…………「大井」
…………提督の顔が近付いてきて――。
「…………」
目を覚ますと、まだ朝の4時だった。
「……またか」
最近、提督とキスをした時の夢を見る。
自分でも恥ずかしいと思うけれど、こればかりは止めることが出来ない。
「欲求不満なのかな……」
何に対して?
愛情?
それとも――。
「……走りに行こ」
「あー、私も良く見ましたよ」
「大和さんも?」
「えぇ、やっぱり、そういうことを望んでいるのかなって」
私が提督のキスを……。
いやいや……。
いくら好きだとはいえ、キスをしたいだなんて……そんなこと……。
「大井さんは、提督とキス、したんですよね?」
「一応……。演技だけれど……」
「もしかしたら、その衝撃が残ってるだけかもしれませんね」
だとしたら助かる。
「それか、欲求不満か……ですね」
「そうなのかしら……」
「だって、提督と二人で暮らしていると……一人の時間が……ね……?」
そう言うと、大和さんは目を細めた。
「な……! そういう話では……」
「どういう話です?」
「だから……! その……あの……」
「うふふ、何とは言ってませんよ。心当たりがあるのですか?」
「う……か、帰ります……!」
「また来週」
「ふぅ……」
シャワーを浴び、自室で体を休める。
『提督と二人で暮らしていると……一人の時間が……ね……?』
大和さん、絶対分かってたわ……。
全く……。
「…………」
でも……まぁ……そういう意味じゃなくてよ?
そういう意味じゃないけれど、一人の時間ってのも、最近は無いかな。
それがあの夢と関係があるとは思えないけれど……。
「一体なんなのよ……」
リビングへ行くと、既に提督が料理をしていた。
「おう、おはよう。もう朝食出来るぞ」
「あら、ごめんなさい」
朝食を取っている時、ふと気になった。
提督はどうなんだろう。
私と二人で暮らしている間、「そういう気」になったりしないのかしら?
男って、そう言うところは野蛮だと聞くし……。
まさか、私が学校へ行っている間に済ませてるとか?
「…………」
って、何考えてるんだ私は……。
「どうした大井?」
「へ? な、何でもないわ」
「なんか顔が赤いから、どうしたのかなと思ってな」
「シャワー浴びた後だから、ちょっと暑いのかもしれないわ」
「そうか」
うぅ……これじゃ本当に欲求不満みたいじゃない……。
朝食を済ませ、自室で本を読んでいると、提督がやって来た。
「せっかくの休日なのに、何処も行かないのか?」
「うるさいわね。私の勝手でしょ? っていうか、勝手に入ってこないでよ……」
今日は北上さんも阿武隈も用事があるとかでいないのよね。
どっかに行こうという気もわかないし……。
「すまんすまん。いや、もし暇なら、一緒に出掛けようと思ったんだが……」
一緒に……。
「どこ行くつもりなのよ……? 近場だったら無理よ。見つかるかもしれないし……」
「一応、遠くになるか分からんが、電車で二時間ばかし行った――という場所だ」
「それって、山の方じゃない。何しに行くのよ……」
「紅葉を見に行くんだよ。ちょうど、落葉が始まる時期らしい」
面倒くさい。
いつもはそう思うし、聞く直前までもそう思っていた。
でも――。
「嫌ならいいんだ。せっかくの休日だしな」
「別に……暇だし……付き合ってあげてもいいわよ」
「本当か? ありがとう。それじゃあ、準備が出来たら行こうか」
「もう行くの?」
「出来るだけ長い時間を向こうで過ごしたいんだ」
「…………」
いや、分かってるわよ?
