IS~人は過ちを繰り返す~   作:ロシアよ永遠に

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第3話『IS学園』

「ふふふ…予想外のことは起こるもの。」

 

どこからともなく取り出した深緑の扇子を口許に当てて、彼女は眼を細め、そして乾いた笑みを浮かべる。

彼女の居るラボ。数ヶ月前までは乱雑していたこの部屋も、今はホバー飛行している白い悪魔によって綺麗さっぱり片付いている。

 

『正直、そのネタが解る人は少ないと思いますが?』

 

「細けぇこたぁいいんだよ!兎にも角にも、この束さんの予想を超越する物が現れたら、こうもなるよ!」

 

『ほほぅ?貴女様を、して予想を超越すると言わしめるとは?』

 

この二人、篠ノ乃束とコズワース。初対面こそ最悪の物だったが、ネイトによるシリンジャーとハッキングによって、あのいがみ合いがウソのように気の合う二人となってしまった。

 

「…いっくんのパーソナルデータに合わせた打鉄だけが起動するようにしたまでは良かったんだよぅ!そのあと、起動するはずもないのに政府の馬鹿共が一斉に男の起動テストをするのも予想できていたさ!」

 

先日言っていたサプライズ…束の友人の弟である織斑一夏がISを起動させるという、世界を揺るがす事件に一枚噛んでいた束。その後の展開も読んではいた。しかし、

 

「何で…何で2人目が見付かっちゃうかなぁっ!?」

 

まさかの発見に、さしものマイペースな束も混乱していた。

全く予想だにしなかった展開。

全世界一斉IS起動テストにて、2人目が発見されたという。

 

「何やらまた束は荒れているようだね。」

 

「束様、ネイト様が昼食を用意して下さいました。一旦食事に致しましょう。」

 

「わぁい!食べる食べるぅ!」

 

先程までの錯乱振りは何処へやら。飛び付くように席に着いた束の目の前に、サンドイッチや野菜スープ。何かの肉のローストが並べられる。最後の逸品に対しては、誰しも何の肉か気になるだろうが、食事を作ることが出来ない束や、卵焼きをかわいそうな卵へと変貌させてしまうクロエにとっては、理解の範疇外。嬉々としてその料理達を口に運んでいく。

実際にこの場で料理できる人間と言えば、ネイト以外にコズワースだけであり、篠ノ乃姉家の二人の女子力の低さが明確に現れるものとなった。

 

「ん~、今年はIS学園に箒ちゃんといっくんが入るって言うのが一大イベントなのに…誰なんだよこの2人目!」

 

「束。食事中は静かにした方が良い。女子としての品を問われるぞ。」

 

「むむむ…!ネイ君がお父さんみたいだよぅ…。」

 

「あいにくと、事実として父親だからね。…本来、ショーンに言うべきなんだろうが。」

 

「その…ごめん。ネイ君の子供に関しては、束さんも頑張って探すからさ。大船に乗ったつもりでいてよ!ね?」

 

「あぁ。頼りにしているよ束。」

 

柔らかな笑みを浮かべるネイトだが、その実、何処か寂しげな目をしているのを、束は見逃さなかった。当然だろう。いるべきハズである自身の息子が居ない。そして愛する妻も居ない。居るのは執事ロボットのコズワースだけ。孤独感に苛まれているのだ。励ましたつもりの束だったが、逆に彼の孤独感を目の当たりにさせられていた。

 

「ところで…男性操縦者が2人目、と言ったね。どういう人間なんだい?」

 

「彼?えっとねぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園。

東京湾に人工島から建設された、IS操縦者の養成学校だ。アラスカ条約に則り、建設費から運営費まで、すべてを日本の国民の血税によって賄われている。

そしてありとあらゆる国からの入学生が在籍する中、セキュリティも現最高段階の技術を用いて万全を期しており、その維持費もまた日本国血税だ。

そんな異質とも取れるこの学園。生徒の99%が女子だ。と、言うのも、言わずもがな、ISの女性にしか動かせない、と言う特性から来るものだ。

だが、残りの1%とは?

 

(か、帰りてぇ…。)

 

周囲から、まるでファンネルのように全方位からの視線が突き刺さり、彼は俯いたままにダラダラと脂汗をかく。

彼にしてみれば拷問。

しかし、周囲の女子からしてみれば、興味の対象、もしくは侮蔑の対象。前者はそのままの意味で、ただ女子ばかりの空間に一人居る男子に注がれる興味。後者においては、女尊男卑の風潮に染まった者から。両者にとっては目を輝かせる者と、そして鋭い目を向けるものとでよく見分けが付くのも確かである。

彼、織斑一夏はそんな空間に放り込まれた狼。いや、周囲が狼で彼自身が羊なのかも知れない。

 

「はーい!それでは皆さん、朝のショートホームルームをはじめますよ!」

 

山田真耶、壇上に立つ!

