ボーイ・ミーツ・ガール   作:クレナイ

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お子様ランチ

 幼い頃、両親と外食をする時は決まってファミリーレストランに来ていた。

 その当時から周りに気を遣っていた私は、あまり高いものを頼んではいけないと無意識のうちに思い込んでいた。両親はそんな私に対して、なんでも頼んで良いと言ってくれた。高いものは頼みたくないけれど、やはりおいしそうなものはそれなりに値段が張る。どうしようかと思っていた私の目に留まったのが――お子様ランチだった。

 

                   *  *  *

 

 春が終わりを告げようとしている、この時期。窓を開けて、外を眺めれば、アーチを形成するようにして並んでいる桜並木の枝木から桜の花びらが離れて地面に落ちてしまっているのが見える。

 季節はこうして節目を迎えて一つが終わり、また新しい季節が始まる。前の季節の名残をズルズルと引きずらず、古いものはすっぱりと切り捨てている。――それに比べて私の人生には、四季のように色鮮やかさはなく、切り捨てる名残さえなかった。

 私はいつものようにレディーススーツに身を包み、最低限の薄化粧を施す。飾り気のある装飾品はほとんどなく、唯一あるのは付き合っている男性から送られたネックレスくらいだった。いったんそのネックレスを手に取ってみたけれども、どうしても付けていこうという気が起きなかった。

 鏡を見れば、まるで仮面が張りついているような感情に乏しい見慣れた顔が映る。感情の起伏が小さく、いわゆるポーカーフェイスというのだろうか、秘書としては非常に真面目ということで“女性社員の鑑”などと高い評価をされているようだが、裏では“鉄の仮面を被った女”などと聞いてもあまりうれしくはない評価があるようだった。しかし、それは事実であり、私自身も自覚していることではあった。

なんというのか――仕事が趣味なんていう私にはぴったりの名前ではないか。

 私はトートバックを肩にかけて、会社に出勤することにした。

「ねえ、留美。そんな毎日で退屈じゃないの?」

 

                 *  *  *

 

 ある日の日曜日。デートのお誘いがなかったため、私は近場の喫茶店に来ていた。

問いを投げかけてきたのは、私の大学時代の友人だ。あまり人付き合いに積極的ではなかった私になにかと世話を焼いてくれた。普段はお互いに会社勤めだから会うことはないけれど、時々予定が合った時は、こうして一緒にお茶をすることがあった。

 

「別に、それなりに充実してるわよ?」

 

 私は注文したケーキセットについてきたコーヒーを一口飲んでから、答える。カップをソーサーに戻したと同時に、友人が口を開いた。

 

「嘘ね」――バレた? おかしいわね、いつも通り振舞っているつもりだったのだけれど。

 

 友人は身体を乗り出すようにして、私に顔を近づける。私の返事に納得のいっていない表情だった。

 

「わたしだったら、仕事詰めの毎日なんてとても耐えられないわ。だって全然魅力がないじゃない」

 姿勢を戻してから、大げさな身振りを見せながら言った。

「あなたは仕事にいったいなにを求めてるの?」思わずあきれ顔でそう聞いてしまう。

「そりゃあ――やりがいでしょ」友人は少し逡巡してからそう答えた。「わたしの仕事はファッションデザイナー。どれだけモデルやアイドルのことを引き立てられるか、腕が成るってもんでしょ」

 

 彼女は衣服のデザイナーとして、小さな会社に勤めている。私と比べれば給料は見劣りしてしまうけれども、彼女は全然気にしている様子はない。むしろ私よりも生き生きしているとさえ見えた。当然かもしれない――なにせ、自分の仕事の話をする時の彼女の顔には、私には眩しすぎるほどの笑顔が浮かんでいるから。――それに比べて私はどうだろうか。聞かなくてもわかる。きっと仕事の話をしている時の私は、仕事をしている時とあまり変わらない、鉄仮面を被ったような顔をしているだろう。

 月のように自分だけでは輝くことのできない私は、太陽のように自ら光を発している友人を羨ましく思っていた……。

 

「そういえば、留美。彼氏とはどうなの? 確か社長の息子だったよね」友人は自分が恋愛をしていないからって、根掘り葉掘り人の恋愛状況を聞きだそうとしてくる。「わたしにできなくて、留美にできるのはおかしい」などと、なんとも理不尽な理由からの行動だった。

