ボーイ・ミーツ・ガール   作:クレナイ

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恋人関係になれなくてもいい、それでも一緒にいる時は、アタシだけを見て――。ダメなこととはわかっていても、おねーちゃんの彼氏に惹かれている自分を偽ることはできない。

※この作品にはややR-18的表現が含まれています。


飴玉

「あなたは本当にお姉ちゃんっ子なのね」

 

 昔、よくおかーさんに言われた言葉だ。

 そう言われるように、アタシはよくおねーちゃんが持っているものや買ったものと同じものがほしいとねだることが多かった。

 服も、靴も、絵本も、玩具も――。

 当時の周りの人たちは、おねーちゃんとまねをしたいのだろうとばかり思っていたのだろう。事実、アタシ自身もそう思っていた。

 でも、実際は違った。真似をしたかったのではなく、本当にほしかったのだ。そのほしかったものが、偶々おねーちゃんと被っていたということ。

 服も、靴も、絵本も、玩具も――アイドルになったのだって同じ。きっかけは声をかけられてスカウトされたというのだけれど、小さい頃からアイドルには憧れがあったからアタシは今アイドルとして活動している。

 それでも、ただ一つだけ手に入らないものがあった――それは……好きな人だ。

 

                *  *  *

 

 二人きりでいる時は、なるべく美嘉――おねーちゃんの話はせずアタシだけを見ていてほしい。好意のある異性に対してそう思うのは、なにもアタシだけじゃないはず。

 Pくんに対してそうお願いしたのは、なにも嫉妬心からではない。今だけはアタシだけのものという、独占欲的な感情もあったけれど、なによりもおねーちゃんと話をしていた時に、どうしても平静でいられないような気がして、怖かったのだ。以前おねーちゃんとPくんのことで話をしていた時、疑われるような挙動不審な態度をとってしまっていた。勘繰りを入れられて、今の関係がバレてしまうのを、なんとか未然に防がなければいけないと思っていた。

 Pくんは、アタシのお願いをすんなりと受け入れてくれた。「やっぱり女の子って、そうなのかな」と、昔から変わらない人懐っこい笑顔を浮かべ、何か勘違いしたようなことを言っていた。訂正することは簡単だったけれど、面白そうだったから、そのまま黙っていることにした。変な言い合いになっても仕方がない。

 アタシたちは、これまで喧嘩腰な言い合いをしたことはない。それはアタシとPくんがすごくラブラブしていることとイコールで結ばれるとは、必ずしも決まっているわけではない。

 アタシはCGプロダクションに所属しているアイドルであり、Pくんも同じくそのプロダクションに勤務しているプロデューサーだ。担当というわけじゃないけれど、一緒になることは時々ある。

 彼の気に入らないところ、今すぐにでも上げることができる。私物を片付けられないところや、女の子の扱いがなっていないところ、忙しくなると生活がだらしなくなるところ……などなど。もちろん、お互い様でアタシの気に入らないところをPくんも上げることができると思う。

 でも、それすらも愛おしいと思うことがある。

 多分、Pくんに対して好意をもっているとしても、どちらかというと大きな弟というよりかは、血のつながりがないからむしろ甥や姪、もしくは知人の子どもに対するそれに似ていたからだろう。もちろん、アタシの方が年下なのだけれど、その子が将来どんな人になるのかなどというのは抜きにして、とにかくかわいいからという無条件でかわいがる。

 Pくんの気に入らないところや欠点というところが、もしかするとおねーちゃんにとってはそうではないかもしれない。だから、アタシからそれを直してもらおうと促すことはしない。二人きりでずっと一緒にいると、いつの間にかそれすらも欠点でなくなっていることに最近気が付いた。

 それ以外にも、Pくんがおねーちゃんの彼氏であることも理由にあった。

 

               *  *  *

 

 仕事がオフで、一日を家で過ごしていた。アイドルとはいえ、現役中学生であるアタシも義務教育が免除されることはなく、手付かずだった学校から出された宿題をこなす予定だった。――だったというのは、今アタシがベッドに身体を沈みこませているからだ。

 やや疲れや気だるさで身体が重いけれど、満足感がポカポカッという温もりになって胸に満ち溢れていた。そっと手を伸ばした先にある、女性の胸とは違う、固く男性らしい筋肉質の胸板。しっとりと汗で濡れている。規則的な寝息とともに、その胸が小さく上下している。

 シングルベッドに二人が納まるためには、自然と身体を寄せ合うことになる。だから、アタシはPくんに抱きつく形で横になっている。太い腕で腕枕をしてもらっている。ちょっと固いけれど、アタシにはちょうど良い寝心地だった。汗の臭いと淫らな香りが混じり合い、鼻腔をくすぐる。

