど、小さい人間だとは思いませんから」

 

「!」

 

「なんて……。大井さん、提督と幸せになってくださいね。私も、新しい恋……見つけないとなぁ……」

 

そう言うと、阿武隈は頬杖をついた。

その顔は、徐々に崩れていって、やがて涙が頬を伝った。

 

「駄目ですね……やっぱり……。本気で恋しただけに……悔しいです……」

 

「阿武隈……」

 

「諦めるまでに時間がかかりそうです……。恋を諦めるって……難しいですね……」

 

阿武隈ですら難しいと思えるのに、私は――。

 

 

 

阿武隈と別れた後、私の足は自然とあの家に向かっていた。

最初は実家に帰るつもりだったから、間違えたって思ったけれど、引き返すことはしなかった。

 

「…………」

 

家の前に着く。

今日……提督いたかしら……?

 

「……学校の荷物……そうよね……。学校の荷物があったわ……」

 

家に入る口実を作り、やっとの事で家の扉に手をかけた。

それと同時に、扉がゆっくりと開いた。

 

「おわっ!?」

 

提督は驚いて、一瞬、扉を閉めようとした。

けど、すぐに私に気が付いた。

 

「大井か。びっくりしたな……」

 

「…………」

 

「学校の荷物を取りに来たのか? 俺はこれから買い物に行くから、出る時は鍵かけてくれないか?」

 

「……うん」

 

「じゃあ」

 

そう言って、提督は出かけていった。

昨日の事が嘘のように、提督は平生であった。

 

 

 

家に入ると、何やら綺麗になっていた。

床もピカピカだし、空気の入れ替えをした後なのか、冬の匂いが立ち込めていた。

リビングに入ると、テーブルクロスが畳まれていて、食器置き場には食器が一つもなかった。

 

「?」

 

机の上にある段ボール箱を覗くと、その中に食器が入っていた。

新聞紙に包まれて。

 

「あ……」

 

それを見て、全て悟った。

提督は、引っ越しの準備をしてるんだと。

『学校の荷物を取りに来たのか? 俺はこれから買い物に行くから、出る時は鍵かけてくれないか?』

あれは、私がここに戻らないと思っての言葉だったんだ。

なんだ……提督も私と同じことを考えていたんだ……。

お別れするって……。

 

「でも……そうよね……。昨日のあれは……お別れするって感じだったし……」

 

それにしても、気が早いと言うか。

 

「早く忘れたいって事なのかしら」

 

私と同じ。

 

「その割には、まだこんなの飾ってたのね」

 

棚の上の写真立て。

そこには、私と提督の写真が飾ってあった。

それを見て私は、懐かしいだなんて思ってしまった。

ついこの前の事なのに。

 

「ふふ……アホらしい……」

 

テレビの方へ向くと、その横に積まれたDVDに目が行った。

 

「結局見れなかったな」

 

全部、最初の頃に提督が買って来たものだ。

『絶対面白いから、一緒に見よう』

って言われたのに、面倒だからって断ったっけ。

 

「これなんか、包装すら開けてないわ」

 

一人で見ればよかったのに。

私と見たかったのかな。

 

「バッカみたい……」

 

なんて思ってたら、私が買ってきたDVDも、まだ包装されたままだった。

 

「……私も同じだったわね」

 

このDVDを買ったのは、提督の事が気になりだした時だっけ。

結局、一緒に見ようと言い出せず、この状態か。

 

「ふふ……」

 

込み上げる笑い。

それに反して滲む視界。

 

「う……っ……うぅぅ……」

 

拭けども拭けども、涙がおさまる事は無かった。

自分でもなんで泣いているのか分からない。

けれど、提督との思い出一つ一つを振り返る度に、涙が溢れた。

 

 

 

強い光で目が覚めた。

 

「……泣き疲れて寝ちゃったのね」

 

窓の外で、夕日が沈もうとしていた。

 

「…………」

 

台所の方を見ても、提督はいなかった。

まだ帰ってきてすらいないようだ。

 

「ん……」

 

立ち上がり、自分の部屋へ向かった。

 

 

 

「これでよし……」

 

学校の荷物などをまとめ終わり、荷物の少なくなった部屋を見渡した。

 

「もう……ここで過ごすこともないのね……」

 

提督と同棲しだした頃を思い出す。

ここが唯一の癒しの場だった。

それが徐々に時間が経つにつれて……。

 

「……駄目だわ」

 

