お待たせしました、11話目になります。
「あれ? あの子……」
頭に包帯を巻いた少年、兵藤一誠は自宅療養の為に帰宅する途中、ある人物を見付けた。
おろおろと慌てふためく一人の少女。
金の髪は日本人にはない色だ。
彼は覚えている。つい最近同じ髪色の少女を助けた記憶を。そして彼女があの幻の町に囚われていたのを。
あの時部屋に辿り着いたとき、肝が冷えたものだと一誠は常々思う。
かつて初めて目にしたはぐれ悪魔バイザーに似た食欲を宿す眼光。あともう少し遅れていたら、どうなっていたのだろうか。あまり想像したくない血みどろのifが脳裏に展開する。
ともかく、どうやらあの後無事日常に帰れたのだと一誠は心から安堵した。
ところで少女は何かを道行く人に尋ねているようだが、誰も彼も彼女の言葉に耳を貸さない様子。何故誰も助けないと疑問符を浮かべていた一誠は、あることを察した。
「ああ、そうか。あの子別に日本語を話してるわけじゃないもんな。俺が悪魔だから、あの子の言葉が分かるだけで実際は外国語を話してるんだよな」
となると、困り果てる少女を黙って見てる訳にはいかない。彼だけが彼女の悩みを解決できるのだから。
例え悪魔にダメージを与えてしまう祈りや忌避する十字架を持っていようと、何もしないという選択をとることが出来なかった。
兵藤一誠という存在が人ならざるものに変わり、どれだけ性欲に塗れようが、決して褪せることのない優しさ故に。
「あの、俺が案内しましょうか?」
少女の前に迷いなく差し伸べる手。
泣き出しそうな表情は、ようやく言葉が通じる誰かに会えたからか、それともかつて助けてくれた少年と分かったからか、目尻に涙を浮かべた可愛らしい笑みへと変わる。
飛び掛かってきた暴漢の股間と赤龍帝の籠手が激突する悲しい事故が起きる一時間前の出来事であった。
◆◆◆
フリード・セルゼンは暇そうなはぐれエクソシストを何人か誘うと、とある山の麓にて花火を打ち上げようとしていた。
かといって彼に打ち上げ師のような技術などない。
しかし彼は打ち上げる手筈を整えてみせた。
木々の少ない開けた広場、そこの中心に発射台がある。
発射台、といってもそれは大量の火薬が仕込まれた勢いだけの恐ろしくふざけた発射台だ。
打ち上げる花火は相容れない悪魔と仲良しこよしした妙齢の女性。
本来なら有無を言わせず笑いながら八つ裂きにして逆さに吊しあげるフリードなのだが、殴る蹴るプロレス技を仕掛けるだけで済ましてある。熟れた肢体を本能に赴くまま味わい尽くしても良かったが、昼間の恐るべき凶行のせいでする気にならなかった様子。
ともかく、暴行によって怯え動けなくなった人間を簀巻にすると火薬を装着、ついでにコンビニやスーパーで購入した花火をありったけ括り付けていた。
「わ、私が何をしたってのよぉ、お願いだからこんなことは止めてぇ……」
「ぎゃははっ! いやー、クソ悪魔なんかと契約なんかしなけりゃこんな事にならなかったのにね、このクソビッチが!」
「誰がビッチよ! 私はまだ年齢=処女歴の清い身体のままよ! 悲しいことだけど!」
段ボールの上、コンビニ弁当のハンバーグを齧るフリードは震える人間を見て上機嫌だった。
座り心地が悪いのか、時々内股でもじもじして落ち着かないフリードの姿に取り巻きのはぐれエクソシスト達は微妙に気になって仕方ない。
「そぉら、聖火ランナー様の登場だぁ!」
パチンとフリードが指を鳴らせば、松明を持つ太ったはぐれエクソシストが現れる。
フリードに負けず劣らずの下品な笑みを浮かべるはぐれエクソシストが目指すのは、幾本もの散らばる導火線。勿論導火線は全て発射台に続いていた。
「普通に付けただけじゃ面白くありませんからぁ? 思い切ってロシアンルーレット風にしてみちゃったのぜ、うっひゃひゃ!」
――――まあ、仮にアタリ以外の導火線全部使って助かってもスイッチ一つでイっちゃいますけどね!
