宵闇偶像草紙 ~人外魔境 346プロ~   作:ミキマル

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久々の更新。
月一更新が限界の中、流石に4ヶ月も放置するのは気が病むので何とか更新しました。


狐につままれて その2

「恋しくば 尋ね来て見よ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉…」

 

「うちはあの狐ちゃうんけど、紗枝はんはうちにとって彼女の童子丸と同んじ存在や。母親づらする訳ちゃうけど、紗枝はんには悲しんで欲しゅうあらへん。

 あの天狗被れは悪い虫やさかい、うちが一致懲らしめてやる。安心するんよ」

 

 眠る我が子の様に優しく紡ぐ言葉。

 彼女、塩見周子の腕の中には一人の少女が微かな寝息を立ててぐっすりと眠っていた。

 その彼女の髪を掻き上げながら微笑む周子。周子の座る一回り二回りも大きな岩の周りには無数の竹が真っ直ぐに立ち並び、木漏れ日が幻想的な雰囲気を醸し出す。

 伏見山山中の一角である竹林。ここで塩見周子はあの憎き男、長谷川虎蔵を待ち構えていた。

 

 

 

 長谷川虎蔵と依田芳乃の2人は長い長い長屋の廊下を歩く。右は襖、左はサッシ。どちらも廊下同様延々と並んでおり、さながら大名屋敷である。

 襖の一つを開けてみると何もない畳部屋。そして数十歩廊下を歩き、もう一度襖を開いてみると同じく畳部屋。サッシから見える庭の景色も相変わらず椿の青々とした葉と白い花弁が見えるのみであった。

 

「閉じ込められてるな」

「そうでしてー。この結界を破るには基点を探すのが得策かと」

「そうはいってもなっと」

 

 そう言って虎蔵はサッシに向かって右手に握る段平の柄を振り下ろす。パリンと音を立て割れるガラス。しかしながら割れたガラス片は床に落ちる前にサラサラと粒子状に消え去りいつの間にか元のガラスサッシに戻っていた。

 

「簡単に結界は破れるのだが復元力が如何せん早い。こりゃ無理やり壊すとしても全部壊さなくちゃ意味がねぇな。俺の事熟知してやがる」

「元カノでしてー?」

「うっせ。お遊びだぞ」

 

 そう言ってタバコを吹かす虎蔵。彼のタバコの消費量は早く、この結界に閉じ込められて1箱は殻にしている。

  無理やり結界を破るのは得策ではない。『低気圧』など使えば一発で結界は破れるであろう。しかし脱出した後はあの女、塩見周子と対峙するのである。この結界の技量を考えると彼女は確実にやっかいだろう。無駄に体力を消費するのは得策ではない。

 

「くそ、綻びがあったら一発なのになんだこの完成度。これだから雌狐は嫌いなんだよ!」

 

 何処かで虎像を馬鹿にする彼女の微笑が聞こえてくる様なこの現状。周子の策である虎蔵の体力を削る作戦にまんまと引っかかったと言えるだろう。

 これからどうすれば良いか。

 虎蔵は気が長い方ではない。短期とまでは行かないがこれしか作がないときなどは迷わず実行する行動力がある。彼はここでちんたら考えるより、とっとと外に出ることが考えたい。他の方法、結界の基点を畳をひっぺがしたり一つ一つ襖のノリを剥がし探すよりか断然、効率が良いと考えたのだ。

 この結界に閉じ込められた空間ごと壊す意気込みで数珠を取り出す。その時である。

 後ろを付いて来ていた彼女、依田芳乃が彼の背中をつんつんと指で突いた。

 

「ちょっと待つのでしてー」

「なんだ芳乃。危ないから下がっておいた方が良いぞ」

「そんな事わっかていまして。そうではなく、そなたは頼ってもよいのです」

「頼るってお前をか?」

「そうですー」

 

 そう言って彼女は言葉を紡ぐ。

 

━━━清水の音羽の滝に願かけて、失せたる綻びのなきにもあらず

 

 そういって彼女は左の手のひらに唾を乗せて、右の人差し指でぱちんと打つ。その唾の珠は虎蔵の右下にある畳に落ちた。

 

「その畳の下でしてー」

 

