「提督と……同棲してるんですか……?」
は?
「大井さんは……提督の事が好きだったんですか……?」
は?
え?
え?
なんで?
なんでなんでなんで?
「どう……なんですか……?」
「ちょ……ちょ! は、はぁ? 何言ってるの阿武隈。同棲? はぁ?」
誤魔化そうとしても無駄だった。
自分でもわかる。
完全に目が泳いでいた。
提督だったら、きっと誤魔化せただろうけれど。
「やっぱり同棲してるんですね……」
「ど、どうして……」
「大井さんが休んだ日……。お見舞いで大井さんの家に行ったんです。そうしたら、花嫁修業で引っ越したって……」
まさか実家に来るとは……。
分かっていれば隠すように言ったのに……。
「そ、その時……北上さんは……?」
「委員会の仕事で行けないと言われました」
とりあえず、北上さんにはバレてない……?
「住所を聞いて、行ってみたんです。そうしたら、提督がその家に入っていくのが見えて……」
あの馬鹿……。
「最初はお見舞いかなと思って、声を掛けようとしたんです。そうしたら、チャイムも鳴らさずに、鍵を使って入っていったんで、おかしいなって……」
「…………」
「次の日、気になってもう一度見に行ったんです。そしたら、洗濯物が干してあって……。大井さんの服と……提督の服が……」
本当、この子は提督の事よく見てるわね。
普通、服を見ただけで提督のだって分かるかしら?
「……分かったわ。事情を話す……。けど、絶対に誰にも言わないって約束できる? 特に、北上さんには……」
「はい……」
私は、阿武隈に事の経緯を話した。
放課後。
「大井っち、一緒に帰ろっ!」
「え、えぇ」
「あの、私もいいですか?」
「阿武隈、珍しいねぇ。いつもは嫌がるじゃん」
「えへへ、たまにはいいじゃないですか」
「なにその顔。気持ち悪っ」
「み、皆で帰りましょう。ね?」
「んじゃ、私こっちだから。じゃーねー」
「は、はい。また明日」
「えへへ、やっと邪魔者がいなくなりましたねぇ」
「ちょっと阿武隈。貴女不自然なのよ。バレたりしたら……」
「大丈夫ですよ。それよりも、早く行きましょう」
「ったく……」
阿武隈が何故ワクワクしているのかと言うと。
「提督のお家、楽しみ~」
「私の家でもあるんだけど……」
北上さんに内緒にする条件として、提督との生活を見せて欲しいとのことだった。
どんだけあいつの事が好きなのよ。
「貴女、提督の事大好きなのね」
「そ、そんなんじゃないですよ」
毎回そうだけど、バレバレなのに隠そうとする意味が分からないわ……。
「着いたわよ」
「な、なんだか緊張して来ました……」
「なら帰る?」
「い、いえ!」
出来れば帰ってほしいのだけれど……。
「なら、行くわよ」
扉を開ける。
玄関には提督の靴が置いてあった。
まあ、いるわよね……。
「お、お邪魔します……」
靴を脱いでいると、二階から提督が降りてきた。
「おう、お帰……」
提督は一瞬、まずい顔をした。
けれど、また一瞬で平生を取り戻した顔つきになった。
「おう、阿武隈も一緒か。頼まれてたエアコン修理、終わったぞ。んじゃ、俺はこれで帰るから」
本当、どうやったらそう易々と嘘が出るのよ。
「いいのよ……。そんな演技しなくても……」
「え?」
私は、バレている事を全て話した。
「そうだったのか」
「ったく、下校時に出るなってあれほど……」
「すまん。買い忘れがあってさ」
「それにしても、他の男の人が見つからなかったからって、まさか提督を選ぶなんて……」
「仕方がないじゃない……。それしかなかったのよ……」
「てっきり、二人とも本気なのかと……」
「無いわよ……絶対に無い……」
「ですよね。えへへ……良かった……」
それにしても、阿武隈にもあっさりバレてしまったし、北上さんにバレるのも時間の問題か……。
何とかしなくては……。
「提督のお部屋、みたいな……なんて……」
「構わないよ」
「本当ですか? えへへ」
「行こうか」
「はい!」
そう言って、二人して二階へと向かっていった。
阿武隈も物好きね。
あんな奴のどこがいいんだか……。
「!」
そうだ……!
この生活を終わらせる方法、思いついたわ!
