カンっと小気味の良い音があたりに響いた。すると10秒もしない内に中の見張りが戸を開け、出てきた。
―――いいぞ、もう一球だ。今度はは反対側の茂みの奥に投げろ
『うん』
うなずき、もう1つの石を言われた方向へと投げた。すぐに石が木に当たり、乾いた音が聞こえる。見張りは音が聞こえたほうに銃を向けながら、ゆっくりと移動していく。そのまま茂みの奥へと入っていった。
―――よし、最後の1球だ。もっと奥のほうへ思いっきり投げろ。
『がんばるよ』
大き目の石を選び、思いっきり反対側の茂みの奥の奥へと投げ込んだ。数瞬後、今度は地面に何かがあたる鈍い音が響き、それを聞いて急にあわただしくなった見張りの足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
―――よっしゃ、大成功だ、やったなミレイ。見張りの奴、大慌てで庭の奥のほうに居もしない侵入者を追いかけていったぞ
『うん、ありがとう、タンバ』
―――へっ、どういたしましてだな………だがまだ気を抜くなよ、ここからが本番だ
『わかっている、ここで気が抜けるほど馬鹿じゃないよ、僕は』
僕は立ち上がって見えもしないタンバへと、ふふんと胸をはった。
―――そうだったな、でもミレイは胸をはっても主張するものがないな
タンバの言葉で僕は自分の胸を見る。がりがりに痩せていて、胸のふくらみが見えない。触ってみてもあまりやわらかくはない。
『………これは痩せているせいだから、僕にもおっぱいはあるから!』
―――そうだな、うん、ごめんな
『ぜっったい、ここを出たらしっかり食べて、おっぱい大きくしてタンバを悩殺してやるから覚悟してね』
―――それは楽しみだ。よし、そろそろ大丈夫だろう、その胸を大きくするためにも屋敷に入るぞ
『わかったよ』
いろいろ言いたいことを封じ込めて、動き出す。今の会話のおかげで緊張がほぐれた。もしかしてタンバはこれを狙っていたのだろうか、いや考えすぎかな。ただスケベなだけな気がする。
引き戸をゆっくりと開いていくと、所々に明かりがともしてある長い廊下があった。
―――この廊下をまっすぐ、突き当りを左だ
『了解だよ』
ひたひたと小走りで廊下を通り過ぎていく。屋敷の中は不気味なくらい静かで気味が悪いほどだった。恐怖心がまた少しずつ募っていく。しかし足を止めるわけにはいかない。もうタンバを信じて、進むしか選択肢はない。
―――大丈夫だ、近くに人は居ない。心配するな
『うん、わかっている。気を使わせてごめんね』
―――気にするな、怖くて当たり前なんだからな。こんな不気味な屋敷
長い廊下を突っ切り、左へ曲がる。そこからきしむ階段を下へと降り、今度は右へ。迷路のような屋敷の中をタンバの言うとおりに進んだ。
―――よし、ここだ。
ひんやりとしたドアノブをにぎり、ゆっくりと扉を開ける。そこは書斎のような空間だった。部屋の奥には大きなテーブルがあり、右側の壁はずらりと本棚が並んでいる。そして左側の壁には僕の身長ほどもあるような巨大な金庫があった。
―――その金庫だ。番号を言うから空けてくれ
『うん……』
ゆっくりと金庫へと近づいていく。銀色の円状の細かいメモリの着いたロックを握った。
―――よし、まずは右に3つ、その次に左に9つ………
言われたとおりにロックをまわしていく。カチカチと金庫が立てる無機質な音だけが広い書斎に響いた。この静かな空間が、恐怖を駆り立て、無性に視線が僕の入ってきた扉へと向かう。
誰かが入ってくるのではないか、見つかってしまうのではないか、想像が恐怖を生む。
―――大丈夫だ、心配するな
そんな僕の様子を見て、タンバが気遣ってくれた。けれど嫌な予感が消えてくれない。これはただの恐怖が生んだ疑念でしかない、そう思っていても完全に恐怖心を拭うことはできない。