懐に忍ばせるスイッチを弄びながら、どんな結果に転がろうと汚い花火が打ち上がる寸法にフリードは笑みを隠せない。取り巻きのはぐれエクソシスト達も当然事実を知っている。
「ちなみに聖火ランナーは一人だけじゃないぜぇ~? ほらお姉さんも拍手拍手ゥ! あ、手縛られてたっけか? ごめんねー?」
はぐれでも聖職者のはずなのにモヒカンなエクソシストが二人、同じように松明を握って現れた。誰が一番最初に火を付けるのか、楽しそうに話し合う様はまさしく狂っている。
「しっかし可哀想になぁ、俺達で輪してやる暇もなく花火にされちまうなんてよぉ」
「ばっかおめー、恐怖でぶるってるうちにやっちまうのがいいんじゃねーの」
「そ、そんなことより、早く花火が見たいんだよ俺。誰が最初に付けるんだ?」
じりじりと迫る三つの炎に女性は、いやだくるなと喚き首を振る。
はぐれエクソシスト達は勿論、確信犯であった。
特に一番近いのは、最初の太ったはぐれエクソシスト。煽られた恐怖に女性は堪えきれず、懇願するよりも罵倒が口走ってしまう。
「く、来るなって言ってるでしょ! このデブ!!」
「で、デブ!?」
「聞いたか今の。デブだってよ! やーいデブー!!」
ぷるぷると震える太ったはぐれエクソシストの顔は、羞恥と怒りに顔を赤く染め上げた。
一応仲間であるはずの他のはぐれエクソシスト達は面白かったのかネタにして馬鹿にする始末。
これがいけなかった。我慢ならなくても、挑発とも言える罵倒は己の命を縮めるだけの事であるのだと。
「このクソアマァ……、俺が密かに気にしてることを言いやがってぇ。俺は怒ったぞ! こうしてやる!」
「ああっ、待って嘘嘘嘘! お願い止めて!」
太ったはぐれエクソシストは散らしていたはずの導火線全てを束ねるとそのまま松明の炎に曝しくべた。
一斉に走り出す火花、これでは女性が吹き飛ぶことが決まったようなものだ。
「はぁー、マジかよ全部付けちゃうとか勿体ない! でもこれはこれでありです!」
「いやぁぁっ、誰っ、誰か助けてぇぇ!!」
予定と違うが、それでもフリードは狂気を隠す気のない爽やかな笑みを浮かべた。
火花がゆっくりと線をなぞっていく。
はぐれエクソシストは口笛を吹いたり手を叩いたりと、楽しそうに眺める。
これは罰なのだろうか。
初めての恋に破れ、寂しさから悪魔を呼び出したことさえ罪なのか。
残された寿命は、あの導火線の長さ。燃え尽きるのはあと何秒か。
女性は思う。
最期にもう一度、あの小柄で可愛らしい、猫のような少女と会いたかったと。
その願いが届いたのか、少女は救いとなって闇に舞い降りる。
「おお、水玉おぱんつ! ベリィープリチィィィッッ!! 本当にありがとうございます!! ぶべぇっっ!!」
一部の人間にとって非常に興味がそそられるおかしなセリフを叫んだモヒカンはぐれエクソシストの顔面に降り立つ両足。
少女一人分の体重を乗せた頭は地面へと導かれ、蜘蛛の巣状の罅をどすんと刻む。
そんな登場を果たした少女は舞い散る砂塵から飛び出すと手近なはぐれエクソシストを殴り飛ばし、蹴飛ばしていった。
突然の乱入者、浮き足立つはぐれエクソシスト達。
一人のはぐれエクソシストが「あっ」と声をあげる。
