僕は学校から家に帰る途中、たまに市街から少し外れたところにある丘の上に寄り道する。ここから見える景色が子供の頃から好きだった。それは今も昔も変わらず、いつの間にかこの景色を思い出したかのように見ていた。小学校の頃は昼下がりの空を、中学では部活帰りの夜空を、そして高校生となった今の僕は夕焼けを見ている。ここは特別でもなんでもないけれど、家族にも友人にも教えたことは一度としてなく、なんとなく優越にも浸れる自分だけの秘密基地のような場所だった。
なぜか立っている石造りの鳥居に寄りかかりながら、今日の風景を堪能しようと僕は荷物を地べたに置き、視線を上げた。と、ここでふとおかしなことに気がついた。
「なんかあるんだけど」
僕はなにも空だけを見上げているのではなく、きちんと眼下の大地だって見ている。まあ、ここは街外れだから山だか森だかわかんないところが大半なのだけど。しかし今日はそこに並々ならぬ違和感を放つ建造物があった。木々によって上手くカモフラージュされているが、わかってしまえばおかしさ満載のそれは明らかに隠しきれない存在感をまとっている。
「・・・あれは、城だよなぁ」
西洋風の岩レンガでできた城である。いつからここら辺一帯は城下町になったのだろうか。もっと城をよく観察してみると、蔓やら蔦やらが巻きついており迷彩になっている。
「廃墟なのか? というか、あんなとこに城なんて・・・」
これまで見逃していただけで、これまでもあったと考えると不思議でならなかった。冬にもここには来ていたが、裸になった木々たちの中にあんな建物はなかった。いくらカモフラ率、もといカモフラージュをしたところでスカスカな小山の中ではあんなものは目立って仕方ない筈。そして今日に限って違和感を感じたのなら、昨日の時点ではあの城はあそこになかったと仮定するべきなのだろう。だけどもそれはあんまりにも突拍子もないことだ。現実離れしすぎている。
「・・・行ってみるか」
結局、僕は謎の城に行くことにした。危ないかもしれないと思慮したが、逆にあれを見なかったことにしておく方が後々精神的にまいりそうだと思ったからだ。よくわからないものをよくわからないままにしておくのは得意な方だけど、流石に度を超えた。ただ、これらも本心だがもう一つあの城を見た時に感じたことがあった。隠された城と夕日が妙に調和して、神秘的とも呼べる綺麗さがその風景にはあった。ただ純粋に近づいてみたくなった。ただそれだけ。
「到着・・・かな?」
いつの間にか夕日は沈み、空のパレットからオレンジ色が消えていた。もうすこし経つと今度は夜空が顔をみせるだろう。城に向かっている際に多少の時間が過ぎたようだ。
「おお、なんていうか・・・荘厳」
今、僕の眼前には件の城がある。ただ一言で表してしまえば、この城は使い物にならない廃墟同然だった。何かこう、生活はできないけど歴史的価値ならめちゃくそ高そうな雰囲気である。近くに来てみると、外部と内部が繋がっているボロがあるのがよく分かった。
「とりあえずは中に入れそうな大扉はあるけど・・・」
適当なところから侵入できそうだよな。と、言葉を続けるはずだったのだが、それは叶わなかった。途中、大扉がギィと低い音を立てて勝手に開いたのだ。人は住んでいないだろうと、たかをくくっていたからあまりにも予想外すぎて言葉が詰まってしまったのだ。
「では、探索と洒落込もうかの!」
扉の向こう側には少女がいた。銀色の髪をなびかせながら碧眼を輝かせている女の子。このゴツい大扉を彼女の独力で開けたのだとは到底思えないが、周りには人影はなくただ一人のようだ。
「うんにゃ?」
「・・・あ」
目があった。城の中にいる少女はゆっくりと目を見開いていき、城の外にいた僕は開いていた口をさっと閉じた。と、次の瞬間に彼女はジェット噴射のように飛び出して僕に近づいて目の前で止まった。
「おーおーおー、人類発見!」
ちょっと待て、確かに僕は分類上人類であることは間違いではないが、その言い回しはいささか遠回しすぎるのではなかろうか。人なんて今時飽きるほどいるというのに。
「えーっと、こんにちは?」
