科学技術が発達し、よりリアルにより近未来的になっていた近代世界において娯楽であるゲームはただコードを繋げてテレビ画面でプレイしたり、カメラを使ってのVR体験ではなく実際に仮想世界に入って現実のように体感することができるゲーム――DMMO-RPGが主流になっていた。中でもYGGDRASILと呼ばれるゲームは職業や種族などを選択する、具や自分の外装、NPCまでも自分の好きに変化させるなど大きい自由度と広大な世界観から日本においてそのゲームを知らないと言う者はほとんどいないほど人気を博したゲームであった。
しかし、それも一昔前のこと――時が移ろうにつれYGGDRASILもまた時代の波に埋もれついにはサービス終了間近となってしまっていた。プレイヤーの中にはそれを惜しむ人や続編を望む者、はたまた別のゲームに熱中する者もいれば現実での忙しさに敢え無くプレイしなくなったりと次々とゲームから決別していくものもいた。
しかしとある病院の一室――様々な電子機器がならび機械音しか響かない真っ白な空間にいる青年はそんな人とはまた違った理由からゲームから決別せざるを得ない状態であった。
その青年は成人男性と比べてやけに身長が低く四肢も骨が浮き出るほどやせ細り、身体にはいくつもの手術痕が刻まれ、電子機器から伸びるコードが繋がれていた。髪は真っ白で頬も痩せこけ、まるでゾンビ映画に出てくる亡者のような顔つきである。だがそれでもよくよく見れば顔つきは整っており傍から見たら少年にも見えなくはない容姿ではあるが、これでも彼は
「ははっ、ひっでー顔……」
青年は個室に備え付けられた洗面台で顔を洗い、真っ白に除菌されたタオルで顔を拭いて鏡に映った自分自身を見つめる。やがてふっと自嘲気味に笑うとゆっくりと自分が寝ていたベッドに歩き出し、近くにおいてあるヘッドギアに手を伸ばす。
大気汚染が拡大し、ほとんど太陽光すらさすことがなくなった現代において、外は人工肺がなければ呼吸もままならないほどの悪環境であった。彼もまた人工肺を装着していたが、それがたまたま体質に合わなかったためか彼は不治の病を患い、ほとんど寝たきりの状態となっている。病院の費用は彼自身がイラストレーターとして稼いでいた金があったため、娯楽に金をつぎ込んでも残り少ない自分の余命までの入院費は事足りることを理解していた。両親とはすでに絶縁状態であり、友人や恋人と呼べるような者はいない。
ただただ絵を描き病院で寝て過ごすだけの毎日だった彼の人生において唯一の娯楽はネットで公開されているアニメや特撮の動画、そしてYGGDRASILであった。特に彼は大の特撮ファンで、悪をなぎ倒し弱き人を守る主人公の活躍を見るのが好きだった。しかし自らの環境や自分が異形の怪物であること、そしてもうすぐ死ぬかもしれないという中で例え間違っていたとしても自分と言う存在を貫き、そして生きるダークヒーロー的な登場人物も好きだった。彼らには自分が持っていない強さがあり、そんな彼らに対して青年はある種の尊敬すら湧いていた。
だからこそ彼はYGGDRASILにおいてよくPKの対象にされがちな異形種を選択し、同じ異形種のプレイヤーたちが集うギルドに加入したのは自然であった。そこで彼は現実では得られなかった充足感があった。
《アインズ・ウール・ゴウン》――もとは異形種であるからという理不尽な理由から行われていた異形種狩りのPK集団に対抗するため9人の異形種プレイヤーが作り上げたナインズ・オウン・ゴール、そしてそこから集った至高の41人によるユグドラシル最大ギルドの一つで極悪にも近いギルド――彼は後から加入したがその41人の一人となった。彼の人生においてそのギルドが本当の生きがいであった。体が弱い青年でもゲームの中では自由に動き回れたため、異形種の仲間と共に危険度の高い場所での狩りやギルド長と二人でのギルド潰し祭り、ギルドの存続をかけた激しい戦い――レベル100カンストプレイヤー1500人対ギルドメンバー41人での戦いは巷で噂になるほどのこともあった。
戦いだけではなく、ギルドの仲間内でバカな掛け合いをしたりPVPでちょっと行き過ぎた制裁を喰らったりと笑顔に満ちた日々が続いた。あまりに楽しかったため、リアルで会うことになった際は医者に無理を言って延命装置を付けたまま会いに行ったこともあった。それほどまでに楽しく、彼にとって初めてできた友達との日々だったのだ。