 ああ、アタシたちはさっきまで行為に及んでいたのだ。

 アイドルとプロデューサー。姉の彼氏とその妹。罪悪感がないわけじゃないけれど、背徳感の方が強いからか、まだ冷めやまぬ興奮があった。

 アタシもなんだか眠くなってきちゃった。生まれたばかりの状態で、さらに強く抱きつくようにして眠ろうとした。まどろみかけていたところで、突然バイブレーションの音が聞こえた。発信元は枕元に置いているPくんのスマートフォンだった。画面には電話の受信と送信者――城ヶ崎美嘉――の名前が出た。おねーちゃんだった。アタシは急いでP君を起こすために、「Pくん、電話だよ」と言いながら、身体を揺さぶった。

「ううん……」まだ眠たそうに、唸り声をあげながら上半身だけを起き上がらせる。枕元にある自分のスマートフォンを手に取って、電話に出た。

「あ、アタシ。さっきメール送ったんだけど、どうして返信くれないの?」

「メール? あーっ……ごめん、待ってたらついうっかり寝ちゃっててさ。今起きたばかりなんだ」アタシに背中を向けておねーちゃんと電話をしているPくん。なにを話しているのか興味があり、後ろから首に手を回すようにして抱きつく。小振りだけど、最近少しは成長したはず……の胸を押し付ける。Pくんは肩越しにアタシのことを見た。電話の相手がおねーちゃんということもあってか、焦っているみたいだ。

「結構待たせちゃったよね。ごめんね~、収録が長引いちゃって」

「いや、大丈夫だよ。美嘉が頑張っているのは、俺もうれしいことだからさ」

 

 そうだ。今日オフのアタシとは違って、おねーちゃんは大事な収録があったんだ。アイドルになって、初めての大きなお仕事に、朝から張り切ってたなもんね。うまくいったかな、おねーちゃん?

 

「そ……そう、かな? へへへ、なんだか照れちゃうな~」

 

 電話の向こうから聞こえてきた声が、若干上ずっているようだった。顔は見えないけれど、きっと今のおねーちゃんの顔は茹蛸のように真っ赤だろうと思う。ああ見えて、おねーちゃんは恥ずかしがり屋なのだ。

 

「それで――メールはまだ見てないんだけど、もしかして今日の予定について?」

「あ、うん……。せっかく久しぶりにデートできるはずだったのに、予定の時間とっくに過ぎちゃってるからさ~」

 

 変わって、落ち込んでいるようでトーンダウンした声が聞こえた。おねーちゃんから聞いただけだけれど、今日Pくんと二人だけで久しぶりのデートに出かける予定だったみたい。Pくんがウチに来たのは、おねーちゃんを待つためだった。でも、収録が予定していた時間よりも長引いちゃったみたいで、今に至っている。

 

「今からじゃあ、現役高校生が平気に出歩いていい時間じゃないからな。ううん――美嘉は確か、明日はオフだったよね?」

 

 Pくんの言葉を聞いて、アタシはふと壁にかかった時計を見る――時刻は大きな針が、数字の七を大きく越えようとしている頃だった。

 社会人になったPくんならまだましも、アイドルとはいえ、まだ高校に通っているおねーちゃんが出歩いていたら、人のことは言えないけれど、容姿からして警察官に指導を受けることになるかもしれない。

 Pくんは電話の最中、抱きついているアタシのことを面倒臭いとあしらうことはせず、まるでじゃれつく猫をあやすように、ずっと頭を撫でていた。目と鼻の先に電話があるから、アタシの息遣いが聞こえやしないかと、心臓がドクンッドクンッと大きく鼓動していた。密着させている胸を伝って、Pくんに知られているかもしれない。うわ、恥ずかしい~。きっと今のアタシの顔は、イチゴのように真っ赤に違いない。

 

「うん、そうだけど~? Pは明日仕事なんじゃない?」

「半日デートも無理かもしれないけど、ゆっくり夕食でもどうかなって思って。最近また、友だちからおいしい店を教えてもらってさ。本当は今日の予定だったんだけど、明日に延期しても無問題だからね――で、どうかな?」

「うんうん、全然オッケーだよ★」おねーちゃんのはしゃいだ声が聞こえる。いいな~って、アタシは羨ましく思う。

 

 声にしない代わりに、もっと強く抱きついてみる。自分からなかなか甘えられない、おねーちゃんにはできないことだけど――Pくんはさっきみたいな焦る様子は見せず、悪戯好きの妹を見るような視線を向けていた。いくら行為や好意を重ねても、Pくんはアタシに振り返ってくれない。今の関係が続いているのは、アタシ個人のわがままが原因であることが大きい。

 

