聖域使いが夜闇を斬る!   作:モアイ1号

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ちょっとだけ長めです


4話

「侵入者がいるかもしれないという報告を受けたから、念のためにこの書斎の金庫の確認に来てみれば、居たのは廃棄待ちのごみとは。おまえならば、守衛を連れてくる必要もなかったなぁ」

 

 その言葉と共に奴の顔が醜悪に愉悦に歪んだ。この男にとって奴隷を甚振るのは快楽なのだ。言葉で、暴力で弄び、壊す。壊され、狂った他の奴隷を何度も見てきた。僕は無感情な無機物のようになることで誰よりも長く、責め苦を耐え抜いてきた。しかし今、感情を取り戻してしまっている。今更無感情に戻ることはできない。正常な僕は奴の責め苦に耐えることはできないだろう。甚振られ、弄ばれ、最後は心も身体も壊されてしまうだろう。

 

 怖い。どうすれば。怖い。逃げる。どうやって。怖い。怖い!

 

『助けて、タンバ!』

 

 タンバのおかげでここまで来ることができた。タンバのおかげで人間に戻ることができたタンバならなんとか――――

 

―――………俺は……おれは……すまないっ! 逃げろとしか言えない! 俺は何かに触ることができない、誰にも見えない。ミレイを助けられない………っ

 

『そんなっ―――』

 

 奴は待ってくれなかった。いやみな声がまた響く。

 

「それにしてもどうやって金庫をあけたのだ? いやそもそもどうやってここまで来た? ………まぁ、後でじっくり聞いてやればいいことか。爪を剥ぎ、指を切り落とし、四肢を切り落とし、ゆっくり拷問してやろう。全部吐いた後は人の屋敷を荒らした罰として全身の皮を生きたまま剥いで殺そう。心配するな、知り合いに良い拷問官がいる。ゆっくりと甚振ってくれる」

 

 恐怖を刷り込むように気色の悪い未来を語ってくる。しかしその未来は十分に起こりえる。恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

 

『タンバっ、どうにかしてよ! 助けて! 私を人間に戻して、ここまで連れて来た責任を取ってよ! タンバのせいで僕は!』

 

―――すまない! すまない!

 

 当り散らす僕に、謝るタンバ。タンバの謝る声は悲痛で、泣いているような、全てを悔やむようなそんな声だった。その声は僕の眼を少しだけ覚ました。

 

 違う、タンバは悪くない。タンバは僕を人間に戻してくれた。5年ぶりに女の子として扱ってくれた。僕に希望をくれた。そんな恩人である、タンバに僕はなんて事を言っているのだろう。僕がタンバに言うべき言葉はそんなひどい中傷ではないだろう。

 

 僕が今、タンバに言うべき言葉は―――

 

『―――タンバ、ごめん、今までありがとう』

 

―――すまない!……へ………?

 

『タンバのおかげで人間に戻れた。タンバが居たおかげでこの3日間は夢みたいに楽しかった。本当にありがとう。僕は壊されてしまうかもしれないけれど、タンバは悪くないよ』

 

―――いや、違うぞミレイ、おれがっ! おれのせいで!

 

『違うよ、ここに来たのは僕の意思だ。人間になった僕の意思でここに来たんだ。つまりこれからどういう目にあおうと僕の責任だ。その責任を取り上げることは、僕の人間性を否定するということだよ。そんなことタンバはしないよね』

 

―――そんな……ミレイ、おれは………

 

 最後にタンバにお礼が言えてよかった。けれどそろそろ終わりみたいだ。

 

「さて、いくら話しかけても答えんようだし、こんなところに居ても時間の無駄だな。お前達こいつを地下の拷問部屋へ運べ」

 

 奴が守衛達に命令を下し、ぞろぞろと男達がこちらへやってきた。僕はしゃがみこんだまま動かない。もうどうしようもない。逃げ場はない。最後の抵抗として舌を噛み切って死んでやろう。そう思い、歯と歯の間に舌を入れたところで―――眼前の輝きに目を奪われた。

 

 小さな光だ。しかし見たことがないほどに力強い輝く何かが、しゃがみこむ僕の前に浮いていた。目を細めて見てみると、それはさっき眺めていた正12面体の宝石だった。

 綺麗な光だった。透き通るようで、外界を拒絶するような鋭利な輝き。絶体絶命の状況もこの瞬間だけは忘れ、一瞬で僕はそれに魅せられてしまった。

 

「―――綺麗だ」

 

 僕はふらふらとその光に手を伸ばし、掴んだ。

 

 ―――――瞬間、天啓のように頭に大量の情報が流れ込んできた。この光が何で、どうやって使うのか。どのようにできたものなのか。それらの知識をずっと前から知っていたかのように、ただ当たり前に情報を反芻することができた。

 

 この手の中で尚輝く光の正体と、使い方それがわかった。この正12面体はただの綺麗な宝石などではなかった。はじめてタンバと話した時に聞いた、この世に48個しか存在しない帝具の内の1つ――――

 

「―――乖離結界、サンクバングっ!」

 

 轟っ、風が渦巻き、近づきかけていた守衛の男達を吹き飛ばす。突然の風に僕も思わず目をつむった。

 

 風が収まり目を開けると僕の周りは半透明の殻のようなもので覆われていた。その光の殻はキラキラと光りながら、反射により刻一刻と見え方が変わる。

 

―――正12面体の結界……?