 虎蔵は彼女の言葉を疑いながらも畳をひっくり返す。プロの自分が感知できない綻びである。そんな簡単に見つかる訳がない。そう思いながらひっくり返した畳の裏。そこに阿比留草文字で書かれた御札が貼られていた。

 

「ありましてー?」

「あぁ…あったぞ。良く解ったな」

「前にそなたに話しまして。わたくしの得意なものは失せ物探し。これくらいは造作もない事ですー」

 

 驚きながら御札を剥がす虎蔵。瞬間、先程まで先の見えない長い長い廊下が元の姿に戻り、2人は最初と同じ玄関先に突っ立ていた。

 

 「さぁ早く紗枝さんの所に参りましょー」と言い袖を引っ張る彼女。

 虎蔵はまた一つ、彼女に付いて新しく認知を改める事となったのであった。

 

 

 

 芳乃を先頭に進む虎蔵。彼女の失せ物探しの力なのだろう。迷いなくスイスイと進んで行く。周回バスを乗り継ぎ、向かうは伏見。

 伏見と言えば伏見稲荷であるが虎蔵達が向かうのはまた別の場所である。

 

「そなた、これから向かう場所は何か心当たりがありまして?」

「なに、ただ俺と塩見が初めて出会った場所ってだけだ。アイツと逢い引きした所」

「ホー」

 

 そう言って彼に生温かい目を向ける芳乃。そんな芳乃に虎蔵はしっかりと訂正する。

 

「なんだその顔。言っとくがアイツは金目目当てで俺を引っ掛けただけだからな、雌狐だからな。もうその顔やめろ」

「ほうほう、そうでしてー。ちゃんと周子殿の誤解を説かないといけないですよー」

「おい、その誤解って小早川のプロデューサーじゃないって事だよな。ちょ、顔そらすな」

 

 そう言われながらも態度を変えず、生暖かい顔であり続ける芳乃。

 彼女に弄られながら2人は周子が待つ伏見山に向かったのであった。

 

 

 

 

「ふーん、良く出てこれたね。アンタって馬鹿だからてっきり力ずくで出てくると思ったけどその様子じゃ違うみたいだ。その後ろの子のお陰?」

「不本意ながらそうだよ。しかしまさかお前とこんな所で出会うとは全く思わなかったけどな」

「ちょっと、不本意とはどういう事でして?」

 

 竹林に囲まれた伏見山の一角。切り開かれた場所で今、2人の男女が睨みあっていた。男の方は後ろにお供となっているアイドルを連れて、女の方は腕の中で寝息を立てるアイドルが。

 そして2人の間の空気は最悪と言って良いほど険悪な雰囲気が漂っていた。

 

「それでお前は彼女をどうするつもりだ。彼女は俺の所のアイドルなんだが」

「アンタみたいなのが居る所にうちの紗枝はんは渡しませーん。さえはんは京都に戻ってもらって平和に暮らすんでーす」

 

 おちゃらけた口調でありながら漂う空気は禍々しく、彼女が人外の存在であると実感させられる。彼女の白毛の狐耳はピンと立ち、尻尾はワラワラと逆毛立つ。

 彼女の回りには狐火がゆらゆらと一つ、また一つと増え正に臨戦態勢であった。

 逆に虎蔵の方も右手に段平、左手に数珠と応戦する気が満々である。

 正に一発即発。いつ会敵しておかしくない。しかしながらこの雰囲気を彼の後ろにいた彼女が壊した。

 

「ちょっと待つのでしてー」

 

 そう言って虎蔵のスーツを引っ張る芳乃。

 彼女は虎蔵の構えを解かせると周子の方へ歩みを進める。虎蔵の批判の声を背に2人の対峙する真ん中まで進むと彼女は口を開く。

 

「まずは誤解を説かなくてはなりません。二人共武器を収めるのでしてー」

「芳乃、危ないから下がれ」

「そこの小娘、さっさとどいてくれないかなー。それとも先に殺されたいの?」

 

 2人の非難の目が芳乃に集中する。しかしながら彼女は何処吹く風。ニコニコ笑顔とした笑顔で対応する。それに痺れを切らしたのは周子の方であった。

 

「そんなに殺されたいなら殺してあげる!」

 