「それじゃあ、明日――今日と同じ時間にってことでいいかな?」

「うん、わかったよ~★ あ、あと……えっと――デートも久しぶりなんだけどね」

「なんだ、いつまで経っても美嘉は初心だなー」からかうように話すPくん。

おねーちゃんとの付き合いは高校生の時からずっとだから、アタシに比べて話し方が自然だった。別段アタシと話す時に、変な隔たりのようなものがあるというわけじゃなくて、なんて言うか、言葉では言い表せないなにか決定的な違いがあるように思えた。

「ところでさ~、Pはどこで寝てたの?」

「美嘉の部屋」嘘だ。Pくんが寝たのはアタシの部屋にあるベッド。

 

 基本的におねーちゃんがいない時に、その部屋に入ることはない。いくら恋人関係にあるとはいえ、相手の部屋に無断に入るだなんていうプライバシーを無視した行動をするような人間ではなかった、Pくんは。

 

「ちょ、ちょ、ちょっとなんで勝手に入ってるのよ~!」嘘だと分かっているのはアタシたち二人だけ。知らないおねーちゃんはただただ慌てることしかできない。言葉にやや非難の色が混じっている。

「冗談だよ。莉嘉の部屋だよ」機嫌を損ねまいと、Pくんはタイミング良くネタ晴らしをする。電話の向こうで「えっ……ええっ!?」というおねーちゃんの驚いた声が聞こえた。

「莉嘉に変なこと話してないよね?」

「変なこと?」うん、どういうこと? アタシとPくんがタイミングよく首を傾げる。

「へ、変なことというか……あ~、とにかく変なことだよ、変なこと!」

「あやふや過ぎて、分からないぞ?」アタシも全然分からない。おねーちゃん、慌てるとなにを言いたいのか要領がつかめない時がある。まあ、そこがおねーちゃんのかわいいところの一つでもあるんだけどね。

「と、とにかく明日は楽しみにしてゆんだらからね!」一気にまくし立てるように言っているけれど、動揺しまくっている。Pくんはそれを楽しんでいるようで、クスクスッと笑い声を零している。アタシもそれにつられて声を抑えた笑いを零した。

 

 電話しているPくんに密着するほど近くにいることを、おねーちゃんにバレることはなかった。最後まで心臓の大きな鼓動は収まらなかったけれど、変な興奮を感じていた。Pくんは「それじゃあ、また明日。気を付けて帰るんだぞ」と言って電話を切った。

 ベッドの上にスマートフォンを置くと、Pくんはアタシの髪を乱暴になでまわした。でも、それは愛情表現の一つだ。

 

「あああん、もう。髪がグシャグシャだよ~」アタシは笑顔で抗議の声を上げる。「何言ってるんだよ。悪戯好きのかわいい猫にはちょうどいいお仕置きだろ?」コツンッと手のひらをグーにして軽く叩いた。

「おねーちゃんとのデート、残念だったね~」

 

 わざとらしくからかうように言う。そう言っているけれど、アタシの本音は良かった、ラッキーというものだった。おねーちゃんには悪いけれど、この時だけPくんはアタシだけの人になってくれる。Pくんはそう思っていないかもしれないけれど、アタシはそう思っていた。

 

「でも、今日はかわいいアタシとデートできて良かったでしょ?」

 

 言いながら、アタシはPくんにキスをねだる。こういうことを積極的にできる自分に、おねーちゃんと比べて優越感を感じられる。唇同士が軽く触れ合うだけのキス。

 

「まあな」強い肯定でも否定でもない言葉。どちらかというと、肯定に近い言葉。

 

 Pくんにとって、アタシとのこの時間は例えるなら、妹のわがままに付き合っているくらいの認識しかないのかもしれない。だって、Pくんの好きな人はアタシじゃなくて、おねーちゃんだもん。それなのに行為をするっていうのは、なんだかひどい――仲の良い友だちに話せば、みんな口を揃えて言うかもしれない。

 でも、もっとひどいのはアタシだ。身体や心を熱くしていた熱が落ち着いてくると、そう思ってしまう。アタシよりも、おねーちゃんがどれだけPくんのことが大好きで、大切にしているのかを伝えることは簡単だった。でも、そうしてしまえば、短くとも幸せを感じられるこの時間、関係が終わってしまうのではないかと思ってしまい、できないでいた。――やっぱりアタシはひどい。

 

「そろそろ帰ろうかな。寝ている間に、ご両親が来なかったのが幸いだったな」

「ウチの夕食は基本的に家族みんなで食べるから、おねーちゃんが帰ってくるまでは大丈夫だよ」

 

