バトルシップ1945   作:瑞穂国

7 / 8
遅くなりました・・・

何とか完結まで持って行けそうです

なんで、このギャグ要素満載なはずのクロスに、ここまで悩んで書いてるんだ・・・


決着

衝撃と異音が、自らの居場所からほど近いところで生じたのを感じて、神尾克己(かみおかつみ)は小さな覗き窓から外を見た。が、そこから見えた、理解の範疇を越えた代物に、首を傾げるしかなかった。

 

「なんじゃ・・・あれは」

 

対空戦闘時には自分たちの配置となる機銃座の近く、甲板のヒノキ材を割って球状の何かが食い込んでいる。金属光沢があるから、おそらくは謎の敵艦から放たれたものだろう。しかし、例の空飛ぶドラム缶のように爆発するわけでもなく、中央部を赤く発光させながら、その場に居座っていた。

 

「どうした、神尾」

 

そんな神尾の様子を不審に思ったのか、上官の内田守(うちだまもる)二曹が尋ねる。左目に眼帯をしたこの上官は、無断で海軍病院を抜け出し、この“大和”に乗り込んでいたのだった。

 

「甲板に、変なものがあります」

 

「変なもの?」

 

ズカズカとやってきた内田も、神尾と同じように覗き窓から外を窺う。十数秒観察した後、窓から目を離すと、

 

「少しはずす。しっかり見張っとれ」

 

そう言い残してどこかへ行ってしまった。

 

上官の姿に首を傾げながらも、神尾は再び、外を見る。と、次の瞬間、謎の球体が回転を始め、辺りに無数の木片をまき散らし始めた。球体が装甲とこすれる、背筋をなぞるような甲高い音が響いていた。

 

「なんじゃあれは!?」

 

「どうしたぁ、神尾?」

 

そこへ、内田が戻ってくる。後ろには、主計科の森脇庄一(もりわきしょういち)二主曹も連れていた。森脇は、何やら細長い筒状のものを、数本持っている。

 

「変な奴が、動き始めました」

 

「動いたぁ?」

 

内田が再び覗き窓に右目を当てる。その眉間には、険しいしわが刻まれていた。

 

「野郎、この“大和”の装甲を突き破る気か?」

 

そう言って、またズカズカと戻ってくる。その内田に、森脇が低く尋ねた。

 

「やれるのか?」

 

「わからん。だが、やってみる価値はある」

 

「そうか」

 

それから、黙って持っていた細い筒を差し出す。受け取った内田は、物珍し気に矯めつ眇めつして、それを肩に担いだ。

 

「ほれ、神尾も」

 

同じ筒を、森脇は神尾にも放り投げた。慌ててそれを受け取るが、やはり何のために使うのかわからず、神尾は森脇に尋ねる

 

「森脇二曹、これは何でありますか?」

 

「こいつか?俺の知り合いから、沖縄に行くならともらったものだ」

 

何でも、独国からもたらされた陸戦用の兵器を、模倣して作ったものらしい。よく見ると、筒の先には円錐を二つつなげたような弾頭と思しきものが取り付けられており、引き金も据えられていた。

 

「まさか・・・これで、アイツを破壊するつもりですか?」

 

「その通りじゃ」

 

隻眼の内田が、ニヤリと笑った。

 

「しかし、今は砲撃戦中で、甲板に出ることはできません」

 

「だが、誰かがあれを破壊しなければ、この“大和”が沈むかもしれんぞ」

 

真剣そのものの内田の目に、神尾は閉口するしかなかった。この上官は本気だ。内田が言い出したら譲らないことは、神尾もよく知っていた。

 

「次の斉射の後、甲板に出る。アイツに効くことを祈れ。効かなかったら殴ってでも破壊しろ」

 

神尾が頷くのと、新たな斉射を報せるブザーが鳴るのは、ほとんど同時だった。外では、万雷にも勝る轟音が響き、艦上を席巻している。

 

「行くぞ!」

 