また涙が零れそうになって、荷物を持って部屋を出た。

それと同時に、提督が帰ってきて、鉢合わせる形になった。

 

「あ……」

 

提督と目が合う。

 

「荷物、まとまったのか?」

 

「……えぇ」

 

「そうか」

 

提督はそのままリビングに入って、買って来た荷物を広げた。

 

「ホームセンターに行ってきたんだよ。粗大ごみになるものは、これで小さくして、普通ゴミとして捨てるんだ」

 

そう言うと、ノコギリなどの工具を私に見せた。

 

「もう帰るんだろ? 気を付けて帰れよ、大井。じゃあな」

 

そう言うと、提督は私に背を向けた。

その背中を見た瞬間、私の心は強く締め付けられた。

そして、また自然と涙が溢れだした。

 

「う……っ……」

 

堪えようとすると、声が出そうになった。

 

「どうした? 大……」

 

私の顔を見て、提督は固まった。

そして、何かを堪えるように下唇を噛んだ。

 

「な……どうした……? お前……っ……どうしてっ……泣いてるんだよっ……」

 

提督の目には、涙が溜まっていた。

 

「あんただって……うぅ……な、泣きそうになって……るじゃないっ……!」

 

「お前が泣いてるからだよっ……!」

 

それを聞いて、私は大声で泣いてしまった。

提督も情けない声を出して泣いていた。

本当は分かっていた。

涙の意味。

提督の背中を見て、もう二度と会えないんじゃないかって、不安になった。

お別れを誓ったはずなのに、いざ本人を目の前にすると、もう二度と会えないと思うと、苦しくて、切なくて、心が痛かった。

 

「やだよぉ……お別れなんて……やだよぉ……うぅぅ……」

 

まるで子供の我が儘。

自分でも恥ずかしい事言ってるって分かる。

けれど、自分の気持ちが、ぽろぽろと言葉となって、勝手に零れだす。

 

「大井……」

 

「駄目だって分かってるけど……でも……でもっ……!」

 

そう言う私を、提督は抱きしめた。

 

「俺は何も苦しくなんかない……。だから……お前も苦しまないでほしい……」

 

「提督……」

 

「むしろ……お前とお別れするのが……とても苦しいよ……。泣きそうだ……」

 

「もう泣いてるじゃないのよっ……!」

 

「本当だな……」

 

提督は涙を流しながら笑った。

 

「もう……どうにでもなれ、よ……」

 

今まで決心した事全てが無駄になった。

提督を不幸にするかもしれない。

私も不幸になるかもしれない。

けど、お別れ以上の不幸は無いだろう。

そう思った。

 

 

 

二人泣き止み、ソファーに座っていた。

 

「ほら」

 

提督からティッシュを受け取り、鼻をかんだ。

 

「……昨日はごめんなさい」

 

「いや……」

 

時計の針の音が聞こえるほど、静かだった。

 

「これ以上迷惑をかけたくなかった……。迷惑をかけている自分に耐えられなかった……。だから……」

 

提督は何も言わずに私の言葉を待った。

 

「でも……いざお別れってなると……悲しくて……苦しくて……。これ以上はいけないって分かってるけど……でも……」

 

「大井……」

 

「迷惑かけちゃうかもしれない……自分を追い込んでしまうかもしれない……。それでも……やっぱり一緒に居たい……」

 

私は提督に向き合った。

 

「こんな私でも……受け入れてくれますか……?」

 

そう言う私に、提督はそっと口づけをした。

それが、提督の答えだった。

 

「提督……」

 

「……なんとか、クリスマスまでに間に合ったな」

 

そう言う提督の顔は、少し赤かった。

 

「……照れてる」

 

「そりゃ……照れるだろ……」

 

顔をそむける提督の頬に手を添えて、今度は私から――。

 

「ありがとう……提督……」

 

窓に反射した私の顔は、提督と同じようにほんのりと赤くなっていた。

 

 

 

それから、おばあちゃんに電話をして、全ての事を話した。

『そう』

おばあちゃんが言ったのは、それだけだった。

 

「おばあちゃん、何だって?」

 

「「そう」とだけ」

 

「あの人にとっては、それくらいの事だったんだろうな。昨日の事は」

 

「そうかもしれないわね」

 

くだらないという事かしら。

でも、そうかもしれない。

くだらない悩みだったのかも。

提督は私を受け入れてくれるし、お互いに好きだという関係なのだもの。

私だって、反対の立場だったら、受け入れることが出来る。

単純な話だった。

 

