バトルシップ1945   作:瑞穂国

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今回は戦闘なしです

もう片方の主役がようやく登場


転針

同日一三三〇。

 

 

 

坊ノ岬沖を航行する小さな艦隊があった。そのマストに翻るのは、日本海軍所属を示す、どこかくすんだ日章旗。寂びれゆく落日の海軍、その先に待つ運命を暗示しているかのような、侘しい風情を漂わせていた。

 

輪形陣を構成するのは小さな(ふね)ばかり。いや、果たして本当にそうだろうか。

 

輪形陣中央に位置取る、まるで山のような巨艦との対比で、そう思えるだけではないだろうか。

 

浮かべる黒鉄の城を体現するような、圧倒的存在感、威容。神すらも撃ち砕くのではと思える巨大な主砲。天空を睨みつける剣山の如き対空砲の数々。

 

(ふね)の名は“大和”。その名前は、帝国海軍の戦艦命名規則に則った、現在の奈良県を示す旧国名であるが、同時に古来よりの日本の美称をも思い起こされる。

 

その、日本そのものを表すかのごとき巨艦が、おそらく帝国海軍最後となるであろう作戦に参加していることに、皮肉のようなものを感じずにはいられなかった。

 

第二艦隊司令部と共に航行する“大和”、その艦橋には、帝国海軍最後の艦隊を指揮する第二艦隊司令長官、伊藤整一中将の姿があった。隣には、大和撫子を絵に描いたような佇まいの艦娘、大和も控えている。両名の瞳には、憂いにも似た決意の光が宿っていた。

 

天一号作戦。その一環である菊水作戦の先駆けとして、“大和”以下第一遊撃艦隊―――一遊艦(第二艦隊所属)は、沖縄への海上特攻を行う。その悲壮なまでの覚悟が、艦隊に満ちていた。

 

「死ニ方用意」。そんな言葉が、副砲塔横の黒板に書かれていた、との噂もある。

 

すでに伊藤は、自らの「死ニ方用意」を終えている。それはおそらく、隣の大和も同じなのであろう。作戦直前まで悩み抜いていた彼女の表情も、今はどこか晴れやかだ。

 

しかしながら、そんな一遊艦にて今、参謀たちが頭を悩ませていた。

 

「駄目です。やはり、連合艦隊司令部と、通信が繋がりません」

 

無線室から上げられた報告に、伊藤は無言で、窓の外に広がる空を見上げた。

 

一見、普段と変わらないように見える青空(・・)だが、その空が時々グニャリと曲がって見えるのだ。“大和”の上空だけではない。一番わかりやすいのは、丁度一遊艦の後方であろう。

 

偽装航路を取り止めて一直線に沖縄を目指し始めた一遊艦を異変が襲ったのは、一時間ほど前のことだ。曇天だった空が、突然南の方から晴れだしたかと思うと、不思議な揺らぎのようなものが艦隊の上空を覆った。その揺らぎが急激に降下し、一遊艦後方の海面とぶつかった時、本土に構える作戦司令部との通信が遮断された。

 

さらに、艦橋の上部で周辺警戒を続けていた二一号電探が、巨大な反射波を捉えた。丁度、揺らぎが海面とぶつかった位置から、上空に伸びている。

 

ここから、第二艦隊司令部が導き出したのは、先ほどの揺らぎが、電波を反射して外部との通信を遮断する一種の“壁”のようなものだということだった。

 

また、駆逐艦“磯風”が“壁”に対して砲撃を行ったところ、砲弾は“壁”に当たった時点で信管を作動させた。“壁”は電波だけでなく、あらゆる物体の行き来を遮断するものであった。

 

―――さて、どうしたものでしょうか。

 

一遊艦の取り得る選択肢は、無論沖縄突入しかない。伊藤の決心も揺るがない。しかしながら、この異常事態が、既存のそれを遥かに超越した状況であることも事実だ。

 

参謀の意見も真っ二つに割れていた。このまま沖縄突入を目指すべきだとする意見。そしてもう一つ。

 

「長官、やはり“壁”の発生源に向かうべきです」

 