今日のタイトルはこれで良いだろう。

などと、一夏が訳のわからないことを考える内にも、

よろしくお願いします

と山田副担任が声を掛けても返事がないなどと言う、彼女にとってのショッキングなイベントは過ぎていく。

 

(あ、ありのままに起こったことを記すぜ…!

『藍越学園の受験会場に向かっていたら、なぜがISを起動してIS学園に放り込まれていた。』

な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。

頭がどうにかなりそうだった。(ISを起動したときの情報量的な意味で。)

超展開だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ!

もっと恐ろしい、何者かの陰謀を感じたぜ…!)

 

「…りむらくん…おりむらくん?織斑一夏君?」

 

「ふぉっ!?は、はい!!」

 

いきなり至近距離で名前を呼ばれたものだから、ビクッと、そしてその勢いで机をがたっと跳ね上げさせてしまう。自身の立てた音にビックリしながらも、目の前に居る童顔巨乳副担任である山田真耶が、半泣きで自身を見つめていた。

 

「い、いきなり大声を出しちゃってごめんなさい!お、怒ってます?げ、激おこですか?」

 

「い、いえ、ビックリしちゃっただけです。少し考え事を。」

 

嘘である。まぁ、こう言っておけば、慣れない環境に不慣れだと誤魔化すことが出来るから、咄嗟に考えついたのだ。

 

「そ、そうですか、良かった。」

 

純真な山田副担任はすんなり信じてしまい、それが一夏の良心を痛めるが、今更撤回できないので、

 

「と、ところで山田先生、何の用で…?」

 

最もらしいことで話題を逸らすに至る。

 

「あ、そ、そうですね。今自己紹介の最中なんです。『あ』から始まって、いま『お』なんで、織斑君の番が回ってきたんです。それで、読んでも返事がないから近くで…。そ、その、ごめんなさい。」

 

「そ、そうですか。その謝らないで下さい。ボーッとしていた俺が悪いんで。」

 

「あ、はい…そ、それじゃ、織斑君、自己紹介をお願いしますね。」

 

「は、はいっ。」

 

勢いよく起ち上がり、後方を向く。

実は、一夏の席。最前列ど真ん中。所謂教壇の目の前だ。それだけに、振り返れば目の前に女子の視線が一斉に視界に飛び込んでくる。これがある程度この場所からズレているならば、死角が生まれ、この視線も少しは緩和されるのだが…。

しかし、逃げ場は既に無い。賽は投げられたのだ。後はなるようになれだ。

 

(えぇい!ままよ!)

 

自身に気合いを入れ、口を開き、大きく息を吸い込んだ。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします…。」

 

気合いを入れた割に、若干尻すぼみになっていた。

 

「え、えっと…」

 

名を名乗っただけでは満足いかない物らしい。未だ耐え止まぬ好奇の視線に答えるべく、再び一夏は大きく息を吸い込み…

 

「以上です!!!」

 

一息分の一言で片付けた。

期待をしていた生徒と、同じく期待していた山田副担任もずっこけてしまった。

 

(もはや、語るまい…)

 

これ以上言うことはない。そう言わんばかりに座ろうとした矢先。

 

ヒュンヒュン…! 

 

何やら風切り音が聞こえる。

それは他の生徒にも聞こえるらしく、キョロキョロと辺りを見回す。

それは段々大きくなっていき…

 

スコーン!!! 

 

「アバーッ!?」

 

一夏の後頭部に見事何かがぶち当たった。涙目で振り返ると、黒い…四角の何かが当たったのか、宙を舞って居る。余程の勢いで当てられたのか、かなりの距離を跳ね返って舞っている。

そしてその黒い何かを、教室の入口に居る黒いスーツの女性が危なげなくキャッチする。

 

「全く…まともに自己紹介もできんのか、お前は?」

 

「げぇっ!?クラン大尉!?」

 

「中の人ネタは止めておけ馬鹿者。」

 

再び投げられた黒い何か。それが出席簿だと理解したときには、額に突き刺さって悶絶する。

頭を抱える一夏を横目に、再び出席簿をキャッチする。

 

「すみません山田先生。会議が長引いてしまいまして。」

 

「い、いえ。大丈夫です、問題ありません。」

 

そうですか、と返して、彼女は教壇に立ち、クラスの生徒を一瞥する。

 

「諸君!私がこのクラスの担任となる織斑千冬だ!私の仕事は、君達を若干15歳から16歳に育て上げること!中学とは桁違いに念密な学業になるが、君達ならば付いてこれると信じている!良いか?解らなければ尋ねろ!解るまで教えてやる!解るならば、反復しろ!その分、己が糧となる!努力を怠るな!以上だ!」

 

おぉ、と、未だ痛む頭を押さえながら、一夏は自身の姉が教師をしていたことよりも、真面なことを言っていることに目を丸くし、そして感心した。

だが、彼は後悔する。

耳を塞いでおけば良かった、と。

 

『キ、』

 

「き?」

 

『キャァァァァァァアアアアアッ!!!!!』

 

突如として引き起こされた超音波に、一夏は混乱した! 

