「きぇあぁっ!」
恥も外聞も関係ない、奇声そのものな叫び。
それはドーナシークが放つあらん限りの殺意を乗せた剣の一撃。人間であれば到底回避できない速さ。
夕闇を切り裂く光の尾は、しかしその色に赤を加えることは無かった。
いつの間に一歩分離れた位置にいる仁。
剣の間合いはギリギリ届かない。
それどころか片足をバネに大きく踏み込んだ鋭い蹴りがお返しとばかりに飛んでくる。確かに人間から逸脱した威力の蹴り。
だがドーナシークからすれば直撃しなければどうという事は無い。例えば、ただ己の腕を盾にしてもいい。
ドッという音が離れた位置にいる一誠の耳にも届く。仁の蹴りが、どれだけ重いのか。見守ることしか出来ない戦いを知らない彼でも思わず唾をゴクリと飲み込む。
「くくっ、中々いい蹴りじゃないか」
「そいつはどうも」
ドーナシークは腕で受けた。大した威力の蹴り。防がなくてはいけないものだ。素直にそうこぼせることは間違いない。前話で散々蹂躙されたことは忘れろ。
「だがそれも、人間にしてはだがね!」
蹴りを防いだとき、僅かに後退したことはあってもその姿勢は微動だにしていない。腕にダメージがあるかというかとそれもない様子。貧弱な人間とは違う頑丈さ。人外だからこそ出来る芸当だ。
ニヒルに笑うドーナシークが、全身を靴の跡だらけにしてしわくちゃに歪んだシルクハットを被っていなければどれだけ格好がついていたか。
「さあ、その薄汚くて忌々しい足をどけろ!」
「うお!」
力任せに振るわれた腕は仁の足を弾き飛ばす。
態勢が崩れる仁。その隙をドーナシークがここぞとばかりに付け入る。
……つもりが、彼は翼を羽ばたかせ飛び跳ねた。
仁が即座に姿勢を低くし、伸ばされた足が滑るように地を払っていく。
食らえばまた無様に転ぶことになるだろう。そうなればドーナシークに待っているのはあの踏みつけラッシュである。
こればかりは仁から大きな舌打ちが。ドーナシークを踏みつけたかったのね。
「はは、人間の小賢しい技が通用するかよ」
少しだけ悔しがる仁を見たドーナシークはほんのちょっとだけ溜飲を下げる。
だがそれだけで味わった屈辱が晴れるわけがない。
彼はそのまま放れた場所へ一気に遠ざかると自身の周囲に光の槍を浮かべると仁目掛けて放つ。その数四本。一本一本時間差を付けて絶え間無く射出して。
遠距離から一方的になぶり殺すつもりである。
仁は横にステップしたかと思えば、即座にバク宙で後退。間に合わないかと思えばボクシングに見る上体の動きだけで槍を躱していく。
いや、ただ躱しているだけではない。時折前に飛び込むのは、確実に距離を縮めるため。
だがそんなことをしてくるぐらいドーナシークは想定済みだ。
だからこそ彼は絶対に攻撃が届かない場所へ移るのだ。
「あ! てめえ汚ぇぞ!」
一誠が非難の声を天に向けてあげた。
そこには空高く翼を広げて槍を放つドーナシークが。
二階建ての家屋よりもさらに三階四階分と空高く。
人間がどれだけ踏ん張り飛んで見せても絶対に届くはずがない高さである。
仁が神器持ちで相手を打ち上げ花火にする異様な右腕があっても、その拳が届かなくては意味が無い。
わざわざ攻撃を避けて近付こうとする仁の姿から近接戦闘にこだわりがあるようであった。
「これは命を賭けた戦いだ! わざわざ相手が得意とするであろう場所で付き合うヤツがいるか!」
「く……!」
ドーナシークの言葉に反論出来なくなる一誠。当然の話だ。確実に勝てるなら誰だってその手段を執る。
「翼を持つ者の特権。人間なぞ地べたを這い回るのがお似合いだ。このまま標本にしてくれる!」
だからここまで来れば、奴は手も足も出せないと、彼はそう思っていたのに。
「な、んだぁ!?」
打ち上げ花火の時のように、右腕の拘束具を弾けた。
そして仁が右腕をかざしたとき、ドーナシークは何かに身体を捕らえられ身動きできなくなったのだ。
いったい何に捕らえられているのか、拘束を解こうと抵抗したいのに指一本、否、筋ひとつ動かない。光の力も操れず、槍で狙うことさえ許されないなどどうすればいいのか。
「離れたのは失敗だったな!」
「う、ぐ、こんなもの……! うお!?」
夕闇に飛ぶドーナシークが、地上に向かって引っ張られる。行き着く先にいるのは当然、右腕を輝かせる仁が。
あわや激突、と思いきやドーナシークは仁の目前で急停止。
そしてゆっくり振りかぶっていた仁が強烈な左フックをドーナシークに叩き込んだ。
ドォンッ――――!!
