Postwar_Bride!   作:雨守学

8 / 12
8

「実は私、提督と同棲してるんです」

 

そう言った時、北上さんの顔は、不気味なほどに普通であった。

 

「あー、そうなんだ。あー……なるほどねぇ……」

 

「り、理由がありまして……」

 

事の経緯を説明し、今まで黙っていたことを謝った。

 

「そうなんだ。大井っちも大変だね」

 

「え、えぇ……」

 

「そっか……」

 

その顔は、どこか寂しげだった。

 

「あのさ、大井っち……」

 

「はい」

 

「……やっぱり何でもない」

 

それから、北上さんは黙り込んでしまった。

ショックだったんだと思う。

提督が、他の女と暮らしているだなんて知ったから。

 

 

 

「えぇ!? じゃあ……北上さんに話したんですか!?」

 

「えぇ……」

 

「どうしてまた……」

 

はっきりとした理由は言えなかった。

提督が好きだという気持ちだけは、阿武隈にも北上さんにも話せなかった。

 

「それで、北上さんは?」

 

「ショックを受けたのか、黙り込んじゃって……」

 

「やっぱり……北上さんは提督の事を……」

 

まさか、三人が三人、提督を好きになるなんてね……。

 

「北上さんがライバルかぁ……。ちょっと自信ないですけど……大井さんは私の事、応援してくれますよね?」

 

「え、えぇ……」

 

「待っててくださいね。同棲生活も、北上さんを奪われることも、どちらも終わらせますから!」

 

そう言って、阿武隈は席へ戻っていった。

応援……か……。

もし、私が提督の事を好きだって知ったら、あの子はどう思うのかしら……。

傷つけてしまうかしら……。

でも、言わないままというのも……。

 

「…………」

 

提督が好き。

それを二人に言ってしまえば、楽になれるだろう。

けれど、二人の気持ちを知っているからこそ、それが言えなかった。

 

 

 

お昼休み。

北上さんからメールが入っていた。

内容は、土曜日に遊園地へ行こうと言うものだった。

直接言えばいいものを、珍しい。

 

 

 

帰り道。

やはり北上さんはダンマリだった。

 

「北上さん、土曜日の遊園地の件ですけど……」

 

「うん……」

 

「集合場所は駅でいいですか?」

 

「うん……」

 

会話が続かない。

誘われた立場からすると、どういう事なのだろうと考えてしまう。

直接言わないで、メールでっていうのも気になるけれど。

 

「…………」

 

やっぱり、今朝の件と関係があるのだろうか。

だとしても、何故遊園地?

 

 

 

そんな調子で迎えた土曜日。

駅へ向かうと、既に北上さんが待っていた。

 

「大井っちー!」

 

「すみません。待ちましたか?」

 

「ううん。私も今来たとこだよ。それじゃあ、早速行こうか」

 

そう言って、北上さんは私の手を取った。

 

「にひひ」

 

いつもの北上さんの姿に、私は安堵した。

 

 

 

休日の電車内は、少しだけ混雑していた。

 

「大井っちと二人でどこかに行くの、何気に久しぶりだね」

 

「そうですね」

 

「誘われないなぁと思ってたら、大変なことになってたんだね」

 

大変な事。

提督との同棲の事だろう。

 

「え、えぇ……」

 

「提督との生活、どう?」

 

「普通ですよ」

 

「普通……か……。そっか……」

 

それを機に、会話は途絶えた。

 

 

 

「着いたー!」

 

「遊園地なんて、何年ぶりかしら」

 

「大井っち、何処から行く?」

 

「北上さんの行きたいところでいいですよ」

 

「そお? じゃあねー」

 

楽しそうな北上さん。

ダンマリな北上さん。

二人の北上さんが存在しているかのように錯覚する。

それほどに、ギャップは大きい。

 

「コーヒーカップだってー。行こう、大井っち」

 

「はい」

 

提督の件さえなければ、ギャップを不気味に思わず、この時間を楽しめただろうに。

 

 

 

「次はあれに乗ろうよー」

 

「そんなに急がなくても、時間はたっぷりありますよ」

 