「提督のお部屋、素敵でした」
「そうか?」
二人が二階から降りてきた。
「あれ? 大井さん、どこか行くんですか?」
「えぇ、ちょっとお出かけしてくるから。後は二人で楽しんで」
「えぇ!? て、提督と二人っきり……」
「頑張りなさいよ」
「お、大井さん……」
「それじゃあ」
そう言って家を出た。
「ふふふ……後は阿武隈と提督が結ばれてくれれば……」
私の計画はこうだ。
まず、提督と阿武隈をなるべく二人っきりにして、提督に阿武隈を意識させる。
やがて二人は恋に落ち、今のこの状況を疎く思う。
私は提督に振られたことにして、二人の仲を持つ。
「もう恋なんてしたくない」と被害者面をして、同情を誘う。
流石のおばあちゃんも、これには同情して、花嫁修業を終わらせる。
「完璧だわ……」
それから数日間、阿武隈を家に呼んでは、二人を残し出かけてを繰り返し、時には二人で出かけさせたりした。
阿武隈も馴れてきたのか、最近では私を通さなくても、提督と会っているらしい。
全ては順調に進んでいる。
二人が結ばれるのも時間の問題だろう。
夕食時。
いつもは黙っているんだけど、提督が阿武隈をどう思っているのか気になって、話しかけてみた。
「ねぇ、最近阿武隈と仲いいわね」
「ん? そうか?」
「あの子、可愛くなったと思わない? お化粧も勉強しているみたいだし、まるで好きな人でも出来たみたい」
「好きな人か。なるほど。確かに最近、身なりに気を遣っているみたいだ。お前のおばあちゃんの言ってることは正しいかもな」
「男としてはどうなのよ? ああいう子が恋人だったらとか思う訳?」
「そうだな。もし阿武隈のような子が恋人だったら、毎日が楽しいだろうな」
これは、結構阿武隈の事を意識していると考えていいんじゃないかしら?
どうやら本当に順調のようね。
私がこの家を出る日も近いわ!
「ふふふ……」
「どうした?」
「いえ、何でもないわ」
「?」
しかし、それから何の進展もないまま、日々だけが過ぎていった。
「はぁ……」
「あら、阿武隈。溜息なんてついてどうしたのよ?」
「大井さん……」
「提督とはどう? 最近、仲良さそうじゃない」
「そうでしょうか……」
ん?
「最近になって気が付いたんですけど……私、提督に友達程度にしか思われてないみたいで……」
もはや、友達以上であると思っている事を隠そうともしないのね。
「それはどうして?」
「何をしようにも、どこに行こうとも、提督はいつも同じくニコニコしているだけ……。私が勇気を振り絞って、腕にしがみついてみても、照れる様子もなく、ただ笑ってるだけ……」
「でも、笑ってくれてるんでしょ?」
「それ以上が無いんです。それに、家事があるからって、夕方には帰っちゃうし……」
そう言うと、阿武隈はもう一つ溜息をついた。
「私、なんだか自信が無くなっちゃいました……」
「大丈夫よ。提督だって、もっと阿武隈と一緒にいたら、魅力を感じてくれると思うわ。そう焦ってはだめよ」
「……ですよね。うん、もうちょっと頑張ってみようかな……」
良かった。
ここで諦められたら困るものね。
それにしても、あいつ……。
「おう、お帰り」
「ちょっと! 阿武隈から聞いたわよ! 家事があるからって、すぐに帰るそうね!」
「あぁ。何かマズかったか?」
「家事なんてしなくていいわよ! その分、阿武隈と過ごしなさいよ!」
「そういう訳にはいかない。俺はこの家に住ませてもらっている身だ。家事くらいはさせて欲しい」
「別にそんなのいらないわよ!」
「……どうしてそこまでして、俺と阿武隈を一緒にさせたいんだ?」
提督の目が、疑いの目に変わった。
「う……そ、それは……」
こういう時、どうしてすぐに嘘が出ないんだろう。
「もし、俺と阿武隈をくっつけて、この生活を終わらせようとしているのなら、止めておけ。無駄に終わるだけだ」
鋭い奴……。
いや、私が露骨すぎたのかもしれない。
「無駄じゃないかもしれないじゃない。阿武隈だって、あんたの事気に入ってるわ。あんただって悪くないって思ってるんでしょ?」
「そうかもしれないな。だが、それとは別の問題だ」
「別じゃないわ。あんた達が結ばれれば、私は邪魔になる。そうしたら、この生活も終わりよ。どっちもwinwinでしょ?」
そう言った時、提督はゆっくりと立ち上がり、私の方へと近づいて来た。
「お前……本当に……最初からその思惑があって、俺と阿武隈を一緒にしようとしたのか?」
「だ、だったら何よ……。って言うか、何近づいて……」
左頬に痛みが走る。
提督の方を見ると、見たことのない表情をしていた。
ただ、怒っているのだと、すぐに分かった。
「お前……最低だよ……」
「な……何するのよ! 女の顔を叩くなんて、あんたの方が最低だわ!」
「お前は……自分の勝手で人の心を弄んだんだ……! 阿武隈に謝れ!」
「何よ偉そうに……! 阿武隈はあんたと居れて良かったに決まってるわ! 誰も損をしてないでしょ!?」
「損得じゃない……! お前の思い込みで人の心を決めつけるなと言っているんだ!」
「何よ偉そうに……何も知らない癖に!」
そう言って、リビングを飛び出した。
提督の呼ぶ声を背中に、自室へ向かった。
「何よあいつ……」
あームカつく……!