「あーあ……なんか損した気分だわ……」

 

「損?」

 

「涙なんか流して……恥ずかしい事言って……。もっと単純な問題だったなんて……」

 

「そんなものだろ。でも、スッキリしただろ?」

 

私は返事をしなかった。

けど、スッキリしたのは事実だった。

 

「……阿武隈から聞いたわ。私を好きになった理由……」

 

「…………」

 

「でも……やっぱり分からないわ。どうして私なのか……」

 

「お前は分かるのか?」

 

「え?」

 

「どうして俺を好きになったのか」

 

どうして好きになったのか……。

 

「……分からないかもしれないわ」

 

「そんなもんだろ」

 

「そんなもの……」

 

あんなに苦しめられた恋が、こんなに簡単に解決しちゃうなんて……。

 

「恋って……何だったのかしらね……」

 

そう言うと、提督はフッと笑った。

 

「なによ……」

 

「まだ恋は終わってないのに、もう終わったかのような言い方だったからさ」

 

「終わったでしょ……」

 

「お互いの気持ちが分かっただけで、俺はまだ恋してるよ」

 

「……はぁ? くっさ……何言ってんのよ……」

 

でも……まぁ……。

 

「それなら……私もそうって事になるじゃない……」

 

「……クサいな」

 

「……死ね」

 

 

 

自室に戻り、荷物を元の場所に戻した。

 

「結局、戻って来ちゃったわね……」

 

昨日の事は一体何だったのだろう。

そう思うほどに、夢でも見ていた気分だ。

と言うよりも、今が夢なんじゃないかと思った。

提督とまた一緒に暮らせる事。

恋人になった事。

キスした事……。

 

「……――っ!」

 

今になって色々と実感し始め、ベッドの上でじたばたともがいた。

そうだ。

キスもしたし、今日から提督とは恋人で……。

でも、付き合うとかそう言う事は言ってないし……。

 

「これからどうやって接すればいいのよぉ……。うぅ……」

 

前に見た少女漫画のような、虫歯になりそうなほど甘い日々が待っているのかしら。

『提督(ハート)』

『大井(ハート)』

 

「ないないないないないないないない……! キモイキモイキモイキモイ……!」

 

そんなくだらない事を考えている内に、私はそのまま眠ってしまった。

 

 

 

朝日で目が覚めた。

しばらくウトウトしていたが、昨日の事を思い出して、一気に目が覚めた。

 

「うぅ……」

 

 

 

恐る恐る部屋を出ると、提督と鉢合わせた。

 

「おう、おはよう」

 

それに返事をするのが恥ずかしくて、思わず無視してしまった。

 

「おい、無視かよ」

 

提督の声に振り向くこともせず、そのまま顔を洗いに行った。

 

 

 

リビングに行くと、すでに朝食は出来ていた。

いつもより簡単な朝食。

 

「大井が帰ってくると思ってなかったから、あまり材料が無くてな。食器を出すのも大変だったし」

 

そう言えばそうだった。

机の横に、まだ食器の入った段ボールが置かれていた。

 

「んじゃ、食うか」

 

 

 

正直、朝食の味は分からなかった。

提督の事が気になって気になって仕方がなかったし、一言もしゃべらないから、とても気まずい。

それでも提督だけは、まるで一昨日から昨日にかけての出来事が無かったかのように、平生だった。

 

「今日は遅くなるから、何か作っておくよ。温めて食べろ」

 

そう言うと、提督は食器を洗い、自室に戻っていった。

私……本当に夢を見ていたのかしら……?

 

 

 

学校に向かう途中、北上さんに会った。

 

「……大井っち」

 

深刻そうな顔。

ああ、そうよね……。

夢じゃないわよね……。

 

「北上さん……。この前はごめんなさい……」

 

「ううん……。私もあれから考えたんだ。大井っちがそう言う道を選ぶなら……私……」

 

「その件なんですけど……実は……」

 

 

 

途中、阿武隈に会って、北上さんはそれに突撃した。

 

「阿武隈ぁ!」

 

「ギャー!?」

 

「提督に振られたんだってー? 北上様が慰めてあげるよー」

 

「なんでそれを……」

 

申し訳なさそうに、阿武隈の前に出た。

 

「大井さん」

 

「えーっと……その……」

 

「提督と上手く行ったんですね!」

 

「え? う、うん……そうなの……」

 

「やっぱりー! それでそれで? どんな告白を?」

 

「それがさー、教えてくれないんだよ。どっちがしたかってのもだよ? 怪しいよねー」

 

