ボーイ・ミーツ・ガール   作:クレナイ

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キーワード:逃げ水 アイドル:高垣楓


逃げ水

「あ、楓さん。この後予定とか入ってますか?」

 そう、突然に尋ねられたのは、レッスンが終わってから事務所でゆったりとしていたときのことだった。パソコンと睨めっこするように向き合っていたプロデューサーさんが、椅子を回してこちらを向いている。私も読んでいたファッション雑誌から視線を彼のほうへと向けた。

「いえ、予定などはないですけど」大方、飲みに行かないか、という誘いだというのは容易に想像できた。それだけなら、私は大歓迎だけれど。「でも、どうして私を?」と、聞いてみると。

「えっと……ほら、最近飲みに行ってなかったじゃないですか。だからですよ」と、少ししどろもどろになりながら言った。

 嘘だ。私はすぐにそう思った。

 彼女とうまくいっていないときに限って誘ってこないでほしい、というのが本音だったけれど、のどまでこみ上げて来ていたその言葉を呑み込む。それから、平静を装って「そうですね……それじゃあ、ぜひとも」と、了承の意を伝えた。内心複雑な気持ちだったけれど「それじゃあ、時間と場所は……」などと、当のプロデューサーさんは気づくはずもなく、淡々とこの後の予定を話している。だけど、私は「いいですね」と、相槌を打ちながら聞いている。

 お互いに帰りの手段が電車なので、駅近くにあるこじんまりとした居酒屋へと入る。安さが取り柄だけれど、それをよしとして利用するサラリーマンたちで賑わっている。

 畳の席を取り、移動する。木造のテーブルを挟んで、お互いに向き合うように座る。

 ドッカと胡坐をかいて座る彼に、どうしてか視線を注いでしまう。彼を構成するパーツ一つ一つを、見ていて飽きないと思ってしまう。一度医者に行って診てもらったほうがいいのかな……なんて、冗談を考える。

「さて……まずは一杯いきましょうか」

 おしぼりで手を拭きながら、プロデューサーさんは元気よく言う。あれだけ事務所を出る際には、疲れた、と連呼していたのに……大人って単純。そういう私も内心楽しみにしていたりする。こう考えている私も、やっぱり単純なのだろうか。それがクスリッと笑みに出る。

 テーブルに運ばれてくる生ビールの入ったジョッキと日本酒が入った徳利、お猪口。デコボコなカップリング。カンパイ、と掛け声一つ。お互いに容器を軽く持ち上げるだけにする。触れさせるのは、やっぱり雰囲気的に似合わなかった。

 プロデューサーさんは、ごくごくとビールをおいしそうに飲む。私もお猪口のお酒に口をつける。味わっているけれど、視線と意識は、動いている彼ののどぼとけに注がれる。羨ましい。嫉妬にも似た感情を、私は彼ののどを通っているビールに対して抱いていた。なんというのか、ここまでくればもう病的なものだ。もっと私に触れてほしい。それなのに、いつも彼が触れるものに、私は含まれない。どうして……。そう思うのを、何度もしてきた。

「なにかつまみでも注文しますか」と、プロデューサーさんが言うのに対して「酒のつまみのシャケ……フフ」と、私。

 お酒につまみも揃って、話にも花が咲く。話題は他愛もないこと。「最近は、楓さんからしてどうですか?」そう聞かれて、私は話し出す。レッスンのこと、ライブのこと、お仕事のこと。この前の日曜日、丸々太った猫と木陰でゆったりとしたこと。なるべく会話を途切らせないように、なおかつ、彼が面白がってくれるような話を続けるようにする。

 プロデューサーさんが笑ってくれると、私も自然と笑顔になるし、少しでも退屈そうな表情になると焦ってしまう。今までなら、こうして一緒にお酒を飲めるだけでよかったのに、ここ最近は、とにかく彼が笑って楽しんでくれるようにしていると思う。少しでも彼と一緒にいたいと思って、必死になっている。こんな私は健気……、それとも、滑稽……そんな女だったりするのだろうか。

 それなりに酔いが回ってきて、会話も弾んできた頃、突然プロデューサーさんの携帯電話のバイブ音が鳴る。長く続くので、メールではなく電話だった。

「ちょっと、すいません」

 会話に水を差してしまったことに、申し訳なさそうに謝りを入れてから、延々と続くようなコールに終止符を打つように電話に出た。私としては、出てほしくなかったというのが素直な思い。その電話をしてきた相手が誰なのか、彼を見ていれば予想は難しくなかった。手持ち無沙汰に、携帯を開いてみたけれど、新着メールはブランド店のブロマガの一件のみ。仕方なくそれを読んでいく。横目で彼の様子をうかがう。なんだか笑顔になったと思いきや、突然表情を引き締め、また、軟化させたりと忙しくしている。それでいて、何気に楽しそう――嫌な予感が頭をよぎる。

 電話を切ったプロデューサーさんが、私のほうに向き直る。それから、ええっと……、とか、申し訳ないんですが……、などと言い難そうに、なんとか話を切り出そうとしてくる。嫌な予感というものは、総じて当たるものだと、なにかで見たことがある。その通りだと、実感を持って思い知らされる。私は呼んでいたブロマガを閉じ、携帯電話をバッグの中にしまってから、努めて明るく言う。

「フフッ、彼女さんですね。なにが原因かはわかりませんが、仲直りしてくださいね」

「うわ、お見通しですか……、恥ずかしいな。俺のほうから誘ったのに、すいません」

「いいんですよ。早く行ってあげてください」

 スーツの上着や鞄を慌ただしく引っつかんで席を後にするプロデューサーさんの後姿が遠ざかっていき、そして、外へと出て行った。残ったのは私と彼が置いていった数枚のお札だけ。

 彼にはああ言ったけれど、本当はずっと一緒にいてほしかった。でも、それを言葉にするのは、やっぱり恥ずかしい。私のプロデューサーさんへの好意は、届きそうで届かない。手を伸ばしても、彼はするすると遠くへ行ってしまう、まるで逃げ水のように。

 触れようと追いかけても無駄だとわかっていながら、追いかけてしまう。子どもの頃、車を運転する両親に追いついてとせがんだことを思い出す。なにも変わっていない。自嘲気味に笑い、お猪口に口をつける。お酒は水のように冷たかった。




 ここまで「ボーイ・ミーツ・ガール」を読んでいただき、ありがとうございました。短編集ということで、全25話を投稿することができました。
 今シリーズは、これにて完結です。
 今後は新シリーズ「コーヒー・ブレイク」を投稿していく予定です。こちらも同じくアイマスシリーズの短編を投稿していきたいと思っています。タイトル通り、3000文字に収まるような、ちょっとした隙間時間で読んでいただけるような作品にしていく予定です。
 今後とも、よろしくお願いします。
 それでは。
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