 どうせなら夕食を食べていけばいいのに、と言おうと思ったけれど、やっぱりやめた。ベッドから降りたPくんに続いて、アタシもベッドから降りた。湿り気を帯びた布団だけが、身体を覆っていた。

 Pくんが着替えを始めたので、アタシもタンスの中から代えの下着や衣服を取り出して、着替える。女性よりも、男性の方が脱ぐのも着るのも早い。Pくんの場合、脱がすのも早かった。アタシが着替えを終えた時には、Pくんはベッドに座り込んで待っていてくれた。口に何か含んでいて、モゴモゴッと転がしている。

 ラフな格好でアタシはPくんのことを玄関まで見送るため、部屋を出る。途中、Pくんはリビングにいる二人に挨拶をした。玄関のドアに手をかけ、出て行こうとする。「バイバイ」や「明日は、おねーちゃんをちゃんとエスコートしてね」と思い当たったことを言っておいた。

 

「分かってるよ」

 

 言葉が切れると同時に、唇が重ねられた。少し離れた先に二人がいるにもかかわらず、Pくんの方からキスをしてきた。つながった唇を通って、アタシの口に何かが入ってきた――小さくて、丸くて……そして、とっても甘いものだった。唇が離れると、口の中にある飴玉がコロリッと転がった。今日は甘酸っぱいレモン味だった。

 いつもポケットにいくつも飴玉を入れているPくん。どうしてなのって聞いた時、「疲れた時に甘いものが良いってよく言うだろ? 作業中に手を汚さなくて済むから、いつも持ち歩いているんだ。それに――」Pくんは苦笑いを浮かべて「――担当アイドルの一人にやる気を出させるために必要でもあるんだよ」と教えてくれた。

 

「アタシにしたことは、おねーちゃんにもするの?」からかうように尋ねると「ははは、まあな」視線を少し逸らし、照れ隠しのつもりなのか後頭部をかいた。多分アタシにしたこと以上のことをしてるんだろうな~ってわかっちゃった。

 

 それから「また事務所でな」と、いつもより明るいトーンで言うと、Pくんは帰って行った。気付いていなかったかもしれないけれど、Pくん、すごくうれしそうな顔をしてた。多分、明日おねーちゃんとデートができるからなんだろうな~。そうわかってしまうからか、少しだけ寂しかった。

 まだ少しだけ胸に残っていた温かさが、すっかり失せちゃった。Pくんを見送った後も、アタシはしばらく玄関に立ったままいた。口の中にあるレモン味の飴玉をコロコロッと転がして遊ぶ。もらった時よりも小さくなっているのがわかった。

 いつもどんな味の飴がもらえるんだろうって、ひそかな楽しみにしていた。でも、一人でもらった飴玉をなめている時は同時に寂しさも感じていた。飴が小さくなって、なくなっちゃうのは、まるでアタシのそばからPくんがいなくなるみたいだったからだ。最初は大きくて、甘いのに――次第に小さくなって味がなくなっちゃう。それでも、アタシは飴玉をなめ続けるしかできない。

 

                *  *  *

 

 その日、アタシはダンスレッスンを終えてから、待ち合わせの場所にしていたとある喫茶店へと向かった。

 休日ということもあって、喫茶店にはたくさんの人――家族連れや若いカップル、休憩中のサラリーマンがいた。天気も良く、テラスの席を利用している人たちもいた。その中の一角のテーブルに席をとっているおねーちゃんの姿を見つけた。おねーちゃんもアタシのことに気付いたみたいで、手を振ってくれた。

 

「もう、遅いぞ~莉嘉」

「ごめんね~♪ ちょっとレッスンに熱が入っちゃってさ」

「ふう~ん。莉嘉がねぇ」

「ちょっと、それってどういうことかな、おねーちゃん? アタシだってもう一人前のアイドルなんだからね」

 

 じゃれ合うような、他愛のない話をしながらウェイトレスさんが置いてくれたお冷を飲む。ここのお冷はただ冷たいだけじゃなくて、ほのかにフルーツの香りがするということで有名だった。若い女性客の多くは、これを楽しむという目的で来ることもあるという。フルーツの香りでPくんがくれる飴玉のことを思い出した。そういえば、おねーちゃん……この間のデートはどうだったのかな?