導火線を走っていた筈の火花は途中で止まっていた。導火線の傍には斜めに突き立つ剣数本。女性との契約を結んでいた悪魔、塔城小猫の立てた轟音に紛れて飛来し、導火線を断ち切っていたのだ。
それは繁みより投げ放たれた、創造されし魔剣。
闇の中で木場祐斗のどこか憎悪を秘めた瞳が輝く。
「もう一人居やがるぞ! 全員武器を取れ、戦闘だ!!」
はぐれとはいえ、かつて手を組み連携し数で悪魔を殺して来たエクソシストだ。
ほぼ他人だというのに身に染みついた動きがゴロツキ同然のエクソシスト達をひとつの生き物たらしめる。
しかし、それは本来のエクソシストと比べればお粗末さが隠しきれない。
相対する相手からすれば、烏合の衆であることは変わらなかった。
繁みに向けられた銃が光弾を放つよりも早く、魔剣を構えた騎士がはぐれエクソシスト達を薙ぎ倒す。
たった二人、乱入した悪魔のせいで広場は闘争の舞台と化した。
「ははは、何いきなり花火大会ぶち壊してくれてんですかこのクソ悪魔共はよぉ!? 〆に線香花火やってみんなで「花火大会たのしかったねー」って言い合える楽しい思い出になるはずだったんですよ? これだから風情のないスットコドッコイは嫌いなんだ! 空気の読め無さをあの世で俺に詫び続けろ、このクソ悪魔ぁぁっ!!」
ダンボールから飛び上がるフリードは、口にハンバーグを咥えたまま光剣と光銃を構えて近くに居た小猫へと襲いかかった。
小猫は咄嗟に斜めに突き立つ魔剣を手に取ると、戦車の力任せに振り上げる。騎士である祐斗と違って技も何もない、しかし真っ二つに叩き斬り捨てる暴力。恐るべき斬撃、並のエクソシストが持つ光の刃ごとへし斬ってしまうだろう。
フリードが並のエクソシストであればの話だが。
「こんな素人丸出しの剣でぼくちんを斬れるかよぉ!」
「あっ……!」
フリードは受けた光剣を傾け逸らすと、そのまま小猫の手から魔剣を巻き上げ遠くへ跳ね飛ばした。
そして突き付ける銃口。
それは音もなく光の弾丸を吐き出す、悪魔にとって忌むべき武器だ。
小猫は腕を交差させて盾にする。
戦車の耐久力で浄化の光に耐えきれるのか、不安のある選択だ。即死はないだろうが、苦痛は覚悟しなければならない。
歯を食いしばる小猫を嘲笑うフリードは引き金に掛ける指に力を加えようとして、その笑みを歪めた。
銃口は、別の方向に向けられパッと発光する。
ギンと重く響く金属音。
跳ね飛ばされたはずの魔剣がまた二人の傍に突き刺さる。
「おやま、こんなところで人間なのに悪魔に与する馬鹿はっけーん! 人様に向けて刃物ぶん投げる悪い子は蜂の巣にしますねぇ?」
なんだ、と小猫が思う間もなく、フリードが目の前から居なくなる。
フリードが目指したのは、花火の発射台だ。
そこには女性を助け出そうとしていた神薙仁の姿があった。光弾を避けるべく転げ落ちていく。
「やっべ、やっぱり投げ付ける前に縄だけでも切っときゃ良かったぜ!」
「あぁっ、折角逃げれると思ったのに!」
「おばさん、ちょっと待ってて! すぐに助けるから!!」
「まだおばさんじゃないわ! これでも29歳よ!」
抗議する女性の声が仁の耳に届くことはない。
まるで不良同士の喧嘩のような怒号が満ちるなかでは、誰かの叫びか悲鳴ですぐ流されるものだ。
オカルト研究部の三人が現れたのは偶然ではない。
彼等の目的は駒王町に集結し出す、はぐれエクソシストの殲滅だ。