そう進言したのは、第二艦隊参謀長森下信衛少将である。

 

「電探の反射波と黙視による観測から、“壁”は半径二百海里にも及ぶ半球形であると思われます。この大きさであれば、沖縄を完全に覆うことができます。このまま我々が沖縄突入を成功させても、そこで終わりです。“壁”が何者の侵入も許さない以上、いかなる戦力も“壁”内部の米軍を攻撃できません。であるならば、“壁”の発信源に向かい、これを破壊するべきです。それこそ、この“大和”最後の仕事にふさわしい任務であると考えます」

 

森下が力説する。レイテ沖海戦時、この“大和”の艦長を務めていたのは、他でもない森下だ。この(ふね)に対する思い入れも強いのであろう。

 

喧々囂々。参謀たちが意見を交わす。その様子は、かつて伊藤が連合艦隊参謀長を務めていた頃を思い起こさせた。

 

「まあ、皆落ち着きなさい」

 

ようやく口を開いた伊藤の言葉に、参謀たちが口を閉じる。伊藤はゆっくりと、隣で静かに立っている大和を見た。

 

「どうかな、大和。君はどう思う?正直な意見を聞かせてほしい」

 

伊藤の問いかけに、大和はその瞳を真っ直ぐに見つめ返し、それから目を閉じて十秒ほど考えていた。再び開いたその目は、まるで出撃前に見た桜のように、儚い芯の強さを感じさせた。

 

「長官。大和は・・・大和は、戦いたいです。私のわがままが許されるのなら、思う存分この主砲を撃って、撃って、撃ち尽くして、そうして水底の都に向かいたく思います」

 

そう言って艦首の先を―――半球状の“壁”の中心、発生源があると思われる方向を見据えていた。

 

「勘でしかありませんが、あの場所に、私の最後の相手が待っている気がします」

 

「・・・そうですか」

 

大和の言葉に、伊藤は初めて、その相好を崩した。決心はとっくに着いていた。

 

「沖縄を目指す当初の目標は変わりません。しかしながら、多少の寄り道ぐらいは、草鹿君(草鹿龍之介中将、連合艦隊参謀長)も許してくれるでしょう」

 

「では、長官」

 

「艦隊針路一八〇。“壁”の発生源へ向かいます」

 

伊藤の指示が、すぐさま一遊艦全艦に伝えられ、一遊艦はわずかに転針する。向かう先は“壁”の中心にあるであろう発生源。この速度を保ったとして、到達は明日の早朝辺りになるであろうか。

 

真正面に来た発信源を見据えて、伊藤は目を細める。

 

―――先ほどの隕石との関係も気になります。

 

一遊艦から見て沖縄方面に落下した隕石。“壁”の発生源も同じ方向だ。何か関係があるのかもしれない。

 

進路を変えた一遊艦は、戦場(いくさば)へと向かっていく。その先に待ち受けるものを、彼らはまだ知らない。

 

 

同日一五三五。

 

 

 

残存米艦隊もまた、“(ウォール)”の存在に気づいていた。ただし、彼らはまだ、それが何人の通過も許さないものであることは知らない。

 

戦闘指揮所(CIC)に広げられた海図を見つめて、スプルーアンスは悩んでいた。

 

現在、スプルーアンス麾下の艦隊は、遠距離との通信が不可能な状態となっている。南下したであろうT・F58や残してきたT・F54の状況は今もって不明だ。

 

一方、艦隊内での通信は今でも可能だ。

 

さらに、各艦の対空レーダーが、謎の反射波を捉えた。およそ三百キロ先という、レーダーの有効探知距離を越えた先にも関わらず、その反射は強い。

 

電波を全て反射する、まさに“(ウォール)”のようなものが、半径およそ二百海里の半球状に広がっている。それが参謀たちの出した答えだ。これならば、電離層の反射を利用している長距離通信が不可能なのも頷ける。

 

となると、現状で使用可能な電子装備は、水平線以内の短距離通信とレーダーということになる。

 

「やはり、このまま放置するわけにはいきませんね」

 

同じく海図を覗き込んでいた、カール・ムーア参謀長が言った。

 