 

「ねえ、莉嘉……。アタシってこう、魅力がないのかな?」

「えっ……? おねーちゃん、どうしたのいきなり?」

 

 思考をフル回転させてみるけれど、全然理解できない。どういうことなのか、尋ね返そうとしたところでお冷がなくなっていることに気付いたウェイトレスさんがタイミング悪くやって来てしまった。注ぎ終えてから、おねーちゃんは一度話を中断させるためか、メニュー表をとって日替わりのケーキセットを注文した。十秒もせずに決定したのを見る限り、アタシが来る前からなにを注文するのかを決めていたみたいだ。突き出されるメニュー表と注文を待つウェイトレスさんの視線に板ばさみになったアタシは、しぶしぶ文字の羅列するメニュー表に視線を落とし――たっぷり一分の時間をかけて、特性パフェのセットを注文した。ウェイトレスさんが営業スマイルを残して、いなくなる。それから改めておねーちゃんに尋ねていた。

 

「それで、おねーちゃん――魅力がないのかなって……どういうこと?」もしかしなくても「Pくんとなにかあった?」

「……うん、ちょっとね」

 

 いつものカリスマというか、おねーちゃんらしさが影を潜めていた。端から見ても、落ち込んでいますっていうように肩を落としてる。アタシとは違って、二人は今までも何度か喧嘩をしたことがある。理由は聞けば呆れてしまうような小さなものだけど。今までは相談なんて受けたことがないけれど、今日のお茶に誘ってくれたのを考えると、今までの比ではないなにかがあったのかも――そう思うのは簡単だった。

 

「それで、なにがあったの?」

「なにがって――最近全然デートに誘ってくれなくて。最後にデートしたのなんて一ヶ月前だよ? し、シたのだってそれくらいだし」

「仕方ないよ。Pくん、最近忙しそうだもん」

「それは、わかるよ? だって、社長が次々に候補生をスカウトしてきて、Pくんにも何人か任せられたでしょ。仕事にも慣れてきたみたいだし、先輩プロデューサーみたいに何人も掛け持ちできるようになってるから仕方ないけど――メールしてもいつもの半分も続かないし、電話だって早く終わってほしいオーラがビンビンッなんだよ?」

 

 どうやらおねーちゃん――色々な意味でご無沙汰、欲求不満なようだ。アタシたちが所属しているCGプロダクションに、最近になってまた新しい候補生たちがスカウトされてきた。年下から同い年、年上まで年齢さまざま。本当、社長はどこでそんなにスカウトしてるんだろうって思う。運ばれてきた注文の品――特性パフェを一掬い口に運ぶ。ふんだんに使われたフルーツが贅沢なおいしさを味合わせてくれる。正面に座るおねーちゃんは、日替わりケーキをフォークで怨敵に対するように小さく切っては、ヒョイヒョイッと口に運んでいる。

 

「事務所でも全然話すこともできないし。かといって、他の担当アイドルとは普通に話してる。アタシが話しかけようとする時はいつも忙しそうにしているか、疲れていて話しかけるなオーラをビンビンッに出してるから……。忙しいのはわかってる。でも、ずっとゆっくり会話もできてない……。邪険ってわけじゃないけど、全然相手にしてくれないのは寂しいよ……」

 

 まるで底なしの沼にはまっていくように、おねーちゃんの口からは似合わない後ろ向きな言葉が零れ続ける。最後の一口をフォークに刺したまま、ジィッと見つめている。まるでこれを食べてしまったら、最後の幸せもなくなってしまうのではないかと思っているかのように。大げさすぎると、アタシは内心で苦笑いを浮かべる。底にあったアイスがすっかりドロドロッになっていた。パフェを食べるのをやめ、残っていたお冷を飲んで口直しをする。お冷を飲みながら、どんな言葉をかけたら良いのかと、必死に頭を働かせる。

 

「大丈夫だよ、おねーちゃん。Pくんとおねーちゃんはお似合いのカップルだよ」

 

 ようやく出てきた言葉は、根拠もなにもないものだった。

 

「そ、そうかな……」

 

 不安げな言葉だったけど、おねーちゃん自身は視線を逸らして照れた様子を見せている。お似合いのカップルという言葉は、満更でもなさそうだった。

 

「忙しくてもお互いを気遣ってるよね~。おねーちゃんは少しでも癒してあげたいと思っての行動だろうし、それにPくんはなんとか付き合おうとしてる。仕事ばっかりなのも、一杯の仕事をなんとか終わらせて、おねーちゃんと一緒に過ごしたいことの裏返しなんだよ、きっと。数は少ないって言うけれど、メールや電話は毎日してるんでしょ? いいな~、お互いに好き合ってるって憧れるなぁ」

 

 本心を言っているのに、アタシには自分の言葉がすべて嘘のように聞こえた。それは多分、おねーちゃんに隠れてPくんといることがあるからだ。最近はアタシも二人きりになることは少なくなっていた。

 少しは落ち着いたのか、おねーちゃんは照れたように微笑んでいた。学校以外では必ずといっていいほど薬指に付けているリングが、笑顔と同じくらい輝いて見えた。ひどいアタシには目を瞑ってしまうほど、眩しかった。Pくんの指にもお揃いのリングが付いているのを思い出す。給料三か月分というわけじゃないけれど、二人にとって大切なつながりを意味するものなんだろうな。