「あなたの方が、私みたいな仕事が趣味だなんていう女よりもモテるでしょうに」

「なによぉー、自分が将来有望株の人と付き合えているからって」私の言い方が自慢するように聞こえたのか、友人は口を尖らせながら抗議するように言った。

 

 彼女が言うように、確かに今付き合っているあの人と結婚すれば、将来は安泰だということはわかっている。

 

「将来有望株ね……。普通はそう思うんでしょうね」

 

 だけれど、私の本音はそれとは真逆だった。街中を歩いていれば、若い女性の視線を集めるだろう整った容姿。将来は父親の後を継いで社長に就任することは確定事項であったため施された英才教育による学歴は高い。パーティージョークも上手く、場を盛り上げるセンスというものもある。欠点を見つけることのほうが難しい、非の打ち所のない男性だった。

 女性であれば、結婚したいと当然思うだろう。事実、目の前に座っている友人は会う度にそう言っている。それを聞くと、考えの違う私はおかしいのではないかと思ってしまう。

 でも、どんなに完璧なように見えても、やはり人間は所詮人間なのだ。無意識のうちに、私が少しだけ陰のある表情を浮かべていたからか、友人は申し訳なさそうに後ろ髪をかきながら、「ああっ……、うん。ごめん、留美。あんなことがあったばかりだもんね」と謝罪してきた。

 

「もう、気にしてないわ」そうだ、もう気にしていない……。

 

 どんなに完璧なものが表面に揃っていても、内面が同じようにそうであるとは限らない。人間なのだから、必ずどこかに齟齬がある。神様でもないのだから、完璧超人なんて人はいない。そんな人、夢のまた夢でしかない。

 私はすっかり冷たくなったコーヒーにまた口をつけた。

 

                  *  *  *

 

 その出来事は、今日からちょうど一週間前のことだった。

 きっかけとなったのは、とある取引相手先の常務を接待していた時に起きた。今回の取引が上手くいけば、会社はさらに発展することができると考えられていた。だから、当然相手先の常務の機嫌を損ねてしまわないようにしなければいけなかった。会社一丸となっており、気合の入れようは並々ならぬものだった。普段はあまり利用することはない、高級感あふれるに足を踏み入れた時には雰囲気だけで緊張感が高まった。そこは和式の旅館と一体になっていることもあり、私は別の案件のことでも緊張感を覚えた。

 厳かに始まった夕食だったが、酒が進めば当然回りは賑やかになる。普段は部下たちに厳しいことで有名な部長も、この時は顔を真っ赤にさせて態度を軟化させていた。一人女性である私は相手先の常務の相手をすることになっていた。相当酔いが回ってなのか、それとも彼の本性なのか、目に見えて態度と言動に卑猥さが増していた。彼の腫れぼったい手のひらがストッキング越しに私の脚に触れた。さりげなさを装っているように見えて、あからさまに下心からの行為だった。徐々にその手が上に上がるにつれて、背中に走る寒気のようなものも強くなっていった。

 

「秘書ということで真面目そうだが、君も女だ。男とすることは好きだろう?」

 

 抱き寄せるようにして、腕が身体に回される。耳元で囁かれ、酒臭い息が鼻をついた。セクハラ行為であるが、これくらいはあって当然だと思っていた。もちろん覚悟はしていた。その分だけ、落ち着いて対応することができた。

 

「それは――本当にお互いに好き合っている仲であれば」

「なるほどな――ならば、私とはどうかね?」そう言うや否や、いきなり厭らしく足を撫でていた手がスススッと上へとスライドした。その手は止まることなく、スカートの中へと入り込んできた。――好き合っている人のそれとは違う、生理的嫌悪感を覚えるものだった。

 

 とはいえ、強く拒絶の意を示すわけにもいかず、やんわりと抵抗するようにスカートの中にあるその手の動きを制止させようとするとともに、密着している身体を離そうと胸を押すようにした。しかし、かえってそれが性的興奮を助長させたのか、制止の手を振り切ってさらに奥へと侵入してきた。回されていたもう片方の手がスーツを脱がせ、ワイシャツの上から胸を撫で回す。

 同席していた部長たちに助けを求めようと、彼らへと視線を向けた。そこには、気遣いや助けようという様子を見せる彼らはおらず。むしろ逆に、私たちのことを肴にして気楽に酒を飲んでいた。――なんて人たち……。