「“(ウォール)”は完全に沖縄本島を覆っています。遠距離通信の遮断は、今後の作戦展開に支障をきたしかねません。“(ウォール)”の中央方向には先ほどの(タワー)が位置しており、相互関係があるのは明白です。(タワー)を破壊すれば、通信障害が回復する可能性が大です」

 

現状(タワー)の存在と位置を知っているスプルーアンス艦隊で、これの破壊をするべきだ。それがムーア他参謀の半数の意見。これに対する意見としては、一旦後方へ下がりT・F54との合流を図るべきとの意見もある。

 

その会議の様子を、アイオワが後方から見つめていた。普段は積極的に口を出してくる彼女が、口を引き結んだまま、ただ会議の様子を見つめている。その目線は(タワー)を―――彼女の姉妹艦が沈んだ地点を見据えていた。

 

「・・・アイオワ」

 

スプルーアンスが呼びかけると、アイオワは我に返ったように、取り繕った明るい声を出した。

 

「な、なあに?どうしたの、アドミラル」

 

―――私は今、彼女を再び戦わせようとしている。

 

それでも、道はなかった。

 

「もう一度、戦ってくれるか?」

 

アイオワの瞳が大きく見開かれた。それから決意を込めたように、大きく頷く。

 

「任せて。私はアイオワ級戦艦のネームシップよ。・・・ニュージャージーの分も、私が戦うわ」

 

ニュージャージーの復讐のため。そう言わなかったところが、彼女の強さだろうか。合衆国最強戦艦として生を受けた、彼女の矜持なのだろうか。

 

スプルーアンスの心は決まった。

 

「我々が退くわけにはいかない。T・F54への連絡には駆逐艦を二、三隻向かわせ、残った(ふね)(タワー)を叩く」

 

それが、捨て身の時間稼ぎであることを、その場の誰もが理解した。

 

「目下、(タワー)攻撃における最大の障害は、“スティンガー”ということになる。これへどう対処するか」

 

手を上げたのはムーアだ。ここに残る意見を推進したものとしての責任があると思っているのかもしれない。

 

「“スティンガー”は、航行と跳躍の二つの動きを移動に使っています。先の戦闘中、航行の方で発揮していた速力は一〇ノット程度であり、どちらかと言えば跳躍の方を主の推進力としているようです」

 

ムーアが自らの手を“スティンガー”に見立てて説明する。

 

「ですが、巡洋艦サイズの艦体を連続して跳躍させることは難しいのでしょう。計測した限り、跳躍と跳躍の間には、少なくとも十五秒の時間があります。つまりこの間、“スティンガー”は航行で進むしかありません。狙うならば、この瞬間です」

 

ムーアの作戦はこうだ。

 

“スティンガー”の進行方向にあらかじめ照準をつけておく。他艦の砲撃によって跳躍した“スティンガー”が、照準範囲に入ったところで発砲するというものだ。

 

問題点は二つ。物標のない地点にいかにして照準をつけるのか。“スティンガー”の跳躍方向をどう予測するのか。

 

CICに呼ばれた“アイオワ”砲術長は、前者の問題に関して、自信たっぷりに、はっきりと答えた。

 

できます(Yes,we can.)

 

一方、後者の問題に関しては、ムーアが答える。

 

「“スティンガー”を跳躍させるための砲撃によって、ある程度跳躍方向は限定できます。そもそも“スティンガー”ほどの物体が、前進から後進にすぐさま進行方向を変えることはできません。“スティンガー”の跳躍方向は、前方に限られるでしょう」

 

作戦開始は明朝と決まった。今から反転、接近を図った場合、(タワー)到達は日没後となる。“スティンガー”がレーダーに映らない以上、夜間戦闘は避けるべきだと判断したのだ。

 

各艦の砲術科員は、主砲の手入れと諸元算出時間を少しでも短縮しようと、訓練に励む。物標なしでの照準訓練も同時並行だ。翌日の決戦に向け、艦隊の緊張と興奮は高まっていた。




話的には次で半分くらいですね

次回からはまた戦闘です
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