内田の掛け声で、甲板へのハッチが開かれた。濃い硝煙の香りと、何かが焦げる匂いが充満し、神尾はレイテ沖海戦のことを思い出す。その中で、甲板の様子を確認した。

 

よく見ると、球状の物体は全部で二つ、甲板に食い込んでいた。辺りに木くずをまき散らしながら、装甲を突き破ろうとしている。厚すぎる“大和”の装甲が、それをかろうじて阻んでいるようだった。

 

「構えろ神尾!」

 

球体に気を取られていた神尾を、内田が大声で呼ぶ。内田と森脇は、例の筒を肩に乗せ、弾頭と思しきものを球体へとむけていた。どう扱っていいかわからず、神尾も見よう見まねで、筒を肩に乗せ、弾頭の先に回転する球体を捉えた。

 

「一本で決めるぞ!てーっ!」

 

掛け声に合わせ、引き金を引く。次の瞬間、乾いた音とともに筒から大量の白煙が噴き出した。神尾が目を見開く間に、筒から弾頭が飛び出し、球体へと向かっていく。まるで、打ち上げ花火を横に向けたかのような光景だ。それに、あれだけ大きな弾頭を撃ったにもかかわらず、肩や腕に伝わる反動は極めて小さい。

 

内田、森脇、神尾、三人が放った弾頭は、真っ直ぐに球体へ飛翔していき、そのうち森脇の放ったものが、赤く発光する回転部分に突き刺さった。

 

「伏せろ!」

 

内田の声に反射的に体が動いた直後、弾頭が弾けた。球体の三か所で爆炎が生じたかと思うと、次の瞬間には細かい破片をまき散らして真っ二つに割れてしまった。叩き割られた西瓜状態の球体は、そのまま海に落ちていった。

 

神尾は、自分の放ったものの威力に、呆気にとられていた。その背中を、森脇が叩く。球体は、まだ一つ残っているのだ。

 

「おい、森脇!こいつはどうやって再装填するんだ!?」

 

「再装填はできん!新しいのを使え!」

 

そんな無責任な。そう思いつつも、神尾は撃ち終わった筒を放り投げ、新しい筒を受け取る。先ほどと同じように構え、二つ目の球体を狙った。

 

次の瞬間、球体が甲板から離れた。まるで神尾たちから逃げるかのような動きだ。慌ててその動きを追いかける。

 

「逃がすな!てーっ!」

 

内田、続いて森脇も放つ。数拍遅れて、神尾も引き金を引いた。三条の白煙が球体に向かって伸びていき、弾頭が狙い違わず、その表面に突き立てられた。

 

三か所で生じた爆発が、球体を抉る。虫に食われた林檎のような球体は、飛翔する力を失ったのか、再び“大和”の甲板に落ちてきた。満足に動ける様子はなく、ギシギシと軋むような音を上げながら、最後の足掻きを試みている。

 

そんな球体に向け、内田が再度、筒を構える。森脇が持ってきたものは、これで最後だったはずだ。

 

「最後の一本じゃ。受け取れ」

 

うっそりと内田が宣言する。引き金が引かれ、飛び出した弾頭が球体の抉れた部分に食い込む。爆発のエネルギーは容赦なく球体を引き裂き、その動きを完全に止めてしまった。

 

その時、主砲発射を告げるブザーが鳴った。

 

「物陰に隠れろ!口を開けて、耳を塞げ!」

 

手近にあった機銃座の影に潜り込み、主砲発射に備えた姿勢を取る。ブザーが鳴り止むと同時に、“大和”は新たな斉射を放った。艦上を走り抜けた衝撃波が、物陰の神尾をも容赦なく襲う。濡れ雑巾で叩かれたかのような強烈な一撃に、頭の奥がジンジンする。

 

発砲煙に覆われる艦上から、三人は艦内に戻る。何が何だか、結局最後までよくわからなかったが、やり切ったという達成感と言いようのない疲労が、神尾の体を巡っていた。

 

