【NieR Gestalt】小さなお話【ニーアゲシュタルト】 作:収集家
海の街の話を少しばかり。
蒼い海、青い空、白い雲。
その光景を全て拝むことが出来る場所にその街は存在していた。
遠くには旧世界の遺産たる崩壊した巨大な鉄の橋が見えており、
近くには帰り着いた船を受け入れ、新たに旅立つ船を見送る港の姿が見えている。
その港を有する街は海岸にあった。
故に人々はその街をこう呼んでいる。「海岸の街」と。
街には細波が立てる心地よい音が響き渡り穏やかな潮の香りが漂っており、
太陽に照らされて黄金の輝きを放つ砂浜には、街の人々に海の守り神として大事にされているアザラシがのびやかに寝転がっている。
港には到着した船から降り立つ人々や、逆に港から出航する船に乗り込む人々の喧騒が響いており
市場では食品などの安売りや珍しい外国製の商品を宣伝する叫び、それらに興味を示す人々の声が活気を齎している。
ここは海岸の街。大きく数を減らした人類の生き残り達が、繁栄を迎える為に集まり旅立つ、数少ない土地の一つ。
そんな街のすぐ近く、海に面した小さな砂浜の公園で釣りに励む者たちがいた。
「…………」
「……ああっ、クソッ!」
「…………」
「…………、きたっ!」
「…………」
「……っ! っ! っ!!」
「…………」
「……くそっ、また逃げられた」
「これで21回目だな、ニーア」
「くそっ、何で釣れないんだ?」
ニーアと呼ばれた壮年の男性は悪態を吐く。
「なあ、シロ。魔法で釣れたりはしないのか?」
ニーアは己が相棒に話しかける。
しかし周囲には彼以外の人は存在していない。
本が一冊、浮いているだけだ。
「だから『シロ』と呼ぶでない! 我は『白の書』だと何度言えばわかる!?」
シロと呼ばれた者は返事を返す。
その声は傍に浮く本から発せられていた。
どうやら、彼がニーアの相棒らしい。
「シロ、静かにしてくれ。魚が逃げるじゃないか」
「…………。まあ、我の魔法に掛かれば魚如き楽に獲れるだろうが」
「だったら早速」
「だが、問題がある」
「なんだ?」
「……魚が見えん」
「…………」
ニーアは落胆する。
魔法を使えば楽に魚を獲れると思っていたのだろう。
その考えは間違いではない。旧世界では爆薬を使った漁が存在していたのだから。
だがその爆破漁とて、魚影も確認せず無闇に放っていては獲れるものも獲れぬ。
姿が見えなければ狙うことは不可能なのだ。
だからこそ、釣竿に釣り餌が存在する。誘き寄せれば狙う必要もないのだ。
だが……
「普通に釣るしかないか……」
「……なあ、ニーア。本当にここで釣れるのか?」
「釣竿をくれた爺さんは砂浜で釣れると言っていたじゃないか」
「しかし、全く釣れる様子がないではないか」
そう、全く釣れないのだ。
釣竿はあり、ルアーもある。
だが、全く釣れないのだ。
時折、ルアーに魚が掛かる。だが、釣れないのだ。
多くの力仕事や、マモノとの戦闘により鍛えられた筋力を以てしても釣れないし、そもそも掛からないこともあるのだ。
「なあ、シロ。お前に釣りのコツとか書かれてないのか?」
「確かに我は深遠なる叡智の結晶であり、森羅万象を言葉で装飾することもできる極めて優れた魔導書ではあるが……流石に釣りのコツなどは載っておらん」
その言葉を聞いたニーアは再び落胆する。
だが、彼はいつまでも落ち込んではいられない。彼には急いで釣りをしなければならない理由があるのだ。
彼は気を取り直して釣りを再開する。
「普通に釣るしかないか」
「焦る気持ちは分かるがな、ニーア。もう少し落ち着いたほうが良いぞ。もしかしたらその焦りが魚を遠ざけているのやもしれぬ」
「……そうだな」
白の書に窘められたニーアは、一旦気を落ち着けることに集中する。
ひたすら、とにかく、集中する。
どれだけ集中していただろうか? ある時を境に彼の周囲から一切の音が消えていた。
彼はそれに気づいていない。いや、気づいているのだろうが、気にしていない。
彼は今、一つのことだけに集中していた。
彼が狙うもの、彼が求める音、それは…………
パシャンッ
魚がルアーを引きずり込む、水の音。
「っおおおおおおおおお!!」
ニーアは雄たけびを上げ、全力で釣り上げる。
今度は、逃がさない。
暫くか、一瞬か。
集中しきっていたニーアには、一秒が一分にも十分にも感じられていた。
だから、釣り上げた“それ”が何だったのかを、じっくりと眺めて、ゆっくりと理解することが出来た。
緊迫した空気を纏って見守っていた白の書も、その正体を見て暫く愕然とした。
光も返さない鈍い銀色の体、滴り落ちる……いや、流れ落ちる水。
ニーアが初めて釣り上げたそれは、『錆びたバケツ』だった。しかも、穴が空いている。
「…………」
「…………」
二人から言葉に出来ない雰囲気が発せられる。
二人は釣り上げたそれを呆然と眺めていた。
暫くして、彼らは急に動き出す。