「私と」とは言われてないし。
「俺も準備してくるよ。リビングで待ってる」
そう言って、提督は部屋を出ていった。
「本当、急な話なんだから……」
鏡の前で、いくつかの服を合わせながら文句を垂れる。
言葉に反して、その顔は緩んでいた。
「山の方だし、少し寒いかな……」
だからと言って、着ぶくれしてるのを見られるのも嫌だし……。
「……って、はしゃぎすぎてるわね」
もし、さっきのを断っていれば、久しぶりに一人の休日を満喫できたかもしれない。
欲求不満だと思ってたけれど、そっちを選ばなかったって事は、やっぱり違うのかな。
「…………」
いや、違う。
私が望んでいたのは、「こっち」だったのかもしれない。
欲求不満は欲求不満でも、「あっち」の欲求不満じゃなくて、愛情不足の不満。
キスする夢だったから、てっきり「あっち」系の暗示だと思ってたけれど、そうじゃないんだ。
……まあ、あくまで憶測だけれど。
「はぁ……」
でも、欲求不満である事に変わりはないのか……。
準備が済み、提督が先に家を出た。
その数分後に、私も追っかける。
現地の駅で集合する予定だ。
「電車の中でも一緒だったら、色々話も出来たんだろうけれど……」
今となっては、この関係が別の意味で煩わしい。
電車に揺られながら、そう思った。
電車に揺られて10駅ほど行った時、席の隣に提督が座って来た。
「な……!」
「よう。ここまで来ればいいだろ?」
「な、なにやってるのよ。現地集合じゃなかったの?」
「いや、二時間以上も電車に乗ること考えたら、結構つらくてさ。話し相手が欲しいなと思って」
それでわざわざ私を待ったのか……。
全く……いつもいつもそうだけど……どうしてこいつは……。
「……まあ、私も退屈してたし。ここまで来れば誰にも見つからないでしょうし……」
「悪いな」
どうしてこいつは、こうも恋心をくすぐるんだろう。
「ん? 何よその変なバッグ」
「カメラバッグだよ。写真を撮ろうと思ってな」
「ふーん……趣味なの?」
「ああ」
そうだったのか。
全く知らなかった……。
「紅葉もそうだけど、大井の写真も撮れればと思ってな」
「はぁ? 私の写真?」
「モデルになってくれよ」
「い、いやよ……。そもそも、私の写真なんて一体何に……」
そう言いかけて、やめた。
「何に使うのよ」と言いかけた。
使う……。
「お前のおばあちゃんに見せるんだよ。怪しまれないようにさ」
「ああ、そういう……」
……なるほどね。
何故かちょっとがっかりしている自分がいた。
「あとは、俺個人が、お前との思い出を記録しておきたいのもあるかな」
「あっそ……」
そう言って、顔を反らした。
車窓の景色は、都会のものとはかけ離れつつあった。
朝早くから出たおかげか、お昼前には到着した。
「やっぱり寒いわね」
「やっぱりという割には、ちょっと薄着なんじゃないか?」
「別にいいでしょ」
山を望むと、所々真っ赤に染まっていた。
「よし、登るか」
「いやいや、ケーブルカーがあるじゃない」
「大丈夫だよ。一時間半くらいで登れる程度だから。ハイキングみたいなもんさ」
ハイキングって……。
「それに、ケーブルカーも途中までしかいけないから、あまり変わらんぞ」
「山頂まで行くつもり?」
「そうだ」
軽い気持ちで来たけれど、ちょっと面倒かもしれないわね……。
「ほら、行くぞ」
面倒だと思ったけれど、勾配も弱く、比較的楽に進む。
「大井」
提督の方を向くと、一枚撮られた。
「まだ余裕の顔してるな」
「当然でしょ」
「辛くなったら言えよ」
こっちは元艦娘よ。
あんたの方が先に音をあげるに決まってるわ。
それからも、緩やかな道を行き、快調に進んでいった。
しかし、中間地点に差し掛かろうと言う時に、勾配が急に強くなった。
「ここ、結構急だな。体が重く感じる」
「本当ね」
一歩一歩が重い。
結構踏ん張らないと、体が前に進まない。
「大丈夫か?」
提督の方を見ると、大分前に進んでいた。
「えぇ」
とは言え、ちょっときつくなってきたかもしれない。
元艦娘とは言え、山となるとこうも……。
「ふぅ……ふぅ……」
「もう少しで中間だ。そこで一旦休憩にするか」
そう言って、提督は私の速度に合わせて登りだした。
「ふぅ……」
中間地点には、ケーブルカーの駅があった。
ここまではケーブルカーで来れるらしい。
「ほら」
「ありがとう」
提督から手渡されたお茶を一気に飲み干した。
「大井も、山だと普通の女の子だな」
「どういう意味よ……」
やっぱり、強い女だと思われてるのかな。
力も気も。
「ここからでも、結構いい景色だな」
遠くに街が見えた。
結構登って来た事が分かる。
「途中の紅葉、結構綺麗だったな」
「見る暇も無かったわ……」
紅葉もそうだけれど、提督との会話もあまり出来なかった。
途中で何度も距離に差が出来たし……。
「ここからは比較的緩やかに登れるらしい。時間はあるし、ゆっくり歩いて行こう」
「えぇ」
それから、提督と紅葉を見ながら、頂上を目指した。