何が「人の心を弄ぶな」よ。
阿武隈だって幸せそうにしてたじゃない。
何を悪いことをしたって言うのよ。
阿武隈も私もwinwinじゃない。
winwin……。
『私、なんだか自信が無くなっちゃいました……』
「…………」
違う。
それは私のせいじゃない。
私がそうしなくても、そうなっていた。
私がいなくても……。
「あいつが悪いだけよ……」
その日は、そのまま眠った。
朝起きると、提督はいなかった。
朝食は作ってあって、一緒に置いてあったメモには「仕事に行ってくる」とだけ書かれていた。
そう言えば、時々、海軍の若手を指導してるんだっけ。
ま、どうでもいいけど……。
むしろ、いなくて良かったわ。
顔を合わせるのも嫌だったし。
教室に入ると、阿武隈が窓の外を見ていた。
「どうしたのよ。黄昏ちゃって」
「大井さん」
「また提督の事で?」
「はい……」
何とか元気づけて、winwinな関係であると証明しないと。
「私、勘違いしちゃったのかもしれません」
「勘違い?」
「最近、提督と二人っきりになる機会が多くて、提督が私を見てくれている気になってました。けれど、段々とそうじゃないって気が付いて、今は、提督の事を考えるだけで、憂鬱になっちゃいます……」
その横顔を見て、私は昨日の事を思い出していた。
「でも、まだ焦る時じゃ……」
「怖いんです……。このままだと……私は提督を嫌いになっちゃうんじゃないかって……」
「阿武隈……」
「私は提督が好きです……。だから……」
その表情は、悲しみを含んだ、強がりな笑顔だった。
「提督とは……ちょっと距離を置こうと思います。私の好きな提督を、自分の気持ちで歪めたくないから」
その時、チャイムが鳴った。
「授業始まりますね。それじゃあ」
席へ戻る阿武隈の背中に、私は何も言えないでいた。
もし。
もし、私が阿武隈と提督をくっつけようとしなかったら、こんな結果になっていただろうか?
まだ早いとか、焦る時間じゃないだとか言ったけれど、結局、二人を押し付け、早めようとしたのは私だった。
そのせいで、阿武隈は勘違いをして、悩み、苦しんだ。
でも、それは本当に、私のせいで起きたことなの?
私がいなくても、阿武隈はいずれ、提督と一緒になろうとするだろう。
その時、同じ結果が起きるかもしれない。
私が介入したからじゃなくて、私はその引き金を早く引いただけ。
そうよ。
私は悪くない。
悪いはずがない。
『お前は……自分の勝手で人の心を弄んだんだ……!』
「何よ……」
家に帰ると、まだ提督は帰ってきてなかった。
夕方のこの時間に、家に誰もいないと言うのはしばらくなかったから、とても静かに感じるし、なんだか薄暗くて不気味だった。
自室に戻る前に、リビングに入ってみる。
明かりの消えた台所では、いつも提督が料理をしているはずだった。
『おう、お帰り』
その言葉への返しは、無言、もしくは悪態だった。
けど、その度に、提督はヘラヘラ笑って、何事もなかったかのように夕食を食べていた。
思えば、あんなに怒ったところ、あまり見たことがないな。
それほどに、私のしたことに腹を立てたのだろう。
それほどに、私は悪いことをしたのだろう。
「…………」
本当は分かっていた。
正当化しようと、「いずれは起きる結果だった」と、自分を慰めただけで、今回の結果を引き起こしたのは私である事に変わりはない。
提督の言っていることが正しかっただけに、私は反発せずにはいられなかった。
素直に謝る事が出来なかった。
私のそういう弱さが、阿武隈を傷つける要因となり、提督を怒らせる要因となった。
私が、早く同棲を終わらせようと考えなければ。
阿武隈と提督をくっつけようと思わなければ。
阿武隈も、提督も、普段と変わらない日常を過ごしていたかもしれない。
そして、私も――。
「ムカつく……本当にムカつく……」
提督の前で泣いた日から、私は少しづつ変わっているものだと思っていた。
けれど、ちっとも成長していない自分に、また、悔し涙が零れた。
「ん……」
何か騒がしい音で目を覚ました。
いつの間にかソファーで寝てしまっていたようだ。
リビングの明かりはついていなかったけれど、何かぼんやりと明るい。
体を起こし、台所の方を見ると、提督が料理をしていた。
シンクの上にある一本の蛍光灯だけが光っていた。
寝ている私に気を遣ったのだろう。