ニーアはバケツを右手に持ち、それを全力で投げる。
そこに白の書が街中であることも構わずに、魔法で追い討ちをかける。
今回、白の書が放つ魔法は『黒の槍』
憎きバケツの穴を増やさんと、その槍はいつも以上の威力を持ってバケツに迫り、刺さり、貫通する。
魔法が直撃したバケツは木っ端微塵となって海の藻屑と消えた。
(※ゴミはキチンと回収しましょう)
「はあ……」
「……ふう」
ニーアとシロはしゃがみ込み、溜息を吐く。
釣りを始めてから既に数時間、ようやく釣った獲物はただのゴミ。
この事実を確りと認識したとき、彼らは流石にやる気を無くしてしまったのだ。
暫くそうしていると、そんな彼らに話しかける人物が現れる。
「ん? おーい、そんなところでどうしたんじゃ」
現れたのは、ニーアに釣竿とルアーを与えた爺さんだった。
「……なあ爺さん、魚が全く釣れないんだが」
「まさかお主、偽の情報を我らに掴ませたのではあるまいな?」
元気のない声でニーアは呟き、疲れきった白の書は意味のない嘘を疑う。
「んん? おかしいのう。確かにあっちの砂浜で釣れるはずなんじゃが……」
そう言いながら、爺さんはこの砂浜の公園の隣にある洞窟の先を指で示した。
「…………」
「…………」
最早彼らに、言葉を発する気力は残っていなかった。
だがそれでも、彼らにはやらなければならないことがある。
例えこの体が朽ち果てようとも、成さなければならないことがあるのだ。
「あ、ああ……そうだったのか。いや、勘違いしていたよ。ありがとう、爺さん。あっちだったんだな……」
「馬鹿な……、叡智の結晶たる我を以てしても見抜けなかったとは……?!」
疲れきった彼らを、爺さんは訝しげな表情で見送った。
そして本当の砂浜に到着したニーアは、釣竿を投げた一発目で見事にお目当ての魚を釣り上げ
暫くの間、今まで釣れなかった鬱憤を晴らすかの如く食料用に釣りをしてから自分の村に帰る支度をするのであった。
「まさかこんなに時間がかかってしまうとは思わなかったな……」
「ああ、とにかく早く家に帰ろう! ヨナが心配だ……」
村に帰りついた彼らは周囲に脇目も振らずに我が家を目指す。
ニーアには娘がいた。今年で7歳の小さな女の子。
ニーアは娘を愛していた。目に入れても痛くないほどに。
娘を愛する父親は今、帰宅する。
「ヨナ、ただいま」
「おかえり、おとうさん……。うう、いたいよ……」
「すまない、ヨナ。色々あって遅れてしまった。でも薬魚は手に入ったんだ。すぐに用意するよ」
ニーアは優しく、それと同時に申し訳なさそうに話しかける。
彼の娘は病に冒されていた。体に文字が浮き出て、やがて死に至る不治の黒き病。
その病はヨナに痛みを与えていた。
ニーアは友人であるポポルに痛みを止める薬を尋ねた。
ニーアはポポルに娘の病気が進行していて、痛みを止める薬が欲しいことを告げると
彼女は普通の鎮痛薬では効果が薄いと判断し「海岸の街で獲れる薬魚」の話をした。
その話を聞いた彼はすぐに村から出発し、街に到着したら親切な老人に釣竿を譲ってもらえた。そこまでは順調だったのだが……
(……くそっ、俺がもっとしっかりしていれば)
釣れるという砂浜を間違え、一時間か二時間も時間を無駄にしてしまっていた。
朝に出たのに、もう夕方過ぎの時間だ。
彼は自分の娘を長時間苦しい目にあわせてしまったことを酷く悔いていた。
だが、悔いるだけだ。懺悔している時間はない。
「ヨナ、もう少しだけ待ってくれ。材料をポポルのところに届けて、薬にしてもらってくるから。すぐ戻るから。」
「うん……」
頭を切り替え、薬魚を薬にしてもらう為にポポルのところに向かう。
少しでも早く薬になるよう、ヨナに薬を飲ませてあげられるよう祈りながら。
幸いなことに彼女は今日の仕事を既に終えており、すぐに準備をして薬を作ってくれた。
薬の入った瓶を落とさぬよう気をつけながら、全力で家まで走る。
「ヨナ、薬を作ってもらってきた。ちょっと苦いけど……、すぐに良くなるぞ」
「ありがとう、おとうさん……ヨナ、苦くてもがまんするよ……うう」
そう言ってヨナは薬を飲み込む。
が、やはり苦かったようで、その表情を痛みとは別の形で歪ませる。
だが文句は言わなかった。ヨナは病弱だが、とても強い子なのだろう。
苦そうにするヨナの顔を見たニーアは、夕食の準備をする。
海岸の街で獲った食用の魚を調理するのだ。
新鮮だから、きっと栄養があるし、美味しいことだろう。
ニーアは料理を少しずつ切り分けてヨナに食べさせる。
ヨナが食べ終えたあとに、自分の分を食べる。
親子でおやすみと言い合って、明かりを消して寝床に入る。
翌朝になる頃には、ヨナが元気になっていることを祈って。
初めての釣りでのあるあるネタ。釣り場を間違える。
親子愛の話大好きなんですが、そういう小説SSは余り見かけない……。
ので練習兼ねて書いてみたが、私には荷が重かった……。