 

 タンバが驚いた声でそうつぶやいた。タンバの言葉通り僕は半透明の正12面体の結界ですっぽりと包み込まれていた。

 

「な、なんだ、なにがあった!」

 

 急に慌てたこえを出した奴に釣られて、確かめようと守衛の男達が僕にむかってくる。しかし僕を掴もうとしても誰一人触れることすらできなかった。

 

 半透明の殻のような結界が僕を完全に外界から乖離させていた。しまいには手持ちの剣で打ちかかってくる男もいたが、全てはじかれる。

 

「ええい、らちがあかない!」

 

 そう言って懐を探り取り出したのは、1つの拳銃だった。奴は躊躇なくそれを僕へと向けた。これには僕もひるんだ。銃を向けられたことなど、人生で初めてだ。不安がよぎる。

 

「おい、廃棄待ちのごみ、おまえ何をした!?」

 

 僕は答えない。黙っていると、奴はすぐに引き金を引いた。

 弾丸が発射される乾いた音と、硬いものにはじかれた甲高い音がほぼ同時に部屋に響く。

 

「………ばかな」

 

 奴の顔から冷や汗滴った。これまで銃が効かない相手などにあったことがなかったのだろう。当たり前のように奴隷やその他の者達を殺してきたのだろう。守衛も役に立たず、銃も効かない。奴は八方塞がりであるはずだ。

 いや、まだ奴にもひとつ安心する要素はある。僕が攻撃を仕掛けていないことだ。

 

「ええい、攻撃が通じないならもういい、そいつをそのよくわからない殻ごと拷問部屋へ運べ!」

 

 奴のその言葉により少し統制を取り戻した守衛達が僕をわらわらと取り囲み持ち上げようとする。しかし動かない。僕を包み込む結界は床に吸い付いたようにびくともしない。

 

 頭に流れ込んできたこの帝具の情報の通り、この結界は外界の接触を完全に拒絶している。この結界は僕を包んでいるただの箱ではなく、この空間自体に根を張っているものだ。だから動かそうとして動くはずがない。

 そしてこの帝具の機能は守るだけではなく、どうやら攻撃にも使えるらしい。僕は頭に流れ込んできた大量の知識の中から、この窮地を脱し、奴に復讐する手段を探し出した。

 

 この力があれば、この二年間僕を苦しめ続けた奴を殺すことができる。それだけじゃない。ここ居にいる全ての人間を一瞬のうちに皆殺しにできる。

 ふと奴隷として家族に父母に売られてからの5年間の長く、苦しかった時間が思い出された。

 

 11の時に売られ、始めは何が起こっているか理解できずに混乱し、事態を理解してからは絶望した。しかし本当の地獄は帝都についてから始まった。7ヶ月に及ぶ人間であることを放棄させるための調教。身体よりも心を徹底的に壊された。涙が出なくなり、やっと1人目の主人に売られた。

 

 それからはもっと酷い。殴られながら、笑うことを強制され、笑うことができなくなった。どんどん人間から遠のいていく自分に、もはや絶望すらできなくなった。

 

 飽きられたのか、2人目の主人に引き渡され、今度は飢餓の地獄が始まった。何ももらえず、たまに気まぐれで与えられたものは残飯でも食らいつく。まるで家畜だ。そのときにはもはや考えることをしなくなっていた。体は少しでも飢えから逃れようと本能のままに食らう。死ぬことはとうとうできなかった。

 

 3人目の主人である奴に引き渡され、今度はまた理不尽な暴力を振るわれる毎日がやってきた。しかしもはやそれを苦痛とは感じなかった。感じることができなかった。暴力の嵐が通り過ぎ、ふと上を見上げたときに、小さな小屋の中の天窓から見える空がやけに遠く感じたことだけを鮮明に覚えている。

 そしてタンバが現れ、僕を人間に戻してくれた。

 

 ながい、―――永い5年間だった。ついにこの地獄に終止符を打つ時がきた。

 

 ここでこのガマガエルのようなこの元主人を殺したとしても大した意味はないのかもしれない。いままで僕を痛めつけた人間のうちのほんの一人だ。しかし刻み付けられた痛みは消えない、壊されていった他の奴隷たちは戻らない。