しかしそれでも現実は厳しくリアルが忙しい、夢を叶えた、転職した、結婚した、そろそろやばい、単純に飽きたといった理由から一人また一人と姿を消していった。青年とギルド長は最後までギルドを維持しようと必死に金策し、皆がいつでも帰ってこられるようにと毎日待ち続けた。しかし、それでも虚しくユグドラシルは終わりを迎えようとしていた。それは運営からのサービス終了のお知らせのメール、そしてどうせなら最後位みんな集まろうと丁寧かつ簡潔にまとめられて送られてきたギルド長からのメールである。その日は皮肉にも青年の余命前日であった。
「今日で最後、か……モモンガさんと会えるのも今日が最後か」
青年は今にも泣きだしそうな表情で自嘲の笑みを浮かべる。別に死ぬことは怖くない――ただ折角出会った本当の友達と皆が築いてきた思いである居場所と死ぬ前に別れなければならないという事実が彼を苛んでいた。しかしいくら悲しく思っても今日で最後なのだ、青年は心に言い聞かせヘッドギアを頭に装着する。骸骨の姿をした友人でありギルドのまとめ役でもあったギルド長が待つであろう世界へと向かったのだった。
ナザリック地下大墳墓――黒曜石で出来た円卓とそこに並ぶ41つの椅子が鎮座するその部屋は、かつてアインズ・ウール・ゴウンのメンバーが集っていた部屋であった。しかし、今やその席はほとんどが空席であり、今しがたメンバーの一人――スライム種の《ヘロヘロ》もまたブラック企業による疲労の蓄積からすぐにログアウトしていった。そして今部屋にいるのは黒い眼光に赤黒い光をともした骸骨――
「ヘロヘロさんも帰っちゃったから、また二人になっちゃいましたねモモンガさん」
「そうですね、ヘロヘロさんも
バナナはモモンガに呼びかけると、モモンガは少し沈んだ様子であり何を思ったのかダンっと机を強く殴りつけ怒りを表す。
「ふざけんなよっ!!」
「っ……」
「みんなで作り上げたナザリック地下大墳墓じゃないか……どうして簡単に捨てられるんだよ」
「……」
「……すみませんバナナさん、つい興奮してしまいました」
「良いんっすよモモンガさん、俺も若干同じ気持ちですから」
「いけませんね、ギルド長が最後にこんなだと……」
かつて栄光を極めたアインズ・ウール・ゴウン……それはもはや過去のことだ。すでにメンバーはギルド長であるモモンガとバナナを除いて顔を出すものはおらず、モモンガからの呼びかけに応じて久々に顔を出したのはモモンガと同じく毎日ユグドラシルにログインしていたバナナを除いてたった三人だけである。
モモンガは椅子からすくっと立ち上がるとギルドの象徴たるギルド武器――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの前に立つ。かつてそれを一度も使うことはなかったが、これを作るのに皆が皆身を粉にし、時には有休をとってまで作り上げたモモンガのために存在するような最強の武器である。
「……」
「……モモンガさん、最後ぐらいそれを装備しましょうよ」
「えっ……ですがこれはギルドの象徴でもある物ですよ……私が勝手に持ち出したら」
「どうせ最後なんですからギルド長らしくそれを装備してくださいよ。それにそれはあなたの物です」
「……そう、ですね」
バナナの言葉に促され、モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備すると身を翻し、バナナの方へ歩を進める。
「うはっ、見た目も相まってもう完全に魔王ですね」
「そうですね、結構作り込んでますからエフェクトとかもはや悪役にしか見えないですね」
「……出たな魔王モモンガ、今日こそ勇者の名に懸けてお前を打倒す!!」
「ふはははっ、来たな勇者バナナ!!今日こそ貴様の息の根を止め、世界を我がものとしてくれよう!!」
「……うん、自分で言っててなんですけど俺の見た目もモモンガさんと十分同じくらい悪役ですよね」
「ですね……たっち・みーさんだったらともかく、バナナさんの見た目だけだったら完全に悪役って感じですもん」
「「あはははっ!」」
「では最後ですし、どうせなら玉座に行きましょうか」
「そうっすね、最近はただ金策してはログアウトしての繰り返しでしたし」
「……では、行きましょうか」