 

 

「何ですか・・・あれは?」

 

たった今甲板上で繰り広げられた出来事を見て、大和は呆気に取られたような声で呟いた。

 

「俗に言う、『パンツァーファウスト』ですね。以前、伊号潜が独国から設計図を持ち帰ったとは聞いていましたが・・・まさか、この“大和”に持ち込まれていたとは」

 

大和の疑問に答えたのは、森下であった。

 

遣独潜水艦作戦。昭和十七年から十九年にかけて、五度に亘り実行されたこの作戦は、唯一第二次作戦の“伊八”のみが成功させていた。この時、独国よりもたらされた技術の中に、「パンツァーファウスト」が含まれていたのだ。

 

歩兵でも戦車に対抗できる兵器として、日本側でもその模倣が試みられた。その模倣品を、乗組員の有志が、独自に持ち込んでいたのだろう。

 

「何はともあれ、助かりました」

 

伊藤も安堵したように言った。その目線は、再び“オロチ”に向いている。

 

“大和”と“アイオワ”(艦型から見張り員が特定)の集中砲火を受けていた“オロチ”は、それでもなお海上に留まっていた。恐るべき耐久性だ。

 

しかし、その体力も無限ではない。世界最強の四六サンチ砲弾と、それに次ぐ一六インチ砲弾。それを雨霰と受けては、いかに頑丈な(ふね)といえども、限界が訪れる。現に、“大和”と“アイオワ”の斉射が弾着する度に、飛来するドラム缶の数が減っていた。先ほどの球体による攻撃も、ドラム缶の少なさを補う、苦肉の策だったのだろう。

 

ともかく、もう一押しだ。あと少しで決まる。大和はそう確信していた。

 

先ほど放たれた第四斉射は、“オロチ”に二発の命中弾を与える。暴力的な四六サンチ砲弾の破壊力が、その艦体を深々と抉り、内側から破壊する。無数の破片が飛び散り、“オロチ”が苦悶した。

 

かと思えば、今度は“アイオワ”の一六インチ砲弾が、“オロチ”に降り注ぐ。肉食獣の牙のように、徹甲弾が艦体に突き立てられ、容赦なく食い千切る。腕のように横方向へ突き出した部分が、根元から叩き折られた。

 

「砲術、撃ち続けて!」

 

大和の言葉に応えるかのように、装填の終わった各砲が、ゆっくりと仰角を増していった。もっとも、一万メートルを切った相手に対して、それほど仰角を取る必要もなく、すぐに固定される。

 

“オロチ”はまだ足掻いていた。飛来した数発のドラム缶が甲板に突き刺さる。左舷高角砲群に飛び込んだ一発が、シールドのない六番高角砲を吹き飛ばすが、それ以上の被害はない。巨大な四六サンチ三連装砲塔も、艦の心臓たる機関部も、さしたる損傷は受けていなかった。

 

ブザーが鳴る。短い警告音は、“大和”が上げる鬨の声のように聞こえた。

 

『てーっ!』

 

射撃方位盤の引き金が引かれた。電路を伝って各砲塔に送られた信号は、発砲遅延装置を介してそれぞれの砲身に届く。コンマ数秒の差をもって点火された装薬の爆発エネルギーは、内筒に刻まれたライフリングを削りながら、砲弾に速度を与えていく。

 

砲口から黒煙と共に飛び出した四六サンチ砲弾の速度は、音速の二倍を超えている。一トン半もの巨弾が、帝国に―――人類に仇なす者へと、高らかに飛翔していった。

 

十秒ほど遅れて、“アイオワ”もさらなる斉射を放っていた。一六インチ砲からは、“大和”にも劣らない巨大な爆炎が噴き出している。海面を叩き割らんばかりの衝撃に、米海軍最大の戦艦が揺れていた。

 

四六サンチ砲弾が到達するまで、もはや十数秒しかない。しかしその時間が、非常に長いものにも、また一瞬の静けさのようにも、大和には感じられた。それは、艦橋に詰める全ての人が、ただ固唾を呑んで砲弾の行く末を追っているからだと気づいた。