 

「うらやましいな~、アタシもPくんみたいな人と恋人になりたいな~☆」嘘だ――心に本音の声が響く。本物ではないけれど、アタシはおねーちゃんに隠れて恋人みたいなことをしている。バレないようにと必死になる。良かった、おねーちゃんに訝しむ様子はない。

「莉嘉は学校で告白とかされないの?」

「え~、だって男子ってみんなガキばっかだし。アタシがアイドルだからって、そればかりを理由に告白してくるんだよ? わからないわけじゃないけどさ、もっとこう、別の理由がないのかなって思うんだよね~」耳にタコができるほど聞いた台詞を吐き続ける男子生徒たちを思い出しながら、それをめちゃくちゃに混ぜ合わせるように溶けたアイスをスプーンで掻き混ぜた。バニラアイスとチョコレートシロップやらなにやらが混ざり、汚いものができあがる。――まるでアタシみたいだ。

「おねーちゃんはどうなの?」

「莉嘉の方がまだ中学生らしくて良いよ……。アタシなんて、ほら、どちらかというと悪ぶってるみたいに見られるからさ、そういう奴に声をかけられるわけ。適当にあしらってるけど、しつこいんだよね」

 

 おねーちゃんは「アタシはそんなに軽い女じゃない」って怒り心頭に呟いている。むしろおねーちゃんはその逆、ガードが固いんだよね。Pくんとの初めてだって付き合い始めて結構経ってからだったはず。その間、性欲盛りのPくんは悶々としてただろうな。

 その後もしばらく、アタシたちは喫茶店で話し込んでいた。話題はもちろんPくん。おねーちゃんから二人のなりそめを聞いたり、付き合い方のアドバイスを聞かせてもらったりした。流石おねーちゃん、堅実なお付き合いをしているみたいだった。

 それから帰るために仲良く一緒に駅に向かった。時刻的にたくさんの人で駅の構内やプラットホームはごった返していた。電車に乗ってから、あまり人と密着したくないということで、比較的空いている出入り口付近に避難した。ガタンッゴトンッと揺れながら走る電車の外に見える外の景色を眺め見ながら、今日の話のやり取りを思い出していた。おねーちゃんは本当にPくんのことが大好きなんだ。本気で恋をしている女性はきれいに見えるっていうけれど、おねーちゃんは普段アイドルをしている時よりもきれいに見えた。悔しいけど、アタシでは到底勝ち目がないくらいだった。

 Pくんについての話を聞かさせる度に、おねーちゃんの言葉の一つ一つが鋭いナイフとなってアタシの良心を突き刺していった。

 

「莉嘉ならすぐに良い彼氏ができるよ★」励ましてくれるおねーちゃん。妹のアタシのことを大切にしてくれている。アタシも同じくらいおねーちゃんは大切な存在だ。でも、アタシはそんなおねーちゃんにひどいことをしている。痛みも感じない傷をアタシはおねーちゃんに付けてしまっている。

ふと、休日出勤から帰宅する男女の会社員の密集帯に視線を向ける。一人のハゲ頭のオヤジが女性の身体をいやらしい手つきで撫で回していた。バレるかもしれないというスリルと快感の狭間にいるあのオヤジの姿に、なぜかアタシの姿が重なったような気がした。――その時、激しい嫌悪感を覚えた。

 

                 *  *  *

 

 アタシがPくんと今の関係になったのは、アタシよりも先におねーちゃんがアイドルとしてデビューして、少しずつ名前が広がりだした頃だった。

 小さくとも仕事が続いて、おねーちゃんは忙しくとも充実したアイドル活動をしているようだった。

 それに比べて、アタシはデビューを近々控えていたまだ候補生だった。レッスンをすることの以外は、家で勉強をしたり友達と遊んだりしていた。

 その日、Pくんは久しぶりのデートのためにおねーちゃんをウチに迎えに来た。担当が違うということで、二人の予定は滅多に合うことがなかった。アイドルとして忙しくしているおねーちゃんと同様に、Pくんはアタシたちと同じアイドルのプロデューサーとして東奔西走、忙しくしていた。

 いつまで経ってもおねーちゃんが帰ってくることはなかった。勝手におねーちゃんの部屋に上がらせるのもなんだったから、恥ずかしかったけど、アタシの部屋で待っていてもらうことにした。部屋でくつろぎながら、Pくんは何度もメールや電話をしているみたいだったけど、返事が返ってくることはなかった。