 私はこの時怒りや悲しみ、情けなさ、やるせなさといったさまざまな感情が混ぜ合わさったような苦さを味わった。二度と味わいたくないものだったけれど、この時だけは私にとってはアクションを起こすための燃料代わりになってくれた。――次の瞬間、私の手は料理の並んでいるテーブルの上へと伸ばされ、半分ほど残っている徳利を手にした。完全に無警戒の状態でいる常務。手に取った徳利をそのまま持ち上げ、傾けた。「ぎゃあああっ!?」料亭の喧騒を切り裂くような悲鳴が上がった。徳利に入っていた熱燗が変態常務のカッパ頭に注がれたのだ。「そういえば、カッパは水分をお皿から補給するのよね。お酒が足りないようなので、どうぞお飲みください」この時の私はどうかしていたと思う。――これが俗に言う、キレるというものだったのだろうか。

 

                  *  *  *

 

 当然のことながら、取引は白紙になってしまった。やってしまった後なので、あとの祭りだ。しかし、不思議と後悔を感じていなかった。むしろざまあみろという気持ちの方が強かった。――もちろん、口にはしなかったが。

 

「わ、和久井! 貴様なにをしでかしたのか、わかっているのか!?」

 

 出社早々に部長たちから話を聞いていたのか、社長に呼び出しを受けた私は、案の定叱責を受けていた。それなりに歳であるし、高血圧を抱えているのだから朝早くからそんなに頭に血を昇らせていても良いのだろうかなどと、私は変なところに気を回していた。――彼氏の父親なのだから、気になって当然でしょう?

 

「我が社のためと思えば、一度や二度のセクハラに目を潰れんのか!? おかげで、莫大な利益となったはずの取引が白紙になってしまった。我が社のさらなる発展のきっかけになったかもしれないというのに……少し目をかけてもらえているからといって調子に乗っているのか、貴様は!?」

 

 とんでもない。なにを言っているのか、この社長は――目の前の社長が口にする言葉一つ一つが石炭となって稼働炉に放り込まれていく。速度メーターならぬ苛立ちメーターは上昇が止まる気配がない。このままいけば、オーバーヒートすらしそうな可能性があった。

 正直な話、あんな人間が上役を勤めている会社が、はたして社の発展に貢献するかどうか――私はどうしても首を捻ってしまう。そんな会社の明るい未来があるとは思えなかった。そう考えるのなら、今私が勤めているこの会社も同じということにならないか。

 大学を卒業し、多くのものを犠牲にしながら頑張ってきたけれども、はたしてそこに友人が言った“やりがい”というものはあるだろうか。以前ならばそれなりにあったかもしれないけれど、今ゆっくりと見渡してみるとそれらしいものは一切見当たらなかった。――この仕事には、もう魅力はなかった。同時に、私自身にも……。

 

                 *  *  *

 

 会社を辞める前に、付き合っていた彼氏――つまり、社長の息子とは別れていた。

 父親の社長はああ言ったけれど、彼ならまだ私のことを考えた言葉をかけてくれるかもしれない、そんな一縷の期待を胸に、ベッドの上に座りながら尋ねた。しかし、彼は、「なにやってるんだよ、お前」開口一番、私に非があるという言葉が投げかけられた。確かにそれは間違いではないのだけれど、私が望んでいたものとは違っていた。

 さらに彼は続けざまに、「もし取引が成功していれば、俺が社長になった時にもっと楽になったかもしれないっていうのに。おかげで負担が大きくなったかもしれない、ハァ……」私は絶句の表情を浮かべていたと思う。彼の言葉をすぐに理解、信じることができなかった。でも、立ち直るのが早かったのは、心のどこかでどうせ彼も――という思いが少なからずあったからなのかもしれない。だから私は彼をにらみつけるようにして、「自分の彼女が、他の男に抱かれても……あなたは我慢できるの?」それに対して彼は、「必要なら仕方ないだろ、会社のためならなおさらだ」と、迷いなくスラスラと言い切った。

 

「嫌な思いしたろ、留美。だから、今日は俺が――」確かに私は身体を触られただけで済んだけれど、嫌な感覚を払拭しようと思い、求めようとしていた。そのつもりだった。だけど、彼の言葉を聞いてあの時と同じ感覚を再び味わっていた私は伸ばされた彼の手を振り払い、ベッドから立ち上がっていた。