クエスチョンマークの付いた挨拶なんて初めてしたかもしれない。そしてその挨拶は返ってくることはなかった。少女は僕の両手を自身の小さく白い手に包み込む。一種の握手のようなものだろうかと考えていると、僕の両手を彼女の顔の前に持ち上げられた。何をするのかとただただ疑問に思いながら様子を見ていたら、彼女は僕の指を舐めだした。
「はいっ!?」
ほんの少し舐める程度で僕の指は解放された。笑顔を浮かべる少女と舌の感触が残る指を交互に見てしまう。心を落ち着かせようとするが全然できない。柄にもなく叫んでしまったせいだろうか。いや、指を舐められたからだ。
「あふぅ・・・何をそこまで慌てておる?」
「いや、指を・・・」
「ああ、あれは我の国のスキンシップのようなものじゃ」
・・・何その国、超行ってみたい。
「紹介が少し遅れたのう。我はステッセル・ラウテリュート。この城の城主じゃ」
「あ、これはご丁寧にどうも。僕は高森秋斗です。以後お見知り置きを」
この少女、ステッセルさんはこの骨董臭のする城の主だったようだ。しかし城主としての城管理能力はこの有様を見るに高そうには見えないけど。
「では秋斗よ、ここらへんの地理には詳しいかのぅ?」
「一応、近くに住んではいますが・・・」
「では一つ、道案内を頼まれてはくれんか?」
「別に構いませんけど、色々と疑問点があるので解消してからでいいですかね?」
「おー、そうか。なんでも調べるとよい」
・・・城をバックにして立っている貴女が一番疑問の塊なんですけどね。ま、許可が出たので遠慮なしに質問攻めにしようと思います。
「じゃあ質問いいですか?」
「うん? 我に質問か? よしきた、答えられる範囲ならなんでも答えてみせよう!」
なぜか胸を張って意気込むステッセルさん。容姿と相まって保護欲をかき立てられる愛らしさがあった。うん、可愛い。軽く質問の中身を忘れかけそうになってしまうぐらいには可愛い。
「・・・この城、いつからここに?」
「うーむ、多分1時間前ぐらいにはもうあったな」
・・・1時間前。1時間前ということは、あれだな3600秒前にはこの城は存在していたんだな。あ、これ頭ん中混乱してるわ。
「どうやって建造を?」
「いや、ここに建てたわけではないぞ? 持ってきたのじゃ!」
城を持ってくる。なんて噛み合わない名詞と動詞だろう。英語のテストで服を壊しました、と直訳した友人のことを思い出してしまったではないか。というか本当に会話通じてんのかな、これ。
「・・・どこから?」
聞くのがだんだん恐ろしくなってきました。
「我の国じゃ。もっと大まかに言うと、異世界じゃな。我はそこで魔王をやっていたのじゃ」
頭の許容量が限界を超えオーバーフローしそうです。いらない情報(主に今日受けた授業内容)を削除してください。僕の頭脳では警告が発せられていた。
「えーっと、ステッセルさんは」
「ステで構わん。さんもつけるな」
いつの間に愛称で呼びあう仲になったのだろうか。まあ、フランクなのはこの人の気質だろうけど。
「はぁ、じゃあステは異世界人なのですか?」
「そうじゃ!」
「何か証拠とかありませんかね?」
これまで言われた話をああそうですか、と信じるほど僕はピュアではない。むしろ半信半疑・・・いやだいぶ疑の方に偏っている。ほんの少しでも信じてみようと思っている自分に驚いているぐらいだ。だからこそ真実だというなら、昨日なかった城が今日出現したという事実以外の何か一つ裏付けを欲している。
「ふむ、では魔法を披露しようかの!」
「魔法ときましたか」
「事前にこっちの文化について調べたが、どうやら魔法は廃れているんじゃろ? ならば未知の技術こそ、我が異界の者たる裏付けになろうぞ」
「確かに魔法は空想上のものとされてますね」
「では見て驚け! これが魔法じゃ!」
もしこれで本当に魔法なんてものを見せられたら、この人の言っていること全て信じてみるのも悪くはない。というか僕もまだまだ中身はガキみたいで、少し期待していた。魔法という言葉で胸を躍らせられる時期なんてもう過ぎたと思ってたけど、案外どこまで年食っても未知への好奇心は衰えないのだろう。
「ザァイッ!」
変な掛け声を叫美ながらステは両手を前に突き出した。おい、手から出るのか? 目の前に僕がいるってのに? 身を以て体験しろという意味だったのか!?