 

砲術長が目を落とす時計の秒針が、カチカチとなる音まで、聞こえてきそうだった。

 

「だんちゃーく!」

 

その声を聞いた瞬間、世界に音が戻ってきた。轟々と唸りを上げる機関。艦首で割れ、舷側にぶち当たる波の音。吹き荒ぶ風。

 

視線の先、波の向こう。多数の水柱が林立し、“オロチ”の姿を包み込んだ。

 

 

 

割れた艦橋の窓から、艦の前進に伴う風が吹き付けていた。その風になびく自らの金髪を気にすることもなく、アイオワは巨大な“リヴァイアサン”を見つめている。

 

光の加減で黒にも銀にも見えるその艦体は、いたるところが焼け焦げ、大穴を穿たれて、あるいは装甲が内側から大きくめくれていた。一目で相当の被害を受けていることがわかる。

 

が、それでもなお沈まない。たった今、“大和”の砲撃(水柱の大きさから一八インチ級と推定)を受けたにも関わらず、艦体は依然として海上にその身を浮かべていた。

 

“リヴァイアサン”の頭上から、今度は“アイオワ”の砲撃が降り注ぐ。連続する爆発と、悲鳴を上げるように撃ち震える姿が、その最後が近いことを物語っていた。

 

「砲術、次で決めろ」

 

スプルーアンスが叱咤する。もとより、アイオワもそのつもりだ。

 

“リヴァイアサン”から、円筒(バレル)が飛来する。その数は、初めよりもかなり少なくなっていた。

 

とはいえ、それまでの被弾の蓄積により、“アイオワ”の艦上も相当ひどい有様になっている。右舷の両用砲は一基を残して壊滅、露天の機銃座も多くが薙ぎ払われ、二番煙突は上半分が吹き飛んでいた。黒く塗られた甲板はいたるところがささくれ立っている。

 

それでも、不思議と痛みは感じない。あるのは、妙な高揚感。それは果たして、なぜなのだろうか。

 

―――私は、アイオワ。戦艦、アイオワ。

 

再装填の終わった砲身が、ゆっくりと持ち上げられていく。入力された諸元に従って、それらは“リヴァイアサン”を指向し、固定された。

 

砲撃準備は、万事整った。

 

撃て(ファイア)!」

 

振り立てられた九門の一六インチ砲口に、一斉に炎が生じた。伝説のドラゴンのように、猛烈な勢いで横方向へ噴き出したオレンジ色の炎は、数瞬後に黒煙へと変わる。視界を覆いつくすほどの大量の炎と煙が、一瞬“リヴァイアサン”の姿を視界から消し去った。

 

「“大和”、再び斉射です!」

 

図らずも、同じタイミングで“大和”が発砲していた。報告を聞いたアイオワは、やはり漠然とした興奮と共に、口元を綻ばせる。

 

彼女もきっと、私と同じ気持ちだ。

 

“アイオワ”から放たれた九発の一六インチ砲弾、その飛翔が終わりを迎える時が来た。

 

天空へ届かんばかりの勢いで、六本の水柱が立ち上った。それから一拍遅れて、一回り大きな水柱がさらに七本。“アイオワ”と“大和”の放った砲弾が、“リヴァイアサン”を包み込んだ。

 

予感がしていた。それはおそらく、艦娘として―――(ふね)の魂として生まれ出でた者の、本能。

 

水柱が崩れるよりも早く、その内側で何かが弾け飛んだ。無数の破片が飛び散り、スコールにでも見舞われたかのような小さな水柱が、“リヴァイアサン”の周囲に上がっていた。

 

水柱が完全に崩れ、視界が晴れた時、“リヴァイアサン”の姿が明らかとなる。生物的だったそのデザインは跡形もなく、頭のような部分が粉々に撃ち砕かれていた。艦体の左舷側から絶えず炎が噴出し、時折盛大な爆発が起こる。すでに沈み込み始めた部分から、海水が沸騰する蒸気が立ち上っていた。