 

 突然の私の豹変に彼はポカンッと呆気に取られた間抜け面を見せていた。その顔が、熱燗をかけてやったカッパ頭の変態常務の顔を重なって見えて、滑稽に思えた。十人中八人以上から好意を向けられる顔立ちをしているのが、フィルターを変えるだけでこんなにも違って見えるのかと、久しぶりに大発見をした。――子どもの頃に感じた不思議な感覚があった。

 パンツ一丁でいる彼氏に別れを告げ、私は昼間の外に出た。

 マンションの彼の部屋から出た私は、すぐさま携帯電話を取り出し、電話帳に最近新しく登録された電話番号を選択し、通話ボタンを押した。

 ワンコール、ツーコール――スリーコールが鳴る前に、ガチャリッと電話に出る音が聞こえた。

 

「はい、もしもし。CGプロダクションのPですが、ええっと……和久井さんですか?」通話先の名前が画面に出ただろうにと一瞬思ったけれど、そんな一面が今の私にはかわいく思えた。「ええ、少しお話をしたいと思ったのだけど……忙しかったかしら?」アイドルプロダクションのプロデューサーとして働いている彼は、何人もいるアイドルたちをただ一人でプロデュースしているという。シロウトの私でもそれはあまりにも以上ではないかと思ってしまうけれど、彼はそれを苦もなくこなしているようだった。そうなるまでには、さまざまなことがあったと思うけれど、それらはすべて彼の糧となっているのでしょうね。それに彼は今の仕事に“やりがい”を感じているみたいだったし。以前スカウトされた時に少し話を聞かせてもらったけれど、その時一生懸命説明をしてくれる彼が、友人が自分の仕事のことを話している時と同じ眩しいくらいの笑顔を浮かべていたのを覚えている。結構前のことだし、その時は今の仕事にそれなりの充実感を感じていた頃だったから、話だけだったけれど――興味がなかったわけじゃなかった。

「もしかして、和久井さん。以前のスカウトについて考えてもらえるんですか!?」彼が興奮して早口に話す声が聞こえる。

「もしよろしければだけど、今から会ってもらえる?」

「もちろんです、ええっと……待ち合わせの場所に指定はありますか?」

「特にはないけど」もう少し女性らしく、人気の喫茶店を指定すれば良かっただろうかと返事をした後に思い、軽く後悔する。「それでは、駅の近くにある喫茶店なんてどうです?」興奮を抑えきれていない様子がアリアリとイメージできる、そんな口調で話す。でも、彼の指定してくれた喫茶店はなにかの雑誌にも載っていた人気店だったはず。以前友人が電話でオススメだと教えてくれたような気もする。一度誘われたけれど、予定が合わなくなって流れたことがあったはず。アイドルプロダクションのプロデューサーともなれば、そういう場所のリサーチもしっかりとしているのだろうか。それとも自分の恋人のためかもしれない。一方的な別れを告げてきたばかりなので、少しだけ胸が疼いた。

「それでは、時刻は――ということで」

「わかりました。すぐに準備をして向いますね」

 

 そうして、私は通話を切った。仕事ばかりのシンデレラ。そろそろきれいなドレスに、カボチャの馬車に乗って、お城に行き、王子様とダンスを踊る――そんな魔法にかかったような、幸せな時間を過ごしても良いかもしれない。例え時間の制限があったとしても、魔法が解けた後でも王子様は追いかけてきてくれる。私の本当の王子様は、いったい誰なのかしら。

 

                  *  *  *

 

「遅いわね」

 

 腕時計を見て、現在時刻を確認するという作業をするのはもう何度目だろうか。

 私は友人とよく利用する喫茶店に来ていた。CGプロダクションのアイドルとしてスカウトされ、しばらく経ってからそれを受けることにしてから早半年が経とうとしていた。以前の仕事場を再スカウトの翌日、朝一で辞表を提出したから問題はなかった。何とか引き留めようとする上役たちと一方的に振ってやった彼氏。あれこれと端から見れば好条件と思われるものが並べられたけれど、私はそれらに目もくれず立ち去った。最後には背中に罵詈雑言がぶつけられたけれど、結局あれが彼らの本性なのだと思うとあまりに滑稽で、笑えた。