「そうだけど。でも、少しでも長く一緒に居たいからさ」

 

その笑顔の影に提督を見た。

同じような事、言われたっけ。

 

「……大井っち?」

 

「え?」

 

「楽しくない?」

 

「そんな事ないですよ。楽しいですよ」

 

「……そう?」

 

「次、あれに乗るんですよね。行きましょう?」

 

「うん」

 

楽しくなさそうに見えたのかな。

提督の事、考えると駄目だわ。

今日は純粋に楽しみましょう。

北上さんも、提督の事は関係なく楽しんでいるし。

 

 

 

それから、北上さんと遊びつくした。

休憩なんて必要ないと言わんばかりに、北上さんは園内を駆け巡った。

手を引かれる私も同じように。

 

「あと乗ってないのどれかな?」

 

全部乗るつもりなんですね。

 

「ね、どれだと思う?」

 

そう言うと、北上さんは顔を近づけて、パンフレットを見せた。

そう言えば、今日に限って、北上さんがグイグイ来る気がする。

手もずっと握ったままだし……。

 

「あ……近いって……?」

 

「い、いえ。ただ、今日の北上さん、なんだかグイグイ来るなぁと思いまして。いつもは、私がグイグイ行き過ぎて、北上さんが嫌がる感じなのに。珍しいですね」

 

「……嫌だった?」

 

「別に嫌じゃないですよ」

 

そう微笑んだ私に対して、北上さんは真顔だった。

 

「北上さん?」

 

「……そう言えば、まだ乗ってないのあったね。観覧車……」

 

観覧車の方を見ると、時間が表示されていた。

 

「結構経ってるんだね。あれに乗ったら最後かな……」

 

北上さんは、一瞬、寂しそうな顔をした。

 

「行こう、大井っち」

 

「え、えぇ……」

 

 

 

観覧車は誰も並んでいなくて、すぐに乗ることが出来た。

前も後ろも、誰も乗っていない。

私たちだけなんじゃないかと思った。

 

「…………」

 

さっきの元気はどこへやら。

北上さんは外を眺めたまま、一言もしゃべらなかった。

 

「遊園地、来たかったんですね。なんだか意外です」

 

「うん……」

 

「……高いですね。学校、見えますかね?」

 

「うん……」

 

うぅ……また……。

一体どうしたんだろう……。

あの時と同じ……。

疲れたのかな……それとも、帰るのが惜しいとか……。

 

「大井っち……」

 

「はい」

 

「大井っちは……これからどうしようと考えてるの?」

 

「どうしよう……というのは?」

 

「同棲のこと。相手の人を見つけなきゃいけないんでしょ?」

 

「……えぇ」

 

この流れ……。

やっぱり、今日はこういう話をするためのものだったのかな。

遊園地で力を抜いて、最後に話を持っていくって言う……北上さんなりのやり方……。

 

「相手の人……見つかりそう?」

 

「いえ……まだ……」

 

「まだ……か……」

 

気まずい沈黙が続く。

 

「本当は……提督の事が好きなんでしょ?」

 

北上さんが真剣な目で私を見た。

私は、蛇に睨まれた蛙のように、何もできなかった。

 

「前にさ、提督が買い物してるところに遭遇したことがあったじゃん? あの時、大井っちと提督の間に何かあったんだって、なんとなく分かったんだよね。大井っち、なんだか動揺してたし」

 

心臓が、はち切れそうなくらい、大きく鼓動している。

 

「それが何かは分からなかったけれど、もしかしたら、大井っちは提督の事が好きなのかなって思った。それを確かめるために、提督とデートしたんだよね。そうすれば、阿武隈が見に来るって分かってたし、一緒に大井っちを誘うって分かってたから」

 

北上さんは、私たちがつけていたのを知っていた。

 

「結構大胆な事してたでしょ。大井っちがどんな反応するか、知りたかったんだよね。でも結局……私がそんなことをしていることにショックを受けたのか、それとも、提督が他の女とそう言う事していることがショックだったのか、分からなかった……」

 

観覧車は、徐々に頂上へと近づいていた。

 

「大井っち、言ったよね。北上さんは、提督の事が好きなんですか? って……」

 