そんな心配事はもちろん杞憂に終わる。格好悪い防御のポーズをしている僕の左右と真後ろに人並みサイズの火柱が出現した。
「・・・おぉ!?」
感嘆のつぶやきが漏れるとともに、肌に渇くような熱波がやってくる。というか熱いし、こんな木がたくさんの山ん中で火なんて焚いたら・・・。
「どうだ、これが・・・」
「やめろ、今すぐ火を消せ! 燃え広がるから、尋常じゃない勢いで燃え広がるから!」
「魔法だ」
「なに無視してドヤ顔決めてるんですか!?」
「いやな、こういうのは初めが肝心・・・」
「いいから火を消してってば!?」
「ムゥ、せっかちな奴よ。ほれ」
さっきの掛け声と比較すると、力が抜けそうな声量。手も片手でマジシャンがするような指パッチンをしただけ。微妙に不安だ。
しかし、この心配もまた裏切られる。僕から見て左側の火柱は、その上部に突然現れた岩や砂の塊によって潰された。その光景を見て、後ろを向くと見たこともないような量の水蒸気と異常にぬかるんだ地面。また右側の炎はすでに跡形もなく消えており、存在するのはゴウッと轟く音をだす小さな小さな竜巻だけである。
「地水火風・・・?」
「おお、知っておるのか。なら、もう十分じゃないか?」
「す、すげぇ」
僕はおもわずへたり込んでしまう。岩の山、水溜り、撒き散らされて剥げた木々、そして未だ残る焼け焦げた匂い。僕は今、本物の魔法を肌で感じた。
「いや、真面目に言ってたんですね。さっきの話」
「なんだ信じとらんかったのか」
冷や汗をかく僕と、のうのうとした表情で話す少女。
「いや、少なくとも今は信じてますよ」
「ふふん、ならよし!」
満足そうに胸を張るステ。その姿は、なぜだか運動会のかけっこで一番になった妹の姿とどこか重なった。
「ええ。あなたが異世界の住人であることも、魔王であることも、その城を持ってきたということも全部信じますよ」
証拠を見せろと言って、証拠を見せられたら何もかも信じる他ないだろう。事実、僕はそう言った。
「そうかそうか。では、道案内よろしく頼むぞ」
「勿論。あ、でも最後に一つだけ」
「なんじゃ、まだ疑問があるのか?」
「いや、質問じゃなく進言ですかね。その城、できることなら隠しといたほうがいいと思いますよ、っていう。色々面倒ごとになりかねませんから」
「ほう、そうか。なら言う通りにしておくかの」
ステはパンッと両手を合わせると、城を覆う立体的ひし形の正八面体が出現した。そうして幾らか時間を置くと、上部の方からだんだんと透過していき、最終的には城そのものが風景から消えて無くなった。
「では、行くとするか」
なんてこと無いみたいに、飄々とした風にしている少女。こいつは、自分のやっていることがどれだけぶっ飛んでるかあまり把握していなさそうだった。
「ほんとのほんとに魔法だ、これ」
僕はそんな頭の悪い小学生みたいな感想を口に出して、自称魔王さまの道案内に出向くのであった。