 そう言って彼女は回りに漂う狐火を芳乃に向けて飛ばす。青白く燃える狐火。しかし彼女が燃え上がる事はなく先に炎が消え去った。

 

━━━囲巻大鐘以尾叩龍頭

 

 紡ぐ言葉はとある昔話の一節。

 愛する彼を追いかけて、彼が入った鐘に巻き付く大蛇となった彼女。そして彼は鐘の中で骨になるまで燃やされる。そんな昔話の、鐘に纏わる大蛇の一節。

 その言葉が発せられた途端に足元から周子に纏われる不可視な蛇。その蛇は彼女を縛り上げ、動きを止める。

 

「話を聞かないのらば対抗措置でしてー。それでも続けるのならば燃やすのみです」

 

 もう一体の不可視の蛇は周子の腕に眠る紗枝を背に乗せ芳乃の所へ運ぶ。身体に巻き付いた蛇に寄って身動きの取れない周子は彼女の言葉を従うことしか出来ない。

 彼女にとって、紗枝を人質に取られたと同じである。芳乃を睨みながら何とか取り返そうと這いつくばる周子。しかしながらそうせずとも芳乃の方から彼女に近づく。

 

「ではお縄にちょうだいいたしますー」

「…えげつないな…」

 

 後ろの方で眺めていた虎蔵は率直な感想を述べる。芳乃を怒らせるのは止めておこう。そう心に誓った長谷川虎蔵であった。

 

 

 

 先程まで周子が座っていた岩。そこには今、芳乃が座り込み隣には小早川紗枝が眠る。そして岩の下には2人の男女、長谷川虎蔵と塩見周子が正座で座っていた。

 周子は芳乃によって縄に巻かれており身動きが取れず、虎蔵には先程まで周子に巻き付いていた蛇が膝の上に石抱の様にどくろをまいて座っていた。

 

「さて、やっと建設的な話が出来るのでして。まずは誤解を説かなくてはなりません」

「なんなの誤解って。実はこいつプロデューサーじゃないとか?」

 

 相変わらず睨みながら返答する彼女。怒りからか未だに尻尾はビンビンと逆毛立つ。

 

「いえいえ、信じられない事ですが虎蔵殿はプロデューサーです。ただ紗枝殿のプロデューサーではありません」

「はぁ?」

「虎蔵殿はつい二週間程前に就職した新人プロデューサーでしてー」

 

 それから芳乃の手に寄って説明される。

 曰く346プロのボディーガードである。しかしながらカモフラージュでプロデューサーの立場になっているのでスカウト活動をしている。今回、京都に訪れた紗枝に付いて来て周子に出会った事などなど。

 説明を聞くたびに次第に落ち込む彼女と裏腹に勘違いした方が悪いと悪びれない虎蔵。そんな虎蔵には膝の上の蛇が股間の大切な部分を噛み付いた。

 悶絶する彼を放っておいて芳乃は周子と話を続ける。

 

「それでそなたにとって紗枝殿は大切な方なのでしょう?」

「当たり前だよ。うちにとって子供みたいな者でもあるし大切な存在でもある。私みたいな長生きは人間と違って時間に取り残されるんだ。愛する者が先に老いるこの短い時間。一分一秒も長く一緒に居たいと思うのは当たり前よ」

 

 そうですかーと相槌を打つ芳乃。そして彼女は一度、痛みに悶絶する虎蔵に目を向ける。そして周子にこう言った。

 

「それなら周子殿。そなたもアイドルになりませんか?」

「うちがアイドル? それってこいつの下に?」

 

 そう言って首で隣の男を指す。その行為に頷く芳乃。

 

「バカ言わないでよ。なんでこいつと一緒に働かないと行けないわけ」

「では紗枝殿とまた離れ離れになるのですがー」

「…」

 

 彼女にとって究極の二択。アイドルになったら今と比べてさえはんと一緒に要られる時間が格段に増える。しかしながら大嫌いな隣の奴と仕事をしなければならない。究極の二択。彼女の頭の中ではその二択が天秤の上でゆらゆらと揺れていた。

 

「そもそもですが…何故お二人は仲がわるいのでしてー?」

 

 ここで芳乃が根本的な問題にメスを入れる。2人の不仲の原因。虎蔵によると一夜の関係であったらしいがその一夜に何があったのか。すると彼女は呪詛の募った言葉で話し出す。