道はほとんど平坦で、階段がちょっと多いくらいだった。
「大井、ちょっとそこに立ってくれないか?」
「こう?」
「撮るぞ」
されるがままに、撮られた。
「ねぇ、私の写真ばかり撮ってない? 紅葉を撮りなさいよ、紅葉を」
「紅葉もちゃんと撮ってるよ。ほら、お前と紅葉」
「そうじゃなくて……もう……」
自然と笑みがこぼれる。
「カメラ貸して」
「おう、いいけど」
「撮るわよ」
「え? ちょ……」
綺麗な紅葉の中、焦る提督の写真が撮れた。
「あははは! これは傑作だわ!」
「う……良く撮れてるのが腹立つな……」
「あー、楽しい」
あ……。
思わず口に出てしまった。
恥ずかしくて、徐々に顔が熱くなってゆく。
「そりゃよかった」
そう言って、提督は今日一番の笑顔を見せた。
「頂上まであと少しだな。頑張ろう。腹も減って来たし」
「……うん」
それから、まともに提督の顔を見れなかった。
頂上に着いた時には、既にお昼の時間になっていた。
「結構かかったな」
「写真ばっか撮ってたからよ」
頂上は結構広く作られていて、お店などが並んでいる。
人も結構多くて、レジャーシートを引いて、お酒を飲んでいる人たちもいた。
「こんな高い所まで登って来たんだな」
「絶景ね」
もし、私が行かないと言ったら、提督は一人でここまで来たのだろうか。
そうだとしたら、こんなにも良い景色だとは思えないだろうに。
私が一人でここに来たら、きっとそう思う。
「やっぱり、お前と来てよかった」
私の心を読んだかのように、提督はそう言った。
「……うん」
私も、とは言えなかった。
それから昼食を取って、下山することとなった。
「ちょっと待ってくれ」
「何よ?」
そう言うと、提督は周りの人に声をかけて、カメラを渡した。
「ほら、大井」
提督が私の肩を抱き寄せた。
「な……!」
「いきますよー」
「お願いします」
「はい、チーズ」
帰りの電車は、途中まで一緒だった。
「結構疲れたわ」
その言葉に、提督は返事をしなかった。
「提督?」
覗きこむと、提督は寝ていた。
「あらあら……」
あんなに元気だったのに。
いや、あんなに元気にしてたからか。
結構はしゃいでたものね。
「提督」
結構ぐっすり眠っているようだ。
「…………」
私は、そっと、提督の手を握った。
そして、そっと寄り添った。
「楽しい時間は……あっという間ね……」
いつもこうならいいのに。
でも、そうは出来ない。
私たちは、仮の関係だから。
そして、その仮の関係すらも、隠さないといけないから。
「隠さないといけない……か……」
北上さんにバレたら駄目。
最初は、そう思っていた。
だから、提督と一緒に入れないし、こうして遠出までしなきゃいけない。
でも、今は――。
「提督……」
家に着いた頃には、もう夕暮れだった。
少しして、提督も帰って来た。
「結構疲れたな」
「そうね。夕食作るのもちょっと面倒になったから、お弁当買っちゃったわ」
「助かるよ」
弁当を食べた後、今日撮った写真をテレビに出力して、二人で見た。
写真のほとんどに私が写っていて、時々提督の写真も出てきた。
「あはは! やっぱりこれ、傑作よ!」
「そんなに笑えるか?」
しばらく笑っていたけど、その時言ったことを思い出して、また赤面した。
「これ、頂上で撮ったやつだな。こっちの方が傑作だろ」
そこには、笑っている提督と、焦っている私が写っていた。
「う……あれは急だったから……」
「あ、でも」
次の写真では、お互いに笑顔だった。
「二枚撮ってたんだな」
色んな写真があったけれど、この写真が一番いいと思った。
「この写真、携帯に送れる?」
「ああ、出来るよ。欲しいのか?」
「……おばあちゃんに送るの」
「そうか」
写真を送ってもらい、自室へと戻った。
「…………」
提督の焦った写真。
それと、ツーショットの写真。
他にも何枚か貰ったけれど、ずっとその二枚だけを見ていた。
「楽しかったな……」
明日から、また普通の日常へと戻る。
少しの間だったけれど、提督と特別な関係になれた気がした。
「恋人がいる人は……いつもこうなのかな……」
もっともっと、特別な時間を過ごしたい。
こそこそとじゃなく、堂々と。
そして、もう一度――。
『やっぱり、そういうことを望んでいるのかなって』
「あながち……間違っていないかもしれないわ……」
堂々と……。
それには――。
「大井っち、おはよう」
「おはようございます、北上さん」
「休日にさ、こんな事があったんだー」
北上さんの会話は、全く耳に入らなかった。
それほどに、緊張している。
「大井っち、聞いてる?」
この壁を乗り越えなければ、先に進めない。
「北上さん……お話があります……」
止めてもいい。
でも、そう考えれば考えるほどに、昨日の事がちらつく。
「ん? どったの? なんか深刻そうだけど……」
それほどに、私は――。
「大井っち?」
私は――。
「実は私、提督と同棲してるんです――」
あの人の事が、好きになってしまったから。
――続く。