しかし今はただタンバの言うとおりに金庫を回し続けるしかない。
―――よし、最後だ。左に4つ回せ。それで空くはずだ。
『うん』
カチリと音が響き、金庫が空いた。ゆっくりとノブを握って開けようとするが、相当厚い扉のため、ろくに筋肉のついていない僕の身体では時間がかかった。
「……よいしょっと」
小さな声で気合をいれ、力いっぱい扉を引いた。するとゆっくりと鋼鉄製であろう堅牢な扉は開き、宝たちを開帳した。僕は思わず、眼を見開いて金庫の中の物々を見た。
「すごい………」
そこには色とりどりの貴金属や宝石が使われた装飾品や袋に満杯につめこまれた金貨や銀貨など、平民が一生働いても絶対得ることができないほどの財産が収められていた。
僕は恐怖心を一瞬にして忘れた。眼を輝かせて宝の物色に移った。
―――やったな、ミレイ。これで億万長者の仲間入りだな
『うん、全部タンバのおかげだよ! ありがとう! どれを持って行こうか!?』
―――おいおい興奮しすぎだ、まずは現金だな、その袋ごともらっていこう。宝石とか装飾品類はそんなに沢山は持っていけないから、高そうなやつだけ袋につめて持っていくぞ
『りょーかい!』
生まれて始めてみる大金の入った袋にどんどん宝石や装飾品を詰めていく。
しかしふと手が止まり、僕の視線は1つのものへと釘付けとなった。
それは1センチほどの小さな宝石だった。透き通るような輝きを見せるそれは、中心にまばゆい光を秘めており、眺めていると幾重にも見え方がかわり、まるで輝く湖面を眺めているような不思議な気分になった。
―――ん、なんだ、それ? ダイヤか? いやダイヤにしては大きすぎるな
『何なのかはよくわからないけど、きれいな宝石だね。欲しくなっちゃった』
―――じゃあもらっていけ、高く売れるかもしれないし
『これは売らないよ』
―――え、もったいないな、高く売れそうなんだが。それにしてもきれいな正12面体だな
『せいじゅうにめんたいって何?』
―――ああ、同じ大きさの面がきれいに12個繋がってできている物体のことだよ
『へえー、そうなんだ』
宝石の中央の光はゆらゆらと揺れ、姿を刻一刻と変えている。だんだんと宝石が光と外界を隔てる壁のように感じられてきた。綺麗な反面、外界を拒絶するような冷たい鋭利さをこの宝石は秘めている。僕はますますこの宝石を気に入ってしまった。
―――もうかなり袋に詰めこめたし、そろそろこの屋敷からおさらばするか
タンバの言葉にはっと意識が現実に引き戻された。
『そうだね、あんまり長く居たいところじゃないし、早く逃げよう』
僕がそう言って袋を持ち、立ち上がりかけた瞬間、
――――――ガチャ、
扉が開かれる音が背中に響いた。
「ぇ……?」
その瞬間、背筋が凍り、息が止まる。振り向くことができない、立ち上がることができない。震えが全身を駆け巡り、抱えていた袋から硬貨や宝石が擦れる音が響いた。タンバも言葉を発しない、無言の空間で、扉を開けた人間も動かない。
誰もが黙した空間は僕が一番聞きたくない声によって破られた。
「おやぁ、まさか庭の小屋に押し込んでおいた廃棄待ちのごみか、おまえは?」
ねっとりと、からみつくような気色の悪い声だ。こんな声の持ち主は一人しか居ない。大嫌いなガマガエル。小さな小屋に僕を押し込めて、2年間暴力を振るい続けてきた最悪の男。
壊れたブリキ人形のように少しずつ首と身体をひねり後ろを見た。肥え太り、カエルのような首が見えなくなるほどの脂肪を蓄え、はちきれそうなズボンに収まった腹もでっぷりとつきだしている。そして僕をみる蛇のような目。そこに居たのは間違いなく奴だった。