 

「こいつが夜中、酒に酔った勢いでうちが眠っている時に襲ったんだよ。妖狐は了解を得ずに交わった場合、男の局部が疼くんだ」

「つまり…」

「こいつは痒みに嘆いて私に当たって、私はそんな虎蔵にムカついた訳。お前の責任だろって。それから険悪な関係になった訳」

「…ギルティでして」

 

 そういって虎蔵の局部に再度噛み付く蛇。痛みに悶える彼に芳乃は優しく言い聞かせる。

 

「あやまるのでして」

「なぁぁ、あやまるってぇそおんな妖狐のぉ習性なんてぇ知らな…」

 

 あやまる気がない虎蔵。すると芳乃は問答無用で噛み付いている蛇の牙から神経毒を流す。

 

「あぁぁぁぁぁああああわ、分かった、分かったからスミマセンデシタァァァァ!!!!」

 

 そう言って魂が抜ける虎蔵。彼が気絶する瞬間見えたのは隣で周子がざまみろと清々しい笑顔で眺めていた塩見周子の笑顔であった。

 

 

 

 太陽が傾き、回りの景色を夕暮れ色に染める。

 そんな中、ゆっくりと目を覚ました小早川紗枝は誰かの背中におんぶされるのに気が付いた。

 

「ん…誰や…」

「ん? 起きたん? 」

 

 紗枝をおんぶする周子。その横で芳乃と虎蔵が一緒に夕暮れ道を歩いていた。しかしながら虎蔵は何故か身を丸くしながらフラフラと歩いておりはたから見るとおかしな人にしか見えない。

 

「うち、眠ってしまったん?」

「そうそう、うちに来た時に疲れからか眠ってしまったんよ。大丈夫?」

「大丈夫や。ありがとう周子はん」

「いいっていいって」

 

 4人が向かうのは今日泊まることとなるホテル。ここで346のアイドルたちは英気を養って大阪公演に全力を出す。しかしながらここで紗枝は周子に疑問を振る。

 

「ん? 周子はん家に帰らんでよかと。どんどん周子はんの和菓子屋から離れていっとるけど?」

 

 すると周子はフフフと言いながら顔を隠す。そして紗枝を降ろすと両手を後ろで組みながら数歩前に。そしてクルッと回ると両手を広げて満面の笑みで彼女に伝える。

 

「なんとうち…アイドルになります! これからは紗枝はんと一緒!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、周子に飛びつく紗枝。2人は抱きつきながら喜び合う。

 

「ほんまか、ほんまなんや! 東京でも周子はんに会えるんやな!」

「そうなんよ。うちも紗枝はんと同じステージに立てるかもしれん!」

 

 そのまま2人はもう一度2人で居られる喜びを噛みしめる。

 その2人の後ろで芳乃は涙を良い話と流し、虎蔵は腫れた玉袋に涙を流していた。

 

 

 

 カラスが鳴き、太陽が更に傾く。まわりは薄暗くなって影が道路に長く伸びる。

 紗枝はもう一度、周子の背中でおんぶという形で身体を預けていた。

 

「しかし周子はんにおんぶされると昔の事を思い出すよ」

「そうやったね。紗枝はん外に出る機会が少なかったけん、外出するとはしゃいでいっつも帰りは疲れて眠っていたもん」

「そんで周子はんにおんぶされて帰る。そん時もオレンジ色の景色やった…。周子はん、これからも一緒やね」

「うん、これからも一緒…」

 

 

 

「良い話でしてー」

「そんな所じゃ…ない…」




芳乃が紡いだ「清水の~」と言う呪文はネットで有名な失せ物探しのおまじない。
「綻び」の所に捜し物の名前に変えて失せ物探しをやってみると見つかるらしい。

唾を飛ばすのは熊本の民間伝承。
出典は「肥後球磨郡」1915年の論文なので今はもう廃れているかも。

「囲巻大鐘以尾叩龍頭」は「大日本國法華経験記巻下 第百廿九 紀伊國牟婁郡悪女」から。
これ、かの有名な清姫伝説です。FGOのお陰で一躍有名になりましたね。

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次は何時だろう…
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