「――――ッ~~!!」
重々しい打撃音、ドーナシークの顔が反動で無理矢理曲がる。絞るように出た呻き。
飛んでいられない彼は地に足を付けた。
視線が定まらず、倒れるのを堪えるようなフラフラとした足取り。剣も握ってられないのか、その手からするりとこぼれ落ちた。
これぞゴッドハンドがなせる妙技、ぴよハント。
ゴッドハンドの力で敵を強引に引き寄せ、渾身の左フックが相手の意識を吹っ飛ばす。
倒すための技ではないが、餌食になれば戦場のど真ん中で無防備な姿を曝すことになるのだ。
早く目を覚ませと焦るドーナシーク。このままではあのおかしな右腕を持つ人間にやられてしまう。
そんな猶予が無いことぐらい本人は分かっていた。
激しくぶれる視界、襲う痛みは、魂さえも殴打されたようなかつてない激痛。声もあげられない。破裂するような音がやかましいほど耳に届けられていく。
仁が絶え間無く、拳を連打しているから。
次々と拳を突き刺してドーナシークを無理矢理踊らせる。
どうして、どうしてこんなことに――――。
ただ暇つぶしにはぐれらしき悪魔を消そうとしただけなのに。
拳の嵐の終わりに見た物は、凄惨な笑みを浮かべる仁の姿と迫る右のアッパー。
かちあげるものではない、ただ吹っ飛ばす一撃を受けたドーナシークは、公園の木に激突、繁みの中に埋もれてしまうのだった。
◆◆◆
「最後のやり過ぎてないかジン」
「ああいうのはあれぐらいがちょうどいいっす。これで抵抗できないでしょうし、尋問し放題の筈です。ほら大丈夫ですか? 立てます?」
「ああ、大丈夫だぜ。ありがとうなジン」
腰が抜けたままだった一誠。
仁に手を引っ張れ立ち上がる時、つい右腕を凝視してしまう。
「お前の腕っていったいどうなってるんだ?」
右肩まで袖が吹き飛んだことで前衛的になってしまった制服。
うっすらと紋様が刻まれている腕が曝されていた。
何度か見た輝きを放つこと無く、謎の拘束具が封じ込めていた。
「あー、うーん、ちょっと説明するにしても詳しく出来ないというかなんというか。とりあえず、神の力が宿ってる、って曖昧な認識で良いんじゃないですかね」
歯切れが悪い、のではなく仁自身が説明下手なだけ。この場にオリヴィアか堕天使の総督がいればもうちょっと分かりやすく説明出来るのだが。
「か、神の、力だとぉ……?」
ハッと振り向く仁と一誠。
繁みから出て来たドーナシークは、初登場時の姿から随分と様変わりしてしまっていた。
コートは砂汚れと靴の跡が、シルクハットはもうシルクハットと呼べない形状に、本人は顔を腫らして両方の穴から鼻血を流し、全身は大量の木の葉屑だらけ。
いったい誰がこんな酷いことをしたというのか。
「あ、あんな滅茶苦茶が、か、神の力であるものかぁ……。認めん、認めんからなぁ……!!」
「まだ動けたのか。手加減し過ぎたか?」
「てて、手加減だと!? ぐ、くそぉ、こんなガキにィ……!」
ギリギリと歯を軋ませるドーナシーク。
悔しければ再び戦端を切ればいいのだが、そうしないのは一誠の目から見てももう戦う余力が無いと分かるほど弱っていたから。
「お望みとあらば、もっとぶちのめしてやるけど、どうする? まだやるなら相手になってやるが、知ってること洗いざらい話したら見逃してやるぜ?」
そうだ、彼は天野夕麻の正体を知る人物。
今だけは仁の威を借りて問い質さなくてはならない。偶然向こうから来てくれた手掛かりなのだから。
仁もいろいろと聞かねばならないことがある。
しかし……。
「ハッ、クソガキめ、誰が戦ってやるかよ。天野夕麻のことだって教えると思ったかバカ、バーカ!」
吐き捨てるドーナシークの足元が怪しく輝きだす。
何が起きているのか分からない一誠は狼狽えるだけ。
仁はしまったと、顔を歪ませると猛然とドーナシークの元へ疾走、飛び蹴りの姿勢で突進。
当たるまであと僅かというところまで来るも、一瞬の閃光と共にその足は虚空を穿った。
ドーナシークの影はどこにも見当たらない。
「くそっ、逃がしちまった。転移させるとか何やってんだ俺」
悔しさを滲ませた仁の言葉が、何が起きたのかを一誠に知らしめる。
「……今日は、すげぇいろいろと助けられたなジン」
「すいません、兵藤先輩。力になれるかもと思ったのにこんなザマで。それにちょっと手抜き過ぎたかも。弱すぎて殺しかねなかったもんで」