たまたまここで女性が囚われていた事に気付き、救出することになったのだ。
結果は救出担当の仁が小猫の窮地を優先した事で失敗したが、人間を打ち上げ花火にしようという凶行は阻止自体は出来ていた。
しかし、フリード・セルゼンという男は変なところでしつこい男であった。
「こうなったらなんとしても花火を打ち上げてやらぁ! ぶぶぅっ!」
「うお汚ぇっ!?」
ボクサーのようにスウェーとダッキングを織り交ぜながら猛攻を避けていた仁の顔面にフリードが咀嚼していたハンバーグだったものが吹きかけられた。
これ程までに汚く、日本人を怒らせること間違いなしな目潰しで仁を撒いたフリードは、転がる松明を拾い上げると導火線の一つに投げ捨てた。
丁度良く炎は導火線の上に落下。
再び女性の寿命が縮み出す。
「い、いやぁぁっ!! 消してぇ! ひ、火を、早くぅ!!」
「この野郎!」
「うっひょぉー!! ぴかぴかお手々こわーい!!」
「ぐっ!?」
轟っと振るう仁の裏拳は、フリードがブリッジの姿勢で躱し、そのまま足を振り上げて仁の顎を蹴り上げた。小馬鹿にしたような挙動を取れる余裕は、次々に数を減らすはぐれエクソシストの中では突出した実力を持つ証であった。
仁はイラつきながらも火を消すことが優先だと駆け出そうとした。そんな仁の行動を分かりきっていたフリードはすぐに立ち塞がって光剣を突き付ける。
「ここから先は通してあげないよ~ん! とは言え、どいつもこいつも、クソ悪魔にやられやがって情けなくて涙が出ますよワタクシ。こうなったら、最強の助っ人を呼ぶしかねぇなぁ……」
「助っ人……?」
花火はともかく、戦況だけがこのままだと不利と見たフリードは小声で呟く。
唯一聞き取れた仁は顎を擦りながら訝しんだ。
まだこの場のどこかにはぐれエクソシストが潜んでいるのかということを。
フリードは叫ぶ。
彼の者の名を。
急にすごく片言の日本語で。
「センセイ、オネガイシマス!!」
「は? センセイ??」
汚い顔を絶命したはぐれエクソシストの服で拭き取り、油断なく拳を構えていた仁は思わず聞き返す。
するとあたり一面を何か異様な空気が包み、どこからとも無く「イヨォ~」という掛け声と共に鼓を叩く音が聞こえてくるではないか。
これには戦っていた小猫と祐斗も思わず手を止めて辺りを見渡していた。空耳ではないらしい。
はぐれエクソシスト達はといえば「おおっ」と声をあげて何者かの登場に勝利を確信したような笑みを浮かべていた。
小猫はちょっとムカついたのか手近な一人を殴り倒す。死ぬほどの一撃に崩れ落ちたはぐれエクソシストは狙ったのか、小猫のスカートの中がばっちり見えるアングルで倒れると、震えながら見上げた後に親指立てつつ吐血して息絶えた。
そして虚空にそれは現れる。
一枚の襖。
ゆっくりと、木枠を超えて襖が横に開き、異次元の闇を覗かせて。
刀を手にした一人の剣客が、研ぎ澄まされた鋭い殺気をオカルト研究部の三人に向けながら、広場に足を踏み入れた。
「オマエヲキル!」
先生……、いったい彼は何者なんだ?(ゴクリ)
という人のために補足。
GODHAND、ステージ6の道中、「センセイ、オネガイシマス」の掛け声が聞こえるとBGMが変わり、突然どこでもドアならぬどこでも襖から登場する先生。つよい。
以上!