 二人はPくんが高校三年生、おねーちゃんが高校二年生の頃から付き合っていた。

 時々ウチ遊びに来ていたから、アタシも仲良くしてもらっていた。最初は「よかったね、おねーちゃん♪」、「なかなか優良物件じゃん☆」くらいの認識しかなかった。でも、何度も顔を合わせて、時々一緒に遊んだりしていくうちに、Pくんから視線を外せなくなっていた。一緒にいたり、話をしたりするだけで胸がドキドキしていた。昔からおねーちゃんの持っているものをほしがっていたけど、それが人でも同じだった。――アタシはPくんが好きになっていた。

 普段はいくら待たされても気にしないPくんだけど、その日ばかりは違っていた。苛立たしげに何度も携帯電話を開いては閉じを繰り返していた。アタシは提出されていた宿題に集中していたけど、時々Pくんを見ていた。あんまりしつこいから気になった。「ねえ、Pくん。おねーちゃんが来ないからなのはわかるけど、珍しく落ち着きがないね?」宿題の手を止めて、アタシは尋ねていた。

 以前とは違ってPくんはもう社会人ということで、時間を気にしちゃうのかもしれない。でも、これについては時間は関係ないようだった。

 二人のデートは本当に久しぶりだった。珍しく二人のオフが重なったから予定したみたいだけど、急遽おねーちゃんに仕事が入ってしまった。午前中のみということで、お昼から行くと予定を変更することは簡単だったみたい。それなのに、いつまで経ってもおねーちゃんが帰ってくる気配がない。それどころか連絡の一本も入らないときている。心配と不安を感じているみたいだった。

 Pくんもおねーちゃんもまだまだ若い盛りだ。異性には目移りしちゃうことだってあるし、性欲を発散したいという思いもある。いくら好き合っているからといって、まだまだ成人していない子ども同士の付き合い。いつ、どんなきっかけでその関係に亀裂が入るなんてわからない。たった一度の喧嘩でお別れだってないわけじゃない。中にはとっかえひっかえ恋人を変えている人だっている。

 それに、アタシもそうだけどおねーちゃんの容姿はかわいく悪ぶってるように見える。本当は表面とは真逆のどこにでもいる初心な女の子。でも、見た目はその人の印象を強く決め付けちゃう。そこから変な噂だって立たないことはない。Pくんはおねーちゃんが自分以外の男性と付き合っているのではないかと不安みたいだった。もちろん男友達はいるけれど、アタシが知る限り、付き合っているということはなく、ただ仲の良い男友だちというくらいだったはず。

 

「心配のしすぎだよ~☆」小さい子どもを慰めるように、Pくんの頭を撫でてあげた。

「子ども扱いするなよー」口ではそう言っているけれど、嫌がっているようではなかった。「でも、やっぱり不安だー」全然勉強せずに大事なテストを前にした子どものように頭を抱えてる。

 

 大きな身体を縮こませて、アタシのシングルベッドにゴロンと転がるPくん。思わずかわいいと思っちゃった。Pくんが来るとはいえ、部屋に招き入れることになるとは思わなかったので、いつも以上にラフな格好、肌の露出の多いものを着ていた。見る人によっては、ほとんど下着と代わらないかもしれない。だからなのか、羞恥とはまた違った熱が感じられた。

 おねーちゃんの持つものをほしいと思ってしまう――それは人であっても変わらない。おねーちゃんが帰ってくる気配はない。戻ってくるといっても、その時は必ず連絡を入れるはず。だから――チャンスだと思った。

 アタシはベッドの上を四つん這いで歩いて、背中を見せているPくんに抱きつく。薄い肌越しに、アタシの胸が当たる。Pくんは慌てたように立ち上がろうとする。でも、アタシはその上に乗って阻害する。「おい、いきなりどうしたのさっ!?」もっと小さかったらかわいい妹がじゃれついてきたと思うことで済んだかもしれないけど、アタシはそこまで幼くなかった。心だって、身体だって。

 

「それならPくん、アタシが抱きしめて安心させてあげる。ついでに、頭ナデナデしてあげるね☆」

 

 そう笑いながらアタシは言った。Pくんは子ども扱いするアタシに抗議の声をあげていたけど、無視してグイッと頭を抱き寄せた。それから安心させるように頭を撫でてあげる。それから自然な流れでキスをして、押し倒されて――。

 アタシはまだ自分の思いを伝えていない。Pくんと出会ってから、一緒に過ごす内に惹かれていき、好きになったこと。おねーちゃんがPくんを家に連れてきて紹介してくれた時から、アタシが好意をもつことの運命は決まっていたのだと思う。でもこの思いは――多分、きっとこれからも伝えることはない。

 

                *  *  *

 

「ど、ドンマイだよPくん……ハハハ」

 