「…………」
ソファーから起き上がると、提督が気づいたようで、手を止めた。
「おう、起きたか」
「…………」
「とりあえず、着替えて来いよ。飯、出来たら呼ぶからさ」
「うん……」
部屋で着替えてから、すぐにリビングへと向かった。
「まだ飯、出来てないぞ」
「……何か手伝う事ない?」
提督は少し驚いた後、小さく笑った。
「なら、ジャガイモ剥いてくれないか?」
「分かったわ……」
料理をしている間、二人とも無言だった。
「じゃ、いただきます」
「いただきます……」
夕食はカレーだった。
「隠し味にリンゴが入っているなんて、知らなかったろう」
確かに、前に一度だけカレーが出たことがあったけれど、まさかリンゴが入っているなんて思いもしなかった。
「おふくろのカレーがそうだったんだ。それを最近になって知ってさ。驚いたよ」
そんなくだらない会話を聞けば聞くほど、私の心は締め付けられて行き、自然と涙が零れだしていた。
「……泣くほど美味かったか?」
何もかもを分かっているかのように、提督は微笑んだ。
「ん……っ……ん……っ……」
涙をボロボロ流しながら、カレーを頬張った。
次の日。
阿武隈にすべて話して、謝った。
阿武隈自身、そんな事は微塵も感じてなかったらしくて、凄く驚いていた。
「そうだったんですね。でも、言わなければそんな事気にならなかったですよ」
「それでも……私のしたことは最低な事だし……現に貴女を傷つけてしまった……」
「大井さん……」
「ごめんなさい……」
頭を下げると、阿武隈は優しく私の頭を叩いた。
「はい、これでお相子にしましょう」
「阿武隈……」
「提督への気持ちを考えるいい機会だったと思っています。これからは、大井さんの力を借りなくても、提督が振り向くよな女性になれるよう頑張ります!」
「ありがとう……阿武隈……」
「おう、お帰り」
家に帰ると、いつものように提督が料理をしていた。
「ただいま。着替えてくるわ」
自室で着替え、台所へ。
「!」
「…………」
「――昨日の材料が余ったから、肉じゃがにしようと思うんだ。材料、切ってくれるか?」
「うん」
「後は落し蓋をして煮るだけだな。出来たら呼ぶから、自室に戻っていいぞ」
そう言って、提督はソファーに座り、テレビを見始めた。
その隣に、私も座った。
「…………」
「阿武隈には謝ったのか?」
「うん……」
「何だって?」
「そんな事、微塵も感じてなかったって……」
「そうか」
テレビのニュースは、紅葉のシーズンを伝えていた。
「ごめんなさい……」
阿武隈の事に対しての罪悪感もそうだけど、心の奥底、自分でも気が付かない深い奥底で、提督の事を気にかけていた。
仲良くしたいわけじゃない。
けれど、喧嘩したままは嫌だった。
「俺こそ、叩いて悪かったな」
「痛かったわ……」
「悪かったって……」
「提督……」
「ん?」
「ありがとう……」
「――ああ」
もう、誰かを犠牲にして、この同棲を終わらせようとは考えない。
自分の力で、乗り越えて見せる。
そう、心の中で誓った。
翌日。
「ちょっと!」
「おう、おはよう。なんだよ朝っぱらから」
「あんたの下着が私のタンスに入ってたわよ! 変態!」
「スマンスマン。だが、変態は無いだろ」
「キモイのよ! ったく……」
相変わらず悪態はついてしまうけれど、嫌いだと言う訳じゃない。
「朝ごはんは?」
「今つくってるよ」
「……何か手伝うことある?」
「皿、並べてくれるか?」
「……分かったわ」
だからと言って、好きだと言う訳じゃないわよ?
「ここでいい?」
「ああ。もう少し待っててくれ。もう出来るから」
「早くしなさいよ。学校に遅れちゃうじゃない」
「分かってるよ」
でも、少しだけ。
ほんの少しだけだけど。
「ほら、出来たぞ。んじゃ、食べるか」
「いただきます」
「いただきます」
もう少しだけ、一緒に居てもいいかなって……思った……。
もちろん、私が成長するためにもって意味よ……?
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「別に……」
他意はない。
無いはずだけれど、私の中で、徐々に何かが変わりつつある。
「……美味しいわ」
「…………」
「何よ……」
「雪でも降るんじゃないかって思った」
「……言わなきゃよかったわ」
いや、勘違いか……。
――続く。