 

 だから――――

 

「―――殺す」

 

 顔を上げた。慌てている顔の奴が見えた。気持ちが悪いほどに肉がついた醜悪な顔だ。その顔をにらむ。

 

「っひ、そ、その目はなんだ。廃棄前のごみが、なぜっ、そんなか、顔を……」

 

 僕の視線におびえたような声で、この期におよんで人をごみ呼ばわりしてくる眼前のガマガエルに言ってやる。

 

「僕は人間だ。ごみでも、奴隷でもない。今からお前を殺す、人間だよ」

 

「こ、殺すだと!? わしをか、そんなことができるわけが………っ」

 

 まだ僕が何も攻撃を仕掛けていないから状況を理解できていないようだ。きっちり自分の状態を理解し、絶望してから死んでもらう。僕は右手に握った強く光輝く帝具を前に突き出し見せた。

 

「僕はお前を殺せる。この光はお前の金庫からもらった帝具、乖離結界、サンクバング。至る所に空間を外界から乖離させる結界を作り出すことができる。殺す方法は、お前の首から上だけを結界に包んで、胴体から切り離してもいい。頭の周りを結界で包んで窒息死させてもいい。身体全体を結界で包んで、圧縮して殺してもいい。簡単に殺せる」

 

「………そ、そんな馬鹿な嘘をついても―――」

 

 奴の言葉はそれ以上続かなかった。

 

 カラン、と金属が床に落ちる音が響く。僕の近くに居た守衛の持っていた剣が綺麗に三つに割れ、柄だけを男の手に残し、刃は床に落ちていた。

 一瞬だけ結界を刃の上に発動させることで、刀身を切り落とした。

 

「この剣と同じようにお前を切断するのは簡単だって言っているんだよ」

 

 僕は殺意をこめて奴を睨み、呟く。声は小さかったが、妙に部屋に響いた。

 

 それを聞いた奴はカタカタと小刻みに震え始めた。それにつられて体中の贅肉がゆれ、見るに耐えない光景が作り出された。

 

「ま、まってくれ。分かった、今までのことは謝ろう。その金も全部おまえにやる。だ、だからっ、命だけは――――っ」

 

 出てきた言葉はあろうことか命乞いだった。その言葉は火に油を注ぐことにしかならないということを理解していないことが、余計に頭にくる。

 

「それをお前が言うの……? 今まで何人のそうやって命乞いした人間を甚振って殺してきた? 何人の奴隷を壊してきた? お前はその人たちの言葉を聞いた? ………違うよね、笑いながら無視してきたんだよね?」

 

「い、いや違う。まて、待ってくれ! 命だけは……命だけはっ!」

 

 この男の存在が何よりも腹立だしかった。

 

「さっき面白いこと言っていたよね。爪を剥いで、指を切り落として、四肢を切り落として、最後は生きたまま全身の皮をむいて殺すんだよね? 僕も同じ事をお前にしてあげようか?」

 

 そう言ってやると、奴はぶるぶると震えながらついに床にひざをついた。顔は脂汗にまみれ、声は甲高く震え、心底見るに耐えない。

 

「っひ、そんな……わ、わしが悪かった、だから殺さないで……」

 

「断る」

 

 本当なら奴がさっき言ったように全身の皮を生きたまま剥いで殺してやりたい。しかしそれをすると僕は奴と同じ畜生に成り下がってしまう。僕は人間だ。

 だから、

 

「死ね」

 

「た、頼む! 殺さないでくれ、やめてくれぇぇええええええ――――」

 

 ガコン、と奴の丸い頭が床に落ちて音を立てる。頭はそのままごろごろと床を転がり、壁にぶつかってようやく止まった。少し遅れて、首から鮮血が噴出し、床を汚す。胴体はごろんと地面に倒れた。

 壁にぶつかった奴の生首は油汗にまみれた顔で、目は泣き腫らしたように充血し、化け物にでもあったかのような恐ろしい表情で固まっていた。今までの所業を考えるに、ふさわしい最期だ。

 

 守衛達はいつの間にか逃げたのか、誰一人部屋には居なくなっていた。僕はしばらく呆然とした後、タンバに道を聞いて屋敷の外に出た。

 

 地面の草を踏みしめ、暗闇の中でひんやりとした夜風がほほを撫でる。息を吸い込むと湿った土と草の匂いが鼻腔を満たした。

 上をみると夜空に一際輝く満月が輝いていた。その光景はまるで月が僕の新たな門出を祝福してくれているみたいだ。

 

「……ようやく、終わったのかな」

 

 その日、僕は5年ぶりに人間に戻った。

 




奴隷編終了です。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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