お互いに好きだと分かった事は話した。

けど、そこまでの経緯はちゃんと話していない。

正直、私もよく分かってないし……。

 

「でもま、良かったよね」

 

「鳳翔さん達にも謝らないと……」

 

「んじゃ、今日行く? 途中で菓子折りでも買ってさー」

 

「そうですね……」

 

「なんの話です?」

 

「お前は気にしなくていいんだよー!」

 

「ギャー! 前髪がー!」

 

それから、提督との事を根ほり葉ほり聞かれたけれど、何も変わってないし、何かしたわけでもないから、何も答えられなかった。

 

 

 

放課後、北上さんから連絡をしてもらって、鳳翔さんの家へと向かった。

 

「皆……怒ってますよね……」

 

「どうだろう。もし怒られても、私も一緒に怒られてあげる」

 

「北上さん……」

 

角を曲がり、鳳翔さんの家に差し掛かったところで、鳳翔さん達が私を見つけて、一斉に駆け寄って来た。

 

「大井さん……!」

 

その中には大和さんも居て、真っ先に私を抱きしめた。

 

「や、大和さん?」

 

「良かったです……本当に……良かったです……」

 

困惑する私を、大和さんはただただそう言って強く抱きしめた。

 

「大井さん」

 

「鳳翔さん……響ちゃん……。その……」

 

「逃げずに良く頑張りましたね。信じてましたよ」

 

「おめでとう、大井さん」

 

二人の笑顔を見て、私は泣きそうになった。

 

「皆さん……ごめんなさい……」

 

そんな私を、皆は温かく迎えてくれた。

改めて、皆の存在に助けられていたことを実感する。

 

「大井っち」

 

「北上さん……」

 

「ごめんなさいもそうだけど、もう一つだけ」

 

そうだった。

 

「みなさん……本当にありがとうございました」

 

「いえ。大和も次の恋への励みになりました」

 

「大和さん……」

 

「それで……聞いたんですけど……。対話会があったらしいじゃないですか?」

 

「え? えぇ……」

 

「聞くところによるとイケメン揃いだとか……。今度……大和も行きたいなー……なんて……」

 

「大和ちゃん、早速?」

 

「大井さんに勇気づけられたので、大和も行動しないと。ですよね?」

 

そう言うと、皆は笑った。

私も同じように。

 

「さ、立ち話もなんですし、どうぞ」

 

「行こ、大井さん」

 

「えぇ」

 

響ちゃんに手を引かれ、鳳翔さんの家へと入った。

 

 

 

家に帰るころには、空もすっかり暗くなっていた。

 

「疲れました……」

 

「お疲れ、大井っち。しかし、色々聞かれたねー」

 

「北上さんもでしょう……」

 

「へへ~」

 

月明かりが強く、星は見えにくかった。

 

「私も恋、しないとなー」

 

「北上さんは今のままでも……」

 

「親友に恋人が出来るとさー、私も欲しいかもって思っちゃうよ。大和さんと対話会、参加しようかなー」

 

「無理に作らなくても……」

 

「お、余裕の発言だねー? やっぱり恋人がいる人は違いますなー」

 

「そ、そういうつもりじゃ……」

 

「なんてね。ま、今年は阿武隈と二人でクリスマスを過ごすとするかな。提督の予定は埋まってるし」

 

「北上さん……」

 

「おめでと、大井っち。幸せになってよね」

 

「……はい!」

 

 

 

家の明かりはついていた。

 

「おう、お帰り」

 

「遅くなるんじゃなかったの?」

 

「早めに切り上げてきたんだよ。適当な理由をつけてな」

 

なんでまたそんな事……。

まさか……一緒に過ごす時間がうんぬんとか言うんじゃ……。

 

「借りてたDVD、返すの忘れててさ。急いで返しに行ってきたんだよ」

 

「な、なによそれ……。てっきり……」

 

「てっきり、なんだ?」

 

「な、何でもないわよ……」

 

……ッチ、アホらしい。

あー……駄目ね……。

そう言う関係だって意識し過ぎてるわ……。

どうして提督は平気なのよ……。

 

「お前に早く会いたいから、帰って来たと思ったか?」

 

「は、はぁ!? 別に思ってないわよ! そんなキモイ事!」

 

「顔に書いてあるぞ」

 

思わず顔に触ってしまった。

それを見て、提督は笑った。

 

「……着替えてくる!」

 

ドタドタと足音を鳴らし、リビングを出た。

 

 

 

「あーもう!」

 

ウザいウザいウザいウザい!

