ビーストハンター   作:佐渡 譲

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ビーストハンター 第3話 「帰らざる波止場 」(10)

 大型の猟犬の足は驚くほど速い。とても人間の脚力でその追撃から逃れられるものではない。

 二人の殺し屋は、走りながら振り向きざまに銃を放って逃れようとしたが、弾丸はことごとく外れた。

 ドゥッ!たちまち二人の殺し屋は、追いついたボルテとランスロットに跳び掛かられて押さえ込まれた。

 大型犬の筋力は人間を遥かに凌ぐ。しかも訓練された猟犬は、真っ先に相手の武器を奪う術を知っている。

 二人の殺し屋は、すぐに拳銃を持った右腕を、ボルテとランスロットの鋭い牙で噛み砕かれてしまった。

「ギャァ~ッ!」殺し屋たちの悲痛な悲鳴が海岸にこだました。

 ジョーと沙羅が現場に駆けつけた時には、体をズタズタにされた二人の殺し屋は、息も絶え絶えの状態になっていた。

「離れろっ!ボルテ」ジョーはボルテにそう命じた。

 ズドーン!ジョーは、ボルテの鋭い牙に身体を引裂かれてもがき苦しんでいる男を、一撃で楽にしてやった。

 たくさんの犯罪者が苦しみながら死んでゆくのを目の当りにしているジョーは、シュンほど残酷にはなれなかった。

 だが、もう一人の殺し屋の方は、もうすでに手遅れのようだった。

 男の喉笛を噛み切ったランスロットが、吹き出す血を本能のままにペロペロと舐めていたからだ。

「やりすぎだぞ。ランスロット」ジョーがそう言うと、沙羅はランスロットを死んだ男から引き離した。

「ごめんなさい。しばらく狩りから遠去かってたものだから、感が狂ってるのね」

「まぁ、しょうがないさ。やってしまったものは仕方がない」

「ホント、犯罪者の死に様を見る度にいつも思うわ…ビースト法って嫌な法律だな~って」

「うん、俺たちの方がよっぽどビーストみたいだもんなぁ…お陰で、俺みたいなあぶれ者でも食ってけるんだけど」

 そう言って、ジョーと沙羅はやりきれない表情をして、お互いの顔を見合わせた。

 

 ボ~ッ!と遠くで汽笛が鳴った。

 ジョーと沙羅が海の方に目をやると、沈んだ夕日の残光に照らされた永泰号が、ゆっくりと彼方に去ってゆくのが見えた。

 この日、すべてを無くした一人の女が、たった独りで異国の地へ旅立って行った。

 彼女のその後を知る者は誰もいない。

 

 ネオ東京の市民を脅かしていた中国マフィア「ジャーダン」は、ビーストハンターの活躍によってこうして壊滅した。

 その後、警察や民間警備会社によるジャーダンの残党狩りの巻き添えを喰って、100人近い在日中国人が犠牲になった。

 中国政府は、これに反発して300人の日本人を国外追放にした。だが、彼らの抗議行動もそこまでだった。

 地球規模の気候異変と大災害に見舞われた両国は、互いの協力なくしては生きてゆく事すら難しかったからだ。

 

<残照>

 ジャーダンの事件が一段落着いた後、顔の広いツクモは、死んだ栄達から預かった妹の手術代を誰かに託せないかと探した。

 そして、他社のイェーガーが中国に長期出張に行く事を知り、栄達の遺品と共に、現金を妹に届けてくれるように頼んだ。

 しばらくして、その男が一時帰国する時に、福建の港町に日本料理を出す酒家(食堂)があると聞いて立ち寄ったそうだ。

 小奇麗な店の中には老夫婦と若い女将がいて、彼が日本人だと言うと、女将は近寄って来て日本の話を聞きたいと言った。

 そこで、彼があれこれと日本の話をしてやると、女将は目に涙を浮かべながらじ~っと聞き入っていたと言う。

 

 もしや、あの日独りで旅立った千恵子は、呉建勝がジャーダンから奪った金を持って、彼の実家を訪ねたのではあるまいか?

 やさしい千恵子は、息子の死を聞いて泣き崩れる親を放ってもおけず、帰国もできないまま福建に居ついてしまったとしたら…

 その金を元手に福建の港町で酒家を開き、かって愛した恋人の建勝の親の面倒を見ながら暮らしていたのかも知れない。

 彼に日本の話を聞いて、帰りたくても帰れない千恵子の望郷の想いが、涙となって流れ落ちたのではないだろうか?

 もしもそうだとしたら、建勝の親は、死んだ親不孝な極道息子の代りに、気立ての良い孝行娘を得た事になるのだが…

 今となっては、事実かどうかすら分からない。いずれにせよ、交錯する人の想いは、数奇な運命を織り成すものなのだろう。

 

ビーストハンター 第3話 「帰らざる波止場」 (完)

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