 

「“リヴァイアサン”沈黙!」

 

見張り員の報告に、艦橋はそれまでにない熱気に包まれた。将官も水兵も、怪我人も無傷の者も、艦長も見張り員も。誰もが手を取り合い、肩を叩き、お互いの健闘を称えた。この歴史的人類の勝利を、こころから喜んだ。

 

「終わった・・・の?」

 

熱気に揉みしだかれながら、アイオワはポツリと呟いた。その言葉を裏付けるように、一際大きな爆発が起こって、“リヴァイアサン”を包み込んだ。

 

そこで初めて、実感が湧いてきた。私たちは勝ったんだ。強大な敵を撃ち破り、人類を救ったんだ。

 

―――勝った・・・勝ったわよ、ニュージャージー。

 

閉じたまぶたの裏、記憶の中の妹が、微笑んだ気がした。

 

「よくやってくれた、アイオワ」

 

スプルーアンスが、アイオワの肩に手を置く。冷静沈着な彼も、喜びを露わにしていた。その表情に、アイオワも笑う。

 

「ありがとう、アドミラル」

 

差し出された手を、しっかりと握り返す。数秒間見つめ合った後、スプルーアンスは彼の職務に戻っていった。

 

「艦隊を集めてくれ。それから、被害の集計を」

 

スプルーアンスの指示で、各員がそれぞれの職務を思い出し、持ち場へと戻っていく。それでも、艦橋内の雰囲気は、今までよりずっと軽かった。

 

「長官、長距離での通信が回復しました。“(ウォール)”外との連絡が可能です」

 

「すぐに、各任務部隊の現状を集計してくれ」

 

了解(アイサー)

 

必要な指示を与えた後、スプルーアンスが押し黙った。目深に被った制帽の下、影になった瞳の先に何があるのか。アイオワには、何も言わずともわかった。

 

彼女もまた、同じものを見つめていたのだから。

 

「・・・変針、艦隊針路三三〇」

 

「三三〇・・・ですか」

 

一瞬困惑したように尋ねた艦長だったが、すぐに指示を復唱し、舵を切る。“アイオワ”に続いて、残存艦艇も一斉に回頭を始めた。

 

―――結局、そういう判断になるんだ。

 

回頭が終わった艦首の先、白波を蹴立ててこちらへと迫る、巨大な艦影があった。

 

その艦影は、ボリューム感を除けば、この“アイオワ”に非常に酷似していた。

 

なだらかなシアーがかけられた艦首。

 

巨大な三連装砲塔。

 

すっきりと機能的にまとまった艦上構造物。

 

両舷をハリネズミのように覆う対空火器。

 

後甲板に固められた航空艤装。

 

戦艦“大和”。太平洋に残された、最後の怪物。

 

彼我の距離は、概算で一万五千といったところか。このまま進むと、反航する形になる。

 

スプルーアンスが、艦内放送のマイクを取った。

 

「諸君、司令長官のスプルーアンスだ。諸君らの尽きることのない勇気と、不断の努力によって、我々は凶悪なる敵を撃ち倒すことができた。君たちは正しく、我が合衆国の誇りだ。勇猛なる合衆国の戦士だ。その勇敢な行いに、合衆国を代表して感謝したい。ありがとう」

 

何かを飲み込むような間があった。

 

「私は、今この時、諸君らと共に過ごせることを、偉大なる勝利を共に分かち合えたことを、何よりも嬉しく思う」

 

この時。

 

誰もが、スプルーアンスの決断を理解した。

 

誰もが、スプルーアンスの覚悟を理解した。

 

マイクを置いたスプルーアンスは、アイオワの隣に立つ。その横顔から、何かを窺うことはできない。それでも、ひしひしと伝わってくる、その想いが。戦場に立ち続ける、彼の姿が。

 