嗚呼……。

 

「私はね……」

 

やっぱり……。

 

「提督の事……」

 

そうなのね……。

 

「好きじゃないよ」

 

ほら――。

 

「――え?」

 

「私が、提督の事、好きだって言うと思ったでしょ?」

 

「え……あ……その……」

 

「大井っちがそう言う疑いを随所に出していたのは知ってた。提督の事、好きだって思われてんだなーって」

 

「…………」

 

「それで確信したんだ。やっぱり、大井っちは提督の事が好きなんだって。でも、大井っちはそれを言わなかった。同棲している事すら……。おそらく、阿武隈には言ってたんだと思う。あいつ、急に大井っちに近づいてたから」

 

そこまで……。

 

「それって、私に気を遣ったんでしょ? そしてそれは、まだ、提督が好きだって気持ちに本気じゃなかったという意味もある……違う?」

 

私は何も言えなかった。

 

「でも、この前私に、同棲していることを告白した……。それは……提督との恋に向き合うため……。隠すの、辛かったでしょ? それから解放されたいという意味もあったんじゃない?」

 

何もかもを見透かされているような気がした。

でも、おかしい。

北上さんが提督を好きじゃなかったのなら、どうしてそこまで……。

 

「……もうすぐ頂上だね」

 

窓の外を見ると、遠く、私たちの町が見えた。

北上さんは、深く目を瞑って、ゆっくりと深呼吸をした。

そして、何かを決意したかのように、目を開けた。

 

「大井っち……」

 

「はい……」

 

「私……大井っちの事が好きなんだ……」

 

 

 

遠く、帰りの時刻を報せる音楽が聞こえた。

 

「え……と……それは……あの……」

 

「うん……そういう意味……」

 

秋風を受けて、観覧車が少しだけ揺れた。

 

「大井っちの気持ちを確かめたのはその為……。提督の事が好きだと思ったのは全部嘘……。当時はそんな事、微塵も思ってなかったよ。デートの本当の意味は、私の事、どれだけ好きか確かめただけ……」

 

そう言うと、北上さんはつまらなそうに頬杖をついた。

 

「私があんな事してショックだと思ってくれたのかと、最初は思ってた。だから、たくさん提督の事を話して、大井っちに嫉妬してほしかった。でも……大井っちはそうじゃなかったんだね」

 

「……いつから……私が提督の事を好きだと……?」

 

「さっきは最初からって言ったけど、本当に確信したのはさっきかな。電車の中で、聞いたじゃん。提督との生活はどうって……」

 

普通。

そう答えたはずだ。

 

「普通って答えたよね。ちょっと前の大井っちだったら、考えられない答えだよ。無理やらされてるんだから、「最悪」とかそう答えるでしょ? 悪く言えないほど、提督の事が好きなんだって思った」

 

「…………」

 

「提督と同棲していると聞いて、目が覚めたんだ。今まで、私が好きだから、色々悩んでくれてるのかと思ってたけれど、そうじゃないんだって。大井っちが提督を好きだと考えれば、辻褄もあうって……」

 

私は混乱していた。

北上さんが私にそう言う気持ちを持っているという事実。

私の思っていた結果とは、まったく違った事実が、そこにある。

まるで夢を見ているかのようだ。

 

「思い込みもそうだけど、気持ち悪いよね。自分でも分かってるんだ。でも……それでも……好きになっちゃったからさ……。仕方ないよね……」

 

「北上さん……」

 

「同性が好きなんじゃないよ。大井っちだから……好きなんだよね……」

 

どう返したらいいのか分からなかった。

私も、北上さんの事は好きだし、北上さんと同じような立場になっていたかもしれない。

でも……今は……。

 

「北上さん……私は……」

 

「うん……分かってるよ。あーあ、これが失恋かぁ。辛いわー」

 

そう、お道化た。

けれど、その目には、涙が溜まっていた。

 

「……もうちょっとで、地上に着きますね」

 

「……大井っち」

 

「はい」

 

「最後にさ……ギュッてしてもらっていいかな……」

 

私は、北上さんをそっと抱きしめた。

細い体が、小さく震えていた。

 