 CGプロダクションには私と同い年の女性もいたし、一回り年下の少女もいた。家族のようなアットホームな雰囲気に、最初は軽いカルチャーショックのようなものを受けた。しかし、それは悪いものではなく、むしろギスギスとした緊張感の中で仕事をしていた以前の職場に比べたら天国のような場所だった。もちろんアイドルとして活動してみて、この仕事が以前とはまた違って大変だというのがわかった。年齢による実力は関係なく、最も遅くスカウトされた私は年齢一桁の少女にも実力的に劣っていた。受け入れることはできたけれども、悔しさがなかったわけじゃない。久しぶりに胸が熱くなったような感覚を覚えた。

 今日は休日ということもあり、多くの家族連れがやって来ている。両親と左右の手をつないでおり、ブランコのようにしている子どもの姿も見られる。子どもたちが決まって注文をしているメニューは――お子様ランチだった。世界の国旗が一本立ったチキンライスにハンバーグやエビフライ、唐揚げ、ナポリタン、フライドポテトといった小さい子どもが好きそうな料理が大きなお皿に少しずつ乗せられている。

 多種類の料理があるけれど、その量自体は少ない。しかし、子どもたちはそれに十分満足しており、口の周りをケチャップで真っ赤にしながら、国旗を片手に振ってはしゃいでいる。私も昔は密かに国旗をもらえたことを喜んでいたものだ。

 

「和久井さん、すいませんお待たせしちゃって」私のテーブルに近づいてきたスーツ姿の男性が謝ってきた。「もう、十分の遅刻よ? 仕事はともかく、デートで女性を待たせるのはどうなのかしら――Pくん」

「はい、すいません……」私が諌めるように言うと、彼はシュンッと肩を落とした。――かわいい。

「まあ、仕事が忙しかったのはわかってるから、目をつぶってあげるわ。事前に連絡は受けていたから、ごめんなさい……少しあなたのことをからかってみたかったの」

「もう、勘弁してくださいよ和久井さん」意地悪く笑みを浮かべると、彼はホッとしたように胸を撫で下ろした。

 

 Pくんは、前の彼氏とはまったく逆に見える。際立つほど整った顔立ちをしているわけでもなく平々凡々、普通の平和そうな顔立ちをしている。――優しそうだという印象は受けさせるけれどね。高い学歴があるわけでもないけれど、小学校低学年組の宿題を四苦八苦しながら見てあげている姿を時々目にすることがある。――中学生以上になると、完全にお手上げ状態なようだけど。ジョークなど場を盛り上げるのが特別上手いわけでもなく、むしろ失笑を生むことの方が多いかもしれない。――でも、初めてのステージの時は笑わせてもらったわ。おかげで緊張が解れたのよね。完璧に近かった以前の彼と、平々凡々器用貧乏の彼。一般的には前者を選ぶかもしれないけど、私は違う。偏った際立ち方をしているよりも、平均的にバランスよくある方が好きだ。――だって、まるでお子様ランチみたいだから。

 

「和久井さんはもうなにか注文しましたか?」

 

 メニュー表を差し出しながら、彼が尋ねる。

 

「コーヒーくらいかしら」飲み終わってしまってから、しばらく経ってしまっているけれど。これを口にしたら、また彼のことを責めることになってしまうので言葉を呑み込んだ。

「――そうね、なににしましょうか」

 

 時刻はお昼を少し回った頃。昼食にするのにはちょうど良い時刻だった。彼から受け取ったメニュー表に視線を落とす。やはり最初に目がいってしまうのはお子様ランチだった。彼にそう言ったら、苦笑いを浮かべそうだ。でも、ここに私たちの子どもがいたら? そう思うと、なんだか今日のデートが俄然楽しみに思えてきた。

 とりあえず、お子様ランチにある料理から一つを選択するのも良いかもしれない。私は「ナポリタンかしら」と答えると彼は、「それじゃあ、俺はハンバーグセットで」

 そのメニューを見たら、エビフライに唐揚げなども付いていた。これでは大きなお子様ランチではないか。でも、二人ならその量もちょうど良いかもしれない。

 

「ねえ、二人で分け合って食べることにしない?」今はお子様ランチを食べたい、そんな気分だった。

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