「ねえ、アドミラル」

 

アイオワはゆっくりと口を開く。自らの今の想いが、考えが、少しでも多く彼に伝わるようにと。

 

「貴方は、最高の提督よ。貴方の下で戦えたこと、この上ない光栄だと思っているわ。だから、全乗組員を代表して、言わせてほしいの。・・・ありがとう(Thank you)

 

艦橋に詰める全員が、アイオワに賛同して頷く。それを受けたスプルーアンスは、制帽を被り直し、位置を正す。わずかに覗いたその表情は、一点の曇りもなく晴れやかなものであったように、アイオワには思えた。

 

 

 

同じ頃。

 

艦橋から、大和は米艦隊の様子を観察していた。

 

“オロチ”撃沈後、集結した米艦隊は、全艦が一遊艦に向けて舵を切っていた。その中央に、一際目を引く軍艦がある。

 

流れるようにしなやかな艦首。

 

がっしりとした箱型の三連装砲塔。

 

米国の摩天楼を思わせる直線的で機能美溢れる艦上構造物。

 

高空を睨みつける剣山のごとき対空火器。

 

艦後部に据えられた航空艤装。

 

戦艦“アイオワ”。米海軍最大の軍艦だ。その形状は、驚くほどに“大和”と似通っている。

 

「・・・スプルーアンスらしいですね」

 

隣に立つ伊藤は、どこか納得したように、ポツリと呟いた。艦橋に差し込む光の加減からか、その表情を読み取ることはできない。それでも大和には、彼の心の内がわかる気がした。

 

「米艦隊転針!本艦に対して丁字を描くつもりのようです!」

 

―――やっぱり、そういう判断になるんだ。

 

それしか道はないのだ。なぜならば、戦争だから。“大和”は沖縄を目指し、“アイオワ”はそれを阻止しなければならないから。

 

図らずも、敵同士だった両者は、共通の敵を撃ち破るために、その手を携えるような形になったかもしれない。だがそれだけだ。

 

そういう判断になるしかなかった。

 

「艦隊針路二七〇」

 

伊藤の指示は、短く単純で、それ故に言い知れぬ重みのあるものだった。

 

「おもーかーじいっぱい!」

 

“大和”の巨大な艦体は、すぐに曲がることはない。満載で七万トンを超える巨体は、伴う水流も慣性力も大きく、それに打ち勝ったうえで舵が利き始めるには、数十秒がかかった。

 

景色が左方向に流れていく。正面にあった“アイオワ”の艦影は、最早視界の端へと流れて行ってしまった。

 

「・・・君には、最後まで苦労をかけるね、大和」

 

伊藤が穏やかな声で言った。その言葉に。響きに。滲み出る想いに、胸の内から込み上げ出てくるものがあった。

 

気づけば泣いていた。燃えるように熱い水滴が、頬を伝っていく感覚。

 

苦労などとは思っていない。苦労をかけたのは私の方なのだ。私が健在だったが故に、いらぬたくさんの苦悩を、多くの人に押し付けてしまった。

 

最早未練などというものはない。願わくば、この身が誰かのためになることを。ただそればかりが、大和の想いだった。

 

「・・・私は・・・大和は・・・誰の役にも立てませんでした。皆が苦しかった時に、一緒に戦うこともできず。私は・・・無力で・・・妹たちにも先立たれて・・・。残った私に、何ができるのかも、わかりませんでした」

 

ポツリポツリと紡ぐ言葉が、岩から染み出る雫のごとく、心の中へ広がっていく。それは大和の涙。軍艦として、あるいは一人の艦娘としての、悲痛なまでの想い、口惜しさ。

 

誰も救えない、救うことのできない、無力感。

 

「違いますよ、大和。君は・・・私たちは、()()()()に、生き残っていたのです。私にはそうとしか思えない。そうして君は、様々な想いを受け止め、私と共に戦ってくれた」

 