 

「本物よ!!本物の千冬お姉様よ!!」

 

「あぁ!生きてて良かった!」

 

「お姉様!お姉様!あぁ!この距離でもお姉様のグッドスメルが鼻腔を…!!これで丼10杯はイケる!」

 

「お、お姉様に会うために、NewVegasから運び屋を止めて来ました!!」

 

もはや神格化と言わんばかりに黄色い悲鳴と喜びの声が響き渡る。

そう言えば自身の姉は、初代ブリュンヒルデだったな、と思い出す。

ISによる、言わばオリンピック。それで総合優勝を果たした者に与えられる称号ブリュンヒルデ。それを持っているのだから。

 

「全く、毎年毎年、こうも自己紹介の時に騒がれるとは恐れ入る。それとも何か?毎年私のクラスにこんなミーハーとも言える奴らを集めているのか?」

 

『キャァァァァァァアアアアアッ!!!!!』

 

超音波再び。もはや一夏の精神と鼓膜の耐久値は危険域に達している。

 

「お姉様!もっと叱って!もっとキツい言葉で罵って!!」

 

「でも時には優しくして!!」

 

「そしてつけあがらないように躾けて、調教して!!」

 

(な、なんかヤバいクラスに放り込まれていないか?俺…)

 

自身の実姉に、こんな好奇且つ奇怪な視線と思いを向ける女子がたむろするクラスに若干危うさを感じざるを得ない一夏に、嫌な汗がタラリと流れる。

馬鹿にされても、それを御褒美などと思っているような…。

 

「…で?お前は自己紹介も真面にできんのか?」

 

「や、でも千冬姉。この状況で真面な…」

 

ボギャァ!!

 

出席簿がヤバい音と共に縦に一夏の頭に打ち込まれる。

…このままだと、これから学ぶべきことが入らなくなりそうだ。

 

「織斑先生、だ。」

 

「………。」

 

「織斑、私の名を言ってみろ」

 

「織斑先生…です。」

 

「以後気を付けるように。」

 

どうやら、修羅を沈めるに至ったようだ。

だが、周囲の女子からは、新たな疑問と興味が生まれる。

 

「え…?織斑君って、千冬お姉様の弟だったりするの?」

 

「も、もしかして、ISを使えるのって、そう言ったことが理由だったりするのかな?」

 

「あぁ!良いなぁ!私とそのポジション変わって欲しい!!で、お姉様と毎晩ベッドで愛を……ウへへへへへ…」

 

(おい最後の奴!変質者として警察に突き出すぞ!)

 

自身の姉をオカズにするなどと、この織斑一夏の目が黒いうちは絶対許さんばい!

そう意気込む中、千冬がショートホームルームを進めるために次の事項へと進める。

 

「それではもう一つ。実は入学生がもう一人居る。」

 

『へ??』

 

これには一夏も、皆と共に素っ頓狂な声を出してしまった。

確かに、自己紹介の時に見渡したときに空席が一つあったが、もしかしてそれのことだろうか?

だが、それならば何で最初から居ないのか?

もしかして、入学早々遅刻などと、目も当てられないことに?

だとすれば目の前に居る織田信長(千冬姉)に制裁を加えられてご愁傷様と相成るだろう。

 

「ちなみに、入学早々遅刻した、などと考えている者もいるだろうが、違うぞ?」

 

…あの第六天魔王は人の心でも読めるのか?

 

「ちなみに私のことを、天下布武を掲げていた武将と考えている奴、後で私の所へ来るように。」

 

ピンポイントで目の前に居る一夏を、口は笑いながらもじっと笑っていない目で見つめる姉に失禁しそうになるが、何とか堪え忍ぶ。

 

「この人物については少々特殊ケースでな。入学手続きに手間取ってしまい、少々タイミングがずれ込んだのだ。先程の職員会議が長引いた理由もそれだ。」

 

本当にギリギリまで話し込んでいたのか。昨晩遅くまで、そして早朝から話し込んだのだろう。千冬の目の下には隈が若干出来ていた。

 

「皆、私の愚弟共々、仲良くしてやってくれ。…では、入ってこい。」

 

プシュッと開かれた教室の自動扉。そこから現れた人物に、このクラスはざわめきと、そして混乱に包まれることとなった。

 


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