 最後にとって付けたように笑い声を零したけど、アタシの顔は全然笑っていなかった。

 今ベッドで隣に座っているPくんが、今までにないくらい落ち込んだ顔を見せているからだ。そんなPくんの様子とは対照的に、指にはめられたおねーちゃんとお揃いのリングが蛍光灯の明かりを眩しく反射していた。

 アタシは休日とオフが重なって家にいたけれど、Pくんは休日出勤から戻ってきたばかりだ。なら、どうしてウチにいるのか――それは、今日がPくんの誕生日で、おねーちゃんとのデートがあるからだった。いつものように、Pくんがおねーちゃんのことを家に迎えに来たんだけど――「ごめん……急に仕事が入っちゃって」おねーちゃんからの謝罪の連絡。その仕事が終わってからでも十分楽しいデートはできるけれど、やっぱりPくんは残り半日をおねーちゃんとずっと過したかったみたい。「ハァ……」部屋の雰囲気まで重苦しくさせるため息をついてばかりいる。なんとか励まそうとするけれど、まるで言葉が届いていない。あれ、これと似たシチュエーションが以前にもあったような気がする。

 それにしてもPくんには同情するな~。せっかくの誕生日デートだっていうのに、肝心の彼女が仕事で忙しいだなんて。めっきりデートの回数も減っていたから、ここで一発大きなことをしたかったのかもしれないけど……計画破綻、しちゃったかな?

 アタシは消沈気味のPくんを抱きしめる。もうごく自然に、当然の流れでやってしまう行為。初めこそPくんも抵抗はしていたけれど、今では受け入れてくれている。アタシの伝えていない思いを受け入れてくれているわけじゃないけれど、うれしい気持ちは確かにあった。

 

「おねーちゃん、遅いんでしょ?」その言葉がスイッチとなって、おねーちゃんが本来いるはずのポジションにスルリッと入り込む。Pくんの顔に手を添えて、アタシの方に向かせて唇を差し出す。不意打ちにPくんは瞠目して驚いていたけれど、アタシのキスをすんなり受け入れた。唇同士が重なり合い、つながった一本の道を通って飴玉が送られる――蕩けるような甘さのイチゴ味だった。

 

 ピチャッピチャッという、水が弾ける音が部屋に響く。甘い雰囲気が部屋中を包み込む。不意にキスが止まり、Pくんと視線が合った。ここが最後の境界線。引き返すことだってできる。でも、アタシは止まれなかった。唇が動き、Pくんはアタシの言葉に頷いた。それに従うようにして、大きくて温かい手が身体に触れようとした――その時だった。

 ガチャンッ――部屋と向こう側を隔ててているドアが開けられる音が聞こえた。まるで身を潜めていた犯人が、警察に追い詰められた時のようなシチュエーションだった。それは言い得て妙だったと思う。ドアの先に立っていたのは、Pくんの彼女であって、アタシのおねーちゃんでもある城ヶ崎美嘉だったから。おねー……ちゃん?

 

「な、なに……、なんなの、これ?」

 

 おねーちゃんは、今自分の視界に映っている光景が信じられないという、呆然とした顔をしている。その視線はPくんを見て、それからアタシを見た。目があった瞬間、全身に震えが走った。興奮や快感からくる震えではなく、不安や恐怖からくるものだった。

 

「驚かそうかな~って思って、わざと遅く来てみたんだけど……」

 

 手にも垂れていたバッグが床に落ち、倒れる。その中から小さな包装された箱のようなものが転がり出た。多分、おねーちゃんがPくんのために買ったプレゼントだ。

 Pくんは慌ててなにかを言っているけど、おねーちゃんは聞いているのかもわからない。呆然と見開かれた瞳からブワッとダムが決壊したかのように涙が溢れ出ていた。そして、激しく嗚咽交じりに泣き出すのには十秒もかからなかった。おねーちゃんの口からは「どうして、どうしてなの……」という言葉が繰り返し聞こえた。

 アタシもなにか言わないといけないと思い、必死に思考をめぐらせる。だけど、おねーちゃんの登場で回転の運転が遅くなっていたからか、全然思い浮かばなかった。床にへたり込んでしまったおねーちゃんの泣き声。部屋の外から異変に気付いた両親が走ってくる足音。どうすることもできずに慌てふためいているだけのPくん。

 アタシは口の中にあるイチゴ味の飴玉を必死になめていた。だって、回転の鈍くなった思考に活を入れるには甘いものが良いってPくんが言っていたから。なめればなめるほど、舌全体に甘実が広がって、唾液がイチゴ味に変わっていく。それなのに、飴玉はドンドン小さくなっていく。多分、きっと飴玉がなくなった時、アタシの幸せはなくなってしまうんだろうな。

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