伊藤が、しっかりと大和の手を握った。白い手袋越しに、彼の体温が伝わる。涙で霞む視界の中、大和は真っ直ぐに伊藤を見た。

 

「私は・・・大和は・・・長官のお役に、たてましたか?誰かのために、戦えていましたか?」

 

その問いかけに、伊藤が静かに、しかしはっきりと頷く。彼だけではない。第二艦隊司令部も、艦長以下の幹部たちも、誰もが大和に微笑む。

 

―――ああ、なんて。

 

「大和は・・・幸せ者です」

 

最早、溢れる涙を止めることはできなかった。

 

「艦長。この砲戦、私が指揮を執ってもいいですか?」

 

伊藤が有賀を振り向く。伊藤の言葉を、有賀は快く承諾した。

 

「長官。ご命令を」

 

涙を止めることなく、大和は伊藤に指示を仰ぐ。この身に流れる水を、全て流し切ってもいい。そうすれば、きっと靖国で、涙を流すことはないだろうから。先に逝ってしまった仲間たちと、今度は笑顔で過ごせるだろうから。

 

「左砲戦。目標・・・“アイオワ”」

 

伊藤が厳かに告げた。艦橋最頂部の測距儀が旋回し、それに呼応するようにして、健在な三基の主砲塔が“アイオワ”を指向する。重々しい駆動音が、艦上に響いていた。その中に、伊藤の声が聞こえる。

 

「私たちの戦争を、終わらせに行きましょう」

 

 

 

「右砲戦。目標、“大和”」

 

スプルーアンスの声を受け止め、“アイオワ”は緊張感を増していく。その艦橋に立ち、アイオワはただ静かに、事態を見守っていた。

 

「重巡以下には、手出し無用と伝えろ。駆逐艦の動きを警戒」

 

スプルーアンスは、あくまでも“アイオワ”単艦で“大和”を相手取るつもりのようだ。願ってもないことである。

 

「アイオワ」

 

スプルーアンスに呼ばれ、振り向く。彼は不敵な笑みを浮かべ、単刀直入にこう言い放った。

 

「全て、君に任せる。思う存分、暴れてくれ」

 

聞いたこともない指示の内容に、アイオワは目を見開いた。それはつまり、艦娘にすべての戦闘指揮を委ねるということ。

 

スプルーアンスは続ける。

 

「戦艦の時代は、終わろうとしている。それは君もわかっているだろう。おそらくこれが、最後の戦艦同士の砲撃戦になる」

 

彼が見つめる先。そこにいるのは、大艦巨砲という一つの時代を極めた(ふね)。一つの時代を背負った、悲しき(ふね)

 

「こういう終わり方も、悪くないだろう?」

 

「そうね。・・・終わらせるわ、私の手で」

 

視線の先。もはや手が届くのではという距離。その艦橋に立っているであろう彼女。わかるはずもないのに、お互いの視線が、ぶつかった気がした。

 

『諸元入力完了!いつでもいけるぞ!』

 

砲術長が告げる。全ての準備が整っていた。

 

「初弾から斉射で行く!」

 

最早この距離で、観測射など必要ない。その全力をもって、撃ち合うのみ。

 

 

 

「オープン・ファイアリング!」「撃ち方、始め!」

 

 

 

二人の戦艦娘の声が、戦場に木霊した。それは、最後の戦いが始まったことを告げる号令。一つの時代が終わろうとする調べ。全身全霊をもって、輝きを放とうとする星たち。

 

アメリカ製、五〇口径一六インチ砲九門。弾種、SHS(スーパーヘビーシェル)

 

日本製、四五口径四六サンチ砲九門。弾種、一式徹甲弾。

 

海上で、二つの巨大な炎が沸き起こった。熱風が波を叩き、咆哮が大気を揺るがす。

 

 

 

人類最後の、戦艦同士による砲撃戦が、始まった。

 

 

 

―――一九四五年四月八日。〇九四五。




戦闘は終了しましたが・・・

すみません、あと一話だけ、エピローグ的なものを・・・
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