なによあの顔!

馬鹿にしてぇ……。

 

「うぅ……意識し過ぎちゃうわ……」

 

そう言えば、さっき鳳翔さんに言われた事がある。

 

…………「最初は少しだけ恥ずかしいけれど、自分の正直な気持ちを受け入れると幾分か楽になりますよ」

 

自分の正直な気持ちを受け入れると言われても……。

私の正直な気持ち……。

 

「……でも、鳳翔さんの言うことだし」

 

ええい、もうどうにでもなれよ!

 

 

 

夕食の後、ソファーに座りテレビを見ていると、家事を終えた提督も隣に座った。

 

「面白いのやってるか?」

 

「別に……」

 

「そうか」

 

それを最後に、会話は無くなった。

私の正直な気持ち……。

こんなにも意識をしてしまう私の気持ち……。

それに反発せず……受け入れる……。

 

「おわ!?」

 

急に寄り添って来た私に、提督は声をあげて驚いた。

 

「な、なんだ?」

 

私が黙っていると、何かを察したように、提督はニッと笑って、私の肩を抱き寄せた。

 

「寒かっただけ、だろ?」

 

「……そうよ」

 

結露した窓が私を笑っている。

でも、それもしばらくすると、気にならなくなった。

 

「そう言えば、クリスマスなんだが、仕事が入ってしまって……」

 

「え……? どうして……」

 

気が緩んでいたから、本当に悲しい顔をしていたのだろう。

提督はフッと笑った。

 

「嘘だよ。どれだけ悲しんでくれるかと思ったが、そんなに悲しんでくれるとは思わなかったよ」

 

「……死ね!」

 

正直になれたかと思ったら、やっぱりまだまだ恥ずかしい。

っていうか、こいつがいやらしいのよ!

 

「ったく……」

 

「悪い悪い。だが、妙にはしゃいでしまうんだ。お前とこういう関係になれたからさ」

 

……ッチ、こいつ……。

 

「……ほどほどにしなさいよね」

 

「お前もな」

 

提督の手をギュッと握った私に、提督はそう言った。

 

 

 

 

 

 

「ちょっとあんた!」

 

「おう、おはよう大井。どうした朝っぱらから?」

 

「どうしたじゃないわよ! またあんたの下着が私の箪笥に入ってたのよ!」

 

「すまん。気を付けていたつもりなんだが……」

 

「ったく……キモイったら!」

 

テレビはクリスマスを報じていた。

それを見て、私は閉口した。

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「……キモイは言い過ぎたわ」

 

そう言うと、提督は驚いた後、何かに気が付いて笑った。

 

「とても傷ついたよ」

 

「悪かったって……」

 

「こんな気持ちじゃ、クリスマスを楽しめないな」

 

「……ッチ、ムカつくわね……。やめてくれる? そう言うの……」

 

「こんなことで中止にする訳ないだろ。クリスマス、お前も楽しみだっただろうが、俺も楽しみだったんだぞ。お陰で眠れてない」

 

「ちょ、ちょっとやめてよね? せっかくのクリスマスなのに寝てないなんて……。今からでも寝てきなさいよ! 途中で寝られたら……」

 

「コーヒー飲んだら眠気も覚めそうだ」

 

「もう……!」

 

急いで湯を沸かした。

最近、上手い事利用されてる気がする……。

昔の仕返しかしら……。

 

「今沸かしてるから……ったく……」

 

「ありがとう、大井」

 

でも、悪くないと思ってしまう自分がいる。

 

「今日は色んな所に行こうな。色々考えてあるんだ。お前が喜んでくれると嬉しいな」

 

「……あんたと行くなら……どこだって……」

 

言った後、また笑われると思った。

けど……。

 

「そうだな。俺も同じだ」

 

こういう所があるからムカつく……。

ムカつくけど……。

 

「でも……手は抜かないでよね……。期待してるんだから……」

 

「ああ、頑張るよ」

 

少しづつだけど、この生活にも馴れ始めている。

このまま行ったら、私はどうなってしまうんだろう。

どんな未来が待っていたとしても、きっと私は幸せを感じている事だろう。

 

「メリークリスマス、大井」

 

「……メリークリスマス……提督」

 

今の私のように――。

 

――終わり。




最後までご愛読ありがとうございました。
次回作、こうしてほしいと言うのがありましたら、書いていただけると嬉しいです。
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