ドーンッ、ドーンッ。遠くのほうから咆哮のような音が響き渡る。薄暗くなり始めた夜空に漂う三つの白煙が、祭りの開催を告げているようだ。
会場として、海浜公園が中心となっている。朝方なら海沿いのランニングコースである場所も、このときばかりは飲食や娯楽関係の露店が隙間なく立ち並んでいる。つるされた提灯が辺りをぼんやりと温かく照らしている。力強く叩かれる太鼓。透き通った音色の笛。それらによって奏でられる祭囃子が多くの人々を祭りの会場へと誘っている。まるでハーメルンの笛吹きみたいだ。
「プロデューサー、早く来てくださいよ」
カランコロン――足に履いた下駄が乾いた音を響かせる。僕は振り向いて、少し離れたところをゆっくりとした足取りで歩いている一人の男性に声をかけた。パタパタと手に持った団扇で扇ぎながら彼は「おいおい、そう急かさなくてもいいだろう、真」と、はにかみながら落ち着いた口調で言う。
「祭りはさっき始まったばかりなんだから、逃げはしないさ」
確かに彼の言う通りなのだが、やっぱりお祭りということもあり、楽しみのあまりに気持ちばかりが先行してしまう。
まだまだ暑い日が続いているけれど、暦の上ではもう夏が終わって秋になりつつある。このお祭りが終われば、きっと周りの雰囲気や景色も秋に傾いてくのだろう。なら残された夏の時間は短い。膳は急げだ。僕は彼――プロデューサーの空いている手を引いて足早に歩き出す。
「あっ、おい、真っ」
わたわたとまるで引きずられるように歩くプロデューサー。本当は逆に手を引いてもらいたかったんだけどな――と、歩きながら少し後悔する。いいや、まだまだお祭りは始まったばかり。これからプロデューサーにエスコートしてもらおう。
この日のために買っておいた浴衣が生暖かさの残る風に小さく靡いた――。
***
やきとり。たこ焼き。焼きそば。カキ氷に、わたあめ。まだまだ足りぬとばかりに、りんご飴を片手に持って人の行き交う道を歩く。「そんなに食べて大丈夫なのか?」と、プロデューサーが尋ねる。そっと空いた手を取りながら歩いてくれている。握られた手から、彼の温かな人柄が熱となって伝わってくる。夏だというのに温かいと感じるのはおかしいだろうか。ううん、これはきっと幸せなことなんだ。そう自分に言い聞かせながら、僕はりんご飴をひと舐めした。すごく甘い。緩んでいる頬は、きっとりんごのように赤いんだろうなと思う。
「あ、そうだプロデューサー。向こうの金魚掬いで勝負しませんか?」と、また浴衣の袖を引っ張りながら歩き出す。「仕方ないな」とつぶやいている彼の顔は、言葉とは裏腹に柔らかかった。
僕は気にすることなく、金魚掬いの露店へと着いてから財布の中から百円玉を二枚取り出して、店主の男性からポイとお椀をもらい、一組を隣に屈みこんだプロデューサーに渡した。「真剣勝負ですからね」と言う僕に対し、彼は「お手柔らかに」と答えた。
「負けませんよ」と、狙いを定め、捕まえようと懸命にポイを動かす。しかし、捕まえようとムキになって追いかけるほど、金魚たちはまるで僕の動きを読んでいるかのように巧みにポイから逃げ回ってみせる。そして、案の定ポイは破れてしまい、結局僕は一匹も捕まえられなかった。
収穫なしで肩を落とす僕に対してプロデューサーが「あはははっ、真、追いかけているだけじゃあ駄目なんだよ」と余裕ありげな様子で言った。若干からかいも含んでいたと思う。なんだか悔しくて、ぷくっと頬を膨らませる。
「そこまで言うならプロデューサー、ちゃんと捕まえられるんですか?」
「まあ、見てな」そう言って掬い上げるようにポイを動かした。ぽちゃんっという水音。窮屈なお椀の中を泳ぐ一匹の金魚がそこにいた。「なっ、言った通りだろ?」なんて得意げに自慢してきた。
――結局プロデューサーは、一匹捕まえただけで、次の金魚を捕まえようとしたときにポイを破ってしまった。わざとらしかった。でも、負けは負けだ。悔しいけど。
「どうして一匹だけなんですか?」と、僕が尋ねると「何匹捕まえても、結局数日コップかなにかの中で飼うしかできないからさ」と店主の男性から金魚の入った袋を受け取りながら言った。
「あっ、花火が始まりましたね」
ドーンッ、ドーンッ。姿の見えない花火が、暑い夏の夜空を振動させる。花火の音のほうに流れている人並みに乗りながら順路を歩く。離れ離れにならないように、プロデューサーが僕の手を握ってくれた。僕もそっと手を握り返した。
しばらく歩いて、ようやく花火が見える橋の上に到着した。もっと近くで見ようという人が後ろから歩いてくる。立ち止まれば邪魔になるかもしれないけど、僕たちはここで立ち止まった。
「花火を見るなら、これくらいの距離がちょうどいいかな」そう言いながら、プロデューサーは後ろから追い越していく人波に視線を移し、言葉を続ける。「でもなぜか、みんなは近づきたくなる。近いと大きな音で耳が痛いし、火の粉が降ってくると危ないのに。わかっているのに、止められない。まるで……男と女みたいだ。難しいな――」と、彼はパタパタと団扇を扇ぎながら、感慨深そうにつぶやいた。
「難しいですね……本当」さりげなく、僕は彼の腕に身体を預けるように組んでみた。
「きれいな花火を見るのにちょうどいい距離があるように、俺たちにも、きっとそういう距離があるんだろうな」花火が打ち上げられる音が、彼の言葉と重なる。
「きっと、花火くらいの距離がいいのかもしれませんね」
夏の夜空に咲く、大輪の花火。それが火の粉となって散ると同時に、僕の初恋も終わった。
そろそろ、ストックが切れてきたぞ……(あせあせ