「了解っす、ギルド長」
二人は肩を並べて歩き出す。目指すはナザリックの最奥にある玉座である。
「その後体はどうですか……確かこの間また手術したんですよね?」
本来であれば転移すればすぐに玉座にたどり着くのだが、最後ぐらい自分たちの挙上をゆっくり見回ってみようというモモンガからの提案で二人はNPCを引き連れ長い廊下を歩いていく。モモンガはふとバナナが持病を持ち、入院していたことを思い出して話題にだす。
「はい……けどやっぱもう限界みたいで、薬でもどうしようもないみたいなんすよ。もって明日か明後日ですかね」
「……すいません、不謹慎なことを聞いて」
「いいんっすよ、どうせ遅かれ早かれ分かってたことなんですから」
「……」
「でも、後悔はないです。最後はこうしてモモンガさんと一緒の夜を過ごせますからね」
「ちょっ、その言い方やめて下さい男に言われても全然嬉しくないです」
「初めてだから優しくしてくださいね、あ・な・た♡」
「うわキモっ」
「本気で引かないで下さいよ」
「そんなセリフ男が言っても怖気が走るだけです」
「うるさいな女の人としたこともない癖に、この童貞」
「あんただって童貞でしょうがっ!!」
「俺は女の人に【ぴーっ】触られたことありますー!!主に相手がナースさんで、尿意が溢れた時とか」
「それ単純にトイレ介助でしょうが、というよりもうこの話やめましょう最後の最後に18禁に触れてアカBUNとかシャレならないですよ」
「ですね」
そんな馬鹿な掛け合いをしている内にいつの間にか玉座にたどり着いた二人。そこはナザリックにおいて最も作り込まれた場所であり、改めて眺めたモモンガとバナナはただ感嘆のため息をつく。ふと、玉座の横を見ると純白のドレスを纏った女性型のNPCがその場に立っていた。彼女こそナザリック地下大墳墓階層守護者統括のアルベドである。
「このNPCって確かタブラさんが作ったNPCっすよね」
「そうだね、ここにはあんまり来ないからじっくり見てないし……どんな設定だったかな」
NPCは作成される際、プレイヤーキャラと同じく作成者が自由にレベルや職業構成をできるほか、設定を書き込むことができる。ただロールプレイするだけでなく、こうして設定も作り込むことができるのがユグドラシルの売りだったのだろう。二人はそんなことを思いながらアルベドの設定をまじまじと確認する。そして――……。
「「長いよっ!!」」
二人同時にツッコんだ。それぐらいにアルベドの設定分が長いのだ。じっくり読んでいれば恐らくユグドラシルのサービス終了時間になってしまうだろう。
「どんだけ長い設定書き込んだんだ大学の資料か何かですか」
「あの人こういうところに拘るからねー」
「設定厨ってことすかね、ゴーレム製造マシーンのるし★ふぁーさんに比べたらかわいい方ですけど」
「「んっ?」」
ふと、設定分を流し読みしていた二人は最後の文に目を移した瞬間に同時にその動きを止めてしまう。
『ちなみにビッチである』
「「えー……」」
二人して言葉を失ってしまった。あまりにもひどい、そんな感情が二人に現れていた。いくら普段同じギルメンであるペロロンチーノとアカBUNされないのが不思議なくらいエロ話をしてその度にアインズ・ウール・ゴウンの少ない女性メンバーのぶくぶく茶釜に黙らせられているバナナでさえもこれにはさすがに引いていた。
「えっ、ビッチて……もはや中傷にしか感じられないんすけど」
「タブラさんってギャップ萌えだったっけ……だからってこれは」
「「ないわなー、うん」」
二人は同時にうんうんと頷く。それほどひどかったのだ。大事なことなので二度言うが、それほどひどかったのだ。
「あっ、どうせならギルマス権限で変更しちゃいましょうよ、どうせ最後なんですから」
「えっ、でもタブラさんの作ったキャラにそんな勝手なこと……」
「良いんすよどうせ最後なんですから、ねっ、どうせならビッチじゃなく『モモンガを愛している』なんてどうすか」
「そりゃないでしょ、どうせなら『ギルメンを愛している』にしましょうよ」
「それじゃあ面白くないでしょ、最後なんだし冒険しちゃいましょうよ【ギルド長】」
「う、う~ん……」
バナナはわざとらしくギルド長の部分を括弧で囲み強調する。モモンガはその言葉にやや悩む様子を見せるが、どうせ最後なのだからと自分に言い聞かせ最後の文章を消し『モモンガを愛している』と入力した。