「お前さらっと怖いこと言うな……。まあ、いいさ。いや良くないといや良くないけど。守ってもくれたわけだしな。とにかく、俺はなんやかんやあって生き返ってるみたいだし」
頭をワシワシと撫でる一誠。当然彼に気を使わせてしまったのだとされるがままの仁はなんとも言えない悔しさ覚えた。
「そうすると俺はこれからどうなっちまうんだ? あの野郎が言うには、俺ってはぐれ悪魔って奴なのか?」
「いえ、それは違いますね。はぐれ悪魔になっちまうとみんなどこか凶暴になりますし。それに兵藤先輩の主人は学園にいるんじゃないですかね」
そう言って仁は視線をとある木に向ける。釣られて視線を追った一誠が見たのは、枝に止まる一匹の蝙蝠。
ジッと見つめ返す姿に一誠はどこか近視感を覚える。
「……チラシを配ってた、あの子、なのか?」
公園で何が起こっていたのか、見届けていたというのか。蝙蝠は羽ばたきすっかり暗くなった空の向こうへと羽ばたいて行った。
◆◆◆
そこはこの世のどこにある、誰も知らない場所。
深淵の真上に吊された大きなテーブルを三つの椅子が囲っている。全て空白、座すべき主は一人もいない。
しかしそれも今日限り、今宵一人の主が帰ってくる。
何もないはずの空間にどこからともなく闇があつまってくる。人型の闇。赤い二つの眼が妖しく輝く。
「懐かしい、何もかもが懐かしいな」
呟く闇はテーブルそっと撫でる。
すると靄のような闇は形を取り戻し、壮年の男に姿を変えた。生気の感じられない灰色の肌、赤いネクタイを締め、紫のスーツを着こなす貴族然としている男。
彼は席の一つに当然のように座る。そこは昔から彼の席であったから。
「こうして座ったのは、かれこれ千年ぶりになるのか。その程度の時間を長く感じることになるとはな……」
肘をつき、指を組ませた男は瞼を閉じる。
脳裏を過ぎるのは、神の力が宿る両腕を持つ人間。
戦争の混沌に乗じて三大勢力をあと一歩で支配しようかという時にその人間は現れた。
男が崇める主に魂を売った事で上位者となった配下達が、かの拳によって次々に地獄送りにされていくのはまるで悪夢のようであった。
仲間も己も道半ばで倒れ、あろう事か主まで地獄に魂を送られる。これほどまでに屈辱的な事はない。
しかし苦汁を舐めようとも男は諦めなかった。
長い時を掛け、あらゆる時代の力を求める愚か者達を誘惑し、こうやって自身の復活にこぎ着け、遂に主と軍団再臨の未来は確たる物にすることが出来たのだから。
しかも一足先復活を果たせば、驚いたことにかつて対峙した存在達が戦争で共倒れしているではないか。
おまけに憎き仇、神の腕ゴッドハンドさえも守人の一族は一族自ら壊滅し、片腕ずつに別れてしまっているという。
なんと都合のいい展開。弱まった三大勢力、真の力を発揮出来なくなったゴッドハンド。
それぞれの業が生み出した弱体化ほど愉快な話は無い。
「我らの野望、主の野望は終わっていない。我々は、全て帰ってくるぞ。覚悟するがいい虫けらども。我らという恐怖を思い出す事を……。フフ、フフフ、フハハハハ……!!」
かつての仲間達が雌伏の時を超えて次々に復活を果たすのを感じ取る男は一人嗤う。
その嗤いは、世界に対する凶兆の前触れ。
かつて地獄の底の底、遥か深淵へと沈んだ魂達が、長き縛をすり抜けて仮初めの平和を脅かすべく、静かなる侵攻を始める狼煙。
いずれ噴出する混沌の軍勢が姿を現したとき、彼らもまた、かつての覇道が再開する。
この世には、あまりにも悪意が燻りすぎていた。
最後の紫のスーツを着た男……、いったい何者なんだ!?(棒)
これにてプロローグ了。
次回から章分けしつつ、ハイスクールD×Dのようで「あ、これゴッドハンドだ」っていうのが始まります。恐ろしいですね。
昼食のラーメン食べながら考えた結果、互いの作品が程よく活きるように独自設定もいろいろ付け足していくことにしました。
ゴッドハンドや登場するキャラクター達がぶっ飛んでいても、なんてったってハイスクールD×D、皆どんどん強くなっていきます。コワイ!
後は一応、クロスオーバー?だと思うんでせっかくだし本人達が再現できそうな技もクロスオーバーしたりするかも。
例えばリアスが滅びの魔力でワイルドピッチしたり、一誠が龍穿脚使ったり、小猫が伝説のチョップや社長パンチ!したり、アーシアがキンテキしたり。
仁も幾つか技を借りてみるかも?