 

 

遊園地を出て、最寄りの駅まで、顔を合わせる事も、話す事も無かった。

けれど、その手だけは、しっかりと握られていた。

この手を放してしまったら、北上さんがどこかに行ってしまう気がして、怖かった。

 

 

 

「私、こっちだから」

 

そう言って、北上さんは手を放した。

 

「今日はありがとう。凄く楽しかった。いい思い出になったよ」

 

やめてよ……。

まるでこれが最後みたいじゃない……。

 

「じゃあね、大井っち」

 

そう言って、北上さんは歩き始めた。

 

「北上さん!」

 

その背中に、思わず声が出た。

 

「なに?」

 

「あの……また……一緒に遊園地……行きましょう!」

 

北上さんは驚いたような顔をした後、ニッと笑った。

 

「そしたらまた好きになっちゃうじゃん。次はハグじゃなくて、キスするからね」

 

「の、望むところです……!」

 

「なんてね。ありがとう、大井っち。また来週、学校でね!」

 

「はい!」

 

「にひひ」

 

そう笑って、北上さんは駆けていった。

さっきの不安は、もうすっかり消えていた。

 

 

 

家に帰ると、提督がソファーで寝ていた。

 

「だらしないわね……全く……」

 

提督を起こさないように、その隣に座った。

 

「…………」

 

思えば、この人と暮らしてから、色んなことがあったな。

良いことも、悪いことも。

 

「ん……あれ……?」

 

「あら、起こしちゃったかしら?」

 

「おう、お帰り……。いつの間にか寝ちまったようだ……。北上と出かけてたんだろ? 楽しかったか?」

 

「えぇ、とても」

 

「そうか」

 

どうしてこの人を好きになったのか、未だによく分かってない。

けれど、一緒にいて、こんなにも温かい気持ちになれる人、今までいなかった。

 

「晩飯……どうするか」

 

「外で食べない? 駅前のレストランとか」

 

「見つかっちゃうだろ」

 

「もういいの。北上さんにもバラしたから」

 

「そりゃまたどうしたんだ? 北上にだけはバレたくないとか言ってたのに」

 

「秘密よ」

 

「なんだそりゃ……」

 

これからは、もっともっと素直に、この人を好きになれる。

もう、私の気持ちに、嘘も隠し事も無い。

 

「それよりも、行くの? 行かないの? はっきりしなさいよ」

 

「遊園地から帰ってきて早々出かけるのか? 元気だな」

 

「そう言うものなのよ、乙女ってのは」

 

「ふっ……」

 

「……なんで笑ったのかしら?」

 

この気持ちを、今度は提督に伝えないといけない。

 

「まあいいわ。ほら、行くわよ」

 

「分かったよ。準備してくる」

 

今はそんな勇気はないけれど、時間がかかってもいいから、ゆっくりゆっくり、伝えていければと思う。

そして、いずれは――。

 

 

 

「おはよう、大井っち」

 

「おはようございます」

 

いつもの通学。

土曜日の事が嘘だったかのように、何も変わらない。

けれど、それが一番いいことなんだって、私たちは知っていた。

 

「ね、提督とはどこまでいったの?」

 

「どこまでって……」

 

「キスとかしたの~?」

 

「もう、セクハラですよ」

 

ちょっとだけ変わりはしたけれど、本質は変わらない。

そう、変わらない。

これからも、ずっと、変わらないはず。

 

「あ! 阿武隈だ! そぉっと近づいて……おりゃ!」

 

「わぁ!? って、き、北上さん!?」

 

「今日も前髪決まってるねー。うりゃ!」

 

「ぎゃー! 前髪がー!」

 

変わらない……はず……。

 

「大井っち?」

 

「え?」

 

「どったの? 急にぼーっとして」

 

「大井さん……見てないで助けてくださいよぉ……」

 

「――ごめんなさい。考えごとしていて。北上さん、学校に遅れちゃいますよ」

 

「あ、本当だ! 阿武隈、おんぶ&ダッシュ!」

 

「ちょ……くっつかないでくださいよー」

 

「…………」

 

――続く。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。