「ま……まあ最後だしなっ」
「うわ~本当に書いたよこの人引くわ~」
「あんたがやれって言ったんでしょうが!!」
そんな掛け合いをしつつ、二人は最後の時間を過ごしていく。残された時間は残り僅かであった。モモンガはそのまま玉座に座り、バナナはアルベドとは反対の場所――モモンガの左隣に立つ。まるで魔王を守る悪魔の騎士のような姿であり、RPGでのボス戦前のような風景である。しかし、モモンガとバナナの心情はただただ寂しげである。
「……ああ、楽しかったなぁ」
「そうですね」
「かなりやり込みましたからねこのゲーム……課金もしてたからかなり思い入れもありますね」
「モモンガさんボーナスつぎ込んでまでガチャ回しまくることもありましたね」
「その後やまいこさんが昼飯一回分でレアデータ当てた時は転げまわるほど悔しかったですね」
「ねぇどんな気持ち、リアルラックでギルメンに負けてボーナス吹き飛ばすとかどんな気持ち」
「そこに直れ、私自ら打ち首にしてくれる」
「サーセンした」
「……同士討ち
「魔法防御が紙の俺に対して本気出し過ぎじゃないですかヤダーっ!!」
「あはははっ……本当に、楽しかったですねバナナさん」
「そうですね」
「このギルドも、思い出がたくさん詰まってますね」
「たっち・みーさんとウルベルトさんは正義だの悪だのでいっつも喧嘩してましたね」
「その時バナナさんはどっちの味方だってたっちさんとウルベルトさんに迫られてましたよね」
「俺どっちも好きだからなんとも言えなかったっすよ」
「るし★ふぁーさんの悪戯には困らせられたことが何回もありましたね」
「俺とモモンガさんがレベル100カンストゴーレム集団に追い回された時なんかリアルに殺意が湧きましたね」
「まったくです……ペロロンチーノさんは仲が良かったですが趣味趣向が全開で時々暴走しっぱなしでしたね」
「時々俺でもついていけなかったっすよ、ほぼ18禁スレスレでしたよ」
「バナナさんはへたれですから」
「うるさいよ骸骨」
「そしてその度にぶくぶく茶釜さんにPVPで絞められていましたよね」
「あの人リアルでは優しくしてくれるのにユグドラシルではペロロンさんとほぼ同じ扱いでしたよ、PVPで一勝もできてないのたっちさんと武人建御雷以外に茶釜さんだけですよ」
「たっちさんはうちのギルドでは最強ですからね、しょうがないですよ」
「現実ではリア充でユグドラシルでは最強の正義ってなんなんすかあの人、あれか、存在そのものが神様が俺らにケンカ売ってるようにしか思えないですよ」
「あははははっ」
「「……」」
いつもの掛け合いをするが、ふっと静かな雰囲気になりお馬鹿騒ぎから一気に寂しげな空気に変わる。もうすぐ、ユグドラシルは終わる。そして次はバナナの命も終わる……。
「バナナさん、もしよかったら他のゲームでもチーム組みませんか」
「おぉ、それは良いですね……なら次のギルド長もモモンガさんで決まりですね」
「その時はみっちり働いてもらいますからね、ナザリックの鉄砲玉バナナさん」
「了解ですギルド長!!」
バナナはモモンガの言葉にオーバーリアクションで答える。まるで終わりの時間をわざとらしく目をそむけるように……それでも、最後の時間はやってくる。
23:59:40、41、42……
「……今までありがとうございましたバナナさん、また会いましょう」
「……こちらこそありがとうございましたモモンガさん、さようなら」
モモンガはまたどこかでまた会えると少しだけ希望を持ちながら、バナナはそれでも自分の運命を受け入れながら最後の別れを告げる。
23:59:58、59……
そして幻想は、終わりを迎える……
00:00:00
01、02、03……
「「……ん?」」
そして、始まりを迎えた。
というわけで唐突に始まりました……いやぁ~書店でオーバーロードを見て一気にはまってしまい、小説と漫画を同時に買っていたら書きたい衝動に襲われてしまいました。他の小説のようにモモンガさんと一緒にオリギルメンが転移しちゃうという二番煎じですが、それでも頑張って書いていこうと思います。オリ主の設定についてはまた後日載せます。エロ表現についてはもしかしたら通知を受けて18禁に移動することになるかもしれないのでご了承ください。では次回も暇がありましたら読んでください。